旅物語 想い、結んで



<オープニング>


 拝啓、冒険者の皆様。
 以前は大変お世話になりました。御礼もできずに長くおりましたこと、お詫び申し上げます。
 さて、この度私どもの村で、一つ特産品を作ろうと思っております。
 特産品というと聞こえはいいのですが、実際は彼と私のための絆の品でもあります。
 村に咲く花の香りを織り込んだ、対の祈り紐。
 想いあう方々で作り合い、交換し、永く、想いを結べるように。
 そうでなくとも、花の香りが少しでも皆様の癒しになればと思い、お礼に代える意味も含め、お誘いさせていただきます。
 皆様で足をお運びいただければ、幸いです。

「……だ、そうだ」
 くす、と、微笑ましげに告げて。フィルはレンを見やる。
「行くだろう?」
「へ? な、なんでさ姐さん」
「ヨシノやサツキに逢いに、だ。別にお前に色恋を求めてはいない」
 まさかの誘いかと、変に動揺したというのに、あまりにもあっさりとどうでもいい発言を返され、レンは少しだけ拗ねた。
 が、肩を竦めて微笑すると、懐かしい字を、覗き込む。
「うん、行くよ」
 そうして、酒場をぐるりと見渡した。
 誰か一緒に行かない?
 やたらきらきらとした目が、そういっているような、気がした……。


マスター:聖京 紹介ページ
思い出作りということで一つ。
お一人様の参加も問題ありません。
なお、紐作りは強制ではありません。
作る場合は、色や長さ、装飾品など、紐の特徴を明記してください。
手紙の主の村には、花畑があります。見て回るのもいいでしょう。
今回同行NPCはレンのみです。
フィル、サザは行く予定と理由がありません。

参加者
NPC:スマイリー・レン(a90276)



<リプレイ>

「皆さん、良くお越しくださいました。村長のヨシノです。宜しくお願いいたしますね」
 にっこりと。微笑んだ紳士的な男は、その傍らに愛する人を携えて冒険者たちを、出迎えた。
 過去に依頼で面識のあるルシュエルは、形式的な挨拶の後、個人的に、声をかける。
「お二人とも、お久しぶりです。幸せな日々を送ってらっしゃる様で何よりです」
「はい、皆様のおかげさまで。本当に、ありがとうございます」
 言葉通り、幸せそうな笑顔を浮かべて。ヨシノは笑う。そんな彼に笑顔を返し、アルファードは、ちらりと傍らの人――サツキを見やってから、小さく、苦笑した。
「ヨシノ、サツキ……あの時は、すまなかった。やりすぎたと、思ってるんだ」
 彼らと関わった、最後の依頼。その場での行動を詫びるアルファードに、サツキは驚いたように目を丸くした。
 それから、くす、と微笑んだ。
「謝らないでくれ。お前たちが背を押してくれなければ、私は、きっといつまでもはっきりとした言葉を選べなかった。感謝、しているんだ」
 憂いた顔ばかりしていた、彼が。そう言って、幸せそうに、笑うのを見て。
 ほんの少し、救われたような気が、した。

 開け放した窓から、爽やかな風がそよぐ、部屋で。
 ふわりと柔らかな花の香りに包まれながら、皆、ヨシノやサツキに教わりながら紐を編んでいた。
「えーっと、ここをこうして? えー、こっちに紐を絡めて…?」
 麻の紐をあっちにやったりこっちにやったり。悪戦苦闘していたニコラシカは、むぅ、と唸ると、とうとう、隣で同じ作業をしているビルフォードに泣きついた。
「…ビルさん、ちょっと手伝ってもらえませんか……」
「ん? ああ、はいはい、お手伝いしますよ」
 困り顔で差し出されたそれは、形になりかけてはいるが、編み込みが甘かったり、絡んでいたりと、正直見栄えはよろしくない。
 彼女らしい、と、ビルフォードは微笑む。
「ラシィさんは、何でもかんでも不器用ですね、本当に」
 屈託なく笑いながらの言葉は、正直な感想に、ほんのちょっとのからかいを含んだもの。
 やはり、むぅ、と唸って少し拗ねた顔をしたニコラシカだが、失敗を直したり、丁寧に教えてくれる彼の言葉に従い、また、真剣な顔に戻る。

 一方では、やはり不器用ゆえに苦戦している、エリーシャの姿があった。
「カレル〜…できないです……」
「どれ? 見せてみて、エリー」
 若干泣きそうな声で、恋人であるカレルを見やるエリーシャ。覗き込めば、その手元には、カレルをイメージした赤と、エリーシャをイメージした緑とピンクの紐が、ほんの少し、編み込まれていた。
「大丈夫だよ、失敗してないし、その調子」
 にこ、と微笑めば、エリーシャは頬を紅く染め、それでも、嬉しそうに頷く。
 不器用を自負してはいるが、どちらかといえば、緊張しているだけなのだ。
 つい最近恋人同士となった人と、初めての、デート。緊張しない方がおかしい。
 だが、それは息苦しい緊張では、なかった。淡い香りに、優しい愛に。包まれた時間は、ただ、幸せだった。
「あ、ゼパルパさんも来たんだね〜」
 ひょい、と振り返りながらのカレルの声に、はっとしたようにエリーシャが振り返る――間際に、彼の手元を見ると、既に綺麗な紐が出来上がっていた――と、同じ旅団のゼパルパと視線が合った。
 彼も、紐作りに参加している。ということは。
「ゼパさんのは恋人さんへの贈り物ですか?」
 何気なく尋ねれば、肯定が返ってくる。きっと、彼らの間にも幸せがあるのだろうと、思うと。
 エリーシャは我が事のように、微笑んでいた。

 こほん、と、少し照れたのをごまかすように咳払いをして、様子を窺うようにぐるりと回っていたヨシノを捕まえると、ゼパルパは尋ねた。
「この紐の香りや色は、やはり村の花畑の花を使っているのか?」
「はい。色に関しては花以外の染料も使ってますが、香りは全て」
 そうか、と呟いたゼパルパは、記憶の隅に然りと記す。
 と、そこへ、やはり様子を窺うような素振りで、ひょこりと顔を出す、レンの姿が。
 以前同行することとなった依頼では話す機会を持てなかった彼に、ゼパルパは笑みを向けた。
「俺はこんな紐を作ろうと思うんだが、レンはどんな紐を編むんだ?」
 明るい緑色を選び、黙々と、1メートルばかりの長さを編みこんだ紐には、植物の葉をモチーフにした装飾が施されている。
 花のような人へ贈る、花を映えさせるデザイン。
 おぉ、と感嘆したような声を上げてから、レンは肩を竦めた。
「俺は作らないんだー。皆がつくってるの見てるの楽しいからここにいるけど……」
 参加は強制ではないとは言え、少し、以外だった。
 てっきり、懐いている霊査士の少女にでも渡すつもりがあるものだと、思っていただけに。
 そんな驚きを察したのか、レンは視線だけで、その理由へ促した。
 そこには、サツキと談笑しながら紐を編んでいるラジスラヴァの姿があった。
「ヨシノさんとの生活は、幸せですか?」
「あぁ……主従でない、対等な立場でいられるのが、こんなにも嬉しいことだとは思わなかった」
「そうですか…飛び出して、良かったですね」
 微笑ましげに会話を楽しむラジスラヴァの姿を、レンは、嬉しそうに、見つめて。
「できたら、姐さんに贈るんだって」
 誰かが、彼女を、想ってくれていることが、幸せなのだと。そう言って笑った。

 ふぅ。と、溜め息が零れる。紐作りを一段落終えたサガラのものだ。
 紐など作ったことがない、と困った顔をしていたが、懇切丁寧――というよりは至極端的に教えてもらったおかげで、形にはなった。
 髪を結える程度の、藍色の紐。寂しい独り身ではあるが、世話になっている者がいないわけでも、ない。
 下手に装飾をつけても惨事にしかなるまいと我慢して仕上げた、質素な紐。果たして、気に入って貰えるだろうか。
「まぁ、渡してみないことには、な……」
 不安よりも、期待を大きくさせて。きゅ、と紐を握り締めるサガラ。
 ふと顔を上げると、先日、依頼で一緒だったニーヴェスと、視線が合う。先に花畑を見に行くと言っていたのを思い出し、何気なく、どうだったと尋ねてみた。
「……綺麗な、所でした…たまには、ああ言うのも癒されますね」
 告げて、紐作りの席に着く。選ぶのは、緑。手際よく作業を進め、先端に、小さな白い薔薇の装飾を施した。
「花に囲まれると……故郷を思い出します」
 ぽつり。紐を見つめながら、ニーヴェスは小さく語る。
「……花に恵まれた土地だったんですけど……特に薔薇が綺麗なんです」
 今は無い、場所。だが、普段より少し饒舌な彼女の言葉にも、表情にも、寂しさは窺えない。
 そのような思いが無いのか。悟らせまいとしているだけか。それは、知らず聞くだけの相手には、判らないことだけれど。
「そうか……いい、所だな」
 彼女の手の中に出来上がった『薔薇』を見ていると、サガラは自然と、呟いていた。

「ルシュ、できたのかい?」
 寄り添った、恋人の手元を見やり、アルファードは訪ねる。
 揃いで作る祈り紐。ルシュエルの瞳と同じ、深海のような青。所々にあしらわれるのは、アルファードの髪と同じ、銀の細工で。
 冒険者として最も良く手にする、武器に巻くための長さを持ったそれは、永劫途切れることのない二人の絆を、現していた。
「そう言えば、一緒に何か物を作るのは、初めての事ですね……」
 これからも、きっとそんな『初めての事』を沢山経験するのだろう。
 編み込むごとに願った。そんな日々を、どうか傍らの人と共に過ごせますようにと。
 不安も、不満も、ないけれど。祈りを捧げておきたいほどの幸せが、ルシュエルの中には存在するのだ。
 そんな彼を、ふわり、優しく抱き寄せると。紐を握り締めた指を絡めあわせ、そっと、アルファードは囁く。
「ルシュは私にとって大切な想い人。それはこれからも絶対に変わらない」
 絶対に。
 耳元で繰り返された言葉を、もう一度、胸の中で唱えて。
「はい、ありがとうございます」
 何度返すことも厭わない応えを、笑顔に載せて、紡ぎだした。

 紐作りを終えた者の多くは、花畑へと向かう。
 村の敷地の多くが花で囲まれた光景は、ただ、美しく。ニーヴェスの言ったとおりだと、サガラは感嘆を零し、踏み入った。
 慌しい時間が、過ぎた。そんな日々を顧ながら、今日くらい、花を愛でてのんびりするのも、きっと、許されるだろう。
 すぅ。紐に染み付いたのと同じ香りが、意識を優しく撫でる。
「長閑だな……」
 ほんの少し離れたところで、はしゃぐような声が聞こえると、なお、思う。
 紐作りには参加せず、花畑でのんびりと過ごしていたヒユウは、少しの肌寒さに寂しさを覚え始めた頃、ぱっと顔を上げた先に見つけたレンの姿に、とてとて、駆け寄った。
「レン兄ちゃん、紐作りしてきたんだ?」
「んーん。見てきただけー。ヒユウ、どの辺まで行ってきた?」
「すぐそこまで。もっと向こう、行ってみる?」
 誘えば、笑顔で同意が返り。ぱたぱたと探検気分で向かう二人。
 紐作りをしていた部屋もそうだったが、花畑にはそれとは少し違う、自然の香りが満ちていた。
 深呼吸をすれば、疲れも、嫌な事も、全て忘れてしまえそうな気が、する。
 ――そんなにくたびれているわけでも、無いのだけれど。
「お弁当以ってくればよかったな〜」
 持参した水筒を取り出しつつ、しまった、というように呟くヒユウ。
 だが、おやつはちゃっかり持ってきているらしい。コップも取り出して、お茶を注ぐと、レンに差し出した。
「レン兄ちゃんもどう?」
「あ、いいの? ありがとー♪」
 ごくごくごく……ぷはー。
 ひとしきり和んでから、思い立ったように、辺りを見渡せば。
 花畑には、良く似合った光景が、窺えた。
「いい匂いだね〜」
 ごろり、花畑に寝転がり、カレルはエリーシャを見上げる。
 その傍らに腰を下ろし、手元にあった花を、そっと、カレルの髪に飾るエリーシャ。
「似合ってますよ…」
「僕よりエリーの方が似合うと思うけどな〜」
 それでも、嬉しそうに髪に手をやり、カレルもまた、笑みを零す。
 穏やかな時間。会話を楽しみながら、のんびりと、花の香りに包まれて過ごした。
「カレル〜。できたです〜」
 ぱっ、と、花を輪にした飾りを掲げて、エリーシャは嬉しそうに告げる。
 紐作りの時の緊張は、もうどこかへ消えてしまっているのだろう。心底、楽しそうだった。
 やはり一度、見上げる姿勢で見つめて。体を起こしたカレルは、その花飾りを受け取ると、そっと、エリーシャの首にかける。
「ほら、やっぱりエリーの方が似合うね」
 さらり、花飾りに引っかかった髪を梳いて、ふわりと元の位置に落ち着くまでを見届けて。
 彼女の髪先に揺れる桜を引き立てる飾りに、カレルは柔らかで優しい笑みを、浮かべていた。
 ――そんな、幸せに初められた空気とは、ほんの少し、違った雰囲気。
 様々な場面、短くは無い時間。共に過ごしてきたニコラシカとビルフォードは、決して、気まずい空気を持つ間柄では、ない。
 だが、複雑な感情は、互いに、あった。
 花畑に溶け込む彼女を見つめるビルフォードの胸中には、特に。
「綺麗ですね、ビルさん」
 彼女を囲むこの花は、いずれ枯れてしまうのだろうけれど。彼女は、いつまでも、彼女のまま。
 永遠を約束された彼女を置いて、やがて朽ちてしまう我が身。限りある命をこれほど呪ったことはない。
「……ビルさん?」
 どうかしたんですか。そう、尋ねるように小首を傾げる彼女は、いつまでも手折ることを許されない、高嶺の花。
 それでも、今、この瞬間、触れて、思いあうことだけは、長い時間をかけて許されたのだ。
「いえ。なんでも」
 茶色と、緑。互いの色を織り込んだ祈り紐を、握り締め。ささやかな願いをこめて、そっと、ニコラシカの頭を撫でる。
「あ、ニコラシカー。楽しんでるー?」
 通りがかった彼女に手を振り、声をかけるレンに、視線をやって。
「はい、とても」
 幸せそうに微笑む、彼女が。
 いつか、この紐を手にして、共に作った思い出に、幸せな気持ちになってくれればと――。

 日も、傾いて。そろそろ帰路に着こうかと、各々集まりだした、頃。
 そういえば、と言うように、レンはヒユウを見やった。
「ヒユウは紐作らないで良かったの?」
「んー。渡す相手もいないしなぁ〜って」
「おや、それは勿体無いですね」
 会話に混ざるや、ヨシノは二人の前に、何か――紐を、差し出す。
 手首に巻ける程度の長さの、黄色の紐。
「よろしければお持ち帰りください」
 一瞬、顔を見合わせたけれど。差し出された紐を手にして、レンは、ニコリ、ヒユウを見やる。
「はい、ヒユウ。いい匂いだし、もらってこー♪」
「うん、ありがとうな、ヨシノ、サツキ」
 どういたしまして、と。微笑んでから。
「皆様に、どうか幸多からん事を」
 ヨシノは深く、頭を下げるので、あった。


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参加者:11人
作成日:2009/10/17
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