<リプレイ>
●ティータイムを一緒に ホワイトガーデンには、雲ひとつ無い青空が広がっていた。そこに浮かぶのは、七色の虹の円環。太陽の光が透けて、きらきら、きらきらと鮮やかに、ふたりの瞳に焼き付けられる。 穏やかな風に吹かれながら、ふたりは並んで丘への道を歩いた。道の両脇には、秋の季節の花々が咲いている。それが太陽の下でそっと風に揺れる様子は、どこにでもありそうな、ありふれたもの。でも、だからなのか、その光景に思わず目を細めて、微笑みを浮かべる。 「いい眺めだね」 「はい」 ふと振り返れば、ここまでの歩みが見下ろせる。なだらかな下り坂の向こうまで広がる緑と、その向こう、遠くに見える町並み。その眺めもまた素晴らしいもので、ふたりはそれをしばし眺めてから、また再び丘の上を目指して歩き出した。
丘の上にセッティングされたテーブルに、微笑みの風を歌う者・メルヴィル(a02418)は大きなバスケットを置いた。 美味しい紅茶と、それを楽しむ為のティーセット。一緒に並べられるのは、たくさんのお菓子の数々。それからサンドイッチに、くるくるねじった紙で包んだハッカ飴をいくつか転がして。 「紅茶をどうぞ、です」 「ありがと」 湯気を立てて紅茶を淹れたカップを、ソーサーごとストライダーの霊査士・キーゼル(a90046)の方へ動かす。ポットを置いて、メルヴィルはアップルパイへ手を伸ばすと、それにナイフを入れた。 「……そういえば……」 切り分けたピースを皿に乗せて、キーゼルへと渡しながら、メルヴィルはふと、キーゼルと初めて会った時の事を思い返していた。 「あれは、キーゼルさんの壷が盗まれてしまった、という事件の時でした」 「あれか」 メルヴィルの言葉にキーゼルは苦笑する。キーゼルの壷だけならば大した値打ちは無いけれど、あの時は他にも多くの骨董品が盗賊に盗まれてしまったのだ。 血相を変えた商人からの依頼で、それらの数々を取り返して……。 「あの時、不思議な方だと思いました。手を握られて驚いたというか、呆気に取られたのもあるのですが……」 「ははは……」 感極まったせいで、そんな事もやったっけ、と恥ずかしそうに笑うキーゼル。その表情にくすくすと笑いつつ、メルヴィルは続けた。 「あの時、キーゼルさんが『品物の価値というのは、誰が決めるものだと思う?』と、そうおっしゃられたのに、なんだか惹かれたんです」 誰がどう見ても、これっぽっちも価値が無さそうに見える壷。それを大切そうに扱いながら語る姿は、とても不思議に感じられた。 それは、今まで考えもしなかったものだったから、こうも心に響いたのだろう。そう、今では思う。 「あの時に、何かが始まっていたのだと思います」 「そんなに前からか……僕は、いつだったかなぁ」 忘れてしまったのではない。本当に、それがいつだったのか分からない、という顔で、キーゼルは呟いた。 気が付いたらそうだった、と表現するのが一番適切なのだろう。空気のように静かに、意識する前から近くにあって、いつだって自然に、自分の傍にある。 きっと、そういうもの。 そんな風に感じられるものは、決して多くは無い。それは、とても特別なもの、なのだろう。
●語り合う言の葉 「美味しい」 キーゼルはアップルパイを一口食べて、そう目を細めた。 「前に貰った奴が美味しかったから頼んだんだけど、やっぱり美味しいね」 「あ、ありがとうございます……です」 面と向かって言われると照れてしまう。はにかむメルヴィルを見つめながらキーゼルは続ける。 「他にも、いろいろ貰ったよね。ジャムに、シュークリームに、ああ、あと」 これ、と出したのは瓶に入った砂糖細工。ノソリンの着ぐるみ姿の、誰かの姿を模したもの。 「あ……」 「熱や湿気を避ければ日持ちするって聞いたけど、本当なんだね」 メルヴィルの方に正面を向ける。プレゼントしてくれたのはメルヴィルだ。彼女が作ったもので、そのモデルが誰なのかは、もう言うまでもない。 ……大切にしてくれているのだ、と思うと、嬉しくなる。 「他にもホットケーキやチョコレートや……色々な物を貰ったけど、全部食べてしまったからね。甘いもので、手元に残っているのは、これだけ」 流石に食べ物は残しておけないから当然なんだけどさ、と、キーゼルは瓶の蓋代わりに詰められたコルクを指先で弾く。 「ふとした弾みで割れたら大変だから、普段はあまり持ち歩かないんだけどね」 今日は折角の機会だから、ここに置いてみたくなったのだとキーゼルは言った。……持ってきたら、どんな顔をするのか見てみたかったから……という、もうひとつの動機は飲み込んで、伝えない。 「ところで、他は何があるの?」 「あ、えと」 キーゼルの視線は、まだ他にもお菓子が入っているバスケットに向けられた。どうやら、さっきからずっと気にしていたらしい。 メルヴィルが蓋を開ければ、中身はカボチャのプリンとカップケーキ。それから、袋に入っているのは、チョコレートとクッキーだ。 それらも同じように卓上へ並べれば、キーゼルはどれからにしようかと、迷うような仕草をしながら手を伸ばした。
「おかわりは、いかがですか?」 「ありがと。貰うよ」 新しい紅茶を注いで、今度は中にジャムを垂らす。カップを口にしたキーゼルは、ほうと一息ついた。 優しい風がふたりの傍を吹いていく。丘の下から流れて来たからだろうか。花の香りがしたような気がする。 「そういえば、花を見に行った事もあったね。……最初は、母さんと一緒の時かな」 「お母さん……あ、ミネリーさんとご一緒に……」 丘へピクニックに行った事を思い出す。あれは孤児院の子供達と、それから、亡くなったミネリーが一緒の時だった。 皆の前で、キーゼルがミネリーをそう呼ぼうとした事は無い。でも、普段はそう呼んでいたのだろう。今こんな風に、自然に口にしたように。 (「あのときは……」) メルヴィルは思い出を辿る。いつしか眠ってしまったキーゼルに毛布をかけて、それから、しばらくその姿を眺めていた……。 キーゼルは眠っていたし、目を覚ます前に離れたから、きっと何も気付いていないだろう。その時間は、自分だけの宝物。そんな風に思うと、ちょっとくすぐったい。 「秋の山で、紅葉も見ました」 「あれは綺麗だったね」 もう何年も前のこと。でも、記憶を辿れば鮮やかな景色が蘇る。更に季節が巡った後、共に見たのは雪の積もった湖畔だった。 あれは、キーゼルの誕生日の時のこと。 「……あの時、起き上がれなくなってしまって……」 「そうそう」 思い出して恥ずかしがるメルヴィルに、キーゼルは世話が焼けるなぁと笑って追い打ちをかける。 意地悪をするつもりは無いのだが、つい。 「う、えと……」 「僕としては楽しかったけどね、あれ」 わたわた、と真っ赤になったメルヴィルを見つめてキーゼルは言う。 だって本当に、これっぽっちも苛めるつもりは無いから、うろたえている姿を目にしたら、すぐに助け舟を出したくなるのだ。 ちょっとだけ、楽しげな笑みを浮かべながら。 ……本当は、うろたえる前に助け舟を出してあげるべきだ、とか。 そんな姿が可愛いなぁと思うから、だからちょっとだけ眺めてからにしよう、とか。 こんな風に思っている時点で優しいだけの人間じゃなくて、十分に意地悪で彼女を苛めているのかもしれないけれど、と、思わないでもないけれど。 「少し、散歩に行かないかい?」 キーゼルは立ち上がると、あの雪の日と同じように、指先を差し伸べた。 「食後の運動。……と言うほど食べてはいないとは思うけど」 用意してきたものは、あらかたふたりのお腹の中。紅茶もちょうど空になった。 少し辺りを散策するのも悪くは無いだろうと、そう誘うキーゼルの言葉に、メルヴィルは頷き返す。 「今日は雪の中じゃないから、僕の手が無くても立てるかもしれないけどね」 それでも、と差し出された手に、メルヴィルは掌を重ねた。 あの時、触れたいと思った指先。離したくないと思ってしまった彼の手を、今日もまた同じように触れて……握る。
●ひだまりの中で 約束の木と呼ばれる大樹の近くでは、とても穏やかな時間が流れているように、ふたりには感じられた。 「昼寝の話をしたせいかなぁ」 本当に、眠ったら気持ち良さそうだとキーゼルは笑う。出発前の会話を思い返して、メルヴィルは休まれますかと問いかけたが、どうしようかなとキーゼルは決めかねているようだ。 「まあ、でも、とりあえず座ろうか」 幹にもたれ掛かるようにして、ふたりで並ぶ。木の葉が作る影の向こうに、青い空と太陽の光。透けるように降り注ぐそれが、ひだまりを作り上げていく。 椅子に腰掛けてテーブルを囲むのとは、また違った心地良さが、ここにはある。 なんとなく、どちらも何も口にしないまま時間が過ぎる。けれど、それは決して寂しい沈黙でも、辛い沈黙でも無い。どこか優しい沈黙が広がっていて、それを楽しみ続けたいという気持ちにすらなってしまう。 (「……とても嬉しい、です」) 何も言葉を交わさなくても、こんな風に過ごせるのは、とても幸せなことだとメルヴィルは思う。 これまで共に過ごした、たくさんの時間。積み重ねてきた思い出がそうさせてくれる。ここで、こうして過ごせる事。そしておそらくはこれからも……それが、とても嬉しい。 話したい事が、無い訳ではない。 ……聞きたい事は、ある。 ずっと、とても確かめたいと思っていた。でも、今は少し違う。それが今じゃなくてもいいと、そう考えられるようになった。 いつか、きっと、そのうちに。 それでも構わないと思うようになったのは、気持ちが通じ合っている事を、感じられるようになったせいだろうか。 「……あ、えと」 ふと、メルヴィルは視線に気付いた。 いつからなのか、キーゼルの視線がメルヴィルを見つめている。それに気付いてはっとして、視線が合う。 「考え事?」 「あ、いえ、えと……」 いつから見ていたんだろう、と恥ずかしく感じながら俯きそうになったところへ、笑い声が聞こえる。 「逸らさなくても、いいのに」 前髪をかきあげて、キーゼルは笑う。ただ、ちょっと自分の方も少し考えていた事があっただけだから、と。 「こんな風に、また過ごせるとは思っていなかったから」 あ、と声が突いて出そうになる。 こんな風に。 それが『どんな風に』過ごす事なのか、メルヴィルには、分かったような気がした。 自分が知っている彼の時間は、ここ数年の事だけ。それよりも、もっと昔の事をメルヴィルは知らない。 でも、耳にした事はあるのだ。自分達が出会うよりも前、かつてキーゼルには大切な人がいたのだ、と。 キーゼルの言葉が指しているものがあるとすれば、それは、きっと、その人との事なのだろう。 「気になる?」 自分が今どんな顔をしているのか、メルヴィルには分からなかった。 「……はい」 いつか、でいい。 そう思っているのは本当だ。いつか話してくれる時があれば、それでいいと思っていたのに、当の相手から尋ねられて、首を横に振るような事ができるはず、なかった。 「うん。そうじゃないかって、思ってた。あまり楽しい話では無いと思うから、言うのもどうかと思っていたんだけど」 嫌になったら、それ以上続きは聞かなくていいからね、と念を押すように言ってから、キーゼルは一呼吸間を置いて口を開いた。 「医術士だったよ。誰かの為に必死になるのが好きだった。10年くらい前かな、モンスター退治に出かけた時に随分帰りが遅いと思ったら、生死の境をさまよってる子供に付き添っていたせいだった事があって」 ノエルだよ、とキーゼルはメルヴィルも知る少年の名を言った。 「他にも犬やら猫やら見捨てておけない性質だったし、それは依頼でもそうだった。で、7年位前に、出かけたきり帰ってこなかった」 死体は帰って来たけどね、とキーゼルは笑った。 葬式は周囲がやってくれた。リベルダは飽きもせずに冷めるだけの食事を作り続けてくれたし、部屋のドアはしょっちゅう叩かれていたような気がする。 「ま、そのうち塞ぎ込むのを止めて、それから霊査士になったんだけど」 もう同じ事が起こらなければいいと、そう思ったから今、こうして霊査士としてここにいる。それは、メルヴィルと出会う、ほんの少し前の出来事。 「キーゼル、さん……」 それは、ずっと辛い思い出なのだろうとメルヴィルは思っていた。 でも、少し違った。 思い出は決して消えないけれど、もうそれはキーゼルにとって『過去』なのだ。初めて出会った頃は生々しい傷だったそれも、今はもう塞がっている。それを乗り越えて前へ進んで行けるようになっているのだ。 ……それにメルヴィルの存在が大きく影響していた、という事を、彼女自身は知りもしないだろう。それに気付いた時こそ、キーゼルが『もう既に始まっていた』と知った瞬間だったのだという事も。 「ところでメルヴィル、手を出して」 「え?」 不意に名前を呼ばれ、メルヴィルは思わず言われるままに手を出した。 「この話をしようと思ったのはそもそも、これを渡そうと思ったからなんだ」 ぽん、と掌に乗せられたのは、ベルベットの四角いケース。滑らかな手触りのそれにはリボンが掛けられている。 「え、あの、えと……!」 「開けてくれないと、困るなぁ」 わたわたと戸惑うメルヴィルに、キーゼルはそう笑うしかない。こういったケースを、どこかの店頭などで見た事があれば、もうその正体が何なのかは一目瞭然だろう。 リボンを解いて、蓋を開ける。 中身は、指輪だった。華奢な指先に似合いそうで、華やかさはあるけれど、派手すぎず上品なデザイン。中央に配置されたダイヤモンドが、太陽を反射して光る。 「僕だけならオモチャの指輪でいいんだけど、君に渡すなら、ちゃんと、似合う物をと思って」 受け取ってくれるかい? と、そう問いかけながらも確信しているような目だった。 だって、もう言葉なんて無くても通じ合っていると、そう互いに思い合える程の相手なのだから。 「キーゼルさん……」 ちょっと前まで、この一歩は勇気を振り絞らなければ進めなかった事を、メルヴィルは思い出す。 今はもう、そんな事は無い。 だって自然に、この体は動いてくれるから。 「すごく、嬉しいです……!」 メルヴィルは、キーゼルの胸に飛び込んだ。背中に指先を伸ばせば、自分の背中にも腕が回る。 「大好き、です」 「僕も好きだよ。愛してる。メルヴィル」 満面の笑みと共に見上げれば、優しい囁きが降り注ぐ。
いつまでもいつまでも、共に幸せでありますように。 身を寄せて、抱きしめ合いながら、そう願う。 いつか時間が流れて、死がふたりを別つ、その瞬間まで。 ずっと、一緒に。

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参加者:1人
作成日:2009/11/19
得票数:恋愛5
ほのぼの3
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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