<リプレイ>
●春の来ない山 冒険者たちが赴いた高山の裾野には、確かに陽春が訪れていた。 土が剥き出しになった大地には柔らかな緑が芽を出しており、可愛らしい黄色の小さな花が咲き始めている。しかし、目指すべくはまだ凍えるような冷気に包まれた場所。春を頑なに拒む残雪が道を覆うほどの山深きまで辿り着いた後、冒険者たちは登山道を外れて道なき道を歩み始めた。 蒼銀の風謳い・ラティメリア(a42336)は、しばし過ぎ去った日の追憶に沈んだ。 思い返せば自らの未熟さと届かなかった結末が悔やまれて、あの日の海の冷たい潮風が忘れようにも忘れられない。玉響のときを再び目にすることがないよう、今度こそ未来に繋ぐ何かを為してあげたいと願われた。 雪靴に外套と防寒対策を行って来た戦神の末裔・ゼン(a05345)は先陣を切り、出来る限り迅速に洞穴へ向かっていた。最短経路などを確認しようと周囲に注意しつつ、黙々と前進する。 少女の快気を願う父親のためにも必ず彼女の願いを叶えてあげなければ、と夢見る少女はウシより強い・ユナ(a48571)も気を引き締める。そして、彼女がもう一度、病と戦う意思を持つことが出来るようになれば良いとも思った。 同じく、しっかりと冬に備えて来た物語・メロス(a38133)も、辺りを視認しながらグランスティードを呼び出していた。足場は相当に悪いものの、注意を払えば人が歩けないほどではない。 辺りは徐々に冬の色を濃くしていく。 雪消を迎えるのは当分先になりそうな景色の中で、姫揚羽・ミソラ(a35915)もまた決意していた。人々のために存在している冒険者なのだから、自分たちは精一杯頑張らねばならない。雪の白色と木の茶色だけが続く中、水琴の波紋・アルーン(a66163)は滑り止めを施したブーツで雪を踏みしめる。もし少女が氷の洞穴を訪れることが出来なければ、と考えて彼は小さく息を吐いた。暗い可能性が芽吹かないよう戦うことこそ自分たちの役目なのだろう。 その一方で、冬の芸術を拝ませてもらうのも悪くないと夕眺陽炎・トラップ(a52495)は春を迎えた登山道から雪の残る冬景色を見やる。戦場に適しそうな場を探すものの、細かな条件は思考の外だったためなかなかはかどらない。どんどん深くなっていく雪に足を取られないよう、革のブーツを身に付けた蒼翠弓・ハジ(a26881)は一歩一歩、重心を安定させたまま歩んでいた。 傾斜のある道を抜ければ、小さな洞穴の入り口が見えてくる。
●命を刈り取る鎌 ハジが光を探すように遠眼鏡を覗き込もうとする直前。 横合いから不意に放たれた衝撃波が彼の肩を薄く切り裂いた。 冒険者たちの間に薄い動揺が走る。そういえば洞穴の入り口付近にモンスターがいると聞いていたものの、いつも洞窟内に存在している敵だとは言われていないのだ。白い表皮に雪を積もらせた螳螂が、見た目に似合わぬ素早さで冒険者たちの前に姿を見せる。洞穴に辿り着くまでの警戒心が全体的に薄かったため、冒険者たちは一手遅れてしまったようだ。 しかし、彼らは動揺せずに素早く螳螂の背後へ回り込む。 彼らは今回の敵がどのような攻撃方法を取るかを把握していた。 そのため重苦しい鎧を捨て、身軽な衣服を身につけることを選んだ者も多く、咄嗟の判断でその瞬発力を生かすことが出来たのだった。 想定していなかった場所での戦闘になってしまったが、洞穴を汚させるわけにはいかない。中で戦うことになるより、これはずっと無難な状況と思いながら、ゼンは心の奥底に秘められた破壊の衝動を呼び起こす。ミソラも冷たい斬撃を思わせる穂先を有した槍に新たな外装を付け加え、武器の潜在能力を大きく向上させた。 「で、でかぶつー!」 螳螂と対峙したラティメリアは必死に頭を使い、敵の神経を逆撫でする目的で挑発を行う。言葉を理解したわけではないのだろうが、螳螂は怒ったように両腕の鎌を振り上げた。彼女の力をもってすれば、敵の精神を乱すことも容易だ。ラティメリアは全体の状況を見渡しながら、仲間が作戦通りの陣を取りやすいように意識する。 鋭い洞察を力に変えたアルーンは螳螂と周囲を見回し、木々のために見通しが利かないことを確認して攻撃を開始すべく心の声で合図を行う。 洞穴を傷付けない配慮や、螳螂を洞穴内に逃がさないよう注意する必要はなくなった。偶然が生んだ利点を認識しつつ、トラップは漆黒の糸に闇の闘気を込め、鋭い一撃を音もなく解き放つ。その傍らでグランスティードに騎乗し、気を高めて鎧をより強力に変形させたユナが螳螂との距離を詰めた。激怒しているらしい螳螂は、強力な攻撃を繰り出すわけでもなく、攻撃行動を取らずに防御に徹することも多い彼女を、あまり意識することなくラティメリアにばかり鎌を振り下ろす。しかし、鎌の全てをかわしきることは出来ずとも、彼女の体力が酷く削がれることはなかった。 槍を構えたミソラは雪面を淡く光らせ、その場に存在する全てのものに幸運がもたらされるよう布石を打った。同じく螳螂に近い位置に立つゼンは、自身の力を最大限に高めた攻撃を繰り出し、魔法の炎と氷を敵に引き起こす。螳螂が彼に気を向けた瞬間、祈りの文字が刻まれた大弓を引き絞ってハジも熾烈な一矢を命中させた。癒しは届くが衝撃波の届かない場所に立てるのは、彼が弓を扱う者だからだ。周囲に気を配りながら、螳螂がかわしにくい攻撃を落ち着いて行っていることも、非常に的確な判断と言えただろう。 メロスは彼女の癒しが届く範囲を堅実に把握しながら、前に立つふたりの信頼に応えるように、心地良い風を呼び出して螳螂が及ぼす異常を取り除いた。
●氷壁の洞穴を前に 憤激から抜け出した螳螂は手当たり次第に鎌を振るう。 木をすり抜けて襲いかかる衝撃波は、戦いにくい地形の中でも冒険者を多く傷付けた。癒しの恵みを得られなくなったトラップは一度下がり、気を練って作り出した刃を螳螂へ次々と投げつける。彼の異常と近くの仲間や彼女自身の負傷を察し、ラティメリアは何よりも優先して力強い歌声を響かせて傷を塞いだ。ただし、彼を癒すことはまだ出来ない。 波紋と月を取り合わせた水晶の弓に矢を番えたアルーンは、螳螂とその影を射抜こうとして何度も苦心していた。けれど、なかなか矢は命中せず、上手く当たっても敵を縫いとめることが出来ず、彼はやがて着実に負傷を与えられるよう鋭い逆刺の生えた矢を生むことにする。ユナも大上段の構えからしっかり力を込めた一撃を打ち下ろし、低い頻度ながらも攻勢に参加していた。 やはり挟撃への対応は困難であるのか、螳螂は前後の冒険者たちを倒しきれずにいる。 どちらかを攻撃すれば背後からの負傷を受けることになり、螳螂の動静を観察していたハジの追撃が正確に決まることも多い。また、彼は緊急時の回復を行う役目も充分に果たしていた。 槍を収めて稲妻の闘気を込め、苛烈な抜き打ちの一撃を決めたミソラがその影響で技を放てなくなれば、声を掛け合うことで癒しを重複させてしまうことなく復調させる。常に状況確認を怠らないメロスも、気合に満ちた熱い歌声で冒険者たちの外傷を塞ぎ、戦況を安定させていた。 渾身の力を込めて叩き込んだゼンの猛撃が螳螂を突き通した直後、振り上げていた鎌の動きが止まる。ぐしゃりと倒れ伏したモンスターの息の根を止めたことを確認して、冒険者たちは深く安堵の息を吐いた。続けてゼンとラティメリアは螳螂や戦闘の痕跡を処理しようとする。少女の目に血生臭いものが触れぬよう、念入りに片付けねばならない。 冒険者たちは山を降りると、再び洞穴に向かう準備を整える。 ハジが天候を読み、少女の身体に出来るだけ負担がかからないような時機を選んで出発した。 螳螂は倒したものの、万一他に危険な生物がいた場合に備えて、彼らが周囲の警戒を疎かにすることはない。 マフラーやマントに手袋など、きちんと防寒具で守られた少女はメロスのグランスティードに乗せられる。少女は横向きに座り、メロスに支えられながら、ぐったりと目を伏せていた。それでも気遣わしげな言葉をかけられれば、大丈夫だと端然とした態度で答える。ミソラの用意した毛布も、アルーンが持って行く茶も、彼女の身体を温めるのに役立つだろう。 冒険者たちは迅速に、しかし少女に負荷をかけないように山へ向かった。
●永凍のグラス・キャステルム 洞穴への道程で、急な勾配の坂が来ればラティメリアがフワリンを呼ぶ。 少女は目を瞬くと、「変わったノソリン……」と小さく呟いた。ラティメリアに抱えられて乗り込むと、少しだけ嬉しそうに瞳を細める。浮遊するフワリンが坂を越えて行く中で、彼女は少女に話しかけた。明るい話題を心がけた会話の流れや、身体の負担にならないよう配慮する素振りに、少女は何度か微笑みながら頷き返す。 螳螂と戦闘した地点を超え、彼らはとうとう洞穴に辿り着いだ。 ひんやりとした空気は漂うものの、少し進めば吹き込む風が体力を奪うこともない。入ったばかりでは岩肌が剥き出しになっていた空間も、すぐに岩壁と言う岩壁が全て氷で覆われて白々とした世界に変わっていく。開けた空間には日の光が燦々と降り注ぎ、透き通るような氷塊がその光彩を反射して眩く輝いていた。朝日が差し込んでいるかのような光景でありながら、澄明な水晶にも似た氷は冷たく、温かさなど微塵も感じさせない美しさがあった。 長く抱いていた夢が本当に叶えられ、少女は一言も発さず立ち尽くす。 その様を見、深く感じ入ったユナは口を開こうとするが、少女の頑張りを思うと言葉に詰まって声をかけられなかった。少女が1人で訪れたいと希望したため父親は麓で帰りを待っているが、今の姿を見ればさぞ喜んだことだろう。少女を大切に思う者が彼女の傍にいることを忘れないで欲しいと思う。 幾許かのときが過ぎようと微動だにしない少女の背に、ラティメリアがそっと囁いた。 「綺麗なものは、この氷の世界だけじゃなくて、もっと沢山のものがあるんですよ」 それを見ないのは勿体無い、と彼女は続ける。 「……だから早く、元気になってくださいね」 そう結ばれた言葉は、少女の胸に小さな波紋を生んだ。 トラップは煌めく氷柱を眺めつつ、沈黙する少女をも視界に入れる。 厳しい冬も、このような芸術を生み出すならば悪くないと思えた。けれど何よりも重要なのは、その後に春が来ると言うことだ。冬を知るからこそ得られる幸福もあるのだと僅かに眉を寄せる。その一方で、この地のように清明な気持ちを持っていて欲しいとアルーンは願った。せめて少女の心は健やかであるように、と少しだけ目を伏せる。 病の辛さや苦しみに耐えきれなくなったときには泣いて良いと思う、と少女の耳元でメロスが静かに告げた。迷うような瞳を持ち上げた少女に、でも、と彼女は続ける。 「諦めたくない。そう思うなら……諦めちゃ、ダメよ?」 大丈夫、と微笑む彼女への返答はなく、代わりに少女は大きく一度だけ頷いた。 静謐に氷結した世界は綺麗だが、何処か寂しくも感じられる。それは時間も凍りついているようだからなのか、とハジは一切の音を立てぬまま静かに思惟した。冷たくも明るい氷の城を見上げ、この少女の瞳には、この光景がどのように映っているのだろうかと少し考える。 「また、今度来ましょう」 ゼンの一言に少女は目を瞠り、それからゆっくりと微笑を浮かべた。 この佳景を目に焼き付けようと、必死ささえ漂わせた眼差しがようやく緩む。 少女は何かを悟ったかのようにとても晴れやかな表情をしていた。自然が作り出した氷の世界で、冒険者たちは、少女に光明を見出させることが出来たのかもしれない。

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参加者:8人
作成日:2009/03/29
得票数:冒険活劇15
ほのぼの4
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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