【神の世界へ】神々の審問場



<オープニング>


●門、開かれる
 空の色はマゼンタ、去りゆく昼と来るべき夜、その両者が緩やかに溶け合い、渾然と一つに帰す時間帯。
 至りしは聖域、虹の円環である。沈みゆく陽を背に、以前と同じやり方で厳粛に儀式を執り行う。
(「約束通り私たち十人、英気を養い、この場所に戻ってきました。再びお姿をお見せ下さい」)
 はじまりは・プルミエール(a90091)を先頭とした交渉使節団、総勢十名は一身に祈りを捧ぐ。心から祈らねば、神にその声は届かぬと識っているから。
 やがて祈りは、通じた。
 猛然と起こった蒸気が、初夏の風に流され晴れたとき、その場所には老いた姿の男性神が姿を見せていたのである。
「よくぞ来た。汝らとの再会、嬉しく思うぞ」
 膝を地につけようとする一行を、リスアットは手を伸ばして止めた。
「……そのままでよい。そこで見ておれ」
 神は一行に背を向けた。右手を真っ直ぐに伸ばし、静かに息を吸い込む。
「我、これより神の世界への門を開かん」
 告げるや、神はまさに宣言通りの事を行ったのである。
 節くれだった指先を垂直に下ろしてゆく。膝ほどの高さまで下げ、何もない空間でぴたりと止めると、今度はこれを右に、やがて上に、そして、最初に手を上げた位置へと戻した。同じ動作を左側にも行う。空中に両開きの『門』を描いたわけだ。
 次の瞬間、まさしく『門』がその場に現出していた。といっても物理的なものではない。にわかには信じがたいが、空間が扉そのもののようにカチリと音を立て、こちら側に開いたのである。その奥は、星空のような光景だった。
 リスアットは振り向く。そのときにはもう、入口は拡大を始めている。
 最初、『門』はリスアットが描いた大きさしかなかった。人一人が身をかがめれば入れるといった程度のものだ。しかしその扉が両開きになるや、これがみるみるうちに巨大化していく。夕暮れの光景はぐんぐんと『門』の向こうに呑み込まれ、空、地面、空間、その目に見えるものことごとくが星空の光景へと帰していった。
 包み込まれる――畏怖の念と、言いしれぬ高揚感に包まれた後、一行は自分達が奇妙な世界に存在していることに気づいた。
「えっ」
 プルミエールは突如、自分の足元が消えたのを悟った。星灯り煌めく空間に投げ出されたのだろうか。当然のように体は落下をはじめる。それも、凄まじい速度で。
 声にならない叫びを上げる。
 風の唸りが耳を聾し、呼吸をするもままならない。体は錐揉みしながら虚空の闇へ。
「心鎮めよ、人の子らよ」
 どこからかリスアットの声が聞こえてきた。それは千里の先から聞こえるようでもあり、耳の真横で語れているようでもあった。
「……惑わされるなかれ。存在を信じればすなわり在り、疑えばすなわち消える、それが神の世界、汝らが精神(アストラル)界と呼びしもの……信じよ。足元に在る固い大地を。石造りの床を……」
「そ、そんなこと言ったって……」
 それでもプルミエールは言葉に従った。必死の思いで念じる。ここには固い床があり、自分はそこに立っているのだと。念じる。自分達は安全だと。念じる。何も恐れることはないのだと。
 わずか一呼吸の後。
 プルミエールは自身が、大理石のように光沢のある床にあることに気づいた。ちゃんと足で立っている。悪い夢から覚めたような感覚だった。同じく、頭を振って意識をはっきりさせようとしている仲間もいれば、いまだ歯を食いしばって恐怖に耐えている仲間もいた。
「しっかりしてください! ここは安全です。落ちてなんかいません!」
 まだ覚めぬ仲間たちの肩を揺さぶり、プルミエールは言葉を投げかけてまわった。やがて皆、混乱から立ち直ったようだ。顔を見合わせて無事を確かめあう。
「怖い幻覚でした……」
「否、幻覚ではない。そも、この世界に『幻』というものはないのだ」
「それはどういう意味ですか?」
 リスアットは何も応えなかった。
「行くとしよう。我が後に従うがいい」
 門の神は歩き出す。数人が並んで歩ける程度の道が、ただ真っ直ぐに走っているのだ。果ては見えず、振り返ってもまた、それは同じだった。それ以外はすべて、吸い込まれそうな星の海だ。
 頭上も横も橋の下も、すべて満天の星空に見える。しかし知っている星座はひとつもなかった。

●神々の審問場
 神の世界ではすべてが「突然」だ。プルミエールは驚きのあまり『道』から転げ落ちそうになった。目の前に、出し抜けに少年が現れたのである。正確には頭上から飛び降りてきたのだが、飛び降りることができそうな高台はどこにもない。
「ようこそ、そしてはじめまして、かな?」
 少年は白い歯を見せて笑った。よく焼けた褐色の肌、愛嬌のある垂れ目、利口そうな眼差しをしている。焦げ茶色の髪をしており、薄黄色の衣をまとっていた。
「あ、あなたは?」
「オレ? キミたちのいう『神様』だよ」
 けろりとした表情で告げる。あまり神らしくはないが、言われてみれば確かに威圧感のような者を感じる。少年は「よろしく」と手を差し出した。プルミエールはその手を握るも、
「きゃっ!」
 やわらかく冷たく湿った感触に驚き、慌てて手を引っ込める。少年は手に蛙を握り込んでいたのだ。蛙は一声鳴くと、跳躍してどこかへ消えてしまった。
「アハハハ、引っかかった」
「止さぬか、ニマ。彼らは地上の人間の代表使節団ぞ」
「はいはい、そりゃ失礼ー。お詫びのしるしに、これ、受け取って」
 ニマと呼ばれた少年は、今度はいきなり、桃色の花束を差し出したのだ。
「……ど、どうも」
 恐る恐るプルミエールが受け取ると、またしても、
「わっ!」
 ポン、と音がして花束が破裂したのである。実害はないが花びらは散り散りとなった。
「アハハ、冗談、冗談だよ、怒るなって」
 少年は大笑いしながら逃げてゆく。その遙か先、純白の建物が虚空に浮かんでいるのが見えた。
 リスアットは軽く肩をすくめ、プルミーにかかった花びらを払ってやった。
「……あれはニマ、永遠の子供である。ああやってふざけながら、汝らの反応や警戒の度合いを測っておったのだろうよ。始終笑っていたゆえ悪感情はないはずだ」
 参るとしよう、とリスアットは言った。
「審問場へな」
 建築物に辿り着く。光沢のある石で作られた、円形劇場のような場所であった。やけに明るいのは、この石が内側から発光しているためだろうか。
 アーチをくぐって中に入れば、そこはさながら舞い踊るためのステージだ。全員が十分立つことのできる広さがあり、これを見下ろすように周囲には、階段状の客席が存在する。ステージの足元に敷き詰めてあるのは、白い玉砂利のようであった。
「ここで主張をするのですね」
「その通り。助力を述べに来た事情は、あらかじめ我から神々に説明してある。ゆえにここでは具体的に希望するものを述べるがいい。現世に持ち帰りて役立つものを求めるのだ。多くの神々の協力を得られれば、それは提供されるであろう」
 そのとき突如、プルミエールは腕に鳥肌が立つのを感じた。まだ、神はリスアットの他に姿を見せていない。さっきの少年神ニマもいないようだった。それなのに、
(「見られてる……」)
 数十、いや、数百、もっと多いかもしれない。数多の神の「視線」を彼女は感じたのである。見回しても誰もいない。誰もいないのに、「視線」が痛いほど降り注いでいる。鉛でも呑み込んだような重みを胃のあたりに感じた。
「頃合いか」
 リスアットはやや声を落とし、いくらか早口になって告げた。
「このような機会は二度となかろう。求めは慎重に行うのだ。たとえば、『真理』のような形のないものを求めてはならぬ。確かに真理を得ることもできようが、それは神の世界から出てしまえば急速に力を失うだろう。また、ドラゴンやドラゴンウォリアーの力は我ら神の力を超えておる。ドラゴンすべてを一瞬で消し去ったり、冒険者すべての力量を安易に増したり、といった願いは到底聞き届けられぬはずだ」
「……私は『いつでもドラゴンウォリアーになれる』っていうのを考えていたんですが……駄目そうですね」
「それも頭の使いようじゃないかな」
 アハハ、と再び笑い声、見るといつのまにか、ニマがリスアットの隣にいるではないか。
「オレたち、この世界では結構色んなことができるからさあ。有形のもの、つまり形がはっきりしているものなら大抵作ってあげられるよ。武器だの乗り物だの、けっこうすごいのが作れるぜ。そうやって作ってもらったものを工夫すれば、その悩みもなんとかなるんじゃない?」
「けっこうすごいの……ですか……ええと、希望のグリモアの周囲ではドラゴンがいなくてもドラゴンウォリアーになれるから……だから、つまり……」
 プルミエールは考えをまとめようと頭を悩ますのだが、「視線」がますます濃くなるのが肌に感じられ、なかなかうまくいかない。そうこうしている間に、
「来たか」
「みたいだね」
 リスアットとニマは周囲を見回す。八人の神が客席に腰を下ろしていた。
 鳥のような仮面を被った男性神がいる。仮面の間から、刺すような目をこちらに向けていた。神は手にした杖の先で、いらだたしげに何度も階段を叩いている。
 炎のような赤毛を長く伸ばし、緋色の鎧を着込んだ若い女性神もあった。非常に美しいが残忍そうな印象も受ける。神は腕組みしてニヤリと笑みを浮かべた。その口の端から牙が覗いている。
 あれは男性か、それとも女性か、紫色の水晶玉を抱いた神が静かに座っていた。端整な顔立ちではあるが、その目には包帯が幾重にも巻かれている。
 冒険者たちにはまったく興味を示さず、禿頭の神が二人、しきりと議論しているようだ。二人とも顔がそっくりである。双子なのだろうか。茶色い顎髭、まばらな頭髪も同じ色だ。
 毛布を頭から被り膝を抱くようにしてうずくまって、おどおどした目つきでこちらを見ている幼子の神がいる。緑色の巻き毛が、毛布の間からのぞいていた。
 猫を十匹近く連れている老婆の神があった。猫を膝に乗せたまま、何度も眼鏡を拭っている。度が合っていないのだろうか、しきりにこれをかけ直しては拭っていた。
「待っていたよ……まあ、我々の世界の時間の流れは君たちとは違うから、実際は大して待ったわけではないがね」
 涼しげな笑み浮かべて、すらりとした長身の神が立ち上がった。端整な顔立ちの青年である。髪は金色、肌は雪のように白い。トーガのような服を着て、悠然と微笑を浮かべていた。
「よく来たね。君たちを歓迎する。私はマル・ケイリィ、神の一人だ。彼は……」
 と、マル・ケイリィは鳥の仮面の男性神から順に神々を紹介した。仮面の神はアブー、炎の女神はモア、水晶玉を持つ者がソンヤ、議論している二人はパウとピョウ、幼子はテテス、老婆はCCPと呼ばれている(何かの略だろうか)。
「リスアットとニマは、もうご存じだろう。ニマの無礼は許してやってほしい。久々に直接会った人間の一人が、自分同様に女の子だったことにはしゃいでいるんだ」
 思わずプルミエールは問い返してしまう。
「自分同様に……って、あなた、いや、ニマ様って、女の子なんですか!?」
「そうだよ」
 にぱっと笑って、ニマはプルミエールの手を握った。
「がんばってくれよ。まあ、オレは審問する側だけど」
 じゃあね、と手を振って、小柄な少年、いや、少女神は客席に上がり、アブーの隣に腰掛けた。
「我もまた、汝らを『審問』しよう。期待しているぞ……」
 リスアットは頷いて客席に向かう。途上、プルミエールが呆然と右手を握ったままでいるのに気づくと、リスアットは微かに頷いて見せた。
「何のために何が必要か、それを聞かせてほしいな。心の中を覗くのを許可してくれるなら、現在のランドアースの様子をソンヤが水晶玉に映してくれるだろう。必要なら、相談してから話しはじめてくれてもいい」
 と言って、マル・ケイリィは笑みを湛えたまま席に着くのだった。

 プルミエールは胸を高鳴らせ、仲間の背に隠れながら右手を開いた。握手するフリをして、ニマが何か含ませたのだ。
 紙だった。開くと小さな文字でこう書いてあった。
『審問をつとめるのは十人の神、そのうち四人は、キミたちにはじめから好意的だよ。三人は中立の立場だ。二人は、あまり好印象を持っていない。この二人を納得させられるかが肝心だろうね。
 そして残り一人は……むしろキミたちを嫌っている』
 プルミエールは、紙片をきゅっと握りしめた。


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参加者
記録者の眼・フォルムアイ(a00380)
邪竜導士・ツカサ(a00973)
朧皓月・エレハイム(a03697)
ミラクルエルフの・リュティ(a20431)
蒼穹に舞う翼・アウィス(a24878)
ささやき謡う夜風とながれる・グレイ(a31632)
魔女とデタラメ・ロッテ(a49666)
風任せの術士・ローシュン(a58607)
平社員・ココロ(a69011)

NPC:はじまりは・プルミエール(a90091)



<リプレイ>

●幕開け
 無限の星空、重いほどにのしかかる。緊張感はいや増した。
(「まさかこの星々が、すべて『神の目』だったりはしないよね……」)
 ささやき謡う夜風とながれる・グレイ(a31632)は空を見上げた。
 ここは神々の審問場、痛いほどの視線を感じる――いま、彼らを取り囲む十の神々、それを遙かに超える数の眼差しを。
(「だけど」)
 とも思うのだ。
(「この視線の中にラウレック様も居られ、見守って下さっている……そのはずなんだ」)
 そう考えると気持ちは楽になる。
 ラウレックの子の一人として、恥じぬ主張をしよう、グレイはそう誓った。

「プルミー、お願いするわさ」
 エルフの・リュティ(a20431)が、小声ではじまりは・プルミエール(a90091)に告げる。
「はい」
 うなずいてプルミエールは、一人中央より進み出た。深々と一礼して口上を述べた。
「ここにおられる神様たち、まずはこの世界に招いてくれたことを感謝します」
「招きはしたが……」
 ここで口を挟んだのは、見事な装飾の鎧を着込み、両の腰に四本もの剣を差した女神だった。腰まである長い髪が燃えるよう……いや、実際に紅炎を上げている。その名はモア、女神は豹のような目を細めて、
「元の世界に帰す、とまでは約束しておらぬぞえ」
 と、脅すような声色を使った。その瞳の奥に、黒いものが躍っている。
「あ……いや……」
 一瞬言葉に詰まったプルミエールだが、すぐに笑顔を向けて続ける。
「神様の世界も楽しそうですけれど、私たちを待っている人がたくさんいるので、ここに引っ越すわけにはいかないのですよ〜」
 申し訳ないですが、と言い添える。するとモアは牙を見せて呵々と笑った。
「戯れじゃ、聞き流すがよい。にしても、ここに住めと言ったつもりではなかったのじゃがな。その度胸、なかなか気に入ったわえ」
「恐れ入ります。それではこれよりしばらく、私たちの話を聞いて下さい」

●神々の座で
 プルミエールはお辞儀して下がり、記録者の眼・フォルムアイ(a00380)が入れ替わりに進み出る。
 指先が震える。平静を保ってはいるが、やはり彼女も緊張していた。
「申し上げます……虚無空間や超上空に存在する魔石のグリモアやドラゴンロードが地上へ被害を出す前に対応する為……コルドフリード艦隊のような艦隊を頂きたいのです……」
 ただし彼女の声は、決してその緊張を表にしていなかった。堂々と自説を述べたのである。
「我々は過度な力を欲している訳ではありません……あくまでコルドフリード艦隊に備えられていた兵装を基準として、『魂の力』や『神の技術』を込められる様になった物を希望いたします……」
 すると、それまで黙って話を聞いていた双子の神(パウ神とピョウ神)が、突然向き合って議論を始めた。二人とも声高に話すのだが、いずれ劣らぬ凄まじい早口だ。しかも妙な言い回しや珍奇な修辞も多く、その内容は半分を聞き取るのが精一杯といったところだ。
「あの者はかく言うが、それは『過度な力』ではないのかね?」
「そうではないと本人が申しておるではないか」
「いや、『力』は魔物だ。それがいつ『過度』にならぬとどう保証する?」
「待て、そもそも『過度』とはどういう定義だ?」
「人間には重すぎるという意味だ」
「だから、どう『重すぎる』のだ」
「ええい、分からず屋の爺(じじ)め! 悪用すれば滅びをもたらしかねないということだ!」
「爺はお主ではないか! だから『悪用はせん』とあの娘は言っておるだろうが!」
 この間、ひどく大仰かつ失礼な罵り言葉を交ぜたり、古今の例を引用したりと丁々発止、瞬間瞬間を捉えるのが難しい、めまぐるしき言葉の応酬が繰り広げられている。
「またはじまった……」
 ニマ神が苦笑いするのが見えた。彼らにとって、こうしたやりとりは茶飯事らしい。
 だが、
「争うを止めよ。我らは話す側ではなく、話を聞く側ぞ」
 見かねたか、二人のあいだにリスアットが入り、両腕で二人を離したのである。
「おお、そうであった」
 するとたちまち、パウとピョウはばつが悪そうに頭を掻いて、
「これはしたり。フォルムアイとやら、邪魔をしたな」
「許せ。全部パウめが悪い」
「なんだとこの爺! 元はといえばお主が……」
「爺はお主だ! だから……」
 リスアットが無言で再度、両腕を伸ばしたので、今度こそ二人は黙った。あれだけ言い争いをしていたにもかかわらず、双子の神は肩を並べて座っているのが少し可笑しかった。ああ見えて仲が良いのだろう。
「それでは……資料として、私の心を覗いて下さい……」
 フォルムアイは両手を組み、祈祷するようにしてソンヤ神を見上げた。
「許可を、くれるんだね?」
 青年の姿をした神、マル・ケイリィが確認する。
「はい……」
「ならばお願いするよ、ソンヤ」
「……」
 さらさらと、流れるような髪を揺らす。その色は、空色と灰白色グラデーションだ。ソンヤ神は、幾重にもなった包帯で両眼を覆い、口をほとんど動かさず言葉を発した。
「御意」
 水晶玉を手にして音もなく立つ。目隠しのせいもあり、どことなく、大人になったミレナリィドール、といった風があった。水晶の中央から紫の光が、一筋まっすぐに放たれる。
「あっ……」
 フォルムアイは微かな叫びを上げてしまう。心を直接、冷たい手で握られたような気持ちがしたのだ。直後、自分の体から大切なものが引き剥がされるような感覚に包まれ、言いようのない恐怖と孤独感、そして哀しみが次々に襲いかかってきた。膝に力が入らない。頭が割れそうだ。気分が悪いなどというものではなかった。そのようなつもりはなかったのに、涙がぼろぼろと溢れだした。
「しっかりしてください!」
 朧皓月・エレハイム(a03697)が抱き留めてくれてたのを彼女は感じている。
 そのとき入れ替わるように、温かい気持ちや安らぎ、喜びや満足感、愛する心がフォルムアイの中に拡がり始めた。痛みは消え恍惚とした気持ちになる。体が羽のように軽くなったようにも感じる。
(「……そう……これが……心を覗かれるということ……」)
 彼女は、理解した。
 快も不快も、喜びも悲しみも、あらゆる記憶がいちどきに、自身を通過しているのだ。
 目を開いたフォルムアイは、すでに落ち着きを取り戻している。
「ありがとう、エレハイム……もう大丈夫……」
 残った涙を指先で拭い、フォルムアイは頭上を見た。暗い大空を。
 空はすでに様相を変えていた。彼女の見知った光景を映し出していたのだ。
 バリア艦隊が重々しく進み、ドラゴンロードを封じる光景が見えた。激しい光が何度も現れては消え、その合間合間に恐ろしげな姿が明滅する。音は聞こえないのだが、映像の生々しさは実物に迫るものだった。轟音が響いてくるように感じられる。
 いつしか映像は、最終撃滅砲が魂の力を放つ映像へと変化し、つづいてバリア艦隊が、大型戦艦を守る映像へと移行する。
「すげー!」
 ニマ神は食い入るようにこの光景を見つめている。
「これが……」
 リスアットも微動だにせずこれを見ていた。他の神々も同じだ。
 映像は微妙に変化しながら、一定の時間軸をループするようになる。
 魔女とデタラメ・ロッテ(a49666)が進み出た。
「私たちの希望は艦隊、その、求める兵装を挙げます」
 ロッテは述べる。
「防御手段として、ドラゴンロードの能力を抑えこむ装置と、対象の周囲にバリアを張る装置を希望します。ドラゴンロードの特殊能力によって私達は度重なる苦戦を強いられてきました」
 映像は言葉とリンクし、巨竜の羽ばたきへと変わる。数度の羽ばたきで、絶望的なまでの破壊が拡がってゆくのが見えた。これを初めとして、ロードたちの恐るべき力が展開されてゆく。
「おわかりでしょう。能力を抑えない限り、ドラゴンロード討伐は大変困難です」
「簡単に言ってくれるものですね、『ドラゴンロードの力を抑えろ』などと」
 険のある口調だ。
「我々とて、ドラゴンやドラゴンウォリアーの力を超えることはできない、それは最初に説明したはずですが? ちゃんと聞いていましたか」
 独り言のような口調だが、はっきりと聞こえた。
 声は、毛布の内側から聞こえる。声色は幼いものの、口調は慇懃で大人びていた。
「テテス、お前どうして、そういうケンカ売るような話し方しかできないんだよっ!」
 ニマが立ちあがり、毛布を被った幼子――テテス神に抗議する。
「こういう話し方しかできないだけです」
「ごめんよみんな、こいつ、すぐ黙らせるからさ」
 と腕まくりするニマに、平社員・ココロ(a69011)は声を上げたのだった。
「お待ち下さい、そのようなことをなさらないで。テテス神のおっしゃることは事実、我々は少し先走りすぎたかもしれません。……テテス様、お続け下さい」
 心を強く持て、それは、彼の両親が「ココロ」という名に託してくれた想い。ココロは逃げたくなかった。ここで批判を避けたりすれば、それは神だけではなく、自身も仲間も、同盟のすべてをも裏切ることになるだろう。
 毛布の内側に見えるテテスの顔は、決して怒っているようには見えない。それだけに、冷たい口調には背筋を寒からしめるものがあった。しばしの沈黙の後、神は言葉を発したのである。
「ならば問いましょう。思いつきだけで『ドラゴンロードの力を弱める装備をよこせ』というような無茶を言うのですか、あなたがたは?」
「いえ、考えがあるのです」
 ここが正念場だ、ロッテは落ち着いて話す。
「それを実現するには、コルドフリード艦隊にあった『絶対不可侵領域』、あるいはフラウウインド大陸の『七柱の剣』の力を流用出来ないかと考えています。絶対不可侵領域は、ドラゴンロード『砕輝』の機動性を奪い、同じくドラゴンロードの『スイートメロディア』の無限再生の一部分を抑えた実績があります。また、七柱の剣は大陸を海底に封じたと聞き及んでいるためです」
 やはりここで言葉に応じ、それぞれの光景が天球に映し出されていった。
 しかし、テテスの反応は冷ややかだ。
「コルドフリード艦隊は既に無い……はずでしたよね」
「ならば、『七柱の剣』の力を何らかのエネルギー源として蓄えることができないでしょうか」
 ココロも言い添える。
「フラウウインド大陸には対ドラゴン用兵器が多く眠っています。ですが、我々は未だその力の使い方を知るには至っておりません。これらを活用する術を我々に与えては頂けないでしょうか」
 二人の声に熱意がこもるが、テテスの口調は変わらない。
「それはまた、難しいことを仰る。『七柱の剣』は大大怪獣ワイルドファイアの力から作っているものなので、やはり我々神の力だけでは制御できません」
 皮肉な口調である。とりつく島もないかと思われたが、
「一瞬映った光景、あの、砲撃のようなものは何でしょう?」
 意外にも、テテス自らが関心を示したのである。冒険者たちの主張が、いずれも根拠あってのものだと知ったからだろうか。
「コルド艦隊の最終撃滅砲ですね。あれは、ドラゴンウォリアーの力をエネルギーへ変換し強力な砲撃とするものでした。原動力は、私たち自身の能力であり、想いです」
 するとたちまち、
「想い、ですか。僕はそのような綺麗事は好きじゃありません」
 と言い放ち、テテスは毛布を被ったまま横を向いてしまった。
「こいつ腹立つ〜!」
 ニマが拳を握って、はー、と息を吐きかけている。今にも飛びかかりそうな勢いだ。最初から一言も発さぬ神――隼の面をつけたアブーが、槍の柄の部分で彼女を抑えていた。
「妾は『綺麗事』と片付ける気はないが」
 と片手を挙げたのはモアだ。彼女は問うた。
「ただ、どんな『想い』があるのか告げて欲しいのう」
「それでは……よろしいでしょうか」
 蒼穹に舞う翼・アウィス(a24878)が断ってから告げた。 
「ボクの心を、映し出してもらっても」
「君も許可をくれるのか?」
 マル・ケイリィが意思を確認したのち、
「御意」
 再びソンヤが、紫色の光を当てた。アウィスもまた、様々な感情と記憶の波に打たれ、その心を神々にさらけだすことになったのである。
「ほう……」
 モアは空を見上げて溜息をついた。リスアットもニマも、双子の神も、テテスですら、賞賛するような視線を見せている。
 イメージ的な光景が浮かんでは消える。雄大な自然、追いかけっこをする子どもたち、実りの秋、生まれたばかりの赤子――アウィスが何よりも大切に思う、その妻も姿を見せていた。
「我々は民や大地、生きとし生けるものを愛しています。それを守るために戦う。それゆえに、神殺しの大罪すら犯しました」
 私は大神ザウスと直接会話も交わしました、と彼は続ける。事実、頭上の天球にはザウスとの対話が映像化されていた。
「和解したとはいえ、一度は大神の命を奪ったこと、その罪は消えないでしょう。ゆえにこれからも、あらゆる生命を守りつづけるという責任を果たし、これをもって拭えぬ大罪を償っていく……その覚悟を『想い』と表現したにすぎません」
「だから、ただの綺麗事ではない、と? そういうのだね?」
 老婆の姿した神、CCPと呼ばれている存在が問うた。優しげな口調だ。彼女の膝の上、あるいは周囲で思い思いに寝そべっていた猫たちも、身を起こしてこちらを見ている。
 アウィスは答えた。
「はい、ときには戦争という手段も選びます。たとえ両手を血に染めようと、我々には守らねばならぬものがあるのですから」
 老婆は、猫の頭を撫でながらうなずいて見せた。モアも得心したかのように腕を組む。
 一方でテテスは返事をせず、毛布を深く被り直して黙り込んでしまった。理解したのだろうか、それとも、もう話すだけ無駄、と思っただけなのだろうか。

●願い
 間を置かず、邪竜導士・ツカサ(a00973)が言を述べた。
「そしてもう一つ、希望のグリモアを移動させる手立てをいただきたいのです。希望のグリモア付近の力の枷を外し、たとえば、最初に求めた艦隊でこれを運びます。さすれば私たちは、必要な戦場でドラゴンウォリアーとなることができましょう。それが無理であれば、希望のグリモアの力を蓄える装置といったものでも良いのです」
 ツカサは不安を抱えていた。ドラゴンウォリアーの力は諸刃の剣だ、その危険性を指摘されれば、主張が無に帰すかもしれない。
「ツカサ、と言ったね。君の言を補足してくれる人はいないのかい?」
 マル・ケイリィが穏やかに指摘した。少し、言葉が途切れたからである。
 しかしここで、自然にエレハイムが言を発した。
「ドラゴンウォリアーの力の必要性について、改めて強調させて下さい」
 空に浮かぶ光景は、再び戦いの記録へと移行する。ドラゴンウォリアーへと転身した冒険者たちの勇姿である。
「ドラゴンウォリアーの力は、ドラゴンの眷属と戦うときしか使えない力です」
 地獄がドラゴンに並ぶ脅威となったという現状を、エレハイムは改めて主張した。
「そのため今こそ、地獄の軍勢に対してもドラゴンウォリアーとなって戦うことが、どうしても必要なのです」
 話し出すと想いはあふれ、言葉は熱を帯びてゆく。
「私たちは決して無策だったわけではありません。自らを鍛え、探求し、争いを止める術も模索してきました。されど、その努力も限界を迎えようとしています。確かに、これまでドラゴンズゲートを駆使し、幾度もの侵攻を凌いできたという実績はあります。ですがその手段は、頼り切るには危うすぎるのです。ゲートは思った以上に脆弱なものだからです。その上、今や地獄の軍勢もゲートを使っています」
 入れ替わりに、風任せの術士・ローシュン(a58607)が言葉を継ぐ。
「地獄列強の地上侵攻について、ご覧頂きたく」
 頭上の映像は、地獄との戦争へと変化した。
「列強は、デストロイキングボスなる地獄の巨人を送り込み、その力で地獄との通路を開通してしまいました。一方、地上に侵攻したノスフェラトゥは、数千にも及ぶキマイラを量産して無休の攻めを繰り返しております」
「おお!」
「あれが!」
 パウとピョウは声を上げた。つづいて映し出されたのは魔石のグリモア……黒い太陽だ。
「ご覧ください、あの禍々しい太陽を! これが地上に災厄を振りまき続けているのです。ドラゴンロードのみならず、地獄軍勢がこれだけ勢いづいている今、通常の力だけでは最早これを防ぎきれないのです。事態の打開にはドラゴンウォリアーの力を使うしかない、そう我々は考えておりまする」
 ローシュンは断言したのだが、
「残念なことだねえ……」
 老婆神CCPは静かに首を振った。
「一時は、地獄列強と和解が成立していたそうじゃあないか。交流も盛んだったそうなのに……」
「そうじゃな、それが決裂したのは何故じゃ」
 モアも言葉を投げかける。
 ローシュンは再び口を開いた。
「決裂は我らの意図ならず、です。我々は、ノスフェラトゥも他の地獄列強も、滅ぼそうとはしておりません。それどころか、彼らとの共存共栄の道を模索し続けたのです」
 ところが、と彼は強い口調で続けた。
「ノスフェラトゥを始め、地獄列強は地上征服の考えを捨てていませんでした。短い停戦期も、彼らにとっては力を蓄えるための時間稼ぎでしかなかったのでしょう。結局彼らは、ほとんど一方的に戦争状態を再開してきております。我々は、戦争を拡大することは決して望んでいません。ですが、地上を守るためには地獄を攻めざるを得ないのです!」
「事情は、理解した」
 このときついに、鳥の仮面を被った神――アブーも口を開いた。
「求める戦場でドラゴンウォリアーとなる、か。例の『艦隊』が実現すれば可能な提言ではある」
 重々しい、石臼を挽くような声である。
「なれどそれを許せば、人間は余らに牙を剥くこともできよう。滅ぼすこともな」
 余は、とアブーは断りを入れた。
「ここにいる足下らが、さようなことを成すであろうと、言っているわけではないのだ。ドラゴンウォリアーの枷を取り払えば、仮に危険な考えを抱く者が現れたとき、その行動を止め得なくなるのではないか、そう懸念するに過ぎん」
「アブーよ忘れたか。彼らは我らに敵対するものにあらず」
 門の神リスアットが助け船を出すも、仮面の神は口を真一文字にしたままだ。
 そのとき、
「ご心配、ごもっともです」
 リュティが進み出たのである。
「力を自己の判断の下で、正しく行使出来るのが理想です。でも古代ヒト族は、神への感謝を忘れました。前例のあることですから、アブー様が気になされるのはごく当然のことかと」
 リュティは両腕をひろげ熱弁を振るった。
「私たちも、無制限の力を欲しているわけではないのです。ですからその艦隊には、皆が神々へ祈り、それが通じた時にのみ使えるという『使用制限』を設けていただきたく思います。いわば新たな『枷』です。我々の意思と神々のご意思が重なった時のみ、使用可能になるという……」
 ほとんど息継ぎせずに述べ、リュティは神々一人一人の目を見る。
 リュティの息は荒かった。どんな強敵を前にしたときも、これほど緊張したことはなかった。
 エレハイムも言葉を足す。
「欲するのは力じゃありません。その先にある……みんなの幸せこそが望みのすべてです」
「まさかそのような制限まで、申し出るとは思わなかったぞ。リュティ、それにエレハイムよ、許せ。余は早計であった」
 アブーは納得したような声で、始終持っていた槍を席に立てかけたのである。
 しかしその一方で、思わぬ方向から嘲笑の声が上がる。 
「君たちの大意は解ったよ……つまり、我々に隷属するということだね?」
 マル・ケイリィは立ち上がった。そういえばこの神は、一度たりとも微笑を崩していない。
「卑屈な連中だ。わざわざ我らの足元に来て、『奴隷にしてくれ』と申すなどと。やはり人間など話すに値しなかったね。私は、失礼する」
 言いながらも決して口調を乱さず、微笑したままなのが不気味ですらあった。
 今や冒険者たちははっきりと悟った――黄金の髪をした青年神、このマル・ケイリィこそが、人間を憎んでいる神であったのだと。

●採決
「お待ちを……お待ち下さい!」
 鋭い声を上げたのはプルミエールだった。
「私たちは、神様の下僕になろうとしてるんじゃないんです! 信頼関係を結びたい、そう言っているのがおわかりにならないのですか!」
 畏れ多いといえど、これだけは言わずにおれなかったのである。すかさずニマ神も言い加える。
「そうだよ、そうでなきゃ、『力』と『枷』とを同時に求めたりはしないはずだ!」
 ココロは思わず駆け出し、手すりに手を付いて嘆願する。
「神様、どうか目先のことにばかりとらわれないで下さい! ザウスが愛し、命を賭して守ろうとした大地が今危機に瀕しているのです。お願いです……、力を貸してくださいっ!」
 リスアットは頷くと、青年神の肩に手を置いた。
「マル・ケイリィ、汝と人間の間に、かつて何があったかは知らぬ。されど汝は、この悲痛な声を聞いても平気でいられるのか?」
 マル・ケイリィは相変わらず微笑しながら、老神を振り向く。
「リスアットは人間に協力する気なのか?」
「我が、信じぬ者に『門』を開くことはない」
「よろしい。なら、ここで決を採るとしようか。人間の話を、我々が信じたかどうか」
 マル・ケイリィ神は再び腰を下ろした。
「賛成の者は立ってくれ。リスアットとニマは、人間の味方をするんだね?」
「意は変わらぬ」
「オレも!」
「モアは?」
 話を振られて、炎の女神はニヤリと笑った。
「知らなんだか? 妾は初めから、人間の味方をする気だったぞえ」
 女神も立った。すらりと長い脚だった。
「彼らの可能性は、妾の予想を遙かに超えてくれようて。決して分の悪い賭とは思わぬ」
「おお!」
 グレイは感激で胸を詰まらせる。
 マル・ケイリィは微塵も態度を崩さず、禿頭の双子に声をかけた。
「パウとピョウの意見はどうかな? 議論しないで簡潔に答えてほしい」
 双子は同時に話し出す。例によって強烈な早口、そして意味不明の言い回しを駆使しているので、まったくもって何を言っているのかわからない。多少でも聞き取れたのは、以下のやりとりだ。
「黙れこの爺! わしが話しておるじゃろが!」
「爺はお主じゃ!」
 言い争いながら同時に立ち上がっていた。
「わしは協力するぞ。あいにくピョウは反対らしいがな」
「勝手なことを言うな爺! そもそもパゥ、お主は最初、反対だったはずじゃろが!」
「それはお主じゃ!」
「いいや、お主じゃ!」
 果てなく争いが続きそうだったので、またもリスアットが間に立って二人を引き離していた。
「つまり二人とも人間の味方をするのか……。君たちは慎重派だと思っていたけどね。アブーは?」
 と話を向けたその瞬間には、隼の仮面をつけた神は立ち上がっていたのである。
「余は鞍替えだ。彼らに協力する。熱意に心が動いた」
 冒険者たちから歓声が洩れる。早々にして、六人の神が協力を申し出たのだ。
「リスアット、ニマ、モア、パウとピョウ、そしてアブー……これで過半数だね。だがあいにく、我々は多数決を取っているのではないよ。君は反対なんだろう、テテス?」
 やはり余裕の笑みではあったが、一瞬、マル・ケイリィのこめかみが動くのが分かった。
 テテスが、毛布を被ったまま立ち上がったからだ。
 幼き少年の神は、顔を毛布から出している。緑色の巻き毛はくしゃくしゃだったが、それでも、はっとなるほどの美しさだった。
「僕は、彼らに協力しますよ」
 ココロもエレハイムも笑顔を見せたが、それ以上に喜びをあらわにしたのはニマ神である。
「良かった、気が変わったのかと思った! テテス、最初っから彼らに好意的だったもんね」
「ずっと好意的なつもりです。素直じゃないんですよ、僕は」
「お前、好きな子には意地悪したくなるタイプだろ?」
「な、なにを言っているんですか藪から棒に!」
 テテスは顔を紅くして、再び毛布を頭から被ってしまった。
(「これで七人、神様が賛成してくれたわさ。あとはソンヤ様と……んっ!?」)
 このときリュティは、驚きのあまり飛び上がってしまった。
「猫……!?」
 いつの間にか猫が、彼女の足元に体をなすりつけていたからだ。
 しかも三匹も降りてきていた。そう、CCPの抱いていた猫たちである。
「ネコちゃん♪」
 プルミエールが抱き上げると、三毛猫はごろごろと喉を鳴らした。
「猫たちは、悪い人かどうかがわかるんだよ。あの子たちも賛成みたいさねえ」
 老婆の神は立ち上がり、腰をとんとんと握り拳で叩いた。
 そろそろ、マル・ケイリィの余裕の笑みも消えかけている。
「八人までもが協力するというのか……ソンヤ、君もそうするつもりか」
「これは異な事」
 目隠しをしたソンヤ神、その表情は読み取れない。
「自分は中立。それは、世界が滅びようと不滅」
 ソンヤは立たなかった。しかし、反対でもない。ここでの決定を受け入れるという。
 かくて、すべての神が意見を表明したのである。
「マル・ケイリィよ、汝の意見は汝の意見、捨てろ、とは言わぬ」
 リスアットが言う。
「ただ、譲歩できぬか」
 だが、威風堂々たる神は、決して首を縦に振らない。
「皆、お人好しすぎると思うね。万一彼らが嘘を言っていないとしても、同盟諸国の冒険者たちが同じ考えかどうか、知る方法もないというのに」
「方法ならあると思いますよ。すべてのランドアース冒険者の『マインド』を見るのです」
 毛布の奥からテテスの声がした。
「……それならば」
 青年神は憮然とした表情を隠そうともしなかったが、諦めたように立ち上がったのである。

●マインドリング
「ならばこれで、異存ある者はないな」
 リスアットが進み出て告げる。
「聞くが良い。勇敢なる者たちよ。我らは決を下した。汝らの希望を『マインド』として叶えん」
 マインドってのはね、とニマが説明してくれる。
「簡単に言えば、自らの戦う意志を具現化した存在だね。実は、かつて地上に出現したマインド、エンプレス、エンペラー、キングって連中はすべて、創造した神の魂の姿を模しているんだよ。意外だったかな?」
「つまり、僕たちの意志が具現化されるということでしょうか……」
 グレイが問うと、その通り、という回答が帰ってきた。
 リスアットが続ける。
「艦隊の出現を願うが良い。また、ドラゴンロードの力を封じられるような砲の搭載を強く願うが良い。その気持ちが強いほど、実像は願いに近づく。汝らが創造する『マインド』ならば、当然、希望のグリモアを搭載して移動することも可能であろうし、空を飛び地を潜り、虚無を超えて、決戦の地へと移動することもできるであろう。これが我らからの贈り物である」
 老婆の神CCPは麻袋を取り出すと、そこに手を入れてごそごそと探り始めた。
「ちょいとお待ちよ……あったあった」
 と、つまんで出したのは、小指にはめる指輪状のものだ。
「これはね、マインドを創造する力を集めるリングなのさ。名は『マインドリング』、もう少し大きい方が使いやすいかね? ほら」
 と言うや否や、老婆の指先からリングは消えている。
「え……? きゃっ!?」
 プルミエールの足元にいた猫が、いつの間にやら増えていた。十匹ともここに降りてきたようだ。
「さあ、もっておゆき」
 老婆は眼鏡を外して、エプロンで拭った。
 猫たちが協同して、大きな輪を運んできてくれたのだ。どうやらこれはCCPの言うように、さっきのリングを「もう少し」大きくしたものだろう。虹色をした円環で、ちょうどプルミエールがくぐれるくらいの大きさがある。
「それでは」
 猫が促すので持ちあげてみた。思ったより、重い。そしてひんやりと冷たい。
「きれい……」
 マインドリングはきらきらと、七色の光を発しつづけていた。
「そのリングに数多くの祈りを捧げれば、その意志が神の世界に届き、お前達の為のマインドが創造される」
 リスアットが告げる。アブーが続けた。
「お前達の祈りが強ければ強いほど、お前達の理想通りのマインドが創造されるだろう。全ては、お前達の意志の力次第だ」
「地上に戻り、皆に協力を願い出て下さい。一刻も早く、『意志』が形をなすほどに蓄積されることを願ってますよ」
 今度ばかりはテテスも、素直にそう言ったのだった。
 そのとき、
「……空が……?」
 グレイはふと、星空が白み始めているのを知った。
(「朝が来たのか……いや、違う」)
 グレイは気づいた。『門』をくぐる直前の世界――虹の円環の光景が映り込んでいるのだと。ゆっくりと、しかし確実に光景は濃くなっていく。その一方で審問場、そして神の姿は薄れ始めていた。
「時間切れのようですね」
 テテスは毛布を深く被る。姿がどんどん消えていく。
「……帰還……するのですか……」
 恍惚とした表情でこれを感じていたロッテだが、ふと気づいて声を上げた。
「いけない! 私たちまだ、神様に伺いたいことがあるんです。ツカサさん!」
 ツカサはすぐに、神々に問いを発する。
「教えて下さい。楓華の天子様の父神様もこの場に居られるのでしょうか?」
「それを知ってどうするのじゃ?」
 と言うモアの姿も半透明になっている。
「申し上げたきことがあるのです」
 どこにいるのか知れず、いや、そもそもいるのかどうかすらわからぬ神に向かって、ツカサは跪き、言葉を告げる。
「もし居られるのでしたら……お聞き下さい。天子様は貴方を想い、楓華の民は天子様を想い……私達は彼等を想い、結果、私達は志半ばにて楓華から立ち去る事となりました。ザウス様を想う貴方の悲しみ……私には想像もつきませんが……何時の日か、貴方の悲しみが晴れ、再び楓華の人々と手を取り合う頃が出来る日が来る事を唯唯願います」
 これに、マル・ケイリィが穏やかに返答した。彼の姿は半分以上が消失していた。
「『彼』が望んでいるのならば、今の話が聞こえているだろう。
 望んでいないのならば、聞こえていない。
 全ては、『彼』次第だろうね」
 次の瞬間には、マル・ケイリィも、モアも、霧のように消え失せていた。
「まだ聞きたいことが……リスアット様!」
 比較的姿の残っているリスアットに向かい、ココロは呼びかける。
「些細なことでも構いません、知っていることがあれば教えてくれませんか。魔石のグリモアを作った神とは、どのような方なのでしょう? これが虚無に存在した理由、そして、ドラゴン、地獄列強、キマイラとの関わりも……」
「そのあくなき探求心、尊重するぞココロよ。手短に答えん。その『神』は……力ある神だったが既に存在していないようだ。済まぬが、我もここまでしか知らぬ。他の問いについても、知識の及ばぬところ……」
 リスアットも消えてしまった。
「今度は茶飲み話でもしにくるがよい。パゥの爺は抜きでな」
「爺はお主……」
 双子の神は、最後まで言葉を述べることができなかった。
「プルミー! みんな!」
 それでもまだ、ニマは姿がいくらか残っている。彼女は飛び降りてきて、プルミエールの両手を握った。
「楽しかったぜ、本当。また会おうな、きっと会おうな!」
 寂しいのだろうか、ニマは目に涙すら浮かべている。
「はい!」
 プルミエールも、目を潤ませて答えた。
「あまり協力できなくてごめんよ、俺、みんなの」
 ここで、ぷつりと言葉が途切れた。
 すべてが夢のように消え失せていた。

 そこは聖域、虹の円環。
「戻って来たのだな……どれくらいの時間が過ぎたのか。それとも、時間など過ぎていないのか」
 ローシュンは首をかしげた。光景は、彼らが儀式を始めたときと寸毫変わっていないように思えたからだ。
「すべての神様に、賛成してもらえなかったのだけが残念ですね……」
 ツカサは嘆息する。
「それでも、喜んで良いと思うわさ。マインドリングもあるし」
 リュティは輪を借りて、両手に握ってみる。しっかりした実在感はあるものの、それでも、この世のものではないような不思議な感触だ。

「さあ、急いで戻りましょう。艦隊を実現するには、沢山の祈りが必要なのですから」
 アウィスは一度だけ天空に手を合わせ、短い感謝の念を送るのを忘れなかった。
(「……ここまで私達の話を聞いて下さり、有難うございました」)

 『神の世界へ』 了


マスター:桂木京介 紹介ページ
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エルフの・リュティ(a20431)  2009年12月05日 23時  通報
いやー、おかげで世界は救われたんだから、たいしたもんだわね。
まー、この回は中々難しくて大変だったけど、良かったわさよ。