刎頚契りし秋の総花



<オープニング>


●総花の行く末
 誘いの先は、所謂「お守り」を取り扱っていると言う聖堂だった。
 小さいながら清らかな場には、腰まで伸びた白金の髪を持つ俗世を離れた者が一人住んでいる。彼は聖堂の周りで咲き乱れる花を愛し、花を模した護りの品をひとつひとつ丁寧に作った。
 元々手先が器用な者であったのか、高値で買い取る貴族も後を絶たぬと言う話。けれどその守りの品は、誰より「願う」者へと渡される。聖堂の住み人は「選ぶ力を持つ者」を好んだ。
 護りの品は無数と思える程にある。
 様々な花を模って作り、また、様々な花の刺繍を施し、また、様々な花の色で染め、また、様々な花の柄で敷く。その護りに託す願いと、その護りを向ける者へ最も相応しき守りは何かを思い悩んで選んでこそ、と言うものが主なりの美学哲学に当たるらしい。
 聖堂に住む者は代替わりもする。そのため、護り具の中には数十年を越えて長く聖堂内に留まっているものも多い。金属を加工した品、宝玉を鏤めた品、淡いものから深いものまで色取り取りの、己が生まれる前から在り続ける護りの品々を見、主は言う。
「何時如何なる時か私は知らん。しかし彼らにも、己を必要とする者と巡り会う時が来るのだよ」
 待ち続けた何れかを拾い上げてやるも良い。
 主の手解きを受け、自ら御守りを作るのも良い。
 元々作られている素体に何らかの手を加えるのも良い。守りを潜める可愛らしい巾着を縫うも、守りの裏に刺繍を施すも各々の自由だ。特に戦場へ赴く者は、武器飾りとして使えるよう、お守りに細工をして行くことも多いと言う。
 真に相応しいと思うものを選び取る、その過程で想いが込められるのだと主は語った。其の護りこそが己を真に高め、護り具の意味を引き出すのだ、と。

●契りし刎頚
「親しい者の無事など、幾ら願おうと足りるものではない。最期のときまで隣り合わせでいられたなら、悔いもなく逝けるやもしれん、が……」
 晩夏も盛りというのに男は長衣に身を包み、煌びやかに飾った袖口から白手袋を覗かせる。
 唇を歪めて形作る笑みには、皮肉と共に愉悦染みたものを刻んだ。
「遺す者がひとりでも在れば、安らかな終わりなど何処にもあるまい」
 涼しげどころか冷えた口調で、毀れる紅涙・ティアレス(a90167)は紡ぐ。
 彼だけは外界から隔離され、暑気と縁遠い場所にいるとでも言うのか。
 月桂の誓約・ラウリィ(a90406)は少し悩んでから淡々と答える。
「喩え、一端と言えど、死を肯定するような発言には賛同しかねます」
「望むほど飽きてもおらんが」
 後輩の若さを楽しむように、彼は喉を鳴らして笑う。
「生真面目な貴様にこそ頼れることもある」
 ラウリィは眉を顰め、少しばかり沈黙した。
 そして、彼が、熱い紅茶の注がれたカップを傾ける様子を見守る。
「その、聖堂でしたか。……俺が伺うのは構いません。でも、どうしてティアレスが行かないんです? こうして茶飲み話をしている暇はあるんでしょう?」
 ティアレスはたっぷり15秒ほど間を置いてから答えた。
「持病の、胃痛で……」
 ラウリィは真顔で切り返した。
「大丈夫ですか(頭は)」
「…………」
 問われた男は無言のまま顔を背ける。
 彼が答えを返す気がないと察し、やがてラウリィは嘆息して頷いた。
「理由はわかりませんが、先輩の仰ることです。何か深い意味があるんでしょうね」
 ティアレスはますます複雑そうに黙りこくる。
「誘いも魅力的なものだと思います。謹んで、拝命させて頂きます」
 ラウリィは爽やかに微笑み、彼の頼みごとを受け入れた。
 彼は、酒場を訪れる冒険者ひとりひとりに、共に聖堂を訪れてみないかと誘いかける。
 触れる機会を自ら望むのであれば、そこに必ず意味が生じると信じて――。

 秋、花を潜めし聖堂に、未だ知られぬ誰かの為の護りが眠る。


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参加者
NPC:月桂の誓約・ラウリィ(a90406)



<リプレイ>

●清澄たる聖堂
 夏の盛りも過ぎ、秋を迎えた空の青は遠く高く見えた。
 広がる清廉な空気の中には、開いた花々の香りがふわりと漂っている。
 聖堂は静謐さを湛えており、それ以外に堂内を満たすのはこれまでに捧げられた祈りや想いなのだろう。その気配を感じ取りながら、エリファレットはひとつひとつ丁寧に護りの品を手に取って行く。
 平和な世であれば、常に強く公正な存在で居続けることは容易い。けれど、戦線に於いてはそうもいかないのだと言う現実を、彼は深く理解している。だからこそ、自身の務めを成し遂げるために、揺らぎかねない気持ちを支えるための確かな形を手にして行きたいと思う。
 如何なるときであろうと、如何なる場所であろうと、己の矜持が零れ落ちてしまわぬように。
 この世界を彩るものがどれほど美しく、そしてこの世界がどれほど尊いものに満ち溢れているのか、心に留めておけるように。
 幾つ目かのお守りを選び取り、彼は穏やかな薄紅色の護りへ願いを込めた。
 自らが抱く想いを他者に告げると言うことは、ユダにとって初の事柄である。彼が今まで経てきた時間の中で、その行為が必要とされる機会に直面したことはなかった。幾許かの不安に苛まれながらも、託す護りを得たいと思う。慎重に言葉を選びながら、彼は聖堂の主に声をかけた。
「成し遂げると己に課した『誓い』を、形にして傍に置きたいのです」
 これまでの間、自分は平和を願うばかりだったが、己の手で願いを果たすことが出来得る存在になろうと心を決めたこと。未熟な身であるが故、何を成せるかは分からない。しかし、強い想いは自分への『誓い』になると言うこと。
「君の心に誓いがあるならば、その楔は必ずや、その姿を見せるだろう」
 聖堂の主は気難しげな表情を崩すことなく頷いた。了承に安堵し、ユダはラウリィに呼びかける。その言葉を聞いた彼は「俺で力になれるなら喜んで」と微笑んだ。
 目を閉じれば思い浮かぶ、優しい笑顔。
 いつも変わらずに在るものが、これから先もずっと変わらないでいてくれるように。
 それがどうか護られるように。
 愛情たっぷりに接してくれる人のために、とテイルズは聖堂の主に述べる。
「あの人が笑ってくれると嬉しくなるから……」
 それに誕生日も近いから、とはにかんだ笑みを浮かべながら彼は続けた。
「理由が定まっているのならば、私からはもう何も言うことはない」
 淡々と返された言葉に礼を告げて、テイルズは刺繍の手解きを受けられますかと微笑を浮かべる。願いと気持ちを込めて、想いが届くようにと思った。
 秋の聖堂の中には、落ち着いた空気が緩やかに流れている。

●護る気持ち
「聞いても良いか?」
 純粋な興味と、幾らかの期待を込めて、リファルはラウリィに問いかけた。
 願いは人によって叶えられ、祈りは己の心を満たすものか、あくまでそれに添えるものかと思っていたこともある。生きるためにはその過程で何かしらの犠牲を払わなければならないのではないだろうか、と考えながら過ごしていた。
「勝利の誓いを」
 彼は穏やかに笑みを浮かべて答える。
「願うことも祈ることも自分のための行為なんだと思います。ただ、『自分』次第で他の誰かに何かを伝えることが出来る……その『形』のひとつがお守りなんでしょうね」
 欠けているものの手がかりになるだろうか、とリファルは少しばかり思案して、それと同時に、互いに生き残ったならば、また話をしてみたいと感じられた。
 花の護りに満たされた堂内を眺めて、ソウェルは聖堂の主へと話を始める。
 想う人が幸福を得られるように、彼女は最後まで応援することを心に決めていた。その姿に涙を流したこともあるけれど、果ての結末を祝福したこともある。
 しかし、今は迷い込んでしまった彼に対して出来ることはひとつしかないように思えた。発した声も届くかどうか分からない。それでも、傍にはいられない自分の代わりに、淡く小さな太陽の花が彼の共に在ってその心を守ってくれるように、と彼女は護りを望む。
「理由のある者を拒みはしない。見い出せたものを持ち帰るが良い」
 主は瞑目したまま、淡々と告げた。
 贈る相手のことを思いながら、シャルロはお守りを吟味していく。既に行ってしまったこととは言え、無碍にしてしまったことを悔み、せめてと選び取る己の姿を思うと、自分のことながら思わず小さく息を吐いてしまった。
 いつも懸命に振る舞う良い子だから、その生涯を幸せに過ごして欲しいと思う。自分のような女を心配し、励まそうとしてくれた。感謝の念を抱く理由はそれだけで充分だと彼女は言う。
「だから、幸福で在るように願うの。……何か変かしら?」
 訊ねた彼女の言葉に、聖堂の主は静かに答えた。
「おかしいと思うなら、持ち帰らなければ良い。君の望むようにしたまえ」
 この答えは許可と受け取って良いのだろうか、と内心で仄かに安堵を覚える。
 訪れる際は、我知らず気が急いていたのかもしれない。あまり見ることが出来なかった外の花を眺めるのも楽しみだと視線を向けた。
 聖堂の中、それ自体にも花が咲き乱れているようにも見える。
 柔らかな華やかさが、そこには在った。

●想いの祈り
 お守りをひとつ手に取っては、戻す。心を惹かれるものの中でも、自然に収まるものを求めて、レムはその動作を繰り返していた。
 願うことは己の力で叶えたいと思うから、護りを託すことはそれほど好ましいとは思っていない。けれど、誰かの幸せを、誰かの笑顔を望み続ける人に、お守りを贈りたいと思う。
 自分が彼の人を笑顔を齎したいと言う意志と、そのような存在でいられるようにと祈り、願う想いを真っ直ぐに伝えるため、ともすれば秘め続けてしまいそうな気持ちを告げるため、彼女はこの機と真摯に向かい合った。
 いつも傍にいたいと思っても、いられないこともある。
 その事実を受け止めて、常に身に付けられる護りへ想いを託そうと思った。
 聖堂に並べられているお守りのひとつに編み込まれた花の模様に目を留め、カガリはそっと手を伸ばす。花の可愛らしさに柔らかく目を細めて、どんなときであっても夢を見ることを忘れずにいて欲しいと願った。そして、花の別名に贈る相手の姿を思い浮かべ、様々な土地を巡ってその地の人々を笑顔にしたいと言う彼には似合いの品だと思う。更にもうひとつ、彼にぴったりだと思う理由を閃いて小さく笑った。
 自分が朽ち果てることになったとしても、息災であって欲しいと願う者のためにアークは祈る。
 そうすることで願いが叶えられるかは分からないが、捧げた祈りや願いは確かに存在するのではないかと思った。それらが形になれば良いと考えているわけではない。けれど、自分が願ったこと、自分と言う人間が確かに存在した印を大切な人に持っていて欲しいのだ、と彼は聖堂の主に訴えた。
「選びたまえ、此処には想いの証が在る」
 首肯し、聖堂の主は彼の言葉に答える。
 聖堂の中には目移りしそうなほど多くの品々が並び、春や夏とは多少趣が異なりながらも、色とりどりの花が咲き誇っていた。
 愛しい人から貰ったお守りが自分の心の助けとなり、今まで重い病を患うことも怪我を負うこともなかった、とエッシェは聖堂の主に述べる。そのお守りの贈り主への感謝の気持ちと、その無事を祈る心の証明として、彼女は護り具を求めていた。
 見慣れない細かな細工が施された品を軽く見やったのち、彼女はラウリィに声をかける。願う理由を説明し、祈りを込める形を選ぶ手伝いをして貰えると嬉しいと告げた。彼は表情を引き締め、「大役ですね」と小さく頷く。
「彼ね、空になっていた自分のお守り袋に新しい中身を容れて、わたしにくれたんだ」
 そのお返しに、この針で刺繍した新しい袋で、古くからあるお守りを渡そうと思う、と彼女が続けるのを聞いて、ラウリィは思案するように軽く眉を寄せた。自分はその人のことを知らないが、意味を込めるに合うものを選べるよう努める、と微笑みながらもう一度首を縦に振る。
「あなたがそんな顔をして想う人だと分かりますから」
 辺りには、訪れた人々の密やかな囁きだけが響いていた。

●秋の花守り
 この季節独特の穏やかな日差しが聖堂に差し込み、涼しさと清らかさを内包した空気がほんの少し暖まって行く。
 秋に花開くものは、何処か安らぎを感じさせるような、淡く優しい色をしたものが多かった。
 ハジは、そっと聖堂の主のもとに向かう。
「この聖堂と貴方の言葉に強く惹かれて此処に来ました」
 堂を訪れることが出来たのも、大切な人から受け取ったお守りにずっと護られてきたからだ、と彼は述べた。祈りや願いを必要としない人も、護りが支えとなり得ない場合もあるだろう。
 必然を作り出すことが出来ないお守りの弱さも分かっているけれど、それが持つ価値も知っているから、その人の幸せを、無事を願う気持ちを形にしたいのだと続けて言葉を紡ぐ。
「君の訪れを歓迎しよう。巡り逢える方が幸運なのだから」
 険のない口振りで聖堂の主は返答し、護りの品々を示した。
 様々な意匠や工夫が凝らされたお守りが数え切れないほど溢れる中で、イドゥナは緩く目を眇める。重ねてきた時間に、最果てで待つものへ恐れを抱いたことはどれほどあっただろうか、との思いが脳裏を過ぎった。
 しかし、縋ったことの有無さえ判然とせず、遺したいと感じるものも思い浮かぶことはない。
 己の在り方は変わりないように思えたけれど、ひとつなら違いとして挙げることも出来そうだ。何はともなく渇きを覚えていた近しい過去もあったが、今となっては欲するものがなくなっている。それを満ち足りていると呼ぶのなら、永久に続かないと知っているからこそ、受け入れることも出来るだろう。
 僅かでも意味を見付けることが出来た喜びを胸に抱き、彼は言葉を発することもなく、藍色の護りをその手に取った。
 戻ることが出来るのか分からない大きな戦を控えて、祈りを捧げたくなる気持ちも自然なものだとエルスは思う。大切に想う人たちや愛する人のいる世界を守りたい、と言う彼女の意志は固く、戦に赴こうとする決意が揺らぐことはない。
 けれど、戦いを終えたときに帰る場所がなかったとしたら、きっと悲嘆に暮れることになるはずだ。それ故に、彼女は迷ってしまわないよう、帰路に向かうための導としてお守りのひとつを選び取る。
 何処にいたとしても、どれほど時間がかかることになろうとも、愛する故郷へ、自分の居場所へ帰ることが出来るようにと願いを込めた。
 手にしたお守りの花模様をなぞり、彼女は静かに思いを馳せる。
 あの人のもとへ、帰れるように――。
 緩やかに吹き抜ける秋風の中で、花々がのどかにそよいでいた。


マスター:雪白いちご 紹介ページ
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参加者:13人
作成日:2009/08/29
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