<リプレイ>
●楽園の空の下 この大地はいつ如何なる時も生命に満ちあふれている。常夏のワイルドファイアでは、太陽はいつもギラギラと焼け付くような日差しで地上を焼き、真っ青な空と豊かな大地の間を駆け抜ける風は汗の光る肌に心地良い。
昨今もてはやされるのは、優しい森林に抱かれているかのような服装を好む女の子達、そして永遠の少年ドリアッド? なんとなく、この旅が始まった頃から銀蟾・カルア(a28603)は今後の自分の方向性のようなものを感じ始めていた。世界からはドラゴンやグリモアの加護を失った冒険者達、アンデッドが消え、民の生活から絶対の恐怖が消えつつあった。恐怖を狩る者であった冒険者達はどうするのか……カルアはその兆しを感じていた。 「そうだ。実家が裕福で育ちの良い箱入り息子の俺には、狩猟農耕家事全般、何も出来ない。だが、心和む神の世界からの歌声で人生に疲れた皆の心を癒そうと思う。それが……天命だったんだ!」 カルアは大きく息を吸い込み、そして腹の底から声を発する。自在に旋律を刻む幻想の声がワイルドファイアの空を異世界へと染め上げていく。この調子では、いずれ深き安寧の眠りにまどろむ神代の大大怪獣でさえ、鳴動する大地に揺り動かされ目覚めてしまうかもしれない。 ボカッ! 容赦ない伝説の右と犬パンチを喰らってカルアは昏倒し、世界は小さな勇者達によって守られた。 「というか、ドラゴンどころかドラゴンロードにさえ平気で突撃しまくって、ボコボコにする鬼畜生のくせに、神の歌声? みんなの心を癒し系自称するってアホですか?」 踏みつぶされたカエルの様にべちゃっと地面に横たわるカルアを見下ろし、歴史の生き証人、しっぽふわふわ・イツキ(a33018)は目を閉じ、顎に手をあててうなずく。全く、どうしてカルアといい、他の者達といい、やるべき事は全力の2倍ぐらいの勢いで頑張る癖に、自分を見つめる鏡にはとんでもないゆがみが生じているのだろう。どうやら『他の者達』の中には自分は入ってないらしい。 「どれくらいアホって、ユユの自称淑女と同じくらい、バカで……」 再度どこからともなく疾風が起こる。伝説の右・改をモロ顎に喰らった喰らった猫の尾を持つストライダーの身体は一瞬ふわっと浮き、そのまま受け身もとれずに後頭部から地面に激突した。
「日々の暮らしの中で、なんとなく身につけた知識ですが、今こそそれが役立つ時なのかもしれませんね」 誰よりも沢山の荷を抱えてワイルドファイアにやってきた春待歌・サリエット(a51460)は嬉しそうに言った。足下にテントなど野外活動道具一式をどっちゃりと置かれているが、なるほどどれもあると便利そうな物ばかりだ。 「皆、役に立つといいですね」 サリエットは小さな声で言った。冒険者を志そうなどと考える者の多くは、誰かの為になりたいと心のどこかで切望している。未知の植物を探すという今回の旅の目的に、サリエットが得てきた雑多な植物の知識は大いに有効だろうと思われるし、沢山の道具達もきっと旅を円滑にしてくれることだろう。サリエット、実は用意周到で少々心配性な正確なのかもしれない。
「サリエットさん、その荷物もリヴィが運びましょうか?」 晴れ渡る空色の装甲、澄み渡る雲色のグランスティードに乗った七色の花冠・リヴィートゥカ(a71397)がサリエットの側で立ち止まった。スルリとグランスティードの背からドリアッドの牙狩人・リンディア(a90405)が降りる。大事そうに大きな布包みを抱えている。 「少し、乗せてもらったの。広くて、どこまでも続いていて、風が気持ちよくて……」 頭に浮かんだ事を整理しないで、思いつくままに語るリンディアの話は判りづらいが、要するにワイルドファイアに感動したと言いたいのだろう。 「こちらは?」 サリエットは足下の荷をリヴィートゥカのグランスティードに積み込みながら、リンディアの抱えている包みを目顔で問う。 「それはリヴィとリンディアちゃんが作ったお弁当なのです。リンディアちゃんにはお兄様に作っていた料理で持ち運びし易いのをお願いしたのです」 テキパキとリヴィートゥカが答え、リンディアはコクコクうなずく。 「……それは楽しみですね」 サリエットはいつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべた。
サリエットの次ぐらいに荷物が多かったのは、意外にも白花天・リン(a50852)であった。 「珍しいね、リンちゃんがそんなに荷物を背負っているなんて。重かったら俺が持ってあげようか?」 自前の店を切り盛りする店長でもある面倒見の良い蒼き天威・ハーゼ(a30543)は、小さなな子供やカロア以外の女の子には無条件に甘いところがある。そのハーゼも大きな弁当に、もしもの時の非常食的な乾パンとチョコレート、いざというときの為にカルア茶まで準備し決して軽装備ではない。声を掛けられたリンはプルプルと無言で首を横に振る。 「え? もしかして俺、なんか変な事言った?」 「……違う」 大荷物の大半はリンが長年に渡ってこつこつと集めてきた大事な『宝物』達だった。端がすり切れてしまった鍋つかみ、少しだけケバ立ってしまった根付けの組み紐、漆が剥がれそうな花かんざし、片側にだけしみがある帯、切れた鼻緒、木の杓子、よくわからないまるいもの。青い硝子のカケラに花吹雪の使い残り、浴衣の片袖、何かの種。ある壮大なる物語の絶頂のため、どうしてもリンにはこの宝物達が必要だった。例えハーゼでも預けるわけにはいかないのだ。 「でも、どう言ったらいいのか」 「いやいや、リンちゃんが持てるんなら……」 「うー、犬は、犬は生きたい様に生きるのだ!」 脱兎のごとく、大荷物を背負ったままリンは猛然と走り始めた。土煙をあげて走るリンの柔らかそうな犬の尾はすぐに見えなくなり、リン本体も見えなくなる。 「リンちゃん、リンちゃーーーん!」 固い地面には足跡もない。匂いも……わからない。
「ハーゼさん……」 そこそこの荷物を背負いながら四つんばいになって臭いを嗅ぐハーゼの姿に、小さな海・ユユ(a39253)が冷たい視線を送る。 「え、いや、その……これには事情が……」 「隙あり!」 あわてて立ち上がったハーゼは、背後から背中をトンと小さく押さ、つんのめる様に前に数歩進み、先を縛った草のループに足を取られてもんどり打って転がった。背の荷物からコロコロと弁当の包みも転がる。 「更に隙あり! 孫よ、ぬかったな〜」 森の乙女、うら若きドリアッドが発する口調ではなかったかもしれないが、それも野良ドリアッド・カロア(a27766)のめくるめく魅力のひとつ……と言えるかもしれない。今も餓死寸前のグドンのような早業でハーゼから弁当を奪うと、十分に安全な距離を保ち振り返る。 「やっぱり祖父に強奪されたか」 自分よりもずっと若い外見を持つカロアをハーゼは祖父と呼び、悔しそうに地面を拳で殴る。ある程度は予想していたこと、いわば想定内の事なのだが早起きして作った弁当を奪われるのはやっぱり悔しい。 「あれ、ユユちゃん? どちらにいらしていたんですか?」 ハーゼの接近を警戒しながらも弁当を食い始めたカロアは、木々の間からひょいと姿を現したユユに小首を傾げる。 「ユユ……これでも色々と大忙しなんだよ」 グーにした右手を左手で撫で撫でしながら、ユユはため息混じりに言う。 「あらあら、それはいけませんね。とにかく皆さんに集まってもらって休憩……お食事にしましょうか?」 カロアはニッコリと笑った。
その頃、崖下で気絶していたリンの意識が戻った。どうやら高い高い木の上から、何かが落下し、リンの後頭部を直撃したらしい。上を向くと少しまだ頭が痛かったが、真新しい崖崩れのあとがあった。倒れたリンが転がってきた跡なのだろう。 「今だ!」 千載一遇の好機! リンは慌てて荷物を漁ると骨が半分折れた傘を取り出した。閉じたままの傘をリンはぎゅっと抱きしめる。 「危なかった……! このお守りが無ければ、死んでいる所だったぜ……!」 どうしてもどうしても、この台詞を言いたかったのだ。 「またしても、お前に救われちまったな……!」 リンは照れた様な笑みを浮かべると、大事そうにまたその傘をしまい込んだ。
何故か姿の見えないリンとカルア、そしてイツキがいなかったが、カロアとユユ、そしてハーゼとサリエット、リヴィートゥカとリンディアの6人は木々が生えていない草地に敷物を広げ、手弁当を広げた。カロアに強奪されたハーゼの弁当だが、手つかずの生き残りもあった。 「祖父との旅だから、用意だけは周到に準備したからね」 売り物のゼリーや絶品プリンも健在だ。デザートにはランララで人気だったチョコレート菓子まで揃っている。 「私のお弁当はライ麦パンと薫製肉です。挟んで食べるとなかなか美味しいのですよ」 丁寧にくるまれていたパンは乾燥もしておらず、年代物の薫製肉を薄く切って挟むとなんとも言えない上品で高級な食べ物になる。 「リンディアさん、お願いします」 リヴィートゥカが言うと、リンディアも大事そうに抱えていた包みを解いた。中には大きな弁当箱が1つ……蓋を取るとそこにはリンゴが剥いてある。くし形切りのリンゴは半分ほど赤い皮がウサギの耳のように残っている。 「……これは」 「ウサギリンゴ?」 「かわいいー」 「おいしいー」 さっそくカロアとユユは手を伸ばしリンゴを食べる。シャクッと小気味の良い音がして、甘いリンゴの香りが辺りに漂う。 「失礼して、私もいただきます」 「お兄様はリンディアちゃんのこんな料理食されてたんですね〜」 サリエットとリヴィートゥカも大量のウサギリンゴに驚く事もなく、手を伸ばして1つ取る。誰がどんな風に剥いても、旬のリンゴは瑞々しく美味しい。 「……料理、じゃないだろう」 低くツッコミを入れるハーゼだが、こんな時はあの森の妖精さん、カルアが懐かしく感じられる。
「ハゼきゅんと愉快な仲間達、待たせてごめんね、きゃは! どうせ食料はカロア殿に食い尽くされた頃合い……華麗なる拙者の舞で心と胃袋を満たし……!」 全裸にバックラー1つあればいい! な勢いでイツキが飛び出した。当然ながら手にした小型の盾以外一糸たりともまとってはいない。まさに全裸、これぞ全裸。 「ぎゃああ」 「イツキちゃんが出たぁ」 美味しい物を食べていたカロアが叫び、ユユが絶望に目を暗くする。 「見ちゃ駄目です」 お茶を淹れていたリヴィートゥカが素早くリンディアの目をふさいだ。 「あれは……?」 「ここの土地神様なのです。心の純粋な人にしか見えずとても栄誉ある事ですが、見過ぎてしまいうと心が汚れるので見ない様にです」 「大地に還れ! イツキ!」 ハーゼの手の先からふわりと淡い蜘蛛の糸が広がる。糸はイツキに絡み、ハーゼはイツキを背後の大木ごと拘束する。 「ハゼ……きゅん」 身もだえするイツキと押さえ込むハーゼ。そしてやっと現れたカルアが間近で見たのは、見つめ合うハーゼとイツキだった。ポトッとカルアの手から消し炭が落ちる。 「……何それ? ごめん、俺、子供だから良く解んないや」 2歩3歩とゆっくり後ろにさがっていくカルアは、くるりと背を向け一気にダッシュし再び森に消えていく。 「カルアさん、行っちゃいましたね」 世界を滅ぼすカルアの独唱会はまた少し遠のいたが、サリエットは心配そうであった。
その後、主にサリエットの推理とユユの独占取材により、かりんの林が見つかった。 「この木は俺んだどりー」 と、所有権を叫ぶドリアッドもいたがなんといってもかりんの木はたくさんある。大きな実をもいでいると、すぐに陽は落ち夕暮れになってしまう。 「……綺麗だね」 無事に合流してガッツリ働いたリンは木の上から真っ赤な西の空を見つめて言った。 「本当だ。お空がトマトの色みたいなんだよ」 ロープをたぐり寄せていたユユも手を止めて空を見上げる。赤く輝く空の色は夏の日差しを浴びてキラキラしていたトマトを連想させる。 「カロアさん的には柿の色でしょうか?」 「まったく食い物以外の発想はないのか?」 かりんの実でさんざんボコボコにされた筈のカルアが平然と木をよじ登り、義姉のそばで夕日を眺める。 「カロアさん、リンディアさん、手伝ってください〜」 今日一日の強行軍で疲れてしまったのか、リヴィートゥカは木の上で枝に身体を預けるようにしてぐったりとしていた。眠り込んでしまっていて、リンディアが揺すっても、寝言しか返してくれない。 「どうしよう……」 やっぱりおろおろしながらリンディアは言った。
「みんなーお茶が入ったよー」 木の下からハーゼの声がした。ニコニコしながら大きく手を振っている。
「イツキさんは夕日を見なくてもいいんですか?」 蜘蛛糸の拘束から助け出してやると、サリエットはイツキに尋ねた。木の上はまだ夕日で明るいが、ここはもう夜の気配が漂っている。 「そういうのは他の方々にお任せしますが、拙者に似合いの力仕事も残っていそうで……行きますか?」 「はい。その前に、これ着てください」 ニッコリ笑ったまま、サリエットは布の服とリヴィートゥカから渡されていたフリフリエプロンを差し出した。
その後、皆はかりんの木の上で満天の星空を眺めつつ大宴会を慣行し、鮮やかな朝焼けまで満喫した。気の置けない仲間が集まれば、それだけで楽園なのだと本当は皆、知っていた。

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参加者:8人
作成日:2009/10/17
得票数:ほのぼの11
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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