<リプレイ>
アルマン図書館は、もともとは倉庫だった。それを持ち主であったアルマン氏が、ある日ふと思い立ち、改装して蔵書を展示し、一般の人々も出入りできる図書館にしたという。なるほど、外観にはかなり倉庫時代の面影が残っていると、緋の剣士・アルフリード(a00819)は思った。 町外れにあるこの図書館周辺は、普段は閑静な場所なのだろうが、今は町中から集まったらしい野次馬たちでごった返していた。図書館に近づくにつれて密度が濃くなっていく野次馬たちを押しのけ押しのけ、アルフリードは図書館の大きな扉の前まで進んでいった。 「皆さん! 図書館から離れて! 離れて下さーい!」 「図書館に強盗が入ったんだろ?」 「『老女の淡い追憶』が本質に取られたんだって!?」 「見せろ見せろ!」 閉ざされた大扉の前では、図書館員の制服を着た男たちが、無責任な野次馬を追い返そうと奮闘していた。アルフリードは人波をかき分けて館員の目の前まで進み出ると、持っていた宝飾品をかざして、こう叫んだ。 「私は本を愛する者です。『老女の淡い追憶』を読むために遠くから旅をして来ました。手持ちの宝石を渡す用意もあります。犯人と話をさせて下さい!」 すると、館員の一人であるエルフの男がアルフリードに近づいてきた。 「駄目ですよ。誰も中に入れるなと言われているんです。それに犯人の要求は宝石では……」 「そこを何とか、お願いします」 アルフリードは館員と話をしながら、宝飾品を持っていない方の手をこっそりと差し出し、メモを見せた。メモには自分が依頼を受けた冒険者であること、館員の協力が必要なこと、相手に気付かれない場所で相談したいことを書き記してあった。 「と、とにかく駄目です。旅の方なら、町の大通りの宿屋にでも泊まって、大人しく寝ていて下さい」 「そうですか。……仕方ありませんね」 館員がメモを読んで小さく頷いたのを確認すると、アルフリードは落胆したふりをしながら、大通りに向かって歩き出した。
「本は言うなれば知識、本を汚すと言うことは知識を汚すと言うことだよね」 「普通はその通りですけど、物凄くつまらない物語の本も知識に含めてしまって良いのかどうか……?」 紋章術発明家・スチール(a09636)の言葉に、エルフの紋章術士・カロリナは悩んでいる様子だった。 「でも、お話を聞いた限りでは素敵な物語だとおもうんですけど……。私も一度読んでみたいです」 想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)は、ほのぼのした口調でそう言いながら、目線を周囲に走らせた。 閲覧室の大扉からやや離れた位置で野次馬と一緒に騒いでいる、目つきの鋭い女のストライダー。職員詰め所の扉からやや離れた場所で辺りを窺っている、平凡な顔の男のストライダー。どちらも狸の尻尾だった。スチールたちは野次馬に紛れこんで犯人の仲間を探し回ったが、この二人しか見つけることが出来なかった。 「屋根の上に一人、見つけたでござる」 武士・トノ(a07804)が野次馬をかき分けて近づいてきた。トノは全体を見渡せる所に一人はいるはずだと考え、その一人を探していたのだ。 「あわせて三人か。霊査によればもう一人いるはずなんだけどなぁ」 スチールとトノは、小声で言葉を交し合った。 「おそらく図書館の中でござろう」 「では、そちらは突入班に任せようか」 「詰め所前の男はヒィゴ殿、屋根の上の女は拙者が。皆さんには大扉の前の女をお願いするでござる」 「分かったよ」 短い了解の返事を聞くと、トノはまた人の渦の中に飲まれていった。
少し離れた場所から、アフロ凄杉・ベンジャミン(a07564)は図書館とそれを取り巻く人たちの様子を眺めていた。微動だにせず、物音一つたてず、要するに静止のパフォーマンスをしながらである。 ベンジャミンはアルフリードが芝居をしながらどこかへ歩いていくのを、さらにその少し後で、アルフリードと会話した館員もやはりどこかへ歩いていくのを見ていた。 ベンジャミンは野次馬の間を移動して、仲間たちがそれぞれの標的に近づいていくのを見ていた。 ベンジャミンは近所の子供たちが集まってきて、 「何だこいつ。変なあたまー」 「全然動かないぞ」 「触っちゃえー」 「蹴っちゃえー」 などと言いながらアフロにいたずらしたり、脛に蹴りを入れてきたりするのにも負けず、ただじっと見ていた。 ベンジャミンはアルフリードの後を追っていった館員が、大きなトレーに食料を載せて戻ってきたのを見て、微笑む代わりに目を閉じた。 そして次の瞬間、限界まで眼を見開き、アフロを0.473秒の早業で直径数mのキラキラアフロに取り替えると、力の限り踊り始めた。 「HEY! レッツダンスネー!」 叫び声とアフロの眩しさのために、野次馬たちはベンジャミンの存在に気づかないわけにはいかなかった。 「光ってるぞ!」 「どこに隠してたんだ! あんなモノ!」 騒ぎの輪は広がり、野次馬たちの注目はベンジャミンに集まっていった。
「あははははは! 何あのモジャモジャ!」 図書館の屋根の上では狸の尻尾を持つ少女が笑い転げていた。よほどベンジャミンのダンスが面白かったらしい。 図書館の裏手にあった木に登って屋根に飛び移ったトノは、注意力散漫になっていた少女の背後から気づかれずに近づくことができた。 「動くな。声も出すなでござる」 少女がその言葉の意味を理解する前に、少女の口はトノの手でふさがれてしまっていた。
職員詰め所の前にも、野次馬たちは大勢いた。この辺りの野次馬たちは図書館の中に入ろうとして騒ぐようなこともなく、詰め所の扉の前にも見張りの館員はいなかった。 犯人の仲間と思しき男ストライダーの周りも野次馬だらけだったので、火眼の仔・ヒィゴ(a09366)はハイドインシャドウを使うまでもなく、野次馬のふりをして堂々と男の背後を取れた。男は周囲を注意深く眺め回していたので、ハイドインシャドウを使っても効果はなかっただろう。少し離れた位置には誇り高き白鱗・ゴードィ(a07849)も待機していた。 ベンジャミンのダンスパフォーマンスによって起きた騒ぎの波がこちらにも届き、野次馬たちは一様にベンジャミンの方を見た。ストライダーも男がつられてそちらをむいた瞬間に、男のすぐ傍まで近づいていたヒィゴは素早く男に飛びかかり、濡れた布を男の口にあてがった。 「手荒な事はしやせんから、ちぃっと静かにして貰えやせんかねぇ? ゴードィさん、後はお任せしやしたよ」 「ああ」 もがもがと声にならない声を出しながら暴れる男の口をふさいだまま、ヒィゴは図書館の裏手へ男を引きずっていった。 これで詰め所側から侵入しても、犯人に知られることはなくなったはずだ。そう判断したゴードィは詰め所の扉を開けて中へ入ろうとしたが、 「おい、外が騒がしいぞ。何があった?」 ゴードィが開ける前に、中から扉が開いて眼鏡をかけた館員が顔を出した。ゴードィはこの男が狸の尻尾を持ったストライダーであるのを見て取ると、咄嗟に飛びかかった。男の方は、図書館員である自分にいきなり襲いかかってくる者がいるとは思っておらず、油断していた。ゴードィは尻尾を使って男を地面に引き倒し、鱗に覆われた手で口をふさいだ。
ベンジャミンの陽動に気を取られた女ストライダーを、ラジスラヴァが眠りの歌で眠らせる場面を横目に見ながら、悪戯童子・チェコ(a03979)は閲覧室の大扉の傍で待機していた。 騒ぎの中、野次馬に道を開けさせてエルフの館員がトレーを運んでくると、野次馬の相手をしていた館員たちが彼に近づき、何事か言い合った。その後、その館員たちが大扉をいっぱいに開き、トレーを持った館員が館内に足を踏み入れた。 「入るな! 持っているのは何だ?」 犯人が侵入した館員を見咎めて叫んだ。 「しょ、食料です。もうずっと何も食べていないでしょう? お腹が空いているんじゃないかと思いまして……」 犯人がさらに何かを叫び、それに対して館員がのらりくらりと答えている隙に、チェコは大開きになった扉の端の方を通ってゆっくりと館内に入った。犯人は疲労で集中力が欠けていた上にトレーを持った館員に注意を向けていたため、チェコを発見することができなかった。 チェコはゆっくりと、犯人の視界に入らないように気をつけながら犯人の背後へ回りこんでいった。ふと閲覧室と詰め所を繋ぐ扉に目をやると、少しずつ音を立てないように扉が開き、ハイドインシャドウを使っているらしいゴードィが滑るようにして入ってくるのが見えた。ゴードィもチェコの姿を確認し、二人は頷きあうと、ゆっくりと移動を続けた。 「早く野次馬どもを追っ払え!」 「ええと、私たちもそうしたいのですがどうにも人手不足で……」 閲覧室の中にいた館員たちもトレーの館員に加勢し、犯人と館員たちの押し問答はまだ続いていたが、それももう終わりだ、とチェコは思った。犯人の背後でチェコがハイドインシャドウを解き、それを合図にゴードィが犯人の右手に、チェコは犯人の左手に飛びかかった。 「お前ら冒険者だな! くそっ!」 二人の姿に気づいた犯人は、左手に持った本に右手でインクをかけようとしたが、インクがかかったのは本とインクの間に体を割り込ませたゴードィにだった。チェコが左手から本を奪い取り、館員たちも駆け寄ってきて、犯人は捕らえられた。
「さて、盗みの目的を話してもらおうか?」 事態が一段落した後、関係者一同を代表してゴードィが犯人を尋問した。 「誰がお前たちに教えるか!」 「言わないのなら……」 ゴードィは牙を見せながら、無言で指をバキバキ鳴らして脅してみた。 「教えます」 犯人はすぐに落ちた。 「あなたがたは老婦人の親族の方で、自分たちの子供の頃の恥ずかしい話が書き記されたあの本を隠そうとしたのでは?」 「いや、違う」 アルフリードの質問に、犯人は首をふった。 「子供たちの恥ずかしい話みたいなちょっと面白そうな話は、あの本には一切書いてないぜ」 「では、あなたがたが狸の尻尾のストライダーばかりなのは?」 「それは偶然集まっただけなんだよ」 「結局、お前たちは何なんだ?」 ゴードィが、もう一度指を鳴らしながら聞いた。
「つまり、あんたがたはつまらない本同好会だと?」 図書館の裏手にある木にぐるぐる巻きにされた男と、ヒィゴは雑談していた。野次馬たちは犯人の顔を見ようと閲覧室に押し寄せたり、まだ踊り続けているベンジャミンの方に集まったりして、図書館の裏手にはほとんどいなくなっていた。 「その通り。日頃からつまらない本を愛好していた我々は『老女の淡い追憶』のつまらなさの虜となり、ぜひ譲ってくれと図書館に頼みこんだが、断られてしまった。だがどうしても諦め切れなかったので、こんな手段に出たというわけさ」 「じゃあ、本にインクをぶちまけるってぇのはただの脅しだったわけですかぃ?」 「いや、本気だったさ。独占できないなら、いっそのこと誰にも読めなくしてしまおうと思ってね」 「そういうもんですかねぇ。……あー。煮干食いやす?」 「もらおうか」 ヒィゴは懐からおやつを出し、男にもくわえさせてやった。
犯人たちを役人に渡した後、読みたい者は館員に頼みこんで『老女の淡い追憶』を読ませてもらった。 その結果、ゴードィは読み始めて一分で爆睡し、 「……はぁ……」 チェコは半眼で疲れた表情でため息をつき、スチールとカロリナもあまりのつまらなさにぐったりしてしまった。一人ラジスラヴァだけは、歌の材料に使えるかもしれないと喜んだ。
ちなみにこの事件の後、この町ではアフロが流行ったそうである。

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参加者:8人
作成日:2004/07/30
得票数:ほのぼの1
コメディ19
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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