<リプレイ>
●一 空は涯てなく高く、澄みわたっていた。遮るものもなく慈愛の光を注いでくれる。 両腕をあげて伸びをして、泡箱・キヤカ(a37593)は満面の笑みを浮かべた。 「晴れてよかった。空気も気持ちいいー!」 爽やかな空気を胸に吸い込む。寒すぎず暑すぎず、秋らしく過ごしやすい。歩みを進めるごとに秋の山路は、しんしんと清涼度を増してゆく。 小一時間も進んだだろうか。 「おっと」 金鵄・ギルベルト(a52326)が、珍しい鳥でも見かけたような声を上げた。 「お出迎えのようだな」 両切り煙草を指先で揉み消し、吸い殻を無造作にポケットに入れる。 前方、一本道の両側から、かさかさと乾いた腕が伸びてきた。正確にはそれは木の枝だ。人に似た姿の枯れ木――変異植物が二体現れたのである。 「邪魔ですわ」 退屈な相手を見たと、いわんばかりの表情をする春夏冬娘・ミヤコ(a70348)である。振り返れば一行の背後からも、同じものが出現していた。 最後尾の蒼翠弓・ハジ(a26881)は、荷を中央寄りに置いてその安全を確保し、手早くチャクラムを取り出している。 「前後二体ずつの四体、これで全部のようですね」 「なんだか風情のある姿じゃない? 枯れっぱなしで。……動かなきゃもっと良かったのにね」 空謳いの・シファ(a40333)も臨戦態勢にあった。 「これがホントの『枯れ木も山の賑わい』ってやつだなー?」 へへっ、とやんちゃ坊主のような表情を朱の蛇・アトリ(a29374)は浮かべた。 花織りの舞・ピアニー(a74215)は、木々に向かい一礼する。 「あら枯れ木さんこんにちは。あなたたちがいたから、山は自然のままなのよね」 くすっと笑う、鉄の心さえ溶かしそうな優しい笑みだった。 「うん、でも」 と彼女は一言付け足したのである。 「燃えちゃえ」 ピアニーの手には黒炎、溶鉱炉の勢いで燃えたぎっている。 四体の変異植物は、前後からわらわらと迫ってきた。枝の擦れ合う音がうるさい。 たゆたう婀娜花・イシュ(a49714)は微苦笑して、 「動き出すと野暮ったいわね。ただ突っ込んでくるだけってのも芸がないし」 喚ぶはリングスラッシャー、旋空する衝撃波だ。 「枯れ木に花を咲かせましょ♪」 イシュは、すっと眼を細めた。 枯れ木の張り手が空を切る。わずか半歩の後退で、ハジは巧みに避けていた。同時に放つは光の矢、全敵平等に降らしてみせる。光の雨が止むより早く、アトリとミヤコの放つ針、枯れ木をびっしり覆い尽くして、シファの一突き指天殺、たちまち一体を沈めていた。 木っ端微塵、その言葉こそ、ギルベルトの攻撃にふさわしい。タックル激震して一体を、抗う間もなく粉砕している。キヤカが光の矢で援護し、続く猛攻ピアニーの炎、三体目を鬼籍に放り込む。 そしてイシュの真空波が一閃、最後の標的を撃破したのである。 イシュの言葉に偽りはなかった。砕け八方に散る枯れ木は刹那、大輪の蕾が開く姿を思わせたのだから。
●二 枯れ木を土に還すと、彼らは山歩きを再開する。 以後は楽な道が続き、一行は陽が落ちる前に河原へ到達したのだった。 「暖かい土地ですね、まるで春のようです。それでいて周囲は秋の色……」 不思議です、とハジは微笑する。その笑みをさらに増したのは、 「薪集めて火をくべろぉ〜っと♪」 小枝を拾いつつの、アトリが唄う鼻歌だった。彼はふと手を止め、 「なんだハジ、こっちじっと見て? 俺、顔になんか付いてるかー?」 「え?」 そんなに見てましたっけ、と俯きながら、照れるようにハジは食材探しに発つ。 「なんだ気になるじゃん? なー、ギルベルトさん、俺、なんか変か?」 同じく薪集めしていたギルベルトは、無造作に彼の顔を覗き込んだ。 「よく見せてみろ。いや、いつものアトリだがな?」 「ならギルベルトさん、あなたはわたしにそのお顔、よく見せちゃいなさい」 二人の間にスルリと、猫のようにイシュが割り込んでいた。 「愛が足りてない相が出てるわよ〜。ここは乙女の私からサービスを♪」 宝石のような瞳でイシュは、ギルベルトのサングラスの奥を見つめるのだ。 「有難うイシュ」 ふ、と口元を歪めてギルベルト、 「だがあいにくと、そのサービスは間に合ってるッ」 薪が足りないなもっと集めて来よう、と、イシュから逃れ風の早さで消えてしまう。 「つれないわね。でも互いの気持ちは通じてると思うの。そうよね?」 残されたアトリは、頷くほかなかった。
「手伝えなくてごめん、石竈、もう組んじゃったかしら?」 食材を手に戻ったイシュに、いえいえ、とミヤコは首を振った。 「大変なのはここからですもの。火をおこしたり、食の新境地を拓いたり」 ピアニーは手を叩き目を輝かせている。 「食の新境地……いわば私たちは開拓者なのね」 「ええ、ピアニーさん、フロンティア精神ですわ♪」 とまで言って、何気なくミヤコは視線を外した。 「開拓は命がけの冒険、犠牲はつきものですわね……食べる人の」 「道半ばにして斃れた人々の犠牲の上に、フロンティアは成り立っているってわけね」 などと微妙にスリリングなミヤコとピアニーに、恐る恐るといった風にシファが言葉を挟んだ。 「えーと、隠し味は愛情だけってことで♪」 イシュも応じる。 「そうねシファちゃん、愛情は料理最高のスパイスなんだから♪」 「じゃあ始めよっか? 食材は、『勘』で『安全そうなもの』を選ぼっ」 自分の発言ながら(「これってやっぱりフロンティア精神かも……!」)と、いう考えがシファの脳裏をよぎったのだが、ツッコむ者はいなかった。
持参の食料もあるけれど、やはり楽しみたい山の幸、食材集めは続いている。 「これ食べられるかな?」 キヤカが摘んだ茸を手にして、ハジはその形状を調べている。 「ハタケシメジですね。美味しいですよ」 類似の毒茸があるようなので、ハジはしっかりとこれを確認していた。 ところがキヤカの狙いは別にある。彼が目を離している隙に、 (「チャンス到来っ」) と、明らかに怪しい蛍光ピンク色した木の実を、素早くポケットにしまっていた。フロンティア精神はキヤカの中にもふんだんにあるようだ。 そんなことを繰り返しながら、大量の食材を抱え二人は野営地へ戻る。 道すがらの会話は、他愛のない話からはじまり、やがて星海への旅のことに移っていた。 「一度旅立てば、何年も帰って来られないんですよね」 「ええ」 しばし、言葉が途切れた。 「アトリのこと……」 「アトリさんのこと……」 復した言葉は重なった。しかも、同じ内容で。 顔を見合わせて笑う。だがすぐにハジは真面目な表情に戻り、頭を下げた。 「キヤカさん、彼のこと宜しくお願いします」 「ええ、任せて下さい」 でも、とキヤカは告げるのだ。 「ハジさん……星の世界から帰ってきたら、ちゃんと自分の気持ちを言葉でアトリさんに伝えて下さいね。アトリさんのこと、私が絶対守るから」 約束ですよ、と小指を立てると。 「はい」 ハジは頷いて、その指に自身の指を絡ませた。 同じ頃、 「ふぁ、クシャミ出そう」 「ちょっとちょっと、味見するのかクシャミするのかどっちかにして」 味見に来たアトリは、突然鼻がむずかゆくなり、シファと押し問答になっていた。 「す、すまねぇ、よっしゃ俺は食欲を優先すンぜー! こらえたっ」 「よし、それに免じて味見を許しちゃおう。はいっ、炒めたて熱々の茸!」 「ありがとシファさん……って、熱っちーー!」 ポンと投げられた茸を手にし、ウサギのように跳ね回るアトリなのである。 その後も和気あいあい、食事作りは進むのだった。 ミヤコとキヤカは協同して、フロンティア精神旺盛な栗きんとんを作製し、意味深な視線を交わしている。 ギルベルトの薪集めにピアニーも加わり、二人は続けてテントの設営も行っていた。 「釘を打つから、ロープを引っ張ったままでいてくれ」 「テントに釘なんて使うの? 本格的ね」 「人間関係と同じだからな」 「え?」 槌の一打ちで釘を地面に突き刺し、ギルベルトはニヤリとした。 「土台が強固なら、雨風困難にも決して倒れない」 「さっすが!」 そのとき、シファが皆を呼ぶ声が聞こえてきたのである。 「みんな、ご飯の用意、できたよーっ♪」
●三 夜が訪れるも座は明るい。あかあかと燃える火が各人と、手元の料理を照らし出す。 キヤカの目にはこのすべてと、大空の星が映り込んでいた。 「シファとイシュさんに大感謝! 蒸しご飯、とっても美味しい〜♪」 山菜、茸、タケノコ等々、収穫したての食材を、白米ともち米のブレンドに混ぜて蒸したものだ。砂糖にしょうゆ、隠し味の紹興酒が素材の味を盛り立て、持参の海苔をたっぷりまぶして風味も満点、いまこの場所、この時間でなければ出せない味だろう。美味なるはご飯だけではない。焼いた茸も、椀に入れたすまし汁も、心に染みるような香ばしさだった。 「素敵〜」 ピアニーも感激のあまり、味付け担当の二人に抱きついていたりする。 されども、この宴がこれほどに魅力的なのは、かけがえのないメンバーだからこそだろう。笑いが絶えることはない、思い出話にも花が咲く。 「あンときはネーちゃんが、さも当然みたいな顔して女の子テントに入ろうとして……」 「恋バナは乙女の特権じゃない? 乙女としてはそっちに行きたいわ〜」 アトリの言葉に、イシュは頬を膨らませ、 「で結局、俺が女性テントの見張りをさせられました」 ハジが肩をすくめると、皆どっと笑った。キヤカは笑いすぎて目に涙を浮かべているほどだ。 話題はいくらでもある。タロス聖域攻略や地獄列強追撃の激闘、旅団OZで繰り広げられた男女対抗戦の顛末、それに、ずんだ葛餅を作った記憶や、はたまた布団巻きに関する熱い談義など。 傾ける酒杯もまた格別である。 「ダイエットは明日からですわ」 「そう、明日から明日から♪」 ミヤコとシファ、相好を崩す二人とも、頬に紅がさしている。手には杯、注がれるは桜色の清酒、なんとも風雅なその飲み口よ。 「お注ぎしますわ」 手慣れた仕草で、ミヤコはイシュに瓶を向けた。 「ありがと♪ ご返杯するわね。おっと、ミヤコちゃん豪快な飲みっぷりね」 「ありがとうございます。お酒だけはザルですので……」 くすくすと笑って、ミヤコはイシュの隣、ギルベルトに目を向けた。 「ではギルベルトさんには、こちらの栗きんとんを」 「オイ待て、なんで俺は酒の注ぎ足しじゃなくてそれなんだよ?」 ギルベルトは、手元に差し出された『ブツ』に目を落とした。彼は本能的に危険を感じている。この、見た目だけは完璧なお菓子には、なにか危険な気配が漂っているのだ。 「食うか?」 自分に注目が集まっていることを察して、ギルベルトはハジに水を向けてみた。 「俺は小食なので」 しかしハジは巧みにかわす。事実、彼の皿は、焼いた椎茸や野菜で満載である。 そこでギルベルトは対象を変えた。 「よしアトリ、パスだ。行っとけ男の子!」 「俺?」 逃げ口上を考えるアトリだが、そうはさせじとピアニーが合いの手を入れた。 「アトリさん、あたしも応援するわ!」 阿吽の呼吸でミヤコも応じる。さっと一つを手にして、 「あ〜ん♪」 「私も! はい、あ〜ん」 同時にキヤカも一つをつまんでいた。すると彼はのぼせてしまって、 「姫とキヤカさんにあ〜んってしてもらえるとか、こンな幸せいままでなかった!」 謹んで食べさせてもらいやす! と大口開けて待ち構えるのである。 ところが『ブツ』を頬張って二三回も咀嚼した途端、 「……○×☆$%!?」 声にならない声上げて、アトリは昏倒したのだった。 これを見て、本格的にヤバイ、と戦慄するギルベルトだが、その袖をミヤコ姫が掴んでいた。無言で彼を見上げている。憂いを帯びた瞳は、「食べて」と訴えていた。 「……その目は止めろ頼むから」 観念したようにギルベルトは一つを掴むと、自身の口に押し込んで背中を向けた。小刻みに震えているのは、その毒が暴れ回っているからだろうか。 ここでシファが大胆な行動に出た。 「折角のキヤカとミヤコさんの手作りだもの、ココで食べなきゃ女が廃る!」 なんと、恐怖の栗きんとんを自主的に口に入れようとしたのだ。 「だめーっ! シファ」 キヤカが叫んだ。制するのかと思いきや、 「食べるのなら私と一緒でしょ♪」 死なば諸共、互いに「あ〜ん」を提案したのである。 あ〜ん。 ――仲良く一緒に、意識が飛んだ。
●四 「それでは座興を」 すっくとピアニーが立ち上がると、得たりとばかりにアトリが二弦琴を奏でる。 火の勢いは弱まって、満天の星空と薄明かり、これを背景にピアニーは舞いはじめた。 さすが冒険者、全員回復しており、宴の締めくくりに手拍子で参加している。 ピアニーは笑顔だが、その実、全身に『気』をみなぎらせ、一世一代の幻想的な舞いを披露した。彼女が四季に託し、表現したのは人間の一生だ。出会いの春、燃える夏、黄昏れの秋、そして別れの冬――しかしその先にはまた、春が待っていることを示唆している。 毅然とした心で舞い続ける。そうしないと涙が零れそうだったから。ピアニーのみの話ではない、誰もが、同じ気持ちだったろう。それほどに切ない舞いだったのだ。 キヤカはそっと、全員の顔を見回した。 (「紅葉と星空、大好きな人達……」) 彼女は誓った。 (「きっと、忘れない」)
火が消え、香炉をたく。 語り明かそうよ、とシファは杯を回し提案する。皆、賛意を表した。 まだ朝は先だ。されど、共に過ごせる時間はもう長くない。 笑い合ったり、しんみりしたり、頬を赤らめたり……話は尽きないものの、やがて一日の疲れは、瞼に重くのしかかる。 小一時間も経た頃には、多くの者の会話は夢の中に舞台を移していた。
●五 翌朝も、清々しい好天であった。 「ひゃっほう!」 足湯にひたって水飛沫、アトリは蹴り上げてはしゃいでいる。 「やりましたね〜、わたくしも負けませんわよ」 ちゃぱちゃぱと湯をあげてミヤコが反撃した。 「程々にしとけよ」 とは言い条、ギルベルトもしっかりこれに参加していたりする。 温泉の流れる川はすぐ近くだった。一行はさっそくここでリフレッシュしているのだ。 「ね、虹が出てない?」 イシュが声を上げた。 「本当に」 ハジも頷く。彼らの水飛沫が、小さな虹を生み出しているのだ。 「綺麗……もっと大きくしようよ♪」 シファは勢いよく水を跳ねた。 「見える? あの紅葉」 ピアニーは一同の頭上を指した。 ひらひらと、真っ赤な紅葉が一枚、舞い落ちてくるのだった。 「見えます……見えますよ」 あふれそうな涙をこらえて、キヤカはもう一つ、大きな飛沫を上げる。 「星の世界に旅立つみんな、残るみんな、帰ってきたらまたここに来ましょうね……必ず!」 頬を伝った温かな水は、きっと水飛沫なのだと思う。

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参加者:8人
作成日:2009/10/19
得票数:ほのぼの9
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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 | 春夏冬娘・ミヤコ(a70348) 2009年11月25日 10時 通報 ……わたくし、お料理はしちゃダメだと思いますの。 |
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