紫陽花色の夕べ



   


<オープニング>


 街灯が照らす夜道は、不思議な浮遊感に包まれていた。昼日中の鮮明なそれと違い、どこか輪郭をぼやかせるような、曖昧に滲んだ風景。
 街灯のオレンジの光が、雨に濡れた街をおだやかに照らす。霧のようなやわらかな雨が降り落ちる夕べ。
 夜の街を歩く人々は、皆足早に其々の向かう先へと向かう。
 華やいだ歓楽の町ですら、常のような賑やかしさを潜めて……。
 雨音に包まれる夜は、静かに更けていく。
 そんな、独特の静けさただよう街を通り抜ける男の姿があった。
 黒い雨傘の下、夏向きの装いに身を包んだ男の足取りはゆったりと、まるで散策の如く。
 頭上に程近い雨傘の天井で、ぽつりぽつりと雨音が踊る。足下に跳ねる水の感触も、この時ばかりは子供の頃のそれに似て、胸を躍らせる。
 夜の独り歩きも、時には愉しいものだ。

 男の散策はとある路地に踏み込む事で終わりを告げる。
 酒樽の上の小さな看板が目印。常連にただ「隠れ家」 とだけ呼ばれる小さな店は、夜の街に潜むようにその扉を開く。
 傘を閉じると雨露を払い、狭い階段を下り。扉を開く姿勢で客の訪れを待っているボーイにコートと共に水を含んだそれを預ける。行きと同じように帰りも装いを乱さずに。それが店主の物言いか、店の裏できちんと火熨斗を当てられて戻ってくる手筈となっている事を、常連である男は知っていた。
「ほう……雨音を送る会、ねぇ」
 ボーイに見送られフロアに降り立った男は、小さなコルクボードの掲示板に掲げられた案内書きを目に留め、呟く。
 数奇者の主人が気まぐれに開く催し。今回はどうやら、紫陽花の散る時節、梅雨の終わりを惜しんでの宴となる予定のようだ。
 催し恒例の主人の注文は、『「梅雨」又は「紫陽花」に因んだ装いを心掛ける事』 ……とのこと。
 しっとりとした雨露の気配に抱かれ、大輪の紫陽花を眺めながらの夕べ……なかなかに、風情を感じるではないか。
 カウンターのいつもの席に足を向けながら、ラクリマは密やかに笑みを浮かべた。

 気まぐれな店主の、気まぐれな趣向。雨音を送る夕べは、一つの告知より始まる。
 テーブルの上には、今を盛りとする紫陽花が一輪。
 ほのかに香る花の香に、供される料理もまた、紫陽花をあしらった爽やかな一品となる。
 雨音の過ぎゆく前に、しっとりと和らぐ空気を、惜しむように。
 ……一日だけの特別な宴を、あなたはどう楽しむのだろう。

 その場所はほのかに灯りを抱き、やさしい気配を含んで、暖められている。
 雑踏のざわめきを背にして階段を降りると、やわらかな静けさがただよう場所へ出る。
 静謐……とは違う。もっとゆるやかな、共有する空気がそれを作り出していた。
 酒が並ぶ棚を背に、寡黙なバーテンダーがグラスを磨いている。
 店内には高いスツールを設けたカウンター席と、2人がけの小さなテーブルがいくつか。4人が座れる席は、仕切りを付けてちょっとした小部屋のように仕立てられていた。
 衣擦れや食器の立てる音、グラスに注がれるエールの弾けるさま、誰かのついたため息が、そこでの音楽であった。
 オイルランプの優しいともしびを見詰めて、静かに静かに、呼吸する……。
 そこは隠れ家のような、夜の街に潜んだ小さな大人の社交場。

●紫陽花色の夕べ
「何をなさってますの?」
 隣から掛けられた華やかな声に「うーん」 と適当に返す男の声。昼日中の酒場で、何を唸っているのやら。
 コーヒーを片手に首を捻り、ラクリマは手帳の一ページを埋めるのに執心していた。どうも「隠れ家」 の宴席の事を考え中の様子だ。どうにも冴えない表情に何をしているのやらと、不躾なのは承知で、マリーティアはお目付け役の男の手元に広げられた手帳に目を落とす。
 そこには、『紫陽花、梅雨、雨の装い?』 という文字が几帳面そうな硬い筆記で躍っていた。
「あー、又、「隠れ家」で宴席があってな」
 と、ようやく顔を上げたラクリマがマリーティアに簡単な説明をした。
「また、装いに迷ってますのね?」
 ふるりと揺れるルビー色のゼリーを前に、ようやく合点がいったと笑みを湛えたマリーティアは率直な物言いを投げ。悩み込む男の様子に、思わず桜の茶会の事を思い出す。あの時も妙に悩んでいたものだったが。
「紫陽花の色って沢山あるよね? ええと、白にピンクに、青に紫に……」
 でも紫陽花っぽいってなると難しいかもと、冷たいアイスティーを手に口を挟むのはミントレット。植物に興味があるだけに、紫陽花についても多少は知識を持っているようだ。
 根付く場所によって同じ花ですら多彩に色を変える繊細な花。それでいて、その咲き方は見るものを圧倒する程の力強さを持つ。紫陽花のような、と言われると、おそらくは誰しもが己の好ましい色を見つけ、その花を思い浮かべる。千差万別の花の色を、どう表現すればいいのか。
「まあ、素直に色の合わせ方とか、小物遣い辺りに気をつけるといいんだろうがな。あと、梅雨もお題にあるから、雨具をお洒落に着こなすのもアリか」
 今回は色々とバリエーションが見られそうだよなぁ、とラクリマ。
 宴席に限りだが、常連達は店主の注文をどう鮮やかに演出するかを競っている節がある。イベント事だからこそでもあろうが、普段は地味な店内も気持ち華やかになって、それはそれで楽しみなものなのだが。
「ふふ、相変わらずのようですのね? わたくしも是非とも同伴させて頂きますわ」
「あ、僕も行きたいです! また、美味しい料理食べられそうだし♪」
 にっこりとマリーティアとミントレットが微笑むのに、はいよと保護者役は笑い返した。

 そこへ、話し声に気づいた冒険者が、「何の話?」 と聞いてくる。
「ああ、又あの『隠れ家』で催しがあってな」
「ふーん、面白いね。梅雨に紫陽花かぁ……。ね、君なら何着て行く?」
「私なら、そうだなぁ……」
「レインブーツとか、最近可愛いのあるんだよね」
 囁きはにわかに広がって。

 『隠れ家』の宴は、さまざまな彩りを添えて始まろうとしている。


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参加者
NPC:白夜を渡る紫石英の霊査士・ラクリマ(a90340)



<リプレイ>

●カウンター
 様々な種類の酒が並べられた棚、ランプの光に輝く曇り一つ無いグラスの数々は、今宵の宴に訪れる客を待っているかのようなたたずまい。紫陽花の飾られたカウンターには、花のような、あるいは雨音を思わせる装いの人々が、華やかに集って。
 何時も以上に丁寧に畳んで、ボーイに預けた黒い傘。防水マントの水気を払えば、店内は適度に潤った空気と涼気に満ちていた。
 湿度や湿気に不快感を覚える梅雨の空。それが明け、灰色から夏色に空が変化する頃。
 この時期は、普段は余り酒を嗜まない彼がふと飲みたい気持ちになって、ふらりと新しい店を探しに傘を広げて足を運んでしまう。そうしてこの日立ち寄った酒場では、雨を偲ぶ宴が開かれていたようだ。
 夏色のカクテルには、髪色に合わせた鮮やかな紫陽花のがくが添えられている。それをぼうっと眺めながら、ブレッドはカウンターで一人の女性の姿を思い浮かべる。
(「……僕では、貴方の雲は晴れないようで、それが情けないけれど」)
 静かに降り落ちる雨音のような静かな気持ちで、貴女の幸せを今も思っている。ブレッドは祈るような気持ちで、晴天のような笑顔が浮かぶ様を願った。
 雨音を聞くと、何故だろうか、アイラの心は少年に戻ったように踊る。一年で一番生命を身近に感じる季節。大きく広げた傘を叩く雨音も、水や土の匂いも、何もかも鮮烈な梅雨という季節が好きだった。
(「外の世界から切り離されたようなこの隠れ家でも、雨音は聴こえるのかしら」)
 アイラはそっと目を閉じ、耳を澄ませる。
 深い赤紫色の絞り染めスカーフを首元に巻き、銀のカタツムリのタイピンをアクセントにした装いの彼は、悪路も軽々と踏み越える長靴のつま先をカウンターの足置きに置いて、ふと唇に笑みを浮かべ。
 カクテルグラスに添えられた紫陽花のがくは、アイラの髪を意識してかあざやかな青色。塩胡椒の利いたブラッディマリーにトッピングされた野菜スティックを齧ると、新鮮な青い匂いが香った。
 淡くも爽やかな色合いの青色のショールは、レインブーツと合わせて。
 青色の傘は今頃、さっぱりと乾いている頃だろうか。滴るような青色の髪の下、わずかに下げた視線はゆるく笑みを浮かべ。
 冒険者となって三度目の夏は、不思議な事に浮き立つような気分をラグゼルヴに与えていた。
 以前の彼ならば、雨の匂いが満ちた部屋の中で空虚に、雨の湿気と、来る夏の熱気を煩わしく思っていただろうに。そんな退屈を思い出せない程、今のラグゼルヴは前途に期待感を得ていた。
 確かに、慌ただしくも厳しい世情を憂いはするけれど。
 理由は少しだけ分かっている。
(「君が居るから、なんて」)
 ことばにすれば照れてしまうから、誰にも秘密なままだけれど。
 常ならば燃えるような赤色を身に纏う娘は、珍しくもシックな色目の青紫のドレスを身に付けていた。洒落たショート丈のレインブーツを合わせ、水のような髪に紫陽花を模した髪飾りを差し。ノンアルコールのカクテルを前に、どこか詰まらなさそうにマリーティアが止まり木に座っている。
「隣、よいかえ?」
 ――やわらかな低音で声を掛けたのは、男とも女とも取れぬ、だが確かに美しいかんばせの佳人。
 根元を高く取り結い上げた髪に挿すは小さな額紫陽花、白緑色の小袖に韓紅、暗紅色、花色、瑠璃紺と薄物をはおる姿はまるで紫陽花そのもの。美しい装いに、同族の娘は喜んでと花のように微笑んだ。
 雨に因んで頼んだブラックレインに添えられる青色の紫陽花にふと笑みを浮かべたアルーンは、
「梅雨はお好きかえ?」
 そう隣に問い掛けた。
 梅雨のこの時期は、アルーンがどうしようもなく惹かれる季節だ。彼の身に付ける薄物は張りが無くなってしまうが、湿気を含みしっとりとした感触と絹物の匂いは、水の匂いに包まれているようで安心するのだと、身に吸い付くような己の絹の装束に触れて語る。
「水の匂いが全てを鮮やかにするのでしょうかしら」
 娘は答える。雨の匂いは、どこか故郷を思い浮かべさせて懐かしいような気持ちになります――と。
 紫陽花の佳人が去った後、紅いレインポンチョと青いレインブーツを着た娘が止まり木に座った。
 ミシェルの視線の先、笑みをたたえたマリーティアの隣に座るのは、大人っぽい店の様子に緊張気味の、けれど目先の料理の研究に余念がない、空色のレインコートと同色のレインブーツ、ジーンズに淡緑のシャツと、気取らぬ格好のエンジェルの少年――ミントレットだった。
「お二人ともいかがですか?」
 そう呼び掛けられ、はい? と気の抜けた声と、あらと明るい声が答える。
 おとぎ話の姫君の名を冠するノンアルコールのカクテルに添えられるは、黄色味を帯びた白いがくの紫陽花。それを前に、二人の視線を受け止めながらミシェルは語り出す。
 カクテルは、二つの飲み物を合わせたもので、必ずしもカクテル=アルコールとは言わないのだと説明し。母を亡くしていたミシェルは、父の傭兵の仕事の度に酒場で待っていたものだった。
 もちろん、父が帰ってくるなり飛びついたが。そこでお酒の事にも詳しくなったのだ……と。
 ミントレットは新しい知識に感心したようにしきりに頷いている。可愛らしい名前のカクテルね、そう言って追加をオーダーしたのはマリーティア。
 情緒があるが、どこか寂寥感のある。そんな雨の日だからだろうか。
 二人に笑みを見せながらも、ミシェルは過去の事を思い出していた。あの日の言いようのない寂しさも。
 銀ねず色のスラックスに空色のシャツに藤色のベスト、薄紅梅のネクタイを締め、七色に輝く小さなキューブをドーム型に集め紫陽花に見立てたタイピンとカフスを着けた紫水晶の瞳の男――白夜を渡る紫石英の霊査士・ラクリマ(a90340)は、華やいだ雰囲気に目を細めていた。
 耳を澄ませば、今も雨音が聞こえるような気がして。心を落ち着けるようなあの音は、セイルにとって心地よい音楽。頼んだウィスキーのグラスに添えられたのは、セイルの瞳に合わせてか紫陽花の紫のがく。
 久し振りの再会に乾杯し、気取らない服に防水マントとラフな格好で杯を傾けるセイルは、隣の席のラクリマを見てふと微笑んだ。
「こうしてまた一緒に飲める時間ができるのは本当に嬉しいです」

 彼の言葉にラクリマも俺もだと答える。珍しくも甘口のカクテルを選んだ男は、スミレの甘さと香草の青い香りを含んだグラスを片手に微笑んだ。カクテルの名はパッセンジャー・リスト。まるで旅立ちを祝うかのようなチョイスに、セイルは思わず笑み浮かべ。
 こうして大切な仲間や愛しい人を思い浮かべながら静かな時間を過ごしていると、言葉少なくも、十分語り合えているような。今が幸せで、充実した人生を送っている事を、紫の瞳の霊査士も共感してくれるような気がした。

●二人席
 テーブルの上に紫陽花が一輪。ボリュームのあるそれを銀の一輪挿しが支えていた。ランプの光に柔らかな色合いを交えて咲き誇る紫陽花は静かに佇んでいる。
 黒のスーツに紫陽花のブローチ、グレーのネクタイに白の紫陽花の刺繍。アルセリアスはアンジェリカと席を共にする。彼女のふわりと広がる深い蒼色のロング丈ワンピースは紫陽花に見立てたのだろうか。
 二人が着席し、僅かの間にカウンターから届けられたグラスは、バーテンダーお勧めの紫に煙る紫陽花色のヴァイオレットフィズ。スミレの香りを楽しみながら、アルセリアスは彼女の緊張も知らず穏やかに語り掛ける。
「たまには男から酌をされるのも悪くなかろう」
 そう言ってアルセリアスがピッチャーからグレープフルーツジュースをグラスに注いでやると、お礼を言ってアンジェリカがグラスを傾けた。たったそれだけの事なのに、彼女は緊張してしまう。一緒に出掛けるのは久し振りで。届いた料理に添えられた紫陽花にも気付けないぐらい、語られる声、間近な体温にドキドキと胸が高鳴って。
 傍に居られるだけで幸せ。それは確かだけれど――。
「ちょっとだけぎゅって、したいです」
 恥ずかしげに、しかしはっきりと告げて身を寄せたのは、もっと傍に寄り添いたいから。そんなアンジェリカの無邪気な仕草に頭を撫でてやり……柔らかな体温を感じながら、アルセリアスは微笑んだ。
 キースリンドのチュニックの襟元に挿した銀色のカタツムリのブローチがランプの光で照り映えていた。彼は紫陽花を冠す紫から白に滲むオリジナルカクテルをマシェルへ、自らリキュールで紫色に色付いたウォッカを頼み、二人で静かに乾杯し。
「改めて特務、お疲れだったな。服……。新調してくれたんだろう? ありがとう。いつも着ているのと感じが違うがそういうのも似合うな」
 そう、彼女を労う。
 紫陽花色のカクテルに綺麗ねと微笑んで、紫陽花の様な小花模様が微かに浮かぶ灰みのある淡い青紫のドレスを纏ったマシェルは彼の言葉に礼を返した。
 会えなかった時間と、酒の力もあり、彼女は離れるのを厭うようにキースリンドに触れる。そのしっかりとした肩や腕に触れていると、自然に言葉はあふれて。
「貴方と長く離れていると私は駄目になってしまうみたい。でも今はもう大丈夫。いつまでも傍にいさせてね……」
 キースリンドは目を見張る。自分もまた同じ思いであったから。マシェルが居ない間、時間の進みが酷く遅く感じて。会える場所にあって会わない事と、会えない場所にあって会わない事が、似て非なるものだと思い知った。己が特務に行っている間の、彼女の辛さを今なら身に染みて分かる。
 ところで、と彼は切り出した。君が戻ってきて、緑の爽風がそよぐ季節がやってくるから、今度、ホワイトガーデンに行かないか? 二人で……。出来ればオシロイバナの咲く季節に。
 黒いタイトな服にピンクからブルーのグラデーションが綺麗なネックレス、指先にさりげなくでんでん虫の指輪をした同族の娘が手招くのを見て、マリーティアは二人席へと移った。
 鮮やかな青色の紫陽花のがくが添えられたシャンパングラスは、ピンク色の可愛い色合いで気泡を上げている。
「お酒大丈夫だっけ?」
 ロゼッタにそう聞かれて、まだ無理なんですのよ。とマリーティアが答え。少し残念だけれど、ノンアルコールのカクテルでお付き合い。二人は杯を掲げ、先日の依頼の成功を労う。
 一緒に行けて嬉しかったとロゼッタが言えば、わたくしもですのよと笑顔のいらえ。
 こうして二人でいると、いつも話が尽きない。
 いつまでも友達でいて、などと改めて言うのも何か違うから、困った事があったら言ってね。目の前の大事な友人にそう告げるも、果たして相談に乗れるかどうかは微妙だと思う。何故なら自分の方が相談に乗って欲しいから。わたくしも、と笑顔でマリーティアは答える。
「困った時には、助け合えたら良いですわね」、と。
 紫陽花を模した髪飾りを挿し、気に入りの黒いトレンチコートを羽織ったアルカスは珈琲の香りを前にふっと溜息を吐いた。
 紫陽花が咲き、雨の降る。屋内から見る雨の風景を快く思っていたからこそ、過ぎ行くのは物悲しい。
 複雑な思いをテーブルに飾られた紫陽花に向けた時、普段ならば明るい笑顔をこちらに向けるであろうプルートがテーブルに視線を落としている事に気付いて、
「どうしたのです?」
「何でもないよ」
 猫耳フードの付いた黒い膝丈レインモッズコートに、同色のレインブーツ姿のプルートが、そう言って顔を上げた時には常のような笑顔で。彼の内心に合わせるように、腰に下げたてるてるぼうずが揺れている――実は重傷を負ってしまった事に少しばかり気落ちしていたのだ。
 各自の皿に添えられた紫陽花のがくは、髪色に合わせたか紫がかったものと、僅かに黄色がかった白。冷製パスタをフォークに絡め、二人はしばらく料理を楽しむ。
 ……ふと。プルートがテーブルに乗り出すようにして、アルカスの手にしたフォークにぱくりと齧り付いた。そのまま、至近でじっと視線を合わせる。突然の事に目を瞬かせたアルカスだが、あーんと言いつつフォークを差し出され、今度はプルートが驚く番となる。
 自然に浮かぶ穏やかな笑み。くすくすと笑い合う二人はどこまでも楽しげで。
 もうすぐに、輝く太陽の季節。それと共に訪れるプルートの誕生日を祝う為に、アルカスは彼に語り掛けた。

●雨の通り道
 様々な思いを綴り、ひとときを過ごした人々が隠れ家を去る頃には、柔らかに雨が降り注いでいた。漆黒の闇を和らげる街灯の光。幻想的に彩られた夜の町に踏み出せば、宴の時間は終わり……。
 男の姿を酒場で見掛けた時、本当に驚いた。もう二度と会えないと思っていたから。
 過ぎ去る春と来る夏の狭間の季節にだからこそ、告げる気になったのかも知れない。
 時は夜更け。濃紺のイブニングドレスに縫い付けた涙型の水晶が街灯に照らされ雨粒のように輝く。
 ペテネーラが辿り着いた時にはもうすぐ閉店の頃合。ならばと紫水晶の紫陽花が咲く飾り櫛の位置を整えて、扉から姿を現した紫水晶に似た瞳の男に、散歩がてら送ってくれない? そう微笑み掛けた。
 霧のように柔らかい雨が降る、夜の道。傘を叩く雨音と濡れた道を蹴る靴音が二人分だけ響く中、声が震えないよう、ペテネーラは殊更ゆっくりと言葉を紡いだ。
「ねえ、ラクリマ……。私……もう一度最初から貴方に恋をしてもいい?」
 雨音に掻き消えそうな声で、そう問い掛ける。ああ。たった一言なのに、どうしてこんなに勇気が必要なのだろう。
 驚いたような気配の後、僅かな時間を置いて返された言葉は。
「俺の方からも、聞いていいか。ペテネーラ、お前に恋してもいいかと」
 答えのような、答えになっていない返事の後、男は照れたように笑った。

 雨音に包まれ、一日だけの宴は幕を閉じる。紫陽花色の夜に花咲いた物語の行方は、それぞれの心の奥に。
 やがて来る太陽の輝かしさに思いを馳せながら……夢のように微かな温もりを残して、終わりゆく。


マスター:砂伯茶由 紹介ページ
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参加者:14人
作成日:2009/07/24
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