【神の世界へ】門の神リスアット



<オープニング>


●冒険者の酒場
 エルフの霊査士・ユリシア(a90011)の白い手が、音もなくテーブルを撫でる。
 人差し指と中指を合わせ、二度、三度。
 形のよい瞳を伏せたままこれを繰り返す。
 普段、感情を滅多に発露せぬ彼女だが、いまは内心、静まらぬものを感じているのだろうか。
 されどそれも、わずかなことにすぎない。
 やがて集まった冒険者たちを見回すと、彼女は泰然たる様をとりもどしていた。
「ようこそお集まりくださいました」
 切れ長の目をめぐらせる。
「今日は重要なお話を述べたく思います。一度しか申し上げませんので心してお聞きください」
 よろしいですね、と言い加える。
 腕輪の鎖が擦れあい、鈴の音に似た小さな音を立てた。

「円卓の決定事項にもとづき、先日私は、ランララ様にお伺いする機会を得ました。そのとき教えていただいたのは、神様から情報収集する手段……すなわち、神様に拝謁を願う方法についてです」
 ユリシアの言葉は短いが、その意味するものの大きさに、その場の全員が水を打ったように静まりかえった。
「……本当は、神様以外には教えてはいけない方法なのだそうですが、状況が状況なのでしょうがないですね、と快く教えていただけたのです。感謝の念に堪えません」
 ここで一旦、ユリシアは言葉を切って、
「その方法を皆様にもお伝えしましょう。メモを取ったほうがいいかもしれません」
「あわわ……で、では私がっ!」
 面食らっているこの女性冒険者は、はじまりは・プルミエール(a90091)だ。彼女も招聘され、この重要なる使節団に参加しているのだ。使命感と緊張で額に汗しつつ、慌ててメモ帳とペンを取り出す。だがそのペン先がわなわなと震えているのが、傍目からでもよくわかった。これでは可読性の高い文字を残すことはできまい。そこで気の利くメンバーが、プルミーの意を尊重しつつ、こっそりとメモを行うことにする。
 ユリシアは語った。涼しげなその声は、どこか音楽的である。

 まず、皆様にはホワイトガーデンの虹の円環に向かっていただきます。
 時刻は夕暮れ時、ランララ様から拝領した『神の花園の花冠』を代表者が頭に被り、他の者は松明を手にして円環に向かうのです。
 虹の円環は聖域です。領内では、決して走ったり、みだりに騒いだりしてはいけません。落ち着いた声で話す程度なら構いませんが、礼を失するような行動は御法度ですよ。
 円環の真下と思われる場所についたならば、神の花園の花冠を厳かに外し、設置します。どこに置くすべきかは、おのずとわかることでしょう。
 そして、花冠を松明の火で燃やしてこう願ってください。
『門の神・リスアットよ、神の国の扉を開けたまえ』
 と。
 こうすることで、門の神・リスアット様をお招きすることができます。

 この手順は厳粛に、敬意を持ってとり行うこと。
 また、儀式には誠意が要求される。相手は神である。たとえ表面的に滞りなく儀式が行われていても、心から謁見を願わねば意は届かないだろう。
 リスアットとまみえることができれば、それで終わりというわけではない。彼ら使節団の目的はあくまで「神々との交渉」だからだ。
 いわゆる現実の世界を「物質界」と呼ぶのなら、神の世界は「精神(アストラル)界」に近い。リスアットは物質世界と精神界を繋ぎ、人間が神の世界に立ち入ることを可能ならしめる。
 神々と交渉するためには、彼らの世界に入るのが大前提だ。つまり、リスアットを説き、立ち入り許可を得る必要があるというわけだ。
 そして、と彼女が取り出したのは、封蝋がなされた一通の書簡だ。
「これはフォーナ様からリスアット様に向けたお手紙です。内容を読む事はできませんでしたが、フォーナ様のお手紙ですから間違いはないでしょう」
 これを手渡しさえすれば、それで理解が得られるかもしれない。リスアットは事情を理解し、冒険者の使節団を無条件で迎え入れてくれるかもしれない。
 とはいえ、相手が神であることを忘れるべきではないだろう。なぜなら、神とはしばしば人間を試すものだからだ。
「本来、神の世界に人間が足を踏み込むことは許されません」
 その禁忌を曲げてもらわなければならないのだ、素直に通行許可をくれると期待するのはやめたほうがいい。
「現在の地上の状況と私達の持つ力を説明し、神の世界に導くべきであることを説得するように努めてくださいね。くれぐれも失礼のなきように」
 各人がバラバラに主張をしたところで、神は聞く耳をもたないだろう。意見を一本化することが絶対に必要だ。その上で、地上の状況を説明する者、冒険者の戦力やその主張を説明する者、それらをふまえて神の世界に立ち入る目的と、その必要性を説明する者……といったように、説得は分業体制にしたほうがいいかもしれない。
「リスアット様は問答好きの方ともうかがっております。話の合間合間に、突発的に抽象的な質問を投げかけてくるかもしれません。たとえば、『生命とは何か』『戦争とは何か』といった質問を、手の空いているメンバーに急に投じてくることがあるかもしれないのです。リスアット様はとりわけ、『定命の人間』というテーマに関心がおありとか。『どうせ死ぬ人間がなぜ素直に滅びるを是としないのか』、『死に別れは必ずあるのに、なぜ愛する対象を欲するのか』といった質問を想定して、あらかじめご自分なりの回答を用意しておいたほうがいいかもしれませんね……」
 リスアットは簡潔な回答を好む――このことも覚えておいたほうがいい。借り物の言葉を神は求めない。質問への回答は自身の言葉で、短くまとめて返事ができれば評価は高かろう。
 その回答も漠然としたものではなく、これまでの冒険者としての経験にもとづいたものであればなお佳いはずだ。すなわち、この交渉では腕力ではなく、生きて培ってきたもの、いわば「人間力」が試されることになる。
 ここまで話して、ふとユリシアはプルミーに目をとめた。
「プルミエール様、お気分でも悪いのですか。顔色がすぐれませんよ」
「いえ、これは緊張からくるものです……」
「負担に感じるようであれば、ご辞退いただいても構いませんが……」
 するとプルミーはたちまち紅潮した。
「そんなめっそうもない! これほどの重大な場面に立ち会えることを、私、光栄に思ってます。使命、きっちりと果たしてみせますっ」
「その意気です。お気持ち、嬉しく思います」
 ユリシアは微笑した。

●虹の円環
 ユリシアの説明を受けた使節団は、ホワイトガーデンに向かう。
 もちろん『神の花園の花冠』は受け取り、帯同していた。
 やがて、神を呼ぶ儀式を行った彼らの前に現れたのは老齢の男性神であった。

 蒸気のような白い「もや」が晴れ、その全身像が見える。
 老人は、紫と赤銅色の袈裟のようなものを着ている。ひどく痩せ、髪も肌も枯れ葉色、唇は真一文字に閉じられていた。顔には年輪のような皺が深く刻まれ、細く釣り上がった眉とともに、気むずかしそうな印象を与えている。落ち窪んだ目は闇色、しかしそこに、叡智の光が宿っているのは明白であった。茶化すわけではないが、その光は賢者のそれというよりは、瑞々しい好奇心の色を帯びているようにもうかがえるのである。
 神は、深い声で述ぶ。
「我は、門の神・リスアット。ランララの花冠を燃やせし者よ、汝らは何ものぞ」

 門の神・リスアットの問いかけに、冒険者たちは……。


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参加者
記録者の眼・フォルムアイ(a00380)
邪竜導士・ツカサ(a00973)
朧皓月・エレハイム(a03697)
ミラクルエルフの・リュティ(a20431)
蒼穹に舞う翼・アウィス(a24878)
ささやき謡う夜風とながれる・グレイ(a31632)
魔女とデタラメ・ロッテ(a49666)
風任せの術士・ローシュン(a58607)
平社員・ココロ(a69011)

NPC:はじまりは・プルミエール(a90091)



<リプレイ>

 老いた見た目に反し、リスアットの声は明瞭で聞き取りやすい。だが常人の声とはあきらかに違っていた。不思議な「響き」がある――喩えるならば千尋の谷、その奥底から谺するような。
「汝らは正しく儀式を行った。されど驚きを禁じ得ぬ、我を招いたのが人間とは……」
 神は、落ち窪んだ目で一同を見回す。
「人間に呼び出されるのはいつ以来か」
 一歩、一歩、素足で「神」は歩み来たる。目には見えねどその歩に合わせ、空気がぴりぴりと震えるのが判る。まさに今、超自然の存在が姿を現したのだ。
 しばし、冒険者たちは口をきくのすら忘れていた。
 リスアットは、ふむ、と片眉を上げる。
「無為に過ごす時間はあるまい。時は金なり、とは人間の俚諺(ことわざ)であったと思うが」
「そ、そうでした、私たち!」
 金縛りが解けたように、はじまりは・プルミエール(a90091)は語り出そうとするのだが、これをリスアットは制する。
「待つがよい。汝らはまだ、我の問いに答えてはおらぬぞ」
 そのとき、彼らの目の前でリスアットの姿が何倍にも巨大化したように見えた。自分たちが縮小していくようにも思う。痩せ細った老人は霊峰の如く、自身は蟻になったかのようだ。無論、本当にそんなことが起こったのではない。神の威厳の成し得る錯覚に過ぎない。
 彼女らの畏怖が収まるのを待って、改めてリスアットは問うたのである。
「ランララの花冠を燃やせし者たちよ。汝らは、何者ぞ」

●儀式
 少し時間を遡る。
 虹の円環、夕暮れ時にここを訪れた一行は速やかに儀式を実行に移した。
 黒衣、褐色の肌のエルフは、記録者の眼・フォルムアイ(a00380)、古参の冒険者の一人である。彼女はその道程で、数多の死や別れを味わった。その瞳に満ちる憂いは、経しものが織りなしたタペストリー、しかし、それが彼女を強くしてきたのもまた事実だった。
 フォルムアイは武器を帯同していない。それは他の仲間も同じだ。
 理知的な横顔は、邪竜導士・ツカサ(a00973)のものである。彼もまた歴戦の勇士、ランドアース史に残る戦いには幾度も参戦している。飄然とした物腰を崩さないが、それは彼の心に、確かに存在する情熱を隠すためのものであった。本日の使命の重大さを彼は知っている。知るからこそ、あえて普段通り振る舞おうとする。
 ツカサは松明に点火し、これを仲間たちに手渡していった。
「ありがとうございます」
 最初に松明を受け取ったのは、朧皓月・エレハイム(a03697)だった。彼女の栗色の髪は腰まで伸びている。エレハイムが冒険者となったのは六年前、今日までの時間、過ぎし日々に、彼女は何を学び、何を得てきたのだろう。神の深い眼差しを見たときから彼女は、それを自身に問い直していた。
 エレハイムにつづいて、エルフの・リュティ(a20431)も松明を手にした。
(「門神に会う……使節団員に選ばれたからには、責任は重大わさ」)
 命のやりとり、神秘の世界への旅、別の意味で危険すぎるミュントス……様々な経験をしてきたリュティではあるが、世界の代表に名を連ねるのはこれが初めてだ。緊張しないといえば嘘になる。しかしそれでも彼女は、萎縮するのではなく胸を張りたい気持ちだった。
 蒼穹に舞う翼・アウィス(a24878)は心優しき青年、いつであろうと、自分のことを二の次にし、他人のために労を惜しまない。今もやはり、彼はプルミエールの装いを手伝っていた。アウィスはエンジェル、不死に近い存在だ。それ故に彼は、定命の種族たちと我が身の差に悩むことも多い。リスアットが問うという内容は、アウィスが常に自問していることとも一致するだろう。
 一行は歩み出す。
 花冠を乗せ、先頭をゆくのはプルミエールと決まった。彼女も表情が硬い。露出の多い普段の服装ではなく、控えめな桜色のドレスを着ているのもその気持ちの表れだろう。
 ささやき謡う夜風とながれる・グレイ(a31632)もエンジェルの一族だ。神と向かい合って話す……それだけで畏れ多いというのに、その上要望を伝えなければならないのだ。不安は多い。されど、究極的には神は理解してくれるはずだともグレイは信じていた。偽りは言うまい。思うところすべてを伝えたい。
 プルミエールの両側に一人ずつ位置する。六人が二列でこれに続き、最後尾にまた一人がつく。
 その最後尾にいるのが、魔女とデタラメ・ロッテ(a49666)だ。彼女は、使節団員中では唯一、依頼への参加経験がない。参加を申し出たときためらいはあった。経験の少ない自分に話せることがあるだろうか、と。しかし思うこと、伝えたいことがあるのはロッテも同じだ。世界が滅ぶとして、そのとき「何もしなかった」では悔いが残る。だからあえて手を挙げた。世界を思う気持ちは劣らないと信じているから。
「円環の真下のようですな」
 風任せの術士・ローシュン(a58607)は直感的にこれを察した。仲間たちも頷いて静止する。
 ローシュンは物静かな男だ。力での解決よりも、論理的思考を好む。口論は好まないが、やむを得ずそうなったとして声を荒げない。それは彼が争いを好まず、平和的解決を望むがゆえのこと。最終的には、争っていた相手も得をするような解決を提案するのだ。相手は神、とはいえ彼は、いつも通りのアプローチで接したいと思っている。
 プルミエールが進み出た。
 足元は継ぎ目のない石床だ。全員が乗ってもまだゆとりがある。つまりこれは、巨大な一枚の岩から削られてできたものだということだ。中央にわずかに窪みがある。
「ここですね」
 彼女は花冠を外し、その位置に置いたのである。静かに後じさる。
「それでは点火するとしましょう」
 平社員・ココロ(a69011)が松明を下げた。松明を手にする他の八人も同様にする。
 花冠に火が移った。円形の冠の周辺に火が付き、炎はゆっくりと冠を舐めてゆく。
 ココロは、立ち昇る煙を眺めながら思い出す。会社(所属旅団)の仲間たちの顔を、彼らと別れるとき述べた任務成功の誓いを。期待を裏切るわけにはいかない。リスアットの降臨を彼はひたすらに祈った。焔の赤が、青い瞳に映り込んでいた。
 花冠が焼け落ちた。途端、同じ場所から白い蒸気のようなものが吹き出し、たちまちのうちに周辺を覆った。
 だがこれに驚いている暇はなかった。
 リスアットが姿を現したのだ。

●門の神・リスアット
 松明を足元に置き、リスアットの前にグレイが膝を付く。他の冒険者たちもこれに倣った。
「まずは、私達の祈りを聞き届けてくだすった事に感謝します」
 これはグレイが知る、最上級の礼を示す作法である。
 彼は顔を上げ神の目を見、やましいことがないことを示す。
「私達は希望のグリモアに集う冒険者、私達が生きる大地をよりよくしようと願い、仲間達と共に働く者です」
 リスアットが頷くのを見て、グレイは続ける。
「この度はランララ様から神々に会うかふさわしい者であるか試される機会と、フォーナ様から書状を預かってまいりました。どうかお受け取り下さい」
 うやうやしく書状を取り出し捧げ持つ。
「その文(ふみ)、受けよう」
 しかしリスアットはこれを取ると、開きもせず懐にしまったのである。
「フォーナの文を読んでしまえば断れなくなろうな。……だが我は、汝らの言葉を聞いて意を決めたい。そのために来たのであろう?」
「はい。無礼を承知で申しあげます」
 プルミエールが告げた。そして各人、簡単ながら自己紹介を行う。
「良いだろう」
 リスアットは彼らの輪の中心に立った。
「語るがよい、地上の状況を。そして汝らの、願いを」
「それでは手始めに申し上げたく」
 口火を切ったのはローシュンである。
「我らが奉ずるはグリモア、異なる種族に加護を授ける独自の力を持つものです。その加護を得るためには、冒険者は二つのことを誓い守らねばならぬ定めにあるのです」
「定め、とは?」
「すなわち、自らの民を守り、助ける為の努力を怠らない事、そして、自らの力を高めるべく努力する事です。我らは、幸せを願う民達に応え、その中で常に己を鍛えてきました」
 神はうなずき、先を促した。
「さて地上の状況はといえば、現在ランドアースはドラゴン・地獄種族・キマイラにより危機にさらされておりまする」
 ご存じかもしれませんが、と彼は断って述べた。黒い太陽、つまり魔石のグリモアのことを。
「黒い太陽の出現以来、本来、誓約に背いた冒険者のなれの果てだったキマイラが、一般人の間にまで次々出現するようになっております。このため、今やキマイラは一大勢力を築くまでに増殖しているのです……。我らは原因を探るため魔石のグリモアへ向かうも、ドラゴンロードに阻まれ敗北を喫してしまいました。その上、地獄の種族も地上へ侵攻を開始しております」
「ローシュン、汝は先ほど、『努力を怠らない』と申したな」
「然り」
「しかし現状、汝らはなすすべもなく、キマイラの増大を嘆き、ドラゴンロードに敗北し傷つき、地獄の侵攻に怯えているだけのように聞こえた。窮するやたちまち神に泣きつく、それを人間の言葉で『努力』というのか」
 リスアットは声を荒げているわけではなかった。叱責ではない、彼らを試しているのだ。
 すかさずリュティが声を上げる。
「いいえ、私達は打開を試みています。フラウウインド大陸の調査もその一環です」
「続けよ」
「敵勢力に関しても、決死の調査を行っています。それで判明したことを述べましょう」
 リュティの顔は上気していた。
「地獄の軍勢は様々な種族が現れ、戦力の底が見えません。キマイラとの関係性が考えられる魔石のグリモアの前には、二体のドラゴンロードがいます。彼らは『死なない』『衝撃波で相手を取り込む』という、とても強力な能力を持ち対処が困難……しかも、その彼らですら、ヴァンダル一族を警戒しているという不安な情報があり、フラウウインドで発見された狐の生物も、単体で我々を凌ぐ始末です……。ここで新たなドラゴンロードが現れればどうなってしまうのか、そんな不安な状況にあります」
 語りながら、リュティの勢いは徐々に削がれていく。自身の言葉に呑まれたのかもしれない。不安材料が多すぎるのだ。
 リュティが懸命に話していたとき、リスアットはかすかに身を乗り出した。だが彼女の語気が萎えていくのに従い、神もまた静かに首を振って無念を表すのだった。
「滅亡の危機にあるということか。しかし、弱肉強食こそが自然の定めであろう?」
「そうは思いません」
 強い口調で否定したのはツカサだった。
「我々の存在とは、命とは……それ単体では意味を成さないが、無限の可能性を生み出すものです」
 アウィスも述べる。
「確かに、私たちは弱いかもしれません。強大な敵には易々と踏みにじられることもありましょう。私は、トロウルやキマイラとの戦いの中で仲間を失いました。……昨日まで一緒だったのに、再びその笑顔を見る事は叶いませんでした」
 アウィスの口調に影がさしていた。辛い経験を想い出していたのだ。
 これを受け、再びツカサが主張を展開する。
「だからといって、可能性まで奪われていいものではない。私は、理不尽な理由で終える命を一つでも減らす為に冒険者になり、歩んで来ました」
 彼らの瞳に偽りがないのを読み取り、リスアットは口の端を微妙に歪めた。冷たい笑いではなかった。その物言いを気に入ったのかもしれない。
「前言は撤回しよう」
 この流れに力を得て、リュティにも自信が戻っていた。
「私達が滅びるべき存在だとは思えません。希望のグリモアは種族の域を超え、同じ民として分かち合える可能性を持つ素晴らしい物です。私達の力は制御の効いた、正しい力と信じています。私達の事について、話を聞いて下さい」
 リュティの言葉を継ぎ、ロッテが話し出す。
「私たち冒険者には腕力だけでは計れない『魂の力』があるのです。召喚獣はその力の一つです」
「召喚獣?」
「冒険者の魂が、魂の回廊を通じ獣の姿を借りて現れたもの……それが召喚獣です。そして希望のグリモアに集う冒険者の魂の力は、どんな脅威にも屈せず、守る為の力を求める心でもあります」
「汝の言葉はいささか装飾が多いな。主観より事実を伝えよ」
 ロッテは恥じ入ったように頭を下げ、
「それならば……ご覧下さい」
 と、召喚獣を出現させたのである。
 重厚な音を上げ、タイラントピラーが着地する。地面が激しく揺れたが、リスアットは驚きよりも興味を持ってこれを眺めていた。
「……皆さんの召喚獣も呼んで良いでしょうか?」
「見たい」
 フォルムアイの傍らにペインヴァイパーが現れた。プルミエールを包むようにダークネスクロークが飛び出し、リュティの横ではグランスティードがいななきを上げた。ローシュンの横で氷熱を発しているのはキルドレッドブルー、エレハイムに抱きつくようにして、ミレナリィドールが様子を窺っている。他のメンバーもそれぞれの召喚獣を控えさせていた。
 やはり好奇心の強い神らしい、リスアットは歩みより、彼らの周囲を巡ってそれぞれの召喚獣をしげしげと観察している。
 しかし元の位置に戻ったリスアットは、協力を約すにはまだ懐疑的なようだ。
「魂の力が具現化したものというわけか。だがこれが、今日の話とどう関係する?」
 ロッテは応えた。
「様々な場面で、召喚獣は私達に恩恵を施してくれます。これら召喚獣は、歴戦の冒険者であれば、どのグリモアの元に集ったかに関係無く呼ぶことができるのです。ただ、『ブックハビタント』だけは希望のグリモア固有の召喚獣です」
 間髪を入れずアウィスが言う。
「希望のグリモアの力の一つとして、物品から過去や未来の情景・情報を得る特殊な能力者が居ます。その力を霊視ないし霊査と言い、その能力の源がブックハビタントなのです」
「ほう、未来が読める者があるのか」
 リスアットの目に光が宿る。ココロは畳みかけるように言った。
「その力を最大限に活かし、幾度もの戦いを乗り越えて、ランドアースの全種族は希望のグリモアの下に統一されました。繰り返しになるかも知れませんが、我々はただ、座して滅ぶを待つだけの者ではないということがおわかりいただけたでしょうか」
「理解した」
「現在、同盟の中でも特筆すべき戦力は『コルドフリード艦隊』と『ドラゴンウォリアー』の二つが挙げられるでしょう」
 ココロは説明する。タロスの協力を得てコルドフリード艦隊の起動に成功した経緯と、その艦隊概要を。ドラゴンとの激しい戦いの末、主力である最終撃滅艦隊をはじめとした多くの艦が失われたことも余さず述べた。
「ドラゴンウォリアーとは何か?」
「同盟の冒険者が召喚獣の力を借り、ドラゴンの力を完全に制御した姿です。ドラゴン化の心配をなされるかもしれませんが、『ドラゴンと戦う際にのみドラゴンウォリアーの力を行使する』という枷をこの力に課したことで、力に溺れる事無く制御することに成功したのです。ドラゴンロードの力によって復活を遂げた大神ザウスも、ドラゴンウォリアーの力とその意味を認め、ドラゴンロード打倒にお力を貸してくれました」
 これよりデリケートな話題に入る。大神ザウスについて語るというのは、すなわち神殺しについて語ることでもあるからだ。
「大神にまつわる事も、遠慮せず語るがいい」
 リスアットはかく言うのだが、改めて緊張が流れるのもまた事実。ここで語り間違えば危険なことになるかもしれない。
 ココロの後をツカサが受ける。
「未熟な知恵故に力を欲し、邪悪なドラゴンへと至った古代ヒト族について、ザウス様は創造したことを悔いておられました。未熟な知恵もなく、故にドラゴンへと至ることもない種族としてトロウル達を産み出されたのはそのためです。ザウス様は、彼らこそが地上を治めるに値する存在と信じておられました」
 難しいのはここからだ。ツカサは言葉を選びながら語った。
「想像も出来ないほどに長い年月、人類の未熟さを見続けてきたザウス様は、我々もまた、古代ヒト族の愚を繰り返すように思えたのでしょう。交渉はしましたが、決してそんなことにならないよう努力するという私達の言葉は信じて頂けず、決裂に終わりました。……要塞レアを使い、大陸諸共に同盟の冒険者を滅ぼす事を決めたザウス様を……我々は、戦い、討つ事しかできませんでした」
「神殺しに躊躇はなかったのか。大神は汝らのいわば親ぞ」
 問うリスアットは目を閉じていた。その表情が意味するものは、読み取れない。
「皆が本気で考え、最良を信じて出した結論ですわさ」
 訛らないように、と心がけていたのに、リュティは素の口調が出てしまった。そのことにも気づかず、彼女は立て続けに言う。
「私も依頼に失敗した事があるし、予想できないことだらけだし、万能には遠いけど……でも、でも、本気で考え出した結論……」
 言葉に詰まってしまう。感情が噴出して落としどころが見つけられない。
 すかさずプルミエールが言葉を添えた。
「断じて衝動に任せての決断じゃありません。ジレンマに駆られながら、それでも私達はこの苦渋に満ちた決断を下したんです。その代償として多くの犠牲も、出ました……」
 神は目を開き、頷いて見せた。
「汝らの言葉、信じよう」
 だが、と改めて問いを発す。 
「先に、汝らは『可能性』を『生命』が生むと言ったな。しかし、それがどれほどの価値があるのか、敗北し失敗し不幸になる『可能性』もあるのだぞ。……改めて問う、エレハイムよ。『生命』とは何か?」
 エレハイムは即答する。
「意志。そして……軌跡」
「定命の人間に、どれほどの軌跡が描けよう。我から見れば、一人の人間の成した軌跡など短いものに過ぎぬ」
「そのお考えには賛成できません。……死しても、何かを遺せたなら、軌跡は永遠に続くものだからです。血や意志や歴史や……遺されたものの中に、いのちは続きます。その身は朽ちても、永遠に」
 このとき初めて、リスアットは次の言葉に迷った。そこで問い方を変える。
「汝らが『愛』と呼ぶものは遺るのか。死に別れは必ずあるのに、なぜ愛する対象を欲するのか」
 しかしこれに対するエレハイムの応えも堂々としたものだった。
「愛は、内から沸き出でるもの。相手の幸せを願う、思い。対象を欲しているわけでは……無いんです。死ぬから想わぬなんてことは……できません」
 愛する者との絆があるエレハイムだからこそ言える、強い言葉だった。
 アウィスも自然に口添えする。
「私は不老種族で妻はヒトです。妻はやがて老い、必ず死に別れることでしょう。でも私には妻が必要で、妻には私が必要だから愛し合った。私はその事を後悔しません」
 同じ流れでフォルムアイが宣言する。
「仮に、私が先に死ぬと判っていたとしても」
 フォルムアイは、愛する者の姿を脳裏に浮かべている。
「それでも私は愛するでしょう。死んだ後も……その方の記憶に残りたいからです。人は死にますが……強い感情と共に与えられた記憶は消えませんから……」
 神は圧倒されつつあった。反論の言葉が見あたらないのかもしれない。苦しさから逃れるように、また問いの方向性を変えてきた。
「ならばフォルムアイよ。戦争とは何か。愛するものを引き裂く存在ではないのか」
 フォルムアイは退かなかった。
「むしろ逆です。戦争は、正しく生きる弱き者達の『愛』を守る為の手段と考えています。本来我らの民ではなかったホワイトガーデンの住人達……彼らの闇を払い未来を切り開いたのは……その考えがあったからです……」
「リスアット様、僕もホワイトガーデンの出身です。あの戦争がなければ、ピルグリムに襲われ、僕は故郷や弟家族を失っていたかもしれない」 
 その声はグレイだった。
「僕は、生命とは一人ではないことだと思います。僕らはいつか終わりますが、子等へとそれは続いていくのです。愛するのも、戦うのも、すべてはそのためなんです」
 ふとプルミエールは気づいた。あれほど大きく見えた神が、今は自分と同じ大きさに感じられる。天の高みから降り、同じ地平に立ってくれたようにも思えた。
「その後の経緯と……汝らの求めを聞こうぞ」
「ドラゴンロードの一体、時を操る能力を持つブックドミネーターにより復活したザウス様は、私達が邪悪なドラゴンにはならなかった事を知り自らの誤りを悟られ……この世界を守る為、私たちと共にブックドミネーターと戦い……最後は私達にこの世界を託して逝かれました」
 ツカサが語り終えると、フォルムアイは改めて礼を取って述べるのである。
「この世界に住む民と歴史を、ドラゴンや地獄、キマイラ達から守る為、我々は神々から託されたグリモアの誓約を忘れず力と魂を振るってきました……フォーナ様やランララ様だけでなく、一度は違えたザウス様も認めて下さったこの力と魂……良き物と信じています……」
 彼女は、神を真っ直ぐに見上げた。
「相手は古の因縁と知識を用いてこの世界の未来を閉ざそうとしています……。それに対抗するには、我らの力と魂だけで足りないようです……故に、古の因縁や知識と技術を正しく知る神々に力を貸して頂くようお願いする為……神々の国へ向いたいのです」
「お願い申し上げる。どうかお聞き届け願いたい」
 ローシュンが頭を下げる。
「我々がお願いするのは、この窮地から一時的に逃れたいからではありません。沢山の命を、その未来を守るため。色鮮やかな美しい世界が生まれると信じているがためです。お願いします」
 ココロも熱意を込めて頭を下げた。
 他の者も同様だ。言葉だけではない、態度で真実を語っていた。

 永遠にも思える数秒が過ぎて後、
「我の負けだな……少々、汝らを、軽く見ていたことを詫びよう。だが気持ちの良い負けっぷりであったよ。このような気持ち、長らく忘れておったわ」
 老人の姿をした神は、その厳めしい顔に笑みすら浮かべていた。
「むしろ我のほうから招かせてもらう。我らの世界に入るがいい。その熱意をもって接すれば、必ずや手を貸してくれる神々が現れようぞ」
 さざ波のように静かだが、明るい色のため息が冒険者たちから上がる。
 ただし軽く忠告させてもらう、と再び厳峻な顔に戻ってリスアットは述べた。
「一見協力的に見える神が、必ず味方になってくれるとは限らぬ。逆もまた真なり。我よりもよほど底意地の悪い神もいるのを忘れずにな。神々は必ず、汝らを試すであろう」
 神々を説得するには精神力が必要なはずだ、数日おいて英気を養ってから再び来るがいい、とリスアットは言った。
「方針を定めておくのだ。さすれば門を開かん」
「はい、必ず!」
 プルミエールは再訪を誓った。


マスター:桂木京介 紹介ページ
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冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
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参加者:9人
作成日:2009/05/30
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エルフの・リュティ(a20431)  2009年12月05日 23時  通報
神とのシナリオだわよ。
緊張したわさねー、おほほ。アレよね。すごい本気を出したわさ。
まー、みんなのおかげだけど、頑張った甲斐があるってのはいいもんだわねー。