髭狩り



<オープニング>


「ふんふんふふふ〜ん♪」
 ローレンス氏の朝は早い。それは毎日の『日課』をこなす為であり――。
「ふふふ、今日も私の髭はご機嫌だな」
 泉に写る己の顔。立派な口髭を蓄えたそれを確認したローレンス氏は、懐から取り出した櫛を使い、丹念に丹念に髭を整えていく。
 ローレンス氏の『日課』――それは大事な大事な髭の手入れのことであった。
「よし……今日も一日、いい日になるだろう」
 満足のいく形に仕上がったのか、櫛を仕舞うローレンス氏。今日も一日頑張るぞ、と意気込んだとき、それは現れた。
「む……な、なんだね君――う、うわああぁ!」
 有無を言わさず昏倒させられるローレンス氏。意識を失った彼の顔に、銀の光を湛えた凶刃が迫る。

 ジョキン。ジョキン。

「ある村に住む男性がモンスターに襲われた。至急その村に向かい、退治してきて欲しい」
 冒険者達を集め、依頼の説明を始めるエルフの霊査士・セルフィ(a90389)。その片手にはなぜか、つけ髭が握られている。
「襲われた男性はローレンスという中年男性でな、昏倒させられたものの、何故かそれ以外に目立った外傷はなく、命に別状はなかった――んだがな……ローレンスさんの命よりも大事にしているものが奪われてしまった」
 手にした髭をひらひらひら〜、と振るセルフィ。
「それが、コレだ」
 ポンっ、とセルフィは髭をテーブルへと放る。
「目を覚ましたローレンスさんの口元には、髭がなくなっていた。モンスターが刈り取っていったらしくてな……どうやら髭を狙うモンスターのようだ」
 その言葉に酒場にいた何人かの男性が、慌てて自分の口元に手をやる。人によってはお洒落のようなものでもあるわけで、勝手に剃られてはたまらない、ということなのだろう。
「こいつをおびき寄せるためにも、髭の生えたやつの同行……もしくは、これみたいなつけ髭を装着していく必要があるだろうな。つけ髭でも十分おびき寄せることができそうなんで、髭を剃られたくないやつは、髭を隠して誰かに囮をやってもらうといいだろう」
 懐から幾つかの髭を取り出していくセルフィ。懐から髭を取り出していくセルフィの姿は、それはそれは奇妙なものであった。


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参加者
六風の・ソルトムーン(a00180)
降りそそぐ木漏れ日・スタイン(a04948)
帰ってきてしまった・イッキュウ(a17887)
儚幻の対旋律・ゼナン(a54056)
天逆猟兵・ゼオヴァイン(a70505)
悠久幻歌・フェリシア(a71512)
星を集めた音色・チユ(a72290)
虹色の灰瞳・キスイ(a76517)


<リプレイ>

●髭遊戯
 異様な……そう、異様なとしか言いようのない空気が、そこにはあった。
 場所は村の中心にある広場であり、そこは毎日住民達の笑いに満ちている――はずだった。それがどうしたことだろうか、人の声が全く聞こえないどころか、その中心にはシルクハットに白面をつけた男らしきものと、硬く拳を握り締めなにやら精神を集中させているように見える坊主の2人の姿しかない。
 怪しい……とにかく怪しいのだ。何か空気がよどんでいるような気すらする。
 広場を占拠する非日常へ近くの家々からの好奇と不審の視線が飛ぶが、それを意にも介さず、2人は立っていた。ただただ静かに、来るべき時をひたすらに――彼らは待っていた。そしてそんな彼らの元へと今まで何かをしていたのだろう、仲間と思われるもの達が集まってくる。
 合流した仲間達の1人、内心の不安を表情に乗せた天逆猟兵・ゼオヴァイン(a70505)が、白面の男の耳元で何事かを呟く。するとどうしたことだろう、白面はさもその言葉が杞憂であると笑い飛ばすかのように体を震わせると、大丈夫だとでも言うかのように鷹揚に右手を上げる。
「それでは、始めますわよ」
 すっと軽く目を閉じた悠久幻歌・フェリシア(a71512)の手から、淡い力の輝きが仁王立ちをする坊主――帰ってきてしまった・イッキュウ(a17887)へと降り注ぐ。するとどうだろうか! イッキュウの纏っていた僧衣が、見る見るうちに皺1つない燕尾服へと変化していくではないか! そしてそれを確認したイッキュウが、そっと右手で鼻下を撫でる。そこには……先ほどまでは存在しなかった『髭』があった。
「うおいっす!」
 それを確認した白面の男――六風の・ソルトムーン(a00180)が、掛け声と共に仮面を投げ捨て、下唇をこれでもかというように突き出す!
「八時だよ! 全員――」
「御免!」
「――集ごべあらっ!?」
 それ以上は言ってはいけない、とでもいうように滂沱の涙を流し平手でソルトムーンを吹っ飛ばすイッキュウ。何故か仲間達もイッキュウにサムズアップをしめし、近隣の家々からも何故か安堵の気配が漂ってくる。危なかった、色々と。
「ミュ、ミュージックスタートですぅ〜♪」
 気を取り直すように元気に声を張り上げた取り扱い注意・チユ(a72290)のそれを合図に、軽快なBGMが広場に広がり、先ほどまでの澱んだ空気を取り払っていく。それと同時に2人の髭男が腰元に両手をスタンバイ、いつでもいけるとアイコンタクトを取ると、激しくそれを上下にシェイクしながら軽やかなステップを踏む。
 極上の笑みを浮かべ、マイムマイム踊り舞う髭男達。小さく歌すら口ずさみしばらく広場を周ったときであった、2人の前に小さな箱が差し出される。その中には……きのこ?
 にやり、と自信満々に細身剣を抜き放ったソルトムーンが、イッキュウに対し必死に『来い、来い!』というかのように手招きしている。むんず、と中にあったきのこを掴み出し、ソルトムーンへと投げつけるイッキュウ。それも3つほど。
「とう……って、そんな大量に投げられげふっげふっ!」
「……あのきのこ、絶対毒ありだよね」
 あ、ごめんごめんー、と頭を掻き笑うイッキュウと、飛散したカラフルな胞子を吸い込みえづくソルトムーン。そんな彼らを引きつった笑みを浮かべ見つめる虹色の灰瞳・キスイ(a76517)。11歳の少女に、このいい年した男達の狂演はいったいどう映っているのだろうか――。
 今度は攻守交替、とでもいうように細身剣を構えるイッキュウに対し、青筋を浮かべにや〜っと笑うソルトムーン。傍らに控えていた儚幻の対旋律・ゼナン(a54056)が抱えていた箱へ手を突っ込むと、中身を力任せに投げつける。
「ははは、ソルトムーン殿。勢いだけではわしには通用――ってそれでか過ぎぶごっ!?」
 子供程の大きさすらある巨大きのこと共に吹っ飛ぶイッキュウ。それをいい笑顔で見送ったソルトムーンは、『あーあ、失敗かよ』とでもいうかのように残念そうな表情で踊りを再開する。
「これ、いつまで続くんだろうな」
「もう少し見ていたい気もしますけど……そろそろ出てきて欲しい気もしますね」
 オーボエから口を離したゼナンが、苦々しい表情を浮かべソルトムーンを見つめている。同じ40過ぎの男として……いやこれ以上は言うまい。そんな迷いすら見受けられる姿であった。その隣に居る小道具を抱える降りそそぐ木漏れ日・スタイン(a04948)は、ゼナンとは逆にこの光景を楽しんでいるが――それでも2人の思いは1つであった。
『こんな光景、絶対親しい人に見せられないな』
 そんな2人の胸中を知ってかしらずか、この状況を楽しんでる2人の髭。
「むっ!? ……イッキュウーうしろー!」
「なんとっ!? 誰も居ないじゃない――」
 突如背後を指差すソルトムーンに釣られイッキュウが振り返るが、そこには何も居ない。一体なんだというのだろうか。
「――ですか……って、ソルトムーン殿うしろー! うしろー!」
「いやいや、それ我の台詞だから」
 驚きと焦りを露にしたイッキュウが必死にソルトムーンの背後を指差すが、ソルトムーンはといえばやれやれと肩を竦めるだけで、取り合わない。
「だから、うしろー! うしろー!」
「ほら、そんなこと言ってないで、さっさと続きを――」
 トントン。
「いやいやいや、もうそんな状況じゃなくてー!」
 トントン。
「何だ何回も……今忙しいから後な、後。だから、誘き寄せるにはだな――」
「あ、あのー、ソルトムーンさん」
「む?」
「後ろ、本当にいますよぉ〜……?」
「え」
 ジョギィンッ!
 ハラリッ。
「どうああっ!?」
「……髭が」
 必死に飛びずさったソルトムーンであったが、その口元からはらりと黒いものが落ちる。それはまさしく今しがたキスイが呟いたように――。
「ソルトムーンの……髭が……!」
 愕然とした表情で膝をつくゼオヴァイン。あれほど恐れていたことが実現してしまった。
 髭が! ソルトムーンの! トレードマークが! アイデンティティが! と激しく動揺しながら頭を抱えるゼオヴァインであったが、その耳に高笑いが聴こえる――これは、ソルトムーンの……?
「フハハハハ! この髭、貴様如きにくれてやる訳にはいかんのだ!」
「あら……ソルトムーンさんの髭が? 先程確かに剃られたような」
 不審そうにソルトムーンの口元を見るフェリシアだが、確かにそこには豊かな髭が存在している。
「二重髭、ですかね」
「然り。こんなこともあろうかとな」
 黒炎を纏い始めたスタインが、素早くこのトリックを見抜く。そうソルトムーンは自前の髭の上に、更に付け髭をつけていたのである。
「……でもあれ、根元からやられてたら駄目だったよな」
 同じく黒炎を纏っているゼナンが、軽快に踊りながら村の出口に向かって移動を始めた髭達を眺め呟くのだった。

●髭狩り狩り
 事前に人払いを済ましていたおかげで、郊外へと続く道には人の姿はない。そのお陰もあってか、冒険者達はスムーズに髭狩りの誘導を行うことが出来ていた。
「ヒャッハー! 髭狩りだぁ〜! いや、正確には髭狩り狩りですが」
 突如冷静に戻りながら、それにしても、と髭狩りの姿を見つめる。
「こいつ……自分も髭生えてるけど」
「あれは〜、きっと『髭』じゃなくて『鬚』だからじゃないですぅ〜?」
「細かすぎるだろう、あまりにも」
 半目で自分はいいのかよ、と睨みつけるキスイを宥めるチユ。巨大なハサミを抱える髭狩りは、立派な顎鬚を蓄えたその顔を巡らせ、執拗にソルトムーンとイッキュウの髭を狙っている。
 ……納得がいかない気持ちも分かるチユを始めとする一同であったが、本人にとってその違いは重要なものなのだろう。しかしそれは髭狩りの事情である。ゼオヴァインなどは、先程の髭切断で受けた分のショックが反動として髭狩りへの怒りとして蓄積されているようで、早く郊外に着かないものかと弓を弄っていたりする。
「それにしても、あいつら器用だな」
「踊り続けながら、ひょいひょいってかわしてるですぅ〜」
 そろそろ郊外か、と思い戦闘の準備こそしているゼナンであるが、ついつい髭達が見事に踊りながらかわしているのを見、呆れとも感心ともとれるため息を漏らしており、チユなどは観客にでもなったかのように手を叩いてはしゃいでいたりする。
「伊達や酔狂でこんな髭をしているわけではない!」
 村の出口をくぐったそのときであった、突如イッキュウがべりっ! と髭をはがすと、髭狩りへと力任せに投げつける。
「実戦空手道とブーメランを組み合わせた、全く新しい格闘技――とんち! 髭! ブゥメラン!!」
「あれ、武器だったんですか……」
 飛来していく髭を唖然とした表情で見送ったスタインは、負けてはられないと黒炎を放つ。その2つを契機に、誘導に専念していた冒険者達のもう反撃が始まったのだった。
「わたくし、少々舞い上がってますの♪ 一緒に踊りましょう!」
 にこり、と笑みを浮かべたフェリシアが踊るのは、先程から髭達が踊っている『アレ』である。それに釣られるように、髭狩りもまた軽やかなステップを踏みながら『アレ』を踊り始める! 未だに踊り続けているソルトムーンと合わせ、また新たな髭ペアが生まれたわけである。余談であるが、思い人の『アレ』を踊る姿を見たイッキュウは、1人心の中で涙したとかなんとか。
「しぶとい髭……いや、鬚だな」
 次から次へと矢を打ち込んでいるゼオヴァインが、体中に傷を負いながらも体が自由になり次第髭達――イッキュウはスペアの髭を持っていた――を襲おうとする髭狩りに、髭は髭なんだから仲良くしろよ、とか内心思いつつ更なる攻撃を加えんと雷光を纏った矢を番える。丁度その視線の先では、同じ思いを胸にキスイが全力で斬りかかっていた。
「……狙われないのはいいけど、どれだけ髭が嫌なんだこいつは?」
 これだけ至近距離で横から攻撃していれば、普通反撃の一つでもしてきそうなものであるのだが……今のところキスイは狙われるどころか見向きもされず、巨大なハサミはただただ2人の髭のみを狙い続けている。安全という意味ではいいのだが、ここまで徹底されるとなんだか寂しいような気分になるから不思議である。
「だが狙われないのは好都合だな。見ろ――」
 声と共に放たれた虚無の手が、髭狩りの体をズタズタに引き裂いていく! そして残されたそこには、執念の色を瞳に浮かべつつも、片膝をつきハサミを地面に突き立てることで倒れることを防いでいる髭狩りの姿があった。
「髭剃りたてのすべすべお肌は好きですけど、勝手に剃ったらダメなんですよぉ〜!」
 動きを止めたのを好機とみたチユが、アビリティによって生成された光輝の槍を髭狩りへと打ち出す! 咄嗟に避けようとする髭狩りであるが、負傷した体ではそれも叶わず、それどころか避けようとした方向には――。
「逃がしませんよ」
 スタインの黒炎の放射が待ち構えていたのだった。慈悲の光を帯びた槍と、全身を舐めるように這いまわる黒炎の蛇に身を焼かれ、声にならない声をあげるように体を震わせる髭狩り。
「これじゃあもう……踊れなさそうですわね?」
「それならば、わしがハサミの使い手に! 見せてくれよう至高の一撃を!」
 深く腰を落としたイッキュウが、節くれ立ったその右手を強く握りしめ、精神を集中させる。そしてカッ! と目を見開き。
「じゃ〜ん! け〜ん! 死――」
 ドスッ。ドサッ。
「あ」
 後方から飛来した矢が髭狩りを貫き、そのまま髭狩りは大地へと崩れ落ちたのだった。拳を突き出したポーズで固まるイッキュウ。振り返るとそこには。
「敵の殲滅を確認――な、なんだ皆?」
 勝利の余韻に浸り、いい感じの空気を吸っているゼオヴァインの姿があった。

●しめまで踊れ
「ふふ、今日はソルトムーンさんの髭が無事で、安心しましたわ」
(「髭はダンディズムの象徴ですもの」)
 言葉には出さないが、渋い人好きのフェリシアにとって、髭を守り切るということは重要なことであったらしい。隣ではイッキュウが、髭……髭ですか、と、とんち髭ブーメランを握りしめながら何かを考えていた。禿頭髭なしのイッキュウの今後の動向に、こうご期待あれ。多分。
「敵の攻撃をギリギリで見切って付け髭だけを剃らせるとは……我ながら正に髭マイスターとでも言うべき――」
「素直にすごいとは思うんだが、見方変えれば踊ってるだけだった気もするんだがな」
 既に戦闘は終わっているというのに踊り続けている髭親父の姿に苦笑を浮かべつつも、オーボエで付き合っているあたり、何だかんだでゼナンは付き合いがいいのだろう。
「わたしもっ! わたしも踊るですよぉ〜♪」
「私も混ぜてもらいましょうか」
 フルートを放り出し、ダンスに加わるチユ。実は誘導のときからやってみたかったのだが、終わってから、終わってから、と自分を宥めて我慢していたのである。そして飛び出していったチユに付け髭を手渡したスタイン自身も、口の上にペタリと髭を付けると、軽やかに踊りながらさっき使った毒きのこなどを取り出していく。どうでもいいが、せめて普通のきのこは用意できなかったのだろうか。
「これ……さ、絶対異様な光景だろ」
 村の方角から、刺すような視線を感じているキスイが、今現在自分が置かれている立場を自覚し、頬を引きつらせる。個人的には面白いとは思うのだが、村の郊外で陽気に踊る集団……一体何の集団なんだ。そう自答せずにはいられない、一夏の体験。こうして少女は1つ成長していく――。
「い、いや、俺は……遠慮しておく」
 混ざらないんですぅ〜? といった視線から逃げるように退避していくゼオヴァイン。ここで踊ってしまえば、自分の中で何かが崩れてしまうかもしれない。そんな確信めいた予感が、彼にはあったのだろう。

 その後村に平和が戻ったのだと理解した村人達が、冒険者達と共に奇妙な奇妙なダンスパーティを繰り広げるのだった。そこには、髭を剃られてしまったローレンス氏の姿もあり、発毛祈願! と張り切っていたとかなんとか。
 アイデンティティは、大切に。


マスター:原人 紹介ページ
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作成日:2009/06/19
得票数:ほのぼの1  コメディ32 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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