夏のサニーベリーへようこそ! 〜風の麻と水の硝子



<オープニング>


●夏のサニーベリーへようこそ!
 滴るように鮮やかな緑の天蓋の合間からは、眩いくらいに煌く木漏れ日が降って来る。
 明るい緑に淡い金を溶かした橄欖石のような木漏れ日踊る山道は、夏陽の匂いと濃い緑の香りに満ちていた。陽の恵みを余すことなく受けとめるべく夏葉を茂らせた梢が織り成す天蓋は、深い緑の影と夏葉の合間から零れる眩い光で鮮やかなコントラストを作り出している。
 真夏の緑が生み出す光と影を抜け、小さな山の頂を越えて斜面を下れば、重なり合うように茂る鮮緑の梢が開け一気に視界が広がった。斜面から眼下に望むのは、常磐のように深く鮮やかな緑に染まる広々とした大地だ。
 遥か彼方まで広がるのは鮮やかで瑞々しい夏草に覆われた草の原。眩い夏の光を孕んだ風が渡れば緑なす草々がさざめいて、艶やかな緑の上をきらきら輝く光の細波が渡っていく。流れる風は花の香と緑の香に甘く肥えた土の匂いを抱いて、夏草の原に鮮麗な光の弧を描き出す清冽な水の流れに触れた。
 眩い光の雫をあつめたみたいな小川で涼やかな水の香を抱いて、夏風は清流の内側に抱かれた村へと至る。明るい杏色の屋根が並ぶ、素朴ながらも何処か可愛らしい風情を持った、小さな村。
 澄んだ小川の内側に作られて、奥に広がる森に護られているようにも見える場所。
 清らな水の流れと肥沃な大地に抱かれた村の名は、泉のほとりサニーベリー。
 癒しの力を持つ泉が湧くと言い伝えられている、命の息吹に満ちた祝福の地。

●風の麻と水の硝子
「街からサニーベリーへ至る山道に、数日程前から大きな狐が現れるようになったのですって」
 澄んだ気泡立ちのぼる甘味のない炭酸水の杯を勧めながら、藍深き霊査士・テフィン(a90155)は酒場の卓に集まった冒険者達にそう切り出した。
 成人男性よりふたまわり以上も大きな体躯を持つその狐は、山道を通る人々を威嚇し追い返しているのだとか。当然ながらサニーベリーへの行き来はままならず、街からサニーベリーへ里帰りしようとしている娘から「冒険者様の護衛が欲しい」という依頼が来たのだと霊査士は語った。
「依頼人のチェルダ様の護衛、そして件の狐の退治をお願いできる方は……いらっしゃいます?」
「はいな、行きたい行きたい〜! も、がつんと頑張ってくるんよ〜♪」
 炭酸水にプラムのジャムひと匙を落としていた湖畔のマダム・アデイラ(a90274) が、嬉しげに顔を綻ばせていそいそと手を上げる。彼女にとってサニーベリーは馴染みの場所であり、以前に依頼で関わったことがあるためチェルダとも面識があるのだ。
 件の狐は一般人にこそ脅威だが、冒険者であれば敵にもならない程度の相手であるという。
 皆様ならとてもとても簡単な依頼、と続けた霊査士に頷いて、アデイラは炭酸水をかき混ぜた。
「ところで、チェルダちゃんがわざわざ帰るってことは……サニーベリーで何かあるん?」

 明るい杏色の屋根を持つ家々が立ち並び、優しい色合いと華やかな彩りに満ちた春の花々が咲き溢れるサニーベリーは、童話の絵本に描かれる世界さながらの可愛らしさを持つ村だ。
 澄んだ小川のほとりには涼やかな白の鷺草が咲き、清流にかかる橋を越えれば、夏陽みたいな眩い黄の夏薔薇に、桜色や淡紫のラベンダー、真白で可憐なアベリアが咲き溢れる村へと至る。中でも見どころは、華やかな淡桃色をした大輪の花を咲かせるコットンローズ、つまり芙蓉であるらしい。
 花々に彩られた家の間を通る道を行けば、村の奥に見えてくるのは立派に聳え立つ春楡だ。
 春楡の木陰に湧きだす泉は『癒しの力を持つ』と言い伝えられているけれど、それは本当にただの言い伝え。冷たく澄んだ水に僅かな炭酸が含まれているのが不思議と言えば不思議だが、本当に癒しの力を持つと言えるのは、山の滋養に満ちた水や肥沃な大地に育まれた作物と、サニーベリーの温暖な気候の方だろう。
 けれどそれを理解した上でなおサニーベリーの人々は春楡の泉を愛しているし、温暖な気候や穏やかな村人達の気質を愛し長期の滞在や療養に訪れる人々も泉を慈しんでいる。
 泉のほとりサニーベリーは、そんな優しさと温もりに満ちた祝福の地なのだ。

 綺麗な清流と澄んだ泉、そして季節の花々が溢れるサニーベリーは、美しい景観に恵まれている。
 ひがな一日ゆっくり散策しているだけでも幸せな心地になれる村なのだが、数ヶ月単位で長逗留することが多い滞在客は、彼の地で過ごすうちに散策以外の楽しみを見つけ出すのだとか。
 其れは可愛らしいミニバスケットに季節の花や焼き菓子を詰めるフラワーバスケット作りだったり、雪色の花を描いた金色のシープベルの演奏会だったり、硝子砂を敷いたボトルに澄んだ水を満たし、中に水草を植えるボトルアクアリウム作りだったりと様々だ。
「……で、今は細い麻紐を編むアクセサリー作りが流行っているそうなのですけれど、季節柄もあって麻のアクセントに硝子チャームやビーズが人気なのですって」
「ほなチェルダちゃん、硝子持って帰るんやね」
 霊査士の説明にアデイラは瑠璃の瞳を和らげ微笑んだ。
 柔らかなラベンダー色の髪の娘チェルダは、街の硝子職人の許で修行中の身だ。恐らくは修行がてらに作って持ち帰った硝子チャームやビーズがサニーベリーに滞在する人々に喜ばれ、追加が必要になったのだろう。まだ半人前とはいえ彼女の作る硝子もかなり美しいものなのだと聴いている。
「幾つか預かったのですけれど……御覧になります?」
「見たい! めっちゃ見たいんよ〜!」
 思わずといった態で身を乗り出したアデイラの様子にくすくすと笑みを零しつつ、霊査士は雫型をした硝子チャームを卓に広げてみせた。
 澄んだ水からそのまま作り出したかのような、優しく清涼な、硝子のしずく。
 薄らと淡い藍色を帯びた硝子には幾つかの気泡が揺れ、窓から射す光を透かして卓に透きとおる光の影を踊らせる。薄藍の物だけではなく、清流に揺れる水草のように明るく透きとおる緑硝子や、澄んだ水の中から夏の暁を透かし見たような優しい桜色の硝子、水の細波の煌きを映し取ったみたいな銀の硝子など色合いも様々だ。
「いやめっちゃ綺麗……触るとひんやりするんもええやんね」
 水の硝子を手に取り指先でなぞって、アデイラは幸せそうに瞳を細めた。
 自然な色合いの麻で流麗な紋様を編みながら、水の涼感そのものみたいなこの硝子を編みこんでいけば、さぞかし涼しげなアクセサリーになるだろう。水に触れれば麻は風合いを増し、硝子は更なる煌きを抱くはずだ。
 涼やかな風吹く泉のほとりで、夏薔薇のアーチが作り出す木陰で、可愛らしいコテージのテラスで。
 祝福の地サニーベリーの夏を感じながら、人々は思い思いの場所で優しい手触りの細い麻紐をゆるゆると編んでいく。傍らには冷たく冷やした春楡の泉の炭酸水。季節のフルーツで作られたジャムを落としたり、村人の自家製葡萄酒を割ったりしたそれを楽しみながら、淡くライムで風味付けした冷たいヨーグルトクリームを添えたパンケーキを摘んだり。
 鮮やかなルビーのように熟したトマトと朝摘みバジルのブルスケッタもいいし、南瓜で色づけした可愛らしいベーグルにオレンジ風味で香ばしく炙った鴨と瑞々しいレタスを挟んだ物だって捨てがたい。
「早朝に出発すれば昼前には到着できるはず。無事サニーベリーに着いたなら……折角ですもの、麻のアクセサリー作りをするなり何なり、少しあちらでのんびりして来られるといいと思いますの」
 少しばかり羨ましそうな顔をしつつ霊査士はそう言って、最後にもうひとつ付け加えた。
「チェルダ様の硝子が水の硝子なら、サニーベリーで使われているのは、風の麻」
 優しい手触りを持ち、微かな風にもしなやかに揺れる――とても軽やかな麻なのだとか。


マスターからのコメントを見る

参加者
灰色の貴人・ハルト(a00681)
琥珀の狐月・ミルッヒ(a10018)
護りの蒼き風・アスティア(a24175)
小さな海・ユユ(a39253)
小さな薔薇の笑顔・ニンフ(a50266)
花酔い・ラシェット(a53996)
天色縞栗鼠・ヒュポス(a74534)
砂塵の騎獅・エルヴィン(a74826)
NPC:湖畔のマダム・アデイラ(a90274)



<リプレイ>

●夏のサニーベリーへようこそ!
 濃い緑の匂いと夏独特の鮮麗な光影に満ちた山の頂を越えて道を下り始めれば、透かし織を成すように重なり合っていた梢の天蓋が開け、いっそ劇的なくらい鮮やかに視界が広がった。
「あれがサニーベリーか……!」
 天色縞栗鼠・ヒュポス(a74534)の瞳に映るのは、遥か眼下に広がる夏草の大地。真っ青な空から降る陽射しが鮮やかな緑の草原に満ちて、風が吹くたびに瑞々しい夏草の上を光の波が渡っていく。きらきらと輝き大地に弧を描く清流の内には、杏色した屋根の家々が立ち並ぶ可愛らしい村が抱かれていた。
「話には聞いてはおったがの、どう言う所であるのか楽しみじゃの」
「綺麗で食べ物が美味しいところなぁ〜ん♪」
 彼方まで広がる光景を存分に眺め、再びほくほくと歩き出した砂塵の騎獅・エルヴィン(a74826)に小走りで追いついて、小さな薔薇の笑顔・ニンフ(a50266)はピンクのノソリン尻尾を機嫌よく揺らしながらサニーベリーを語る。
「サニーサニー、ベリーベリー、なぁ〜ん♪ 太陽と苺、サニーベリーなぁ〜ん♪」
 何だか嬉しくて途中から歌になったのはご愛嬌。道中に現れた巨大狐もばっちり退治したし、あとは大好きなサニーベリーで遊ぶだけ。あははと笑って一緒に歌い始めた依頼人のチェルダに後ろからがばっと抱きついて、悪戯っぽく笑んだ琥珀の狐月・ミルッヒ(a10018)が一気に畳み掛けた。
「ねえねえ元気してたちゃんと修行してたミランダさんも相変わらず元気で格好良く硝子に恋してる? んで、チェルダちゃんも相変わらずらぶりんこ?」
「元気に修行してました師匠は近々またお出掛けでらぶりんこは勘弁して下さいきゃー!」
「駄目よ、貴女とカルストの行く末をちゃんと教えて頂戴?」
「ラシェットさんまでー!?」
 初めて会った頃と変わらぬ彼女の様子にくすりと笑みを零し、花酔い・ラシェット(a53996)がさくっと退路を断つ。二年前の春を共に過ごした冒険者たちには弱いらしく、頬を染めたチェルダは小さく唇を尖らせつつも、時々喧嘩しますけどらぶりんこデス……と恋人との仲を白状した。
 清流にかかる橋を越えればそこは、眩い黄の薔薇や桜色に淡紫のラベンダー咲き誇る小さな村。
 咲く花こそ違えど立ち並ぶ家々も聳え立つ春楡の大樹も記憶にあるままだったから、ラシェットは知らず穏やかに瞳を緩め、笑みを深めた。
「……ただいま、サニーベリー」
 
 祝福の地を渡る風は夏草と花の香や肥えた土の匂いを抱いて、澄んだ水の香を含んで流れゆく。
 風は澄んだ清流の水面に光を踊らせ小川のほとりに楚々と咲く鷺草を揺らし、村人たちが庭に咲かせた優しい色のラベンダーをそよがせた。護りの蒼き風・アスティア(a24175)は水面にきらきらと踊る澄んだ光に瞳を細め、水と花の香に口元を綻ばせながら川沿いを歩く。
 清流のほとりに涼しげな樹陰を作る林檎を見つけ、木陰に設えられたテーブルにほっと息をつく。
 綺麗な木漏れ日の揺れるここでなら、幸せな夏のひとときを過ごすことができるだろう。
「ここはどうすればいいなぁ〜ん?」
「芯の紐の上に通して、端の紐の下を潜らせて……で、きゅっとどうぞ〜」
 甘やかに香るアベリアの花に囲まれた庭を覗き込んだニンフは、花の傍のテーブルに集まる人々に硝子を届けに来たチェルダを捕まえて、早速麻紐編みの練習を始めてみた。編み方覚えたら泉のほとりでお昼ごはんにするのなぁ〜んと尻尾を揺らせば、持て成し好きの村人たちが其々自慢のベーグルやらブルスケッタやらを惜しげもなく分けてくれる。
「エルヴィンさんもブルスケッタ食べるなぁ〜ん?」
「ほう、これは実に美味そうじゃの」
 通りかかったエルヴィンはニンフにぶんぶんと手を振られ、庭の主らしき婦人に会釈した。気さくに招き入れられた庭のテーブルには丁度昼時とあって数々の料理が並べられている。では早速と彼が取り出したのは長い顎髭が汚れるのを防ぐための品。誕生祝いに贈られた髭袋代わりのスヌードは何故か豪奢な巻き毛で飾られていて、彼が着ければ麗しき髭巻き毛のソルレオンが誕生した。
「どうしようにゃんこ……すごく、すごくときめく……」
「……うん、我ながらなかなかいい物贈ったと思う」
 隣家の庭で劇的瞬間を目撃した灰色の貴人・ハルト(a00681)と湖畔のマダム・アデイラ(a90274)は、鮮やかな黄色の花咲く薔薇のアーチに潜み固唾を呑んでその光景を見守ってみる。
 けれどすぐにお腹がくうと鳴り、顔を見合わせ小さく吹き出してから立ち上がった。
 籐のバスケットに詰めた焼きたて空豆ベーグルはほんのり淡い黄緑色。鮮やかな紅玉色のトマトに朝摘みのルッコラ、そして真白なフレッシュチーズに眩い黄のパプリカと揚げ鶏のオレンジマリネを挟めばきっと、綺麗で美味しいベーグルサンドになるはずだ。
 お腹空いたねと囁きあって向かうのは、春楡の木陰に満ちる、不思議な不思議な泉のほとり。

●祝福の地サニーベリー
 優しい木漏れ日揺れる木陰で昼寝もいいし、涼やかな風吹く泉のほとりでアクセサリー作りもいい。
 夏陽をたっぷり受けとめたトマトのブルスケッタにも、桃たっぷりのヨーグルトタルトにもそそられる。
 ――けれど。
「決められなかった……! 今日までたっぷり悩んだけど、何をすべきか決められなかったんだよ!」
 大地にがくりと膝をついた小さな海・ユユ(a39253)は握り拳でダンダンと地面を叩きつつ、こんなにもユユを惑わすなんて悪いサニーベリーなんだよ! と何故だかぺかーと眩いスーパースポットライトを放つ。そして「ねっ、カロアちゃん?」と連れを振り返れば、
「違いの解るサニーベリーに、この腰痛改善ダンスを流行らせたい!」
 野良ドリアッド・カロア(a27766)は深海の軟体動物もかくやといった流れるような動きで、ぐねぐねぐねりんこと怪しげな踊りを披露していた。
「…………」
 ぺかー。
 彼女のタイラントピラーの加護にペインヴァイパーの息吹で打ち勝って、小さな少女は雄々しく連れを引きずりながら、そのまま何処かへと向かっていく。
 二人へ声をかけるタイミングを逸してしまった村人が消化不良感を覚えたその時、少女たちが去っていったのとは反対の方向から、持て成し好きのサニーベリーっ子たちの格好の標的がやってきた。
「何か大注目されておる気がするが……そんなにこの辺りの方々はソルレオンが珍しいのかのぅ」
 注目されているのは種族ではなく麗しき髭巻き毛だったが、それは兎も角、エルヴィンは行く先々で大人気だった。広場を通りかかれば風味豊かなサラミとトマト、そしてとろりと溶けた白かびチーズを乗せたブルスケッタを振舞われ、夏の花々に彩られた家々の庭先を通るたび、自家製のエールやら葡萄酒やらで持て成された。
 面白いのは家によってその味わいが全く異なることだ。
 まっさらな手帳に庭に咲く花とその家の酒の味を書きとめながら、のんびり村を歩いていく。
 優しい幸せに満ちた村を見渡して、冒険者としての使命を改めて胸に刻んだ。

 夏の陽射しと緑と花の香りに土の匂い、そして涼やかな水の気配を纏った風が、ヒュポスが手にした細い麻紐をふわりとそよがせ流れてゆく。その心地好さに口元を綻ばせ、彼は様々な色を湛えた木の葉の形の硝子を丁寧に編みこんでいった。葉の数は、今までに受けた依頼の数と同じだけ。
 柔らかに光を透かす硝子の葉には、依頼で出逢った人々の笑顔や戦いで流した血等の経験を。
 風を抱いて翻るしなやかな麻紐には、追い風のように背を押してくれた仲間達との繋がりを。
 其々に込めて編みこみ身につけて、そこから更に自身の枝葉を伸ばしていければ、きっと素敵だ。
 木漏れ日が柔らかな光の模様を描くテーブルにアスティアが広げたのは、濃淡様々の青硝子。
 夏の青空にも似た目も覚めるような鮮やかな青のチャームを取り、透きとおる清流そのものを閉じ込めたような淡い水色のビーズとあわせ、夏空を旅する真白な雲を思わせる白の麻で編んでいく。
 傍を流れる清流のせせらぎと風にさざめく梢の葉ずれの唄が心地好くて、穏やかに流れる風ときらきら揺れる光のかけら、そして濃く鮮やかな世界の色に夏の息吹を感じて、ふと手をとめた。
 命の輝きを強く感じさせてくれるこの季節が、一番好き。
 風に乗って聴こえてきた楽しげな声に瞳を緩め、春楡の泉の水で満たしたグラスに口をつけた。
「気持ちいいねカロアちゃんー!」
「気持ちよくて美味しくて、最高なのです……!」
 彼方まで広がる夏草の草原に立ち、思いきり胸を張ったユユは祝福の地を渡る風を胸いっぱいに吸い込んだ。鮮やかなルビーみたいに真っ赤なトマトと緑艶やかなバジルに、真白なクリームチーズを乗せたブルスケッタを頬張っていたカロアも風の心地好さに瞳を細めて頷きを返す。
 この風はきっと世界をずっと駆け巡ってきた風。
 世界を見てきた風を祝福の名を持つ地で受けとめて、ユユは大好きな世界の言葉に耳を傾ける。
 心ゆくまで風と語り合ったなら、今度は水の硝子と語り合おう。
 硝子が抱く気泡も春楡の泉が抱く気泡も、もしかすると世界を巡った風を受けとめた大地が、そっと世界に還した息吹なのかもしれないから。

 草原で遊ぶ二人の姿を少し羨ましく思いつつ、ヒュポスは大きく伸びをした。
 流れる風と己の動きで手首の麻飾りに連なる硝子が涼やかな音を立て、その心地好さに軽い笑みを浮かべて村人に貰ったベーグルサンドにかぶりつく。甘味も酸味も鮮烈なトマトに新鮮なレタスの瑞々しさ、そして素揚げしてばらりと塩を振ったズッキーニの甘味が堪らない。
 夏の風を思いきり感じられ祝福の地を見渡せるこの場所は、見晴らしが良い場所を探していた彼を招いてくれた村人の家の屋根の上。
「この村は花だけじゃなく、人の笑顔でも輝いてんだな」
 穏やかな心地で呟いて、泉の炭酸水にラズベリーを落とした硝子瓶を景気よく呷った。

●風の麻と水の硝子
 鮮やかな夏葉を茂らせた春楡の梢からは、優しく、けれど時折強く煌く木漏れ日が零れてくる。
 澄んだ水の色の硝子を透かした光が水の揺らめきを指先に落としたから、ハルトは目元を和ませて水の硝子が模る花弁をアデイラの掌にそっと乗せた。自身の掌には優しい暁を映す桜色の硝子。
 硝子の色を変え、揃いのアクセサリーを互いのために。
「ね、何を作ろうか?」
「ん〜……ブレスレット、かなぁ」
 だって手繋ぐの好きやもんねと耳元で囁かれ、柔らかに紡がれた言葉に破顔した。
 涼やかな水音満ちる泉のほとりで、軽やかな生成と露草色の麻紐を編んでいく。
 風の麻で、水の硝子を包み込むように。
 ――ずっと貴女を風で包んでいられますように。
 貴女が俺に想いを注ぐ度、俺は心に咲いた花を貴女の心に届けるよと囁いて、ふと思い出したように口元を綻ばせた。
「いつだったか、一緒に花の種を植えに行きたいって話したの覚えてる?」
 何処か村の片隅に植えさせて貰えないか頼んでみようかと続ければ、幸せそうに笑みを咲かせた彼女に優しく唇を重ねられ、花を植えてみたいって思ったんは初めてやったんよと囁かれた。
 祝福の地と彼女に貰った幸せを咲かせたくて、幸福の日々という言葉を持つベゴニアを抱いてきた。
 此処は、貴女と俺の心が帰る故郷だから。

 優しい南瓜色したベーグルには香ばしく炙られたオレンジ風味の鴨と新鮮なレタスをたっぷり挟み、桃とラズベリーをふんだんに使ったフルーツミルクと一緒に楽しんだ。薄く切った白桃と色鮮やかな黄桃のソースで彩られたハルト達のパンナコッタが美味しそうだったので、ライム風味のクリームを添えたパンケーキと少し交換して貰ってニンフは泉のほとりに腰をおろす。
「あ、いいなぁそれ美味しそう〜」
「一緒に食べるなぁ〜ん?」
 同じく泉のほとりにやって来たミルッヒとチェルダに手を振って、ズッキーニやパプリカといった夏野菜たっぷりのキッシュも一切れ分けて貰った。頬張れば卵とチーズと、夏の太陽の恵みの味。
 銀や緑に桃色といった可愛らしい硝子を広げ早速麻紐を編み始めたニンフの様子に小さく笑って、風を紡いだように軽く柔らかな麻をミルッヒも手に取った。
 月の輝きを映したような銀も、朝焼けを映したような珊瑚の色もとても綺麗。
 けれど僕の水はサニーベリーの泉の色だからと、まずは淡く澄んだ薄藍の硝子に触れる。
 穏やかに揺らぐ泡を優しい水に包み込んだ、チェルダの硝子。
「ふふ、やっぱり皆ここに来てしまうのね」
「わーい、ラシェットちゃん〜」
 優しい風と水の音に抱かれた春楡の木陰に見慣れた姿を見出して、ラシェットは何処か眩しいような心地で瞳を緩めた。清流にかかる橋を越え花に満ちた村を巡れば、足は自然に此処へと向かう。
 癒しと幸福に彩られた記憶が最も色濃く残る、春楡の泉のほとり。
 手を振り迎えてくれるミルッヒも、アデイラも、きっとそれは同じなのだろう。
 瞳を閉じて流れる風を肌で感じ、澄んだ水の香で胸を満たせば――帰ってきたという優しい安堵にも似た温かな心地が、心と身体の芯から満ちていった。
「うなぁ〜ん……なんで、眠くなっちゃうなぁ〜ん……?」
 甘酸っぱい香りのクリームをたっぷり乗せたパンケーキを頬張って、葡萄ジャムを落とした冷たい泉の水をひとくち飲んだニンフが、小さなあくびをしつつぱたりと泉のほとりに寝転がる。
 僕も〜と彼女の隣で横になり、ミルッヒはチェルダを見つめてくすりと笑った。
「いつかチェルダちゃんの作った硝子の杯で、この泉の水を飲むのを楽しみにしてる」
「そうね……チェルダもこんな硝子を作れるようになったんだもの」
 涼しげな銀の硝子を木漏れ日に透かしたラシェットも、綺麗と吐息のように洩らしてチェルダに微笑んだ。頑張りますねっと満面の笑みで返す彼女の様子に、流れた月日を改めて感じ取る。
「ところで……アンクレットの作り方、教えてもらっても構わない? チェルダ師匠」
「きゃー!?」
 師匠とか言われると照れますーとあたふた手を振る彼女の姿にくすくすと笑みを零し、花を模って編んだ麻に銀の硝子を抱かせたいのとラシェットは言を継いだ。
 サニーベリーの風と貴女の水を、いつも感じていられるように。
「朝露のヨーグルトを食べながら夏の夜明けを見てみたいなぁ……」
 一晩泊まれるかなと訊ねるミルッヒに、大丈夫ですよとチェルダが応える。皆さんどうされるか後で訊いてみますねと頷いて、彼女は「ラシェットさんはどうします?」と話を振ってきた。
「さあ……どうしようかしら」

 此処はきっと自分の唯一の執着で、唯一終着にと望む場所。
 長く留まると幸せ太りしそうだから、偶に帰って来るくらいが丁度いいのかもしれない。
 今日か明日には祝福の地から再び旅立とう。
 行ってきます――という、言葉を残して。


マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:8人
作成日:2009/08/22
得票数:恋愛3  ほのぼの10 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。