ドラゴン掃討:深緋の流炎



<オープニング>


●ドラゴン掃討
 ゾフィラーガ・ヴァンダルから魔石のグリモアを託され、地獄の全てを統合して強大な力を得た王妃との戦いに、ドラゴンウォリアー達は勝利した。
 そして、全てを飲み込まんと迫り来る『絶望』を、溢れんばかりの『希望』と共に打ち破ったドラゴンウォリアー達は、インフィニティマインドと共に、地上へと帰還した。
 大きな脅威が過ぎ去り、戦いは終わったのだ。

「ですが、冒険者のなすべき事が、すべて片付いた訳ではありません」
 エルフの霊査士・ユリシア(a90011)は、改まってそう冒険者達に告げた。
「円卓の間で話し合われた『解決すべき案件』は、まだ多くが未解決なのですから」と。

「最優先順位であった『魔石のグリモアの剣の探索』は完了しました。次に優先順位の高かった『地獄への対応』も、結果的に完了したと言って良いでしょう。つまり、我々が次にすべき事は、3番目に優先順位の高かった案件……つまり『ドラゴン、ドラグナーの発見と、その討伐』です」
 インフィニティマインドがあれば、擬似ドラゴン界を使うことなくドラゴンウォリアーになれる。
 つまり、大勢で一気にドラゴンやドラグナー達を掃討する事が可能なのだ。
「ドラゴンに関しては、すでにルラルさんの超霊視によって、すべての所在が判明しています」
 ドラグナーに関しては数が多いため、もう少し時間が掛かりそうとの事だが、そちらも全容が明らかになり次第、すぐに掃討作戦が決行されるとの事だ。

「あとは、倒すだけで良いのです。この世界からドラゴンの脅威を完全に払拭しましょう」
 その為の作戦に、どうか皆様の力をお貸しくださいと、ユリシアは深々と頭を下げた。

●深緋の流炎
「私からお願いしたいのは、火山の火口に身を潜めたドラゴンの討伐、です」
 ユリシアの言葉を引き継ぎ、花灯の霊査士・ティーリア(a90267)が告げる。

「場所は火山にある火口の一つ。此処では、かつてドラゴンロード・ヴァラケウスの配下だったドラゴンが主となって、潜伏しているらしいのです……」
「何だって、そんな暑いところに……」
 暁の凛花・アシュレイ(a90251)があからさまに眉を顰めてぼやく。
「理由は知りませんが……隠れるのに都合が良かったから、とかではないでしょうか」
 少しだけ考える素振りを見せて霊査士の少女は答えた。そして軽く組んだ指先を弄び、ドラゴンの考えることは私には分かりませんから、と言い置いて話の流れを元に戻す。
「突入箇所は、このマグマの流れる火口。此処を通ってマグマの流れる地下に潜ることになります。そうすれば、恐らく其処にドラゴンが居る筈。
 複数のドラゴンが集まっている場所ですし、内部はとても広い洞窟になっている、とのこと。例えば大勢のドラゴンウォリアーが突入しても、戦闘には全く支障が出ない程の広さがあるらしいのです」
「でもマグマが流れるって言ってたじゃない。普通は、触ったら炭になるか蒸発するかしちゃうんじゃないのかしら」
「確かにこの場所はマグマが流れていますが……ドラゴンウォリアーになっていますし、触れても火傷するかどうかの熱さにしか感じないのでは……。別段気にする程のことではない、とお聞きしました」
 結局熱いことに変わりはないんじゃ、というアシュレイの呟きは聞こえなかったことにして、ティーリアは先を続ける。
「向かってもらう火口の先に居るドラゴンは、いずれも好戦的なドラゴンばかりが集まり身を潜めた場所。擬似ドラゴン界のような人数の制限を受けることもありませんが、油断も出来ません」
 僅かに声音を硬くして、周囲の冒険者へと視線を向けた。
 淡い黒の瞳は酷く生真面目に――けれど其処に焦燥の色はなく、常の落ち着いた表情を見せている。

 霊査士は、更なる情報を伝える為に羊皮紙の束を捲った。
「多くは口から吐く炎のブレス。他にも個体によって異なる攻撃を仕掛けてくるようですが、行動を阻害するようなものよりも力押しの攻撃がメインですね。回復する手間すら掛けずに、攻撃に傾倒します。勿論、状態異常に陥るような攻撃を仕掛けてくる敵も皆無ではありませんから、その対応もそれとなくで構いませんから、何かしらあった方が安全でしょう」
 必要な事項を余すところなく伝える為に、次々と羊皮紙の頁を捲っていた手が止まる。走らせていた視線はふと宙を彷徨い、頭を振った後、その視線は冒険者達に注がれていた。

「この戦いでドラゴンを確実に倒すことは、平和な未来への一歩となります。
 多くのドラゴンを相手にすることになると思いますが、皆さんで頑張れば、絶対、大丈夫です」
 胸の前で祈りの形に組んだ指先に、ぎゅ、と力が篭る。
「どうか、皆さんの力を合わせて、頑張ってきて下さい」


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参加者
NPC:暁の凛花・アシュレイ(a90251)



<リプレイ>

●紅蓮の奔流
 近づいただけで溶けそうな熱を孕む火口付近。
 灼熱の溶岩は静かに流れるものの、その奥にドラゴンが潜む事に変わりは無く。
「別段気にする程のことではない」と霊査士が太鼓判を押したことを疑う訳でもないが、それでも踏み込むには些か躊躇われた。
 常人ならばただで済む筈も無い溶岩。
 その中には、倒すべき敵がいるのならば迷う暇などある筈もなく――冒険者達は意を決して飛び込んだ。

 赤く、紅色に燃ゆる世界。
 暑く、熱く、けれどほんの僅かな我慢で事足りる、ドラゴンウォリアーとしての火口の内側。霊査士の告げた通り、中はいやに広い。幾重に分かれて交戦を繰り広げようと、その射線が重ならぬことも多かろう広さがある。
 逆を言えば、冒険者達が飛び込むとすぐさま身を隠したドラゴンの、不意打ちも考えられた。洞窟内を飛翔するドラゴンへと駆ける冒険者達を見送ったポーラリスは、物陰から覗くドラゴンの翼を見つけ宙を翔けた。
「どんなドラゴンにも、大地を穢させはせん」
 拳に薄緑と水色の布を巻いたポーラリスの強烈な蹴りがドラゴンの脳天に突き刺さる。記憶に揺れる瞳は薄緑に染まり、感情を噛み締め抑える様な犬歯が、口元から覗いていた。
(「……まして、あのロードの配下になど……」)
 足が離れるよりも早く、破壊の衝動を呼び起こしたバーミリオンが巨大な剣を振り下ろされた。
「テメェらが居なけりゃ、色々変わらなかったんだ……!」
 ある意味では全ての始まりのロード、ヴァラケウス――その眷属。
 一匹たりとも逃す心算は無い。
 失くしたものは多く、もう、二度と手は届かない。
(「……なぁ、光になっても見ててくれてるんだよな」)
 光が傍らに在ると信じて。
 翔けて。
(「もうすぐ決着つくから。だから――」)
 其の先に光を見た金色の瞳が鋭く細められ、剣が跳ね上がる。赤い景色の中に更にドラゴンが赤の飛沫を振りまき、空中で翼を振るわせた。
「長いだけの生涯を此処で閉幕にしてやろうじゃないか」
 醜悪な巨躯のその苦悶の声すら遮る様に、クリスが練り上げた気の刃とレスターの放つ巨大な火球が腹部を抉る。
「此処で終わりにさせてもらう、未来へ禍根の種を残したくもない」
 力は己がモノとしてこその信念を胸に力を紡ぐレスターの姿は常と変わらない。唯、光に溢れた世界から消えてもらうと重ねた言葉は力強く――酒を酌み交わす約束を違えぬ為に、生きて戻る為の力を再び紡ぎ始める。
『おのれぇぇぇぇぇ!!』
 強固な外殻に包まれたドラゴンの体躯には既に深く抉られた傷が幾つも目立つ。痛みと戦慄に激昂したドラゴンは、赤い溶岩に囲まれたこの場所で尚、見るも鮮やかな火炎の鮮やかなブレスを撒き散らした。
(「此処まで来て死ぬ気はないけれども……」)
 身を翻しブレスを避ければ、靡いた白い髪の先が光に溶ける。華奢な体躯に変質したレイは、振り返ることもなく視線を逸らさぬままダメージの重なったドラゴンに気の刃を放つ。
 未来に禍根を残さない為に。
 誰も死ぬ事なくこの戦いを終わらせる為に。
 今の自分に出来る事を全力で――全力を振り絞って力を紡ぐ。
(「今となっては決して相容れぬ存在ではあるけれども、ドラゴンもかつては自分達と同じ人だった……」)
 群青色に染まった瞳をドラゴンへと真っ直ぐに注いだまま、アレグロは無骨な巨大剣を叩きつける。
 何処で違えたのか。
 何処で、ドラゴンは道を踏み外したのか。
 答えは――。
「彼らは力を選び、我々はこの地と民を選んだ。……その違いだ」
 彼らを倒し前に進む自分達は、この道を決して違えてはならない。この地に未来永劫、ドラゴンの力を必要とせぬ平和が訪れる事を願い、今は力を振るうより他無い。
 ブレスによって傷ついた仲間達を癒すように、力強く歌声を響かせるのは襤褸となったマントを其の身に纏うラズリオだ。
「英雄達よ立ち上がれ!希望ある未来の為に!!」
 揺蕩う銀の髪は白に移り、雄々しい角がその頭上に伸びて自然の雄大さを思わせた。
 暑さにではなく、灼熱の魔力を持った火炎に包まれた身体さえ、その歌声は丸ごと拭い去ってくれるようだった。
 成功させて一緒に帰還しましょうね、と差し出した小指にほんの僅かに躊躇ったけれど、指切りを交わした無彩の黄昏・レイトヴァール(a90316)。約束は苦手だったが、いつしか、約束を交わすことは嬉しいと思えるようになった。同じ気持ちだと穏やかに微笑んだエルフの青年の姿を思い出し、オウリは深く濃い海の蒼に染まった双眸を和ませ小さく笑った。その笑顔が隣に居る今なら、心が挫けそうになる心配も、負ける気も全くしない。
 焔を思わせる明るい緋色の髪を踊らせ、長剣に強烈な電撃を乗せれば、夕焼けを思わせる赤みの射した銀色の髪のレイトヴァールが合わせて剣を振り抜いた。ドラゴンを見据える瞳は、今や沈みかけた太陽の色に染まっている。平行して奔る電撃に、火球が重なりドラゴンの身をごそりと削った。
 白い蔦の絡む黒髪を掻きあげて、紋章の力を紡いだままスズは周囲へと視線を走らせる。逃亡を図ろうとするものが在るなら、追いかけてでも仕留めに行く心算だ。逃さぬと言えば、暑かろうが寒かろうが、その脅威を見逃す事もやり過ごす事もしない冒険者に何やら感嘆めいた思いを覚える。同時に何故この様な暑い場所に長々と潜んでいられるのかと思わずには居られない。
 思わず遠い目をしかけたスズは頭を振り暑さに辟易したようで、帰ったら冷たいお茶が飲みたいと思わぬかと問えば、レイトヴァールは断る筈も無いと額の汗を拭った。

 火口内部の空洞で、幾つものブレスの光が行き交い、搦め手よりも其々がもつ力を最大限に発揮する様な攻撃の応酬が繰り広げられていた。
 守るようにその身を盾にして仲間の前に立ちはだかったジョルディは、ドラゴンの攻撃が止むや否や黄金の剣を握り直し大上段から振り下ろす。
 不退転の心意気で立ち向かい、敵を全滅させるまで戦う意思は強固な防御を得て体現している。その背に相棒が立つならばこれ程頼もしいこともない。
「征こうぞ、相棒よ」
 【黒鴉】の筆頭として、傷ついた仲間達を癒す様にルワが歌声を響かせる。
 皮肉なことにドラゴンが遣って来なければ得られないものがあったのもまた事実。故に勝利への凱歌は彼らへの手向けの歌とするのも悪くない。間違いなくドラゴンは脅威であり、多くの命を奪ったから許すことは出来ない。けれど、こうして仲間を護りながら戦うことをしっかりと自分に覚えさせてくれたものだから、アクラシエルは感謝の気持ちも何処かにあった。
 真っ直ぐに剣を掲げて、宙を翔けるアクラシエルに迷いは無く、その身が傷だらけであろうと、それは同じ。
「行こう、俺の光」
 ああ、とソロが頷いて応え、あたたかな癒しの力でそっと仲間達を包み込んだ。
「クーラの背中は僕が護る」
 援護に回り、確かな癒しの力を施すソロはアクラシエルに「君は君自身の戦いをして」と声援を送る。オルーガもまた天使の加護を載せた一撃を、ジョルディ、アクラシエルに合わせてドラゴンへと叩き込む。
 思いだすのは護るべき民の笑顔、愛する子供達の笑い声。
 それは全部幸せの音で、宝石にも勝る命の輝きだった。
 オルーガはそれを護るために剣をとったことを思い出す。これ以上の悲しみは必要ない。これ以上辛い思いなどしたくないのはヴェルーガもまた同じ。沢山苦しんで、沢山失って――そんな悲しく辛いだけの連鎖はもう十分だ。
「終わりにしましょう」
 一括りに結んだ髪は氷柱のように凍り先端が鋭い光を放つヴェルーガは、透明度を増した翼を羽ばたかせ、短い矢を次々と放つ。その姿は氷の女王とも呼べる程に怜悧な印象を与えていた。

●紅焔の揺らめき
 冒険者達の後背をつこうとしたドラゴンは、衝撃波をその身に掠めて動きを止めた。
「そっちには行かせない」
 クレスの漆黒の剣がドラゴンを捉える。包囲も孤立もさせぬよう、周囲に注意を払っていたクレスと、洞窟内部に隈なく視線を配っていたフィーリアのタッグの前には、溶岩の中から姿を現したドラゴンも奇襲を成功させることは出来なかった。
 髪は真白い雪のように、瞳は灰色に近い薄紫色に変じたクレスは、望む未来をその手で掴む為にも決して諦めはしないのだ。
 その背を淡い薄桃色の瞳で見つめながら、フィーリアは透けるような銀の睫を瞬かせる。
 光り溢れる明日が見たくて、前を行く彼の背中に自分の心の背中を重ねた。
(「彼が倒れないように何度でも癒すわ。必ず護ってみせる」)
 ドラゴンの反撃を躱しながら、フィーリアは春の光の軌跡を描くように癒しの力を紡ぐ。黄金色から虹色に移る柔らかな髪が力の波に浮き上がり、一輪だけ咲いた白い月下美人がふわりと揺れた。
「……やっぱりドラゴンは大嫌い……」
 回復ではなく、幾重にも突き刺さる針の雨を降らせて、エミロットは唇を噛み締める。金色に染まった髪が頬にかかり、髪と同じ色に染まる瞳が揺れた。
 ――私怨が籠りそうだった。
 でも、とエミロットは頭を振る。これは未来の為の戦いなのだ。自分にそう言い聞かせて、力を紡ぐ為に意識を集中させる。
「私も全力で仲間を護る」
 あの人と同じように、唯、それだけを胸に――。
 傾いだドラゴンに更にイオが赤く燃え盛る火球を放つ。
(「後の世界に影響が無いように、後の世界が倖せに過ごせるように……憂いは、此処で絶っておかなくちゃ駄目なのだよね」)
 幾本か金色が混じった桃色がかった銀の髪、其処から覗く白銀の天使の翼を揺らしイオはドラゴンへと視線を注ぐ。赤紫色の光を湛えた瞳は、ドラゴンの口元ではたと止まった。
 熱く零れる吐息は灼熱のブレス故にか――シュウシュウと音を立てている。其処に覗いた牙が凶悪に煌いた。
「危ない、ブレスが!!」

 ドラゴンの口からは熱量の塊。
(「上空からの奇襲……っていうのが難しいのはありがたいところだけど……っ」)
 フィルメイアは身を焦がしながらも、ブレスの射線から逃れようとする。
 注意を払う場所がある程度は限定される――とは言え、来ると分かってもなかなかドラゴンの攻撃を避けられないのは、なかなかに苦しい。フィルメイアの紡ぐ癒しの力に、ヴィクトルの力が重なり、淡く温かな光が冒険者達を優しく包み込む。
「大丈夫か、オメーラ!」
 荒々しく言葉をかけるヴィクトルは斜に構えた瞳を眇め、ドラゴンへと視線を転じた。
(「ドラゴンの汚ぇツラ拝むのもこれで最後か……」)
 周りを見渡しても誰もが退く気配等微塵も見せず、戦っている。キッチリと終わらせてやろうという自身と同じ心構えによるのだろう。
 寧ろ逃れようとするのはドラゴンの側であり、傷ついたドラゴンはブレスを吐き出した後、火口へと飛翔する。
「やれやれ……こんな暑苦しい場所に引き篭もるなんて、困った子だね」
 漆黒のリボンと黒の鎖を揺らす白銀の大曲刀を携えたプルート、は細めた赤い瞳で一瞥した。
「でも、君達が遊んでくれるなら……それも悪くない」
 黒の着物の上に羽織った彼岸花を模した赤い羽織を靡かせ、翔ける。プルートは極限まで闘気を凝縮させた一撃を、荒い息を吐くドラゴンへと躊躇無く叩き込んだ。

●赤煌の熱
「火山にドラゴン、と来たら物語の王道」
 後はお姫様と財宝があれば完璧、と言いかけてちらりと暁の凛花・アシュレイ(a90251)を見たハルは、「お姫様が倒しに来るのは斬新ですね」と笑みを浮かべた。其れとは裏腹に近づけさせぬという矜持と共に眼前に迫り来るドラゴンに、狙い済ました一撃を叩き込む。同じ方を見遣って小さく笑みを漏らしたクラウが、ハルの一撃に続いて素早く剣を振り抜いた。
 色々と大変な思いをしてきたけれど、自分達はこうして戻って来れたのだからやるべきことは変わらない。この先の平和な世界には不要なドラゴンの脅威や遺恨なんてものも此処で、きっちりと方を付けてやるのだ。
 
「コウ、行くよ……」
 白いフードを目深に被ったウィーの言葉と共に黒い炎の蛇が宙を翔け、ドラゴンが仰け反り逃れようとする。それを見越して動いたコウが、抜けるように白く長く伸びた髪を揺らしながら、極限まで闘気を凝縮させた一撃をその巨躯に叩き込んだ。
 おのれ、と低く呻いたドラゴンが顎を開ければ、溶岩よりも尚高い熱を孕む雷撃が力任せに吐き出された。
「……!!」
 上下を塞ぐ洞窟の中での戦い故にか、距離を保てずにいたアシュレイをローは己の方へと引き寄せて庇う。
 即座に来る衝撃に、ローの枷にも似た両腕の深朱の腕輪と鎖が緋色の雫に濡れていた。荒れ狂う雷撃の威力は殺し切れず、アシュレイの緩やかに解けたオレンジがかった陽光を思わせる金色の髪と白翼の耳には鮮血が迸る。
 その様を目にしたローは何言かを呟き、灰色がかった黒髪の合間から覗く金の瞳に剣呑の色を滲ませ反撃に転じた。彼の後姿を目で追っていた少女の耳はほんの少し赤く染まっていたが、血に染まった指先で杖を握り直す。戦いは、未だ終わっていない。
「……力によって、命を弄ばれる運命など……私は甘受するつもりはないっ……!!」
 青く澄み切り、舞い散る氷雪を髣髴とさせる抜き放たれた二振りの剣を手に、ローザマリアが宙を疾くと翔ける。雷撃をそれに乗せたなら、アシュレイが合わせるように異形の悪魔のような頭部を持つ黒い炎を生み出した。
 いきなり見つかるなどあちらも吃驚だろう、とシアンは力任せに雷撃の乗る得物を振り抜く。その背で黒い翼が広げられ、黒から青のグラデーションに染まった髪が緩やかに力の波に流れていた。続いて、蒼と黒を基調とした衣装に身を包んだティーゼが、太陽の如く光り輝く正義の矢を番える。
 撤退する心算など最初から無い。大怪我を負う事も覚悟している。
(「死ぬつもりもないですけど……」)
 ただ――その先の言葉を小さく一度呟いて、覚悟と共に矢を放った。
 冒険者には重ねられた癒しの力があり、それを持たぬドラゴンは既に呼吸を荒くして周囲を探っていた。反撃か、ともすれば逃亡も視野に入れていたドラゴンではあったのだが、その間すら冒険者達は見逃す筈もない。呻き苦悶するドラゴンから視線は外さず、巨大な剣を構えたコウが頷いて合図を送れば、ウィーによって練り上げられた虚無の手が、赤く血玉のように光るドラゴンの眼球に突き刺さる。
 激痛に身を捩ったドラゴンに、コウは全身全霊をかけた一撃を叩きこんだ。

「戦わずして勝ち取れる命などありません。末期はちゃんと看取ってあげますから、キリキリ働いて下さいね?」
 金色の瞳を柔和に細め、にこやかな表情とは裏腹に何だか凄いことをのたまったエニルは、その手で幸運の領域を展開した。襤褸のフード付き白マントを纏った老爺の姿をしたエニルの背からは機械羽根が広げられる。
 おうよ、と軽く応えたギルベルトは眩い金色の大振りのハルバードをしかと構えた。
「お前等が待ち望んだだろう敵襲だぜ。死にたい奴から前に出ろ!」
 尻尾巻いて逃げるんじゃねえぞ、と挑発をかけるギルベルトの瞳が金色に輝く。
 合わせて抜いたカトレヤが持つ剣は、剣先に向かうに連れ薄く白みがかった黒に光を放ちその存在を主張する。
 守る為に此処に居るのだ。
 未来の平和にとって、ドラゴンは害にしかならず、もうこれ以上、失う事の無いように。
「……負ける気は、しない……が」
 周りには信頼のおける仲間が居る。癒し手に鎧の強化を施せば、互いの生命線も確かとなる。
「……片付けにゃならん大仕事だ、きっちりカタ付けるとしようぜ」
 ユーリーが握るは揺ぎ無い誓いを携えた漆黒と錆色、飾り気のない二対の斧。それに雷撃を乗せ、ギルベルト、カトレヤの繰り出す攻撃に併走した。レーニッシュが邪竜の力を凝縮して生み出した虚無の手が、更に加わる。壮麗な装飾が施されたフランベルジェを構えたレーニッシュは、凡そ20代辺りであろう美青年の姿で其処に居た。緩くウェーブのかかった髪は纏う黒い炎に揺れ、纏うマントとスーツはいつもよりちょっぴり豪華な仕様であった。
 逆巻く炎熱に晒されても、ツェツィーリアの高らかな歌声は優しく仲間たちの傷を拭い取った。
(「……わたしが歌うのは、凱歌」)
 仲間を還し、己が還る――その為の、凱歌だ。鍵盤に触れ奏でる音楽には想いを秘め、抱く祈りは歌に乗せてツェツィーリアは癒しの力を紡ぎだす。

「癒しの光よ、加護の天使達よ、私の大切な人たちにもっと力を!」
 ブレスで薙ぎ払われた仲間の為に、エィリスは祈りを癒しの波に変えて広げてゆく。攻め手が攻撃だけに専念できるように、と敵をも見据えた瞳は緋色に染まり、同じ色を湛える髪と法衣が、柔らかな癒しの波動にふわりと揺れた。
 傷が癒えるや否や、ハジが番えた黒く透き通る矢を放つ。
「共に在りたいと願った人達は既にない、でも」
 僅かに幼さを帯びた、その唇を引き結び、濁りの無い双眸で前を見据える。
「冷静を以て任を果たします――全て倒す為に」
 すぐさま次の力を放つべく、ハジは弓に手をかけた。
「どっかーんとやりあおーぜぇ、アンタの息よりマグマより熱くな!」
 黒炎を纏い、アトリもまたドラゴンと睨み合う。
 後ろで愛しい愛しい彼女が戦っているのだ、格好悪いとこは見せられない。
 新たに朱色の蛇が浮かび黒竜に絡みつく左手の甲に視線を一度落とし、開いた術扇に虚無エネルギーの欠片を注ぎ込む。
 青薔薇を刻んだ剛弓を引くキヤカは、アトリと一緒なら何でもうまくいく気がしていた。
「アトリさん、行こう!」
 光の弧を描いて放たれた矢は、虚無の手と僅かにタイミングをずらして突き刺さる。
 禍々しい視線で見遣り、凶悪に開いた顎から穿たれる光線。
 キヤカは心の声を通して、周囲に伝わるように注意を促す。と同時に、ドラゴンの攻撃から護るように、キヤカはアトリの前に躍り出た。
『何故だ……何故我らがお前ら人間などに負けねばならぬ……』
 くぐもったドラゴンの声が次第に弱まってゆく。
「負けっと思うか?」
 血色の赤に染まった双眸で見返し、アトリは指をそっと首輪に伸ばした。
「守ってくれるもの、守るものがある俺達が――」
 鋭く翻した朱赤色の術扇を通して紡いだ力は、虚無の手を模ってドラゴンへと一直線に伸びてゆく。
 突き立てられた虚無の楔は最後の一体となったドラゴンの身体を抉り、貫く。
 低く、長く断末魔の呻り声が溶岩が覆う洞窟内へと響き渡り、溶けるように消えていった。

 これで漸く、ドラゴンの姿を見ることはもう無くなるのだろう。各所に散らばりドラゴンの討伐に向かった仲間も無事成功させているに違いない。
 この場所で倒したドラゴンは、倒し終えてみればたった8体という少ない数なのかもしれないが、此処まで逃げおおせた内の一握りならこんなものなのだろう。溶岩の中も、物陰も、あらかた見てはみたものの倒した以外のドラゴンの姿は痕跡すら見当たらなかった。
 火口を抜け、外に出れば天上に広がる青い空と吹き抜ける風が出迎えてくれる。
 深い傷を負った者は在れど、命を落とした者は誰一人としていない。
 待機しているインフィニティマインドへと翔ければ、他の任務に参加していた仲間とも会えるだろうし、ゆっくりと休息を得られるに違いない。
 安堵の息を吐いて、ハジは空を仰ぐ。
 山から滑り降りてきた強い風が背中を押すまでずっと、ずっと、大好きな空をその眸に映していた。


マスター:弥威空 紹介ページ
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玄天卿・クリス(a73696)  2011年11月11日 02時  通報
ドラゴンというのはどんな環境でも生きられるんだねえ。
まあドラゴン界なんて物があるんだからわかってたけれど。
……此処で全ての憂いを断ち切ることができて、本当によかった。