<リプレイ>
●恩寵の闇 視線を受ければ薄く笑った。 呪縛ほどの強さも、物語る価値も持たぬ、今は飾るだけの代物だ。捨てず留めたのは、完全な忘却こそ自らを損なうと無意識に知っていたからか。男が思索を深めるような呟きを重ねれば、ヴィアドも理由なく胸中に浮かんだものを吐く。 「白になる日が来ればな、と」 なるほど。 男は腑に落ちた様子で頷いた。 白を贈られて身に馴染んだ意味を知る。 たとえ根拠が無意図にせよ、俺はおまえに変えられたわけだ。 ぽつりぽつりと零すように紡ぎながら、紫煙のように人に纏われる喧騒の気配を抜け、空を臨める場所を目指す。語られたものに男は喉を鳴らして笑いもした。案じてくれるなら刺されん程度に甘やかしてくれ。戯れな態度から、安堵にも似た何かを受け、ヴィアドは微かに表情を緩めた。 星は流れ、月は満ち、日は廻る。同じ速度で刻まれても、消えることのないもの。すべて知ることは難しく、すべて重ねれば己が欠ける。たとえ噛み合わぬにしても佇む場所は変わらない。 「覚えておいて」 手を差し出す。 男は求められるものを認識するまでの間を置いた。 そして、愉快で仕方ないとばかりに声を洩らして短く笑う。 「暴かれてばかりか」 何処までが素で、何処までが計算か、浅からぬ興味が生まれた。 絹の手袋を剥いで、親愛を示すように握手を交わす。 「こんな夜まで案じるほど愚かでもないぞ」 残念ながら疑いようもない。 ティアレスは唇の端だけ吊り上げる、実にそれらしい様子で笑みを刻む。 だから、彼が望まれたものに迎えられるよう、この夜に許される祈りのすべてを傾けた。 街角に渦巻く風は遠い嵐を伝える導。フェイルローゼは記憶の欠片を思い返し、奇しきものよ、と凍えるまでもない冷えた空気に息を吐いた。縁のみならず、情は重ねられていく。命の瞬きが消えず、星霜の先に燈るなら、繋ぐための礎になろう。 闇に染まる屋根の向こうで月が白々と輝いていた。 肩を叩かれて振り向けば、頬を突かれて男の眉間に皺が寄る。その指をかじってやろうかと密かに復讐を企てるが、誰かのようだから諦めた。再び歩を進め始める彼の背を追わず、ボサツは緩い笑みを湛えながら、沈んだ空を見上げて告げる。 「俺さ」 男は目を細め、それは幸福だ、と柔らかに笑んだ。続けて洩らされる秘密には驚いたようで、それを上書きするように意地悪な言い方をする。揉め事が起きれば、我は向こうの味方につくぞ。 丘を取り囲むような階段は空に近い場所まで続いている。 瓦礫が数を増す頃、対比するように歩調が緩んだ。 互いの距離を編んだ理由は明快だ。交わさずとも通じるなら構わない。重ねるものがあればこそ、自らを保てたのだろう。身勝手なものだと振り返りながら、イドゥナは静かに私を語る。 「僅かなりとも心が躍るようだった」 ティアレスは虚を突かれたふうに目を見開いた。 過去と未来に連ねる言葉を半ばで切り、後は微笑みを浮かべるばかりという彼を見返し、複雑そうなそぶりで嘆息すると肩を竦める。貴様のことだ、すべて承知の上なのだろう。謀と決めたように呟いてから、愉悦を滲ませた瞳を細めながらに笑みを返す。 世の中には知っているつもりで知らない物事が意外と多くあるらしい。 やはり無理を押しても言葉を紡ぐべき瞬間は少なくないのか。 そう思索しながらも男は言葉を足そうとしない。 もちろん、理由は充分にある。
●失楽の淵 嘘が汚れても厭わぬとばかり、朽ちた煉瓦に腰を落ち着ける。 闇に慣れるほど暁の光は目を刺すだろう。それを羨ましくも思うのは、夜に身を沈めた人ほど、光が齎す本当の意味に触れられるから。自身が抱くものは月に満たされすぎている。イザは男の掌にひとつ落として、言葉を添えず微笑んだ。 既知だろう事柄を説くつもりはない。 「夜明けに必要ありませんから」 彼は謳うように語ると微笑んだ。 仏頂面で悩んでから、ティアレスは浅い息を吐く。 「まるで夜が明けるようだ」 この他愛ない『お守り』こそ、手にした鍵のひとつかもしれない。 越えてから振り返るとき、きっと、その価値を思うだろう。 星降る煌きの下、地上に燈された火は目映い。暈けた光が大地と夜空を隔てるように纏われる。 冬を運ぶような風を浴び、訪れた廃墟の片隅で、目的を潜める者たちがいた。 深まる夜を傍観するのだ。 綴られた日々に重ねられたものが、今宵に結果を生むのではないか。少しの疑問を内包しながら、ナミキは、その瞬間を眺めたくて朝を待ち望んだ。エルサイドは意味を気にかけながら、幾度となく視線を走らせる。夜が過ぎる間に生じる、揺らぎの有無を探しているのだ。 茫洋とした瞳を刺すように淡い月明かりが注がれる。 ビャクヤは、求む指先が何も掴めぬことを、確かめるように手を伸ばしていた。想いは芽吹かず枯れだろう。恋とも呼べない執着に逃げ、愛を移ろわせるほうが哀しい。だから、今夜は孤独に身を浸すような時間の使い方を選んだ。夜が去る頃には、きっと微笑めるのだろうから。 浮かぶものは苦いとしても、思い出して笑えるなら健全だろう。出会いに触れて、ミナは過去を語る。やがて昇る朝陽は他の者たちと共に見ればいい。 「俺は過去を受け持つから」 もちろん呼ばれるなら追いつくけれど。 付け足すと、ティアレスは何やら合点の行った様子だ。 態度を決めかねていた自覚はある。その原因が見えたのだ。それは、貴様が何を好むか、我が知らんためだな。男はまさしく苦笑しながら改めて示す。茶を飲むのでも、酒を呑むのでも、言葉を交わすのでも、苦痛と考えるような不審はないのだ。 靴を鳴らせば鼓動が重なる。 無声の中に風が響けば曲が聞こえる。 腕に抱かれる記憶は消えないから、赦しはどこにも存在しない。厭う闇さえ決して晴れない。けれど明けぬ夜はないと知った。教えてくれた人と信じたい自分を、今のペテネーラなら併せて愛せる。 だから、毀して最後にしよう。 振り絞るような踊りを見て、はらはらとエテルノは静かに泣いた。 織られた痛みが哀しくて、放たれる彼女が喜ばしく、涙を留めず頬を伝わす。 「ティア」 呼ばれた男は胸を突かれたような顔をした。 嫌悪とも倦厭とも違う感情を揺れる瞳が滲ませる。 その原因が彼女と違うものにあるからこそ慄いたのだ。 共に望むものを探さないかと彼女は言う。想いは変わらないから、差し伸べた手は離れない。 まるで言葉は誓いのようだ。すべては大好きだから。幸せでいてほしいから。 「おまえのほうが苦しげだな」 ティアレスは案じるように僅かばかり首を傾げる。そして、隠したままでは触れられないと、ただひとつ条件をつけた彼女に、男は説くような穏やかさで彼女の名を呼ぶ。 「アリシア。敬意とは強請るものではない。……そうだな?」 いかな感情を抱き、いかな態度を取るにしろ、すべてが己なのだから。 求めるなら振る舞いを『偽り』と括ってくれるな。 自身の想いは刃のように、己が胸に突き立つから、男は僅かに言葉を躊躇う。
やがて、告げた。 我は空虚なばかりで痛みを持たぬ。 おまえの傷が癒えれども満ちることには繋がらない。
●莎草の漣 「愛して、嫉妬に狂うようになったら、きっと」 恋は可愛くて綺麗だけれど、自分は少し変わるかもしれない。 博愛を謳う彼が好きで、駆け引きの真似事も好きで、そう感じるほど苦しくなるから怖くなる。 切実な声音で問いを重ねたティトゥーラが、慮るように笑んでみせる頃、エテルノはすでに楽しくて仕方ないように笑っていた。急ぐことはない。悠久の果てに何が起きるかは誰も知らない。 「それは素敵だ」 肯定以上の称賛を紡いで、期待していると彼は笑顔に答えを結んだ。 「嫉妬してるからかな」 蓋をされた記憶でも腫れ物のように扱うことはできない。 嫉妬してるからかな、と呟けば彼女は微笑む。 思い出せるのは恋が始まったから。 導いているのは、あなた。 「リチェ」 確かめるように呼んで、求めれば何度も、愛撫に似た甘い声がエニルと呼ぶ。 彼女は頬を微かに紅潮させ、溺れる人が伸ばすような仕草で腕を絡めた。痛いほどの想いが零れるようだけれど、こちらを見つめてくる彼女の瞳は恍として、その唇は掠れた吐息を重ねて告げる。ふたりに愛されているようで、胸が潰れてしまいそうなの。想いが溢れて苦しいくらい心地良いわ。 名を呼ばれたティアレスが振り返れば、放り投げられたスキットルがその手に収まる。次の機会がある限り、要される会話にしか意味がないから、今は琥珀色の蒸留酒を減らすだけで構わない。 グレイは老いた自分を確かめるように日が重なる瞬間を待ち、男と相応の軽口を叩きながらそれぞれに酒精で暖を取る。 望まずとも世話を焼くように、シュウは案じながら呟いた。想いを受け止めることで幸せを得られないか。最善は何より穏やかなことだと紡げば、むしろ色恋沙汰から退けば悩みの種は消えるやもな、とティアレスは冗談を吐いて笑う。 ちびちびと酒を舐めていたエリスは、不意に顔を上げ、絡むように見えなくもない態度で告げた。 「結構、好きですよ」 理由の持ち合わせはないが、見返りは求めないから勝手にさせてほしい。 もし、目障りなほど迷惑なら隠れるくらいの配慮はする。 彼女の言葉に、男はくつくつと低く笑う。 「オレの意を損なわぬ女など厭うはずがあるまい」 好きならすべて許されると思うような人間にこそ手を焼くのだから。 灯かりの傍で語らう輪に寄り、毛布をかけた上から、ばらばらと飴玉を降らせる。夜更かしには必需品だと笑い、ティアレスの答えも待たず背を向けたのは、僅かなりとも届けられたと信じているから。 たとえ、その身に夜を纏うのだとしても、その瞳が朝を宿しているのなら、きっと望みを得て優渥に浸れるはず。だから、メローはひとり、夜空に祝杯を掲げる真似をする。 「本当は、ずっと」 欠けた名残に触れて、オリエは静かに空を見上げた。 肩にかけた白の薄紗を引き、幸せを祈ってくれるなら、と困ったように眉を寄せる。 言われた男は僅かばかり瞳を伏せた。 「満たされん点が似ているのか」 もし祈る以上のことができれば救われるだろう。 彼女が変化に触れて訊ねれば、縁起でもない、と彼はおかしそうに目を細める。 白み始める空を仰ぎ見れば、過ぎる瞬間が惜しまれた。 振りほどいて構わないから、とカナタは隣人の腕を抱いたけれど、すぐに空恐ろしくなって手を離す。か細い謝罪を紡ぐ頃には、ふんわりと抱擁で包まれた。柔らかな髪が頬にかかる、肌が触れ合うより遠いくらいの優しい距離。エテルノは何も言わず、いつものように笑んでいた。 だから、息もできないほど狼狽する。 隣で夜明けを臨めば満たされたはずなのに。
そっと手を伸ばしたのは、感じられる気がしたから。 ティアレスは、頬に触れる指の先、彼女の顔を眺めている。 訊ねるでも探るでもなく、少なくとも凪いだ眼差しが、明かされる瞬間を待っていた。 「私は幸せをたくさん貰ったから」 今度は彼の手を取り、導くように自らの頬に重ねる。 感じる愛おしさに目を閉じながらティーナは紡いだ。還すことができるなら。共有していけるなら。望みを聞いて、男は少しだけ顔を顰める。何が難くて何が易いか程度には、彼は自分を知っていた。 夜明けを、世界を厭わないで。 願うような言葉を聞けば、感情の色をそのままに笑みも浮かべる。 「むしろ焦がれているくらいだ」 案じる必要はないのだと男は宥めるように答えた。
●祝祷の星 「私は貴方が嫌いなのかしら、と」 思えた過去もあるのだとコーリアは明かす。 求めるものが似ていると気づいたとき、うれしさと同じくらい悔しかった。冒険者としての振る舞いに対抗心を抱き、そして、親近感も秘め続けてきたのだと告白する。 面映そうに目を伏せるけれど、呼吸を整えれば常のように笑う。 「少し早いですが、おはようございます」 空の色は急激に変化している。 もう暁の星が空の淵で煌き始める頃合いだ。 「良い朝を」 ティアレスは雪色の髪を指先で掬い、何か示すように軽く己の唇へ触れさせる。 瞳の表情は睫に隠す代わり、唇には明瞭な笑みを浮かべた。 言えば野暮になるだろうから声は出さない。 空の星が消えて、また生まれる。 明けた夜はついに朝を連れてくる。 信じがたいほどの今と向き合うも、懐かしさが去来すれば頬も緩んだ。 「思い出したぞ」 創造された愛おしい記憶たちが証明している。 我々は『ここ』で生きてきたのだ。清濁のすべてを併せ呑むようにアレクサンドラが微笑めば、確かにこの瞬間は替えがたいように思う、とティアレスも穏やかな調子で頷いた。 遠い地平から光が滲み、陽光は目映く世界を照らし出す。 すべてが輝きで満ちる瞬間が眼前を通り抜けた。 感情も罪悪も何かもが風化するけれど、それでも消えることなく遺される。変わり続けながらも揺らがぬものは、昨日さえ変える力だと知っているから、ユーティスは幾らでも素直になれるのだ。こんな自分も悪くない。ただ、とても簡単な行為は不思議なくらい恥ずかしくて、朝陽の眩しさに負けたふりをして笑んでみせる。 彼の傍に佇む男もまた、伸びた影を見遣りながら苦笑した。 何せ鮮烈なものほど目を焼くのだから。 「ところで」 願いは真実。 嘘偽りなく思うからこそ、ナーサティルグは笑んで訊ねる。 「幸せになってますよね?」 ティアレスは愉快そうに目を細めた。 「おまえの笑顔を前にして、不満を持つはずがあるまい」 賢しい女は好きだからなと唇に深く笑みを刻む。 やがて満天の星は太陽の光に溶けた。 始まりを告げるように鳥が鳴き、輝かしい朝は世界を浮き彫りにする。 「見せてあげる」 愛しているものを諦めることはできない。 男性として想いを馳せ、求めているのは貴方だけ。 先の世界を共に見たいのはひとりだけ。他の誰かでは夜が明けない。レインはその手を取り、伝う温度を信じた。いつかだとしても、と未来を見据えて新たな光に臨んでいた。 「触れたいのなら隠しはしないが……」 取られた手で、彼女の手を捕らえるように引き、己の胸に当てさせた。 「傷つけたくないとは思っている」 可憐な女に求められて悪い気のする男はいない。 思い出したように言葉を足すと、彼は思索に沈んで笑みを薄めた。
結局、朝は来てしまった。 朝焼けの美しさを知る頃には、夜を越えるまでの重みが消えた。 求められた形には成り得なかった気もするが、自身の価値観に響かせるものを、適当なところで迎合するつもりは微塵もなかった。 魂の費えるときまで、渇きから切り離されぬ生も、悪くない気がするのだ。 きっと、醒めてしまったのだろう。 夜はすでに明けたのだから。

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参加者:25人
作成日:2009/10/30
得票数:ミステリ10
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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