星空より来たる:災厄の堕天



<オープニング>


●星空より来たる
 その知らせは唐突にやってきた。
「みんな、大変だよ!」
 インフィニティマインドの神命維持機能に接続し、地獄やドラゴンロードについて霊査を行っていた、ストライダーの霊査士・ルラル(a90014)が、インフィニティマインドの放送装置を利用して、冒険者達に呼びかけたのだ。
「ドラゴンロード・プラネットブレイカーの攻撃が、もうすぐランドアース大陸に降ってくるの!」
 と。

 ルラルの説明によると、ドラゴンロード・プラネットブレイカーは『空の彼方の向こう側』から膨大な魔力を使ってドラゴン化させた多数の隕石を、ランドアース大陸に向けて発射し、全てを滅ぼしてしまう計画を発動させたのだという。
 このドラゴン化した隕石の落下によるダメージは『大神ザウスが使用した空中要塞レアの大陸破壊砲』にも匹敵し、数個落下するだけで大陸の半分が消失する程の威力らしい。

「このプラネットブレイカーの攻撃を阻止できるのは、みんなしかいないの! 迎撃ポイントまでは、ドリル戦艦で送り迎えできるから、隕石の破壊、絶対成功させてね!」
 ルラルはそう言うと、冒険者達に祈るように頭を下げたのだった。

 幸い、隕石はドラゴン化している為、周囲に近づけば『擬似ドラゴン界』を形成して、ドラゴンウォリアー化して戦う事が可能になっている。
 だが、隕石は護衛のドラゴンがいたり、特殊な力を持っていたりする為、任務の達成には困難が伴うに違いなかった。

●災厄の堕天
「……なんて、なんて厄介な……」
 酒場の一角で藍深き霊査士・テフィン(a90155)が忙しなく繰っているのは、ルラルの霊視によって得られた情報を記した書類だ。何度も読み込んだだろうそれを改めて確認し、藍の瞳に険しい光を湛えた霊査士は、無意識に口元へ遣ったらしい手の指を軽く噛んだ。
 紙の束を卓に置いて立ち上がった霊査士は、この『隕石』の破壊へ向かってくれる冒険者を募る。
 星空より来たるこの隕石はただの巨岩ではない。
 護衛のドラゴンを伴っていたり特殊な力を持っていたりするプラネットブレイカー特製の隕石だ。
 藍の瞳の霊査士は卓に集った冒険者を見回して、一呼吸おいてから口を開いた。
「皆様に向かって頂きたい隕石は――ピルグリムシップですの」

 天の庭に流れ堕ち、彼の地に災厄を齎したとされる、ピルグリムシップ。
 数多のピルグリムによって形作られ、そして内部に大量のピルグリムを内包するこの巨大な『艦』、ホワイトガーデンに現れたものだけではなかったらしい。遠い星空を流離うピルグリムシップに目をつけたプラネットブレイカーがこれをドラゴン化し、ランドアースを攻撃する隕石として撃ち出したのだと霊査士は語った。
「これの落下を許してしまえば、再びピルグリムの災厄が発生してしまうかもしれませんの。――絶対に、ひとかけらも落とすことができない、隕石」
 皆様にはピルグリムシップ中枢にある『頭』の破壊、そしてピルグリムの殲滅をお願い致します。
 硬い声音でそう告げて、霊査士は再び冒険者たちを見回した。

 同盟冒険者達には、かつてホワイトガーデンのピルグリムシップを破壊した経験がある。
 だが当時との最も大きな違いが、今回のピルグリムシップが『ドラゴン化されている』ということだ。
「ピルグリムシップそのものがドラゴン化されていますから、内部のピルグリムを含むシップすべてを擬似ドラゴン界に引きずりこむことができますの。けれど、ドラゴンウォリアーとなって戦っても……勝利を得るのは、かなり困難なこと」
 膨大な魔力でドラゴン化されたピルグリムシップは、ドラゴンウォリアーの力をもってしてもそうそう簡単に破壊できないほどの力を持っているということだ。しかし、困難であるからといって見過ごすことなどできるはずもない。
「精鋭と呼ぶに足る実力、そして、相応の覚悟をお持ちの方にお願いしたいと思いますの」
 霊査士はそう告げて、具体的なシップの説明へと移った。

 今回冒険者たちが対峙するピルグリムシップの内部は、ホワイトガーデンにあったものとは異なり、巨大な空間を幾つもの厚い壁で仕切ったような構造になっているという。シップ中枢の位置は不明。だが中枢の『頭』は隠されていないため、幾重にも立ち塞がる壁を破って中枢に辿りつけばすぐそれと解るだろうと霊査士は語った。
 問題は、シップ内部に立ち塞がる壁こそが、大量のピルグリムで作られたものだということだ。
「壁となっている大量のピルグリムたちは通常のピルグリムですので、ドラゴンウォリアーとなった皆様の敵ではありませんの。ただあまりにも数が膨大で、ドラゴンウォリアーの範囲攻撃でも壁の破壊には手間がかかること、そして――壁のピルグリムたちの中に、プラネットブレイカーの魔力で強い力を得たピルグリムが潜んでいることが、問題」
 通常のピルグリムなら一撃で倒してしまえるが、魔力で強化されたピルグリムはドラゴンウォリアーともある程度対等に戦える力があるらしい。然程数は多くないようだが、壁を突破している間に襲われたり、中枢の護衛に回られると厄介だろう。
「そして皆様が中枢部へ至ったなら、中枢そのものも皆様を攻撃してきますの」
 艦中枢はドラゴン化されたピルグリムシップそのものであるのだから、その攻撃は当然ドラゴンウォリアーにとっても苛烈なものとなるはずだ。決して容易く打ち破れる相手ではない。
 だが、何としても破壊せねばならない存在だ。
「……私達の世界に存在すること自体、許せる相手ではありませんもの」

 そして、中枢の『頭』を破壊するだけで終わりではない。
 中枢が破壊されればこのピルグリムシップは分解されていくが、ピルグリムたちは死なずにそのまま残るのだ。これを一匹残らず殲滅しつくさねばならない。一匹でも残し、それをランドアース高空に放り出してしまったなら取り返しのつかないことになる可能性がある。

「どうか必ず、必ず『頭』の破壊とピルグリムの殲滅を成し遂げてくださいますよう……」
 お願い致しますの、と霊査士は瞳を閉じて一礼した。


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参加者
フェイクスター・レスター(a00080)
阿蒙・クエス(a17037)
月笛の音色・エィリス(a26682)
蒼翠弓・ハジ(a26881)
蒼銀の風謳い・ラティメリア(a42336)
剣より解き放たれし者・シュテ(a56385)
春夏冬娘・ミヤコ(a70348)
華凛・ソウェル(a73093)
瞬間の永遠・ゼロス(a73138)
耀う祈跡・エニル(a74899)


<リプレイ>

●災厄の堕天
 護るべき大地を離れ明るく鮮やかな夏の青空さえ越えて、冒険者達は空と星の狭間へと至る。
 星空の彼方よりランドアース目指して来たる災厄の巨艦を捉え世界を切り取った瞬間、冒険者達は不思議な空間に放り出された。頭上には深く澄んだ濃藍の闇、足元を見おろせば遥か彼方には美しい夏の青空がある。ドラゴンやそれに類する敵を封じて世界を切り取る擬似ドラゴン界、そこに映し出されるのは『界の外側』の光景そのものだ。
 遥か眼下に広がる青空の向こうには、ランドアース大陸が見えていた。
「柄じゃねぇんだがね。いっちょ世界の為に頑張りますか……」
 無意識の仕草で草臥れた帽子を被り直し、阿蒙・クエス(a17037)は遥か上空から迫り来る巨大な白き艦を振り仰ぐ。一服する暇さえ与えてくれぬ野暮な災厄達に舌打ちしながら空を蹴った。
 決してこの災厄を落とすわけにはいかないという意志と深緑の護りを結んだ大弓を携えて、濃藍の彼方から来たる白き艦へ向け躊躇うことなく蒼翠弓・ハジ(a26881)も飛翔する。
「……武運を」
 皆に、彼自身に向けて紡がれたであろうハジの言葉に固く頷いて、華凛・ソウェル(a73093)も銀の軌跡を引いて空と星の狭間を翔けた。白翼に月を抱いた意匠の銀剣は天の庭の艦で散った友の意志を継いだ証。剣の柄を強く握り込み、ソウェルは深い呼気をつくと同時に毅然と艦を見据える。
「……二度目は、ありません」
 巨大なピルグリムシップは舳先と思しき部分を真下に向けて『堕ちて』来る。全速力で空を翔けた冒険者達は艦の落下方向へ潜りこみ、頭上の舳先へ攻撃を放つことで艦内部への侵入口を穿った。
 艦の中は薄らと仄白い光に満ちていた。
 淡く発光しているのは艦そのものを形作るピルグリム達。艦内部の空間を仕切っているという厚い壁は甲板と船底に対して垂直、つまり冒険者達の頭上に立ち塞がっていた。この壁を成す大量のピルグリム達を殲滅しながら中枢を目指すのが彼らの策だ。
「ゼロスさんはジャスティスレインを! 俺は討ち洩らしと強化型に備えます!」
「解った、一気に行く!」
 牙狩人のジャスティスレインは相当な広範囲を攻撃できるアビリティだ。いくら艦が巨大とはいえ壁ひとつなら一撃で足りるはず。同じ牙狩人たるハジの言葉に応え、瞬間の永遠・ゼロス(a73138)は眩い光を撃ち出し頭上の壁へ無数の矢の雨を叩きつけた。一瞬にして屠られた数多のピルグリムがどろりと融解し、白い雨となって冒険者達に降りそそぐ。
「こんな流れ星嫌だぁ〜! 全然綺麗じゃないし〜!」
「先日お星さまに素敵なお願いをしたばかりですのに……こんな物騒な流星はいりませんの!」
 悍ましい感触に泣きたいような気分になりながら、剣より解き放たれし者・シュテ(a56385)は紋章陣から光の雨を解き放つ。特に壁が厚い部分はジャスティスレインでも掃討しきれないらしいと判断し、春夏冬娘・ミヤコ(a70348)もその身に纏う虚無と黒炎の力を重ね鋭い針の群れを撃ち込んだ。
「……っ、強化型!」
 降りそそぐ雨の中に敵の気配を察して、蒼銀の風謳い・ラティメリア(a42336)は躊躇う間もなく翼纏う篭手に覆われた手で『それ』を殴りつける。皆が強化型と呼ぶのはプラネットブレイカーの魔力で強い力を得たピルグリムだ。ドラゴンウォリアーの攻撃を受けても倒れぬそれには即座にクエスが得物を放ち、身の裡に還ったキルドレッドブルーの炎と氷に封じ込めた。鮮やかに一閃されたソウェルの銀剣が白き身体を切り裂く様を見定めて、フェイクスター・レスター(a00080)が紋章陣を描き出す。
「これで……行けるかな?」
 轟と宙を翔けた火球は、彼の読みどおりに強化型の命を焼き尽くした。
 壁ひとつ分のピルグリムとそこに潜んでいた強化型が一掃された隙に、月笛の音色・エィリス(a26682)も華奢な肢体に力ある炎を纏う。知らず零れるのは忌々しげな呟きだ。
「よりにもよってピルグリムシップだなんて。流石ドラゴンロード、使う手がえげつないですわ」
「……エンジェルにとっては別の意味でも負けられない戦い、ですね」
 背の翼を大きな漆黒のそれに変じさせた同族の娘に言葉を向けて、耀う祈跡・エニル(a74899)は殲滅された壁の奥に立ち塞がる二つ目の壁を振り仰いだ。喪われた同胞の命や、蹂躙された故郷、そして何より自分自身の存在に掛けて――絶対に、負けられない。
 脈動する壁に矢の雨が放たれるのを待って、エニルもすかさず漆黒の針の群れを叩きつけた。

●隔壁の彼方
 禍々しい気配を帯びて絶えず蠢く壁を幾つも破り、無数のピルグリムを殲滅しながら、冒険者達は艦中枢を探しながら艦尾へ向けて上昇する形で宙を翔けた。
「これもドラゴンロードとの戦いだというなら……容赦は、しない!」
 雷の牙の銘を冠した弓から放たれたゼロスの力は、眩く輝き無数の矢となってピルグリムの壁を打ち砕く。一瞬で命を奪われた数多の災厄達が融けて降りそそぐ中、蠢く複数の影を見つけたミヤコが間髪入れず幾条もの鎖を解き放った。呪われし鎖は岩のような体皮を持った二体の強化型を貫き縛めたが、紙一重で鎖を躱した一体が蝶に似た翅を震わせ冒険者達に音波攻撃を仕掛けてくる。
 耳障りな音の波で体力を削るその攻撃には麻痺の効果も付随していた。
 だがタイラントピラーを身の裡に宿した三人がすぐさま身体の自由を取り戻す。
「これしきで、陣を乱させやしない!」
 猛るような気合を乗せて熱く癒しを歌うラティメリアに頷いて、ハジが光の軌跡を描く矢を放った。弧を描いたそれが蝶の翅を貫く様を見遣り、エニルは白金の手甲に覆われた手を組み祈りを捧ぐ。
「雑魚との見分けはつき易いんだが、壁の内側に隠れられてちゃ厄介だわな」
「能力の型はぱっと見で判断してよさそうですね」
 祈りの波動に包まれると同時にクエスが紅の礫を放ち、魔氷に封じられた蝶の翅の個体をソウェルが斬り伏せる。この艦の強化型は通常のピルグリムよりひと回り大きな体躯を持っているため判別は容易だったが、壁の表面にいる個体に先手は打てても、厚い壁の内部に潜んでいる個体はこうやって白い雨に紛れて向かってくるまで気づけないのが厄介だった。
 けれど外見で其々の能力の型が判別できるのは有難い。
 鎖から逃れられずにいる岩の如き体皮を持つ二体は力任せの攻撃に特化していると見て、力ある炎を手繰ったエィリスとミヤコが蛇の炎を叩きつける。矢の雨で潰しきれなかった壁を掃討するために光の雨を撃ち出したシュテとレスターがすかさず二体を巻き込んで、的確にそれらを屠っていった。
 無数のピルグリム蠢く壁を潰すたびに強化型が現れる。
 だが誰かがそれを見つけるたびに、シュテとレスター、二人の紋章術士が流麗な紋章陣から銀の狼を撃ち出した。敵の頭数が多ければミヤコが禍き鎖で一気にそれらを絡めとる。ペインヴァイパーを宿した三人が齎す拘束は容易には解けず、冒険者達は然したる被害を蒙ることなく次々と殲滅を果たしながら壁を突破していった。
 矢の雨が、光の雨が、針の雨が、蠢く白き壁を崩壊させていく。
 幾つもの壁を越えていくうち、範囲攻撃で潰しきれなかった壁のピルグリムが一定の動きをするのに気づき、ソウェルが瞳を眇めた。彼らは決まって左舷側へ集まろうとする。――と、いうことは。
「左舷側に注意を! 其方側に『頭』がある可能性が高いです!」
「了解!」
 降りそそぐ白い雨の中響いた彼女の声に応え、皆は左舷側に気を配りつつ艦尾方向への上昇を続けていった。そして艦半ばを越えた辺りで――頭上の壁でなく左舷側の壁に『頭』を見つけ出す。
「災厄を招く白き流星など、大地の何処にも降らせはしまいよ」
 紫紺の長衣を宙に翻し、鮮やかな紋章陣をレスターが刻み込んだ。
「堕ちる前に尽きよ……ピルグリムなぞ、今度こそ」
 激しく燃え盛る炎熱の塊が生み出され、大気を焦がしながら翔けた火球がピルグリムの顔をそのまま大きくしたような『頭』を直撃する。
 だが――ピルグリムシップの反撃も、ここからが本番だった。

●禍星の中枢
 躊躇うことなく放たれたのは光の軌跡を描くハジの矢だ。魔矢に貫かれた頭へ向け、心の奥底から破壊衝動を呼び覚ましたクエスが間合いを詰めて一撃を放つ。手応えは悪くない――というよりも、どうやら回避するという機能は備わっていないらしかった。
 続け様に撃ち込まれたソウェルの雷撃が幾重にも頭周辺の壁を駆け巡る。
 その瞬間、大樹ほどもあろうかという巨大な触手が艦の壁や天井から幾つも繰り出され、凄まじい勢いと重さで一気に冒険者達を薙ぎ払った。
 全身を引きちぎるかのような衝撃に骨が砕け翼が折れる。範囲攻撃の威を半減するグリモアの加護をもってしても一撃で体力の殆どを持っていかれるようなその攻撃に、エィリスは唇を震わせた。身体を突き破った骨から滴る血に雪白の髪を染め、けれど折れぬ心と星詠みの力を秘めた杖を拠り所に癒しの力を紡ぎあげる。
「私の帰る場所を、二度も踏みにじらせてたまるものですか……!」
 力ある炎と願いの力を重ね合わせ、優しい虹色に輝く光が一気に皆の傷を拭い去った。
 傷こそ塞がれたものの流した血は消えず、鮮紅に濡れた手でゼロスは弓弦を引き絞る。出来れば弓射程の距離を取りたかったが、ドラゴンウォリアーのそれは長大にすぎる。それほど距離を取っては術士を中心に円陣を組むという作戦の意味がない。だが思わぬ攻撃を受けながらも、『頭』に弓を引けば何故だか心が浮き立った。
「……なんだか知らないが……お前を撃つのは楽しいな……?」
 微かな笑みを口の端に刻み、彼は闇色の矢を解き放つ。
 全てを貫く矢が『頭』に突き立った刹那、ピルグリムシップそのものが大きく鳴動した。
「強化型、来たよっ!」
「艦尾方向から、来ます……!」
 真っ先にそれに気づいたのは周囲への警戒を強めていたシュテとソウェルだった。艦尾方向の壁から湧き出すようにして現れた強化型に其々銀狼と稲妻の闘気を纏わせた刃での一撃を放ち、敵の動きを封じ込める。だが――『頭』を護ろうとしてか、艦尾方向の壁からは次から次へと強化型が湧き出してきた。無論それらはすぐさま冒険者達に攻撃を仕掛けてくる。
「クソっ……たれがあぁっ!!」
 瞬く間に数を増やした強化型達にクエスが闘気を一気に解き放ち、壮絶な暴風の渦を叩きつけた。荒れ狂う闘気は壁そのものをも深く抉ったが、それだけでは強化型達は倒れない。頭数なら十にも満たないものの、凄まじい威を誇る中枢からの攻撃と同時に相手取るには相当な覚悟が必要だった。
「エニルさん!」
「大丈夫です、歌を……!」
 まるで絶叫のように迸った強化型の音波攻撃を凌いでラティメリアがエニルを振り返る。付随する麻痺を皆から払うための祈りを紡ぎつつ、彼は削り取られた体力を甦らせる彼女の歌に身を委ねた。
 彼女の歌もエィリスの癒しの光も、そして己のそれも、中枢からの攻撃すら一度で全快させ得る力を持っている。けれどそれは――皆が敵の攻撃を耐えてこそ、力を発揮するものなのだ。

●災厄の行方
 壁や天井から生えた巨大な触手が荒れ狂った。
 大樹の如き触手が撓り、その勢いと重みで冒険者達の骨を砕きながら薙ぎ払う。続け様に蛇の尾を持った強化型が撃ち出した炎がシュテに喰らいついて盛大に爆ぜた。
 比較的経験の浅い彼の体力では中枢からの攻撃を耐えるのが精一杯、続く強化型の攻撃を持ち堪えることは叶わず、意識を失った少年は擬似ドラゴン界の理に従い外界へと放逐された。彼は敵の攻撃を避けんと動き回っていたため、彼を庇わんとしていた者達もそれが叶わなかったのだ。
「先ずは兎に角、強化型を止めてみせますの……!」
 葡萄酒色を湛えた宝石を思わす色に変化した瞳で気丈に敵を見据え、ミヤコは胸の奥底に秘めた自我を一気に膨れ上がらせる。心は強大な魔力へと変換され、数多の鎖として宙を翔け抜けた。
 幾条もの鎖が強化型達を貫き縛りあげ、力の反動でミヤコも身体の自由を奪われたが、皮肉にも彼女はそれによって救われる。シュテ同様動き回っていた彼女が麻痺したため、盾を構えたエニルが完全に彼女を背に庇うことができたのだ。
 鎖から逃れた強化型からの攻撃を盾で凌ぎつつ、彼は祈りでミヤコを力の反動から解き放った。
 同様にラティメリアに庇われながらエィリスが癒しの光を紡ぎ、皆の受けた傷を綺麗に消し去る。
 全てではなくとも殆どの強化型が鎖に縛られたことで、戦況は一気に冒険者有利に傾いた。
「行ける……!」
 此処まで可能な限り温存してきた眩い輝きをハジが撃ちあげれば、無数の矢と化したその力が『頭』も壁も強化型達も押しなべて貫いていく。中枢そのものからの攻撃は変わらず苛烈な力でもって冒険者達を翻弄したが、そのたびに今度はラティメリアが癒しを歌い皆を支えきった。
 この艦も一種の竜だというのなら、竜殺しのための力で――徹底的に。
 歌を乗せる翼折れるまでという揺るがぬ意志で紡がれる歌に口元を綻ばせ、レスターが『頭』目掛けて火球を放つ。回復を仲間に任せたエィリスも虹色の炎撃で中枢を削るのに尽力した。
 渾身の力を込めてクエスが『頭』を打ち据えれば、大きな亀裂と無数の罅が表面に走る。
 何故だか視界が潤んで揺れた。
 込みあげてくる何かを堪えつつ、ソウェルは身の裡に還ったグランスティードの力も重ねて神威の雷を解き放つ。遥か空の下の大地は、愛する人達が待ってくれている地。
「必ず、護ります……!」
 鮮やかに迸った稲妻は亀裂と罅すべてを発光させ、一瞬で『頭』そのものを打ち砕いた。
 瞬間、再びピルグリムシップそのものが大きく鳴動する。
「皆、外へ!」
 誰かがそう叫ぶと同時に、巨大な白き艦の崩壊が始まった。
 淡く仄光る艦内部から外へと出れば、そこは深く澄んだ濃藍の闇と明るい青空が広がる空と星の狭間の世界。高空に吹く冷たい風の感触に瞳を細め見渡せば、頭上の闇と足元に広がる青空が重なる雲の地平に、瑠璃から紺青に移ろう鮮麗な青が見えた。
 美しい光景に見惚れる間もなく、冒険者達は全速で艦尾であった場所まで飛翔する。
 右舷側と左舷側の二手に分かれ、そこから彼らは一気に残るピルグリム達の殲滅へと移った。
 残るアビリティのすべてが全力で叩き込まれ、瞬く間に白き災厄達が融解していく。
「最後の一体を撃破するまで……全力で!」
 凛と凍える風の中を滑空しながら、ハジは鮮烈な光の矢を放つ。
 濃藍の闇に撃ちあげられた輝きは無数の矢へと変化して、眩い煌きを帯び残ったピルグリムすべてを屠りながら明るい青空へと降りそそいだ。
 青空の彼方には月と風に守られた大地が広がっている。
 星空より来たる災厄達は一片たりとも地へ届くことなく、空と星の狭間に消えた。


マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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参加者:10人
作成日:2009/07/28
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重傷者:剣より解き放たれし者・シュテ(a56385) 
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