<リプレイ>
● 九人の冒険者の心は一つだった。 目的も定まっている。方策も練った。準備も手順も万端だった。 ゆえに言葉はいらない。各自が音を立てぬよう洞窟の少し手前で鎧に消音措置を施し、ラグが鎧聖降臨を四人にかけ、他の者も事前準備を行うと、最後に蒼翠弓・ハジ(a26881)が反射防止を施した遠眼鏡で洞窟の入り口を確認、出発となるはずだったのだ。 遠眼鏡に映ったのは六人のディアブロだった。洞窟内へ入ってすぐの位置にいるが、彼らはまだ臨戦態勢を取っていない。 ハジは何も言わずにラトルスネーク・ングホール(a61172)へと遠眼鏡を渡した。ングホールは今回、戦闘中の指示役となっていた。怪訝そうに遠眼鏡を覗き込んだングホールはハッと乾いた笑いを零した。 準備も手順も万全だった九人は、霊査士の一言を捉え違えていたのだ。 「ディアブロたちは殺戮に飢え、暇を持て余し、ある洞窟へと立てこもり冒険者たちを正面から迎え撃とうとしております」 立てこもっている意図は篭城ではない。冒険者たちを血祭りにする瞬間、その宴を待つ間の僅かな休息だったのだ。彼らは地獄へと逃げ帰ることを不服とし、冒険者たちとスリルを味わうために正面から戦うことを望み、そこにいる。 「……上等じゃねえか」 ングホールが呟いた。ハジの遠眼鏡は全員に順に渡され、最後にハジの手元へ返って来る。状況も意図も全員に伝わっただろう。新たな覚悟が全員の目に宿る。 隊列を整える。ディアブロは前列に剣を持った四人、中列に杖を持った一人、後列に弓を持った一人の陣形だ。 「……相手の手の内……見えたら……前に出る……」 当初の予定でディアブロの前列が四人の場合は前列へと上がることになっていた雪ノ下・イージス(a20790)が慎重にディアブロたちを確認しながら言う。 「ま、こういうのは、先手必勝って言うよねえ?」 物語・メロス(a38133)はにんまりと笑う。もともとそのための消音措置、遮光処理だ。異論はない。 「――行こう」 緋の護り手・ウィリアム(a00690)は低い声で言った。同時に九人は召喚獣を召喚し、接敵を行うべく長くはない距離を移動する。草を踏む足音。姿を現した九人をディアブロの中でも特に巨体をもった相手が見据え、大きな笑い声を上げた。 「ハハハハハハハッ、ようやくのおでましか、待ちかねたぜ。……派手な宴になりそうだ」 戦端が、今、開かれる。
● ディアブロたちが遅れて召喚獣を呼び出す。前列四人の後ろに控えたのはグランスティード、キルドレッドブルー、ダークネスクローク、そして要警戒のペインヴァイパー。先刻笑い声をあげたディアブロが召喚したのはキルドレッドブルーだ。おそらく彼がディアブロのリーダー格なのだろう。中列の杖持ちはミレナリィドール、後列の弓持ちもペインヴァイパーだ。 九人はディアブロたちの最初の一手を見る。 まずグランスティード持ちの剣が太く伸び、禍々しい色へと変化する。 リーダー格のキルドレッドブルー持ちは中列の杖持ちに手を触れ、何かを囁いている。 ダークネスクローク持ちはやや後ろへと下がったようだ。 ペインヴァイパー持ちは破壊衝動がさらに膨れたかのようににやりと笑った。 「武人、重騎士、ダークネスクロークはわからんが、最後のは狂戦士かね」 不羈の剣・ドライザム(a67714)が皆に聞こえるように言う。 「杖持ちは君を守ると誓うを使われてたね。ん〜、後列は牙狩人で確定だけど……」 戦狐・フーリ(a26627)も苦い顔だ。が、ングホールはそれを聞いても顔色を変えない。何故なら撃破順も彼らには共通認識があるからだ。 まず回復役。回復役が君を守ると誓うを使われている場合はペインヴァイパー使いを狙う。 ありとあらゆる条件を考え、共通意識としている九人は多少のことでは揺るがない。短い時間で繋がった結束力は見事なものがあった。 ディアブロたちが戦闘の準備を行う一瞬の間。やはり先手を取ったのは冒険者だ。 「蛇持ちからだ、行くぜ?」 ングホールの指示も短い。最後列に立つハジはまず様子見の矢を放った。杖持ちを中心に桃色の矢が空気を貫くが、その矢はぎりぎりでディアブロたちに回避される。畳みかけるようにハジの前を位置取る燬沃紡唄・ウィー(a18981)がまだ職のわからないダークネスロール持ちへと甘い魅了の歌を響かせる。これはどうやら成功したようだ、ダークネスロール持ちは剣を仲間へと向ける。ドライザムの巨大剣の一撃は狂戦士のディアブロを捕らえ、ウィリアムの銀刃の斧は同じディアブロへと電撃を放つ。ングホールが半身を捻りながら指で狂戦士の急所を貫くと、ディアブロの体が傾いだ。まだ倒れるところまではいかない。イージスは慎重に前列より一歩後ろにフーリと位置どりながら傾いだディアブロの隙を狙うように素早く鋼糸を振り下ろした。さすがのディアブロも四連撃には耐え切れなかったようだ。膝をつくがまだ倒れる様子はない。フーリの様子見の粘り蜘蛛糸は回避された。回復のためにウィーの隣で様子を見ていたメロスは目を細めた。 「……本番はここからだね」
● まだ倒れないディアブロへとハジが貫き通す矢を、ウィーがヴォイドスクラッチで攻撃をしかける。ウィーの放った虚無の手がディアブロの巨躯を締め付け、ようやくディアブロが倒れた。これでディアブロは五体。 ドライザムは確認するようにングホールを見る。ングホールは頷く。 「前衛はスティード持ちだ」 「……だな」 対象を確認し、ドライザムは巨大剣を構える。 瞬間、ディアブロ側から鋭い棘のような矢が放たれた。矢はヴァイパーのガスを纏い真っ直ぐにウィーの肩に突き刺さる。鮫牙の矢だ。ウィーの肩口から真紅が零れる。すかさずラグが静謐の祈りを捧げ始める。メロスはまだ回復に動かない。他にもまだ傷を負うものがいるはずだ。それに今回復してもウィーはアンチヒールから回復していない。 ウィリアムの斧が電撃を放つと同時にドライザムが合わせるように動く。弾けた電撃の横を掠めるように、武人でグランスティード持ちのディアブロへと斬りつける。 このディアブロもおそらく全員がかりでないと倒せないだろう、ングホールが長期戦を覚悟したときに杖持ちのディアブロが動いた。静謐の祈りを唱え始める。どうやら医術士だったようだ。先刻ウィーが魅了状態にしたダークネスクローク持ちが回復してしまう。ングホールが舌打ちをするのとダークネスクローク持ちが剣をングホール目掛け振るったのは同時だった。衝撃に一歩後退する。 「……ソニックウェーブ……翔剣士……」 イージスがぽつりと呟くように言う。ングホールは痛みに軋む体でディアブロの武人の急所を貫く。武人のディアブロもングホール狙いだ、稲妻の走る剣を振り下ろす。電刃衝。体の自由を奪われる。最後の重騎士もングホールに狙いを定めたのがわかるとドライザムが思い切り地を足で叩いた。 「どうした! 敵はこっちにもいるぞ!」 挑発の言葉にもディアブロは不敵に笑うだけだ。だがその一瞬でメロスが低く歌い始める。ガッツソングだ。メロスの思いを、誇りを乗せた歌はングホールに蓄積していたダメージを拭う。マヒから回復していないングホールは大上段の構えから振り下ろされた剣を回避することはできないが、回復されていたおかげで痛みは少ない。イージスはそれを横目で見て武人のディアブロへソニックウェーブを、フーリはバッドラックシュートを飛ばす。フーリの放ったカードは黒く変色しディアブロへと張り付いた。 回復手が多い分、冒険者側のほうが有利だ。集中攻撃という同じ手段を使ってきているが人数差と団結力に圧倒的な差がある。 ラグの静謐の祈りが、メロスのガッツソングが洞窟の奥まで響いていく。
● ディアブロ一人を倒すのはやはり全員がかりだった。医術士のディアブロは途中から静謐の祈りを諦め、ヒーリングウェーブを唱え始めたため倒すための手数はどうしても増える。長期戦に少しずつ疲労の影が漂い始めるが、心が屈したほうが負けだ。武人のディアブロが倒れ、ングホールの怪我もメロスのガッツソングだけでは回復しきれなくなっていく。メロスの合図にドライザムもガッツソングで支援する。ディアブロ四人は初めは牙狩人だけはウィーを執拗に狙っていたが、静謐の祈りとガッツソングでウィーを封じることができないことがわかれば、四人全員でングホールを狙い始めた。ウィリアムが苦い顔で三人目の重騎士へと銀刃の斧を向けたときに悲劇が起こった。 その重騎士の剣はングホールの急所を抉ったのだ。膝をつくングホールを背後にいたフーリが支えるようにして手を引っ張る。これ以上傷を負わせるわけには行かなかった。ハジとウィーが手を貸す。前衛はウィリアムとドライザムが盾になる覚悟で立ちふさがる。 ディアブロは重騎士と翔剣士、医術士、牙狩人の四人。向こうもかなり疲弊しているのがわかる。 「目標は重騎士のままだ。……負けられない」 ングホールに代わって指示役となったウィリアムが毅然として言う。自ら率先するように電刃衝で叩き斬る。イージスのソニックウェーヴが舞い、フーリのバッドラックシュートが当たる。カードが黒く変化したのを見て、フーリはウィーに合図を送る。 ハジはングホールを庇いながら貫き通す矢を放ち、ウィーはフーリの合図を受け魅了の歌を奏でる。だが、矢は確かに命中したが、魅了の歌は効果を発揮しない。そこへディアブロの牙狩人の矢がドライザムに突き刺さった。鋭い痛みと赤い飛沫。痛みよりも攻撃目標が後列へと移動しなかった安堵のほうが大きい。翔剣士のソニックウェーブをぎりぎりの体捌きで避けると重騎士の剣が上段から振り下ろされた。剣を振り上げ、その剣を受け止める。鋼のぶつかる甲高い音が響いた。 「楽しいねェ、オレらはこーゆーのがやりたかったんだよ。数で押し負けて撤収だァ? 冗談じゃねェ」 ディアブロは低い嗤い声を発する。ドライザムはその目を睨みすえた。 「こっちこそ冗談じゃない。戦いは遊びなどではない。それに戦友をやられた借りは返さないとな」 それは、おそらくは「誇り」。 ある者は恥じない戦いを。 ある者は身を癒し、心を鼓舞することを。 ある者はかつて護衛士であったことを。 ある者は倒れぬ盾としてあることを。 ある者は同盟の冒険者であることを。 「誇り」が譲れなくともなんとしてでもディアブロを倒すことを選んだ者もいる。それもその者の矜持。 そう言った意味で、この九人は団結していた。元々冒険者としても有数の腕利きが揃っていることもある。けれどもそれだけではない。 戦いを娯楽としてしか捉えぬディアブロとは、覚悟が最初から違っていたのだ。 「この地から出て行けよ、ディアブロ共よ……!」 ドライザムの剣が不意に光りだす。ディアブロの剣を跳ね上げて、上段に巨大剣を構えた。 「ウィリアム、援護を頼む!」 「……任されよう」 ウィリアムの電刃衝が走る。重騎士の動きがマヒした瞬間を狙って、ドライザムは巨大剣を振り下ろした。光の帯が走るのは最後列で膝をついていたングホールの目にも映った。 「……希望のグリモア、かな」 メロスは目を細めてその光を見守った。重騎士のディアブロは信じられないものを見るかのようにゆっくりと仰向けに倒れる。 どうっという倒れた音と同時に光が消えた。一撃で倒れた仲間に残り三人のディアブロはじりじりと後ろへと下がり始める。 「……逃がさない……包囲する……」 翔剣士らしい軽やかな動きでイージスがフーリとともに前衛へと躍り出る。これも全て九人の計画どおりだ。 疲労は蓄積している。けれども、負ける戦いではない。そもそも負けられない戦いでもある。 九人は最後の力を振り絞る。 ハジのガトリングアローが空気を貫き、ラグの祈りが響き、メロスの歌は皆を鼓舞する。ウィーのスキュラは確実に相手を不利に追い込んでいき、ドライザムの巨大剣が閃き、ウィリアムの斧は銀刃を光らせる。イージスの鋼糸は風圧さえ起こすほどに振り下ろされ、フーリは拘束を前提に粘り蜘蛛糸を放つ。 翔剣士が倒れれば後は自然、体力を削ればいいだけだ。その様子をングホールは苦笑いをしながら見守っていた。
● ングホールの怪我はフーリが咄嗟の判断ですぐに後ろへと下げたので、さしたるものではなかった。ウィリアムとドライザムが両側から肩を貸す。 洞窟には六体のディアブロの死体。今回の目的は達せられた。 けれども、まだ問題は山積だ。戻ればドリル艦隊の戦況なども彼らの耳に届くことだろう。 それでも今は。 ハジは空を見上げた。雨期の合間の晴れた空はどこか夏の色を宿していた。 きっとこれからの人生で忘れられない夏がくる。澄み渡る青を見上げながら、ハジはそんな思いを抱いていた。

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参加者:8人
作成日:2009/06/22
得票数:戦闘20
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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