空色翡翠の温泉の里



<オープニング>


●空のかけらひとしずく
 遥か彼方まで広がる空の色は、まるで透明水彩の青に甘いミルクを溶かしたみたいな春の色。
 優しげな空を旅する雲はふんわり白く、空の彼方でほんのり淡藤色を帯びて柔らかに霞む。
 形の定まらない雲の影が落ちる大地は眩いくらい鮮やかな若緑の草に覆われて、陽光孕む風にそよぐ若草が緑の濃淡と光の波を大地に渡らせていった。
 草の海渡る光の波を追って辿りつくのは、美しい円錐の樹形が特徴的なメタセコイアの樹々に囲まれた不思議な場所。天を突くかのように高く聳える樹々の合間を抜ければそこに、涼やかな木漏れ日を揺らす針葉樹たちに囲まれた雪のように白い岩棚が現れた。
 雪白の石灰質に覆われた岩棚は平らに張り出して、幾つも幾つも階段状に重なり連ねられている。岩棚はそれぞれ皿のように中央が窪んでいて、窪みには岩棚の上部から流れ出している淡い空色の温泉が湛えられていた。
 白い岩棚の縁に腰掛け空色の温泉に足を浸せば、人肌と然程変わらぬ水温の湯が優しく足を包み込む。肩まで浸かれば初めはひんやりとした心地がするけれど、そのままゆるりと過ごせば身体の芯からほんのりと温もりが広がっていく温泉だ。
 空から降る陽射しに白い岩棚と空色の湯が柔らかに輝く様は壮観で、緑の香含んだ爽やかな風が吹く様も温めの湯温も長湯向き。肌触りも優しい空色の湯にのんびり浸かって空や辺りの風景を眺めるのもいいけれど、この地でゆるゆると過ごしたいという者たちは乳白と水色の入り混じった不思議な色合いの石を携えてくることが多いという。
 春の花の香に夏の川のせせらぎ、秋の森の絢爛に冬の薄氷のきらめき。
 花麹で醸す米酒に蓮の香移した白葡萄酒、紅玉の煌き宿す苔桃酒に雪解け水にも似た蒸留酒。
 空色をした湯に浸かり居合わせた誰かと思いつくまま気の向くままに語らいながら、不思議な色合いの石をほんのり温めの温泉で濡らしてゆっくり丁寧に磨いていく。白い岩棚と空色の湯が柔らかに輝かせる陽射しのしたで、空色の水面に淡い翠の木漏れ日揺らすメタセコイアの樹の傍で。
 他愛のない話をゆるゆる連ね、ふと言葉が途切れた時にでも手の中の石に瞳を落としてみれば。
 掌に、空のかけらひとしずく。

●空色翡翠の温泉の里
「空磨きに、御一緒しません?」
 藍深き霊査士・テフィン(a90155)が不意にそう口にしたのは、春の名残を残す優しい色合いの空に淡い雲が流れるある日の午後のことだった。
 何それと顔をあげた湖畔のマダム・アデイラ(a90274)にテフィンが披露したのは、淡い乳白と水色の入り混じった不思議な色合いの石。光に翳すと仄かに煌いたような気もしたが、それでも色合い以外は何の変哲も無い石に見える。――が。
「……あ、解った。これ……翡翠やんね?」
「ええ。磨くと美しい空色が現れる、青翡翠ですの」
 淡い乳白と水色が揺蕩うように混じり合う石を矯めつ眇めつ眺めていたアデイラが瞳を瞬けば、当たり、と嬉しげにテフィンが顔を綻ばせた。
 ある地方で採れるこの翡翠は、専用に作られたサンドペーパーで丁寧に磨いていくと、綺麗に澄み渡った春の空を思わせる美しい空色が現れるのだとか。しかもただ空色だというだけではなく、ほんのり乳白に霞む春の薄雲を思わせる模様が入っているため、滑らかな艶を帯びるまで磨きあげられたその翡翠はまるで、天上に広がる青空そのもののかけらのように見えるという。
「それで、この翡翠を磨くこと……特に、産地の近くにある空色の温泉に浸かりながら磨くことを『空磨き』と呼びますの。ただ普通に入るだけでも心地好い温泉なのですけれど、ゆっくりお湯に浸かりながら丁寧に石を磨いていると……心の奥底に凝るものが解れて、何だかとても穏やかで柔らかな心地になるのが、素敵」
 雪白の石灰質に覆われた岩棚に満ちる空色の温泉、そして温泉に淡く涼やかな木漏れ日を落とす美しいメタセコイアの樹々。温泉の光景をテフィンが語れば「いやぁ」とアデイラが声をあげた。
「行く……! めちゃめちゃ行きたい……!」
「ふふ、ゆっくり心を洗う気分で……行きましょう?」
 雪白の石灰棚に抱かれた空色の湯に浸かり、淡い乳白と水色の中から美しい空のかけらが現れるまで丁寧に翡翠を磨く。磨くのに飽きたなら本物の空を仰ぐのも良し、大きな樹に凭れ風にそよぐ葉ずれの音や木漏れ日を楽しむも良し。誰かと他愛ない話をしながら再び翡翠を磨き、喉が渇いたなら冷たい飲み物に手を伸ばす。
「折角ですもの、空色ラベンダーを漬けたコーディアルとリキュールを持っていきますの。冷たい炭酸水で割れば……空色に透きとおって、とても綺麗」
 冒険者様方もお誘いしてのんびり過ごしたいところですの、とテフィンは藍の瞳を細めた。

 雪白の岩棚で空色の湯に浸かり、掌に空のかけらひとしずく。


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参加者
NPC:藍深き霊査士・テフィン(a90155)



<リプレイ>

●泡雲
 遥か彼方に見あげる空は、透きとおる青にミルクをひとしずく落とした優しげな色に染まる。
 思わず口元を綻ばせてしまいそうな空に浮かぶのは、水面にゆるりと揺蕩う泡にも似た雲たちだ。
 泡めいた雲は天翔ける風に誘われて、優しい青空を細波のように渡っていく。空のもと広がる大地にもまるで呼応するかのように風が吹き、雪白の岩棚を満たす空色の温泉にも細波を渡らせた。
 美しい円錐の形で天を目指す樹々に囲まれたこの地は不思議な場所だ。
 雪白の石灰質に覆われた平らな岩棚が階段状に重なって、其々の窪みには重なる岩棚の上から流れて来る淡い空色の湯が湛えられている。涼やかな木陰から眺めれば雪白の岩棚も空色の水面も陽射しに煌いて、眩しげに瞳を細めたポーラリスは端の方でひっそり浸かるかと微かに笑んだ。
 明るい緑の細葉を茂らせるメタセコイアの梢からは繊細な木漏れ日が降りてくる。水着姿に薄手の上着を羽織ったまま湯に入ったレスターは、梢の合間から仰ぎ見る空の青に目元を和ませ、次いで木陰で湯をかけてもらってぶるりと楽しげに身を震わせているポーラリスの愛犬たちの様子に笑みを洩らした。流れた毛をきっちり回収する彼の律儀さも好ましい。
 空色の湯に満ちた岩棚の縁に腰掛け、淡い乳白と水色入り混じる石を丹念に磨いていけば、掌の中に優しい青空が現れる。
 あの夏の光にこの空の輝きが届けばと呟いたポーラリスは、連れの掌にも青空が現れているのに気づいて目元を和らげた。己の空色翡翠の輝きが届けば光に還った誰かはきっと空で笑ってくれるだろう。そしてレスターの空色翡翠が渡るべき誰かの手に渡ったならば――きっと。
「……必ず渡せよ」
「渡すさ……この景色と空と見たもの得たもの全て、ね」
 空のかけらを手渡された誰かはきっと満面の笑みを見せてくれるはず。
 今は杳として行方の知れない、心から空を愛するあの青年は。
 空からの陽射しに雪の白に輝く岩棚に湛えられた湯は、明るく淡い空の色を宿して揺れる。
 緩やかな波紋を生みつつ身体を浸してみればひんやりとした心地がしたけれど、そのうち身体の芯から穏やかな温もりが満ちてきて、空色に透きとおるリキュールの杯を傾けつつネロは息をついた。岩棚の縁に凭れて仰げば、階段状に連なる真白な岩棚の彼方に広がる青い空。青と白の対比があまりにも鮮やかで、少しだけ目に沁みるような気がした。
 掌ですぐにぐいと拭われてしまったけれど、彼の頬を伝っていった雫が温泉の湯ではないように思われて、グーズベリーは自身の掌にある石をきゅっと握りしめた。彼とお話できればと思っていたけど何だか声をかけるのは躊躇われ、少女はそのまま空色の湯の中に座り込む。
 空色ラベンダーのコーディアルに清水を注げば昼の空。
 深藍色のブルーベリー果汁を硝子杯に満たせば夜の空。
 真白な岩棚の縁に寄りかかり、硝子杯を透かした空と藍の光が揺れる様をぼんやり眺めた。
 降りそそぐ陽射しをあますことなく受けとめ雪白と空色に煌く岩棚も良いけれど、細葉の透かし織から降る木漏れ日揺れる岩棚が好ましく思えて、ドリアッドの恋人たちは顔を見合わせ微笑みあう。空色の水面へ差し伸べられたメタセコイアの梢からは細やかな木漏れ日が降り、空色の湯よりももっと鮮やかに透きとおる硝子杯の水面に煌いた。
 空色のアクアマリンを溶かしたかのように煌く杯はラベンダーリキュールとコーディアルの炭酸割り。
 呑みすぎないで下さいねと微笑むリラに柔らかく頷き返し、大丈夫ですよと笑んでファルクは彼女と杯を合わせた。澄んだ硝子の響きに瞳を細め、冷たいコーディアルを喉に滑らせれば涼やかな花の香気が身体に満ちる。胸の中に空が広がるような心地になってリラは至福の吐息を零した。
 淡い乳白と水色揺蕩う石をゆるりと磨けば、掌にも空のかけらひとしずく。
 大地から離れれば離れるほど翔ける風は鮮やかさを増す気がした。
 雪白と空色を幾重にも重ねた岩棚の上へ登れば、髪を煽る風は空色の水面からも幾多の飛沫を跳ねあげる。頬にかかる飛沫の感触に瞳を瞬かせれば、逆の側からもえいと飛沫がかけられた。もう、と呆れたようにメロスが笑えば、だって気持ちいいんですものと藍深き霊査士・テフィン(a90155)が岩棚の縁に腰掛け楽しげに笑う。
 仰げば空は遥かに遠くて、緩く瞳を細めてみた。手を伸ばせば届きそうで、けれど届くことはなくて。
 海もきっと同じと空色の湯を掬い、深い藍の瞳を覗き込んだ。
 光を反射し鮮やかに輝くけれど、それは奥まで光を射し込ませないということ。底まで見せているように思えても、奥底には深い何かを秘めている。
「誰もがそうなのかも知れないけれど、ね?」
 冗談めかすように微笑めば、緑の光は水を透過するのですってと応えた彼女に瞳を覗き込まれた。
 藍に映る、深い緑。
「だから――もし望む日が来るのなら、貴女は海の底までだって行けるはず」

●羽根雲
 淡い空色の湯に四肢を伸ばせば、柔らかに澄む青空に浮かんでいるかのような心地になった。
 日頃重い鎧を纏っている身にはこの解放感が何とも贅沢で、ウィズの頬も自然と緩む。珠の水滴を伝わせ艶めく女性陣の肌が眩しくて、目の保養をありがとうと手を振れば、誰かさんがお冠にならない程度になさいませとくすくす笑ったテフィンに冷たい硝子杯をぴとりと頬にくっつけられた。
 苦笑を返して冷えたコーディアルを呷り、掌に握った翡翠をゆるりと磨いていく。
 空より高いところにいる誰かの分もこめて、ずっと共にあると誓った決意を伝えるために。
「テフィンさん。手品を御見せしますので、御代にラベンダーリキュールを頂いても宜しいですか?」
「ええと、内容次第?」
 隣の岩棚から呼びかければ、期待に瞳を輝かせた彼女が湯に浸かったまま振り返る。岩棚を仕切る雪白の縁をカウンターに見立ててグレイは硝子杯を置き、透きとおったニガヨモギのリキュールに香草香る炭酸水を混ぜ合わせた。
 澄んだふたつが溶け合えば明るい緑を帯びて白濁し、硝子の中に優しい翡翠の色が現れる。
 素敵と嬉しげに声を弾ませたテフィンから鮮やかな青のリキュールを受け取って、次に作るのは米酒とこのリキュールを合わせたカクテルだ。アベリアの花酵母で醸された米酒は甘く果実のように香り、ラベンダー香るリキュールをほんのり霞ませて、硝子杯に優しい空の色を咲かせた。
「親分それって米の酒? おにぎりより旨いか?」
「ふふ、花の米酒ですもの」
 生涯縁はないものの興味だけはあるらしいエンジェルの少年に華やかな香りだけ試させて、空色の杯を手にしたテフィンはよしよしと彼の頭を撫でた。あとは井戸水で冷やした葡萄を一緒に摘みつつ、肩を並べて空磨き。明るい空色が覗いたならもう会えない誰かの瞳に会えるような気がして、クリスは夢中になって石を磨いていく。
 掌に空のかけらが生まれたなら、暖かな紅茶色の護り袋に入れて。
「シルヴァにぃ、お酌してあげるね〜♪」
「くうぅ、ニイネちゃんも一緒に酒呑める年になったんだなぁ」
 硝子杯にリキュールを注ぎ、炭酸水を加えれば、空色に透きとおった杯に繊細な気泡が煌いた。
 溌剌とした笑顔のニイネに空色の酒を満たして貰って、義妹の成長振りを改めて実感したシルヴァはくうぅと感涙に咽んでみる。彼女の水着姿が眩しくて直視できないとかここだけの秘密。
 珠のかたちに磨きあげた翡翠の綺麗な空色に何か幸せなことを思い浮かべているらしい義兄を微笑ましく見遣り、ニイネも彼の隣で湯に浸かって掌の中の石を磨き始めた。ざらりとした手触りが次第に滑らかになって行く様を掌で直接感じられるのはなかなか楽しい。
 明るい空色が現れれば心まで晴れたような気分になって、何だかはまりそうと二人で笑い合った。
 空色の湯は肩までつかればひんやりした心地、けれど暫くすれば身体の芯から温まってくる温度。
 心が洗われるようですとまったり湯に浸かっていたレイチェルは、不思議な感じですねと控えめに微笑み向かいに入ってきたフロウのタオル巻き姿にきらりと瞳を輝かせた。
 ここはひとつ恐るべきテクニックで彼のタオルをくるくると――!
 何て思ったけれどそこはやはり冒険者同士、フロウの硬いガードに阻まれて、少女の野望は潰えることとなる。そもそも外見年齢六歳の彼女には具体的な『恐るべきテクニック』が思いつけなかった。
 ふはは〜よいではないかよいではないか〜って言いたかったのです、なんて淡々と呟くレイチェルに戦慄しつつ、フロウは懸命に翡翠磨きへと意識を集中させる。
「……何で男だって黙ってたのよ……」
「別に騙した覚えは無いが?」
 示し合わせたわけでもなく偶々この温泉で遭遇したベアリクスの恨みがましげな呟きに瞳を細め、腰にタオルを巻き微かに肌が透ける黒のシャツを軽く羽織ったシグルドは、漆黒の髪を掻きあげ艶を含んだ笑みを彼女に向けた。その所作とかどう見ても女性のそれなのよと返し、ベアリクスは小さく唇を尖らせる。おかげで今日の今日まで相手を同性だと信じて疑っていなかった。
 彼方此方忙しなく視線を彷徨わせる彼女の様子に笑みを噛み殺しつつ、シグルドは相手の掌にある翡翠をちらりと見遣ってからかうように口の端を上げる。
「で? それは磨かなくて良いのか?」
「……折角だから綺麗に磨いてるのっ」
 盛大に臍を曲げたベアリクスがそっぽを向くのに破顔して、彼は彼女のために酒を酌んでやった。
 空色の湯に身体を浸して仰ぎ見れば、空には花嫁のヴェールみたいな薄い雲。
 掌にある淡い乳白と水色入り混じる石が空のかけらになるまでのんびりと磨きつつ、テルミエールは流れる風に乗った薄雲のかけらが羽毛の如く軽やかに旅立っていく様を眺めて口元を綻ばせた。
 翡翠は再生と長寿の象徴とも言われるのだとか。
 空色の翡翠を抱いて空色の湯に浸かり、遥かな蒼穹へ心を解き放てば、まるで悠久の空へすべてが溶け込んでいくような心地になった。
 空のめぐりと、命のめぐり。

●羊雲
 眩い程白い石灰質の岩棚に湛えられた空色の湯は、高所から見おろせば水底の白を反射しひときわ明るく澄んだ空色を映す。明るい水面は空ゆく雲を映し、周りを囲む樹々の姿をも映し込んでいた。
 ならば掌の石には、心に広がる空と水と光を映し込むように。
「大きくて樹形の綺麗な木見たら、いやぁ〜! って言いたくなるやんね?」
「……『いやぁ〜!』はないかな」
 軽く吹きだしたものの彼女が言いたいことは解る気がして、淡くハルトは瞳を緩めた。美しい円錐を成す大樹が天を目指す様には確かにひとを感嘆させるものがある。心ゆくまで磨いた石へ湯を注げば優しく澄み渡る空色が現れたから、一緒に見ようと彼女を呼び、空に翡翠の花を翳してみた。
 空も翡翠も、そして心も、曇りを払えば優しい色を覗かせる。
 心の空を映したよと囁けば、すごく幸せな色、と嬉しげに顔を綻ばせたアデイラに抱きしめられた。
 映るのは、自分すら知らなかった本当の心。
 繊細な木漏れ日落とす梢を揺らして吹く風は涼やかで、流れる風に波立つ空色の湯は人肌と然程変わらぬくらいの水温だ。背の翼まで湯に浸かり、エルスは文字通り羽を伸ばしながら翡翠を磨く。
 初めはひんやりしたけれど、のんびり浸かっているうちに穏やかな温もりが身体の奥からゆるゆると広がって、冷たいコーディアルを飲めば爽やかな花の香と清涼感が心地好く身体に染み渡った。
 大きく伸びをし岩棚の縁に背を凭せて瞳を閉じれば、空に抱かれるように優しい眠りに抱かれる。
 日暮れまで浸かっていても平気、なんて嘯く何処ぞの霊査士の言は話半分に聞くとして。
 けれど此処ではそうそうのぼせることはないみたいやねとキュアルは安心して空磨きに熱中した。
 淡い乳白と水色揺らぐ石を濡らして磨けば、削り出された細かな粉が石を覆う水を真白に濁らせる。石の表面が滑らかに変わってきたのを感じれば俄然やる気に火がついて、器用さには自信があるんよとますますキュアルは翡翠磨きにのめり込んだ。
 一息ついてそっと石に湯をかけてみれば――現れたのは暖かな陽を抱く、春の青空。
 大好きなひとが傍にいないことは寂しく思えたけれど、空色の湯に浸かってのんびり翡翠を磨いているうち徐々に安らいだ心地になれたから、シキヤはふふ、と小さな笑みを零す。
 磨けば磨くほど空色が艶やかさを増すのが嬉しくて。
 思わぬところから綺麗な雲模様が現れるのが楽しくて。
 気に入る空になるまで磨いた翡翠を霊査士やアデイラに見せ、綺麗な空にと空色の杯で乾杯した。
 鋭角を取るよう丁寧に磨き、綺麗な珠の形に整うまでゆっくり石にサンドペーパーを滑らせる。
 空色の湯に浸して掬いあげれば鮮麗な春空が現れて、むっちゃ綺麗やな〜とデュアルは感嘆の声をあげた。涼やかに煌く白銀の鎖と合わせたなら、あのひとにも気に入ってもらえるだろうか。
 想いをめぐらせるうち音を奏でたくなって、岩棚の縁に腰掛け愛用の弦楽器に手を伸ばす。
 透きとおる空色に気泡揺らめく酒で喉を潤して、清かに梢を鳴らす風にはどんな旋律を重ねよう。
 微かに柔らかに風を震わせ始めた弦の音に知らず耳を傾けながら、空色の湯に抱かれてアセルスも穏やかな心地で翡翠を磨く。思えばひとりで出かけるのも久し振りで、けれどだからこそ愛しいひとを心ゆくまで想える気がして、彼への想いをこめた空色の翡翠をゆっくり十字の形に整えた。
 空色の翡翠が彼の護りとなるように。
 胸に宿る祈りが空の彼方にまで届くように。

「あれ秘密になってないデス、スルーしてくれてると信じてたのに……」
「だって、何だかときめいたんですもの」
 酒場での遣り取りを思い起こして嘘泣きしてみれば、ふふ、と笑みを零した霊査士に空色に透きとおるコーディアル揺れる杯を差し出される。やっぱ贅沢だ、卑怯だ、感動したと降参すればシファまでもが笑い出したから、軽くむくれたラティメリアも一瞬後にはやっぱり吹きだした。
 空色の湯に悪友と並んで浸かり、空色の杯を傾けながら空磨き。
 何と言う幸せと至福に頬を緩め、まったり石を磨けばシファの掌の中に優しい空色が現れる。
 雲を払う風になったみたいと悪友の手許を覗けば、空の影を払拭する役目ってのも中々に乙なもんだけどと応えるラティメリアの掌には、原石の形を残したまま磨かれた空色翡翠。
 大地に眠ってた時に近い形ってのもいいかと思ってと続けた彼女に、シファはどんなのにするのと返されて、掌の翡翠に視線を移したシファは何だかくすぐったい気分で笑う。
「儂? 儂はまんまる、球体に」
 なんとなーく、球って世界みたいなイメージがあって。
 空色の花香るリキュールに口をつけながら、そんな言葉を続けてみた。

 掌に、世界のかけらひとしずく。


マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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参加者:25人
作成日:2009/06/18
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