<リプレイ>
●寂れた道 寂しい道が続いていた。かつては綺麗に整備されていただろう道は、僅かな時間でもうすっかり荒れ果てていた。雨風に運ばれた土砂や石が道を覆い、たくましい雑草たちがへばりつくようにして根を張り葉を伸ばす。通る人の途絶えた道は、今にも自然の営みに埋没しそうであった。 けれど、その日は珍しく埋もれて消えそうな道を通る者達がいた。ノソリンの引く荷車を中心に、数人の男女が歩いている。誰もがごく若く老人や赤子はいない。その行く手をいきなり現れた10数人の若者達が遮った。どこかの物陰に分かれて潜んでいたのだろう。誰も薄汚れたボロボロの服を何枚か重ねなんとか肌を隠し、ボロ布を手足に巻いて防具代わりにしている。そして頭にだけはかつては鮮やかだっただろう揃いの赤土色をした布を巻いていた。手のしているのは武器とはもう呼べない様なひどい剣や弓もどきだ。けれど、これが寂れた街道を荒し、更に人を敬遠させている盗賊団なのだろう。何をかもが付け焼き刃で不慣れそうだ。 「あ、こんにちはー」 地味ながら軽業師らしく軽装備な猫の尾を持つストライダーは殺伐とした雰囲気の者達に向かってごく気さくにやや場違いな挨拶をした。 「でね、セラさん。背中、痛くないの?」 大型の楽器を抱いた金髪碧眼の若い女は盗賊達など気にも留めず、首からオカリナをさげた紫色の目をした娘に話し続ける。 「ラジスラヴァさん、あの……あの人たちが……」 セラと呼ばれた娘は突然現れた若者達に怯えた目を向けている。 「僕達に何か用があるのかな?」 セラを背にかばった赤茶の髪をした若い男は、抱えていた沢山の荷物を降ろし話しかける。 「よかった〜もうこれで野宿しないで済むんだね、イルガ!」 「もう炎天下を歩かなくてもいいんだよ……って、アセルスさん、あたしは今身振り手振りだけしかしちゃいけないんだったよ。道化だもん」 大きな帽子に楽器を抱え、顔に派手な色合いに塗っているイルガと呼ばれた者はつま弾いていた手を止め、アセルスという名らしいマントをはおった少女のそばに立って若者達に向き直る。 沢山の書物を抱えた地味な色合いの髪をした女はベレー帽を目深にかぶり、やはり地味な服装で立ちつくしている。隣には着ぐるみのままの顔に狐面をつけた者がやはり、立ったままじっとしている。 一見、旅芸人らしい者達はノソリンの引荷車の側に立って神妙にしている様だった。けれど、数少ないこれまでの経験から若者達は強烈な違和感を持っていた。そう、ノソリン車の側に立つ者達は誰もこの状況に陥っても、恐怖を感じていないのだ。いや、安堵の感さえ伝わってくる。 「やいやいやい!」 しびれを切らしたのか、盗賊団の真ん中にいた若い男が一歩前に出た。他の者達と比較するとなんとなくだが身につけている布が多い気もする。皆を率いる立場にいるのだろう。 「俺たちはな、この街道の泣く子も黙る盗賊団だぞ! 脳天気に喋りやがって……えっと、なんだっけ?」 男は仲間達を振り返って小声で尋ねる。 「命が惜しかったら荷物を置いていけ! だよ」 「身ぐるみ剥ぐぞー、もね」 やっぱり小さな声で返事がある。コクコクとうなずいた男は旅芸人達に向き直った。 「命が惜しかったら荷物を置いていけ! 身ぐるみ剥ぐぞー!」 精一杯恐ろしげな表情をして低い声を作り恫喝をする。やはり彼らこそが待っていた者達、寂れた道に出没する若者だけの盗賊団だった。
●糸口 旅芸人達は……いや、旅芸人に扮した冒険者達は顔を見合わせた。彼らと盗賊団との間にはほとんど距離はなく、アビリティの効果範囲にある。狙った獲物が爪や牙を隠して無害を装っているなど考えもしていないのだろう。こちらを警戒している風もない。貧相なボロをまとった盗賊団の者達は、誰の顔にも明日の見えない絶望の影があった。それは冒険者達にとっては心をさいなむ哀しい光景だった。空高く大空を駆けても、地の底深く命がけで敵を倒しても、なお救いきれない魂がある。それを突きつけられた様な気がしたのだ。一瞬の空隙を縫うようにして、大きな帽子をかぶった化粧の濃い穿つ光陰・イルガ(a74315)が口を開いた。 「あのね、あたしたち冒険……」 「ら〜ららら〜」 「駄目です、イルガさん」 「ちょっと黙って!」 「イルガぁああ!」 「ちょっと待った」 「ん? なんて言った? ぼうけ?」 様々な声が言葉を遮り、自称盗賊団の者達には聞き取りにくかったらしい。けれど冒険者達は盗賊団そっちのけで慌ただしく打ち合わせをする。 「駄目だよ、イルガ。最初は大人しく従う振りをしなくっちゃ」 赤眼の紋章術剣士・アセルス(a74501)は大まじめな顔でイルガをたしなめる。 「でもこの格好は暑いので早めにお願いするです」 自分から言い出した事とはいえ、この炎天下である。プーカの忍び・アグロス(a70988)はかなり辛い状況らしい。勿論、冒険者であるアグロスがこの程度で卒倒したりすることはないのでそれは安心だ。 「身分を明かした方が説得出来るでしょうか?」 白薔薇の紋章術士・ベルローズ(a64429)はイルガの案も一つの方法であると思う。 「そんな雰囲気じゃないけど首魁は簡単に見つかったわね」 大ぶりの琴を抱いた想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)は淡く笑みを浮かべた。 「最初は向こうに自分達の話をしてもらわないと……」 「そうですね。あの、皆さんは何時からこのような事をしているのですか?」 ヒトの武人・ヨハン(a62570)の言葉に春陽の・セラ(a60790)は盗賊団へと声を掛ける。やや唐突な感はあるが、話しかけなければ始まらない。 「皆さんの事、話して貰えませんか?」 青・ケロ(a45847)も言葉を添える。 「……なんだ? お前達」 「変な奴ら」 ポロンと琴の音がした。ラジスラヴァの琴の音が低く響き始めると、先ほどまで大声で話をしていた盗賊団の男が膝をつき、グラリ倒れ込んだ。 「どうしたの? タヅ」 「タヅ〜」 皆から名を呼ばれるが男は朦朧としていて答えられない。 「こいつ等がタヅをやったんだ!」 「ぼうけん……それって冒険者だろう」 「俺たちを退治しにやって来たんだ」 「おしまいだ、もう終わりだ!」 盗賊団の者達は口々に自分達が感じる恐怖を叫び、それがまた仲間の恐怖をあおっていく。タヅと呼ばれた者と数人を残し、他の者達は一斉にてんでバラバラの方へと逃げ出した。 「悪いけど逃がさないよ!」 「ちょっとごめんなさいであります」 「ちょっと待って下さい!」 ヨハンの叫びとケロの頭部から放たれた光は逃げようとしていた者達を動けなくし、アグロスの手の先からふわりと広がった白い網が別方向に逃げていた者達を絡め取る。逃げることも出来ない若者達は、怯えた子供のような顔で冒険者達を見上げてくる。 「遅くなっちゃってごめんなさい。もう追い剥ぎなんてしなくても大丈夫だから!」 自分達は助けに来たのだとイルガは言った。 「とにかく、込み入ったお話は後にして、腹ごしらえしませんか?」 ベルローズは荷台の覆いを外し、そこにある巨大な寸胴鍋を若者達に示した。中身は貴人さえもが美味と賞した名物バーレルカレーだった。
●遠い未来 焚き火の暖かな炎で暖め直されたバーレルカレーは殊の外美味しかった。戦意も何もかもすっかり喪失してしまった若き盗賊団の面々は、冒険者達に促されて村に戻った。村には更に数人の仲間達が崩れかけた家から顔をのぞかせる。 「食べきれないくらい沢山あるんです。みなさんもどうですか?」 ベルローズが声を掛けるとおずおずと残りの者達もやってきた。香辛料のかぐわしい香も彼らを誘うのに一役買っていたようだ。最初は無言で……けれど美味しい食事を食べることは若い盗賊団の者達の消沈していた気分を吹き飛ばしてしまった。いつしか、冒険者も盗賊団も関係なく会話が弾む。 「けど、畑を耕すこととか覚えている様なお年寄りって全然いないんだね」 イルガは集まってきた者達を見回して言う。一番年長なのはあのタヅと呼ばれた首魁風の男だが、皆18から22、3ぐらいの年だろう。 「私はちょっと土地の様子を見てきますね。やはり、その土地に合った作物でないと、豊かな実りは見込めませんから」 給仕役だったベルローズがスッと立ち上がって夕闇に消えてしまっても、盗賊団の者達は態度を変えなかった。 「俺たち、冒険者が来たら皆殺しにされるんだろうなって覚悟してた。でも、行く宛のないガキどもが生きる術なんて、悪いことしかなかったんだ」 5杯目カレーをたいらげたタヅはぽつりとつぶやいた。歌の影響もすっかり抜けているらしい。 「私達はあなた方を退治しに来たのではありません。お手伝いに来たんです」 口元を丁寧に布でぬぐってから、セラは盗賊団の者達に言った。 「……うそ」 少女の言葉にアグロスは首を横に振った。 「自分達は皆さんを罰するためにではなく、お助けするために来たんです」 「……ありがとう!」 カレーが入っていた更に顔を埋める様にして薄汚れた男が叫んで泣き出した。隣り合う男女もボロボロと大粒の涙を流し始める。 「……お願いします。私達の話を聞いてください。このままの暮らしでは何時か誰かを手にかけたり、この中の誰かが犠牲になるかもしれません。危険な所と知れ渡れば通る人もなくなり飢え死にです。だから最悪の事態が起こる前に踏み止まってみませんか?」 「仮にこの暮らしで食いつないでも、自分達の子供が出来てその子が大きくなった時、自分が何をしているか説明出来るのかな。被害が続けば本当に冒険者へ討伐依頼が出るかもしれないし。言い方がきつかったら……ごめんね。でも本当の事なんだよ」 セラとヨハンの言葉を盗賊団の者達はじっと聞いている。けれど、返事はない。 「このままだと命の危険に怯えながら生きていくことになりますよ。ですからこの機会に大変でも盗賊ではない地道な行き方をしてみては如何ですか。どうしても上手くいかないならその時にまた次の方法を考えればいいことですし?」 このまま黙ったままでは伸展がないと考えたのか、ラジスラヴァも言葉を口にする。 「みんな本当はわかっているんじゃないですか。人を襲い続けても先が続かないって事。大地に種を蒔き収穫を得るという生き方なら、最初は大変だけど頑張れば少しずつ豊かになっていきます」 「ほら、農具も種も持ってきたんですよ」 ケロは誇らしげに持参してきた品々を皆に披露する。 「ねー光の種の事も信じてよ」 「それは信じられない!」 「頑固だなぁ」 自分の言葉を即否定され、イルガはぷぅっと頬をふくらます。今はもう変装は解いているので、そんな仕草はいたずらっ子めいた風貌には可愛く似合っている。 「でも、俺たちに出来るのか? 畑仕事なんて一度もしたことがない」 「農作業は難しくない。でも根気と地道な作業の繰り返し。作物はすぐには出来ないけど、丹念に世話をしていけば、きっと応えてくれる」 アセルスは簡単だとは言わなかった。悪いことはして欲しくないが、嘘の情報は言いたくなかった。 「そのために持ち込んだ作物です。これで当座は食べていけます。それからこちらは苗木や作物の種子なんです」 大きな袋を抱えていたアグロスは口をきつく縛っていた縄をほどいて中身を見せる。無骨で形は悪いが、それは本当に沢山の大地からの恵みだった。 「野山にあるものは限られていますが、それでも正しい手順を踏んで利用できれば、腹を満たすばかりか、楽しむことも出来ます」 アグロスは1冊の本を差し出す。そこへベルローズが戻ってきた。 「どうでしたか?」 「相当土地が痩せています。やはり最初は芋などがよいかと思います」 ラジスラヴァが尋ねると、ベルローズは調べてきたことを端的に報告する。 「種芋なら十分に持ってきています」 アグロスは自信満々で荷の中から泥だらけの太い根の様な物を取り出した。 「出来るかな? 俺たちに」 カラの皿を膝にのせたままタヅが言った。 「出来るよ。まずは荒れた畑地を耕すことだね。人手が足りなそうなら……ちょっとズルだけどボクが土塊の下僕を呼び出してもいいし」 アセルスはここぞとばかりに『今ならお得!』と、力説する。 「始め方は、ぼくらが教えます〜。だから頑張りましょ〜」 「ボクらに出来ること……お手伝いさせてよ!」 ケロと、更にアセルスが言う。 「どうする?」 タヅが聞くまでもなく、盗賊団の者達は平穏で安定した生活に心が傾いていた。 「わかった。あんた達に出会えたのも何かの縁かもしれない。俺たちは、それに賭ける! 宜しく頼むよ」 首魁であるタヅがペコリと頭をさげると、他の者達もそれに倣って頭を下げた。 「あたしのわがままかもしれないけど、畑仕事以外の今までの仕事も覚えてて欲しいな」 「宿屋や商いの仕事?」 若い娘が聞き返すとイルガはうなずいた。 「きっともうすぐ平和になる…ううん、あたしたちが絶対にする。その時は、またここに来る人たちを笑顔にしてあげて欲しいから」 「……わかった」 タヅは快諾した。
夜明け前、冒険者達は農地の候補とされている土地の隅に光の種を植えた。 「来てくれなかったね」 「僕も誘ったんだけどね」 ヨハンもどうやら振られてしまった様だ。 「でも代わりにあたしたちが祈ったから大丈夫だよ」 しょんぼりしているアセルスをイルガが励ます。ヨハンの肩はセラがポンポンと叩いてくれる。 「まだ、やり直しはききますよね」 立ち上がったベルローズは振り返った。今は荒れ地でもいつかここに豊かな実りが戻ってくる……その日はきっと来る。 「えぇ。きっとこの街に緑と活気が戻ってきます」 まだ胸の前で手を組んだ祈りの所作のまま、セラは言う。セラの瞳にはその未来が見えているのかもしれない。 「僕は家や農具の修繕をしてみるよ。あのままじゃ不便すぎるからね」 「じゃあ畑の耕し方や水路の整備なんかは僕が面倒見ます。これでも農家育ちですからね」 ヨハンとケロは別方向へと向かい出す。 「それよりなにより、あの子達を起こさないと始まらないわね」 ラジスラヴァは笑って楽器を取り上げた。 「世界は、腐敗した森でも祝福が眠っているのです」 アグロスはそっとつぶやき、空を見上げた。星ひとつ流れることのない、黒い太陽もない美しい朝の空だった。

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参加者:8人
作成日:2009/08/07
得票数:冒険活劇1
ダーク1
ほのぼの10
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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