義賊生命と石ノ華〜仇敵・巨大蟹〜



<オープニング>


●義賊「夜紅月」
 ザズー・ガジェット、25歳。黒い犬の尾をもつストライダーの青年である。
 賊の集団を率い、盗掘・詐欺・誘拐・略奪……悪虐非道の限りを尽くす『群のリーダー』。
 だが、しかし。彼の義は常に、弱者――貧しく恵まれず、報われない人々のために在った。

 紅い眼を闇に光らせ、私腹に肥えた悪徳家から略奪した獲物は夜毎、貧困に喘ぐ者達の元に届けられる。
 ザズーの私欲を満たす行為に、貯蓄の文字は無し。
 懐に適度な重みが入っていれば残りは皆、ばらまいてしまうのだ。
 いわゆる『義賊』――「夜紅月」と呼ばれる群に、その名を冠して立つ頭。
 それがザズーである。

 深夜。湿気た潮風の匂いが、岩屋の奥に微かに届けられている。遠く、微かに波の音。
 耳のすぐ近くで跳ねる水音、小さな飛沫を頬に受け、舌なめずりしたその男は湿った唇を歪ませて笑う。
「――で。何様がこのザマだ?」
 お宝を求めて入り込んだまでは良い。仲間を全て目の前で失い、自らは逃げ損ねて暗い穴の中。
 尾を截ち切られ、出血も酷い。
 窟内特有の冷えた空気から肌を護ろうとして身動き、全身に走る激痛にむせる。
 海水に半ば浸食された岩屋の中、脆くなった足場から滑り落ちる際に岩肌に全身を打ちつけたのは覚えている。「くそ」と毒づいて男――ザズーは見えない天井を仰ぎ見る。
「……折れたかな」
 肋骨と、脚。かろうじて動く右腕を伸ばして、湿った髪を掻きあげた。
 今自分がどの辺りにいるのか、それさえ、解らない。
 このまま死ぬのは、滑稽以外の何者でもない。
 ザズーはかつての仲間の姿を脳裏に浮かべ、独り、せせら笑った。

●依頼人のプライド
「ここにイャトって人はいる?」
 冒険者の酒場に現れたストライダーの女は唐突に、ぞんざいな口を聞いた。
 名指しされては仕方ないと、黯き虎魄の霊査士・イャトが彼女の前に出る。
「イャトは俺だが、何の用だ?……依頼かね?」
「依頼かと言われれば胸くそ悪いけど確かにそうだね、ちょっと」
 所々で口が悪いその女は、イャトの胸倉を掴んだ。
 荒事に巻き込まれると昏倒する霊査士の性質をよく知る周囲の者達が慌てる。
 それを「何よ」と見回した女は、己の腕を離そうと添えられているイャトの手を見下ろし霊視の腕輪に気付くと愕然として手を放した。先ほどまでの強気な姿勢は自分を保とうとしていたのだろうか、見て解るほど彼女の覇気が落ちて行く。
「……ザズーの知り合いだって…冒険者だって聞いて探してたのに、霊査士になってたなんて!」
「……『ザズー』?」
 その名を聞いて、微かに変わるイャトの顔色。
「……俺はもう現場では役に立てんかもしれんが、代わりの冒険者が――」
「煩いね。もう、あんたには頼まないよ!」
 イャトの言葉を遮り、女は霊査士を睨みつけて酒場を出て行ってしまった。
 バン、とけたたましい音を響かせ、扉が閉められる。

 裏切られたと思ったのだろうか。期待するのは勝手だが、話も聞かずに出て行くとは。

「……」
 イャトは彼女が去った後、床に残された小さな赤い血滴を見、しゃがんで指に触れさせてから、いつものように席について冒険者に話を始める。――依頼だ、と。
「頼み事をするのにまず胸倉を掴むような女だが、確かに言ったな。これは、依頼だ」
 ただ事ではなさそうな空気は確かにあった。だが、何を、どうする?
 まずは、あの女を止める事。女は怪我をしているらしい。
 軽傷ではあるが、無茶をさせては彼女の命に関わる。
 その怪我の原因を霊査したイャトは、冒険者達に言った。
「浅瀬の岩屋に、巨大な蟹が1匹棲みついているようだ。異様に発達した右の鋏で人を襲い、血肉を喰らう。岩屋の近くには海沿いの村がある。捨て置けん。女は一度そこへ行き蟹に襲われたようだな。そして、今また、そこに向かおうとしている」
 ――何故? 冒険者達の瞳が問う。イャトの表情は動かない。
「岩屋の奥に、華の様に美しい天然の鉱石が眠っている。乳白色の光が視えた。それを求めて数人で潜ったようだな。だが、視えたのは1人。生存者――おそらく『ザズー』だろう」
 間を置いて付け足すのは、女が口にした名である。
 ザズー以外は皆、蟹にやられてしまったということだろうか。だとすれば彼女が生存者ザズーの救出を求めているだろう事も十分考えられる。
 その名を口にするイャトの表情は相変わらず動じないが……
「……もしザズーが望んだら酒場に連れて来て欲しい。俺に言いたい事はきっと山ほどあるだろうから」
 最後に思いついたように言ったイャトはそこで、冒険者達にはっきりと慈しむような笑みを浮かべて見せた。

マスター:宇世真 紹介ページ
 宇世真です。
 思った以上に長いOPになってしまいましたが、やるべき事は「依頼人の保護、蟹退治と生存者の救出」です。

●依頼人:
リュイールという名の女性。19歳。夜紅月の一員です。

●鉱石について:
「石ノ華」と呼ばれる、近く海沿いの村の資源ですが近年近場で採れる量が減り、枯渇気味。ザズー率いる義賊団はそれを採りに奥地へと足を踏み入れた模様。巨大蟹が棲みついた事及び、義賊団が岩屋に入った事を村人は知りません。

●岩屋の状態:
浅瀬から海水が流れ込んでいるため、部分部分で脆い足場があるようですが、奥に進めば開けた所はあります。そこが、巨大蟹の巣となっています。入り組んだ天然の岩屋は迷い易い所ですがストライダー女性は一度通っている道なので、彼女を保護できれば道程は苦ではないかと思われます。霊査で岩屋の場所までは特定済み。足場と、暗さ、寒さに気を付けて進んで下さい。

 一応ヤンも同行しますので、何かあれば役目を振ってやって下さいませ。
 イャトが最後に付け足した言葉は「ついで」なので、成功条件には含まれません。ザズーをどうするかは冒険者さんにお任せです。

 それでは、皆様のご参加お待ちしております。

参加者
紫色のお気楽狐・ラヴィス(a00063)
木漏れ日を揺らす風姫・ナナ(a00225)
黄金の牙・シシリー(a00502)
焔銅の凶剣・シン(a02227)
星影・ルシエラ(a03407)
そしてこの世の春を見る・アクア(a06306)
吼えろ・バイケン(a07496)
金色の彗星・ガリウス(a07508)
虚飾の迷図・リゼルヴァ(a08872)

NPC:烈斗酔脚・ヤン(a90106)



<リプレイ>

「あなたはイャトに依頼をし、私達はその依頼を受けた。それ以上でも以下でもないんだから、あなたは使える要素を全て使って、自分がやるべき事をすればいいのよ」
 突入前。
 虚飾の迷図・リゼルヴァ(a08872)が彼女の肩を叩いて告げた言葉に、全てが集約されていた。

「あそこですね」
 大小様々な岩場が形成する垣とその間を縫う砂の道、その先に岩屋が大きく口を開いて冒険者達を待ち構えている。微笑む死神・ラヴィス(a00063)が、確認するように零した呟きと視線の先には依頼人の姿。
 壮健の冒険者達にとって、怪我をした女に追いつくのは造作のない事だった。
 冒険者達を睨むような目付きで、彼女は説得に応じたつもりも無いのだろう。
「協力してくれるお礼だよ♪」
 と、碧の白銀狐・アクア(a06306)が癒す脇腹の傷を押さえてリュイールは、自分よりもザズーに、と口走る。
 それでいて冒険者への依頼を認めようとはしない彼女の、ちっぽけな意地に。拘る時間があるのかと。それぞれの言葉で一喝した黄金の牙・シシリー(a00502)と金色の彗星・ガリウス(a07508)。
 言葉に詰まり、込み上げた感情を飲み込んでリュイールは再び相見えたその岩屋へと足を踏み入れて行くのだ。リュイールの背は「勝手にすればいい」と、冒険者達に応えているかのようにも見える。
「ザズーのするイャトの話を聞いてて、イャトなら助けに来てくれるって思ったんでしょう?」
 木漏れ日を揺らす風姫・ナナ(a00225)がその背にかけた言葉はきっと、図星だ。振り返りもせず逃げるように脚を早めた彼女を追い、冒険者達もまた、件の岩屋に突入する。

●くるぶしまで浸る水瀬の道を行く。
 完全に日差しを遮断され、絶えず潮が流れ込む洞窟内。入ってすぐには涼しいと感じた窟内の空気は、ものの十分も歩いていれば早、肌寒さを感じる程である。
「お酒は体暖めるだけだよ?」
 マントを羽織り直す星影・ルシエラ(a03407)に釘を刺されて烈斗酔脚の栗鼠・ヤン(a90106)は苦笑した。
「よほどのことがないと仕事中は飲まないわよ〜」
 ほんとかな、と言いたげな笑顔でルシエラは頷く。濡れた岩や張り付いた海草で滑らないよう靴に縄を巻いているのは、仲間達も同じである。所々で足首まで水の中に浸ってしまう状態で、もし足場が崩れれば滑り止めなど役には立たないだろうが無いよりはマシだ。
 カンテラを持たない者はシシリーが準備した松明を手に、各々ぼんやりとした灯りで、かろうじて仲間の姿と足元を照らす。浸食した水が染み出す壁に手を当てて、壁伝いに慎重に進む11名の列。
 天然の迷路。水流に逆らって歩いていたかと思うと、ふいに、足元でその流れが変わっている。
 慣れた足取りで先を行くリュイールの背を常にその灯りの中に捉えて進む。
(「我々だけで進めば、時間ばかりかかっていたでござろうな」)
 燃えよ・バイケン(a07496)は松明の燃え方を見てふと思う。もう随分と長く、潜っている気がする。
「ところで――、ヤン殿は昔のイャト殿の事は知っているのでござるか?」
 ザズーの容態は気になるが平静に努め、バイケンはヤンに何気ない話題を振った。ルシエラもどこか興味津々な瞳を彼女に向けている。
「知り合ったのは私が駆け出しの頃だし、その時にはもう彼は冒険者だったから。もっと前のことになるとちょっと解らないわね……ザズー君のことは、名前をちょっと聞いた事があるくらいよ」
 多分、彼女がイャトの名を聞きかじるのと同じ、とヤンは依頼人を指して複雑な笑みを浮かべる。
「そうでござるか」
 相槌を打つ、その間に列の先頭で声が上がる。
「そこ、気をつけな」
 案内人の声に示されシシリーがカンテラの灯りをかざすのは、勢いよく流れる河の上。
「潮の流れが激しいな……」
 河流は流れ落ちるように闇へと同化している。リュイールは唇を噛んで言う。
「ザズーが流された所だよ」
 巨大蟹の住処は、壁伝いに続いている道の更に奥。焔銅の凶剣・シン(a02227)がふむ、と思案めく吐息。
「じゃあ、ここからは二手に分かれようぜ。……こいつを頼りに伝って行けば、良いんだろ?」
 灯りを近づけると、岩肌に鋭利な刃物で刻まれた印が影深く浮き上がる。義賊団が此処を通った時につけた物であることをリュイールに確認して、不敵な笑み。
「そうだけど、でも、あんたら……?」
 まさか蟹を相手取りに行くなんて正気なの、と問いたげなリュイールの瞳の表情は闇に遮られている。揺れる声色だけが波間に響くが冒険者達は物ともしない。
「よし、行くぞ」
 シシリーが先に立ち、怪我人を保護するため治療の心得のある者達が数人、流れの急な河へと降りて行く。
「ちょ、ちょっと…!」
 躊躇いも無く急流を下る彼らにも、同様の視線と声を投げかける依頼人。
「我々は依頼を受けた冒険者だからな」
 河を下る列の最後尾についたガリウスがぽつりと言葉を残す。蟹の巣へと向かうシン達の背にも、ある種の自信が満ちているかに見える。
 義賊とて盗賊。しかし怪我人は怪我人、要救護者であり、依頼があればそれは冒険者が動くに足る理由だ。相手が誰であれ。請け負った以上、遂行するのみ。

●潮騒が聴こえる。
 上下左右の感覚も無い意識の中で、反響する潮の音は遠い。多方向から響いて聞こえるのは水を跳ねて駆け寄る足音。騒々しい声。波が飛沫を上げ、無音――耳の奥で風の音が――

「しっかりなさい!」
 水の中に崩れ落ちた青年の身体を抱き起こしたリゼルヴァが即座にヒーリングウェーブを発動する。強い流れに押し流されるように辿り付いた仲間達の傷もそれにより癒される。
 アクアも足を掬う水にまろびながら駆けつけて、癒しの水滴をザズーの傷口に触れさせた。鋏の一撃を喰らったらしき大きく裂けた腹部へと。
「……っ、げほ…! が、は……ッ」
「ザズー!!」
 水を飲んだか、それとも呼び戻された意識に蘇った苦痛にか、激しく咳き込んだザズーはリュイールの呼びかけに応えるように瞳を薄く開いた。
「リュイー…ル……? おま……無事、か…?」
 宙に伸ばされ彷徨う腕をリゼルヴァが捉え、リュイールの方へと誘導する。そのまま彼女へと押し付けるようにザズーの身体を渡して髪を掻き揚げた。その口元には妖艶な微笑。
「なかなか、しぶとい人ね」
「生きてる……良かったぁー」
 癒しの水滴の効果を確信できなかったアクアも、リュイールの抱擁に応えて力強く手を握り返しているザズーの姿を見て、ほっと胸を撫で下ろした。
「……毛布は要らなかったかしらね?」
 ラヴィスから預って来た毛布をザズーにかけるタイミングを逸し、ナナは苦笑する。とはいえ、既に海水をたっぷり含んでしまった毛布はあってもなくても同じかもしれない。
「――ザズーだな?」
 ザズーとリュイールが共に落ち着いた頃を見計らい、シシリーが呼びかける。もはや解りきっている事だが本人の意識の確認も兼ねる。そして、自分たちが何者であるかということを認識させるため。
「イャトに頼まれて来た」
「……イャト? 頼んだ覚えは…ね…――リュー。お前」
 顔をしかめ咎めるような声音に、リュイールは肩を竦ませる。
「…ま。いい……奴はそこにいるのか?」
 声は意外にしっかりしている、が、視力はまだ回復していないようだ。訊ねられてシシリーは頭を振った。
「いや。彼は別の仕事を。――代わりに伝言を預っている。聞くか?」
 ザズーは鼻で笑うと吐息と共に表情を消して、頷く。
「ああ――だが、その前に頼みがある。俺を……」
 仲間が殺されたあの場所まで俺を、連れて行け――

●残像を伴う素早い一撃が蟹の大鋏の付け根に炸裂する。
 瞬間、残像は掻き消え、飛び退って巨大蟹から距離を取るラヴィス。入れ違いに、バイケンのミラージュアタックが間接を狙って特攻。蟹は大鋏を振るって硬い表皮でその一撃を受け止める。頑強なその鎧に冒険者達は苦戦していた。
 戦いの場には充分な広さのあるその場所。だが、決して闘い易い足場ではなかった。ゴツゴツした岩と水を含んで柔らかい砂の足場がが混交した、不安定な地形。ダメージは与えているはずだが、決定打には至らない。
 目の前を旋回するリングスラッシャーを鬱陶しげに両の鋏で払おうとする蟹の横合、死角から電刃衝の一撃を放つルシエラが叫ぶ。
「ヤンさん!」
「らァーーッ!!」
 了解、の気合一蹴りを背後から打ち込む。前のめる蟹の巨体にバイケンが『十六夜』を構えて踏み込んだ。
「明鏡止水、一瞬の隙を狙うでござる!」
 胴を貫く切先、磯臭い体液を噴出しながら、まだ敵は倒れない。
「早く……墜ちて。私の目の前から消えて、下さい……!」
 ラヴィスが振り下ろす一太刀がついに鋏を断ち落とした。唇に浮かんだ笑みが無意識に深められる。
 重心の要を失い蟹が大きくバランスを崩す。よたよたと、左右どちらへともなく動こうとし、傾いだ身体を立て直そうとしてか前に跳ぶ。避けきれず、バイケンが蟹の体当りを受けて後ずさった。
「蟹のくせに前に歩くとはなっ!」
 纏っていた影を解き、いざトドメと闘気を猛る炎に換えて剣に込め、振りかぶったシンは蟹とバイケンの膠着状態に一瞬攻撃を躊躇する。
 そこへ――闇色の矢が一直線に蟹の胴、頑強な鎧に等しいそれを貫いた。一瞬動きを止めた蟹の下からバイケンが身体を引きずり起こして矢の飛んで来た方向を振り返る。
「みんなっ、大丈夫!?」
 駆けつけたナナが、アビリティの矢を放ったのだ。続けてリゼルヴァのヒーリングウェーブが、先陣の仲間達の傷付いた身体を癒す。
「ヤン! ザズーを頼む」
「解ったわ」
 ヤンとリュイールにザズーを預け、戦闘の場に加わろうとしたシシリーだったが――
 活動を止め、もはや虫の息で泡を吹いている蟹に一足早く切迫したガリウスが大棍棒の一打で殻を叩き割るのをその青い瞳に映して踏み止まる。薄い闇の中の光景。だが、周囲は薄ぼんやりと光に包まれているようにも見える。近くに、石ノ華があるのかもしれない。――或いは、光苔の類なのか。
「……終わった、か」
「……さすがだねぇ。俺達は、束になっても敵わなかったぜ」
「……」
 ザズーのどこか皮肉げな台詞と口笛が、冒険者達の勝利を茶化す。
「なぁ、これ。こんなモンくらいしか、見当たらなかったが……」
 ゆっくりと歩み寄るシンがザズーに手渡したのは、血濡れのダガー。ザズーら義賊団が総勢何人でここにやって来たのか、シン達は知らない。だが、遺品と呼べそうな代物は辺りにはそのダガー一本以外に残されていなかった。蟹が遺体ごと何処かへ持ち去ったのか潮に流されたのか……それは解らずじまいだが。
「ああ。ありがとよ」
 ザズーはしばし、ダガーを見つめ、懐かしむように目を伏せて刃を頬に触れさせた。
 ふと眉根を寄せて唇を噛んだ彼を気遣いアクアが再度癒しの水滴をかけようとしたのを手を上げて制する。
「悪い夢でも見てるみたいだな。夜紅月……出直しだ」
 笑みを抜き、そう呟いたザズーを支えてリュイールが立ち上がる。

 自分達が苦戦した宝の守り手を、仇であるそれを、冒険者達に倒されたその現場で火事場泥棒を働く気にはなれなかったのか。彼らは目と鼻の先にあるであろう石ノ華のことを口にはしなかった。
 もしかするとこのまま長い間、誰の目にも触れず、石ノ華はひっそりと咲き続けるのかもしれない。
 少し、残念だが仕方ないかとシシリーは失笑。

(「食えるかコレ?」)
(「このカニ…喰えるでござるかな……?」)
 どうしようもない事と知りつつ、蟹の死骸を見つめている2人がいた。
 しかしながら、これは人を喰らった蟹である。
「や。やめとくか〜!」
「そ、そうでござるな!」
 血生臭い光景を思い浮かべ、シンは見なかった事にして現場を後にする。バイケンも勿論異論は無い。
 元来た道を引き返す仲間達の後ろ、遅れて合流した二人をヤンは不思議そうに見ていた。

●岩屋を抜けた瞬間、肌にまとわりつく潮風。
「朝、だぁ……一晩中潜ってたんだね」
 目を焼く眩い朝陽に手をかざし、アクアが思わず呟いた。ようやく足場を気にしなくて良い所に出て来た事もあって、皆それぞれに体の節を伸ばしている。
「……少し、意外でした、ね」
 唖然と吐息したラヴィスが見つめている方向に、ザズーがリュイールに支えられ片足を引きずりながら姿を消したのが数刻前のこと。彼は放っておいても酒場に行くだろうと思っていた。だがそれは、今日の事ではないらしい。もしかするとずっと、そんな日は来ないのかもしれない。

 彼がその時浮かべた笑みは、記憶に新しいどこかで見たような表情だった。
「今すぐって話じゃねぇだろ。帰ったら奴に伝えてくれ。――『俺に話があるなら、手前ぇで来いや』」
 ――何としてでも望ませて、連れ帰る。
 そんな風に何処かで考えていたナナも、ザズーの笑顔とその言葉を受けて咄嗟に、二の句を告ぐ事が出来なかった。
「…『今度会ったら霊査士だろうがなんだろうが、いっぺん殴る』ってな」
 誰にとも無く指差し付け足して、ザズーは冒険者達に背を向けたのだった。
 短くなった尻尾は痛々しいが決して仲間を失った辛さを感じさせないその堂々たる佇まいは、今でも彼が賊の集団のトップに立っている事を物語る。

「まぁ、そういう関係もあるということよ」
 さらりと流す笑みを湛えているリゼルヴァは元より、他人のプライベートに介入する意を持たない。
 ザズーを連れ帰るつもりで来た者は他にもいた。が、結局、彼自身の意思を尊重する志が多く働いた事も確かだった。
「残念だったわね」
 綺麗な瞳で一心にザズーに訴えかけていたルシエラを慰めるようにその肩を撫でてやり、手を打ち鳴らしてリゼルヴァは皆に帰還を煽る。

「シシリー、その石は?」
 帰還の路すがら。ガリウスが、気付いて問うた。
 シシリーが見つめる手の平の中には乳白色の石の欠片がある。
「あの依頼人がな……こんな傷物では一片の価値もないから、と」
「一片の価値も、か」
 2人して、皮肉げに歪める口元。
 ザズーが多大な犠牲を払って得た戦利品と呼ぶにはあまりにお粗末なそれは、最初の脱出の際にリュイールがかろうじて手に掴んだただ1つの石ノ華の欠片であるに違いなかった。
 何となく、シシリーはそれを指輪に加工しようと考えている。
 価値があるかどうか、それは受け取る者が決めれば良い。それこそ正に、義賊団『夜紅月』の行動の礎に在るものなのではないだろうか。
(「難儀な『盗賊』だ」)
 心の中の呟きは、誰に拾われる事もない。

 相変わらず、寄せては返す波。静かな風が波を浚い、変わらない一日が始まろうとしている。
 酒場に舞い込んだ数ある依頼の1つが終わった。ただそれだけの、朝の一間――


マスター:宇世真 紹介ページ
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星影・ルシエラ(a03407)  2009年12月13日 18時  通報
ザズーさんには、まだ会いにいってないって聞いた。「気がむいたらな」って聞いたから少し安心。
ちょっかいするなら、海に一緒にいった時に。
するかしないかは、ルシも気が向いたらーと、海とイャトさんのかもし出す雰囲気によると思う。 
尻尾団らしいここは、イャトさんの昔の大切な居場所だったんだろうなぁと思った。大切な人達の思い出も生まれた想いも、多分ここにあるっぽい。しまっててキツクないかだけ大丈夫か気にはして