<リプレイ>
村側の湖畔の茂みから、遠眼鏡で敵の様子を窺っていた獣哭の弦音・シバ(a74900)と三元八力の掌・ハイル(a77468)、黄金の都・ディアブルー(a77484)の3人は、ひと通りの確認が終わると、誰とはなしに溜息をついた。 グドン達は必要以上の森の木々の枝を落とし、魚を食らい、食べかすを撒き散らしている。 見るだに浅ましい彼らの行いは、湖の謂れを知ればなお、咎める言葉が喉をつきかけたが、ディアブルー達は静かな理性でそれを抑えている。 こちら側は、周りの木々や潅木で村は目立たなくなっているのの、余計な災厄を呼ばないようにと、村人達は湖の端へ出ないようにしているらしい。 「湖畔の木々に紛れれば、接敵は難しくないですか?」 子供好きなグラップラー・ネレッセ(a66656)の問いに、シバとハイルは頷いた。 「そうだな」 「左右、どちらから回っても、足場には不安は無さそうだね」 「風下から近付くとしよう」 ディアブルーの言に、風を視ていた明けの唄・フルス(a79163)が、 「なら、遮蔽物の多さを考えても右回りだね」 と進路を指し示した。 村の対岸は森。残る2方向も木々と潅木があるが、左は平原に近く、右回りの方が、林と言える程度の木の混み具合だ。 大きく迂回すれば、敵に発見されるリスクは減るだろう。――そうシバは見当を付けた。 「召喚獣は待機させようか」 フェイクスター・レスター(a00080)の提案に、風を継ぎし者・バーノン(a79462)達は頷く。ディアブルーやハイルのグランスティードも、既に姿が見えない。 「そうですね。初心に返って確実にいきましょう」 視線を受け、ネレッセは自身に言い聞かせるように言い、キルドレッドブルーを待機させた。 「……!」 気付いて、辺りを見回す月明かりの一滴・ラヴィ(a77551)。 右を見て、左を見て、そして自身のグランスティードを見て……その頭をぽふぽふっと叩いた。 「お留守番……なぁ…ん」
森にいるグドンの群れに対応するため潜むのは、シバ、ネレッセ、ディアブルー、ラヴィが前衛、レスターとフルスが後衛に入った6人。 大きく迂回して森を目指した彼らとは別に、ハイルとバーノンは、水際近くを移動する。距離や装備には注意を払っていたし、作戦前、シバが細かい擬装にまで気を配っていたこともあり、2人の潜伏は上々だった。 木々の合間に覗く、グドン達の蛮行。真昼の宴の終わりが近付いていることを、グドン達はまだ知らない。 「「……」」 潅木に身を寄せ、片膝を付いているハイルとバーノンのどちらも、ただ静かに、じっと仲間達からの合図を待っていた。 もう少し――。 なるべくグドン達の背後を突こうと、シバは仲間達に手振りで示す。 森と湖、双方の群れの引き付け易さを計っていたディアブルーは、少し遅れて頷きを返す。ただ、エクスキューショナーズソードを引き摺っていたラヴィには、やめろという仕草で制した。 グドンの群れは、もうすぐそこだ。 シバが、腰を落としたままそっと移動する。木々の遮蔽を避け、弓の通る場所へと。 1歩、2歩……。 ネレッセ達が息を詰めて見守る歩みが、そのまま、攻撃へのカウントダウンとなる。 結い上げた流れる髪が、ディアブルーの耳元にハラリと落ちかかる瞬間、シバの指先は弦にかかる。 ドンッと現れたタイラントピラーとともに、光り輝く矢が生まれ、茂みから身を晒したシバは、頭上へと正義の矢を射た。 降り注ぐ矢の輝きが射程の8体のグドン達を貫く最中に、一斉に、戦域へと駆ける主の元へと馳せた召喚獣は5体。 「司令塔は後回しだっ!」 ピルグリムグドンの対処を遅らせる指示をしながら、魔氷と魔炎を纏ったネレッセが駆ける。 「分かっている!」 その横を、ディアブルーのチャクラムが弧を描き、傷を負ったグドンを切り裂いた。 グドン達の約半数。20余りの怨嗟の咆哮が、その刃の閃きを追うように返って来る。 聞いて、ネレッセは口元を歪めた。 「貴様等に、悪態吐かれる謂れは……ねぇよっ!」 応戦に斧を振り上げて迫る犬グドンの1体にフェイントをかけ、ネレッセは擦り抜けざまに後頭部へと回し蹴りを見舞う。 ザッとラヴィの巨大剣は地を削り、破壊の衝動のままに振り上げられる。グランスティードが踏み込む勢いのままに、白髪が揺れた。 続く後衛、湖寄りは黒炎を纏うレスター、傍らにフルス。 前衛は半円陣に近い形で、医術士のフルスとの距離を離さぬよう――ラヴィは、彼の負った傷の方を気遣い、揃って突出を控えている。 グドン達は、剣や棍棒、斧を振り回し、吠える。 数を頼りの反撃。ピルグリムグドンはひときわ大きな咆哮を上げ、数々の雄叫びを束ねて冒険者達へ迫る。 声と戦闘音に反応するのは、湖の側にいたピルグリムグドンとグドン達もだった。ビシャリと魚を浜に捨て、あるいは、羽をもいだ水鳥をうち遣り。 清らな湖面を濁らせていた5体の犬グドン達が、森を振り返り、突然の侵入者を迎撃せんと踵を返す。 「(うまく動き出しましたね)」 バーノンの言に、ハイルも頷きを返す。 言う間にも、一瞬の激しい光が射したのが見える。青白さは、レスターのペインヴァイパーがもたらした魔の彩り。 シバはジャスティスレインを、ディアブルーは流水撃を主力に使う。数には、数を撃つ攻撃で。 それでもグドン達が一気に数を減らさなかったのは、思い思いに森と湖を荒らし回って散開していたからだ。 グドン達も早々には引き下がらない。手負いとなろうとも、牙を剥き、撃ちかかって来る――いや、撃ちかからせるピルグリムグドンがいる。 光の惑乱による麻痺を払い、引き寄せられるように、数体がレスターへと迫り武器を振り上げる。 「……っ!」 後衛へは抜けさせるまいと、ラヴィがその進路を塞いだ。小さな身体を中心に巨大剣が唸り、極限に高められた力技で、先頭の犬グドンは両断される勢いで薙ぎ払われた。 その血潮を浴びながら迫る、2体目の斧をラヴィは弾き返したが、3体目の槌の一閃に撃たれる。 彼女のフォローに回ろうとしていたネレッセは、ピルグリムグドンの攻撃に晒されて果たせなかった。 「ち……っ うぜぇよ!」 倒すべきか、まだ時ではないか。逡巡の間に、針のごとき尾が執拗にうち振るわれ、繰り出されてくる。追撃を浴びせられたような傷が、ネレッセの手脚を埋めた。 混戦の行方を見守っていたフルスは、自身へ射掛けられた矢を盾でしのぎ、癒しの光を身の内から放つ。 血の跡を残して、ラヴィ達の傷が癒えていく。 (「シバは……?」) 光が届いたかと、仲間の位置を確認するフルスの視線の先。 その淡い輝きの中を、真紅の魔矢が飛んだ。同時に響いた笛の音が、まるで魔矢が空を切る音のように聞こえる。 爆発点には、背に複数の触手を持つピルグリムグドン。水際から付き従ったグドン達の何体かも、巻き込まれて吠える。苦痛にではなく、呼び起こされた怒りのために。 迫る獣のごとき足音――チラと湖の方向を確認するレスターが捉えたのは、グランスティードで駆けるハイルとバーノン。 バーノンが構えた八卦刀の動きを目で追うと、連携したひと息での殲滅を目指し、レスターは空に紋章を描く。 降り注ぐ光の雨。 この頃には、森の群れを統率するピルグリムグドンは、劣勢を悟り始めた様子だったが、頼りの数を冒険者達に減らされ、逃走の隙も与えられなかった。 「わらわらと群れてんじゃない!」 踏み込み、薙いだ八卦刀がグドン達に新たな血を流させ、そのうち3体を完全に沈める。断末魔に混じるのは、森のピルグリムグドンの怨嗟か、悲鳴か。 血飛沫の先には、触手を持つピルグリムグドン。 『新手』に気付き、咆哮を上げるのを、バーノンとハイルは見た。 湖側だったグドン達の動きは、本来なら全て、退路を開くように再び変わろうとしたはずだったが……。怒りの収まらぬ半数以上のグドン達は、それを無視してシバを目指していた。 少なくとも2人の方が、敵にとっては手薄な方角。触手のピルグリムグドンと、3体のグドンだけが向き直る。 それを、許さず。 「湖へは逃がさんっ!」 ハイルの闘気は、空気を凶器の渦に変え、対偶斧の一閃で解き放たれる。ピルグリムグドンが怯み、手負いとなった3体は、回り込んだディアブルーが挟み撃つ。 撃ち、斬り、そして結び、弾く。積み上げたグドン達の死屍を、踏み越える冒険者達。 周囲を爆炎が包み込んだ時を見計らい、ネレッセはピルグリムグドンに攻勢をかける。しなやかに見える脚は光跡を描き、強靭な蹴りが敵を叩き伏せる。次手となるのは、ピルグリムグドンの味方のはずのグドンの斧や蛮刀。 フルスに癒される仲間達の傷と、血を流し続けるグドン達。対照的なその有様が、既に勝敗を物語ろうとしている。 つと、フルスは辺りを見回す。その戦況よりも、撃ち漏らしと逃亡を警戒して。 振るった剣で『味方』を薙ぎ倒し、立ち上がるピルグリムグドンは、ビシリと地に尾を打ち付けた。 憤怒のためか、呼気がフッと音を立てる。 「湖……汚した罰なぁ…ん」 言葉ほどに穏やかでない炎の闘気が、ラヴィのエクスキューショナーズソードを煌めかせる。 「逃しはしないよ」 レスターの放った銀狼が駆け抜け、組み敷く相手に叩き込まれる切先は邪魔な尾をも切断した。 血潮を裂いて、ネレッセの脚は再び光跡を描く。 軽やかにすら見える攻撃ながら、確かな1撃の重みをピルグリムグドンに与えた。ドッと音を立てて、その四肢が崩れ落ちる。 「もう1体……っ」 言って、ディアブルーの合流したハイル達へと、癒しの光を放つフルス。つい踏み込んだ彼に気付き、シバがフォローする。 ピルグリムグドンもアーマーブレイクを受け血塗れではあったが、複数の触手も、仲間達を少なからず傷付け、バーノンも気合の歌声を用いていた。 淡い光は、そのまま戦況の報せでもある。 乱れたせいで流れ落ちる髪を、頭をひとふりしてうち払うディアブルー。 「片を付けようじゃないか!」 指先で繰るチャクラムが、裂帛の気合とともに放たれる。 声の代わりに、応じるハイルは気を叩き込んだ。足元がザッと土を削り、朱色の飛沫を上げながら、ピルグリムグドンは吹き飛ばされる。 その体勢が整わぬうちに。 間合いに、バーノンは踏み込む。八卦刀はピルグリムグドンを斬り裂き、薙いだバーノンの視界を紅に染める。 ピルグリムグドンが感じたはずの怒りも、戦慄も、瞬きの間に無へ帰して行った――。
念のため、バーノンとフルスが撃ち漏らしがいないか、近辺を捜索に出て、グドン達の42に上る死体は、レスターやハイル達を中心に始末された。 事後処理をしているのに気付いた村人達も、死体には慄きながらも、手伝いを申し出てくれる。 「これも俺達の仕事だから」 そう言って遠慮しようとしたハイルに、村人達は「いいえ」と首を振る。ささやかながらも、そうすることが感謝の印でもあった。 「ピルグリム……いつになったら根絶できるのでしょうか……」 片付けを手伝いながら独白したネレッセは、湖を振り返る。それでも、今はこの静寂を取り戻せたのだからと、安堵の吐息をついた。 そうして陽は落ち……訪れた夜の帳が、対岸に残る血の跡も隠してくれた。
「今まで、どれだけの人の想いを受け止めてきたんだろう?」 水面に夜空を映し、輝くように見える湖は、ただ静かにそこに在り続ける。 「想い……守れたよな?」 湖畔で見つめていたハイルは言うと、一緒にいたレスターとディアブルーを振り返る。 「想いを湛え、伝える湖……か」 「夜の湖は……何だか、深淵に引き込まれてしまいそうな気がする」 ハイルとレスターの声に、ディアブルーはそう言い挿した。 恐怖ではない。言うなれば、人の心――想いの強さを知る、冒険者だからこそ感じる畏れかもしれない。想いの強さひとつで、冒険者達は、巨大なドラゴンとすら戦える力を手に入れたではないか。 「吾輩は村に戻っているよ」 「俺も」 「そうか……」 呟くように2人へ相づちを返したレスターは、夜空を見上げる。彼には、鏡の如き湖に輝く星よりも、天に輝く光こそが美しく見えた。 それが真実の姿。生命の輝きを感じさせる煌めきたち。 「……」 ふと微笑を浮かべ、レスターもひと足先に湖を後にする。 風が波立てた水面は、静かに岸に打ち寄せる波となる。鼓動にも似たその繰り返しを、バーノンは静かに見つめていた。 胸に去来する思いに名を付けかねて、彼は溜息をつく。飲めもしない酒を、煽りたい気分だった。じっと、酒瓶を見つめていると――。 不意に、手元の瓶を奪われた。 「……っ」 無言で傍らを往き過ぎたのは、シバ。 波打ち際まで歩いて行ってしまったシバの面は、バーノンからは見えなかったが、月明かりに照らされたその表情は、常とは違った優しさを滲ませている。 酒のことをと言うより、もっと違ったことを、バーノンは彼に諭されたような気がした。 「……思い悩むのは私らしくないですね」 その呟きを背中に聞いて、シバは酒瓶を岸に据える。静かに膝を折ると、清らな水に触れてみた。 静寂の中に、出会った人達の笑顔が思い浮かび、知らず、シバは口元を緩めた。 想いの数だけ、湖は違った姿に見えるかもしれない。 温かくも、凍てついているようにも、安らぎをもたらすようにも、不安を掻き立てるようにも……。 フルスの見つめる水面は、流れ往く水のように、過ぎ去った日々を思い起こさせた。そこにある出会いと別れを。 星々の煌めきにも似た、温かな思い出。 「ありがとう……」 小さく囁き、両の手の平を湖に沈めた。 蒼白い月影の中、思い思いに湖畔で過ごす仲間達の姿は、ラヴィの目には絵画のように思えた。 「想い……届くといいなぁ…ん」 小さな願い。 温かな想い。 この世はいつも、儘ならないからこそ。儚くも、この湖は美しく見えるに違いない。 月明かりに照らされながら、ラヴィは飽きることなく、その光景を見つめていた……。

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参加者:8人
作成日:2009/09/02
得票数:冒険活劇5
戦闘1
ほのぼの2
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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