砂滑りのまち



<オープニング>


 其は砂の漏刻。
 管の括れを漏れ落ちて、砂子積もりて小さな丘を成す。
 時の流れを復た刻む為、丘を流砂へ復すは彼の手。

「……………………依頼の話か」
「いや、今日はまた別の用事でね」
 顔先で弄っていた砂時計を、斜陽の霊査士・モルテ(a90043)はテーブルに置いた。
「たった数秒を待つ事も耐えられないような堪え性の無い者がいるかと思えば、こうして砂粒が流れ落ちる様をただ無為に眺めているのが好きな私のような者もいるわけだ」
「…………………………?」
 砂時計の動きをぼーっと見つめながら語り出したモルテの意図を図りかね、眉間の皺をより深くする語らずの・ゾアネック(a90300)だったが。
「…………ぐぅ」
「…………………………………………おい」
「――――おっと、失敬」
 地の底から響くようなゾアネックの呼び声に、重い瞼をどうにか開き上げたモルテは現実世界へと戻ってくる。
「ぱぁぱ、これってなんなのじゃ?」
 テーブルに上体を乗り出した彩雲の天鳥・スピナス(a90123)は、さも不思議そうに管の中を覗き込んだ。
「こうして……ひっくり返してから、総ての砂が下に落ちるまでの時を計るものだよ」
 木工細工の外枠部分を摘み上げたモルテが、砂時計を逆さに置きなおすと、再び中の砂は落ちていく。
「ほ〜。なるほどなるほどなのじゃ」
「借り物だから、手荒に扱わないようにね」
 目を輝かせて手に取るスピナス。至極単純な原理は彼の頭にも自然と入り込んでいったようだ。
「――で、君はこの辺りに詳しいんじゃないかと思ってね」
 ゾアネックに向き直ったモルテは、彼に問い掛ける。
 砂時計を作っている工房に直接出向いて、見学したいというのだ。
「…………………………なくはない、が」
「――結構だ。なら町まで案内を頼むよ」

 既に席を外した相手を思いながら嘆息するモルテは独りごち、
「それが義務であるかのように留まり続けるんだな。君はまるで……」
 流れの止まった砂時計を――再び返す事はしなかった。


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参加者
NPC:斜陽の霊査士・モルテ(a90043)



<リプレイ>

●瞳の青
 近い暑気の到来を感じさせるような初夏の日差し。汗が滲み出るか出ないか境目の気候。
「いい天気になって良かったです」
 砂浜をぷらぷらと散策する。自然な歩みのテンポでハルカの尻尾が揺れる。
 大切な人と同じ歩調で、同じ空気を吸う。そんな小さな幸せを感じながら。
「地味に歩くだけなのも意外と面白いですね」
 何かを探すようなイルディスの姿勢も、ついでのようなものだった。
 多分、一人では同じ気分にはならなかったろう。ただ一緒に過ごす時間が嬉しいのだ。
「落ち切った砂は元には戻らないけれど……
 二人でなら、互いにもう一度時を刻むように助け合えれますよね?」
 語り掛けるハルカに、遠慮がちな微笑みをイルディスは浮かべた。
「……あっ! あそこにヒトデいるですよっ」
 ヤドカリの家をノックしていたハルカは、イルディスの手を取って走り出す。
 彼よりも少しだけ強く、イルディスはその手を握り返した。

「凄く、広いね……」
「これは……結構大変そうだねェ」
 ユリウスとキスイは、海岸へと砂時計に入れる砂を探しに来ていた。
 広い砂浜は総じて白かそれに近い黄色だ。よく見れば色の濃い砂粒も混じっているが、青いのは海と空ばかり。
「本で赤い貝があるって見たことがあったけど……探してみたいな」
 運が良ければ、とキスイはどこか消極的だ。
「でも、こー見えても『好きなもの』見つけるのは得意なんだァ」
 クスッと自身ありげに忍び笑いするユリウスに感化され、
「……ユーリが一緒なら、見つけられる気もしなくもない、かも」
 キスイも不確かな自信を取り戻す。
 そう、力を合わせればどうということはない。特にそれが恋人同士なら尚更だ。
 斯くして二人は首尾良くお目当ての貝殻を拾い集めて回った。
「これ、砂時計に入れられないかなァ?」
 指先に挟んだ小石を陽に透かすユリウス。
 今日の記念と……ずっと一緒にいられるように思いを籠めて。
「小さいものなら入る、よね」
 管の中には入っても、細い括れを通らないのでは砂時計として機能しなくなる。
 後で二人はまたちょっと悩む事になるが、きっとそれも一つの幸せ。

 いつぞやの邂逅が遠く近くリトルの脳裏に甦る。
 これまで沢山の冒険者の友達が出来たのも、あの日があったからこそだ。
 今日もまた、素敵な思い出になるに違いない――砂時計と一緒に持って帰るのだ!
「スピナスくん、ご一緒しませんか?」
「おー、どうしたのじゃ?」
 そんな決意の友に、能天気なスピナスは誘われるまま砂浜で遊び始めた。
 両側から砂の山に穴を掘って腕を伸ばす。やがて二つの穴は真ん中で繋がって、互いの手に出逢う。
 二人が作り上げた砂の城。それは形あるものの縮図。波に崩され消えゆく運命。
「なればこそ価値がある――などと」
「それはちょっと気障ですね」
 聞かれていたか、とモルテはばつが悪そうに笑う。
「お久しぶりなのです! お元気でした?」
 溌剌たるスピナスと悪気無く相擁するヴェノム。
「げんきじゃよー!」
 体躯だけでは無い。巣立ち前の雛鳥を思わせる確かな成長を、若い母性は肌で感じる。
 苦い経験がそれを促したのだという事が、少しだけ哀しかった。
「次は貝殻探しなんて如何です?」
 季節を過ぎた桜の花弁。殻が薄い二枚貝は瑕の無い物は珍しいのだが、ヴェノムはそれを探し求めていた。
「もし見つかったら、一枚ずつ半分こにして砂時計に飾りませんか?」
 きっと見つかる。根拠は無いが、ヴェノムはそんな予感がしていた。
 一方、ミシェルが欲しがる赤茶色の砂は、なかなかこの砂浜では見つけることが出来なかった。
「ここで見つからなくても、工房にはあるんじゃないかね」
「そうですか……それでは、行ってみますね」
 モルテの話では砂浜で採れないような色の砂は、山で採れた鉱石等を使った物があるらしい。
「うぅ……」
 ツバキはただ苛立っていた。なかなか気に入った貝殻が見つからないし――顔はお面で蒸れ蒸れだ。
 表情は窺い知れないが、面の陰影が不思議と彼女の不機嫌さを滲み出す。
 握りこぶし大の石を拾い上げたツバキは、鋼糸を括り付けると八つ当たり気味の一薙ぎで真っ二つに割った。
 少しは頭も冷えて、周りを見渡す余裕も出てくると……スピナスがじっとこちらを見ている事に気付く。
「……お、驚かせて申し訳ないです――っ!」
「おもしろそーなのじゃ。わしもまけないのじゃ!」
 爛爛と目を輝かせて石を手刀で叩き割り始めるスピナスに、極り悪そうだったツバキは気抜けしてしまうのだった。

「砂に足取られンなよ?」
「むー……取られぬぞ、わしを何だと思ってるんじゃ」
 ゼンの言葉に口を尖らすフィリスも、裏腹な喜色を隠し切れているかどうか自信が無い。
 そんな強がりが災いしたのか。
「――ッと。言った傍から危ねェな」
 体勢を崩したところを、間一髪でゼンに支えられる。
「あ、ありがとうな」
 ぽっと熱くなる頬を、フィリスは慌てて冷ました。

「やった〜、見つけたよ♪」
 フルーレットが手にした掌大の銀白色の貝殻には、内側に強い真珠色の光沢が表れている。この光沢が残る砂が作りたかったのだ。
「作って貰ったら、後で交換しようね!」
 前に貰ったマフラーは流石にもう季節外れ。それに代わる何かをフルーレットは贈り合いたかった。
「ああ、プレゼントになると思うと一層砂集めに力が入るな」
 それは同じ時を共有したいという意味なのだろう。
 篩を用意して来たゼパルパだが、砂浜では白っぽい砂しか見つからなかった。どうやら大半の作業は工房でやる事になりそうだ。
「いい海だな。夏になったら一緒に泳ぎに来たいな」
「そうだね、絶対――」
 こんな穏やかな日常をまた一緒に過ごせるように、世界に山積した難題を解決していなかければ――ちょっと気が遠くなりかけるけれど。
 雄雄しい思い人の赤い瞳と視線が合う。心が伝わったような気がして、フルーレットはにっこり微笑みかけた。

「んーと……気を付けて、な」
 慣れない手付きでキリルは指を絡ませ、リンカの手を引く。初めてのデートに、ちょっとした気負いも感じながら。
 将来を約束した二人だというのに、どこか初初しいのはそんな所に理由があるのだろうか。
 残された二人の足跡に出来た水溜りに映った空が浮かぶ。それもまた、淡い波に掻き消えていく。
 靴を脱ぎ捨てた素足に海の水はまだ冷やこいが、慣れればそれも心地好かった。
「うや?」
 波に流され砂浜に浮き出す貝殻。
 覗き込むように屈んでいたリンカが、ぱちゃぱちゃとキリルの元へ跳ねてくる。
「これ、とってもきれいねぇー!」
「本当だ。よく見つけたな」
 透いた色白の掌の上には、乳白色の小さな二枚貝。
 柔らかい銀髪をキリルは撫でてやる。
「まだあるかなぁ?」
 心も体も弾ませて見回すリンカの素振りに、思わず。
「ほえ」
 ――きゅっと。何かから護るように、擁く。

 さくさくと砂を踏みしめる感触を楽しむシュウ。その足は自然と人の少ない方へ向いていた。
 それぞれの世界を壊されずに満喫できるくらいには広い海岸線。
 青と白のグラデーションに彩られた水平線。
 ふと立ち止まったシュウは、貝殻を見出そうと足元の乾いた砂を両手に掬う。
 指の隙間からさらさらと零れ落ちる砂の感触は、大切なものを取り零していくようで物悲しい。
 一方で、風に乗って煌めくそれは――とても綺麗で。相反する思いに苦笑した。
 もう少しだけこの景色と風を楽しんだら、初夏の海辺のような砂時計を作りに工房に向かうとしよう。

●灰にもなれず
 爽やかな砂浜とは打って変わって、工房の中は宛ら真夏を迎えたようだった。
 灼熱の炉はじりじりと周囲の空気を焼き、むっとする熱気が漂う。
 壁や戸を取り払ったほぼ吹き曝し状態のため、風通しが良いのが救いだった。
「……………………」
 そんな中でも、黙黙とゾアネックはガラス粉を炉にくべていた。
 旧セイレーン領のこの町だが、彼には馴染みがある以上の理由は無いらしい。
「見事なものね」
 職人が器用に回しながらガラスを管状にしていくのを、フィルメイアは興味深げに見入る。
 ガラス管に針金を通すと、外側から中央部に熱と圧力を掛けて括れを作っていく。
 短時間でそれをやってのけるので一見簡単そうに見えるが、あれで相当な技術が要るのだろう。
 作ってみたいとは思うが、やはり見学に留めておくのが賢明か……とフィルメイアは目するのだった。
「――あッちィー!」
 果敢にガラス吹きに挑戦していたゼンだが、管の形はらしくなっても完成にはどうにも至らない。
「はっは。何年か修行して行くかー?」
 からからと笑う職人に、諦めが肝心とゼンは気持ちを切り替える。
 管を固定できればいい外枠なら、とりあえず職人技など必要無いだろう。
 ならば早速、とイメージに合いそうな木材を選び始める。
「どれにするかな……フィリスのも俺がやッてやろうか?」
「折角だし自分でもやりたいから……少しだけ手伝ってくれるか?」
 そんな気遣いも、ただ素直にフィリスは嬉しかった。

「えぇ、もうあるんですか?」
 余ったガラスを細かく砕いて混ぜるというアイデアを閃いたアロは、拍子抜けして頭を掻く。
 工房に用意されている砂の中にはガラス製もあり、純粋なそれよりもカラフルな物が多い。
 別の砂と混ぜるとなると比重の違いが諸諸影響するが、それに目を瞑れば可能だ。
「好きにするがいいさー。責任は持てねえが」
 ひゃっひゃっと笑う職人に、ちょっとだけアロは不安になる。
 幼馴染のお兄さんの婚約(たぶん)祝いだから、良い物を贈りたいのだが。
「ああっ……」
 悩むアロがいる机を、エィリスが強かに毛躓いた。
 まだ完成していないガラス管が机の上を転がり、無情にも地面に落ちて砕け散る。
「きゃあっ」
 目の前にいたモルテを突き倒してどうにかバランスを保つが、エィリスが運んでいた篩に掛けたばかりの砂は宙を舞う。倒れたモルテは見事にそれを頭から引っ被った。
「――ご、ごめんなさい、大人しく見ていることにします」
 無言の圧力を感じて、エィリスはそそくさと隅っこに逃げ出した。
 そんな一時の喧騒を余所に、ファオは片側に穴の開いた管に砂を流し込む。何度か試して、実際に砂時計の中に入れる量を調整するのだ。
「どうか、どうかご無事で……」
 真摯な祈りが、口から零れ落ちる。
 さらさらと漏れ落ちる音で心を落ち着かせながら、地獄に取り残された仲間が無事に帰還するのをひたすらに願った。
 笑顔でまた会える日を、共に楽しい時間を過ごせる日を信じて。
 鉱石を砕いて細かくした後は、水分を十分に飛ばしてから篩に掛けて砂時計に適した大きさの粒を集める。この辺りの作業はハジにも差し障り無く熟せた。
 蒼色の砂を、冷えたガラス管の中にゆっくりと移す。この管を再び熱し、穴を塞げば完成だ。
 滑り落ちていく砂に、止まることのない時の流れを思うハジ。だが、流れ落ちた時の砂は、そのままでは動き出すことはない。
 職人の話では、ここで造られた砂時計は最大でも半時も掛からないものだそうだ。
 サイズが大きくなる程重く壊れやすく、実用性に欠けるからだ。
「こんな欠片にならなければ……」
 ぶつぶつと呟くアグロス。
「……まあ、君の夢はともかくだ」
 持ち込んだ砂の材料。それらを余す所なく使ったとしても、アグロスが望んだ時を計る分量には足りないだろう。どのみち、大きさの制限もある。
「職人さんも難しそうな顔をしていたから、やるなら自己責任でね」
 被った砂を払うモルテにあしらわれ、さてどうしたものかとアグロスは首を捻らすのだった。

「忘れ物、ですか?」
 鋸を引くゾアネックの横で、サリエットは外枠の元になる木枠を削る。
 無口な戦士が冒険者に身を投じ、モルテと連むようになった理由――断片的な言葉にまだ深遠を感じるのが哀しかった。
「……見当違いならすいません。でももし、返したい砂時計が重すぎるとか……そんな事があるならば」
 無言を以て返す。が、いつものそれとは様子が違う。
「私では頼りないかもしれません、でも――」
 そうではない、とゾアネックはかぶりを振った。
「……望んで囚われているのさ、彼は」
 射殺しそうな睨みを利かせて、黙らせようとする。だが、構うことなくモルテは続けた。
 虚無に対する思いに価値は無い。思いは誰かに届くためにあるのだと。

 それぞれの思いが砂時計という形を成し、今、出来上がろうとしていた。


マスター:和好 紹介ページ
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参加者:22人
作成日:2009/05/16
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