秋空の下、収穫の日(ジオの誕生日)



<オープニング>


 どこがどうとは云えないのだが、やはりそれは秋の色なのだ。
 空を見上げて、鍛錬の霊査士・ジオ(a90230)は思う。
 しゃがみこんでいるうちに硬くなった腰をほぐすため、立ちあがって伸びをする。昨年、留守の間に荒れ放題になっていた庭も、すっかり整えられて、実りの季節を迎えていた。大きな南瓜や、艶やかな茄子の出来栄えに満足げに頷き、ジオは、今日はこれまでにしようと農具を手に歩き出した。
 一度部屋に戻って温かい茶を淹れると、ウッドデッキに腰をおろし、菜園を見渡しながら啜る。
 あのあたりに、あたらしい作物を植えてもいいな。今植え付けるなら何がいいだろう。
 農具をしまう小屋を別につくったほうがいいだろうか。
 ……そんなことをつらつらと考えている自分に気付き、たくわえた髭がすっかり様になった頬をゆるめる。
 世界は――、時代そのものが、秋にさしかかったようだ。
 苛烈な戦いの夏は過ぎ、穏やかな、優しい色の空の下へ。
 冒険者の酒場に持ち込まれる依頼がすべてなくなったわけではないが、往時に比べて、ランドアースが平和になってきているのは間違いがないだろう。

「ジオは自宅で食べられる植物を育成していると聞いたけど」
「……庭の菜園のことを言ってるの?」
 タロスの牙狩人・ウェグルス(a90407)の言葉に、ジオは笑って応えた。
「そう、それだ! ランドアースはどこも植物が多くてびっくりするが、食べられる植物を自分で育てるのいうのはまた面白い話じゃないか」
 タロスにしてみればそうなのだろう。霊査士は微笑のまま頷く。
「見に来るかい?」
「そうこなくては! 俺にも育て方を教えてくれ!」
 ウェグルスは嬉しそうに言った。
「それと、近いうちに再起動記念日なんだってな?」
「ああ……」
「あーっ、ウェグルスさん、それは言っちゃだめでありますよー! 秘密にしておいてびっくりさせようとしたのに〜」
「……? 祝うのに何で秘密なんだ……?」
 走る救護士・イアソン(a90311)が話に割り込んできた。ジオの誕生日祝いをこっそり計画したかったらしい。
「まあまあ。とにかく、せっかくだからみんなでおいでよ。ちょうど、今週あたり収獲しようと思ってたから、野菜を分けてあげよう。……でもそのかわり、畑仕事と、農具をしまう小屋をつくるの、手伝ってくれるかい?」


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参加者
NPC:鍛錬の霊査士・ジオ(a90230)



<リプレイ>


「おっちゃん、おめでとうなーーーッ!」
「うお!」
 勢いよく駆けこんで抱きついてくるマルクドゥを、鍛錬の霊査士・ジオ(a90230)は受け止める。
「やあ、いらっしゃい。今日も元気だな」
「おう! ……モーリ兄ちゃんもおめでとう言おうぜ♪」
「…………。ん――」
「やあ、モーリくんも。ありがとう」
「……いや……」
「言ってねーじゃん! ギューしねえの?」
「さすがにそれは……」
 もごもご言うモーリ。
「いっぱい咲いてる! コスモス綺麗だっ!」
 グリュエルが声をあげた。そのままマルクドゥと連れだって、花の咲いているほうへ。
 跳ねまわる子犬のような二人だ。
 その様子を見送って、シリルは目を細めた。――と、花を揺らす秋の風に、見上げた空は突き抜けるように澄み渡っている。
「空が、高いですね」
 そう言って、笑顔で会釈。秋だからね、と応じたジオは、シリルの肩越し、さらに姿を見せた知己の訪れに手をあげて応えた。
 その日、大きな町からはすこしはずれて建つジオの家に、冒険者たちが集まった。
 裏の土地を、霊査士は、時間をかけてすこしづつ拓き、耕し、花や野菜を植えていたのだった。
「ジオさんお久しぶりです。……ずっと髭を?」
「ときどき整えたりしてるんだよ」
 ハジの問いに、ジオは顎をなでながら答えた。
「昨年の今頃は調査隊で、洞窟だったでしょうか?」
 と、ヘルムウィーゲ。
 毎年、誕生日の頃にはなにかと集まりをもっている霊査士だが、昨年は護衛士団の任務で不在だった。一年前の誕生日は、はるか遠くの氷の大陸で迎えたのである。あの冒険の成果として、今も珍しそうに草花を観察しているウェグルスたちタロスの存在がある。
「もう一年か。最近、一年経つのって本当に早いなと思うのだけど、ジオさんはどう?」
 シエルリードがそんなことを言った。
「歳とともにそういうことを思うもんさ。ここ数年は大きな事件も多かったしね」


 青空のもと、まずは野菜の収穫からだ。
「よく実ったべな〜」
 ウィルカナが、大きな南瓜を見て言った。
「うん。このへんは上出来。土が合ってたかな」
「ほい、頼むだよ」
「はーい。わ、ずっしりしますね」
 南瓜を受け取って、ペルレが声をあげた。
「これ……、シチューにしていいですか?」
「ペルレくんが作ってくれるの? それは楽しみだ。台所で、ピヨピヨくんとメリーナくんが準備してる。今日はいい料理人がいるからね、楽しみだ。持って行ってあげて」
「はい。畑のほうもまだお手伝いしますね」
「ありがとう。さっそくこれの出番かな」
 ジオの手には、真新しい鋤がある。
 ワスプが手ずから鍛えて贈ってくれたものだ。

「これがナスっていうのか。この黒いのが食えるんだな? どうやって育てる?」
「それは……ええと、ジオさん、初めての人が育てるならどんな野菜がいいかな?」
 ギイナが茄子を収獲していると、ウェグルスが質問を浴びせかけてくる。タロスよりは野菜になじみはあっても何でもわかるというわけではないので、助け舟を求めた。
「ナスもわりと簡単だよ。あとはトマトとかかなあ」
「ボクにもできるかな?」
「もちろん。はじめようと思ってるの?」
「今までは、腰を据えてってわけにもいかなかったけれど」
 ギイナは言った。
 明日の我が身に何があるかわからないのが冒険者という稼業だ。
「でもこれからは、こういうこともできるんだよね」
 そう言って笑顔を浮かべる。
 魔石のグリモアが砕け散り、ドラゴンが掃討され、モンスターやグドンまでも駆逐されようとしている……。冒険者の暮らしも、穏やかなものになっていくだろう。

 庭のかたすみに、材木が集められていた。
 さきほどからカルマがせっせと材木を運び込み、シュウが地固めにせいを出している。
「いやあ、悪いね。手伝ってもらっちゃって」
「どんな小屋がいいか聞こうと思っていたところだ」
 ゼナンが霊査士を振り返った。
「農具はどれくらいあるのじゃ? まずは寸法を決めんとな」
 サタナエルが訊いた。
「そんなにたくさんあるわけじゃないんだけど……、家の中にしまっていくと出し入れが面倒だし、かといって外に出しっぱなしも何だしね」
 ジオの話をもとに、簡単に図面がしかれていく。
「小物が多いなら、棚があったほうがいいと思うけど、どうかな?」
「風通しをよくしてカビを防ぐのに、床をすこし上げるといいと思います」
 シエルリードとヘルムウィーゲからそんなアイデアがあがった。
「足場はよさそうかな?」
「よし、じゃあはじめよう」
 ワスプが皆に声をかけ、作業が始まる。まずは手分けして材料を切るところから。
「頑丈につくらんとな。百人載っても大丈夫……は無理としても」
 採寸しながら、サタナエルが言った。
「……みんな意外とこういうの得意なんだな……」
 手際良く進む作業を前に、ジオが感心したように言った。
 先だって、ランドアース街道が完成したばかりである。案外これからは、戦うばかりが冒険者の仕事ではなくなるのかもしれない。


「ちょっと休憩しませんか?」
 メリーナがウッドデッキにあらわれると、ふうわりと、秋風においしそうな匂いが混じった。
 焼きたてのスイートポテトパイ、そして紅茶がふるまわれる。
 みなが作業の手を止めて、集まってきた。
「お野菜たくさん獲れましたね。どうして畑づくりをはじめたんですか?」
「自分が食べるぶんは自分でつくりたいって思ったからかなあ。あと、土にふれているのが好きなのかもね」
 メリーナが畑の話を聞きたがるのへ答えているジオ。
 その様子を尻目に、カルマと、ギイナが、イアソンの袖をそうっと引いた。
「あの、イアソン殿。ジオさんのお祝いって……」
「一応秘密っぽく準備したほうがいいのかな?」
「うーん、そのつもりだったんですけど、ウェグルスさんがバラしちゃったので……。そろそろ渡したほうがいいでありますかね」
「こ、これ……?」
「わっ」
「……ジオさん! お誕生日おめでとうであります! 恒例のダンベル入り花束をお渡ししようと思ったのですが、ジオさん用に、ダンベルではなくバーベルにしました!」
「重っ!? イ、イアソンくん、これは……『バーベル入り花束』っていうより『花束つきバーベル』……。と、ともかく、ありがとう……」
「じゃ、オラほうも贈り物渡しておくべな〜。健康な体は大地さ踏みしめる足が肝心だべ、とオラほうのじっさまが言ってただ」
「おおー、長靴か。丈夫そうないいやつだ」
 それを機に、口々にお祝いの言葉がかけられる。
「お誕生日おめでとうっ! 料理とかはあんまり上手じゃないから」
 グリュエルが、コスモスの花冠を、ジオの頭上に乗せてくれた。
「私からも」
 と、シリルが花を編んだ首飾りを。
「こ、これは照れるな。ありがとう」
「新しい花を植えるんだろ? こういうのどうかな?」
 マルクドゥが差し出したのは、チューリップの球根らしい。
 ハジからの贈り物も球根だった。
「ムスカリの球根です。ムスカリの花言葉は『明るい未来』なんだそうです。今日、皆の手で植えるのにいいかなと思って」
「ああ、それはいい考えだ。……みんな本当にありがとう」
 ジオは、冒険者たちを見まわして、そして言った。
「わたしは霊査士として、何度も、危険な任務にみんなを送り出してきた。先日、フォーナ様の光の種子を各地に植える活動に行った人もいるかもしれないが、みんなの今までの活躍が、今のこの平穏な時間と、これから先の希望へとつながっているのだと思う。未来への希望――、それは何よりの、プレゼントだと思うんだ」


 すこしの休憩をはさんで、作業が続いた。
 畑を広げるにあたって、ペルレからはトマト、サタナエルはブロッコリーなどを植えてはどうかなど、種々のアイデアが発案された。
 タケルはさまざまな野菜や花の種を持参してきてくれていた。
「冬頃収獲できるものを、と……。変わったところでは、辛いねずみ大根や、甘い青長大根、こっちは黄色と紫の蕪……」
「ふうん。いろいろ種類があるんだなあ。カブにしてみようかな?」
「今日収穫したあとも植え替えるだべか? ナスのあとは作物育ちにくいから、そこは花にしたほうがええかもしれねえべな」
 ウィルカナがそう助言する。
「そうか。じゃあ、あのへん耕して、ハジくんマルクドゥくんのくれた球根植えようよ」
 そんなふうに話がまとまる。
 耕すのには、ワスプがくれた鋤と、ウィルカナのくれた長靴がさっそくの出番となった。
 かつては鉱夫としてつるはしをふるい、その後は重騎士として武器をふるった男が、霊査士の腕輪を今日はいったん外して、鋤をふるう。
 そこへ、皆で球根を植えていった。
「花が咲いたら、また見に来ていい?」
「ああ、もちろん」
「やった! 来てもいいって」
 マルクドゥが嬉しそうに言った。
「……俺も来ることになっているのか」
 モーリがぼそりとそんな応え方をしたが、その実、表情はゆるんでいる。
 秋とはいえ、日のあたる中で動いていると汗ばんでくる。ハジはそっと額をぬぐった。息を深く吸い込めば、土と、草花の匂いが胸に満ちる。球根を植えながら、さきほどの、霊査士の話を思い返した。次々とあらわれる強敵と対峙し、さまざまな場所を転戦し、戦い続けてきた日々があった。それももう昔日のこと。

「おおー、これはすごい!」
 農具の小屋が完成した。
 頑丈な木組みで、片流れの屋根。さほど広くはないが農具を片付けるには十分で、壁には小さな棚がつくりつけられている。
「ここに道具をかけるところがある。これも使ってくれ」
「うんうん。みんなすごいじゃないか。うん、これはいい。気に入った!」
 ワスプの説明を聞きながらも、勝手に周囲をぐるぐるめぐってみたり、戸を何度も開け閉めしているジオは、たしかにいつもよりはしゃいで見えて、冒険者たちの微笑を誘う。これなら手伝った甲斐があったというものだ。
「喜んでもらえてよかった。実は得意なんだよ、こういうことも」
 シュウがはにかんだように笑った。
「せっかくだから永く使ってもらえるようにと思ってな」
 と、ゼナン。
「屋根が傾いてあるから雪が積って潰れたりはせんと思うぞ」
 というサタナエルの説明に頷く。
「いやあ、みんな本当にありがとう」
 そうこうしているうちに、家のほうから良い匂いが漂ってきた。
 ひととおり予定した作業は終えた。
 食事にしよう、とジオは皆を促すのだった。


 ウッドデッキへ続くテラスを開放し、有志により出来上がった料理が並べられる。
「ウェグルスさん、味見してみて。イアソンさんも!」
「ん。なんだこれ、うまいぞ!」
「おいしいです〜」
 ピヨピヨが、スライスして素揚げした茄子とかぼちゃを、ビネガーと香草でマリネした温サラダを出してくれた。他にも、穫れた野菜を用いてつくった料理に、彼は腕をふるった。
 挽肉と重ねて焼いたラザニアや、素朴な煮びたし、マッシュルームとミルクを加えて煮て裏ごししたポタージュなどなど……。
「熱いので気をつけて下さいね」
 メリーナはグラタンを作った。これには野菜のほか、タケルがモーリを通じて仕入れた魚介も入っているようだ。
 ペルレは宣言通りシチューを。
 秋の日暮れに、温かい料理は身も心もあたためてくれるだろう。
 ゼナンが注いでくれる葡萄酒を杯に受け、ジオが席につく。
 食卓の準備をしているうちに、庭はすっかり暮れて宵に沈んでいる。それでもいくつものランタンを灯した室内は明るく、談笑のさざめきもひときわ賑やかに、食事が始まるのだった。

「聞いてみたいと思ってたんだ」
 食事が進む中、ふと、ワスプが言った。
「モンスターもグドンもいなくなって変異動物くらいしか出なくなっても、霊査士を続けるのかい?」
「そうだなあ……。たとえどんなことでも、冒険者が活動するなら、霊査士の力は必要だろう。冒険者がいる限りは、わたしもその一員でいたいと思うかな」
「でも、本当に平和になったでありますよね」
 イアソンがぽつりと。
「遠い戦いの日が、少しずつ昔のことになって、色あせていくのが、寂しくもありますが……」
 ヘルムウィーゲが続けた。
「なんにせよ、これからのジオさんの一年も、この野菜のように実りあるものだといいよね」
 シエルリードがそんなことを言った。
「これからか……、これから同盟はどうなっていくんだろうなあ……」
「今日植えた冬野菜が育ったら、みんなで鍋をやろうよ。コルドの氷の上で!」
 ピヨピヨが言った。
「真冬のコルドフリードで!?」
 みんなが、笑った。
「歳をとったせいですかね」
 シリルがつぶやく。
 片眉の角度だけで、続きを促すモーリに、彼女は応えた。
「最近、人の笑い声をただ聞いているだけで、なんだか満足してしまうんです」
「……」
 ふたりの前には誰かの持ち込んだ米酒の瓶。モーリはシリルの杯に、酒を注いだ。
「それが幸福ということだ。……最近、俺にもすこしわかってきた」

「あの――、ジオさん……」
 カルマが、遠慮がちに訊ねた。
「ん?」
 ぐい、とグラスの中身を口に流し込みながら、反応したジオだったが。
「お義父さんって呼んでもいいですか」
「!?」
 噴いた。
「あ、いや……、お父さんみたいな、っていう意味で……っ」
「……わ、わかった……」
 はげしく咽ながら、ジオは笑った。
「すみません、突然。……本物の父は知りませんが……その――」
「わたしも子どもはいないけど。そう思ってもらえるのはきっと光栄なことかな。……カルマくんの生い立ちの話、そういえばきちんと聞いたことなかったかな。いつかお義父さんにも話してくれ」
 この日、四十四歳の誕生日を迎えた霊査士は、そっと言うのだった。
「俺からプレゼントがあるんだ」
 シュウが口を開いた。
「何を贈ろうか、迷ったのだけれど……これがいいかと、思って……少し恥ずかしいけれど、ね。剣舞を、見てくれるかな」
「それは、ぜひ。見たいと思っていたんだ」
 頷くジオに、支度をはじめるシュウ。
「音楽がいるんじゃないの。誰かできる? そうだ、一度聞かせてほしかったんだ。持ってるんだろう、コーラングレ」
「お、俺か?」
 ふいに振られて、ゼナンはいくぶん驚いたようだ。
「……それなら」
 と、とりだす使い込んだ管楽器。
 やがて、低い音色が流れだす中、シュウの剣がランタンの灯を反射する。
 演じられる剣舞に、皆が見入った。

 おりしも希望のグリモア感謝祭が間近の頃。
 穏やかな秋の一日は、ゆっくりと過ぎてゆくのだった。


マスター:彼方星一 紹介ページ
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参加者:17人
作成日:2009/10/02
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