【グラスランナー】ルベリアングラス・フェスタ!



   


<オープニング>


 インフィニティマインドが宇宙に旅立って、そろそろ1週間――昼下がりの秋陽射しこむ窓際に、差し向かいで男が2人。砂色の髪のストライダーは職人気質、金髪のもう1人は八の字髭が如何にも紳士という風情か。
「……まさか、会ってくれると思っていなかったよ」
「会う気なんてなかったです。エルマさんに言われなかったら、誰がお前なんかに」
 あけすけな言葉に、金髪の方は「細君に感謝だね」と苦笑を浮かべた。
「で、今更僕に何の用ですか」
 職人のきつい眼差しを真っ向から見返し、紳士は小さく溜息を1つ。
「……ただ、謝りたくてね」
「え……」
 よもや謝罪とは思ってもみなかったのだろう。職人は鼻眼鏡越しの双眸を大きく見開いている。
「長い横恋慕だった……私は一目惚れだったのに、どうして選ばれたのは地位も金もない君なのか。ずっと納得できなかった」
「……御挨拶ですね」
「今日は、正直に告白する決心で来たからね」
 神妙な面持ちだった。けれど、相手の目をひたと見詰めて、紳士は静かに口を開く。
「どうにか振り向いて欲しくて、下手な芝居を打った事もあった。それだけじゃない……君達の結婚を潰そうと、結婚指輪を奪おうとした事もあった。彼女の養家の従僕を脅してね」
「な……」
「恨みの1つでも言ってやろうと結婚式に押し掛けようともした……どちらも冒険者に阻まれたがね」
 許して欲しいとは言わない、と彼は溜息混じりに呟いた。
「ただ……すまなかった。君にも君の細君にも、迷惑を掛けたね」
 深々と頭を下げる。いつも尊大だった彼が初めて見せた、心底悔いた表情だった。
「訴えるというならば、それも構わない。元より、その覚悟はしている」
「どうして、今頃になって……」
「手前勝手な理由と怒るかもしれないが……大事な人が出来たんだよ。だから、きちんと清算したいと思った」
「な、何ですって!?」
 今度こそ青天の霹靂。仰天した職人はブンッと犬尻尾を振り回す。
「お前のエルマさんへの気持ちはその程度だったのかーっ!!」
「いやいや……相変わらずの溺愛っぷりだね」
 明らかに怒りのベクトルが間違っている様子に、さしもの紳士も呆れ顔。
「ぱぁぱ?」
 シリアスムードが吹っ飛んだ所にナイスタイミング。怒りに我を忘れ掛けていた彼だが、あどけない声にグルリと全身で振り返った。
「可愛いリリシャ、どうかしましたかー!」
 即駆け寄り抱っこする。抱き上げられた幼子は、キャッキャッと歓声を上げた。その胸元に揺れるのは、小さな小さな鼻眼鏡。
「お子さんかな?」
「ええ。でも、紹介しません」
 さっき大声で名前を呼んだじゃないか、という突っ込みは辛うじて呑み込んで。
「可愛い子だね。君の細君そっくりだ」
「僕にも似てます。同じ犬ストライダーですからっ!」
 親バカ大全開も束の間。職人の表情がおもむろに真顔に戻った。
「……クレンス」
「何だい?」
「その眼鏡……まだ、使っていたんですね」
「他も色々試したが、やはり君が作ってくれたこれが1番しっくり馴染んでね」
「その割に、手入れは怠っているようですけどっ?」
 相変わらず、職人の方は愛娘を抱っこしてツーンとそっぽを向いたまま。
「後で渡して下さい。メンテしてあげます」
 けれど、彼の言葉に金縁のモノクル越しの碧眼が和らいだ。
「ありがとう、デル」

 特に依頼があるという訳ではないけれど、予定のない朝はつい冒険者の酒場に足が向いてしまう。
「おはよう、ネイネさん」
「おはようございます」
 今朝の明朗鑑定の霊査士・ララン(a90125)は、何だか楽しそうだった。話をしているのは、放浪する地図士・ネイネージュ(a90191)も見覚えのある青年。
「えっと……デルさん、ですよね? エルマさんの旦那さんの」
「せや……ああ、ネイネさんも結婚の時に骨折ってくれた1人や。結婚式にも参列しとったけど、覚えとる?」
「はいっ。その節は大変お世話になりましたっ!」
 ネイネージュにも深々と頭を下げたストライダーの青年は、改めてラランに向き直る。
「それじゃあ、皆さんにも宜しくお願いしますっ」
「おや、何かお仕事ですか?」
 首を傾げるネイネージュに、ラランは「ちゃうちゃう」と手を振った。
「今度、ルベリア村でグラスフェスタをやるんやて。今日はそのお誘いなんや」
 ルベリア村は硝子職人の村。秘伝の製法で作られた硝子細工は『ルベリアングラス』と呼ばれ、その繊細な美しさはマニア垂涎の逸品だとかそうでないとか。
「ルベリアングラスも幾らかは並びますけど……主役は勿論『眼鏡』(と書いてグラスと読む)ですっ」
 得意満面で胸を張るデル・ヴァーン――ルベリア村の村長の息子、兼、眼鏡と妻子をこよなく愛する眼鏡職人33歳。
「眼鏡職人に生まれ付いたからには、1度は夢見る眼鏡の眼鏡による眼鏡の為の祭典ですっ!」
「はあ……」
 一口に眼鏡と言っても、フレームやレンズの形、素材によって千差万別。勿論、ヒトノソリン用の眼鏡も、ちゃんと考案されている。他にもエンゲージリングならぬエンゲージグラスなる代物や、眼鏡の形をしたお守りもあるそうだ……何れも、そこの犬尻尾な眼鏡職人の発案である。
「何でもデルさんの知り合いに、所謂『名士』さんがおってな。その人の仲介で、仰山の眼鏡職人が一堂に会するそうや。特注で『世界に1つだけの眼鏡』も作れるみたいやで」
 また眼鏡だけでなく、ケースや手入れ用具、グラスチェーンやチャームなど、眼鏡に関する小物も色々あるようだ。
「それから、村でも眼鏡にちなんだ食べ物を色々作ってみたんです。特に、エルマさんの眼鏡スコーンは絶品ですので是非っ!」
「ちょっとコアな催し物やけど……あちこちに飾られたルベリアングラスだけでも一見の価値があるし、今の季節のルベリア村もええ所やさかい」
 秋深まり冬が訪れれば、雪に覆われるルベリア村の寒さは厳しい。けれど、秋のルベリア村は、木々の紅葉に色や形のバリエーション豊富な家々の窓ガラスが映えて、散策するのも楽しいという。
「眼鏡ですか……ルーペとかは興味ありますけど」
 ラランはどうするのかとネイネージュが水を向ければ、グラスアクセサリーが気になるとのこと。
「折角世の中が平和になったんや。お祭り代わりに皆で繰り出すんもどうやろか?」


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参加者
NPC:明朗鑑定の霊査士・ララン(a90125)



<リプレイ>

 秋晴れも気持の好いその日。時折買い付けの商人が訪れる程度の小さなその村は、かつてない熱狂に包まれていた。
 ルベリアングラス・フェスタ――眼鏡の眼鏡による眼鏡の為の祭典。村の通りに幾つもの眼鏡ショップが並び、近隣のみならずわざわざ遠方から足を運んだ猛者(……って何さ? というのはこの際愚問である)もいるという。
「ああああ……眼鏡に満ちた眼鏡による眼鏡の為の世界! 諸君! 私は眼鏡が大好きだぁぁぁ!!!」
 何か、のっけから響き渡る歓喜の雄叫び――勿論、シェードはその程度では怯まない。
「エブリバディ、ナァァァイスッメガネ!」
「コロクルさん、ナイスメガネ!!」
 にこやかに雄叫びの張本人と意気投合のサムズアップ。いや、元々知り合いの彼とヒャッハーする気満々だったのだから……常識人に見えて、中々に侮れない眼鏡エルフである。伊達だけど。
「色んな思い出が詰まった大事な宝物ですから」
 コロクルとはひとまず別れ、早速、古びた眼鏡とケースのメンテに向かうシェード。職人の繊細な手練で忽ち昔日の輝きを取り戻す光景に感心しつつ、その足で今度はルベリアングラス(と書いて眼鏡と読む)が並ぶ一角へ向かう。
 選んだのは、デザイン自体はシンプルな眼鏡。でも、厳しい冒険にも耐えられそうな程頑丈で、パーツには錆止めが丁寧に施されている。
「派手である必要はありませんから」
 職人の技の粋を集めたようないぶし銀の逸品に、シェードは嬉しそうに目を細める。
「モノクルはやはり小さいですからね。頑丈な物がご希望でしたら、いっそ双眼のタイプは如何でしょうか?」
「あー……合わねぇ訳じゃねぇんだけど、頭が重くなる感じがしてな。こう、背が伸びねぇ気がすんだよな……」
 ヒュポスが注文したのは片眼鏡。乱視が強い右目の所為で結構古い付き合いだが、繊細な細工故に冒険に耐えられず壊れた物も数知れず。折角の機会なので、長く使える片眼鏡を探しに来ていた。
「ふむ……こちらと同じレンズですと、調整に些か時間が掛かりますが」
「いいぜ。出来上がるまで、ちょっと一回りして来るな」
 そこは流石にグラスフェスタ。大きな街でも中々揃わないだろう豊富なバリエーションに、目移りする事暫し。結局、丈夫さと軽いのを重視してフレームを選び、レンズの調整の間に市を一巡りする。
「しっかし、眼鏡をモチーフにした食い物まで……面白れぇ企画だな」
 眼鏡型の食べ物はスコーンだけでなく、クッキーやパイなど焼き菓子や、ババロアやゼリーといった生菓子、軽食もカナッペにベーグル、ハンバーガー、サンドイッチと種類も豊富。八の字を描いたストローを差したジュースや、コップをくっつけて2種類の飲み物を同時に味わえるようにした代物なんかも売られている。
 好奇心も手伝い、ヒュポスも気ままに食べ歩き。見回せば、同様に舌鼓を打っている者、新品の眼鏡を早速掛ける者、嬉しそうな笑顔がそこここに。
(「……こうやって市に溢れてる笑顔を見っと、眼鏡が呼ぶ幸せってのも本当にあんだなって思うぜ」)

「新しく黒縁眼鏡が欲しいなぁと思ってるですけど」
「そうだな、そしたらこれとか……」
 お目当ての眼鏡を探してキョロキョロするハルカに、レドが取り上げたのは一見は普通の黒縁眼鏡。でも、裏側が白黒の千鳥格子模様でお洒落な雰囲気だ。
「ん……似合う似合う」
 手ずからハルカに掛けて見れば、微かに笑みを浮かべてその頭を撫でるレド。
「ふふっ、レドのお墨付きだったら、これにしちゃおうかな?」
 次はレドの番。
「俺のは……じゃあ、ハルカが選んでくれるか?」
「細縁眼鏡が良いんだっけ? だったら……これはどう?」
 繊細なフレームが赤い瞳によく似合う。エルフのとんがり耳にもフィットする細かな配慮で、掛け心地も良好だ。逸品だけに値段もそこそこしたが、手持ちの宝石で支払いを済ませた。
「……む、ちょっと小腹が空いてきたかもー」
 それぞれにお似合いを見立てれば、今度はあちこちに漂ういい匂いが気になってくる。
「……凄いな、これ」
「わっ、ほんとに眼鏡の形してる」
 レドが見つけた眼鏡ドーナツを買い込み、一休み。賑々しい市を遠目に長老杉の根元に腰掛ける。
「……最近は、戦いからも縁遠くなってきたからか、昔を……よく思い出すよ」
 ドーナツを齧りながらポソリと零れた呟きに、ハルカは隣に顔を向ける。
「改めて……有難うな」
 目を細めたレドも、静かに群青の瞳を見返した。
「ハルカのお陰で……俺にも大切だと思える仲間や場所、想い出が出来たよ」
「……ううん、僕の方こそレドが居たから、戦場でも絶対独りじゃないって思えた」
 柔らかな笑顔のまま、ハルカは彼の白い手をぎゅっと握った。
「支えてくれて有難う。何時までも、レドは大好きな相棒だよ」

 眼鏡をクイッと戻す仕草とか、レンズの反射で眼鏡越しの瞳が見えなくなるとか。
(「そんなイメージが浮かぶ自分は……もしかしたら、眼鏡的ネタが好きなんじゃないでしょうか」)
 ハタと気が付いてしまった新事実! に衝撃を覚えつつ、隣をちらと伺えば、最愛の奥様はせっせと眼鏡をとっかえひっかえ。
「眼鏡すると頭良さそうに見えるて聞くけど、お酒落用眼鏡も欲しいなぁ」
 どない? と見上げてくるカガリの眼鏡越しの視線が何だか知的だったりクールだったりで、さっきからドキドキが止まらないタケマルである。
「そうや、旦那様の眼鏡姿ってどないやろ。試着してみ……てか、色々妄想大爆走中?」
「あー、いえいえ……そっちの金縁の丸眼鏡も良いですが、こっちの赤いフレームがよく似合ってたと思いますです」
 小首を傾げるカガリに、慌てて頭を振るタケマル。今度は、請われた彼が眼鏡を掛けてみれば。
「私だと、丸型はのんびり日和見っぽくて……あ、少し細めで角型だと冷静っぽく見えたりしますかね?」
「……」
「カガリさん?」
(「こ、これがデルはんらのいう眼鏡の魅力!?」)
 何か「ズガビーン!」とか、そんな特殊効果(って何?)を背負う勢いで食い入るようにタケマルを見詰めるカガリ。
(「眼鏡掛けても格好良ければ外しても素敵やなんて……流石うちの旦那様!」)
 ひいき目フィルターとか、目に鱗べったりとか、勿論そんなツッコミはき〜こ〜え〜な〜い〜。
「うーん、いっそ精進が足りなくて懐に忍ばせていない鼻眼鏡とか。これを機会に手に入れましょうか……」
「それってば宴会用やん? 精進で懐に入るもんちゃうやん!」
 それでも、どんなにウットリしていても、けしてツッコミは忘れないカガリだった。

 幼い娘を膝に乗せ、愛妻お手製のスコーンで午後のお茶。鼈甲縁の眼鏡がよく似合う彼女が笑顔で夫のカップに注いだのは、ミルクティーだろうか。
(「サムシングフォーを集めに駆け回ってから、結構経ったもんだねぇ」)
 夫婦から家族へ、幸せが増えたあったかな光景を遠目に、ミルッヒにもつい笑みが浮かぶ。
「……あの時に貰ったウェディングドレスのカタログ、使う機会はまだ無いんだけどさ」
 翻って我が身を……考えるのは止めにして市巡り。順番に店を覗いて回ると、ふとルーペが目に留った。
 磨き上げられたレンズが昼下がりの陽光を弾く。縁取りは白金で、薄紫を帯びた鎖留め付だから携帯にも便利だろう。優しい藤色の革ケースが付いているのも気に入った。
 包んで貰い何気なく周囲を見回せば、明朗鑑定の霊査士・ララン(a90125)の傍でぼんやり立っている痩身が、否が応にも目に入る。
(「ネイネちゃん、背が高いもんねぇ」)
 どうやら、ラランにグラスアクセサリーの意見を聞かれているようだが、ネイネージュの横顔は困っているようにも見える。そう言えば、彼の地図士の身なりは実用一辺倒。装身具の類は着けていなかった筈だ。詳しくない事に意見を求められても……というのが本音かもしれない。
「ラランちゃん、ネイネちゃんをちょっと借りても良いかなぁ?」
 図らず助け舟となったようだ。明らかに安堵した彼の表情に苦笑しつつ、リス尻尾の霊査士は軽く手を振って次の店に足を向ける。
「何の御用ですか?」
「ああ、うん……急ぎでもないんだけど」
「これは……?」
 突然差し出された白金と薄紫のルーペに、ネイネージュは戸惑ったように小首を傾げた。
「節目とかじゃないけど……贈りたかったから、じゃ駄目かな?」
 先の事が判らないからこそ、冒険者になってからのミルッヒは一生懸命に『今』を駆け抜けてきた。
「平和になったからか、この頃は先の事に迷っているんだけどね」
 ミルッヒはストライダーだ。恐らく、年月を重ねていけばやがては老いて、逝く事になるだろう。目の前のエンジェルの青年とは対照的に。
「だから……出来れば、ネイネちゃんが覚えていてくれると嬉しいなって」
 皆が駆け抜けてきた道も、これから進む道のりも――綴る地図と一緒に。
「これなら地図を描く時にも扱い易いんじゃないかなって、思ったんだよ」
「……」
 一瞬、ネイネージュの表情が翳ったように見えたのは気の所為だろうか。けれど、自身の髪の色に似たケースを眺める眼差しは、いつもと変わらず静かで。
「大切に使います……私も、何かお返ししませんとね」
 そう微笑んだ彼は、地図を描く事はライフワークだからと大きく頷いたのだった。

 ――どうもデルさん、ナイスメガネー!
 この手紙が届いているという事は、私が居ない内に面白そうな事が起きたという事でしょう。私は今見知らぬ世界へと旅立ち、未知の眼鏡を捜し求めています。帰ったら土産話と一緒に、新規の注文を出しますね。
 それでは、貴方に眼鏡に、栄光の輝きがあらん事を……。
「……全く、あのバカは」
 デルの肩越しに、星海に旅立った友から言付かって来た手紙を読み取ったユーリグは深々と溜息を吐いた。
「見知らぬ世界、ですか」
 手紙の最後に記されたサインまで読んで、デルは「僕の知らない世界になら、きっと新しい眼鏡がありますねっ」と、何だかとっても期待に満ち満ちた感想を呟いていたり。
「……なるほど」
 確かにこの2人ならさぞや気が合うのだろうと、ユーリグはしみじみと実感したとか。
「では、確かに渡しました」
「わざわざありがとうございましたっ!」
 こうして無事に友の頼みを果たせば、言伝のお礼にと貰った眼鏡スコーンを齧りながら、ルベリア村を暫し散策。
「……ほぉ。守り眼鏡、ですか」
 ルベリアングラスがそこここで煌めく中で、自分と妻子用にお揃いの鼻眼鏡を3つ、お守り代わりに購入するユーリグだった。
(「今日はどんな眼鏡と出会えるのでしょう。何だか心躍りますねぇ」)
 足取りも軽やかにあちこちの店先を覗いて回るタケルは、浮き浮きと楽しそう。
「余り太い縁の眼鏡は使った事がないのですが、ちょっと其方も欲しいですね」
 今回気になっているのは、自己主張のはっきりとしたセルフレーム。色々なデザインを次々と試し、レンズやフレームの素材についても職人と積極的にディスカッション。
「さて、似合いますかね?」
 そうして、納得がいくまで特注の眼鏡を吟味した後は、お茶を飲んで一休み。
「おや、デル殿。こんにちは」
「おおっ、その節はお世話になりましたっ!」
 丁度、娘を抱っこして往来を歩いていたデルに声を掛ければ、満面の笑みで手を振ってきた。
「ほら、リリシャも御挨拶を」
 花咲く緑の髪が珍しいのだろう。不思議そうに眼を見開いていた幼子は、父親に促されるとニパァと無垢な笑顔になる。首から下げた小さな鼻眼鏡をずっと握りしめていて、格好の玩具になっている様子。
「リリシャ殿の眼鏡も素敵に完成ですねぇ……そうだ。折角なので、眼鏡のメンテナンスをお願いしたいと思うのですよ」
「勿論、お受けしますよ。是非、僕の工房に」
「デルさん、おったぁぁぁっ!」
 そこへ往来に響き渡る大音声。土煙上げて、走り寄って来たのは。
「コロクル殿は今日も元気ですねぇ」
「タケルさん、ナァァァイスッメガネ!」
 ビシィッとサムズアップも束の間、デルに向き直ったコロクルは突然、深々と頭を下げた。
「今日は、デルさんに弟子入りをお願いしに来たんですわ」
「は、はい?」
「眼鏡の作り方を徹底的に学ばせて下さい。僕も、うすぼんやりした世界しか見えない人に、はっきりとした、綺麗な世界の隅々まで見て貰いたいって、そう思うようになりましたさかいに」
(「眼鏡好き転じて、職人に弟子入りですか……自分から勉強の日々にという辺りが尊敬に値しますね」)
 その真剣な様子を目に焼き付けんばかりに見守るシェードの前で、コロクルはこれ以上ない程に緊張した面持ち。
 まさか、名誉ある冒険者からそんな申し出があるとは思ってもみなかったのだろう。何度か目を瞬いて、黙り込んでしまったデルだったが。
「……眼鏡については、僕はとても厳しいですよ?」
「そしたら!?」
「明日から、僕の工房に来て下さい。エルマさんにも言っておきますので」
 今日はフェスタを楽しんで、とデルは続けようとしたようだけど……コロクルの眼鏡への情熱はもう止まらない。
「デルさん、いや、お師匠! 実はずっと温めてきた眼鏡構造の理論があるんです。究極の眼鏡を作り出す為に、是非とも聞いて欲しいんですわーーっ!!」
 早速、往来のど真ん中でノート片手に熱く語り出すコロクルを遠目に、リス尻尾霊査士は平和を実感したとかしないとか。
「……うん、まあ、ええんやないかなぁ」
 眼鏡作りを覚えてこそ、究極の眼鏡を求める者――グラスランナーたり得るのだから! ……多分。
 こうして、新たなグラスランナーが誕生したのは、グラスフェスタも終わりに近付いた、爽やかな風吹き渡る秋の黄昏刻だった。


マスター:柊透胡 紹介ページ
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作成日:2009/10/31
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