キマイラ砦を陥とせ:冷厳梟将



<オープニング>


●キマイラ砦を陥とせ
 虚空の裂け目から魔石のグリモアが見える様になって以来、一般人がキマイラと化す事件は、発生する頻度を以前よりも大幅に増していた。
 その中で新たに確認されたのが、『どこかを目指すキマイラ』の存在だ。
 事件を起こしながら進もうとするキマイラ達と冒険者達が戦う中、ある冒険者達によって、統率された『キマイラ集団』の存在が確認される。
 さらには数々の依頼の結果から、キマイラ達が旧モンスター地域方面を目指している事が判明した。

 調査を行った『神鉄の聖域グヴェンドリン』の護衛士達は、キマイラ達が旧モンスター地域の各所にある放棄された砦を改修し、拠点として利用しているのを発見する。
 そして、それらの拠点では、キマイラとなる事を目指す盗賊達が、悪徳を積み重ねていたのだ。
 旧モンスター地域のあちこちから誘拐して来た村人達を、悪徳のための糧として……。

 この事態を放置するわけにはいかない。
 今こそキマイラ集団の拠点を壊滅にさせ、囚われた村人達を救出する時なのだ。

※※※

「皆様、お集まりいただき、ありがとうございます」
 エルフの霊査士・ユリシア(a90011)は、冒険者達に一礼して、状況の説明を始めた。
「今回は旧モンスター地域で発見された、キマイラと盗賊の集まっている砦を壊滅させ、囚われている村人達を救出して頂きます」
 ユリシアは、真剣な口調でそう語った。
 これらの砦の中はキマイラが支配する悪徳の街と化し、囚われの村人達は盗賊からの責め苦を受けながら、助けの時を待っているのだ。
「今回の依頼では、複数のキマイラと戦う事になります。かなりの危険が予想されますので、用心してかかって下さい」
 これ以上、キマイラの犠牲になる人達が出ないよう、確実な成功を……。
 ユリシアは願いと共に、冒険者達に頭を下げるのだった。

●冷厳梟将
「全く煩わしい……とも言っていられないな」
 珍しく睡眠を我慢しているのか、斜陽の霊査士・モルテ(a90043)の眼の下の隈が色濃く現れている。
「君らにはサイレム砦に巣食う6体のキマイラを退治して貰わなければならない。
 砦外部のキマイラ半数を倒した後、速やかに砦内部に潜入して残りのキマイラ総てを始末する。
 ……以上が大まかな今回の作戦の流れだね」
 不機嫌そうに瞬きながら、あからさまな溜息をつく。
「面倒だが順を追って説明していこう。
 砦に辿り着いた君らが最初に対処すべきは、外にいる3体のキマイラだ」
 彼らは近隣の村村から略奪した食料を砦に運び入れるのが役割らしい。
 普通の人間が持てる訳がない非常識な大きさの荷物を運んでいるため、一目瞭然だという。
「このキマイラ達を放置して逃がすような事があれば、後の禍根に繋がる。それは解るね?」
 冒険者達は一様にして頷く。先ずはこの3体を倒さなくてはならない。
「仲の良い事に、彼らはいつも一緒だ。つまり、3体同時に相手をする必要がある訳だ。
 ……幸い大した強さではないようだから、肩慣らしに蹴散らすくらいの心積もりで望むといい。
 また勿論キマイラだからモンスター化する訳だが……
 この3体に関してはモンスターにした後はそこに放置して良い」
「…………」
 自我を失わせた後は、撒いてしまえとモルテは言うのだ。
 モンスターの放置に訝る語らずの・ゾアネック(a90300)に、
「どうせ元からモンスターが蔓延っている地域だ。対処は後からでも支障無い。
 そんな所で手間取っていると、残りのキマイラに気付かれかねないからね」
 優先すべきは作戦の遂行であると、モルテは妥協を求めた。
「連中を蹴散らした後は、砦の攻略だ。
 この砦の地下には脱出用の隠された通路があってね……それを逆に利用して砦の内部へ潜入して欲しい。
 砦を支配するキマイラのボスは吹き抜けになった大広間の首座で偉そうに陣取っている」
 通路は大広間の一角に直通しており迷う事は無い。しかし不意打ちは難しいだろう。
 また砦の中には盗賊が集まっているが、構う必要は無いし、放っておけば邪魔される事も無い。
「戦端が開かれれば、ボスはキマイラの『なり損ない』を2体を指揮して君らに立ち向かってくる。
 計3体、砦内部の総てのキマイラを殲滅すれば、目的は達成されたと言っていい」
 また『なり損ない』のキマイラはモンスター化しないが、ボスはやはりモンスター化する事を念頭に入れておかなければならない。
 一息ついて、モルテは再び口を開く。
「ボスの能力は、主に2つだ。
 蛇腹剣のような腕から繰り出される攻撃――これは防御が困難極まる。
 そして口から吐き出す霧は広範囲に行き渡り、その影響を受ければ回復が効かなくなる」
 指を一つずつ立てて告げたモルテの情報に、その場は緊張に包まれる――これは手強い、と。
「『なり損ない』の1体は吹き抜け上階からの遠距離攻撃。
 もう1体は回復に優れていて、ボスの近くを離れないようだね」
 ボスに比べれば雑魚には違いないが、かといって無視は出来ない。
「首尾良く総てのキマイラを倒したなら、事実を知った盗賊達は逃亡を図るだろう。
 彼らをどう扱うかは任せるけど……砦の中には囚われの村人達がいる事を忘れないようにね」
 混乱の中での小さな被害はどうしようもないにしても、盗賊達が人質を取るような事態は避けなければならない。
 何を優先すべきかは、誰もが承知していた。
「邪悪な者達の謀など潰えるためにあるようなものだ。
 決して容易い任務ではない……が、君らなら何とかなるんじゃないかね、多分」
 最後まで軽薄な口を利くが、これもモルテなりの激励なのだった。

!注意!
 このシナリオは同盟諸国の命運を掛けた重要なシナリオ(全体シナリオ)となっています。全体シナリオは、通常の依頼よりも危険度が高く、その結果は全体の状況に大きな影響を与えます。
 全体シナリオでは『グリモアエフェクト』という特別なグリモアの加護を得る事ができます。このグリモアエフェクトを得たキャラクターは、シナリオ中に1回だけ非常に強力な力(攻撃或いは行動)を発揮する事ができます。

 グリモアエフェクトは参加者全員が『グリモアエフェクトに相応しい行為』を行う事で発揮しやすくなります。
 この『グリモアエフェクトに相応しい行為』はシナリオ毎に変化します。
 斜陽の霊査士・モルテ(a90043)の『グリモアエフェクトに相応しい行為』は『財宝(treasure)』となります。
 グリモアエフェクトの詳しい内容は『図書館』をご確認ください。


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参加者
アイギスの赤壁・バルモルト(a00290)
空を望む者・シエルリード(a02850)
氷輪の影・サンタナ(a03094)
蒼翠弓・ハジ(a26881)
金鵄・ギルベルト(a52326)
白き大鴉・セシル(a72318)
耀う祈跡・エニル(a74899)
逆徒・リコ(a76716)
NPC:語らずの・ゾアネック(a90300)



<リプレイ>

●兵達が夢の跡
 旧モンスター地域――或いは元東方ソルレオン王国・サイレム砦。
 長らく主が不在だった筈の廃墟は、今や在りし日の威容を復興したようだ。
「喜ばしいことではないのぅ」
 この拠点を突き止めた護衛士の一人でもある氷輪の影・サンタナ(a03094)は、変装の髭面を確かめるように擦る。
 護衛士としての責任感もあるのだろう。まだ見取り図でしかない地図に周囲の情報をせっせと書き記していた。情報が少ないのは霊視の衰えのせいだとか嘯いていたモルテの顔を思い出し、幽かに眉を顰める。
「どうやらご登場のようですよ」
 耀う祈跡・エニル(a74899)がレンズを向ける方角を、遠眼鏡を覗き込んでいた各各が一斉に注目する。
 丘陵に位置する砦の周囲は荒廃していて待ち伏せに適する場所はごく僅かだったが、代わりに目標を発見するのは容易かった。
 存在意義が失われつつあった砦へ続く道を往く3つの人影は、それぞれが荷車に積むようなサイズの荷を運びながらも、歩みは軽かった。
 その姿が大きくなるに連れ、いよいよ盗み見るのも限界に達し、エニルは息を潜めて時を待つ。
「……待って」
 声の主であるキマイラは歩みを止めると、どすんと重い荷を降ろした。
 ――気づかれたか。
 周囲を注視し始める様子を瓦礫越しに感じながら、蒼翠弓・ハジ(a26881)は張り詰めた心身を解きほぐす。既に距離的には十分近づいている筈だ。
 ハジの決断の合図が届くと同時、真っ先に飛び出した不撓の爪牙・リコ(a76716)の後に語らずの・ゾアネック(a90300)が続く。
「いくぜぇテメエら!」
 嚆矢の叫号が重唱となって、それぞれ巨漢、痩身のキマイラの動きを封じる。
 ただ一人、うら若い乙女の姿をしたキマイラは慌てて飛び退くと彼我が置かれた立場を整理した。
 砦を背に相対する敵の意図は、自分達を中に入れないためだろうか。ならば――。
「させないよ――」
 機先を制そうと空を望む者・シエルリード(a02850)が描き出した紋章から浴びせられる幾多の光線。
 だが痛みの牽制に臆する事無く、仕返しとばかりに少女キマイラは指を鳴らす。
 直後に響き渡る耳を劈くような炸裂音。炸発の衝撃をもろに食らったシエルリードは、げほげほと咳き込む。
「貴様らァ!」
 その間に体の自由を取り戻したキマイラ達は荷を降ろし、異形を曝け出し襲い掛かろうとしていた。
「おっと――」
 アイギスの赤壁・バルモルト(a00290)の動きに翻弄された巨漢が振り下ろした拳は地面を叩く。
「なんて大きな的……」
 その隙を見逃さず、無駄に広い図体に戦場の白き大鴉・セシル(a72318)が穿つ超高速の刺突。
 光輝を放つ激しい矢色が天から降り注ぎ、終に巨漢の活動を止めた。キマイラだったモノがぐずぐずと形を崩して変質し、暴力の化身へと転生を遂げると獲物を求めて動き始めた。
「まともに相手してられないんじゃ」
 蜘蛛の糸でモンスターを拘束し、サンタナは髪を掻き上げる。
 凶暴さを増したモンスターを回避する手立ては無いが、こうして動きを封じる事は出来る。
「ダメだ。そろそろヤバい」
「仕方ないですねぇ」
 当たり前ではあるが、キマイラ3体を相手に無傷とはいかない。
 確実に蓄積しつつあるダメージを感じたリコの要望にエニルが応える。ここであまり消耗したくはないが、倒れてしまっては元も子もない。
「次ィ、いくぜぁぁぁあ!」
 金鵄・ギルベルト(a52326)が破壊の戦斧を豪快に振り下ろし、痩身のキマイラをモンスターへと追い落とした。
 僅かな時間に寄る辺無い身となってしまった。乱暴に舌打ちして逃げ出さんとする少女の影をハジの矢が射抜く。
「どこにも行かせませんよ」
 影ごと地面に縫い付けられた少女は、顔に絶望の色を浮かべてへたり込んだ。
 グランスティードを駆ってサンタナが後方へと回り込む。
「あと一人……一気に畳み掛けるのじゃ!」
 情けなど掛けている余裕も必要も無く、サンタナの声を合図に一斉に飛び掛った。

●魔窟の入口
「どうにか撒きましたかね」
 執拗に追い縋るモンスターを振り払い、一行は戦場へ舞い戻る。
 エニルは羽根を、ハジはドリアッドの証を工夫して覆い隠す。ゾアネックもそれに習い頭に頭巾を巻いた。
「よっ、と……こりゃ、あいつらの真似は難しいな」
 キマイラが残した荷物を担ぎ上げたリコは、散り散りになった衣服の切れ端を見渡す。
「まぁ大丈夫じゃないかね……多分」
 先刻倒したキマイラと、それに追従する盗賊、拉致された村人に扮装したシエルリード達は、脱出路の出口――砦から程近い横穴を奥へと進む。
「…………」
 暗い横穴は狭く、無駄に大きい荷を通すのにゾアネックは難儀する。
 ようやく光が射し込む出口を見つけると、その先には見張りらしい盗賊の姿があった。
 通り過ぎようとするシエルリードに違和感を覚えたようだが、幸いにも見咎められる事はなかった。
「不真面目甚だしいですね」
 結果的には助けられたのだが、何故かハジは無性に腹が立つのだった。
 建物の裏に重い食料を打ち捨て、見取り図を頼りにボスの根城である大広間へ向かう。
 盗賊達がこちらに気づく様子は無く、恐らく気づいても己の悪意と欲望に正直な者達は気にも掛けないだろう。
 砦の建物の裏手を回る一本道を迷う事無く直走るシエルリードの目に、盗賊達の贄となる村人の姿が入る。
「……きついものだね」
 今ここで騒ぎを起こすわけにはいかないと理解っているのだが、気分がいいものではない。

「あれですよね」
 柱の陰に人一人が入り込める程の隙間が口を開いていた。先には奥行きを感じさせる空間が見える。
 ここが目的の大広間に違いない。物音を潜めたハジは、ゆっくりと近づいていく。
 まだ遠い、まだ遠いと徐徐に中へと入り込んだ一行は、
(「――これは」)
 いつの間にか辺りに漂っている白い霧に巻き込まれていた。
「どこから沸いて出た、貴様ら」
 右方には玉座の様に大仰な椅子に鎮座する、長身の冒険者達よりも更に大きなその体躯。
 心に伝わるハジの合図に、総員が突入を決心して飛び込んだ。
 まずは戦場をエニルの幸運の理が支配し、大広間の床が仄かに発光する。
 続いてシエルリードは静謐の祈りを奉げる。まずは毒霧で被った悪影響を浄化しなければ。

 纏わりつく様な極端な間合いを取るギルベルトに、ボスキマイラ――梟将は苛立っていた。
「集るな、小蝿」
「つれないな、大将」
 腕を振り回すように全方位を薙ぐ。既の所でギルベルトは大きく上体を反らして躱した。
「見た目は蛇腹剣のようですけど、あれは……」
 肝を冷やしてセシルは盾を構える。
 それは実際には関節の無い腕そのもの。蛇のように意思があるかの様に自在に動き回り、死角を感じさせない。
 癒し手の『なり損ない』を狙っているのを察知した梟将が動きを見せる。
「俺が相手してやってるのに、どこへ逃げようってんだ?」
 解り易いギルベルトの挑発に梟将の足が止まった。一度は反応したかに見えた梟将だったが、
「……甘く見られたものだ」
 即座に己を取り戻すと、白濁する霧を吐き出した。
 幸運の恩恵は大広間の誰にも分け隔て無く平等に注がれている。それは梟将達キマイラもまた然りだった。

「チョロチョロとぉッ!」
 内なる衝動に任せたリコの巨大剣は虚しく空を切る。勢いのままに石畳を叩き付け、焦れるリコ。
「クソッ――そっち行ったぞ!」
「任せておけ!」
 大上段に振り上げた斧を、隙だらけで寄ってくる癒し手に叩きつける。握りに伝わる手応えにバルモルトは軽く頷く。
 癒し手は逃げ回りながらも梟将から大きく離れる事無く、傷ついた自身と梟将とを癒し続けていた。
「全く、よく逃げる……」
 シエルリードもまた癒し手の動きに翻弄されつつも、紋章の力で確実なダメージを与えていた。
 より多くの目標を捉えるためには、梟将と癒し手を狙うべきだと判じたのだ。
 ふと合った梟将の視線は冷厳と評するに相応しく、シエルリードは寒気さえ感じる。
 生まれた時は同じだったとしても、あれはもう違うイキモノだ。

 サンタナの放った矢が吸い寄せられるように軌道を変えて『なり損ない』を刺し貫く。
「動かないのぅ……」
 自身に攻撃が向けられれば回避を試みるのは間違いないが、今のところは大きく移動したり逃げる様子も無い。
 縦長の大広間で、射手の『なり損ない』は梟将のいる首座のほぼ真向かいの壁に張りついていた。自然と距離も離れている。
「逃げ出すとしたら窓からじゃろうか……そうなると厄介じゃな」
 上階への階段は対角に二箇所設置されており、近づこうと思えばいつでも可能だ。
 足元をぼんやり照らす光にサンタナは目を落とす。
「やっぱり、あの『なり損ない』も影響を受けているんでしょう」
 影縫いは一時的には効くものの、すぐに立ち直られて無駄になる事も多く、ハジは使用を躊躇っていた。
 何より気になるのは、二人がほぼ無傷の状態を保っているという事だ。
 支柱の陰を利用して身を隠すサンタナは勿論、姿を曝しているハジに向けてもその照準が向けられる事は無かった。
「急ぎましょう――こうなったら俺達で一気に片づけるしかない」
 当然生まれる筈の皺寄せに、ハジは憂慮せずにはいられない。
 献身的なまでの『なり損ない』の働き。それは総て梟将の命令通りなのだ。

●梟将立つ
「甘いんだよ!」
 背後からの射撃に反応したギルベルトが、衝撃派を返す。だがそれは、最後の抵抗だった。
 これが受け入れなければならない事実だというのか。総てを目の当たりにしていたエニルは息を呑む。
 一振り、二振り、ただ冷酷に。梟将は執拗にギルベルトだけを切り刻んでいた。
「除け小娘。お前はこの後だ」
 度度余所からついでとばかりに飛んでくる攻撃と同様に、梟将はセシルの斬撃をも全く意に介さない。
「駄目、駄目よ……」
 牽制を牽制とも思わない振る舞いの暴君を止める術は、最早セシルには残されていなかった。
「負けねぇ……まだまだ」
 自らを鼓舞する歌唱だけでは到底耐えられぬ傷を負っても、踏み止まったのはギルベルトの強い精神力ゆえ。それもエニルの回復力でギリギリ持ち堪えたに過ぎない。
 深く肉を抉る一撃。遂には地に崩れ落ちたギルベルトを尻目に、改めて梟将はセシルへ殺気を向ける。
 召喚獣のマントの護りも烈風の気勢総てを反らす事は出来ず、梟将はセシルの白い肌をじわじわ血に染めていく。
 止めとばかりに振り下ろされた腕がセシルに向けられた――直前。
「――させるか!」
 間一髪、割り込んだバルモルトが文字通り身を呈して鋭刃を受けた。鎧聖の強化を以ってしても肉体に食い込む刃が、バルモルトを苛んだ。
「しっかりしろ!」
 腕を引き上げ、リコはセシルを支え立たせた。
「所詮は未完成品か……使えぬ奴等だ」
 『なり損ない』がどちらも倒れて唯一人残された事を知り、梟将はより不遜を顕にする。
「仲間を、物扱いですか」
 遅れて駆けつけたハジは、口調に不快さがありありと出ていた。
「儂もここで退く訳にはいかぬ。――さあ来い」
 黙殺した梟将が撒き散らした濁った霧の息は、強制的な再開の合図だった。
「どんな使命で戦っているかは知らないけどね」
 退けないのはシエルリードとて同じだ。
 再びの静謐が、霧の魔力を打ち消さんと顕現する。
「良かった……」
 倒れ伏すギルベルトの元へ駆け寄ったエニルは、彼の無事を確認して胸を撫で下ろす。
 尊い犠牲、などというものを出さずに済んだのは不幸中の幸いだった。
「……死に場所を逃しちまったな」
「滅多な事を言うものではありません」
 減らず口を叩くギルベルトを窘めながら、エニルは身内の顔を思い出していた。
 二人のやりとりを横目に、ゾアネックは苦苦しい顔を隠せなかった。ギルベルトの言葉に共感を覚えてしまうからだ。
 捌け口を目の前の敵に求めて、闘気を吐き出すように剣を振るう。
 だが次に狙いを付けられたのは、そのゾアネックだった。
 数的不利を補うための各個撃破。戦いにおいての常套手段であっても、やられる側になって知る怖さというものが、ある。
 仲間を駒のように捨てる訳にはいかないし、回復にも無駄が出やすいだろう。
 それでも先程までと明らかに違うのは、梟将に回復や追い打ちの駒が失われた事。こちらには実質的な牽制、阻害の使い手が複数いる事だ。
 一度でも行動を止められれば、付け入る隙は必ず生まれる。
 耐えようにも危ういゾアネックの思いが通じたか、バルモルトの足運びに怒りを誘発された梟将は、憤怒の形相で斬り掛かる。脚から舞う血飛沫。
「構うな、今だ――!」
 癒しきれない傷に苦しみながら、気丈にもセシルは柱の影から衝撃波を放つ。隠れていたサンタナも、両手で掴んだ闘気の刃を次次と投げつけていく。
「無理は禁物じゃよ」
「大丈夫、まだこのくらいは……」
 最後にバルモルトの岩をも断つ一撃がとどめとなり、
「おのれ、よもや……」
 梟将もまたモンスター化の時を迎える。
 一回り大きくなった梟将は、魔獣の頭に大きな翼、蛇腹剣はより巨大になり、対峙するバルモルト達に更なる脅威を見せつけた。

●決断の刻
「ここまで、だな」
 力の入らない左腕をだらりと垂れ下げ、リコは撤退の判断を下す。
 自我を無くした梟将は、意図的な集中攻撃は無くなった。代わりに毒霧はすぐには晴れぬ程濃くなり、腕の蛇腹剣は当たり前のように鋭さを増してリコの左腕を寸寸にしたばかりだ。
 怪我人の数、残された力、諸諸鑑みてもこれ以上戦いを続けるにはリスクが高すぎる。
「……先に行かせて貰うのじゃ」
 自分で動けない者を乗せ、サンタナはグランスティードで逸早く駆け出した。その顔からは誰より無念さが隠せない。
 それぞれが肩を貸し、肩を借りながら、その後に続く。
 一人最後まで残ってモンスターを引き付けるように逃げ回っていたバルモルトだったが、全員が脱出した事を確認すると、グランスティードを出口へと走らせる。
 脱出の直後、追い掛けて来たモンスターが出入り口に激突する音が響いた。
 どうやらモンスター化した梟将にとって、通路の出入り口は小さすぎたようだ。
 無理矢理広げて大広間の外へ出てくるのも時間の問題だが、今はその猶予が有り難かった。
「モンスターが現れたぞ、ここから逃げろ!」
 真っ直ぐ出口へと向かわずに避難勧告を始めたのは、リコの最後の意地だった。
 背後からは盗賊と思わしき悲鳴が聞こえてくる。これなら、すぐにでも梟将がモンスター化した事は広まる筈だ。
 問答無用のモンスターに仕えて悪さを続けようなどという盗賊はいないだろう。恐らく盗賊の逃亡が始まらない限りは村人も避難出来ないだろうが……。
 結果的には、バルモルトがするまでもなくこの砦は破壊されていくに違いない。
 だがそれは、本当の解決などでは決して無い事を彼も理解していた。


マスター:和好 紹介ページ
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