【わいるどつーりすと】わいるどあどべんちゃー。



<オープニング>


●わいるどつーりすと
 鮮やかな宝石の煌きだけをあつめたみたいな真っ青な空を、ゆったりのんびり、まるで真新しい白絵具で描いたみたいに立派な雲が長閑な風情で流れていく。
 天頂に君臨する太陽が投げかけてくる強い陽射しに瞳を細め、空ゆく雲がくっきり色濃い影を落とすワイルドファイアの大地をまったり散策していたあなたは、あるところで奇妙なものを見出した。
 それはそこら辺に転がっていたと思しき小枝(成人男性の1.5倍サイズ)と、そこら辺に落ちていたと思しき葉っぱ(寝室絨毯サイズ)で作られた、何だかとってもワイルドファイア風味な屋台だ。
「いらっしゃいいらっしゃい〜! 冷たくて美味しい椰子の実ソーダのサービス中ー! 今ならすっごく美味しいドライフルーツ詰め合わせをおまけに付けちゃうよ!」
 何故ここに屋台があるんだろうとか、呼び込みの女の子の声に聞き覚えがあるようなとか、色々な疑問が脳裏を過ぎったが、冷たい椰子の実ソーダが飲めるなら細かいことはどうでもいいやという気分になってきた。
 なんせここはワイルドファイア、細かいことは気にした方が負けである。
「えーと、じゃあ、椰子の実ソーダひとつ」
「椰子の実ソーダひとつ、ちょっと待っててね!」
 試しにひとつ頼んでみれば、明るいピンク色の髪を揺らした女の子が、大きな木製のマグカップに椰子の実ソーダをなみなみと注いでくれた。これがおまけのドライフルーツ詰め合わせ、と麻袋を手渡してくれた両手首には大きな腕輪が嵌められていて、それらは長い鎖で繋がれている。
 髪と同じ色をした瞳であなたを見つめ、彼女はにっこり笑ってこう言った。
「ところでキミ、このドライフルーツ持って、ワイルドファイアプーカに会いにいく気はないかな?」
 謎の屋台の主は、円卓で決定された『ワイルドファイアプーカとの接触』へ向かってくれる冒険者を募っていた、ワイルドファイアの霊査士・キャロット(a90211)なのだった。

●わいるどあどべんちゃー。
 ひとつずつ、できることからこつこつと。
 古今東西、多くのやるべきことを成し遂げていくための最も確実な手段がこれである。
 常夏の楽園ワイルドファイアを遠く離れていたグレートツイスターが無事この大陸へ戻ってきた今、円卓での決議に従い次にワイルドファイアで行うべきことは、ワイルドファイアプーカとの接触へ向かうことだった。
「そんなわけでね、『ワイルドファイアプーカに是非会いに行きたい』ってひとを募集中なんだよ!」
 椰子の実ソーダの屋台で冒険者たちを引っかけ、もとい、呼び集めたキャロットは、甘くて冷たくてしゅわしゅわするソーダを満喫する冒険者たちに拳を握ってそう語る。
 南方プーカとも呼ばれているワイルドファイアプーカの森があるのは、広大なワイルドファイア大陸の西。比較的東に偏っている同盟冒険者の行動圏から向かうにはそれなりにそれなりの日数がかかるだろう。この冒険は、旅と呼べるものになるはずだ。

「皆にはまずゲート転送でグレートツイスターへ向かって欲しいんだ。そこから出来るだけ安全なルートで行けるようばっちり霊視しておいたから、こー行ってこー行って、そしてこー行ってね!」
 物凄くアバウトな感じでキャロットが行程の説明を始めた。
 兎に角冒険者たちが目指さなければならないのは、ウィアトルノ護衛士団の報告書に記されている、山岳内を通りプーカ領がある側へ抜けるトンネル・『青い道』。キャロットが語り始めたのは、青い道へ至るまでの『出来るだけ安全なルート』の詳細だ。
 冒険者たちは現在グレートツイスターがある大陸東部から一旦南下し、草原地帯や砂漠を越えて西へと向かうことになる。
「危険な怪獣がいるような場所は避けておいたから、楽しい旅行気分で行けると思うよ。けど、ちょっとした注意や工夫が必要になるポイントが三つあってね、そこだけは気をつけて欲しいんだけど……まぁきっとキミたちなら何とかなるよね!」
 元気いっぱい、かつ、やはり思いきりアバウトな感じな笑顔で言って、キャロットは三つのポイントの説明へと移った。

 第一ポイントは、草原を何日か進んだところに現れる密林だ。
「地図には乗らないくらいなんだけど、それでもワイルドファイアだから、迂回したらどのくらいかかるかわかんないくらい大きな密林なんだよ。で、中には人間の2〜3倍あるようなシダやらなんやらがめいいっぱい生い茂ってるから、密林の中を突っ切るのもすごくすごく時間がかかりそうなんだ!」
 そこでキャロットが考えたのが『密林の鳥怪獣さんの背中に乗せてもらおう作戦』。
 つまり、鳥怪獣に魅了の歌で背中に乗せてくれるよう頼んで、密林の向こうまで飛んでもらおうという作戦だ。これならただ歩いていくよりもずっと速く密林を越えることができるはず。
「問題は効果がきれるたびに魅了の歌を使わなきゃいけないってことだけど、これは皆でアビリティをたくさん用意していけば済む問題だから、それほど難しいことじゃないよね!」
 密林を越えれて更に進めば砂漠へと出るはずだ。
 砂漠に入ったらこー行ってね、とキャロットはアバウトに続ける。

 第二ポイントは、砂漠を何日か進んだところに現れる巨大な谷だ。
「大地の裂け目って言いたくなるような大きな大きな谷でね、谷底に降りて向かい側に登るとか迂回するとかなんてしたら何日かかっちゃうかわかんないとこなんだよ!」
 当然橋などかかっていないし、周囲には背中に乗せてくれるような鳥怪獣もいないという。
 ここでキャロットが目をつけたのは、谷の傍に聳えている、超がつくほど巨大な柘榴の木だった。
「この柘榴の木の実はね、熟したら思いっきりぽーんと弾けて遠くまで種を飛ばすんだ。傍にある大きな谷も軽々越えて、もっともっと遠くにね!」
 つまり彼女が言っているのは、巨大な柘榴の木に登って熟した実にしがみつき、実が弾ける勢いを利用して『思いっきりぽーんと』谷の向こうまで飛ばしてもらおうという作戦だ。
「思いっきりぽーんと飛べば谷の向こうのずっと先にあるオアシスの湖に落ちるから、怪我とかの心配はしなくて大丈夫。けどあまり遠くまで飛べなかったら砂漠にぼすっと落ちて怪我しちゃうから、思いっきりぽーんと飛べるよう工夫してみてね!」

 そしてラストの第三ポイントは、柘榴の木から飛ばされて落ちたところの湖だ。
「やっぱりここも岸を迂回したら何日かかるかわかんないような大きな大きな湖だから、もうまっすぐ湖をつっきっちゃった方がいいと思うんだ! あ、でも泳いでいけってわけじゃないからね」
 柘榴の木から飛ばされて落ちる辺りには、水鳥怪獣が棲む島があるという。
 キャロットが目をつけたのは、水鳥怪獣が島の草叢の中に作る巣であった。
「人間の倍くらいの背丈の草を掻き分けていくとね、水鳥怪獣が円く草を編んで作った巣が草の根元にあるんだ。狙い目はまだ卵がない作りたての巣かな。これをこっそり失敬して舟がわりに使うといいと思うよ」
 巣は非常に細かい目で編まれているため水を通さず、今回の冒険に向かう冒険者全員が乗ることが出来るほど大きいという。そして2〜3人で運べてしまうほど軽く、水に浮かべて皆で乗っても沈むことはないのだとか。
「水鳥怪獣には申し訳ないけど、湖にあるものでこれ以上の舟を作るのは無理なんだよ。ここは仕方ないって割り切って、頑張ってこっそり巣を盗ってきてね!」
 明るく爽やかにキャロットがそんなことを言う。

 水鳥怪獣の巣を舟がわりに湖を越え、更に進めばリザードマンの国へと入る。そこから先――『青い道』へ至りそこを抜け、プーカの森へ辿りつくまでは問題なく進めるはずだとキャロットは語った。
 ちなみに椰子の実ソーダのおまけにくれたドライフルーツは彼女の餞別がわり。
 旅をする大地はワイルドファイア、食料も現地調達できるような気がするが、必ず現地調達が可能だという保証は何処にもない。ドライフルーツがおやつがわりになるか命綱になるかは、冒険者たち次第というわけだ。
 道中で特に気を配らなければならないのは先に挙げた三つのポイントだが、たとえば食事だとか、たとえば野営の方法だとかに気を配ることができたなら、より快適な旅を楽しむことができるだろう。『それなりにそれなりの』日数がかかる旅だ。楽しいものになるならそれに越したことはない。

「それじゃあ、プーカのみんなによろしくね!」
 旅立ちを決めた冒険者たちを、キャロットはそう言って見送った。

 楽しい楽しい冒険の旅に、行ってらっしゃい。


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参加者
銀槍のお気楽娘・シルファ(a00251)
世界を救う希望のひとしずく・ルシア(a35455)
森の小さな護り人・ミルフォート(a60764)
護風桂花・ティーシャ(a64602)
ワンワン尻尾の武道家・シルヴィア(a73331)
リローダー・ペダル(a77398)
熱い魂の歌い手・グラッド(a77838)
つぶらな・ヒトミ(a79129)


<リプレイ>

●密林を越えて
 草原に茂る夏草をざぁとさざめかせ、夜明けの風がワイルドファイアの大地を駆け抜けていく。
 風音で目覚めたリローダー・ペダル(a77398)がテントから出てみれば、朝露に濡れた夏草の彼方で瑠璃色の夜空が薔薇色に明るみ始める様が見えた。鮮やかな橙を帯びて昇り来た太陽はすぐさま目を射るような力強い光を投げかけてくる。さざめく夏草は金色の光の粒子を纏い、濃い草の香りが立ち昇る。
「師匠が言ってたぜ! 『天を屋根とし、大地を枕! これほど豪華なことは無い』ってな!」
「……とてもよく解る気がします」
 眩しげに瞳を細めて笑ったのは、昨夜の見張り当番、熱い魂の歌い手・グラッド(a77838)だ。彼が作り出してくれた安眠空間の中からワイルドファイアの夜明けを見渡して、ペダルは感じ入ったように頷いた。極北のコルドフリードで暮らしていた身には、南国の夜明けは何度見ても飽きが来ない。
 吹き抜けた風が掻き分けた夏草の彼方に、遠く緑に霞む密林らしきものが見出せた。
 現在グレートツイスターがある大陸東部から一旦南下し、西に進路を取った冒険者達が草原に入ってから数日経った頃、霊査士が告げた第一のポイントである密林が彼らの前に姿を現した。ひとつひとつが塔とも思える巨大樹が鬱蒼と茂り、その根元を覆うシダ類すらも優に人間の2〜3倍はある、巨大植物達の密林だ。
「ランドアースの森とは全然違うのですね……」
「これでこそワイルドファイアですなぁ〜ん!」
 凶暴なまでに鮮烈な緑が作る濃密な影に包まれた密林を見上げ、護風桂花・ティーシャ(a64602)が圧倒されたかのように呟いた。あちこちから感じられる色濃い生命の息吹に心も声も弾ませながら、森の小さな護り人・ミルフォート(a60764)が高く茂る梢を見回せば、眩い黄色のトパーズに鮮やかなブーゲンビレアのピンクを散らしたように華やかな翼と長い尾羽を持った鳥怪獣が目に入る。
『わたくしは亀なので飛べないのです! だから乗せて欲しいのです!』
『あー、そうだよね。うん、わかった』
 ティーシャやミルフォートが用意していたラズベリーを啄ばみに舞い降りてきた鳥怪獣は、亀の甲羅そっくりのリュックを背負ったリザードマンの少女、つぶらな・ヒトミ(a79129)に歌いかけられて、何やら色々納得したように頷いた。道中で摘んできた人間の頭サイズのラズベリーはこの鳥怪獣達に受けが良く、彼らは次々舞い降りてきては冒険者達を快くその背に乗せてくれる。
「ここはお願いするね!」
「うん、任せて!」
 世界を救う希望のひとしずく・ルシア(a35455)の眼差しに頷き、黄色の羽毛・ピヨピヨ(a57902)も彼女と一緒に背に乗せてくれるよう鳥怪獣に歌で呼びかけた。仲間達が二人一組で鳥怪獣の背に乗り飛び立って行く様を見送って、最後に残ったワンワン尻尾の武道家・シルヴィア(a73331)も歌でお願いした鳥怪獣の背中によじ登る。
 宝石に花を散らしたような美しい翼で風を打ち、小屋ひとつ分はありそうな巨大鳥が飛び立った。
「うわぁ〜! ホントに飛んで正解だよう……!」
 鮮やかなサファイアブルーの青空目指して飛び立った鳥はたちまち巨大な密林の上へと至る。柔らかな羽毛に埋もれながら世界を見渡したシルヴィアの瞳に映ったのは、何処までも何処までも広がる鮮やかな密林の緑。青空から降る陽射しに艶やかな緑が煌いて、風にそよぐたび緑の上を光の細波が渡る。ひときわ色濃く落ちる緑は彼女を乗せた鳥怪獣の影だ。
 巨大な鳥怪獣はその大きさに相応しい速度でぐんぐんと密林を越えていく。
「ひゃっほう! 進め進め!」
「風が気持ちいいですなぁ〜ん!」
 効果が切れるたびに魅了の歌を歌い直すのが少し手間だったが、それも気にならないくらい空の旅は快適だった。グラッドが嬉しげに声をあげるたびに鳥怪獣は張り切って速度を上げ、吹きつける風の心地好さをミルフォートが喜べば、急旋回して更なる風を感じさせてくれる。
「この密林の終わり辺りに、美味しくて動かない植物はありませんか?」
『なかなかいける木の実があるよ。本当はその樹の中にいる芋虫の方が美味しいけど』
「そ、そっちも試してみるのです……!」
 機転を利かせたヒトミが鳥怪獣とそんな会話を交わしているうちに、遥か彼方まで広がっているかに思えた密林の端が見えてきた。更にその遥か彼方を流れる川と、白く霞む地平が見える。霞が時折微かな銀に煌く様に、あれが砂漠なのだと確信できた。

 魅了の歌の数に余裕があったお陰もあって、鳥怪獣は木の実採りまで手伝ってくれた。
 大地を這う蔓と葉に目を留めたペダルとミルフォートが頷き合って根元から芋を掘り出し、それを葉っぱでくるんで蒸し焼きにしたものを鳥達と一緒に食べてから、皆は彼らに別れを告げる。
「ありがとうだよぉ〜!」
 大きく手と尾を振るシルヴィアと皆で鳥達の姿が見えなくなるまで見送ってから、冒険者達は再び西を目指して歩き出した。
 ちなみに――葉っぱでくるんで蒸し焼きにした芋虫も、なかなかいけた。

●砂漠の谷を越えて
 鮮やかな真夏の空は雲ひとつなく晴れ渡る。
 輝く太陽から投げかけられる苛烈な陽射しを受け、見渡す限り広がる砂の海は銀の色に煌いた。
 何処までも広がる真っ青な空と白銀の砂の大地が成すコントラストはとても綺麗だ。
 けれど此処は、大地を覆う砂が熱を孕み、乾いた風と共に水分を奪っていく厳しい土地でもある。
 銀槍のお気楽娘・シルファ(a00251)は慎重に皆の様子に気を配り、時折見出せた潅木の影で休憩を取りつつ進むよう進言した。砂漠に入る前に川で水を補給したが、それも長くは保たない。
 ここで重宝したのはヒトミが鳥怪獣に教えてもらった木の実だ。これはランドアースの西瓜程の大きさがあり、胡桃のような硬い殻の中にほんのり甘い果汁をたっぷり蓄えたものだった。殻のお陰でかなり日持ちしそうなのも心強い。
「マティちゃんや聖獣さん達元気かなぁ……。同盟に入ってもらえば、一緒に色々な場所で遊べるよねぇ?」
「うん。交流が途絶えちゃってた間の話もして、そしてまた遊べると嬉しいよね♪」
 日陰で口に含んだ果汁を嚥下しシルファが呟けば、ルシアも口元を綻ばせて頷いた。ウィアトルノ護衛士としてマティエ達ワイルドファイアプーカと関わっていた頃から大分経つけれど、また以前のようにあの子達と遊ぶことができるならこんなに嬉しいことはない。
 冒険者達は硬い殻の木の実とティーシャやグラッドの幸せの運び手で凌ぎながら砂漠を進み、幾日かをかけて第二のポイントである巨大な谷に到達する。
 銀に煌く白砂はそこで一旦途切れ、岩肌を見せた大地の先に、深く巨大な亀裂が横たわっていた。
「ひ、広くて深いですなぁ〜ん!」
 谷を覗き込んだミルフォートはあまりの幅と深さに眩暈を覚えて後退る。
 危険な怪獣だけでなく砂嵐なども避けてこられたのは霊視どおりのルートを辿ってきたお陰だが、これを見てしまっては本当にこの谷を越えられるのか不安になってきた。だが、
「柘榴、弾けそうです……!」
 谷の傍に聳える巨大な柘榴の樹に登って果実を観察していたティーシャの声に振り仰いで見れば、張り出した梢の先で赤く熟した柘榴の実が、ぽん、と音を立てて大きく弾ける。瞬間――弾けた実の中から飛び出した幾つもの種が、深紅のルビーやガーネットのように煌きながら巨大な谷を越え、遠く彼方まで飛んでいった。
「これなら行けるね……!」
 大きな柘榴の葉の合間からその様子を見守っていたルシアがぐっと拳を握る。谷の手前に着いたらその日はそこで野営、と前もって皆で決めていたから、じっくり観察してよく弾けそうな実を選ぶこともできるだろう。そう思って幾つもの実を見て回るうち、熟すのにもう何日かかかりそうな柘榴がルシアの目に留まった。比較的小振りで、丁度プーカの森に到着する頃に熟しそうな実だ。
 この柘榴が弾けるのを見たら――彼らは驚いてくれるだろうか。

 柘榴の木陰で夜を明かした一行は、朝の光が柘榴の梢を透かして木漏れ日を落とす中、木登りに励みなるべく高いところに実っている果実を目指す。
 巨大な柘榴の樹上、張り出した枝の先で遠く谷の先を見遣ってみれば、彼方にきらきらと輝く何かが見えた。逃げ水だったりしたら洒落にならないが、恐らくはあれが――。
「湖ですよね!」
「そのはずなのです! ではまずわたくしから!」
「フレー、フレー、頑張れ頑張れざ・く・ろ!」
 嬉しげに声を弾ませたティーシャに応え、真っ赤に熟し今にも弾けそうな柘榴にヒトミがしがみつく。
『森羅点穴で柘榴の力を漲らせる作戦』が上手く行かなかったらしいルシアが声援を送りつつ柘榴の実を支え、ティーシャが角度を調整した。
「3、2、1、ゴー!!」
 観察の結果見極めたタイミングに合わせてグラッドが実を叩けば、柘榴は大きく弾け――、
 幾つもの種と共にヒトミも軽々と谷を越え、遠く彼方まで飛んでいった。
「向こうで水柱が上がったみたいなんだよう!」
 湖着水に備え確りと水着に着替えたシルファが一段高い枝の上から皆に報告する。
 見間違いでなければ、ヒトミが無事湖に着いたということだ。
 高い場所に生っている柘榴を選ぶ、他の仲間が実を支えたり実の角度を調整したりしてサポートするといった作戦が奏功し、冒険者達は次々と谷を越えていく。烈地蹴の反動を利用しようとしたシルヴィアが逆に柘榴の弾ける力を殺してしまい、樹の下に落ちてしまうというアクシデントもあったが、彼女も二度目の挑戦で無事谷を越えた。
「きちんと飛べるか少々不安なのですが……」
「うん、ペダルさんには二個使ってみるね!」
 比較的小柄な者が多い一行にあって、長身のペダルは一層大きく見えた。タロス特有の鋼の体の重量も不安要素であったが、二個の柘榴を寄せ合い二つ分の力を利用するというルシアの案が突破口を開く。黒く艶光る彼の身体が青空に美しい放物線を描く様を見送って、最後に残ったルシアは一番高い場所に実った柘榴に抱きついた。
 仲間のサポートはないが、もう確りコツは掴んでいる。
「発射!」
 ルシアをしがみつかせた柘榴が、遥か彼方の湖へ向け大きく弾けた。

●湖を越えて
 真っ青な、吸い込まれそうなくらい青く澄み渡った空へ勢いよく放り出され、きらきらと深紅の宝石の如く輝く果肉を纏った柘榴の種と共に宙を舞う。谷を越えればその先に、青空をそのまま大地に映しとったかのような美しい湖の水面が見えてきた。
 盛大な水飛沫をあげて、澄んだ水の中に落下する。
 明るい青に透きとおる水の中は冷たく心地好く、何日も砂漠を渡ってきた心と身体を潤してくれた。
「ルシアさんこっちだよぅ〜」
「出来るだけ静かに、そーっとそーっと来てくださいね」
 既に湖の島に上がっていたシルファが小声で声をかけ、水面に浮かびあってきたルシアを手招きする。自身の倍はありそうな草を掻き分け奥を覗きこんでいたティーシャも囁くような声で言い添えた。
 草叢の奥では、明るい珊瑚色の羽毛を持った水鳥怪獣が巣を作っている最中だ。
 ――とは言え、見たところ巣はほぼ完成している。最後の仕上げといったところか。
 多少草がはみ出していたりするが、あの程度なら問題ないだろう。当然まだ卵もないし、その点は申し分ない。ティーシャとシルファは互いに目配せをして、土塊の下僕の召喚を始めた。
「そのままそのまま……お願いしますね」
「ゴメンね、巣のお代には全然足りないと思うけど……」
 二人が作り出した下僕達はドライフルーツを持たされて、草叢の中を動き回ってがさごそと音を立てる。どうやら魚が好物らしい水鳥怪獣はドライフルーツには興味を示さなかったが、草の合間から見え隠れする見慣れない土人形達は何やら気になったらしい。
『キュイ?』
 水鳥怪獣が草叢を覗き込めば、土塊の下僕達はティーシャの指示どおりにわたわたと逃げ回る。
『キュイ!』
 下僕達の動きに興味を惹かれたらしい水鳥怪獣が、巣を離れて草叢の奥へと向かっていった。
 珊瑚色の大きな鳥が草の向こうへ去った隙にヒトミとシルヴィアが巣へと近寄って、大きなそれを抱えあげる。仲間全員が乗れるほど大きな巣だったが、二人でも運べるほどにそれは軽い。
「今なのです!」
「水鳥さんごめんなさいだよぉっ!」
 二人はそのまま一気に草叢を走り抜け、大きな鳥の巣を湖へ放り出した。
 草で作られた鳥の巣は水飛沫をあげて着水し、ぷかぷかと湖面を漂い始める。
「皆急いで乗るんだよぅ!」
「わたくしが漕ぐのです!」
「これを使ってくださいなぁ〜ん!」
 冒険者達はシルヴィアが叫ぶのと同時に島の岸から巣に飛び乗って、ペダルやグラッドと櫂代わりになるものを探していたミルフォートが、珊瑚色をした平べったい何かを漕ぎ手に立候補したヒトミに放り投げた。見ればそれは水鳥怪獣から抜け落ちたらしい羽根だった。大きさも硬さも充分なそれで水を掻き、ミルフォートとヒトミの二人で鳥の巣の舟を漕いでいく。
 澄んだ湖面に柔らかな波紋を生みながら、大きな鳥の巣は湖の対岸へと向かっていった。

 時折漕ぎ手を交代しながら湖を越えれば、そこには再び砂漠が広がっていた。
 だが更にそのまま西へと進んでいけば、熱砂が起伏を連ねるばかりだった大地の彼方に、美しい緑の色が見え始めてくる。砂漠を越えればそこは、リザードマン達の国。
「ムムティルの国なんだよぅ……!」
 言い尽くせない想いで胸をいっぱいにして、地平に見え始めた緑に向けてシルファが駆け出した。

 霊査士が言ったとおり、そこから先は何の問題もなく進むことができた。
 少しばかりの問題と言えば――、
「ウィアトルノ護衛士団の報告書を拝見した時から覚悟していましたが、やはり『青い道』はボクには窮屈でした……」
 狭いトンネルを通るため、大柄なペダルがずっと身を屈めていなければならなかったことくらいだろうか。彼を気遣いつつ一行は『青い道』を通り抜け、更に山肌を進んでいって、遂に滴るように濃い森の緑を見出した。
 そして世界が森の緑に覆われ、生い茂る木の葉が織り成す細やかなレースの合間から眩い木漏れ日が降り始めた頃――。
「うわ!?」
 頭上の梢からいきなり大量の花が降ってきた。
 くすくす、くすくすと子供の笑い声が幾つも聴こえ、森のあちこちからプーカ達が顔を出す。
「もー、遅いよ!」
「待ちくたびれちゃったよ!!」
「歓迎パーティーするからお土産話聴かせてよね!!」
 どうやら物凄く待ちわびられていたらしい。
 プーカ達に取り巻かれた冒険者達は辺りを見回して、何人かが「あ」と声をあげる。

「皆、来てくれるのを楽しみに待ってたです」
 ウィアトルノ護衛士団に所属していた者には馴染みの少女――マティエが、皆を出迎えてくれた。


マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2009/09/29
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