華やかなりし我が頽廃



<オープニング>


●華やかなりし我が頽廃
 繊手を揺らして女は舞い歌う。硝子の盃を打ち鳴らすように玲瓏たる声で。
 女の瞳は宵の紫紺色、濃紅のドレスから覗くしなやかな脚は月光の色。絶世の美女と称して差し支えない姿だが、蠢く蛇と化した銀髪は彼女が「ヒトならざるもの」であることをはっきりと示していた。
「背徳と頽廃を虚ろに飾り立て、絶える事ない苦痛の倒錯に身悶えよ――それこそが私の喜び、私の糧」
 脚をもがれた娘には、陶器人形の白く細い足を。
 腕の潰れた娘には、冷たい鋼糸で編まれたレースの手袋を。
 馨り立つ紅茶には菓子より甘美な毒を添え、踊り子の舞台には色とりどりの硝子の破片を敷き詰めよ。

 そこには女が願い、女が歌うままの光景が広がる。
 美しく飾り立てられたダンスホールが、着飾った娘達が、そして彼女らの身心が汚れ壊されていくほどに女の喜悦は深まった。
 すすり泣く声は小鳥のさえずり、苦痛にうめく声は雨音の如く女に安らぎを与える。女はくすくすと優しい笑い声を零しながら、倒れて動けない娘の顔に手を這わせた。
「どうした? まだ宴は始まったばかりじゃないか――さあ、私の可愛い小鳥達、もっとその声を聞かせておくれ」

●辺境の妖魔
「潜伏していたドラグナーの一体が見つかりました。皆様にはこれを可及的速やかに討伐して頂きたいのです」
 エルフの霊査士・ユリシアは静かな声音でそう告げた。
 ドラグナーが見つかったのは、辺境ながら風光明媚で有名なとある村。商人や貴族達の別荘が立ち並ぶ、所謂「保養地」である。
「ドラグナーは村の中で最も大きな屋敷に陣取っています。屋敷は広いようですが、複雑な造りではありませんので迷う事はないでしょう。特に二階はダンスホールと控え室しかありません」
「人質は?」
「主にダンスホールに集められています。ホールの生存者は10名ほど、いずれも疲労が激しく危険な状態です」
 だが一階も無人ではない。一階には客室と厨房などがあり、厨房には料理人が、また稀には雑事を命じられた者が降りて来る事もある。
 監視は非常に緩いが、それはドラグナーが「逃げた者の首を持ってきた者は解放してやる」というルールを設けているが為だ。彼らと接触するのであれば、無用な騒ぎが起きぬように細心の注意を払う必要があるだろう。
「ドラグナーは警戒心が強く、不審な素振りを見せた者は躊躇いなく殺しています。冒険者が来たと分かれば即座に逃げ出すでしょう」
「徹底してるな。ドラグナーの能力は?」
「主な攻撃手段は細身の双剣。翔剣士の薔薇の剣戟とソニックウェーブ、更にはイリュージョンステップに似た技を使います。また、髪の蛇が放つ衝撃波には周囲を吹き飛ばす効果があるようですね」
 くれぐれも油断のないようにと告げて、霊査士は冒険者達を見た。
「生き残っている人だけでも救い出すこと、ドラグナーを必ず殲滅すること。以上の二点を念頭に置いておいて下さい。一度逃がしたドラグナーを再び捕捉する事は、非常に難しいのですから。――朗報をお待ちしています」


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参加者
紫晶の泪月・ヒヅキ(a00023)
業の刻印・ヴァイス(a06493)
風の・ハンゾー(a08367)
咲き初めの・ケイカ(a30416)
月のラメント・レム(a35189)
王虎・アデル(a48929)
金鵄・ギルベルト(a52326)
黒影の聖騎士・ジョルディ(a58611)


<リプレイ>

●危急
 重たい湿気と熱気を孕んだ夏風は、気付けば涼やかなものに変わっていた。
 日差しは変わらず強いままだが、この辺りは湿気が少ない土地なのだろう。陰に身を寄せれば息詰まる様な暑さも幾らか和らいだ。
「首尾はどうだ?」
「ん。ここまでは問題なし、だな」
 村外れで身を潜めつつ待機していた雷光の聖騎士・ジョルディ(a58611)の問いに、偵察から戻って来た業の刻印・ヴァイス(a06493)は、額に浮く汗を拭いつつ村へと視線をやった。元がさして大きくない辺境の村だけに、立ち並ぶ貴族達の別荘――中でも豪奢な作りをした件の屋敷は目立つ。
 二階にある窓は結構な数だが、すべて締め切られている上に重厚なカーテンで覆われていた。お陰で外から見ただけでは中の様子は伺えない。別方面の偵察から戻って来たぬるぬる・ハンゾー(a08367)の得た情報もヴァイスのそれと大差なく、忍び二人は難しい顔で情報を選定し始める。二人が浸入経路を決めていく横で、布を被せた遠眼鏡で屋敷の様子を伺っていた金鵄・ギルベルト(a52326)が不意に小さな声を発した。
「……おい。村の方が妙に騒がしいぜ」
「何?」
「戻りに見た限りでは、特に異変は無かった筈でござるが……」
 ジョルディが腰を浮かせる横で、ハンゾーが眉を寄せる。
 事を急ぐべきかと逡巡するも、今ここにはグランスティードで急行した先行班の四人しかいない。後続のメンバーにスティード持ちはおらず、まだ一人とて此方に到着していないのだ。
 男達は嫌な予感が背筋を駆け上がるのを感じていた。

 この時の彼らには知るよしもないが、騒ぎの原因はハンゾーが遭遇した村人の処置にあった。蜘蛛糸と当身で黙らせたはいいが、ぐるぐる巻きにした村人を何処かに隠したり、目に付かないようにする処置などは一切していなかったのだ。そこらの物陰に気絶した知人が転がっていれば流石に騒ぎになるだろう。
 最初からずっとハイドインシャドウを使って行動していれば、怯えてはいても警戒態勢は取っていなかった村人に見つかる事は無かったかもしれない――あるいは、なんとかして暫く黙っていてくれるよう頼めば違ったか。
 所詮、全てはもしもの話だった。

●誤算
 息を切らせた咲き初めの・ケイカ(a30416)と月のラメント・レム(a35189)が合流した頃には、村の騒ぎは確実に広まっていた。流石に蜂の巣をつつくような混乱は起きていないものの、困惑と疑心が村の空気をざわつかせているのが遠目にも分かる。
「状況は……あまり芳しくないようですわね」
「えと、他の後続の皆様はまだいらしてないのでしょか?」
 戸惑ったように問う二人に、先行組もまた困惑した顔で「一緒じゃなかったのか」と返す。出発した時点では確かに一緒だった筈だが、疲労で討伐に支障が出ないようにと速度を制限して移動していた紫晶の泪月・ヒヅキ(a00023)、更には完全に歩きで移動していた王虎・アデル(a48929)とはいつの間にか距離が開いていたらしい。
 結果としてヒヅキが合流する頃には、最早村のざわめきは無視する事が出来ないレベルに達していた。
 件の屋敷が村の一番奥にあるとは言え、このまま放って置いては遅からずドラグナーにも情報は伝わるだろうし、そうなればまず確実に敵の逃走を許してしまうだろう。
「……アデルには悪ぃが、もう待ってる時間はねぇな」
 静かに言い切るギルベルトに、冒険者達は頷く。仲間達の姿がなく、村がざわついている時点で緊急事態であると知れるだろうから、後から来たアデルがここで待ち惚けを喰らう事もあるまい。
 逸る心を精神力で捻じ伏せながら、冒険者達はざわめきの合間を縫って屋敷へと向かう。不幸中の幸いと言うべきか、忍び二人が選定したルートで村人と出会う事は無かった。

 屋敷の周りは先行組が偵察した時と変わらず、静まり返っていた。
 次第にざわめく気配が近付いてきてはいるが、もしかしたらまだ情報は伝わっていないのかもしれない。
「急げば間に合うかもしれん。行こう」
「承知。ケイカ殿、武器をお預かり致す」
 手足に蜘蛛糸をまとわりつかせたヴァイスと、同様に託された武器を背負ったハンゾーが壁を登り始めるのを確認し、残るメンバーは勝手口から屋敷内へと侵入する。入るなり厨房にいた女性と鉢合わせるも、即座にレムが蜘蛛糸を放ち、ケイカが口を押さえる事で事なきを得た。
 ケイカは手早く猿轡を噛ませてから両手を合わせ、転げそうになる女性と調理器具を受け止めつつレムも謝意を示す。
「ちょっとの間、我慢して下さい……!」
「……ごめんなさい。御協力お願いしますわね」
 唖然としている女性を残し、冒険者達は息を殺して厨房を出る。扉の先には直線の廊下が続き、左右に食堂や客室が配置されている様が見て取れた。更に先には階段の端が見えるが、誰かが降りてくる気配はない。
 冒険者達は慎重に、迅速に移動を再開した。

 アデルが村に着いた時、村は不穏にざわめいていた。加えて仲間達の姿が無いことに気付いた彼はすぐさま事態を理解する。
「ゆっくりしすぎたかなぁ〜ん」
 眉を寄せ、仲間が地面に書いて残した移動ルート図を頭に叩き込むと、青年は全速力で駆け出した。

●毀壊
 階段を上がってすぐの空間は、ソファとテーブルの並ぶ小さな休憩スペースになっていた。その左右に「控え室」と書かれた扉、正面にダンスホールの扉が見えた。僅かに開いた隙間から、果実が腐ったような甘く重たい香りが流れてくる。
 踊り場で突入の用意を整え、今まさに駆け出そうとした瞬間、窓ガラスの割れる音が甲高く響いた。
「気付かれたか!?」
「いや、逃げ出そうとした所で鉢合わせたのかも」
「急ぎましょう!」
 突入班の面々は勢いよく正面の扉を開け放つ。
 薄暗く広いダンスホールの端には、今まさに窓から飛び降りようとしているドラグナーと、それを押さえんとしているヴァイス達の姿があった。
「逃がしません……!」
 ケイカが叫ぶと共に武器を呼び戻す。ほぼ同時にギルベルトの口から猛る獣のような咆哮が迸り、駆け込んだレムの手から放たれた白い糸が宙を舞う。
 糸は避けたが咆哮に縛られたドラグナーの体が震え、舌打ちが聞こえる。
「今のうちに人質を……、っ!」
 急ぎ視線を巡らせた冒険者達は、一瞬顔を強張らせた。

 喉を裂かれた娘の潰れた腕に食い込むのは冷たい鋼の糸。折り重なるように倒れた双子の血塗れた太股には、きつく縛り付けられた陶器の脚。鋭利な硝子片の上に倒れ臥した娘は、目を見開いてぴくりとも動かない。人質達は全員、血の海に沈んでいた。
「おや、随分ゆっくりしたご到着だね。焦って玩具を片付けて損をしたよ」
 麻痺しながらも冷たく笑うドラグナーの手には、血塗れた銀の剣が揺らめいている。
 屋敷が静まり返っていたのは、騒ぐ人間の殆どが息絶えていたから。ドラグナーがまだ逃げていなかったのは、己の情報を語る証言者を作らない為か。息を切らして駆け込んできたアデルも、ホールの惨状に絶句する。
「貴、様……! 逃げられると思うな……外道!」
 ジョルディが唸りと共にドラグナーに迫り、頭上から蛮刀を叩きつける。骨の砕ける音がして、女は悲鳴と共にジョルディを睨む。
「他人を踏みにじって悦に浸れるっていうのは、ドラグナーだろうが人間だろうが、全く不愉快だなぁ〜ん。さっさと退場願うなぁ〜ん!」
 続いて迫ったアデルの氷河衝が、女のドレスを裂いていく。その間にケイカやレム、ヒヅキらは人質達の体を引き摺って控え室まで運び、あるいは背に庇うが、娘達の体は殆どが既に冷え始めていた。
「歪んだ悦びにこれ以上、誰一人渡したりなどするものですか。貴女こそ悔いて泣くといいのだわ」
 血を吐くような思いで、ヒヅキは背に庇った娘達に癒しを送る。けれど誰一人として起き上がる事は無く、呻き声さえ聞こえてはこなかった。

●幕切れ
 結論を言えば、生きている人質は一人も居なかった。人質回収を優先していた者達は唇を噛みつつ、急ぎホールへと駆け戻る。皮肉にも人質に割くべき時間が減った事で攻撃の密度は増し、戦況は冒険者側が優位に立っていた。
「行かせないなぁ〜ん!」
 麻痺から逃れたドラグナーは踊るような足取りで再び逃走を図るが、体ごと割り込むようにして迫るアデルとジョルディに阻まれる。
「終幕だ……座長自ら先んじて去ね」
「逃すわけにはいかないな」
 逆を向けばハンゾーの投じた不幸のカードが迫り、ヴァイスの放つ呪痕の一撃が守りを剥ぎ取っていく。高速の剣戟で誰かに深い傷をつけようとも、レムの呼ぶ聖女がすぐに傷を塞いでしまう。段々と女は追い詰められつつあった。
「良い女でも人外じゃあな。別の宴と行こうぜ……もっと楽しい奴だ」
 燃えるような衝動を身に滾らせつつギルベルトが吼えれば、女は低く喉を鳴らす。あくまでも冷酷に優雅に、絶対者の傲慢さをもって。
「無粋な誘いだねぇ? やれやれ、片付けの時まで遊んだのが悪かったか」
 哂いながら、ドラグナーはケイカの放った火球を切り裂くように双剣を振るう。その横腹にヒヅキの放った黒い炎が弾け、女はがくんと体勢を崩した。忌々しげにヒヅキを睨み付けた紫紺の目は、次の瞬間、獣のように歯を剥いて笑うギルベルトの顔を映して凍りつく。
「それならこれで終いにしようや、なぁ?」
 振り下ろされた戦斧の刃先で闘気が爆ぜる。
 爆風染みたそれが収まった時、刃の下にあるのは頭部の消し飛んだ死体だけだった。

 かくてドラグナーは倒れた。
 戦闘の面だけで考えれば損害は実に軽微だ。決して楽な相手ではなかったけれど、包囲に成功していた事、受けた傷の全てが癒しの術で消し去れる程度だった事を合わせて考えれば、余裕を持っての勝利だったといえるだろう。
 しかし依頼として成功しているかと問われれば、苦い想いが冒険者達の背に圧し掛かる。
 ――だが少なくとも、あの狂気染みた宴が開かれる事は二度とない。
 ただそれだけを残る村人達に告げて、冒険者達は静かに帰路についた。


マスター:海月兎砂 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2009/08/02
得票数:戦闘1  ダーク16 
冒険結果:失敗…
重傷者:なし
死亡者:なし
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