モンスター地域解放:荒ぶる氷塊



<オープニング>


●モンスター地域解放
「さぁ、みんな、お仕事よ!」
 ヒトの霊査士・リゼルは気合を入れて、酒場に集っていた冒険者を呼び集めた。

「依頼の内容は、ズバリ『北方地域のモンスター退治』これよ!」
 モンスター地域解放戦が行われてから3ヶ月。
 解放された地域では、残存のモンスターの退治なども行われ、住民も少しずつだが戻ってきて『生活』が始まっている。
 勿論、他の地域に比べれば、モンスター等の危険は大きい。
 それでも、少なくとも『生活』する事はできているのだ。

「今回の目標は……モンスター地域解放戦で解放できなかった地域! とっても危険だけど頑張ってね☆」
 ウィンク一つ。
 しかし、すぐに表情を改めて、こう続けた。
「実際問題として、北方のモンスター地域に住む人達を助けられるのは今は同盟の冒険者だけなのよ」
 と。
 現在、北方地域に住んでいる人々は、モンスターの襲撃に怯えて暮らしているのだ。
 幸い、モンスターには知性が無い為、モンスターの襲撃を逃れるようにして隠れ潜む事はできた。また、モンスターの襲撃が少ない地域に逃れて村を作ったりといった方法で生き延びた者も多いが……。
 しかし、モンスターの進む道に偶然存在したというだけで、村人の全ての命が奪われてしまうという事も珍しくは無いのだ。

「まず必要なのは街道などに巣食うモンスターの退治と、そして、人々に大きな害を為すモンスターの退治よ」
 とリゼルは言った。
 モンスター地域の全てのモンスターを一気に退治する事は不可能な事だ。
 だが、不可能だからといって、何もしない訳にはいかない。
 少しづつでも良いから、前に進まなければ何事も為す事はできないのだから。

 モンスター地域という呼び名を過去の物とし、人々が平和に暮らせる場所を作る事。
 それが、冒険者達に期待されている事であった。


「そうそう、この作戦が上手くいけば、街道周辺のグリモアから順番に希望のグリモアに組み入れる事もできるわ。思うところのある冒険者は励みなさいよ」
 最後に、リゼルはそう付け加えたのだった。

●荒ぶる氷塊
 その前に在っては、村人の抵抗はとてもか弱いものでしかなかった。
 投石を跳ね返すは変幻の風。
 切り裂く氷の円刃が、破壊する。
 左右に残像を伴い超高速移動する本体が、冷気を噴きつけ――

「壊滅に瀕した村がある。荒ぶる塊に、ことごとく破壊されているようだ。敵は家屋を潰し、人を薙ぎ、凍らせて――砕く」
 開いた手の平を強く握る。その拳をゆっくりテーブルに下ろしながら黯き虎魄の霊査士は瞳を開けて冒険者達を見た。
「形あるものを全て破壊し尽くさんと気が済まんらしい。……モンスターの通った道筋に、潰えた村が幾つか視えた。このままでは被害が拡大するだけだ。早急にこれを殲滅してもらいたい。モンスターは合わせて三体。連携し、残像に紛れて飛び出す子株が厄介だ」
 金魚の糞の様に本体の周りを飛び交う氷塊は、凍らされた対象にその身を当てて破壊する事を主な役目としているようだ。それぞれに、翔剣士のアビリティであるストリームフィールド、リングスラッシャーに似た能力を持つ。そして、それらを従える本体は何かを凍らせる事に集中する時、その動きが止まるという。
「荒ぶる氷の塊だ。冒険者だろうと何だろうと、奴らには関係ない」
「……今現在、襲われている村の様子は? 村人達はどうしてるんだ?」
 冒険者の問いに目を細めて、イャトは唇を結ぶ。言い澱むような間が開いて……
「生存者はいないとは言えない。だが常に、最悪の事態は起こり得る。……無事に戻れ。それだけだ」
 あくまでも、モンスター退治が最優先だと。
 暗に告げるイャトはそれ以上を語らず静かに目を伏せた。


!注意!
 このシナリオは同盟諸国の命運を掛けた重要なシナリオ(全体シナリオ)となっています。全体シナリオは、通常の依頼よりも危険度が高く、その結果は全体の状況に大きな影響を与えます。
 全体シナリオでは『グリモアエフェクト』と言う特別なグリモアの加護を得る事ができます。このグリモアエフェクトを得たキャラクターは、シナリオ中に1回だけ非常に強力な力(攻撃或いは行動)を発揮する事ができます。

 グリモアエフェクトは参加者全員が『グリモアエフェクトに相応しい行為』を行う事で発揮しやすくなります。
この『グリモアエフェクトに相応しい行為』はシナリオ毎に変化します。
 黯き虎魄の霊査士・イャトの『グリモアエフェクトに相応しい行為』は『非情(heartless)』となります。

※グリモアエフェクトについては、図書館の<霊査士>の項目で確認する事ができます。

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参加者
木漏れ日を揺らす風姫・ナナ(a00225)
焔銅の凶剣・シン(a02227)
黒劒・リエル(a05292)
ぐったり・パブロフ(a06097)
三日月の導師・キョウマ(a06996)
星影ノ猟犬・クロエ(a07271)
吼えろ・バイケン(a07496)
霧蒸・イーチェン(a07798)
饗宴の思索者・アレクサンドラ(a08403)
木陰の医術士・シュシュ(a09463)
NPC:烈斗酔脚・ヤン(a90106)



<リプレイ>

●村
 辿り着いた村には何も――無かった。
 否。もし、それを「在る」と言うならば、確かに在ったのだ。
 穿たれ、抉られ、荒れた大地に広がる痕跡。畑は枯れ、小さな花壇の草花は萎え、一面に瓦礫の山。粉砕された家屋の一部が水溜りに浮かんでいる。
 人々が生活を営んでいた「形跡」だけが。確かにそこに在る。
「……」
 沈黙は時の流れを止めた。
 ――生存者は、いるのかもしれない。だが。
 葛藤を振り払うように頭を振る木陰の医術士・シュシュ(a09463)の動作に、数名が我に帰る気配。
 ――優先すべきは、モンスターの殲滅。
 それを、冒険者達は理解していた。見回せば原形を留めている建物もまだ、幾つか残っている。
 ――モンスターは、まだこの村に居る。
「これ以上の被害を出さない為に、ここで確実にしとめましょう」
 月華樹海の魔龍導師・キョウマ(a06996)が静かに口にする。頷いて続けるのは星影ノ猟犬・クロエ(a07271)。
「確認しておこう。自分のパートナーはみんな、解ってるよね?」
 反射的に上げた視線はそれぞれ互いのパートナーとかち合う。
「よろしく、ヤンさん」
「ん」
「相手が翔剣士と同様の能力を持つなら、こちらも受けてたつでござる」
「気を、つけて、行きましょう。似ている、というだけで、実態は…」
「無論。承知してござるよ、イーチェン殿。よろしく頼むでござる」
 仲間達の声を聞きながら、饗宴の思索者・アレクサンドラ(a08403)の視線は弓矢の確認をする少年、前科付不法滞在者・パブロフ(a06097)へと向いた。両者の視線が合うことは無かったが、手加減無用のモンスター退治に臨む少年の表情はどこか、愉しげですらある。
「よし、行くぜ。本気で」
 含みのある笑みを浮かべて先陣を切った焔銅の凶剣・シン(a02227)の目は誰よりも仲間達に信頼を預けているかに見えた。力強く地を蹴る足が、瞳が、肌がモンスターを捜して散開。
「死人はいつだってどこかで出るのよね。……ただ、迎合する気はさらさらないわ」
 黒陽・リエル(a05292)のドライな言葉にシンは笑う。「頼もしいな」と。

「……!」
 木漏れ日を揺らす風姫・ナナ(a00225)が踏み入った民家に、人が居た。
 泣き叫ぶ子供を庇う様に抱き締める母親の氷像。家の中なのに、広がる空が見える――そして。
 ゴッ。
 鈍い音がして母親の首が飛んだ。倒れる胴体と地に転がる頭部を、各々押し潰す影が降る。
 凍っているせいか、それとも、それはもう『人体』ではなくなっていたせいか。血はあまり出ない。
 粉々に砕かれた跡に、じわりと広がるのは薄く色づいた水溜り。水溜りは、村の至る所にあることをナナはもう知っている。
 高を括ってきたのだ。救えないことを知っている。目の前の現実は――
 子株の氷塊一対は高速で回転しながら身体についた欠片と露を払い、巨大な氷塊の左右の肩へ。
 キィ……ィン。
 甲高い音が鼓膜を震わせる。そこだけ鋭く研ぎ澄まされた空気は冬の気配。
 家屋の残りが根元から、徐々に氷と化して行く。冒険者を前にしても、やりかけの仕事を放り出せないのか『それ』は微動だにしない。
 ――目の前の現実は、敵を、倒す。ただそれだけ。
「私達だけでは不利だ。ナナ」
 常より数段、鋭く聞こえるキョウマの檄、頷くのもそこそこに2人はドアを飛び出した。
 凍結部に、ゴス、と体当りして氷塊の1つが壁を突き抜ける。その間にも家『だった物』の氷結は進む。旋回して柱を壁を、崩れ落ちた屋根を――順に砕いて回る。片方は、宙に留まったままシュルシュル音を立てて回転していた。何とも形容し難い癪に障るその音……もし、そのつるりとした身体に眼があるならば、ナナとキョウマの背を睨みつけていたのかもしれない。

 ズ…ゥン。
 鈍い振動を足裏に感じて、パブロフはほくそ笑んだ。
「現れたね」
 キョウマとナナが飛び出して来たドアが2人の後を追うように砕け、崩壊したその向こうに露になるモンスターの姿を確認すると同時、弓を構える。放つアビリティの矢は牽制。赤炎を宿したそれは一直線に飛び、爆音と共に舞い上がる石礫がモンスターの姿を隠す。
(「ナパームアロー…!」)
 一瞬ひやりとするが、爆風に巻き込まれる範囲に仲間の姿は無い。アレクサンドラは即座に思考を切り替え、モンスターとの距離を慎重に詰めて、連珠をその手に掲げた。攻撃後、次の手に移るまでにどうしても生じるインターバルを埋めるための連携が必要だった。
 ――貴公は何故、このような姿になったのか。何故世界を凍らせ、全てを砕き去ろうとするのか。
「その理由は判らぬが、人々のささやかな平穏まで凍りつかせ砕き去る貴公を許す事は出来まい」
 モンスターを睨み据え、呟くアレクサンドラ。宙に描かれる紋章。
「いざ、参る!」
 紋章は光の矢と化し三体のモンスター目掛けて雨と降り注ぐ。その後方からナパームアローがもう一矢、放たれた。

●氷
「止まってろ!!」
 紅蓮の咆哮で留め損なった事に舌打ちしたシンが剣を解き放ち、わき目も振らずに踏み込む勢いのまま振りかぶって狙うのは中央の巨塊。その肩口から飛び出した影が空を切る音、側頭部に嫌な汗を感じたシンは咄嗟に首を振り、頬の皮一枚で子株の体当りを避けた。大の大人に殴られたような衝撃、口の中に広がる鉄の味を感じるが、直撃は免れる。寸前にクロエがぶつけた飛燕刃が氷塊の軌道を僅かながら逸らした事に、シンは言葉の代わりに軽く手を上げ感謝を示した。
「ちェいッ!」
 きりもみして方向転換する氷塊を、跳躍した烈斗酔脚の栗鼠・ヤン(a90106)の踵が捉えた。足首を庇って着地したヤンの眉間に深い皴が刻まれる。不意打ちに近い一撃にも関わらず、無傷の氷塊が空中で回転を早めた。
「…もしかして、本当に効いてないのか…?」
 体当たりを――避ければヤンが、仲間が巻き込まれる。あえて前進したクロエはその身に攻撃を引き受け、二振りの短剣で氷塊を押し返す。ナナが遠方から射掛けた矢はクロエの身体を回り込んで命中し、氷塊の表皮の一部を抉った。
 後方からキョウマの援護。氷塊全てを巻き込み追撃を牽制するように飛来した無数の針が乾いた音を立てて氷の表面に突き立ち、消滅する。間髪入れずにリエルが飛び込み、巨塊の胴を薙いだ。『武具の魂』を込めた剣をも弾き返す様な重量を感じる。鈍い痺れが柄を握る指先に走った。
「さすがに、硬いわね」
 リエルとは反対側から巨塊を斬りつけるシンの剣が雷光を放つ。かろうじて食い込んだ箇所に走る稲妻。巨塊はその場で大きく身を震わせた。
「さあ、止まれ……」
 パブロフは、飛び交う一対には目もくれず巨塊のみを見据えて矢を射続ける。交戦が始まった時点でホーミングアローと影縫いの矢に切り替えてはいるが遠目には微動だにしないそれに、どれほどのダメージを与えているかはやはり不明であった。内心舌打ちし、敵が氷の塊なら火矢が効くのではないかと詮無い事を思い浮かべる。だが、あのサイズをどうにかするだけの火を用意するより、このまま直接攻撃を続けた方がよほど確実で、効率が良さそうだ。よく燃えそうな物は周りに沢山在るのだが。

●血
 ――子供の泣き声が聞こえた気がした。
 気にすまいと思うと余計、頭から離れなくなる。
 氷の卵・イーチェン(a07798)は努めて敵であるその氷塊を捕捉していた、はずだった。
「――殿、――イーチェン殿ッ!!」
 幾度目かの呼びかけにようやく我に返った瞬間、氷塊が眼前に迫っている事に気付き、反射的に上段でガードする腕。
「……ッ!」
 がら空きになった胴体に回転する重い衝撃が加えられ、宙に跳ね上げられそうになる。咄嗟の事で錯覚を起こしたようだ。激痛に眉を寄せながら、イーチェンもただでは倒れない。攻撃し難い空から自ら懐に飛び込んできた好機を逃さず、触れる掌から衝撃を叩き込み、弾き飛ばす。
 その場に膝を折るイーチェンを燃えよ・バイケン(a07496)の腕が支えた。駆けて来るシュシュの姿を確認する。
「……まだ、行けます。スミマセン……」
「気を付けて行くでござる! リングは某が必ず押さえるでござるよ」
 氷塊から生み出されたそれは氷の刃。バイケンが召喚したリングスラッシャーと回転しながら競合い、氷の粒と火花を散らしている。互いの身体を削り合う一進一退の攻防の後、消失したのはバイケンのリングスラッシャー。途切れさせる事無く召喚した円盤が氷の刃を迎え撃つ。
 同時に地を蹴り、姿勢を低くして飛び出したイーチェンは空中で蛇行する氷塊を追撃。伸ばした掌が触れる胴体を冷たいと感じるのも一瞬。大地に叩きつけるように撃ち込む破鎧掌が氷塊を墜とした。
 地面にめり込んだ身体を大きく震わせ、身を砕くように新たな氷の刃を生み出そうとしているのをイーチェンが視認した瞬間――鋭い光と針の雨が降る。アレクサンドラとキョウマのアビリティに打ち据えられた身はひとたまりも無かったのか、氷の刃を生み出す度に少しずつ小さくなっていた体がとうとう砕け散る。
「!!」
 砕け散った塊は、それぞれが氷の刃と化して空を舞った。至近距離からイーチェンの身体を撥ね、2体、3体と召喚していたリングスラッシャーではその数を止め切れず、バイケンもその身を挺してそれらを抑えようとするが、その硬い皮膚に裂傷が刻まれて行くだけ。
「きゃあ!?」
「シュシュ!」
 氷の刃に足を取られて転倒したシュシュは、唇を噛み痛みに耐える。聞こえたのは彼女を気遣うアレクサンドラの声。
(「……必ず全員で、無事に帰ってくると、イャトさんに約束しました」)
 ふくらはぎから溢れる血を掌で押さえ、言葉は声にはならなかったが祈りは体内から淡い光の波となり、イーチェンとバイケン、そして自らの傷を癒して行く。

 無差別に飛来した氷の刃は、前衛の冒険者の体力を一気に梳る事になった。しかし、自爆は己の仲間をも巻き込む物であるらしい。ナナの攻撃で梳られ、クロエとヤンの連携で着実にその身にダメージを蓄積させていたであろう氷塊に氷の刃が衝突し、直後、点から線へと音を立てて走るヒビが見る間に、大きな亀裂となる。
「今なら、行ける……」
 トドメを、と肩で息を切りながら交わす視線はどちらともなく。クロエは掌に生み出した刃を問答無用で氷塊に投げつけた。連撃。射ち込んだ楔は、かろうじて姿を留めていた氷塊が崩れ去るきっかけを与えた。

(「――♪…♪」)
 リエルの脳裏に詞が浮かんでは消える。
 戦いの最中、口に出して唄う余裕は無くとも彼女の意識は常に冷静。むしろ、戦いを楽しんでさえいた。シンと共に交互に叩き込む電刃衝奥義。後方からの援護射撃もある。その甲斐あってか巨塊はその場から動かない。しかし、それは逆に不自然な事だと唐突に気付いた。
(「始めから、何処か変だわ」)
 高速の移動をすると聞いていた巨塊。だが、その動作は最初からどちらかと言えば緩慢で――
「シン……、――!?」
「ああ。どうやらブレスの類じゃなかったらしいな。術中だ」
 ヒ、ィィ……ン。微かな音が聞こえる。
 必要以上に接触するということは無かったはずだ。2人とも意識して動いていたのだが、気付かぬ内に巨塊の纏う冷気をその身に浴び続けていたらしい。互いの髪の毛、鎧の端も凍り始めていた。
 用心のため前面に掲げていた盾は凍り付き、使い物にならない。
「シンさん、リエルさんっ!!」
 シュシュの声と共に、心地良い風が二人の身体を包み込む。瞬間、巨塊の姿がぶれて分身したように見えた。それを認識したと同時に、2人の体が横薙ぎに吹飛ばされる。
「っ痛ぇ、……まだ凍ってねぇ、つの」
「焦ってる、のかしらね?」
 折り重なって倒れたままシンとリエルは咳き込んで、起き上がろうと腕に力を込めた。したり顔の笑みと共に込み上げて来るのはそんな言葉。シュシュが慌てて駆け寄り治療を施す。後方から放たれるホーミングアローの二矢と、叩き込まれる光の紋章球――エンブレムシュート。キョウマは仲間の状態回復を優先し、ヒーリングウェーブを使うシュシュに代わって毒消しの風を2人に送る。
 目に見えて氷の粉塵を散らしながら、折り返す動作で再びシンとリエルに特攻する巨塊には見境が無くなっているように見えた。バイケンがスピードラッシュで肉薄する。一撃入れば、面白いように決まる連撃が削氷。追い討ちはキョウマのスキュラフレイム。三つ首の炎が氷塊に喰らいつく。
 氷の表面を覆うのは融解した液体というよりも――じゅっと音を立てて焦げる体液。鈍い音と共に落下して斜めに突き立つ巨塊の表面が汗をかいたように爛れていた。
「お前はもう、独りだろ?」
 塞がりきらない腹部の傷を抑えバイケンに肩を借りながら、ゆらり、と歩み寄るイーチェンがしぶとくも土中から身を起こす氷塊を冷たい瞳で睨み据える。浮き上がる余力はないのか、腹を擦りながら冒険者達の方へ覚束ない様子で近づいて来る氷塊。その影をパブロフの矢が縫い止め、ナナの最後のホーミングアローが大地に押し倒す。
「これ以上、何処も誰も何も! 壊させはしないわ!」
「生きて帰るのは俺達、だ…!」
 絶対に倒れられない理由がある。大事な大事な存在を思い浮かべて気合で立ち上がったシンが限界ギリギリまで高めた力、打ち下ろす剣が纏う炎が氷塊を分断。
 ぐちゅり、と地に果てた体液は冒険者達と変わらない『紅』、だった。
 麻痺した掌から零れた剣が大地に突き刺さり、シンはその場に膝をついて吐息する。
「外っツラ氷に見えても、モンスターはモンスターか」

 村には何も残らなかった。
 否。もしそれを「在る」と言うなら――やはり在るのかも知れない。
 原形の面影を残す建物に一縷の望みを賭けて、生存者を捜した冒険者達だったのだが……
 イーチェンが聞いたのはやはり空耳だったと思う他になかった。
「…瓦礫、片付けますか?」
「怪我人は遠慮しないで休みなさいってば」
 リエルに苦笑で小突かれ、イーチェンは小さくなって複雑な表情。キョウマはしばらく口を噤み、頭を振って応えた。
「このまま――土に還しましょう」
 それがきっと、一番良い。
 沈鬱な表情を浮かべる冒険者達とは対照的に、晴れ渡る青空には、小鳥が鳴きながら通り過ぎて行く平和な光景が広がる。
 結局、村人が何人いたかも解らない。誰もが無言のまま、犠牲になった者達の冥福を祈った。シュシュは犠牲者の数にモンスターも含めて――
 このモンスターがかつてはどんな冒険者だったのかなんて、知る術も無いけれど。
「被害がこの程度で済んだことを喜ぶべきなのかな……」
 結局この中から重傷者を出してしまった事にクロエは伏目がちに呟いた。
 少なくとも荒ぶる氷塊の足はこの村で完全に止めた。冒険者達は満身創痍。
 だが、酒場に帰ればきっとまた、彼らは笑顔を浮かべるのだ。明日のために。


マスター:宇世真 紹介ページ
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