単独行動



<オープニング>


●一つの悲劇
 苛立ち任せに卓を叩き割る。
 ヒトに似つかぬその腕は、既に血に塗れていた。
 並ならぬ剣幕に、目の前に居た者が萎縮する。
 その足元に――手足をもがれ、死ぬのを待つだけとなった、虚ろな眼差しの青年が一人。
 その頭部を、異形の足が容赦なく踏み潰した。
 爆ぜる肉片。
 血飛沫が、居並ぶ人々にぴしゃりと跳ねる。
 だが、この場を去ることも、不快な気分に圧され居の中のものを吐き出すも、まして……飛沫を避けようと身を竦めることさえ、彼らには許されては居なかった。
 青褪めたまま立ち尽くす生気の失せた人々。
 その中で平然としていられるのは……この異形の側に付いた、ろくでなし共だけだ。
「おかしら、どうなさるんですか」
「このままじゃ討伐の連中が」
 判っていると言わんばかり、ぎろりと巡った視線に、口を開いたろくでなし共は一様に押し黙る。
「……お前ら。一般人の振りをして――こいつの行った酒場とやらを、見張れ」
 こいつ、と称した僅かな間だけ、異形の瞳は自らの踏み砕いた青年の残骸を見下ろす。
「奴らが動き出したら、知らせに戻れ。他は村の者を全員集めて来い」
 顎をしゃくる怪物に、一斉に返る肯定の声。
「二度と助けを求めるような莫迦が出んように――そんな気が起きんように、教育せねばなるまい」

●「あなた」
 ――君は、慣れた足取りで酒場へやってきた。
 酒を飲んだり、食事を採ったり、依頼を受けに来たり。今日も色んな人と冒険者が入り乱れて、酒場は大盛況だ。
 卓席で霊査士を囲んで依頼の説明を受けている冒険者を見ながら、君は何の気なしにカウンターに席を取る。
 その君の前に突然、頼んだ覚えのない飲み物が置かれた。
「あちらのお客様からです」
 もしかして、デートのお誘い?
 淡い期待を抱きながら店主が言うのに釣られて視線を向ければ……別の誰かと談笑している一人の霊査士の姿がある。別段、こっちを見ている様子もないし……照れているにしては無関心すぎる。
 少しがっかりしながら、君は飲み物を手に取った。
 すると……コースターに何か書かれていることに気がついた。

『仕事の依頼です。
 受けるならば持ち帰り、でなければ置いて帰ってください』

 君は飲み物を飲み干すと。
 文字の書かれたコースターを手に取った。

 店を出て確認すると、君はコースターの僅かな隙間に、折りたたまれた紙が入っていることに気がついた。
 そこには、細かい依頼の指示が書き込まれていた。

『受諾に感謝します。
 依頼内容は辺境に居ついたドラグナーの駆除です。
 村人の数は120程度、うち、30名がドラグナー側に付いて、共に悪事を働いています。
 鉱山跡地に作られた村で、ドラグナーの住居は村の最奥にあります。削れた山を背にする格好で村が展開しており、廃坑道は抜け道として使われています。元々、村人が万一の隠れ家や脱出口としてに利用していたようですが、冒険者が来たと知ればドラグナーもそこを利用するでしょう。その為に、廃坑道に一番近い家に住んでいるのだと推測できます。
 坑道の出入り口には、ドラグナーに与する村人と、それらに強制的に働かされている普通の村人が交代で見張りに立っています。
 村の中も同じです。
 ドラグナーの住む家屋は勿論、村の入り口、井戸、食料庫……要所は全て、配下とそれに使われる普通の村人が監視しています。これらは外からの侵入者避けであると同時に、村人の脱走防止でもあるようです。
 一般の人々が住む家屋は……多くが、取り壊され、非常に見通しのいい状態です。元が炭坑ですから、木々も殆どありません。人々は残った数件に老若男女構わず無理矢理押し込められています。恐らく、監視をしやすくするためでしょう。
 件のドラグナーは実に怠惰です。
 食っちゃ寝さえできれば、それでいいようで……屋内からもあまり出たがりません。ひっきりなしに飲食を要求する為、ドラグナーの住む家への出入りは激しいと言えるでしょう。
 また、それほど人の多くない村とはいえ、家畜の顔を一々覚えるのは面倒だと思っているようで……村の重職や、配下30名の内で特に役に立つ者以外は、うろ覚えなのだそうです。とはいえあくまでうろ覚えですから、明らかに違う容姿の者が居れば、違和感くらいは感じるでしょう。
 ……もっとも、村人同士は全員が顔見知りですから、気をつけるべきはそちらかも知れません。

 ……先刻。
 勇気ある青年が、この事を伝えに来てくれました。
 彼自身は気取られぬように村を出たと言っていましたが……彼が戻ってから、明らかにこちらを監視している不自然な者を見かけます。
 村では既に冒険者に対する警戒の態勢が敷かれている可能性が高いでしょう。先に説明したよりも緊迫した状況になっていると考えるべきかも知れません。
 監視の眼がある状態で堂々と依頼を告知する訳には行きません。よって、このような回りくどい手法をとるに至りました。
 この依頼書は十枚、用意しました。上手くすれば、貴方のほかにあと九人が、村人の救出に動いてくれるでしょう。
 ですが、他の九人との――依頼相談とも取れる行動は、謹んで頂きたいのです。監視をしている彼らは疑心暗鬼。少しでも関わりのある情報を見つければ、たちまちにドラグナーに知らせてしまうでしょう。そうなれば……あるのは最悪の結末だけです。
 歴戦の冒険者たられば、現地で合流したほかの九人と、臨機応変に連帯することも可能であると信じています。ですが、あくまでも『自分は一人きりである』つもりで、どうか行動してください。微塵も、気取られることのないよう、最大限の注意を払って下さい。

 件のドラグナーは、攻撃力は――あくまで、同程度のドラグナーに比べればですが――それほど強力ではありません。
 ただし、人を魅了し、不幸に陥れる不思議な声を持っています。冒険者ですら、一度掛ればそう易々とその術中から抜け出すことはできません。村人ならば尚のこと。ドラグナーはその声を使って村人を盾にし、貴方を襲わせたり、惑わせたりして、逃げる事に力を費やすでしょう。

 逃亡を阻止し、掃討するのが最上の結果です。
 仮に逃亡されたとて……村が開放されるのであれば、青年の勇気に報いることはできるでしょう。
 ですが。
 村人が犠牲になるようでは、決して救われたとは言い難いでしょう。
 自ら進んでドラグナーの配下となるようなろくでなしは兎も角。人々が……せめて、半数以上は無事であるように、最善を尽くして下さい。
 繰り返しますが、この依頼書を受け取った時から、依頼は始まっています。決して、彼らに気取られぬよう気をつけて……』

 君は最後の一文までを読みきると、依頼書をコースターの中へ戻し、そっと懐に仕舞い込んだ。


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参加者
愛と情熱の獅子妃・メルティナ(a08360)
弓使い・ユリア(a41874)
緑馬ドリ忍びの小僧・アキラ(a47202)
夢虚・サジュルアンド(a60112)
蒼紅の焔・ラキ(a61436)
縁の楔・アークレイ(a73885)
琥珀と鈍色の調べ・イアナ(a73966)
糸使いの悪戯小僧・ライ(a74993)
暁に荒ぶ・タユ(a75218)
惑ひ夢路に秘めの月・イザ(a76422)


<リプレイ>

●道程
 分かれ道で、弓使い・ユリア(a41874)は視線を感じた。
「ここを右、と」
 思い出す振りをして、村とは別の道へ進む。
 当然といえば当然か。向かう先は『辺境』、迷いもなく鉱山の村へ進むのは、怪しい以外の何者でもない。
 何処からどう見ても旅人然としたいでたちの、琥珀と鈍色の調べ・イアナ(a73966)でさえ、何者かが報告に走る気配がしたくらいだ。とはいえ、現段階では見知らぬ誰かが近付いているぞ程度だろう。それは、武器を隠して歩く、夢虚・サジュルアンド(a60112)も同じ。
 ただ……同じ旅人じみた格好でも、夕焼け小焼けの・タユ(a75218)への警戒は、如何ともしがたい。
 『こんな所を出歩ける子供なんて、冒険者しかいない』……彼らは、そう判断したのだ。
 ……もっとも。
 愛と情熱の獅子妃・メルティナ(a08360)が金属鎧姿で通過した時点で、冒険者が最低一人向かっていると知れてはいたが。

 一方で、気取られぬ者もある。
 まほろばの詐欺師・イザ(a76422)は、鬘とターバンで髪の花を隠し、行商の一団に紛れ街を出た。その段で街中の監視はイザを候補から外す。
 同様に、蒼紅の焔・ラキ(a61436)も街中で時間を潰し……監視の目が他所に移った頃合に行動開始。
 仮に怪しい視線を感じても……正規の道順から外れればそれ以上の詮索はない。村に直接進まずまずを森を目指した、糸使いの悪戯小僧・ライ(a74993)の判断は正しかったといえよう。
 そして。
 遠眼鏡などを駆使して監視を先に捕捉、更にはハイドインシャドウを用いての行軍を励行した、縁の楔・アークレイ(a73885)は道中の監視の目に触れることなく、目的地へ辿りいたのだった。

●贄
 暗緑色のマントを羽織り潜伏、ごろつきとそうでない者を見分けようと目を凝らすメルティナ。
 赤黒く染まった広場、無数に転がる人の手足。それが、見せしめに解体された勇気ある青年とその家族であると知る術はないが、怒りの炎を燃え上がらせるには十分。
「こんな下衆な方法を使うなんて……許せない!」
 ……だが、残念なことに。
 街道を堂々と歩いていた時点からの監視で潜伏場所は既に割れ、メルティナが仕掛けるよりも早く、十を越す人影が一目散に駆け出してきた。
 咄嗟にマントを跳ね上げ身構えるメルティナ。
「村人への仕打ちを見て、同じことが自分たちにも降りかかるって想像しなかった? ……今、降伏するなら保護してあげるけど……後はひき肉になる覚悟して掛かってきな!」
 声高に凄むが――人々は怯まない。悲しいかな、凄んだ程度で魅了の呪縛は解けはしない。
 全員ごろつき? 疑念は湧くが……抵抗する者には容赦しない。メルティナの撃ち放ったデンジャラスタイフーンに、悲鳴と共に消えていく命。
 ――瞬間。
 強靭な何かが、メルティナの頭部を背後から鷲掴みにした。
「嗾ければ仲間が湧くかと思ったが」
 一人なら容易い。
 遠のく意識の裏で、そんな声が聞こえた。

●潜伏
 深夜。
 巡回してきた、緑馬ドリ忍びの小僧・アキラ(a47202)の姿は、ハイドインシャドウで夜の闇に紛れ、誰の目にも留まらない。
 だが……村の様子は、明らかに異常。
 人々は全員が外に出され、一人、また一人。一刻ごとに四肢を砕かれ、引き摺り出された臓物は、供物のように坑道脇の小屋へと運ばれる。
 それは、既に鉱山に潜み様子を覗っていた――逸れた道の先から村へ急行していた――ユリアの目にも映る。
 走る戦慄。
 一刻を争う事態だった。

 タユもまた監視下にあった。各個撃破されず済んでいるのは――選んだ策が正面突破でなく、変装による潜伏だからだ。もっとも、既に伝令が走り存在はドラグナーに知れている。
 だが、敵が行動を起こすのは、少しだけ引き延ばされる事になる。
 それは、索敵に費やした時間の齎した幸運か。
 年の近い村人や、潜伏方法を見繕うべく差し向けたタユの遠眼鏡に映ったのは、おぞましい光景と……這いずりながら村の入り口に向かうぼろ布。もとい、イザの姿だった。
「こいつも冒険者か?」
 ……既にばれてる人が居る。
 そんな思いは露ほども顔に出さず。
「匿って下さい!」
 見張りへ擦り寄っては蹴飛ばされ――召喚獣が出現しないよう、寸での所でかわした上で――わざと転げてか弱い一般人アピールをしながら、イザは別の村人の足にしがみ付く。
「飲んだくれの父親からドメスティックな暴力を受けついに逃げ出してきたのです! どんなことでも致しますから!!」
 考えたものだ……と。そして、一人きりではなかった事に内心で安堵しながら、サジュルアンドは他に不穏な気配がないかと遠眼鏡を覗く。
「さて、誰か聞こえる奴がいればいいんだがな……」
 あくまで旅人風味に歩き進めながら、辺りの草むらや木々の合間、そして、切り立った鉱山を順繰りに見回し。
『聴こえたら、何処にいるか教えてくれ』
『街道脇の草むらだ。今来た所なんだが……前の奴は?』
 同じく安堵に似た感情が湧くのを感じながら、咄嗟に返事を返すラキ。その声は連行されていくイザと……タユにも届くが、生憎、返事はできない。
『そっちの手持ちと作戦があったら教えてくれ』
 続けてサジュルアンドへとタスクリーダーを投げるラキ。その遠眼鏡越し、振り返る見張りと目が合った気がした。

 抉れた山の上には、鬱蒼と生い茂る木々。
 身を隠すには実に好都合だが、村の入り口からは距離があり、先の二人のタスクリーダーは届かない。
「俺一人でも動くべきか……!」
 もう時間はない。臓物を運ぶ人の動きを注視するアークレイ。
 別の木の上では、ライもまたその様子を観察していた。今ならとも思ったが……ハイドインシャドウも注意深い観察を前にすれば効果は解けてしまう。明らかに冒険者を警戒するあの中に入るのは逆に危険だ。
 暫し考えた後。
『返事できるか?』
 本当はイザに向けてだったが、実際に声を拾ったのは。
『返答可能です。現在廃坑道入り口向かって左側の林に居ます。そちらは?』
『廃坑道右手、山頂脇の木のところに居るよ』
 返ってきたのは、アークレイとユリアのタスクリーダー。想定の相手とは違うが、よし、と拳を握るライ。
『左側の森の木の上だ。今の所オレ入れて三人か』
『見ての通り時間がありません、私は次の運搬が始まったら仕掛ようと思います』
『明け方仕掛けたかったんだけど……そうだね』
 届く声の中で、他の二人が頷いたような気がした。

 旅人の振りをして村を悠々と行過ぎたイアナは今、廃坑道へ向かっていた。
 ……と言っても、村の中ではない。
 あの様子を見るに、ドラグナーが逃走するのは時間の問題。ならば、村から坑道を抜けた先の出口で待ち構えれば。
 そう、イアナの意とするのは、逃走防止。
「……想定済みですか」
 ようやっと見つけた坑道出口に立つ見張りの姿に、暫し考えを巡らせる。周囲には障害物も少なく、見つからずに侵入するのは難しい。だが、時間はない。
 イアナはそのまま種堂々と、坑道出口へ近付いて行った。

 先の三人の相談は、ハイドインシャドウで身を潜め機を覗うアキラの耳にも届いていた。返事は、できなかったが。
 そして、イアナの姿も。逃走時の退路封鎖を念頭に廃坑道に近い場所を選んだ結果だ。飛び出すより先に坑道に逃げられた時は、イアナのように出口側から塞ぐ方が有効かも知れない。そんな事を考えながら、今はまだ、待つ。
 ――俄に。
 騒がしくなる村の中。
 これで、出てくるなら好都合。アキラはより一層に息を潜める。
 一方で。
 思わず吹きそうになるアークレイ。
「タユ!? タユも来てたのか!」
 突然見つけた知った顔に、思わず浮かぶ笑顔。だが、実際の表情はというと、笑いながら引きつっているかのような、微妙なものにならざるを得ない。
 その時のタユは、潜伏を見抜かれ、押し寄せる村人に囲まれそうになっていたからだ。

●発見
 気のせいじゃない。
 見つかってる!
 見張りがこちらを指差す姿に、ラキは咄嗟に遠眼鏡を仕舞う。篝火を反射したレンズの仕業だとは、知る由もない。
 そしてそれは、サジュルアンドも同じ。
 もっとも、彼の場合は。
「元々、こうするつもりだったからな」
 解いた布の中から現れる黒塗りの弓。引き絞った弦に生まれた矢は、夜景には何処か不釣合いな桃色をしていた。

「襲撃です!」
「ちっ。何人だ」
「はいっ。報告のあった子供の他、様子を見てた奴が二人」
「ぼろ布は」
「ぼろ布は殴っても『変な獣』は出なかったんで、村の奴と一緒に広場に――」
 瞬間、ろくでなしの頭部が弾け、物言わぬ肉の塊に摩り替わる。
「屑め。お前らの攻撃をかわすなんぞ、造作もないんだぞ。だから連れて来いと言ったんだ、一人ずつなら始末も容易いものを!」
 だが、ドラグナーは知らない。
 役立たずが役立たずと化したのは、魅了の歌によってろくでなしがイザに都合のよい行動を取ったせいだということに。
 ドラグナーの思考が高速で巡る。判っているだけで四人。坑道の外にも居るかも知れないが、一人二人なら振り切れる。
「お前らは『おれのために死ね』」
 突如室内に響いた魅惑の言霊。
 途端に、人々は競うように家を飛び出して行く……。

 桃色の爆炎が舞い散った刹那、三人は一斉にその斜面を駆け下りた。
「また予定とずれちゃったけど……いくよ!」
 三人は手筈の通り、三方へと散る。
 ユリアは坑道入り口を塞ぎに。
 アークレイはドラグナーを押さえに。
 ライは一人でも多くの村人を助ける為に。
 そして、アキラは一人、廃坑道裏の出口へと、駆け抜けていった。

 眠らせた見張りを残し、坑道内を行くイアナの耳に、村側に続く道から響く騒がしい音。
 始まった。察したイアナは駆け足で坑道を辿る……その後方から、凄まじい勢いで駆け抜けてくる何か!
 振り返ったそこに居たのは、緑の鎧の召喚獣を繰り早駆けで迫るアキラ。
「乗って!」
 浚いあげたイアナを連れ更に駆け抜ける薄暗い道。やがて大きく開いた坑道入り口の光と、そこに立ち塞がる影が二人乗りのグランスティードを出迎える……!

 ……最早息も絶え絶えなメルティナが見たのは。
 村人にすっかり馴染んでいるイザだった。
 このまま、供物運搬に紛れてドラグナーを襲撃するつもり……だったが。
 後方で上がった桃色の爆炎を開戦の合図と察し、イザは側に居た見張りに再度魅了の歌を仕掛ける。途端に、役に立とうと村人達を安全な場所へ誘導させ始める見張り。
 その波の中へ、いつの間にか飛び込んできたライと共に、サジュルアンドのハートクエイクナパームに掛った人々を導き、合流させるラキ。
「こっちだ!」
「必ず助けるからおいらを信じて待ってて」
 空き小屋へ匿い……最早頷くことも出来ず、互いに身を寄せ合い震えるだけの人々に心を痛めながら、ライは扉にシャドウロックを施した。

 殴りつけようとした手も、投げ放たれた粘り蜘蛛糸の下では何の意味も成さない。
「大人しくしてて」
 村人達の攻撃が当たる事はないが……タユは行く手を阻む人々に続けて粘り蜘蛛糸を放ちながら、坑道へ逃げようとするドラグナーと、それを阻止せんと粘り蜘蛛糸を投げるアークレイの姿を視界に捉える。
 遠い。ここからではまだ。
 そんな目の前、襲いくる村人達を、ラキがタクティカルムーブによる的確な機動で翻弄する。
「先に行ってくれ!」
 怒りに駆られた人々がラキを追って波のように引けば、ドラグナーへと生まれる活路。迷う事無く、その合間を駆け抜けるタユ。
 その耳に、突如。
「退け」
 ドラグナーの声が、如何ともし難い感情と共に脳髄を揺さぶる。
 ここからならば届く、思い、アングリーナパームを番えたサジュルアンドの心までをも掻き乱す声。途端に、動きを止めたアークレイの脇を抜け、何処か呆然と立ち尽くすユリアの後ろにある坑道へ走るドラグナー。
 だが。ユリアの背面――死角から飛び出てくる巨躯と、それに跨る二つの影。
 その影の一つ、イアナの捧げる静謐の祈りが、焦点を失っていたユリアとアークレイの瞳に活力を蘇らせた。
 そして。
「逃がすわけに行かないんだよねー……!」
 よもや、真正面から急襲されるとは夢にも思うまい。イアナを坑道内に残し、単騎で加速したアキラのブラッディエッジが、不意を突かれたドラグナーの肩口を切り裂いた。
 その後方から。イザの静謐の祈りによって正気を取り戻したサジュルアンドの繰り出すガトリングアローが、ドラグナーの背に次々と突き刺る。
 ぎり、と歪な唇を噛むドラグナー。
 ――その側面の景色が、突如、揺らめいた。
 いつの間に潜んでいたのか。ライの繰り出した召喚獣のガス纏うシャドウスラッシュが、最大の威力で以ってドラグナーの膝を割る。
 視野外からの急襲に混乱、雄叫びを上げ獣じみた動きで行く手を阻むアキラに拳を振り落とすドラグナー。内臓が捩れる様な衝撃に襲われたアキラの身体が、数歩の後退と共によろめく……それを、遂に駆けつけたタユがすかさずヒーリングウェーブで包み込む。
 そして、頭上を越え、ユリアの大弓から黒いガスを帯びた鮫牙の矢がドラグナーの肩の傷口を更に深く抉り、肩口から片腕をそのままもぎ取った。
 休む間などなく。
 ラキは人々を引き離したその足で、全力で駆け込みながら――紫のガスと混じり合い煌々と燃え上がるスキュラフレイムを、思い切り撃ち放つ。
 炸裂し、燃え上がる魔炎。毒に冒され黒ずんだ血潮が、びたびたと周囲に撒き散らされる。
 その姿を正面に、イアナの生み出した慈悲の聖槍が、召喚獣の力を帯びて虹色に輝いた。
 真っ直ぐに胸へ突き立つ聖槍。途端に、意識が途切れ倒れこむドラグナー。
 そして。
 イザは心のまま、最後の一撃を放った。

●終焉
 村人の数は、60程にまで減っていた。
 冒険者来訪のカウントダウンに使われた命もさること……最初の襲撃で蹴散らされた数が、相当数に登ったと見られる。
 人々は憔悴しきっており、解放されたことに喜ぶ余裕もない。簀巻きにしたろくでなし共が、餓死するのと、落ち着いた村人に処理されるのとどっちが早いか……そんな具合だ。
「願わくば来世では良き友になれること……それまで、どうか安らかに」
 痛む体を圧し、メルティナは拵えたドラグナーの墓前に祈りを捧げる。
「で、いったい誰と誰で依頼請けてたんだ……?」
 振り返るサジュルアンド。
 大抵は、旅人姿か……潜伏重視で普段の装備、または、目立たないものを身に着けている中、ぼろ姿が見事だ。
「しかしこの度実感致しました。平素に人と手を取り合う事が如何に心強きことだったかを」
「全くです」
「返事できないタスクリーダーもかなりの孤独感だよねー」
 いずれ他の依頼で会うことがあれば宜しく。
 そんな他愛のない会話を交わしながら、皆は帰途に就いた。


マスター:BOSS 紹介ページ
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