水の郷リシャッセ 〜晩夏に想う名残床〜



<オープニング>


●水の郷リシャッセ
 山の滋養が凝り湧き出た清水は、岩床を伝い、渓谷を走り――やがて麓に至る頃には、豊かな川となる。
 せせらぎの音は絶え間なく、緑滴るその地を潤し続けている。
 川の名はリシャン――せせらぎの音がシャンシャンと、弦を掻き鳴らすかに聞こえると喩えたのは、名もなき吟遊詩人であったとか。
 滋味豊かなリシャン川の清水は、数多の恵みをもたらしている。
 穀物をはじめ、様々な野菜や果物がよく実り、清流に揉まれてよく肥えた川魚は鮎が特に美味だとか。
 清き水は人を呼ぶ。川の畔にはリシャンの清水を使う造り酒屋が建ち並び、いつしか集落が出来ていった。
 水の郷リシャッセ――近隣の村々からはそう呼ばれている。

●晩夏に想う名残床
「9月に入って……何や、急に秋の気配やなぁ」
 窓から吹き込む風に目を細め、明朗鑑定の霊査士・ララン(a90125)は独りごちた。
 日中の陽射しはまだ厳しくとも、朝夕の涼しさは明らかに夏の終わりを告げている。
「今年の夏は……色々あったよなぁ」
 まだ、色々と問題は残っているけれど。誰しもが願う平和に、もうすぐ手が届きそうな気がする。そうなったら、自分は何処へ向かって歩んでいくのだろう。霊視の腕輪を外す日が来るのだろうか……。
「どうかしましたか、ラランさん?」
「……あ、ううん。何でもない」
 物思いに耽るラランだが、小首を傾げる放浪する地図士・ネイネージュ(a90191)に笑顔で頭を振る。
「今年の夏も終わるやん? それで、色々思い返しとったんや」
 振り返れば怒涛の一夏――フラウウインド大探索を皮切りに、地獄列強の再侵攻を撃退して。神の世界に赴いた事でインフィニティマインドを手に入れる事が出来た。インフィニティマインドの初陣であるキマイラ塔攻略戦、星の海でドラゴン化した隕石の破壊に尽力し、魔石のグリモア争奪戦では最後のドラゴンロードに引導を渡し、事の元凶たるゾフィラーガをも打倒した。
「まさか、魔石のグリモアまで破壊出来るとはなぁ……」
 8月の半ばを過ぎて反魂回廊エル・メトラ・カリスの復活儀式を阻止、そして最終決戦――絶望と希望の真意を知り、同盟冒険者達は生還した。光射す大地に。
「全てが上手くいって、良かったと思います」
「うん、でな……一息吐いたら、またお出掛けしたなってきたんや」
 冒険者の激闘は、地上の日々の営みには遠いようにも思えるけれど。皆で護り抜いたのは、そんな『日常』そのもの。平々凡々、だけど、その積み重ねが歴史を作り、未来の礎となる。最前線からは遠い所にいる霊査士のラランでさえこの夏を通して実感した、1番の宝物。だからこそ、満喫したくなった。光絶えぬランドアースを。
「ネイネさんも一緒せえへん? もうすぐ、水の郷の川床も終わりなんや」
「おや、それはいいですね」
 正確には『リシャンの川床』と呼ばれている。造り酒屋の人々が川の中州や浅瀬に床机を作り、遠方からの客をもてなしたのが始まり。今では夏になると幾つもの川床がリシャン川に設えられ、それぞれ個性溢れる料理が供される。
 清流の水面より数十センチに作られた川床は真夏でも涼しく、青々とした木々に囲まれた安らぎのひとときはまた格別だろう。
 リシャンの川床は6月から9月まで。そして、9月の川床は『リシャンの名残床』と呼ばれている。
「今の時季のリシャッセも、美味しい物仰山なんや」
 リシャン川の名物と言える鮎は、丁度産卵の頃。1度に大量の鮎が川を下り、ヤナ場は「落ち鮎」で大漁となる。真夏の頃に比べれば脂は落ちているが、腹に卵や白子を抱えており、違った食感と香りが楽しめる。しっかり煮込んだ甘露煮も、あっさり風味の煮浸しも骨まで軟らかく、酒の肴にうってつけ。みりんと醤油で照り焼いた香味焼きには柚子を絞って。塩焼きにしても濃厚な味が口一杯に広がる。絶品なのは、落ち鮎とリシャン川の源を抱く山で採れたキノコの炊き込みご飯だ。大きな土鍋の蓋を取れば、鮎を一晩漬け込んだ出汁で炊き込んだご飯の上には焼いた鮎とキノコが惜しげもなく。鮎の身をほぐして混ぜ込めば……贅沢ご飯に至福の時が訪れる。
 鮎だけでなく、川魚はどれも美味しい。ヤナ場に掛かるのは鯉やナマズの他に、鮒、鱒、アマゴ、ヤマメなどなど。それぞれに味わいは微妙に異なる。塩焼きの食べ比べも楽しいだろうし、特に鯉こくは落ち鮎とキノコの炊き込みご飯と最高の組合せと言えるだろう。
 また、リシャン川の滋養に育まれた豚肉、鶏肉も美味だが、お勧めなのは羊肉。夏バテで弱った体を癒し秋冬の来る寒さから身体と守るとのこと。極薄にスライスした羊肉をスープにくぐらせゴマだれと戴くしゃぶしゃぶなら、柔らかい上に臭みもない。温野菜を組み合わせれば栄養満点だ。
 そろそろ秋の山菜も出る頃だが、夏野菜も川床の間はまだ楽しめる。果物なら桃や梨、葡萄が旬だし、早生の林檎も収穫されている。甘い物が欲しければ、それぞれの川床特製のスイートの食べ歩きも楽しいかもしれない。
「リシャッセのお菓子は美味しいなぁ〜ん。リリルもまた食べに行きたいなぁ〜ん♪」
 元気よく手を上げる陽だまりを翔る南風・リリル(a90147)の頭をぽむぽむと撫でて、ラランは皆で行こかと目を細めた。
「そうそう、うちの知り合いの川床なら『初めてごはん』……離乳食を出してくれるさかい、赤ちゃん連れの家族旅行も大丈夫や思うで」
 大勢で賑やかも楽しければ、お月見しながら杯片手に物思いに耽るのもオツなもの。
 夏の名残りを惜しみ、来る秋に思いを馳せる――せせらぎの音を聞きながら、そんな1日は如何だろうか?


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参加者
NPC:明朗鑑定の霊査士・ララン(a90125)



<リプレイ>

 眩い青葉に夏の名残りを感じるけれど、風は爽やかな秋色を帯びてリシャンの川床を渡る。
「わぁ、美味しそうだな〜」
 ギイナが土鍋の蓋を開ければ、白い湯気がほかほかと。エイビィは焼き鮎並ぶ炊き込みご飯に目を輝かせた。
「ありがとう……なぁ〜ん」
 茶碗にたっぷりのご飯をエイビィは早速ぱくぱくもぐもぐ。筒切りの鯉こくにも箸を伸ばす。
(「美味しい……なぁ〜ん」)
 汁気たっぷりの梨までお腹に収め、一息ついた彼女はハッとなる。
「食べるのに夢中で話すの忘れてた……なぁ〜ん」
 そんな彼女がギイナは微笑ましい。
「じゃあ、お土産を見に行かない?」
「ギイナも美味しい物が大好き……なぁ〜ん?」
 腹ごなしにそぞろ歩き。新鮮な食材が並ぶ光景は目にも楽しい。
「リシャッセもすっかり秋だね〜。あ、前に来た時はね――」
 一杯食べたら、色んなお喋りをしよう。それが、お友達から始まる第一歩。

「栗のお菓子ってあるかな? 大好きなんだー♪」
 綺麗な水と空気、素晴らしい景色、そして隣に大好きなミィコ――ヤーミィ。クレヒには何より贅沢な光景。
「よし、モンブランを探しながら、スイーツを巡るとしよう♪」
「ちゃんと栗が乗ってるやつだよ♪」
 ヤーミィの足取りも浮き浮きと。
「お! この水饅頭、食べるのが勿体ないな」
 特にクレヒは寒天の魚が泳ぐ水饅頭の金魚鉢が気に入ったらしい。
「可愛い金魚鉢と可愛いミィコを眺める方が至福というものだ!」
「そんな事言って」
(「やっぱり、クレピーと一緒が1番嬉しいよね」)
 思わずクスリ。でも、ゆったり揺れる猫尻尾にヤーミィの表情が曇る。
(「ボクの羽根が尻尾に変わったら良いのに……」)
 ストライダーとエンジェル、種族の違いに切なくなるのも束の間。そっと繋がれた手に顔を上げると、目の前にクレヒの優しい笑顔。
「この穏やかな時を、ミィコとずっと共にありたい、な……」
 カッコよく決める筈が、照れて赤面していたり。
「これからも思い出を増やしていこうな、ミィコ」
「……うん!」
 きっと永遠は叶わない。だからこそ、居られる限り一緒に居よう――繋いだ手をぎゅーっと握る。
「ずーっと大好きだよ」

 秋と言えば、食欲の秋。そして、ルルイとマッシロにはキノコの秋。
「私達のキノコへの愛は誰にも負けないな! ははははは!」
 今日も心友のエリザベス(ただの毒キノコ)を頭に乗せ、ルルイの高笑いも絶好調。マッシロも笑顔でキノコの炊き込みご飯を味わう。
「そう言えば、初めて出会ったのはいつだったかな」
「さて、いつでしたかねぇ。昔は酒を酌み交わすなんて思ってもみなかったです」
 楽しく談笑しながら、飲んだり食べたり。柄にもなく思い出に浸るのは、夏の終わりにシンミリとなるからか。でも、秋は嬉しい収穫の季節。
「これから美味しい物が沢山実る季節。また、キノコ狩りにでも行くか?」
「ええ、貴女となら何だってお付き合いしますですよー、なぁ〜ん」
 気が付けば、あんまり「なぁ〜ん」と言わないマッシロだけど……ふとした拍子に零れるヒトノソリンの口癖に、ほんわか和む昼下がり。

 川面が黄金に煌めく頃、山の向こうは橙に染まる。
(「今年のリシャッセはこれで見納めですか。少し寂しいですね……」)
 エィリスは川の畔に佇んでいた。
 思い返せば、本当に色々あった1年。だが、体感した出来事も何れは川の流れのように往き過ぎて、歴史のほんのひと欠片に落ち着いてしまうだろう。
「エィリスちゃん、お待たせなぁん!」
 物思いに沈んでいる所に明るい声。振り返れば、メルフィがブンブン手を振っている。
「楽しかったですか?」
「どれも可愛くて美味しかったなぁん♪」
 聞けば、色んな川床でタルトやジュースを味見したとか。
「それで、葡萄のフレッシュタルトなんてどうかなぁん?」
 憂いの表情の親友を元気付けたくて、笑顔で菓子を取り出すメルフィ。
 一方、エィリスが用意したのは林檎のコンポート。
「平たく言うと赤ワイン煮ですね。試してみます?」
「大人の味なぁんか。美味しそうなぁん」
 そうして親友との幸せな時間は、穏やかに流れ往く。
「あ、欠片がついていますなぁんよ〜……はっ! まだまだ淑女に遠いなぁん」
 反射的にペロっと舐め取って、すぐ頭を抱えるメルフィ。エィリスは思わず唇を緩めた。

 米酒を傾けながら、鮎の天ぷらや塩焼きに炊き立てご飯。締めは卵とキノコの雑炊。最後に珈琲味のアイスクリームも頼んだ。
「イルも食べますか?」
「うん……」
 鮎の小骨に苦心したイルディスも、ハルカからの雑炊の「あーん」に嬉しそう。おねだりの膝枕といい、らぶらぶの雰囲気につい頬も緩む。
「今度は僕が膝枕してあげますね」
 お腹に抱きついていたハルカだが、俄かに身体を起こす。お願いがあるです、と真剣な声音。
「大好きなこの世界で、大好きなイルとずっと居たいんです」
 だから、一緒に暮らしてくれませんか?――不安な表情をすぐにでも消したくて、イルディスは小さく笑む。
「はい、喜んで」
 幸福が過ぎると泣きたくなるのは何故だろう?
 命果てるまで一緒に――交わされたキスを、約束に代えて。

「えへへ、ちょっと恥ずかしいけど。恋人らしく見える……よね?」
「何だか、照れるな」
 腕を組んで頬を染めるフルーレット。寄り添うゼパルパの顔も熱い。
「この炊き込みご飯、評判通りの美味しさだ。フルーレットも半分食べてみないか?」
「うん。じゃあ、ボクも……はい、あ〜ん!」
 やっぱりやってみたかった「あ〜ん」は嬉しかったけど。
「鮎の塩焼きじゃ、様にならないね」
「そんな事……うむ、これも絶品だ」
 ゼパルパは幸せそうだから問題なし。
 そうして食事の後は、鮎の甘露煮を肴に一献。未成年のフルーレットは、奥さん気分でお酌に専念だ。
「こんなに酒の肴があるんだから、楽しんでね」
「肴も絶品だが、それ以上に杯が進みそうだ」
 見つめ合い、寄り添って……恋人達の時間はまだまだこれから。

 いつしか川床のランプに火が灯り、東の空に仄白い月が昇る。
「お誕生日おめでとうございます。笑顔の絶えない年になると良いですね」
「おおきに。ディズルムさんも、楽しんでってな」
 ネイネージュやリリルと、マロングラッセと珈琲囲んでのんびりと。お月見していた明朗鑑定の霊査士・ララン(a90125)に挨拶したディズルムは、急いで女性陣を追い掛けた。
 本当なら落ち鮎でキュッと一杯したい所だが、未成年者もいるので甘味でお月見。
「黒蜜を絡めた餅菓子を戴いてきたのです」
「団子もいいけど、月見といえばあれだよな」
 楽しそうに菓子詰めを広げるツバキ。シュウは器用に兎さん林檎を作っている。
「ひと月違うだけで、こんなにも季節は表情を変えるのですね」
 残暑厳しいリシャッセを知るだけに、秋の風情にツバキの感慨も一塩。涼やかなせせらぎに聞き惚れながら、抹茶を立てる。
「月明りで抹茶を頂くとは中々オツですね……にガ…ッ」
「ディズルム〜?」
「言ってません! 苦いなんて言ってませんよ!」
 シュウのしたり顔に、青年は慌てて頭を振る。
「秋風に綺麗な月に甘味に抹茶に……いいねえ、風流だねえ」
 一方、彼女自身は澄まし顔で抹茶を飲み干した。ちょっぴり悔しいディズルムだが、長閑な時間に自然と笑みが浮かぶ。
「月を眺めて、自然の調べを聴く……幸せで嬉しい思い出がまた1つ増えました♪」
「ツバキさんが成人されたら、また皆でお月見したいですね。今度は月見酒を是非」
「ああ、辛い思い出の後は楽しい思い出を山ほど作らねえとな!」
 気兼ねなくこれからが語れる事、それこそが平和の証。

「歩いただけでお腹空きました……えへへ。あーん、です」
 鮎の香味焼きに炊き込みご飯、デザートの林檎も美味しかった。
 食欲旺盛に夕飯を平らげ、ティトレットは思い出話に興じる。
 育ててくれたじいさまや大切な皆の事。そして、年が明けたら旅に出ようと思っている事。
「あ、私だってリオネイさんのお話聞きたいです」
「私……じゃない、俺は大人しく家を継ぐよ」
 旅にも出たいけれど、と青年は小さく肩を竦める。
「そうだ、お家を教えて戴ければ遊びに行けます!」
「ティトレットが来たら、パーティでも開こうか。その時は……1曲踊って頂けますか、姫?」
「わ……はい、頑張って踊りますね」
 クスクスと弾ける笑い声も、いつしか真剣な声音に変わる。
「俺達は、ティトが好きだ。どんなに時と空が分け隔てようとも……永遠に」
「私も、あなたとあなたのお姉さんが大好きです」
 この気持ちはずっとずっと大切に持っていく。たとえ全てが想い出に変わっても……きっと忘れない。

「あつっ……わぁ、美味しい!」
 焼きたて鮎の塩焼きを、嬉々として頬張るキイトが微笑ましい。
「……っ!」
「あっ、ほら熱いって……」
 真似してイセリカもかぶり付けば思わぬ熱さに、目を白黒。クスクスと笑んで、キイトは水を差し出した。
 一段落つけば、互いに酌をして改めて乾杯。
「やっぱり来てよかった……酒も、鮎も美味いし」
「私、幸せです……」
 見上げれば、綺麗な月。そして、隣には大切で大好きな人。
「イセリカさん、酔ってます? 大丈夫……?」
「あ、ああ……」
 最愛の人の顔がすぐそこにある。頬に触れられると、酒で染まったイセリカの面が更に赤くなる。
「俺も、隣に君がいてくれて、とても幸せだよ……」
 緊張で微かに震える手が、そっとキイトを抱き寄せる。月明かりを艶やかに弾く黒髪を撫でれば、満ち足りた吐息が零れた。
 胸高鳴らせ、互いの手を絡ませて繋げば――今宵は幸せな月見酒。

「今回も美味そうな物ばっかで悩むぜ」
「川のせせらぎを聞きながらなら、やっぱりお魚かなぁ〜ん?」
「キノコの炊き込みご飯も食べておきたいな! 焼き鮎が乗ってんのが堪らん」
 お品書きと首っ引きで悩む事暫し。シルヴァとエミルリィルは互いに料理を取り分け、リシャッセの味覚を堪能する。
「ほっぺが落ちそうなぁ〜ん」
「エミルちゃんは美味そうに食べるから、見てて幸せな気持ちになるなぁ」
 夕飯の後はのんびり月見酒。
「もう秋かー。夏終わんの早かったなぁ……夏の終わりって妙に切ない気分になるよな」
 寂しげな呟きに、お酌するエミルリィルは気遣わしげな表情。それで、シルヴァは安心させるようにカラリと笑みを浮かべた。
「今は大丈夫。好きな人が傍にいてくれ……る、から……」
(「お酒や雰囲気に酔ったかなぁ〜ん。よ、よくわかんないなぁ〜ん」)
 初デートは、告白の時とはまた違ったドキドキがある。
 改めて意識すると、照れて黙り込んでしまう2人だった。

 落ち鮎の塩焼きで一献。今夜のミルッヒは、6月に成人したヴィカルと酒盛り。
「水面に掛かる月を眺めて酒盃を傾けるのも良い感じだねぇ」
 飲兵衛の呟きにも楽しげなヴィカルだったけれど。不意にションボリ肩を落とす。
「何でか判らないけど、寂しい気持ちで胸が一杯なぁ〜ん……また夏は来るし、素敵な季節が沢山訪れるのに……」
「どの季節もまた巡ってくるけど、今年の夏はこれっきり。だから、いつでも悔いの無いよう過ごさないとね」
「うん……また次の夏も、一緒にリシャッセに来ようなぁ〜ん……」
「よしよし。さあ、お飲みお飲み」
 ぐしぐしと鼻を啜る泣き上戸は酔い潰す事に決めて、ミルッヒはせっせと酒を注ぐ。
 そうして、泣き疲れて眠った真っ直ぐで優しい友人に膝を貸して、片手に舞扇、片手に酒盃。ミルッヒはしみじみと独りごちる。
「過ぎれば色々あった夏の名残に感謝、かな」

 酒の誘いはかねての約束。鮎の甘露煮と煮浸しを肴に月見酒と洒落込んだ。
「気に入りは見つかったかな?」
「ワインも果実酒も、どれも美味しそうだし、どれが来ても大歓迎っ!」
 初めてが今年最後のリシャッセだけど、間に合って何だか嬉しい。
「んー……ローさんとの不思議な縁に?」
「そうだな、地獄での縁に乾杯というのもまた面白かろう」
 始まりは護衛士団。今はこうして月下で杯を交わしている。不思議で素敵な縁だと思う。
「わぁ、すっごく美味しい。幸せ!」
 感動仕切りの様子が微笑ましい。誰かとお酒を飲むのも初というカナタの笑顔に、ローも思わず目を細める。
「……あ、そうだ。素敵な蝶をありがとうございます」
「どういたしまして。此方こそ多々世話になった。ありがとう」
 2人だけが合点のいく会話を交わし、後は静かに月見酒。
 激闘の夏を経て――こうしていられる日々に感謝を。

 足を向けたのは、水の気が満ち満ちた人気のない畔。
「綺麗だね、月……」
 たなびく雲に月影が移ろう様をゆるりと眺め、言葉少なに梨と葡萄を味わう。
「ねぇ……剣を置いて、それから君はどんな道を歩むんだろう?」
 ウィーの呟きは、淡い笑みが混じって聞こえた。
「どんな光景でも似合う気がするんだ。思いっきり笑ってるかな」
 誰もが望む平和は、きっともうすぐ手が届く。
「でも……平和な世界で、俺は生きていけない。生きる事に飽きてしまうから」
 どうしようもなく血が見たくなると、自嘲めいた呟きが耳朶を打つ。
 嗚呼、戦うウィーはいつも綺麗でカッコよかった――とバーミリオンは思った。肩を並べて戦うのが楽しかったのは、きっと彼が生き生きとしていたからだ。
「俺もずっと剣を握ってて、別の生き方なんて今更……早く光の傍へ行きたかったのも少しあるし」
 それでも、平和は願い続けてきたから……ウィーとは在り方からしてきっと違う。
「(1つずつ約束を果たして……全部終わったらお仕舞い)」
「ウィー?」
 その独白はせせらぎの音に紛れてしまったけれど……。
「ウィーは、ドコに行ってしまうの?」
「……今までありがとう。君の歩く先に良い風が吹きますように……君に背を預けて戦うの、結構好きだったよ」
 疑問に返ったのはこれまでの感謝。これからを語ろうとしない彼の眼差しは酷く遠くて――置いてかないで、という言葉をバーミリオンは呑み込んだ。

「どう、素敵でしょ?」
 髪を楓華風に纏め薄紫の浴衣を粋に着こなすアムは、甘える仕草でグレイの胸にしなだれる。
 月が出ている間だけの恋人――それが今夜の趣向。
 鮎と鱒の塩焼き、山菜の炊き込みご飯に合わせる米酒は昨冬から夏を越した「ひやおろし」。酸味と切れの良い味わいが料理を引き立てる厳選の逸品だ。
 山川の幸、酒、そして極上の男と女――口にも目にも心にも贅沢な一時は、月影の中だけの戯れ。
「ふふっ」
 月が雲に隠れれば、すっと身を引き微笑を1つ。まるで大きな猫のような風情の女を、月が顔を出せば男は悠然と抱き寄せる。
「これは一夜の夢? それとも……?」
 やがて月が山の向こうに消える頃――そっと額へキスを進呈するアムに、グレイは約束しませんかと囁く。
「次に会う時は、この時間の続きをしましょう」

 今日もリシャンのせせらぎはシャンシャンと……数多の恵みをもたらしている。


マスター:柊透胡 紹介ページ
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作成日:2009/10/02
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