歌姫の想ひ出



<オープニング>


 初夏の訪れと共に、街にその小さな歌劇団はやってきた。
 演目は、引き裂かれた恋人同士の悲恋劇。
 ステージに朗々と響き渡る、歌姫シャヒーナの恋人を思う歌は甘く切なく、そして物悲しかった。その歌声に涙する観客たちの中に、霊査士アリシューザの姿があった。眼鏡を外し、そっと目じりをぬぐう。歌劇が終わると、ステージは万雷の拍手に包まれた。
 翌日、冒険者の酒場にアリシューザを訪ねた者がいた。
「霊査士様に、ぜひお願いしたい依頼があるのです」
 あの歌姫だった。切々と語る歌姫の依頼に、アリシューザは大きく頷いた。
「わかったよ。あんたの願い事、叶えてやろうじゃないか」

「今回の依頼は、探し物の手伝いをしとくれ」
 アリシューザは、いつものように冒険者たちを見回した。
「依頼主は歌劇団の歌姫のシャヒーナだよ。探して欲しいのは……恋人との思い出だよ」
「思い出?」
 キセルを一服すると、アリシューザは頷いた。
「シャヒーナは元々旅芸人でね。恋人と2人で、あちこちの街を回っていたんだよ。けど、野宿しているところをアンデッドの群れに襲われちまった。不幸にも、2人が野宿した場所に、アンデッドがうろついていたのさ」
 瞑目するアリシューザ。
「恋人は、アンデッドに立ち向ってシャヒーナを逃がした。シャヒーナは逃げることに成功したけど、恋人はそれっきり戻ってこなかったのさ。その後、シャヒーナは縁あって今の歌劇団に拾われて、劇団一の歌姫にまで登りつめた」
 紫煙の向こうから、アリシューザは続けた。
「事件から2年経て、シャヒーナは偶然にもあの悲劇の場所の近くに公演にやってきた。彼女は、恋人が呼んでくれたんだとあたしに語ってくれたよ」
 アリシューザの脳裏に、涙を流して恋人の名前を呟くシャヒーナの姿がよぎった。
「シャヒーナの歌劇団は、数日後に次の公演の為に出発することになってる。それまでに、あの現場にもう一度戻って恋人との思い出を探したい、そう言ってるのさ」
「恋人の思い出って……まさか恋人を探せとかいうのか? 生きてるかどうかすら分からないのに?」
「とっくに亡くなってるよ。アンデッドにやられちまったのが『見え』たからね」
 顔色一つ変えずに言い切るアリシューザに、言葉を失う冒険者。
「シャヒーナもそれは分かってる。だからこそ、もう一度その場所に行って、過去の清算をしたい、そういうことだよ」
 そう言うと、キセルを煙草盆の縁に叩き付けた。
「街外れから半日ほど行った、森の奥の中に大きな屋敷跡がある。シャヒーナをそこに連れていっとくれ。但し、その屋敷跡の中には今も十匹ほどのアンデッドがさまよってるから、そいつらは全部倒してしまって構わない。同行するシャヒーナに危険が及ばないようにしとくれ」
 顔を見合わせる冒険者たち。アリシューザは、キセルに新しく火を入れ直すと、こう告げた。
「恋人がアンデッドにやられた後どうなったのかは、残念ながらあたしには分からなかった。けど、一つだけ『見え』たものがある」
「見えたもの?」
「屋敷のどこかに、三日月をあしらった銀色のペンダントが落ちてるよ。シャヒーナに尋ねたら、恋人にあげたものらしい。どこにあるかまでは『見え』なかったけど、光が反射してるように『見え』たから、これを手掛かりに探してみとくれ。もし見つかれば、シャヒーナには恋人の形見になるだろうからね」
 アリシューザは、眼鏡の向こうから優しい眼差しで冒険者たちを見た。
「あたしも、シャヒーナの気持ちは痛いほどわかる。彼女の思い、叶えてやっとくれ。じゃ、しっかり稼ぎな!」

マスターからのコメントを見る

参加者
鬼札・デューイ(a00099)
紅天黒神戎王孫・ガンバートル(a00727)
ストライダーの忍び・キザイア(a01866)
ニュー・ダグラス(a02103)
紅ノ牙・アレキサンダー(a03374)
真白に閃く空ろ・エスペシャル(a03671)
緋炎鋼騎・ゴウラン(a05773)
生命実る緑風・ヴァリア(a05899)


<リプレイ>

 ……誰かを生かすための捨て石か。
 先に逝っちまう奴はいい。
 自己満足のうちに死ねるのだからな。
 だが残された方はたまったもんじゃねぇ。
 喪失感と己の不甲斐なさ、
 なにより生き延びてしまったコトに対する申し訳なさにさいなまれる……

「あんた、先に逝っちまった男を恨んだことはないか?」
 アンデッドが巣くう屋敷跡へと向かう道すがら、鬼札・デューイ(a00099)は、シャヒーナに尋ねた。不敵な笑みにふてぶてしい態度のデューイの問いにも、シャヒーナは丁寧に答えた。
「あります。今でも……恨んでるかもしれません」
 いきなり返ってきた答えに面食らうデューイ。一同が、驚きの表情でシャヒーナを見る。
「けど、恨んだってあの人は帰ってきません。それに、あの人がいたから今の私があるんです」
「貴女は……強いですね」
 緑色胎風なる突翔剣士・ヴァリア(a05899)が呟いた。
「あなたを助けてくれた彼って、どのような人だったの?」
 ストライダーの忍び・キザイア(a01866)が尋ねた。
「私の一つ上で、とても明るい人でした。彼とは、将来を誓い合った仲だったんです。もう二年も前の話ですけどね」
 笑顔のシャヒーナを見て、無理に明るく振る舞っているな、と真白に閃く空ろ・エスペシャル(a03671)は思った。
「俺達に何が出来るかはわからんが」
 紅天黒神戎王孫・ガンバートル(a00727)は言った。
「お前さんの思い出探しの手伝い、させてもらうぞ」
「問題は、アリシューザが言っていたペンダントがどこにあるか、だな」
 ニュー・ダグラス(a02103)の言葉に、顔を曇らせるシャヒーナ。
「本当に見つかるでしょうか……あのペンダントは、私がプレゼントしてからは、彼が始終手放さずに首に下げていたんです」
 そんなシャヒーナの背中をどやしたのは、緋炎絢爛・ゴウラン(a05773)だった。
「ペンダントはアタシ達がちゃんと探してやっから、元気出しな、シャヒーナ!」
「やれやれ」
 デューイが肩をすくめた。
「同じ女だってのに、どうしてこうも違うもんだか」
「なんだって、デューイ?」
 じろりとにらむゴウランを慌ててなだめるのは、紅ノ牙・アレキサンダー(a03374)。
「アレだな」
 ガンバートルの足が止まった。一同の目の前に、古びた屋敷が忽然と現れた。周囲に人の気配はなかった。ちらりとシャヒーナを見るガンバートル。無言で屋敷を見つめているシャヒーナの肩を、今度は優しくゴウランが押した。
「行くよ」

「アンデッドの姿が見えないな」
 アレキサンダーの言葉に、ダグラスが答えた。
「多分屋敷の中だろう」
 屋敷の前で立ち止まる一同。一足先に屋敷周りを調べていたキザイアが戻ってくると言った。
「人影はなかったわ。アンデッドの気配もなかったし」
「建物の中には、入れますか?」
 シャヒーナの問いに、顔をしかめるガンバートル。
「中にはアンデッドがいます。入らない方がいいでしょう」
 そう答えたヴァリアの言葉に、ガンバートルとゴウランが目を伏せた。答えるデューイ。
「アンデッドを倒さないかぎり、中にあんたを案内するわけにはいかない」
「あの人がアンデッドになっているから……ですか?」
 シャヒーナの言葉に、絶句するアレキサンダー。
「旅の噂で、聞いたことがあります。アンデッドに殺された人はアンデッドになって蘇るとか」
 それは、と言いかけたアレキサンダーを止めたのはエスペシャルだった。
「もし、そうなら、どうする? アンデッドに殺された彼は、同じモノになって、そこにいるかもしれない」
 うつむくシャヒーナ。
「私が、彼の二度目を、殺すかもしれない」
「そこまで分かっているのでしたら、俺は止めません」
 アレキサンダーがシャヒーナを見据えた。
「俺は難しいことは分からない。けど、シャヒーナさんには外で待っていて欲しいんです。俺は、恋人のなれの果てを見て欲しくない」
 せき払いを一つすると、ダグラスが言った。
「二人とも待てよ。俺は彼氏がアンデッドになってるとは思ってねえし、そんな噂は信じたくもねえ。だからシャヒーナ、ここは俺達を信じて待っちゃくれないか?」
 にかっと漢笑いを浮かべたダグラスに、シャヒーナがゆっくり頷いた。
「なら、善は急げだ。日が暮れちまう前に、とっととケリつけちまおう」
「じゃ、行こう」
 屋敷のドアを最初に開いたのはエスペシャルだった。その様子を見たダグラスが、エスペシャルの肩を叩いた。
「そう勢い込むな」
「勢い込んでない、多分」
「気をつけなよ」
 ゴウランの言葉に、デューイが答えた。
「これだけの面がそろってる。遅れは取らねえよ」
 シャヒーナを護衛するガンバートルとゴウランを残し、屋敷の中へと消えた。
「大丈夫でしょうか?」
「心配いらないよ。みんな、こういう仕事には慣れてるからね」
 ゴウランの言葉に、シャヒーナは言った。
「皆さん、お強いんですね。誰かのために命を賭けることが出来るなんて」
「あたしたちはそれが仕事だからね。あんたが歌を歌うのと同じことさ」
「仕事だからって、簡単に命を賭けられるものでしょうか?」
 ガンバートルは言った。
「俺達は、命を賭けて人のために働くことを誇りにしてる。それが冒険者なんだよ、シャヒーナ」
 父親が諭すように語るガンバートル。
「だからこそ、あんたのような人のために命を賭けようとするんだ」
「あの人は、自分の命と引き換えに私を助けたことを、誇りに思っているんでしょうか?」
「当たり前じゃないか!」
 ゴウランはやや怒った口調で言った。
「冒険者の中には、自分の愛する人のために戦う奴だっている。それと同じことだよ」
 シャヒーナは無言で、屋敷を見上げた。

 屋敷の中は、荒れ果てた外見に反して、比較的小綺麗だった。不気味に静まり返り、アンデッドの気配すらない。
「静かすぎるな」
 呟くダグラス。不意にデューイが、腰の後ろに手を回すと、無言で骸牙の鍔を切った。目で合図すると、アレキサンダーが頷き、部屋のドアの一つにハルバードを突き立てた。鈍い手ごたえと共に、ドアが開き、ハルバードにドアごと、くし刺しにされたアンデッドが崩れ落ちた。それを合図に、ドアの向こうからアンデッドが数体姿を現すと、襲いかかってきた。真っ先に飛び出したのはエスペシャルだった。アンデッドの攻撃を巧みにかわすと、ミラージュアタックがアンデッドを斬り捨てる。
「邪魔をするなぁッ!」
 アレキサンダーのハルバードが、アンデッドの胴体を貫き、その横でヴァリアがアンデッドにとどめを刺した。
「後ろからも来てるぞ!」
 デューイの言葉にダグラスが振り返ると、廊下を進んでくる別のアンデッドの群れがいた。
「あたしがもらうわ!」
 キザイアが飛び出した。飛燕刃がアンデッドの体を切り裂き、アンデッドは崩れ落ちた。
「しゃらくせえ! くたばりやがれ!」
 ダグラスのエンブレムシャワーが、残ったアンデッドを粉砕した。
「これで全部か?」
 デューイの問いに、キザイアが首を振る。
「頭数が足りないわ」
 そう答えた時、玄関で悲鳴が響き渡った。
「しまった!」

「あんたは下がって!」
 悲鳴を挙げたシャヒーナを、背中に押しのけるようにしてかばうゴウラン。スティールソードを引き抜くと、アンデッドと対峙する。玄関から現れた、2体のアンデッドがゴウラン達ににじり寄ってくる。
「何もこんなときに!」
 一人口ごもるゴウランの隣で、ガンバートルがフリン・アルタイを構えた。
「この俺に喧嘩売るとはいい度胸だ、腐れ死体どもが!」
「ちょっとガンバートル、あたしのせりふ、取らないどくれ!」
 ゴウランのせりふにニヤリとするガンバートル。
「くるぞッ!」
 襲いかかってくるアンデッドめがけて叩きつけられる、ガンバートルのエンブレムブロウが、アンデッドを粉砕する。
「お呼びじゃねえんだ。とっとと退場しな!」
 ゴウランの兜割りが、アンデッドの体を真っ二つに切り裂いた。
「はん、他愛もない」
 剣を収めたゴウランが振り返ると、シャヒーナが青ざめた表情で立ち尽くしていた。ハッとなって倒したアンデッドを見る。
「大丈夫か?」
 屋敷の中から駆けつけてきたデューイたちが玄関を飛び出すと、2体のアンデッドの死体と、それを呆然と見つめるシャヒーナの姿があった。一瞬舌打ちするデューイ。誰かが問わねばならなかった。その役を買って出たのは、キザイアだった。
「この中に、貴女の恋人はいる?」
 長い沈黙。シャヒーナは首を振った。
「いません」
 安堵の息を付く一同。
「中のアンデッドは全部倒せたか?」
 生き返ったように尋ねるガンバートル。
「頭数は……多分合ってますね」
 アンデッドの死体を見ながら、ヴァリアが答える。
「でも、討ち漏らしがいるかもしれねえから、気をつけた方がいいな」
 ダグラスが言った。
「アンデッドは退治したけど、中に入るかい?」
 ゴウランの問いに、シャヒーナは大きく頷いた。
「あたしたちがついてる。行こうか」

 屋敷の中を、冒険者達に囲まれるようにして歩くシャヒーナ。
「あ……」
 シャヒーナが一つのドアの前で立ち止まる。代わりにアレキサンダーがドアを開いた。
「この部屋は?」
 アレキサンダーの問いに、シャヒーナが答えた。
「2年前……私たちが泊まっていた部屋です。間違いありません」
 部屋の中に入ると、荒らされていないまま放置された寝室だった。部屋に一人足を踏み入れるシャヒーナ。ついて行こうとするアレキサンダーを止めるデューイ。
「一人にさせときな」
 シャヒーナは、部屋の中を無言で見回した。
「あの時と……変わってない」
 呟くシャヒーナが、窓際に来たときだった。小さな悲鳴と共に立ちすくんだ。部屋に飛び込むエスペシャルとアレキサンダー。ベッドの影に隠れるようにして倒れていた白骨死体。
「大丈夫、死んでる」
 死体を確認したエスペシャルが振り返ると、口に手を当てて嗚咽するシャヒーナがいた。
「貴女の恋人……ですね?」
 ヴァリアの問いに、シャヒーナは震えながら頷いた。全員が、亡くなった恋人に黙とうを捧げた時だった。
「ん?」
 ダグラスがしゃがみ込むと、死体の手に握られたそれを見つけた。窓際から差し込む太陽の光を浴びて、それは淡い光を反射していた。
「おい! これじゃねぇのか、ペンダントは?」
 全員がえ?となった。そっとペンダントを取り上げるダグラス。涙目のシャヒーナが、ダグラスの手からペンダントを受け取った。それを固く握りしめると、胸元に抱いたまま再び涙をこぼす。
「バカ……レイのバカ……どうしてあたしより先に死んじゃうのよ。あたしを一人にしないで……」
 その後は言葉にならなかった。ゴウランがシャヒーナを抱きしめると、慟哭が屋敷内に響き渡った。

  朝な夕な 懐かしく照らされて
  その灯りは胸に 今も絶えず在り続けるから
  更ける夜も 白む闇も 怖くない―――

「ありがとうございました」
 屋敷の前に作られた即席の墓。ダグラスの提案で作られた、墓の前で黙とうを捧げていたシャヒーナが立ち上がった。泣きはらした真っ赤な瞳はそのままに、笑顔を浮かべたその表情に、つかえていたものが取れた、そんな風にガンバートルは見た。
「これでレイも天国に行けると思います」
「吹っ切れたかい?」
 ゴウランの問いに、シャヒーナは笑顔を浮かべた。
「分かりません。けど、少なくとも想いは遂げられたと思います」
 首元にきらりと光る三日月のペンダントを見て、これからは思い出と共に生きていけるだろう、とエスペシャルは思った。
「少しでもシャヒーナさんのお気持ちが晴れたなら、やった甲斐はありましたね」
 頷くヴァリア。
「あなたの思い出の中に彼は生きているわ。あなたは、彼の命を分けてもらって生きているの。それを忘れずに生きている限り、あなたの中で彼は生きていくことができるはずよ」
 キザイアが言った。
「彼は、あなたが歌を歌うことをきっと望んでいる。あなたが元気で、幸せになることを望んでいることでしょう。だから、あなたはあなたの歌を求める人のために精一杯歌って、幸せになりなさい」
 欺瞞かもね……とキザイアは内心呟いた。でも、今はこれでいい。
「お願いが、あるんだけど」
 エスペシャルが、シャヒーナを見た。
「あなたの歌を、聞かせて欲しい。鎮魂歌を、歌って欲しい」
「あたしも聞きたいわ。彼に聞かせてあげて」
 ゴウランの言葉に、全員が頷いた。シャヒーナは大きく頷くと、墓に向き直った。

 澄み渡った声が響き渡り、シャヒーナが鎮魂歌を朗々と歌う。
 その歌声は、夕闇の空にゆっくりと溶けていった。


マスター:氷魚中将 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:8人
作成日:2004/07/13
得票数:冒険活劇13  恋愛1  ダーク1 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。