天地の手土産



<オープニング>


 旅立ちに向けて佇む、あかがね色の巨躯。
 その威風堂々たる様を、色の付いた片眼鏡越しに見上げ、靴音高く一歩二歩。
 気紛れに伸ばした腕の先の更に先、広げた甲の上では背丈ほども有る煙管が揺れる。
 歩みに合わせ、くらりくらりと、やじろべえのように傾いで戻る。
 暫しそうして、気侭にインフィニティマインドの周囲を巡った後、霊査士は唐突に革靴の踵を合わせると、纏う燕尾の裾を翻しこちらへと向き直った。
「星の瞬き、天の黒。手に取り届く時が来ようとは、思いも寄らずに重畳な」
 かちり、と小さな音を立てて煙管の端を嘴の先に咥えると、ふっと細く煙を一筋。
「やぅやぅ、御機嫌麗しく。旅支度は済まされたかね? それとも、発つ背を見送る所存かね?」
 薄色の瞳に暫し、立ち昇る煙を眺めて。
 霊査士は再び揃えた踵を軸に方向を転じると、硬い靴音を響かせて歩き出す。
「往くも残るも、今はまだ些細な事。さりとて、易く無きも事実」
 背面に続く気配があるや否や。
 そんなことは構いなく、霊査士は燕尾の背筋をぴりっと伸ばし、割れた裾から柔らかな羽を右へ左へ揺さぶりながら、何処かへと歩み進む。
 果たしてどれ程進んだか。
 裏返された煙管が路傍に打ち付けられ、甲高い響きと共に四度目の赤熱した灰を落とす時。
 進み往く前方に薄っすらと街並みを認めて……霊査士は気紛れに付いて来た幾つかの人影を、ちらりと一瞥する。
「天へ発つなら餞別を。地に残るなら御守りを」
 焼けた灰から火を移し。
 再び灯った熱に真新しい葉を燻す。
「幾年の後、まみえて語るその折に、互いに確かめるもまた一興」
 やがて不規則に立ち昇る煙と共に、霊査士は見えた街並みへと迷いなく進む。
 近付く喧騒。
 次第に大きくなる人波に遠慮なく紛れてゆきながら、ただ、陽光を浴びていやによく煌いて見える眼で、今一度、気紛れな同伴者を振り返る。
「平たく言えば、天への出航記念品。その物色」
 ふっふ、と。
 煙と共に笑うような息を零して。
「如何かね?」
 人の行き交う商店街の入り口で、その霊査士は薄い笑みを浮かべて見せた。


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参加者
NPC:霊査修士・デリンジャー(a90397)



<リプレイ>

●街並み
 行き交う人々の穏やかな表情。
 歩き友と会話を交わしながら、店先で商品を見ながら、また、そんな客を見つめる店主や店員も。
 それらを見遣りつつ先を行くレジィの後に付く。そんなグラースプの気配を感じながら……一緒に行動するのはなんだか久しぶりだとレジィも思う。
 時折、掛ける言葉に声はなく。されど、グラースプの向ける眼差しと頷きが、確かに意志が通じていると示していた。

 そんな商店街の入り口。
 若干後悔の念を抱きつつ立つシアーズ。
 待ち人は……乗り急ぐのだから準備も忙しいことだろう。自分の相手など、している暇もないと思う。きっと彼は――。

●ふかふかである
「さてはてしかし、どうしたものか」
 零す修士の周囲では、ナオに始まって、セラト、ガマレイ、エルス……パナムも出航記念とばかりちょっぴり照れながらもふもふ。そんな様子を遠く見つめるチグユーノとシフィル……瞬間、走る戦慄。チグユーノの目が、毟って羽根布団作りてぇとか言ってる! 怖い!
 幸いにして、羽根布団計画は白紙撤回されたようだが。それにしても怖い。
「時に貴君らは発つのかね」
「新しい天地を見るために、私は星の海へ」
 手でも繋ぐように修士の羽を触りながら答えるエルス。だけど、と眼差しには決意の色。それは、この世界に居る大切な友達と愛する人の元へ必ず帰る、私の居場所はここしかない、そんな意志の現れだろう。
「デリンジャーは行くの?」
 行くならあげたのに、お餞別。と告げるセラト自身は留守番だ。無論、星の世界が気にならなくもないが。
「あそこ、寒そうじゃない? ひなたのある場所にいたいなと思って」
 そうして、笑って修士の羽毛に手を伸ばし、
「おひさまのとまり木みたいだよ」
 一方で、こういうの探してたんだ、とにっこり笑うオキ。
「少し……思い出したことが、あるんだ」
 ずっと、忘れていたこと。
 凄く大事だったのに、ずっと忘れていた。
 それが、許せなくて。
 でも、捨てる気にもなれなくて……。
「……今でもそれに本気になれるのかどうか、確かめるために……行くんだよ」
「人の旅路は心の旅路。流転も澱みも、気心一つ」
 そうして修士の噴いた煙を後方へ押し流す向かい風。
 オキは吹き付ける風に不敵な笑みを向けた。誰にも理解されなくていい。追いかけて掴むのは、この手だから。
 そして、再び昇る煙を、セラトの指先が撫でた。
「空に昇るものはそこへ行きたいのかな。天まで届く前に解けてしまうだろうけど……」
 その掌が、きゅっと煙を握り込む。
「連れて行ってもらおうか、旅立つ人の掌に乗せて」
 今日は暖かいから、天の旅路も温められるかもと、笑いながら。

●間隙
 暗い雑踏の中、一瞬光を感じエンドは立ち止まる。
「……これは……?」
 棚の片隅。店番の少女は特に愛想をするでもなく、失敗作だとそれだけ告げた。どうせなら、棚の端に隠すように追い遣ったものより、少しましに出来た他のものでも見て欲しい言わんばかりに。
 もっとも……失敗の割には、結構支払った気もするが。
 些細なことだ、と手製の小袋に収められた硝子の欠片を仕舞って、エンドは再び雑踏へ紛れていく。
 そんな中に。
 重い腰を上げたはいいが……贈物など何年ぶりやらと、勝手判らずふらふらと街を彷徨うギルベルト。
 香りに、視界に。捉える度に煙草と酒に意識を盗られることもしばしば。
 気付けば夕暮れ近く。不意に足を踏み入れたのは、古びた雑貨屋。
 さては、何に惹かれたものか。けれど、ギルベルトはその小さな箱を手に取った。
 返せば時を刻んで落ちていく白砂。
 ……降り積もる時は真実なら不可逆で、心によって姿も変わる。
 ならば、何時かその全てを愛せるよう――
「これを」
 倖せそうに笑う姿をより見れる様。只胸中で、願いながら。

●繋ぐもの
 地上に残る人がいるからこそ、旅立つことができる。
 子供っぽいかな? そんな事を考えるハジの手には真新しくも何処か味わいのあるお守りが一つ。
 帰ってきたとき、また皆で笑って過ごせるように。帰る場所を守る皆を、守ってくれる様に。アトリとキヤカさんがこれからたくさん幸せになる様に。
 沢山の願いと想いを込めたお守り。
 そんなハジを人波に見つけたのは……アトリ。
「お? なんだ、来てやがんのか」
 雑踏に掻き消えるほどに小さく零し、そして――。
 ――不意に。
 肩を叩かれ振り向けば……そのまま手を振り行過ぎていくアトリの姿。
 こんな風にすれ違うこともなくなっちまうんだな。どうか無事で……僅かな一瞬に交錯する、無言の思い。
 やがて消えるアトリの姿を小さく笑って見送るハジの手の中で、小さな御守りの鈴がちりんと鳴った。

 待つも待たれるも、両方経験した。
 どちらも大変だったが……待つほうが辛い。キヤカはそう感じた。
 でも今は一緒に待ってくれる人が居る。大切で大好きな人と、この世界を見守っていく。皆の帰る場所を。一緒に。ずっと。
 自分達を繋ぐ四葉刺繍の御守りを手に。
 ギルベルト、ハジ、ミヤコ……品を探しすれ違う姿を見守り、キヤカは笑みを浮かべる。

 星の世界へ発つのなら、星とランドアース両方に縁のあるものがいい。
 となると、星図あたりだろうか。
 そう考えてミヤコがあちらこちらと足を運んでいるのは、書店と文具店。
「もう少し何とかなりません?」
 にっこりしながら続ける交渉に、店主はたじたじ。値切りすぎは悪いとは思うが、こんな遣り取りも旅立ってしまえば暫くお預け。これも買い物の醍醐味だとばかりに、少し意地悪してみたりもする。
「仕方ありませんわ」
 なんて言いながらも。値切る代わりにあれこれ付けた文房具も、表紙裏に星座早見盤の付いた革張りの手帳と一緒に包んで貰う。
 そんな中に行過ぎる知った顔に。
「皆さんは良いもの見つけたのかしら?」

●ふかふかであった
 風の向くまま、セント見回って、時には他の人の買うものを偵察したり……そんな目に、連れ立って歩く修士の姿。
「……こうもふかふかしてると触りたくなるなぁ〜」
「良き哉良き哉」
 自慢の羽毛が人気なら悪い気はしない。むしろ少々誇らしげにも見える。
 時には団体さん宜しくカフェに立ち寄って、一緒にお茶をしてみたり。
 ほっと一息を付くパナムの心中に、ふと過ぎる思い。
 ……本当は未知への浪漫とかは二の次で。
 護るべき人も一緒だけれど、だから発つことを決めた訳でもなく。
 ただ……折角平和が訪れたのに、今はまだ止まる事が出来ないと感じて。自分を駄目だ嫌いだと思ったまま止まるなんて、ただの怠慢だと思うから――。
「――流転も澱みも、気心一つ」
 ふいと耳に飛び込んできた言葉。
 それ自体は、修士がオキに向けたもののようだったが。
 パナムは自分としっかり向き合って行けるようにと選んだ記念の品に視線を落とし、側にある人の気配に何処か安らいだ表情を浮かべた。

 暫しの休息を挟み、また人波の中。
 エニルの希望で辿り着いたそこは、煙草屋。
 ちょっと癖の強そうな煙草を求めたい、そんなエニルに訝しげな視線を向ける者は沢山いたが。
「ああいえ、喫煙目的の購入ではないので安心して下さいね」
 星の世界に旅立つ友人を、時々思い出すための品。
 ――火を灯せば一度も触れず、香のように燃えて行くだけの紙巻。
 紫煙だけが漂う空間に居もしない存在を思い出しても良いかも知れない……と。
 いつかは忘れてしまうだろうから、心に刻むものを。
 ……時の流れの違い。
 遠い遠い未来、君が僕の中に確かにいたと思い出すために――
「……宜しいかね?」
「はい、お願いしますね」
 選びだした一箱を手渡して。
 エニルはゆっくりと一つ、頷きを返した。

●逸品
 星の世界を旅する以上、他の星の住人に出会う事もあるやも知れぬ。翔剣士たれば、そんな時に礼服の一つも華麗に着こなして見せるもの。
 そんな次第で、シリックが足を運んだのは仕立て屋。
「こちらの生地でテールコートをお願いしたいのです」
 彼が持ち込んだのは、黒い蚕の作る黒繭玉から取れた黒い絹糸……天然の黒一色で織り上げられた黒い絹布。その艶やかさは主人も仕立て屋冥利に尽きると零すほど。
 その姿を認めて、ふいと足を止めたのはシフィル。
「礼服でございますか?」
「ええ」
 いかにもらしい支度だと頷くシフィルと、暫し始まる談笑。
 その向かいでは、ガマレイが眼鏡屋へ。
 昔好きだった人は、凄くサングラスが似合う人で……思い返す心中に過ぎるのは、甘酸っぱいような、切ないような、駆け抜けた熱さがこみ上げてくるような……なんとも不思議な想い出。
 彼のように剛毅な心で真っ直ぐ生きたいと追いかけた背中。結局、追う事しか知らなくて、それ以上のことは伝わらなかったけれど。
 けれど、想いの云々は除いたとしても、彼のようにカッコ良く生きていきたいと思う。
「そう思ったら、なぜかカッコいいサングラスが無性に欲しくなったのよ♪」
 そんなガマレイの目に、シンプルながら少しクセのあるフォルムが飛び込んできた。

 やがてまた暫し進む道程。
 ぶら〜っと、感性の赴くままに歩んでいたセントの目に映る一件の土産物屋。
 いや、店よりも。
 そこにあった、故郷・ワイルドファイア産の品物が。
「これに決めた! 」
 即購入。
 思い切り良く買った品を改めてみれば、巨鳥の羽で作られたリュックサック。
「お土産を詰めるには丁度いいサイズかも」
 軽く丈夫なそれを背に、セントは満足げに笑みを浮かべた。

 旅立った皆が無事に帰って来れるよう、何か灯りとなるような……。
「そう、ランタンがよろしゅうございますね」
 そんな次第でシリックと別れたシフィルが訪れた店。
 人目を惹く為か軒先にある多少洒落た灯りには目も呉れず、店の奥に鎮座する重厚でどっしりとした造りの物へと真っ直ぐに。
 店主を差し置いて『ぬし』じみた風格を漂わせるその品に、シフィルは深く頷く。
「これならば数年先、数十年先であっても煌々と明り灯し、旅立った方々の帰路を照らしてくれることでしょう」

●宝石
「お守り渡すなんて俺らしくないからなぁ」
 時折見かける知り合いに軽く手を振りつつ煙草をふかし、大らかに笑うナオ。
「ああ、でも。自分用になんか欲しいよな、やっぱ」
 そのまま、目に留まった宝飾店へふらり。そして、銀細工の指輪が並ぶ棚で足を止めた。
「ターコイズの、あるかな」
 良く判らないが、この石が好きだ。綺麗な色をしてるから。
 ……あの時、絶望から脱出した時見えた、空の色と良く似てる。
 銀の上で輝く宝石を空の青に重ねて、ナオはもう一度笑った。

「おや」
 何かを認め、止まるレジィの歩み。
 視線の先には宝石の原石。一つを手に取るレジィの傍らで、グラースプもまた真剣な眼差しで宝石を見比べている。
 グラースプとの縁はあの輝石店から始まった……過ぎる思いと共に、レジィは決めた、と心で唱える。
「これくださいな」
 選んだ青い宝石が小箱に包まれる頃、グラースプも一つを選び出す。
「縁を繋いだものが石であるなら、餞もまた石にしましょう」
 丁寧に小箱に包まれてゆく小さな林檎。
「店は無くなっても石は不朽ですから……貴女が生きる限りは在るのかもしれません」
 中身は異なる二つの小箱。互いの手にした僅かな重みを感じながら、グラースプは微かに笑った。
 その軒先へ入れ違いで、日を浴び輝く水晶に吸い寄せられたように歩みを進めるエルス。この中に故郷の花と土を入れよう。大好きな大好きな世界に、ずっと平和な暮らしをと願って。
「暫くはお別れだけど、必ず帰ってくるの」
 涙を堪えて誓いながら、エルスはブローチの形をしたそれをきゅっと握り締めた。

●前夜の空
 瞬く星を見上げるチグユーノ。
 この世界はまだまだずっと広い。
「ならば誰かが確かめねばなりませんでしょう?」
 だから行く。
「帰ってきたら、また遊んでくださいますわよねー」
 ちゃんと帰って来る。皆が大好きだから。だから少しだけ待っていて。
「お土産話たくさん聞かせますから覚悟してくださいませね」
「オゥゥゥライトッ! 楽しみにしてるわよ」
 ウィンクするガマレイに、チグユーノも満面の笑みで応える。
「はいガマレイ様。いってきまーす」

 その頃。
 ラスキューは早々と床に就いていた。枕元には何故か空のビール瓶。
「いよいよ出発でござるなぁ〜ん」
 もうワクワクして眠れない。まぁさっきまで15時間ほど寝ていたせいも少しはあるかも知れないが。
「しかし帰ってくるのは数年後でござるか……」
 その頃には……いい男っぷりに磨きが掛かってるに違いないという確信に満ちたラスキューは、モテモテになってしまった時のために今からシミュレーションしておくことに!
「……フ、拙者に惚れたら低温火傷するぜ?」
 なお、その後の記憶はない。
 爆睡したから!

 ――そして。
 商店街の入り口から一人きりの人影が歩き始めたのは、街の灯が半分程消えた頃だった。

●そういうこともある
「いってきまーす」
 頭上から降る旅立ちの声。
 多くはない荷物の隙間に潜ませた硝子の欠片を思いつつ、エンドは遠くなる大地を見下ろす。
 シアーズはその中に、彼の姿を探す。
 育っていく焦燥にも似た想い。両手の中、ただ握り締めた御守りの感触が、妙にはっきりとしている。彼の為に……いや、彼の側に自分を置いては貰えないかと――邪な気持ちも含めた、銀と紫の入り混じった御守り。
 ……これから数年。私は、あの人は、どうしていくのだろう。
 ただ今は、これからの無事を願い、シアーズは輝く艦を見上げる。
「どうか無事で、元気でいてね」
 心配しないで目一杯冒険してきて。沢山お土産話を待ってる、と笑うキヤカに勿論だと返る皆の声。
「こっちに帰ってきたら、真っ先に顔を見せて。美味しいご飯用意していっぱい抱きしめちゃうから」
 その中に居る……あいつの姿。
 一緒に行けば楽しいかも知れないが、自分には地に足を付けた暮らしが性に合ってる。会えなくなる寂しさはあるでも門出にシケたツラは似合わない。
 だからアトリは大きく笑う。浮き上がる茜色の艦を見送りながら。
「皆様の航路に希望が満ち溢れて居ります事、お祈り申し上げます」
 ……と言った所で。
 シフィルは一人足りないことに気付く。
「おかしゅうございます。あの方が目立たないなんてそんなこと……」

「ねねね寝過ごしたなぁあああん!」
 高血圧も真っ青な勢いで跳ね起きたラスキューは、枕元にあった荷物を引っ掴んで家を飛び出し走る。間に合え、奇跡の末足!
「そぉい! なぁ〜ん!」
 そして彼は飛んだ、老師の教えを思い出しながら。インフィニティマインドへ……!


マスター:BOSS 紹介ページ
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参加者:21人
作成日:2009/10/23
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