惑乱のファムファタール



<オープニング>


 女の滑らかな褐色の肌の上を、波打つ艶やかな黒髪が滑り落ちる。すらりとした四肢は長く、肢体は豊満でいて尚たおやかな品良さを失っていない。黄金に輝く瞳は円く、猫のような愛嬌と色香を備えていた。
 ――けれど理性ある人が見れば、彼女がいかに邪悪で危険な存在であるか看破できたであろう。
 彼女と対面してなお、理性を保てるような一般人が居れば、の話だが。

 遺跡――もはや天井も壁も壊れ、広間の面影を残すのみとなった場に置かれた石の玉座にしなだれかかり、王に侍る愛妾の如く振舞うかの女は獲物を見ても何もしない。
 ただ、しなやかな繊手を伸べて微笑みかけるだけ。
 ただそれだけで、彼女の美しさに全てが狂うと知るが故に。

●惑乱のファムファタール
「モンスター退治の依頼です」
 酒場に現れたエルフの霊査士・ユリシアは淡々とした口調で告げた。
「とある小さな遺跡に女性型モンスターが出現しました。これを可及的速やかに打倒して頂きたいのです」
「能力や特徴は?」
「周囲に光の雨を降らせたり、単体に巨大な火球を降らせたり、蝶に似た形の召喚存在を生み出したりと紋章術士に近いようですが――全ての攻撃に魅了の効果が伴います。特に、範囲内の全てに強烈な魅了を与える甘い香りに気をつけてください」
 甘い香りに包まれた途端、人々が凄惨な殺し合いを始める様を。
 魅了の呪いから逃れた者達が、蝶達に引き裂かれて息絶えていく様を思い出し、ユリシアは白い皙を僅かに曇らせる。
「召喚存在は大した力は持ちませんが、混乱と出血を齎す甲高い音を発します。耐久力もそれなりにあるようですので、こちらにもどうかお気をつけ下さい。モンスターは毛皮だけを身に纏った美しい女の姿をしています。かの遺跡に一人でいるようですから、行けばすぐ分かるでしょう」
 ごく簡潔に遺跡の位置を告げて、ユリシアは小さく微笑んだ。
「では、健闘を祈ります」


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参加者
月穿つ豹の爪牙・セリオス(a00623)
ヒトノソくノ一・シス(a14630)
エンジェルの医術士・アル(a18856)
風舞淡雪・シファ(a22895)
春を待つ春告げ鳥・ソウェル(a34111)
輪廻の翼・フィード(a35267)
翠鳴至風・ヴァイン(a49717)
倖せ空色・ハーシェル(a52972)


<リプレイ>

●滅びの座にて
 石畳を蹴って駆ける足音が響く度、ふわりふわりと新たな蝶が飛ぶ。
 元よりろくに隠れる場所もない場での戦いだ。正面から近付く事を選んだ冒険者達を見て、魔物は空の玉座にしなだれかかって緩く笑む。
 女を消え行く国の王の愛妾に見立てたならば、冒険者達は暗君を討つべく反旗を掲げた騎士達か、敵地に乗り込む他国の名将達か。さながら小国の最期の一日を再現したような、そんな幻想を抱かせる程に女は美しく、けれど確かに魔性であった。

 加護の領域に前衛全員を収めるよう位置を調整しながら、春を待つ春告げ鳥・ソウェル(a34111)は足元に幸運の淡い輝きを喚ぶ。魔物は未だ玉座の傍らを動いていないが、しもべたる蝶達は見た目にそぐわぬ素早さでこちらに向かってきている。蝶の存在もあり、展開した場は魔物の近くには迫れていないが致し方ない事だろう。
「先に倒れないように……頑張るって決めたです」
 決意を込めて呟く少女の頭上を越え、月穿つ豹の爪牙・セリオス(a00623)が放った無数の矢が蝶と魔物に降り注ぐ。矢を受けた金の翅が硝子の割れるような音を立てて四散していく中、逃れた蝶の一匹が前衛間近で金属をこすり合わせるような音を立てた。世界が歪むような感覚と肌から噴き出す血は、しかしすぐさま領域の力とエンジェルの医術士・アル(a18856)が齎す祈りによって拭われる。
「魅了して殺し合わせ、逃れた者は追い詰めて切り刻む……ずいぶんと趣味の悪いモンスターもいたものだな」
 中衛や後衛からも上がる血飛沫に、蝶の立てる音も範囲攻撃かとセリオスは眉を寄せる。魔物は矢を受けても微笑みを崩さず、僅かに身動いだ程度だ。たかが一体でも脅威と判じられるだけはあるという事か。
「確かに美しいね。けれど何だろう……哀しい飾り物にしか見えないよ」
「運命の女、悪女……、害になる貴女は……ここで」
 表情に僅かな憂いを滲ませつつも蒼穹の翼・フィード(a35267)の振るう高速の剣が蝶を砕けば、同時に風舞淡雪・シファ(a22895)から放たれた闘気が蝶達と女の肌を裂いた。しかし女は次々と消滅していくしもべ達など意に介さず、指先で虚空を爪弾く。同時に光の雨が降り注ぎ、まともに喰らった幾人かの目が虚ろに染まった。
「むむ、魅了してみんなを手先にしちゃうんですね、なぁ〜ん。仲間に攻撃したくありませんなぁ〜ん」
 頑張りますなぁ〜ん、と決意を込めて倖せ空色・ハーシェル(a52972)が冷気を纏う蛮刀を振るえば、金色の蝶達は女ごと巻き込んだ白銀の氷に包まれ砕けていく。続けて戦輪を操るヒトノソくノ一・シス(a14630)が練り上げた気を叩き込むも、女は毛皮で攻撃を払いのけた。シスは無表情にぽつりと呟く。
「結構厄介そうなぁ〜んね。比較的早く敵モンスターを叩かないと危ないかもなぁ〜ん」
「ああ、そうだな――ガラじゃねェんだって、祈らせんなよっ」
 中衛に控えた翠鳴至風・ヴァイン(a49717)のどこか気恥ずかしそうな声とともに、祈りが前衛に届く。強力な効果を持つ魅了に備え、多くのメンバーが静謐の祈りを携えていたのは正解だったと言えるだろう。

●瞬間の先
 残る蝶は僅か。召喚存在の割に耐久力があると言われていた通り、一度で全てを消し去る事は出来なかった。
 が、減ってしまえばさして手強い敵ではない。
「無論、油断も出来んが」
 セリオスの放つ矢が蝶の数を更に減らして行く。同時に後方から戦場の様子を見つめ、必要であればタスクリーダーで注意を促しもした。
 先に仲間が受けた傷も、既に癒し手達によって拭い去られている。今の処、優勢とは言えないが決して劣勢でもなかった。
「今日は味方のためだけに歌うですよー……!」
「祈りはまだ充分にあります。どうぞ、存分に」
 ソウェルとアルが回復に専念する事で、攻撃手達には余裕が生まれる。
 澄んだ歌声の余韻も消えぬうちに、フィードが渾身の力を込めて鎧さえ穿つ衝撃波を魔物に叩きつけた。褐色の膚が裂け、溢れ出す黒い液体を見て痛打を与えた事を確信しつつ、青年は真面目な顔で得物を構え直す。
「……俺は清楚で可憐な女性の方が好みなんだ」
 それとほぼ同時、魔物の懐に飛び込んだシファが極限まで研ぎ澄まされた一撃を決める。しかし確かな手ごたえを感じた直後、濃く甘い香りに包まれた彼女は目を見開いた。
 魔物の顔から、輝く金の瞳から目が反らせない。
(「足り、ない」)
 駆け寄って、一撃を入れて、ここまでは良かった。しかし戦場は常に一瞬一瞬の積み重ねだ。自らの手番と言える僅かな時間の中、自身の攻撃が届く範囲に留まる事は出来ても、相手の反撃が届く前に移動する事は不可能に近い。連携して踏み込んだハーシェルにも魅了の香りが届き、黒い尻尾が力なく地面に垂れた。
「っ! まとめてブッ飛ばすなぁ〜ん!」
 シスが放った戦輪の呼ぶ爆炎が今度こそ女を捕らえ、毛皮が裂ける。加護の範囲外にいる二人には仲間の手が届かないと判じたヴァインが再び祈るも、今度は上手く行かなかった。ソウェルが急ぎ近付いて凱歌を紡ぐも、強力な魅了を拭い去るには至らない。同じようにしてセリオスが毒払う涼風を招いても同じだった。
 決して冒険者達の準備が不足していたからではない。これが通常の魅了であれば、備えは充分過ぎるほど。
 ただ、運が邪魔をしたというだけの事だ。

 魅了された二人の紡ぐ気魄に満ちた歌が魔物の傷を塞いでいく。女はうっとりと目を細め、愛しいものを見るように魅了された者達を見た。
 心に優れ技にも耐性があり、体を苦手とする魔物が受けた痛手の多くはシファ、ハーシェルによるもの。傷が拭い去られ、一時的に最も効率よく魔物に攻撃できる二人が封じられた事で、状況は一時魔物に傾くかに思われた。

●甘き業火
 けれど不運も永久には続かない。アルが捧げた祈りでまずハーシェルが我に返り、続くフィードの祈りでシファも自分を取り戻した。直後に火球が降ってシスが魅了されるも、これは自力で回復する事が出来た。
 最も強力な魅了の香りにさえ気をつければ、豊富に用意した回復手段で充分に補える。
「ひとを惑わせる綺麗さは、ほんとの綺麗じゃないですっ。目を覚ましてくださいですよー……!」
 凛と響くソウェルの歌が仲間の心と体に活力を呼び戻す。
 近接で戦う者達はどうしても幾度か我を忘れさせられたが、それも僅かな間の事。蝶達は既に消え失せ、女もしもべを呼ぶよりは自身の技で応戦する事が多くなっていた。
 傷を受けた者達の肌には痛みが、心には甘い陶酔が忍び寄る。けれどこの感情は偽りでしかない。
「これ以上の同士討ちを楽しませるのは……嫌」
 自らの力で魅了を振り払ったシファの指先が、女の柔らかな胸元を抉る。鈍い音がして乳房が裂け、中から黒々とした肉と青白い骨が覗く。
 重ねるようにフィードの放った衝撃波が女の胴を穿ち、同時に噴出す黒い血霧を裂いてハーシェルが蛮刀を振り下ろした。
「綺麗なだけじゃ惹きつけられませんなぁ〜ん」
 魔力で強引に心縛る事は出来ても、心からの愛慕が得られる訳ではない。
 微笑みながら魔物は胸に埋もれる刃を抱くように手を伸ばす。引き抜こうと力を込める。
「これでも喰らえなぁ〜ん!」
 伸びた指先をシスの放った戦輪が砕き、女の身は更に傾ぐ。
 次第に形を失っていく魔物を見ながら、ヴァインは指先に練り上げた殺意を握り締めた。
「キレイなオネーサンは嫌いじゃねェんだけど、生憎、愛想の安売りする女って苦手でさ――悪ィな」
 呟いて放った気の塊が、女の顔を撃ち抜く。
 大きく震えた体が緩慢に傾ぎ、見開かれた金の瞳は真っ直ぐにヴァインを見ていた。

 ――あぁ。

 細めた瞳が静かに閉じる。
 唇からは微かに、安堵とも諦念ともつかない穏やかな声ひとつ。
 空に伸ばされていた指先は音もなく地に落ち、やがて魔物は動かなくなった。

●朽ちていつか
 いつの間にか傾いた陽射しの橙が、白くくすんだ玉座と床を染める黒を濃く彩る。
 魔物だったものが溶け崩れて出来た黒い水溜りを見下ろして、フィードはぽつりと呟いた。押さえた自身の腹から滴る血は赤く、モノクロの視界の中では厭に目に付く。
「ただ多くの人間を支配できれば満足だったのかな。それとも……何かが欲しかったのかな」
「さあ、どうだか。案外、モンスター自身にも分かってなかったかもしれねぇし」
 得物を弄びながらヴァインは朽ちた玉座を見る。今でこそ縋った手の跡が生々しく残っているこれも、周囲同様にいずれは風化し消えていくのだろう。
(「むぅ、なかなか大きかったなぁ〜ん」)
 自分の胸元を見下ろしながら、シスは女の姿を思い出す。あのくらいとは言わないまでも、もうちょっと乙女の尊厳に威厳が欲しいところだと――思うだけで口にはしなかったけれど。
「今度は……人を傷つけない、美しさを……」
 シファの小さな祈りの声が遺跡に落ち、ソウェルは少しの間だけ同じように祈りを捧ぎ、アルは静かに周囲を見回して目を伏せた。
 歪んで壊れた生き物。かつては自分達と同じ守り手であった冒険者。
 そろそろ引き上げようかという頃になって、最後尾を歩いていたハーシェルがつと振り向いた。
「? どうかしたのか」
 首を傾げるセリオスの前で少女は小さく一礼する。
 今はもう、何処にもいないだれかに向けて。
「おやすみなさい、なぁん」

 かくて亡国の遺跡は再び安寧の砂に埋もれていく。
 この地に訪れる眠りと忘却が穏やかであるよう祈りながら、冒険者達は戦いの場を後にした。


マスター:海月兎砂 紹介ページ
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