ファーナ・ミランダの硝子の遺跡



<オープニング>


●ファーナ・ミランダ
 明るい浅葱と薄藍の色を湛えた海は、まるで水に濡れた硝子のようにくっきりと透きとおる。
 初夏の陽射しを透かして煌く波は穏やかに緩やかに、淡黄色の砂が三日月の形を描く浜へと打ち寄せる。潮風に濡れ黒橡色に艶めく岩から砂浜に降り立ちて、砂に足跡を刻み彼方まで続く遠浅の海を望めばそこに、遥かな時の流れに埋もれた街の跡が見て取れた。
 透きとおる青の硝子と淡い碧に揺蕩う硝子を溶かし合わせたような、明るい色に澄んだ波の下に、最早礎石を残すばかりとなった街の遺跡がひっそり眠る。実のところ遺跡と呼ぶには少しばかり時が足りなくはあるのだけれど、街の名は既に失われ、ただかつてひとの営みがそこにあったことを示す跡が遺されているだけの場所だから、遺跡と言えば遺跡なのだろう。
「私達はね、ずっと恋をしているのだよ」
 濃い蜂蜜色の髪を結い上げた女はそう口にして、何処か眩しげに細めた瞳を彼方へ向けた。

 誰かが鑿で削り出したまま転がしたような、ごつごつとした黒橡色の岩が連なる海岸がある。ひとより大きな岩が幾つも重なり連なる上を跳ぶように行けば、訪れる者も滅多に無いという静かな入り江へと辿りついた。明るい浅葱と薄藍の波揺らぐ遠浅の海に面したそこが、件の遺跡が眠る場所。
 遠浅の海と言っても常のことではなくて、普段の遺跡は鮮やかな紺碧揺らぐ深い海の底に沈んでいる。けれど海流の具合か何かによって、年に数日の間だけ、大きく大きく潮が引くことがあるのだとか。その時だけは気紛れに、深い海の底から街の遺跡が目を覚ます。
 何も、何もない場所だ。
 言い伝えによるならそこは、遠い昔戦禍に見舞われたひとびとが捨てた街。かつては砂浜に面した街だったけれど、長い時の間に地形が変わったために海に沈んだ街の跡。目ぼしい物など何もなく、透きとおる波と淡黄色の砂の下にただ建物の礎石や街路の敷石が見出せるだけ。
「けれどね、礎石の間を、砂の中を丹念に探したなら……硝子の品が見つかることがある」
 鮮やかな青硝子の中に細かな気泡が浮かぶ足つきのグラス、透ける水草の翠を映しとった硝子に優美な魚の意匠を彫り込んだ小皿、黄昏の陽射しを溶かしたような橙色の硝子に、金砂で波と海鳥を描いた飾り窓の一部。当然ながら無傷の物はなく、何れも縁が欠けていたり罅が入っていたりする品だ。だがその瑕や罅こそが面白く美しいと思うのだよと笑みを刻む彼女は、ファーナ・ミランダという名の硝子職人だ。
 瑕や罅を光に透かせば細かく散らされた光が硝子全体に拡散し、淡い金や銀の虹を思わす不思議な輝きが生まれるのだと彼女は語る。それはひとが計算して刻む瑕や罅では生み出せぬもの。それらの品だけでも、彼の遺跡は硝子職人の興味を惹きつけるには充分な場所だろう。
 けれど彼女が遺跡を訪れる目的は別のものにあるという。
 彼女が求めるものは、血よりも鮮やかで、宝石よりも深く透きとおる赤硝子の欠片。細かな金砂を抱くその赤硝子は指先ほどの大きさで、欠片すべて、断面すらも深く鮮やかな赤に煌くものだ。
「私達はね、ずっとその硝子に恋をしているのだよ」
 稀なる腕を持つ硝子職人は、彼方を見遣り、歌うような声音でそう呟いた。

●硝子の遺跡
「深く鮮やかな赤の中に金砂が散る硝子。……それは、女神の欠片なのですって」
 初夏の風薫るある日酒場へ姿を見せた藍深き霊査士・テフィン(a90155)は、知己である硝子職人からの誘いを述べてそう語った。
 彼女から冒険者達への誘いは、遠浅の海に沈む遺跡へ遊びに行かないかというもの。澄んだ波の下に眠る遺跡をただ眺めるだけでも楽しいだろうし、波の下、礎石の合間や砂の中に埋もれている硝子細工を探すのも趣深いひとときになるはずだ。瑕や罅があるものばかりだが、気が向いたなら持ち帰るのもいいだろう。
 ただ、彼女――ファーナ・ミランダの目的は、硝子細工ではなく赤硝子の欠片にある。
「血よりも鮮やかで、宝石よりも深く透きとおるその赤硝子は、遠い昔に彼の街の広場に据えられていた硝子の女神像の欠片だそうですの。……ひとびとが街を捨てる際、ひときわ女神像を愛していた硝子職人が、敵の手に渡るのは忍びないと粉々に砕いてしまったものなのだとか」
 女神の欠片はその際街中に振りまかれたと言い伝えには語られている。
 硝子職人ファーナ・ミランダは、彼の遺跡を幾度も訪れ、件の赤硝子の欠片を集め続けているのだとテフィンは言った。彼女だけではなく、彼女の師にあたる人物も、そのまた師にあたる人物も。
「欠片集めは代々受け継がれてきたものだそうですの。いつの日か相応の量の欠片が集まった時、女神を甦らせることが代々の悲願なのですって。……師の師、そしてそのまた師とミランダ様の先達たちを遡っていくと……かつて女神像を砕いたというその職人に行き着くのだとか」
 血の繋がりで続く血脈ではなく、手の技で繋がり続いてきた硝子の血脈。
 遠い昔の話のこと、女神像の話も、件の職人の繋がりが今にも続いているという話も、それが真実であると証明できる者はいない。だが敢えて否定する必要も、真実を求める必要もないだろう。

 ファーナ・ミランダの代で欠片集めを終えられなければ、彼女の弟子がそれを受け継ぐことになる。
 そうしていつの日にか甦る女神は、欠片を継ぎ合わせたものではなく。
 焔にすべてを溶かして、新たな形を得た姿で再生するのだ。


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参加者
NPC:藍深き霊査士・テフィン(a90155)



<リプレイ>

●硝子の遺跡
 夏の匂いを纏った空は明るく鮮やかな紺碧に染まる。初夏の青空を彩る雲は、まるで白絵具含ませた絵筆を颯と滑らせた跡のよう。淡く真白に輝き棚引いて、気侭に空を流れていった。
 薄藍と浅葱に透きとおる波寄せるのは、淡黄の砂が三日月を描く浜辺。陽の温もりを抱きさらさらと足裏をくすぐる砂に軌跡を刻み、クールは爪先を洗っていった波を追い遠浅の海へ足を踏み入れる。
 澄んだ海水と波下の砂の冷たさに瞳を輝かせ、顔を上げればそこに――、
「ね、凄く綺麗よ」
「これが遺跡ですか……!」
 遥か彼方まで広がる薄青と碧の海の中、透きとおる水と光の波紋に抱かれた建物の礎石や敷石並ぶ街路が遠く彼方まで整然と続く光景が見えた。
 思わず弾ませた声に笑みを零す彼女へ照れたように笑み返し、ブレッドは明るい浅葱に透きとおる波紋揺れる敷石に素足で触れる。象牙色した石の上に立ってみれば、穏やかな波音が時の彼方から聴こえる街のさざめきのようにも感じられた。一際大きな礎石の上に立ったクールが感じたのも同じこと。浪漫よねと瞳を細めた彼女は、両腕を広げバランスを取りつつ礎石を辿り歩いていく。
 懐かしい潮の香で胸を満たす波の下に、時に埋もれた硝子が眠っているから。
 薄藍の波が触れるたび、硝子のように煌く飛沫がティオの指を濡らした。
 鮮やかな清涼感と水面の煌きに心弾ませながら、砂の合間に見え隠れする敷石を辿って街を行く。明るい象牙色した敷石の中、時折気紛れのように淡い飴色のそれを混ぜた街路をかつて歩いていたのは、一体どんなひと達だったのだろう。
 思い馳せつつ歩けばふと一角に気を惹かれ、礎石の合間を探るように指を差し入れる。受け継がれる望みを繋げるためにと砂を掻けば、指先に触れた何かがティオの心を震わせた。
「見つけました……!」
 砂中から掬いあげたのは、宝石よりも深く血よりも鮮やかに輝く赤硝子。
 波を連ねたような美しい砂紋の流れふたつが出逢う場所は、きっと波がぶつかりあう場所のはず。
 砂が堆積しやすいというそんな場所に硝子も運ばれているだろうかと、波間に身を屈めたセラフィンは明るい碧に透きとおる水の下砂の中へと手を伸ばす。もう一方の手には胸元で揺れる硝子の桔梗を握りしめ、祈るような想いを込めて胸へと当てた。
 涙一粒ほどの欠片でもいい。
 どうかどうか――彼女へ幸せを還すために。
 気高く輝く赤硝子を探りあて、感極まって泣き出したエンジェルの少女をファーナ・ミランダが抱き寄せた。ありがとうと髪を撫でる彼女の姿が何だか嬉しくて、テルミエールは小さく口元を綻ばせる。瑕や罅こそが面白く美しいという彼女の言葉は、己の中の何かを解放してくれた。
 心に秘めた硝子は少し歪で、けれどそれすらも好いと彼女は言ってくれるだろうか。
 彼女が女神の輝きを拾い上げる様に成る程と頷いて、アグロスは波の下に点々と続く敷石の脇を丹念に探っていく。欠片が街中に振りまかれたというのなら、礎石の内側よりは街路に多く散らばっているに違いない。
 掬い上げた欠片を光に翳してみれば金砂が煌いて、それよりも強く鮮やかに硝子の赤が輝いた。
 頑張りますよ〜と張りきって裾をたくしあげ、エアリエルは薄らと浅葱を帯びた何処までも透きとおる波の中へ足を踏み入れた。冷たい砂が優しく足を包み込む感触も、揺らぐ波と水飛沫がふくらはぎに触れる感触も心地好い。腰を屈めて明るい浅葱の水面に瑠璃の影を作り、眼を凝らして輝きを探す。
 波紋揺らぐ敷石の合間に強い煌きを見出して、時を経てなお鮮やかに輝く赤硝子に触れた。
 掬いあげてみれば――深い煌きを抱く女神の欠片ふたつ。
 眩い光を散らす薄藍の水面を渡ってきた潮風を吸い込めば、胸いっぱいに光が満ちる心地がする。満ちる潮の香は懐かしくて、憧憬のような羨望のような眩い想いに何処か似ているような気もした。
「血に因らない絆って……好きさなぁ」
 知らず笑みを形作った唇でそう呟いて、モニカは両手に掬った砂を幾度も幾度も波にさらす。
 根気良く繰り返していけば、淡黄と薄藍の中からとうとう鮮やかな赤を見出した。
 何より焦がれるひとの元にとファーナ・ミランダの掌へ欠片を乗せれば、眩しげに瞳を細めた彼女は、貴女の心が何より嬉しいとモニカの瞳を見つめ一際眩しそうに笑う。
 硝子の花のお礼にお手伝いさせて下さいねと申し出て、幾重もの想いを受け継いで生まれ変わる女神を見てみたいから、と穏やかな笑みを湛えてエニルは言を継いだ。
 何時か誰かの手によってではなく――『ファーナミランダ』の手によって。
「ファーナミランダさん達職人が女神像の硝子に恋してるように、私は貴女の手によって生み出された硝子に恋してますから」
「……言うね、貴方も」
 正しく名を呼ばれた彼女は軽く瞳を瞠り、なら一日も早く貴方と私の恋を成就させようと破顔した。
 微笑を返した彼は礎石が作り出す角に堆積した砂を笊で掬い、慎重に波の下で揺すっていく。
 丁寧な作業を重ねた先に見出したものは。

 深く鮮やかな赤と金砂煌く、恋の欠片ふたしずく。

●薄藍の波間
 何処までも淡い青と碧に透きとおる波の下、淡黄の砂に見え隠れする礎石に沿って笊を滑らせた。目の粗いものと細かいものを重ねた笊で砂を掬い、鮮やかな光を湛えた恋の欠片を二人で探す。
 恋は嬉しいことばかりじゃなくて、苦しいこともあるはずだ。
 けれどこうして手伝えるならきっと、苦しさも減らしてあげられる。
「ねー? チェルダちゃーん」
「わ、私たちは仲良くやってますもん……!」
 普段少女が恋人と遠く離れて暮らしていることを知るからこそ、ミルッヒは声を上擦らせた彼女に明るい笑顔を向ける。傷つくことも躓くこともないひとなんていないから、瑕や罅を孕んで更に輝くという硝子にこうして心惹かれるのかもしれない。
 女神を見出したらしい二人の歓声にぱたりと尾を揺らし、レーダは薄藍の波間を敷石を辿って歩く。
 象牙色の敷石を覆った砂に裸の足を滑らせれば、透きとおる波が描かれた模様を消して冷たい砂を被せていった。足に触れる砂と踝を濡らす波の感触も楽しくて、波や砂との戯れを幾度も繰り返す。
 浮き立つ心のまま街路を辿れば、敷石の脇に埋もれた硝子の輝きが目に留まった。
 陽射しに透かせば罅の煌く蒼の中、菱形をした魚がゆうるりと舞う。
 明るい浅葱色の水面に煌く光の模様は、そのまま揺らぎとなって水底の砂や敷石に映し出された。
 波に沈めた手にも波紋が映る様に頬を緩めて、アルギュは鮮やかな青硝子を掴み取る。よしと呟きあいつが難儀してそうなら手伝うかと振り返れば、波打ち際ではしゃぐミミィの姿が瞳に映った。
 宝探しみたいと声を弾ませ、小さな少女は波に洗われる淡黄の砂を掘る。
 眩い光を含む潮風も、砂を波が崩す波も楽しくて堪らない。涼やかな風と水を満喫すれば自然とおなかも空いてきたから、ミミィは膝まである水の中で硝子を探しているレンに手を振った。
「レンおにーちゃんお弁当何作ってくれたのー? 楽しみー!」
「あ、俺も俺もー! ひとに作ってもらうのって幸せだよなー!」
 少女だけでなくアルギュまでが嬉しげに呼びかけてきたから、波に浚われた砂が溜まっていそうな礎石の間を覗き込んでいたレンも思わず口元を綻ばせて顔を上げた。
「サンドイッチー! 五種類あるから好きなの選びなー!」
 確かに昼時かなと青空を仰ぎ、二人が手を振る水際へと足を向ける。
 透きとおる海の雫滴る手の内には、光に翳せば鮮やかな藍に輝く硝子の貝ひとつ。
 砂浜で昼食を広げ始めた三人を微笑ましく見遣り、ギイナは再び身を屈めて砂中にそっと指を沈めて瞳を閉じる。繰り返す波の音に合わせるように感覚を研ぎ澄ませ、そっと指を進めていけば、指の先に砂とは異なる何かが触れた。
 尾を揺らした少年が掬いあげた碧の輝きは硝子だろうか。
 己の手も埋もれた硝子に届くようと願い、手套を嵌めた手でセシルもそっと砂を探る。手套越しでは細かな感覚が解らなかったが、純白の上に光揺らぐ様に瞳を細め、遺跡の何処かに眠る赤い硝子の絆に想いを馳せた。
 職人たちの絆が途切れぬように、己の中にも師から受け継いだ志がきっと息衝いている。
 明るい碧に揺らぐ海の表面で、薄藍の波が揺らぎ煌いた。
 瞬きをしつつ顔をあげた彼女にすまないと言うように手を振って、ラズリアンテは手鏡を仕舞いこむ。陽射しを反射させれば水底に光るものが見出せないかと思ったが、鏡を向けてもただ水面の煌きが増すばかり。砂を掬えば象牙色の敷石が現れて、波の下に広がる時に埋もれた街を想い、意識の片隅を過ぎった光景を払うように頭を振った。
 砂浜へ寄せる波は鮮やかに透きとおり、彼方まで続く海は薄青と碧の硝子を溶かし合わせたよう。
 一瞬ごとに色を変える海はずっと眺めていても飽きなくて、けれど「手伝ってくれんかのぅ?」と輝くような笑顔でフィリスが手招きするから、ゼンも波を掻き分け海の中へと入っていった。端の方がいいんじゃねェかとひとの少ない方へ向かい、砂を探ろうと身を屈めた――途端。
「えいっ」
 後ろから突然背を押されてつんのめった。
 おわっとたたらを踏んだゼンが振り返れば今度は顔に水をかけられる。
「お前……やッてくれたな?」
「へへ、油断禁物じゃよ?」
 目には目をとばかりにやり返せば水どころか波をかけられて、二人ずぶ濡れになるまで水と波をかけあった。飲み込んだ海水に咽せ互いに顔を見合わせて笑い合い、再び砂の下を探る作業に戻る。
 程なくしてフィリスの指先に、青硝子の海を泳ぐイルカを意匠した小皿が触れた。

●女神の欠片
 眩い陽射しが降る中にあっては水の揺らぎも飛沫の冷たさも心地好かったが、砂を浚おうと身を屈めればやはり己は水を恐れているのだと実感した。
 苦笑しつつ瞳を伏せるシーナを抱き寄せ、私が一緒だから大丈夫と囁いて、エフェメラは彼の手を引き緩やかな足取りで砂に埋もれた敷石を辿って歩む。求めるものは深く鮮やかに輝く女神の欠片。
 女神は何故砕かれねばならなかったのか。
 一時敵の手に渡ろうとも取り戻せばすむはずのこと。ならば女神を砕いた職人は本当のところ、敵のみならず誰の手にも女神を渡したくないと願ったのだろうか。
「――独占欲」
 当然の帰結のようにその言葉へ辿りつき、二人はどちらからともなく視線を絡めあう。
 眠る赤硝子よりその赤い瞳が欲しいと囁かれ、紅の瞳を細めた彼は腕に己の女神を掻き抱いた。
 流れる潮風に煽られて、切ったばかりの髪が頬を叩く。
 その感触と濃い潮の香に瞳を細めて見遣れば、先を行く彼女の豪奢な金髪がふわりと風に靡く様が瞳に映った。見つかりそうかと名を呼びかけるシグルドにどうかしらと一声返し、ペテネーラは舞の折には花の様に広がる裾を片手に纏め、浅葱と薄藍に透きとおる波の下の敷石へと素足で触れる。
 連なる礎石の角に堆積した砂溜まりへ深く腕を差し入れる彼女の姿を視界の隅に収めつつ、美しい砂紋を追ってシグルドも崩れた礎石が重なり合う場所の砂へそっと爪先を潜らせた。女神相手に失礼かとも思ったが、ここはひとつご容赦願おうかと微かな苦笑を刻む。
 違和感を感じて今度は慎重に手を差し入れて、掴み取った何かの欠片を波で洗う。
 現れたのは、深く鮮やかな赤の輝き宿す硝子がふたつ。
 やるじゃないと艶やかに笑んだペテネーラの手にも女神の欠片ふたしずく。
 初夏の陽射しに透かし鮮麗な赤の世界を垣間見て、欠片は女神を恋うひとへと手渡した。
 薄藍の波と淡黄の砂に見え隠れする幾つもの街路が合わさる場所が、街の広場であったのだろう。見渡せど今は波とその下に眠る礎石が広がるばかり。けれどかつては様々な建物に囲まれ多くのひとが行き来していたのだろうと、イーグルは悠久の時の流れに心を浸す。
 赤いの見つけたら教えて下さいなと恋人へ楽しげに声をかけながら、ファリアスは辺りの礎石の合間から砂を掬ってはさらさらと波に流してみた。幾度も同じことを繰り返すうち流石に屈みっぱなしの身体が強張り始めたから、真剣な顔で敷石の間を探っていたイーグルに冷たい水を掛けてやる。
 冷たっと弾かれたように身を起こした彼に、仕返しだと首筋にぴとりと冷たい手を当てられた。
 硝子の女神像の逸話が真実であるか否かは誰にも解らない。
 だが『街の広場に女神像が据えられていた』と『言い伝えられている』のは真実だ。
 ならば広場やその周辺は探索されつくしているはずと、アスティアは広場から離れた場所の礎石に目を凝らした。波の乱反射を防ぐように影を作り、指先で丹念に礎石の合間を探る。
 幾世代もかけて探し続け、心が折れそうになった者もいただろう。けれどファーナ・ミランダが瑞々しい恋心を失っていない事が嬉しくて、受け継がれる想いのためにと真摯に砂を探る。
 やがて砂の中に、何時の日か甦る女神の煌きを見出した。
 砂を掬い礎石の合間を探り、かつて街に振りまかれたという欠片を探す作業は、草木が根を張り大地の恵みを求める様に似ている気がした。集められた欠片は焔に溶かされ新たな姿を得て甦る。
 巡りめぐるその様がきっと、自然の営みを思い起こさせるのだろう。
 礎石の窪みに溜まった砂に指を沈め、触れた感触に顔を綻ばせてエッシェはそれを掬いあげた。
「また、風の吹く所へ戻って来たね」
 潮風に翳せば、濡れた赤硝子が強く鮮やかに煌いた。

 魅了の歌でユユと意気投合した水薙鳥は頭上でくるりと輪を描いて、大きなアヒルちゃん人形に乗った少女を沖へと誘う。赤い煌きを見たという鳥を追い、カルアも波へとカヌーを乗せた。
 深い浅葱の影を水底に生みながら、二人は誰よりも遠くへ向かう。
「女神様……きっとすごく哀しかったと思うんだよ」
 砕かれる事ではなく、自分を愛してくれた人々が苦しみ、何処かへ行ってしまう事が。
 優しいユユの言葉に目元を和らげ、カルアは水薙鳥に示された砂溜まりから笊で砂を掬い取る。
 砂を掬い波に揺する作業を繰り返して見出したのは――深い赤に金砂を抱いた欠片が、三つ。

 硝子は幾度でも蘇る。
 彼が穏やかにそう言ったから、ユユは額に欠片を当てて祈りを籠めた。女神様を復活させて、また一緒に居られるんだよって教えてあげてと願う少女に、貴女の祈りが届くよう精一杯努めるよと硝子職人は目尻に細かな皺を刻んで笑う。
 出来れば貴女の代での復活を願うと、僅かに瞳を細めてカルアは彼女に欠片を手渡した。
「後に続く貴女の弟子達は、『何故そんな素晴らしい務めに携わらせてくれなかったんだ』と悔しがると思うけど、な」
「それは……とてもいいね」
 彼の言葉にファーナ・ミランダは声を上げて笑い、未来の弟子や孫弟子に是非とも地団駄踏ませてやろうと満面の笑みで請合った。


マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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作成日:2009/06/05
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