<リプレイ>
●2019年――結輪亭茶話 〜4年目のシルクフラワー〜 「ねぇ、ここは?」 「ここがランドアースだよ。お父さんが生まれ育って、お母さんと出会った所」 「ホワイトガーデンにも負けない、素敵な所なのよ」 「ほんと?」 ヒトとエンジェルの夫妻に挟まれて、エンジェルの姉弟がワクワクした笑顔を浮かべる。 そんな子供達が微笑ましくて、ヒトの武人・ヨハン(a62570)と春陽の・セラ(a60790)も思わず相好を崩した 「皆元気かしら?」 常緑の木々に縁取られた川沿いの道を往けば、目的のお店まで後少し。 そのこじんまりとした佇まいに、魅惑と物欲の冒険女・ナイトイリア(a79475)は思わず立ち止った。 「喫茶兼工房、か……」 入り口までの小路の両側には、色とりどりの薔薇が歓迎するように咲き乱れている。よくよく見れば造花と判るが、柔らかに綻んだ花弁が可憐だ。入口に掛けられた木目の美しい看板には『結輪亭』と刻まれている。 「ほら、ここ。俺の住んでる所にも結構近いんだよ」 「そうなんですか……」 ナイトイリアの後ろを談笑しながら通り過ぎる男女2人。30を過ぎた風情の旧き印・シンイチロウ(a26766)と、エンジェル故に少女のままの囚われし戒めの鎖・セルティアーナ(a40817)だ。 「ここの夫婦が結婚4周年なんだってさ。奥さんの方は霊査士って話。同じ冒険者のよしみだし……一緒に行こう」 「はい」 笑顔のシンイチロウの手を取ったセルティアーナにも微笑みが浮かぶ。手を繋いで結輪亭に入る2人を見送ったナイトイリアの表情が、ふと翳った。でも、お腹も空いたし、細工のデザインも勉強出来るかもしれないし……それに、おめでたい事があるならお祝いしたい。殊更、明るい表情を作り、彼女も結輪亭のドアを開けた。
「いらっしゃいー」 カランコロンとドアベルの音。リス尻尾をフワンと揺らし、振り返ろうとした明朗鑑定の霊査士・ララン(a90125)だったが――。 「おめでとー! ラランちゃん!!」 「うっきゃぁっ!」 琥珀の狐月・ミルッヒ(a10018)の親愛なる尻尾ダッキュルに素っ頓狂な叫び声。 「ママ、だいじょーぶ?」 「じょーぶ?」 パタパタと駆け寄った子供達に顔を覗き込まれ、笑顔で頷くララン。 「うん、平気平気……けど、ビックリしたわ、ミルッヒさん」 「えへへ、ゴメンねー」 悪びれもせず快活に肩を竦めるミルッヒ。 「昔、ここで見掛けた時にはもう縁が繋がってたんだね、素敵。ふふ、おちびちゃんも可愛いなぁ」 リス尻尾の女の子の頬をぷにぷにすれば、まだ歯も生え揃っていない口を大きく開けてニパッと笑った。人懐こい性格のようだ。 「お名前は?」 「……ラシュル」 「ちっさい方はシリカや……ママはもう大丈夫やさかい、お庭で遊んでおいで」 お兄さんの方はちょっと警戒の面持ちだったけれど、母親の言葉で連れ立って庭に駆けていく。 「おや、お兄ちゃんは怒ってしまったみたいですね」 「え……」 「そんな事あらへんて。どっちも人見知りせえへんし」 放浪する地図士・ネイネージュ(a90191)のクスリと笑み混じりの呟きに思わず焦ったミルッヒだが、母親の取成しに一安心。ネイネちゃんは意地悪だーと恨めしげな眼差しも、当の地図士は何処吹く風だ。 「あのね、お祝いは楓華の衣装だよ。浴衣の親戚だから着付けとかは大丈夫だよね? 旦那様と一緒に着てね」 たとう紙を開けば鮮やかな藍染の着物と作務衣。小さいのは子供用の甚平だろう。 艶やかな絹の感触を楽しむように撫でて、おおきにとラランは礼を言う。 「さてと、花は何がいいかな? ……くちなしの花冠でも作ろうかな」 今も変わらず結輪亭のパティシエであるリドルから、コロコロと可愛いパンプキンクッキーを貰い、ミルッヒがクラフトスペースの席に着けば、既に先客あり。 「メアリ、ハサミを振り回すと危ない」 やんわりと光纏う白金の刃・プラチナ(a41265)に窘められ、白い髪のエンジェルの女の子はペロッと舌を出す。折角の記念だからと家族ぐるみでシルクフラワーに挑戦しているが、双子はまだ3歳。動きたい盛りが2人も相手では中々大変だ。 「いいか、カイト。これが男の甲斐性だぞ」 「カイショウってなぁに?」 一方、黒髪のヒトの男の子は、父親の言葉に首を傾げる。暁天の修羅・ユウヤ(a65340)が作るコサージュ――曰く「男の甲斐性」は、愛する妻と娘へのプレゼントだ。 ユウヤとプラチナが結婚したのは星海へ旅立つ前。10年ひと昔というが、思い返せば感慨もひとしおだ。 (「結婚して10年か……って、こんな台詞を毎年言ってる気がするけど」) 3年前に生まれた双子は2人にとって何よりの宝物。ララン達に近況報告という名目で、散々親バカトークをしてしまうくらいに。 子供が宝なのは、永久に我が舞姫の側を望む者・ファル(a33563)も同じ。悲願を果たし、かつて滅んだ故郷の村を再興した今は二児の父親ともなって久しい。 尤も、ドリアッドであるファルの外見はいまだに18歳のまま。双子の娘達――ドリアッドで母似のファリシアとファルに似たエンジェルのアミュレットは、もう10代前半と年頃だから、傍からは親子というより兄妹に見える。 「う……何かまるっとなってしもた」 出来上がったシルクフラワーの白詰草と赤詰草の花冠を眺めて、朱陰の皓月・カガリ(a01401)はちょっぴり困った表情。 「でもでも、受け取ってくれると嬉しいんよ」 赤詰草に旦那様の面影を想い、白詰草に想いを込めて……カガリ自身が、素敵な輪を結ぶ詰草の花冠を最愛の人に贈ってから何年経つだろうか。 「今までの有り難うとこれからの幸いを願って……きっと素敵な家庭を作っていく思うけど、うちらを導いてくれたように、今度は旦那さんとお子さんと一緒に歩んでってな」 「おおきに。大切に飾らせて貰うな」 大事に受け取って、早速良く目立つように壁に掛けるララン。 「もうあれから10年ですか〜、ほんとあっという間ですね」 カガリの最愛の旦那様、語る者・タケマル(a00447)は南瓜のきんつばを楽しみながら、懐かしそうに目を細めている。 「皆さん、お変わりないようで〜、お元気そうで何よりですです♪」 「結輪亭には琥珀梨をお持ち下さった時以来ですが、そちらもお忙しそうですね」 お茶の相手は、今は小休憩の結輪亭の主であり細工師のシードル。2人が並んで緑茶をすする光景は、そこだけ小春日和の縁側のように見えるから不思議。 「私達は孤児を受け入れる村を作っているんですが……これが中々大変で」 でも、少しずつ形になってきていると、タケマルは相好を崩した。 「小さくても賑やかな村ですんで、今度、是非遊びにいらして下さい」 「子供も仰山おるみたいやね。お休みの時に皆でお邪魔出来たらええなぁ」 お茶のお替りを運んできたラランも聞き付けて、楽しそうに頷いている。 「その、今日も、新作料理の材料を買いに来ていて……あの、シンイチロウさんは?」 「俺? そうだなぁ――」 旧知に出会えば、より話に花が咲くというもの。セルティアーナとシンイチロウも、パンプキンマドレーヌを挟んで互いの近況報告をしている。寧ろ話が聞きたそうな彼女の様子を察してか、シンイチロウもいつもより口数が多いようだ。 「皆久しぶり、元気だった?」 旅団「騎士団【誓約の剣】」の同窓会は5人にその子供達も加わって、庭のオープンカフェのテーブルは賑々しい。 「ああ、久しぶりだな。こいつの件は……察しろ」 一同の興味津々の眼差しに、狐ストライダーの息子を一瞥して苦笑する紫天黒狗・ゼロ(a50949)。ヨハンとセラの子供達の事は耳にしていたが、確かに自分達の事は誰にも報せていなかった気がする。 「おれはヒース! よろしくな?」 紫地白狗・シキヤ(a50327)に促されて、銀狐の尻尾を振り振り男の子は威勢良く御挨拶。 「ヨゼフあよ!」 エンジェルの弟も元気良く……ちょっと舌足らずだけど、人懐こい笑顔で自己紹介する。 「さ、あなたも」 どうやらお姉さんの方は人見知りの気があるらしい。セラの後ろに隠れてしまっていたのを、そっと前に押し出されてポソリと呟く。 「……クララ、です。はじめまして」 「ヨゼフくんもクララちゃんも、ヒースと仲良くしてね」 父親似のたれ目たれ眉を困ったように顰めていた少女だったけれど、シキヤの優しい言葉にやっと緊張がほぐれたようだ。 「はい、はじめまして。3人ともよく出来ました」 ちゃんと自己紹介出来た子供達の頭を撫でる消え逝く緑・フィルメイア(a67175)。目深に被った黒いヴェールで表情は判りにくいが、今は笑みを含んで穏やかな様子。 「今更だけれど、ゼロとシキヤはおめでとう。皆元気そうで何よりね」 1度馴染んでしまえば仲良く遊び始めた子供達を遠目に、大人は互いに近況報告。 「追撃戦から10年と言っても、別段変わった事はー……あ、子供が出来たくらいでしょうか。後は家でまったりしたり、偶に遠出したくらいですね」 「そうだな。店の、『AmbulancE』の方も多くはなくても需要はあるんだ。適当に冒険もしているし……ヒースがいるから、長期間の外出はしないが」 生命の書を使ったシキヤとゼロは、外見も殆ど変わりない。 「ゼロが育児ねぇ」 「基本は放任だが、俺も子育ては手伝ってるさ」 クスリと零れたフィルメイアの笑い声に、肩を竦めるゼロ。 「なら、フィルメイアはどうしていたんだ?」 「そうねぇ……墓守しながら楽隠居を決め込んでる感じかしら」 それは、従妹達の墓を守って過ごす日々――フィルメイアのマーメイドラインのドレスは鮮やかなエメラルドグリーンだが、上に羽織るのは厚手の黒いストールだ。懐かしい再会の場においても服喪を忘れない彼女の容貌は、年相応以上の落ち着きと静けさを帯びている。尤も、ベールに隠れて仲間にも判然と知れなかったが……セラだけは雰囲気の変化を察したようだ。 「その……決まった相手はいないんですか?」 「あら」 セラの言葉に、思わず込み上げる含み笑い。 「私に限って、そんなものがある訳ないに決まってるじゃない」 「フィルメイアさんなら、機会は沢山あると思うんだけどなあ」 思わず首を傾げるヨハンだが、何故か自慢げなその響きがらしいとも思ったり。 「ねぇ、お腹空いた!」 「そう? じゃあ、ノソリンゼリーでも……あっ」 息子の訴えに持参のお土産を出そうとして、ここが喫茶店と思い出すシキヤ。流石に躊躇うが、丁度、注文のパンプキンスイーツを運んできたラランの「今日は特別な日やさかい」という好意に甘える事にする。 「はい、どうぞ」 「ありがとうございます」 「ありがとうっ、おばさん」 「……っ」 フィルメイアからゼリーを受け取ったクララとヨゼフ姉弟は、今回もきちんとお礼を言えたけど……少年の最後の一言に、ベールの下の顔がビキリと強張ったり。 「尻尾には触らせませんよ」 そんなフィルメイアを余所に、ヨゼフの次の関心は銀狐のふっさり尻尾。思わず伸びてくる小さな手を、シキヤは懸命に尻尾を振ってガード、というか却って誘っているようにも。 「ヨゼフは元気だなー。帰ったらお父さんとスティードに乗るかー」 まあ、父親のにこやかな脅し(らしい)に、やんちゃ盛りもすぐ大人しくなったけれど。 「……で、ヨハン達は?」 「俺達は相変わらず、ホワイトガーデンで畑を耕したり、迷子を捜したりしてるよ」 「私は育児と両立ですけど、やっぱりグランスティードがいると、捜索がはかどっ……うっっ」 それまでにこやかだったセラの表情が、サクサクのパンプキンパイを口にするや俄かにかき曇る。 「セラ!?」 口を押さえて中座する妻の様子に、ヨハンも青くなって立ち上がる。思わず追い掛けて、その背を擦ってあげていると――。 「さ、3人目かしら……」 突如響き渡ったヨハンの歓声に、心配そうだった面々も「嗚呼、なるほど」と笑顔になって頷き合った。
「じゃあ、生命のお出汁飲んじゃったんだなぁ〜ん?」 「仕方ないんですよ、知りたい事が多過ぎてヒトの寿命では足りませんから」 何度も同じ依頼に参加し、インフィニティマインドにも同乗した陽だまりを翔る南風・リリル(a90147)と赤烏・ソルティーク(a10158)だが、最後の選択は正反対だったようだ。不老を得たソルティークは、各地のドラゴンズゲートや遺跡を調査する日々を送っているという。 「リリルさんは使わなかったんですね」 「お出汁飲んだらおっきくなれないなぁ〜ん。リリルはもっと大きくなって、素敵なれでぃになるなぁ〜ん♪」 生命の書の効果は、正確には「精神年齢が外見に反映されるようになる」なのだが……リリルの性格からすれば、「おっきくなれない」もあながち間違っていないだろうか。 尤も、相変わらず小柄ではあってもリリルが子供達と遊ぶ様子は、おちびちゃんのつたない足取りをよく気遣っていて。 「リリルさんも大人になりましたよね〜」 「むぅ……そう言って、子供扱いしてるなぁ〜ん!」 しみじみと呟きながらも、少女の頃と同じようにリリルの頭を撫でては抗議されるソルティークである。 そこへ、相次いでカランコロンとベルの音。 「久し振り、リシャッセを紹介して貰って以来だな」 ラランに挨拶したソルレオンの牙狩人・ゼパルパ(a74569)手土産は、水の郷の旬の魚。酢締めの鱒をラランは嬉しそうに受け取る。 「ゼパルパさんはリシャッセによぅ行ってるや? うちは、子供が出来てからはすっかり御無沙汰なんよ」 子供が小さい間は遠出も難しいと、身軽に動けるゼパルパがちょっぴりが羨ましそう。 「いやいや。子供が健やかなら何よりだ」 「ララン殿、お元気そうですね」 些かの変わりもない様子で現れた凪・タケル(a06416)の土産も大地の恵み。今は畑を耕しながら冒険者も現役で、少ないながらも依頼を頑張っているという。 「タケルさん、こんにちはなぁ〜ん」 「リリル殿もお久し振りですねぇ。ご家族は皆元気ですか?」 「ものすごーく元気なぁ〜ん♪」 にこにこほのぼのと武道家同士で笑みと挨拶を交わし、さて何か手伝おうかとタケルが店内を見回していると。 「ラランさん、ナイスメガネ! それとおめでとう!」 「ラランさん! 結婚式以来ですなぁ! ナイスメガネー! おや、タケルさんに……ソルティークさんも!」 連れ立って入ってくる眼鏡男2人+女の子1人。 「こっちは娘のノゾミですわ。もう8つになります」 「へぇ、奥さん似の美人さんやねぇ」 「またまたぁ、ホンマの事を♪」 子供連れのメガネマイスター・コロクル(a08067)は、既に三十路。何処で聞き付けたのか、4年前のラランの結婚式にも参列しており、その分、互いの口調も気安いだろうか。 (「ラランさんもコロクルさんも、年相応に老けちゃってて……少し寂しいなぁ」) 百之武・シェード(a10012)の方は、生命の書の効果で本来なら年下のコロクルより若く見える。周囲を見れば一抹の寂しさを覚えるが、ドリアッドである最愛の妻とずっと一緒にいると誓ったから。 「今は、妻と4人の子供と喫茶店とか酒造をしながら、傭兵の叔父と町の何でも屋をしてるんですよ」 だから、これがお祝いだと、大きな酒樽を転がして来るシェード。 「皆で飲みましょう。うちは小さい店だけど、暇あれば来て下さいな」 「おおきに。早速開けよかな」 「よっしゃ、眼鏡屋になった僕の腕前のお披露目しましょか! 皆さんの眼鏡の不具合から微調整、何でも致しまっせ! ラランさんもほら、遠慮せんと!」 「コロクルさん……相変わらずのお人やなぁ」 酒樽を厨房に運ぶ間に、結輪亭の一角は即席の眼鏡屋の様相。ラランの子供達は、プレゼントされたらしい眼鏡型のルーペネックレスを面白そうに弄っている。 「……流石に、私やコロクルさんみたいに、メガネフリークとかマニアな人の話は除外しているけどね」 「ははは」 子供達にはよく冒険譚を読み語りしているというシェード。賑々しい光景にぼそりと呟いた言葉に、タケルも苦笑しきり。 「2人とも、元気いっぱいだな。将来が楽しみだ……じゃあ、私からはキャンディをあげよう」 「ありがとう!」 「あーとぉ!」 そこはまだ色気より食い気? 差し出された飴玉にルーペはさて置き、満面の笑みを浮かべる子供達。 「2人とも、今日のおやつはもう食べたやろ? キャンディはお夕飯の後な」 「えー」 「えー」 だが、ラランの注意に一転して脹れっ面。逆に慌てたのは虹色の灰瞳・キスイ(a76517)の方だ。自身も1児の母だから、躾の大変さはよく判っている。 「あ……すまない。その、子供を見るとな、何かあげたくなってしまって。他意はないんだ」 「気にせんとって。うちもつい甘ぅなってしまうんや」 「うむ……今でも、十分親バカの自覚はあるから、少し心配だ」 幼い子を持つ母親同士、何かが通じた瞬間だ。 「これ、旦那さんに。ちょい早いけど、お誕生日おめでとう」 「わぁ、ありがとう」 キスイとは3年前に結婚した鈴音の唄猫・ユリウス(a76515)は、生クリームで美しくデコレートされたパンプキンケーキに大喜び。丁度、誕生日間近でラッキーだったようだ。 「食べるの大好きー。美味しいもの大好きー♪ ねね、これって、小さい子でも食べられるかな?」 「パウンドの部分なら甘さ控えめやし、いけると思うけど」 お膝に乗せた自分の子供とケーキを分けっこして嬉しそうにぱくつくユリウスは、セイレーン故か21歳の妻とさして年が変わらぬ風貌。だが、今は冒険者としての依頼は受けていない。近隣の街にも足を伸ばし、娯楽をもたらす吟遊詩人として酒場で定期的に唄っているという。 キスイの方は、何れは新米冒険者の指南をとも考えているようだが……今は主婦に専念。殆ど肉親に縁のない人生だったから、家族に充たされた今程の幸せは無い。 「あァ、美味しい食事のお礼に、ここでも唄っていいかなァ?」 「勿論」 やがて、昼下がりの結輪亭に流れる日だまりを愛しむ唄。穏やかな日常を慈しむ優しい歌声を、ナイトイリアはシルクフラワーを作る手を休めて聞き入った。 幸せに溢れる彼らの声を聞き、笑顔を見ると心が何故か痛い。思わず深い溜息が零れて、気遣う表情のラランには何でもないと頭を振った。 「また、皆と何処かで会えればと思って」 痛いけれど、楽しい1日だったのは確かだから。
●2109年――未知の大陸の冒険! 〜フラウウインドの水晶の洞〜 それは不思議な光景だった。山肌に口を開ける洞窟。その岩肌には、仄かに輝く水晶柱が雨後の筍のように生えている。 「これはまた、美しい。生まれ変わったフラウウインド大陸がどんな風になったのか、楽しみですね、リリルさん……おっと」 「……もしかして、あたしの事かなぁ〜ん?」 「ああ、申し訳ありません。確か、アルフィさん、でしたね?」 蜂蜜色のボブカットも、大きな若葉色のノソリン耳と尻尾も、無邪気そうなその顔立ちまでそっくりだったから、つい『彼女』の名前を呼んでしまった。 思わず苦笑いするソルティーク。見た目は若々しいままだが、実際は100歳をとっくに超えている。知り合いの子孫との遭遇も少なくないが、奇妙な既視感にはいつまで経っても慣れない。 「本当に、そっくりですよねぇ」 しみじみと呟くタケルも又、こちらはドリアッド故に見た目は壮年のまま。やっぱり永遠の19歳なネイネージュが同意して頷けば、「実は年食いまくってます」トリオが結成されそうな勢いだ。 「どうかした? ねぇ、早く行こうよ!」 「はいはい。では参りましょうか、リシュランさん」 トンボ眼鏡をキラリとさせて、リスストライダーの少女が振り返る。そんな彼女に頷いて、彼らも洞窟に足を踏み入れた。
「足許、気を付けて下さいね」 「ありがとう、セルティちゃん」 ゴツゴツした岩床に2つの足音が静かに響く。重なるように、セルティアーナの纏う鎖がシャラリと鳴った。 シンイチロウは、この齢まで生命の書を使わなかった。終わりが在るから新しい物が生まれる、そう肌で感じたからかもしれない。今年で121歳。ヒト族にしては驚異的な長寿だろう。自然のまま歳を重ねた彼の足取りは、生きてきた歳月が圧し掛かるかのように重い。対照的に少女のままのセルティアーナに付き添われる様子は、友達同士というより曾祖父と曾孫にも見えた。 周囲は、取り立てて危険は窺えない。人跡未踏の地に、冒険者とはいえ老人が観光に来られる程に。100年という年月を掛けたテラフォーミングの成果と言えるだろう。 「……キラキラとして、美しいなぁ」 「ええ」 (「義姉さんも、来られれば良かったのですが」) 目を細めて煌めく水晶柱の数々を眺めるシンイチロウ。そんな彼を、セルティアーナは何処か寂しげに見詰めていた。本来ならば、彼の隣にいるべきは自分ではないと思ったから。 よくよく見れば、仄かに輝く水晶柱に紛れるように、フワリフワリと漂うように羽虫が舞っている。 「綺麗ですわね」 月煌の舞姫・フェリシス(a18063)は、ほぉっと溜息を吐いた。手を伸ばせば、警戒もせず指先に止まる羽虫。一片の重さも感じさせない体躯は、極薄の硝子細工のように繊細で儚げだ。 「何匹か持って帰りたいですわ」 「そうだな……まあ、オレはフェリシスさえ側にいてくれるならそれで良いけどな」 「あなたったら」 耳元で囁かれた睦言に、頬を染めるフェリシス。今も尚、奥ゆかしい妻を愛おしく思うファル。記念にと水晶柱に手を伸ばせば、小指程の大きさの物ならば存外簡単にポキリと折れる。 「ふむ……通常の水晶より、柔らかい物もあるようですね」 どんどんと奥へと向かう冒険者達の殿を守る位置で、じっくりと調べていくタケルは、水晶を採取しながら、記録に余念がない。 「それにしても、綺麗なものですねぇ」 「ランドアースにある一般的な水晶とはまた違うようですよ」 「おや、ソルティークさん」 一旦、奥から戻って来たらしい金髪の紋章術士の手には、発光する水晶があった。 「奥の方に、岩の隙間から陽が射し込む所がありましてね。昼間の内に光を蓄えて、暗くなったら発光する仕組みのようです」 「それは興味深い」 最近は星海を旅していた頃に触れた技術の再現にも取り組んでいるソルティークにも、好奇心が刺激された鉱物のようで。 「是非持ち帰って、色々調べてみたいものです」 「そう言えば、羽虫の調査もしっかりやりませんと」 気が付けば、マッピングそっちのけで未知との遭遇に夢中の2人だった。
「……ばば様の形見、壊れたのかしら」 初めてドラゴンと対した冒険者に縁のある、由緒正しい品って聞いてたのに――雉虎の猫尻尾を不満げに揺らし、少女は邪険に掌中の方位磁石を振る。装備からして吟遊詩人だろうか。 そんな彼女を呆れたように見やるのはチキンレッグの青年で、重々しい甲冑を鳴らして深く嘆息した。 「……ふ、こうなったらここで一晩野営して、陽が昇ってから仕切り直すしかないわね!」 「あのなぁ、リンカ」 「何よ、シュタタ」 「陽が昇ってからって、こないな洞窟の中で、外の明るいも暗いも関係あらへんやろ」 それになぁ、と再び溜息1つ。 「方位磁石は狂ってへん。それはただ地図と見比べて使うもんで、その針の先に向こうて行ったって何もあらへんがな」 ……つまり、マッピングもへったくれもなく突っ込んでいった結果、当然のように道に迷ったと。そういう話であるようだ。 「……っ」 冷静な突っ込みに、見る見る彼女の頬が紅潮する。 「な、何よ! シュタタが迷ってそうって思ったら、思った時点で言ってくれれば、ここまで深みにはまらなかったのに!!」 「……無理あるわな その責任転嫁は」 「うるさいうるさいうるさーいっ!」 キーッと地団駄を踏む少女。叫び声が水晶の洞窟に木霊する。 「羽根むしるよ? もふるよ? かじるわよ? てか、ランドアース市場最安値で売り捌いてやるぅっ!」 「羽根むしんなやっ、かじんなやっ、遠いとはいえ親戚を売るなやっ!」 因みにこの2人の100年程前の御先祖は、大道芸が得意なヒトの吟遊詩人と、製菓と殺人的珈琲を淹れるのが得意な狐尻尾の牙狩人の夫婦だそうな。 「しゃあない。もふらせたるから少しは落ち着くんや」 これでも付き合いは長いのだ。ノンブレスの絶叫でゼーハーと青息吐息の吟遊詩人の少女を、ぽふぽふと宥める重騎士の青年。 「…………漫才、終わったみたいなぁ〜ん?」 「だよね。結構面白かったのに、残念」 彼らとヒトノソリンの狂戦士とリスストライダーの忍びコンビとの邂逅は、それから間もなくの話となる。
「おッ! 脇道ハッケーン!」 幼くも元気な声に、聖骸探索者・ルミリア(a18506)は思わず笑みを浮かべた。 「お手柄ですわね、ユリウス様」 綺麗なお姉さんの褒め言葉に、ヒト族の妻と共に老いて逝ったあるセイレーンの吟遊詩人の血筋と名前を受け継いだ少年は、得意げにエヘヘと笑う。 少年が指差した些か高い所には、確かに横穴が口を開けていた。身軽な者ならば、よじ登るのも可能だろう。 (「100年前のフラウウインド発見の時もワクワクしたものですが、今回もやっぱりワクワクしますわね〜♪」) 平和になって久しい世の中で、漸くの冒険らしい冒険とも言える。自然と気分も浮き立つというものだ。 「ロープはありますけれど……ユリウス様、登ってみますか?」 「うーん……僕、吟遊詩人だからなぁ」 「おや、何か発見されました?」 背後からの声に振り返れば、万全のマッピング体勢のネイネージュが小首を傾げていた。 「あら、あそこから何処かに行けそうなのね」 100年ぶりの再会の誼で、彼と同道していたナイトイリアも横穴を見上げる。その表情は未知への好奇心で愉しげでさえある。 「何だか、お宝とか浪漫の匂いがするわね」 「だろ?」 セイレーン同士で相通ずるものがあったのか、頷き合うユリウスとナイトイリア。 「100年前のテラフォーミング開始の記録を見ても、危険そのものは無さそうですけど」 「そう、ね……」 (「戦闘も懐かしいけど、平和ボケするのは幸せな事かもね」) 「では、行ってみましょうか」 ふと感慨深い表情になったナイトイリアを余所に、キビキビとルミリアから借りたロープをフックに結えるネイネージュ。投げ縄の要領でフックを横穴に引っ掛けるや、スルスルとよじ登る。長身でボンヤリとした風貌に違う身のこなしだが、牙狩人なのだから得意分野に近いのだろう。 そうして、彼の助けも借り、順番に横穴に入る3人。ルミリアがホーリーライトで暗がりを照らし奥へ慎重に進む。 「うわぁ!」 思わずユリウスは歓声を上げた。 横穴からの通路は比較的短く、すぐに天井も高い広々とした空間に出たのだ。 「これが羽虫かァ……」 仄かに輝く水晶柱が乱立する中で、音もなく浮遊する羽虫の群れは、まるで粉雪のよう。 「儚げで綺麗よね」 ナイトイリアも溜息を吐いている。 「あら……何か音がしていませんか?」 ルミリアの言葉に耳を澄ませば、確かにポォンポォンと柔らかな音が断続的に聞こえてくる。喩えれば、鉄琴の音をもっと優しく響かせたような不思議な音色だ。 「……なるほど」 一足早く音の正体は確認したネイネージュは、笑みを浮かべた。 「水琴、と言えばいいでしょうか」 ツララのように天井から垂れ下がる水晶柱を伝う水滴が、落ちる度にあちこちに生える水晶に弾かれて音が鳴っている様子。浅い水溜りが出来ている所もあって、これ程に水が豊かな場所は他になかったから、妙なる音色はここでしか奏でられないようだ。 「何だか、インフィニティゲートみたいな雰囲気の綺麗な所ですわねぇ……」 思わぬ発見に、ルミリアも満足そうに笑みを浮かべた。
一通りの探索を終え、洞窟の入り口に集まる冒険者達。手分けした地図を組み合わせれば、存外に広かった洞窟の全容が明らかになる。 生息する生物は、例の羽虫のみ。タケル曰く「水晶の表面に結んだ露を主食としている」ようで、残念ながら持ち帰っての飼育は難しそうだ。 「名前、どうしますか?」 「んー、そーだなァ……水晶虫とかどーだ?」 「わたしは、スピリチュアルクリアが良いと思うんだけど」 ユリウスとナイトイリアが口々に提案すれば、ファルも手を挙げて。 「グラスカゲロウというのはどうだろうか?」 「でしたら、何となく硝子細工のように脆そうでしたし……硝子蜻蛉、なんていうのは?」 どうやらルミリアも似たような名前を考えていたようだ。 多数決という訳でもなかろうが、似たネーミングが出たという事で羽虫の名前は「硝子蜻蛉」と書いて「グラスカゲロウ」と読む事に。 「じゃあ、洞窟の名前はどうする?」 「そうですね……私のセンスだと、輝晶窟とか、そんな名称を付けますね」 これはソルティークの言。 「光輝晶洞、は爺くさいですかねぇ」 苦笑混じりのタケルの提案は、そんな事はないだろうと周囲の反応は好感触。 「……水晶の音色、とか」 ナイトイリアのネーミングは、水琴の洞を発見したからだろうか。 暫く、地図と睨めっこして考え込んでいたネイネージュがおもむろに口を開く。 「では、洞窟全体を光輝晶洞、特に光を集めて輝く水晶が多く見られた箇所を輝晶窟、水琴の洞は水晶の音色、で如何でしょう?」 大きな洞窟ならば、ピンポイントの呼称があってもおかしくない。反対する者はなく、めでたく水晶の洞窟の名前が決まる。 「この洞窟は、時間を経ればきっともっとすごくなっていくでしょうね……その行く末をまた見に来るのも良いかもしれません」 帰る間際のタケルの呟きに、誰もが笑顔で頷き合う。こうして、探索の1日は楽しい思い出となって暮れていったのだった。
――新フラウウインド探索から数ヶ月後。 かつて武道家であった1人の男が、齢121歳の大往生を遂げた。 「命は廻っていく。記憶は無くてもきっと生まれ変わるから……また、会おうね」 「はい……大丈夫、きっとまた会えますから」 彼を看取ったのは家族ではなく、1人のエンジェルの少女であったという。
●3009年――アムールプラージュ 〜寄せては返す波のように〜 常夏のワイルドファイア――さんさんと降り注ぐ陽光の下、今日も愛の渚の碧海は美しい。 「うおおおおあああッッ! 俺は遠泳王に、なるんだーーッ!」 ザッパーーンッと、大きく水飛沫が上がった。 ユリウスは相変わらず好奇心旺盛の腕白セイレーン。フラウウインドの探索より幾許かは成長しているけれど、泳ぎまくっている元気一杯の様子は今も変わりない。 「初めて来たが、美しい所だな」 ゼパルパも今日はバカンス。まずは浜辺でのんびりと、青と白の光景とエネルギー満ち溢れる日差しを満喫する。次に海釣りでもと手頃な岩場に足を向ければ、既に先客あり。 「こんにちは」 「あ、ああ……こんにちは」 にこやかに挨拶してきた男は、海パン1丁で釣り糸を垂らしている。首から下一面に紋章文字らしい刺青が施されており、まだ若いだけに妖しげな風体だ。 彼こそが数多の門弟を擁する学問の最高峰の一角、『赤烏学派』の総帥であり「紅の賢人」と称される紋章術士、ソルティーク・ローズセラヴィ。 (「まあ、世間様の評がどうあれ、私は相変わらずなのですけどね」) のほほんと釣りを楽しむソルティークだが、突如立ち上がるや、無駄に素敵な笑顔で猛ダッシュ! 「お嬢さん! 私の為にリス耳を付けて下さ――」 「キャアァァッ!」 「ラミアンちゃんに何するなぁ〜ん!!」 ドッカーーンッ! 「……ハッ、そこのヒトノソリンのお嬢さん! 私の為にこの眼鏡を――」 「こっち来るななぁ〜ん!!」 ドッカーーンッ! 懲りずに、2回も破鎧掌の直撃を食らう紅の賢人様。うん、まあ、眼鏡っ娘やケモノミミをこよなく愛する駄目人間っぷりも相変わらずのようだ。 「大丈夫なぁ〜ん?」 「……あ、ラリルさん?」 「悪い奴はやっつけたなぁ〜ん」 霊査士のサガで暫し気絶していたラミアンだが、親友の頼もしい言葉にほっと一安心。 「やあ、そこのお嬢さん」 そこへすかさず声を掛けたのは、屋台を引く面妖な……もとい、眼鏡男。 「俺の名は6代目ノゾミ! この日差し、気を付けないと目を傷めるよ! ころくり屋謹製のサングラスは如何?」 「は、はぁ……」 売り口上は立て板に水。『グラスランナー』の1人に数えられた某ストライダーの牙狩人の末裔は、今日も元気に眼鏡を売り続けているようだ。 ナイトイリアも、アムールプラージュに来た目的は休暇ならぬ商用。白浜を歩く恋人達に、自作のアクセサリーを売り歩いている。1人旅だから夜も気ままな野宿。冒険者とはいえ、女の1人旅が安全なのも平和の証だろうか。 流石に1000年も経てば、失恋の痛みも癒え始めているけれど、心にぽっかりと穴があいたような空虚さは抱えたまま。 「愛の渚、か……」 ふと目に留まったのは……家族だろうか? 誰もが幸せそうな笑顔で、羨ましいと思った。
水上コテージ『グロリオサ』――離れともなれば、昼間でも静か。それは今も昔も変わりない。 「わぁ、気持ちいい!」 潮風に灰銀の髪をなびかせ、早速テラスに飛び出した少女は歓声を上げた。 「シィーア、あんまりはしゃぐと危ないよ」 「はぁい、しーおばあちゃん」 確かにシィーアは孫ではあるのだけど……外見は三十路に差し掛かった程度のシキアは、思わず苦笑い。 「全く……誰に入れ知恵されたのやら」 コテージを見渡せば、初めて夫とアムールプラージュに訪れた日の記憶は、ついこの間の事のように蘇る。 勿論、コテージ自体は何度も建て替えられてきただろうけど、記憶に違わぬ調度の数々が何だか嬉しくて。 「こうして、孫と一緒に訪れる日が来ようとはね……」 「しーおばあちゃん、海がすっごく綺麗! 早く泳ごうよ、ね?」 「はいはい」 興奮しきりの声に思わず目を細めて、テラスに向かうシキヤだった。
「……おや」 落ちた影に顔を上げたネイネージュは、いつもと同じく穏やかな笑顔。 「流石ワイルドファイア、相変わらず暑いねぇ」 差入れは、冷たいトロピカルジュース。既に被っていた帽子には、ハリマツリの花を挿して。 それは、いつかの繰り返し。でも、そこでミルッヒは椰子の木の陰に向かわず、青年の隣に腰を下ろした。 「ネイネちゃんが絵を描くトコ、見てていい?」 今の海の碧がどんな色に描かれるのか、見てみたい――その返答は、差し出された新しいスケッチブック。 「え?」 「私も、見てみたいです。ミルッヒさんの目に映る海の碧がどんな色か」 「で、でも……っ」 予想外の切り返しにあたふたする彼女の表情に、地図士はクスリを笑み零れる。 「きっとうまく描けないし」 「構いません」 「絵の具の使い方なんて、よく判らないし」 「色鉛筆もパステルも用意しています」 「う……」 「私にも、あなたの見る世界を教えて下さい」 彼の眼差しはいつもと変わらない。でも、真摯な言葉はミルッヒの胸にストンと落ちた。 互いの見ている世界を伝え合う事、それはきっとひどく幸せな共同作業だから。 「……下手でも、笑わないでね」
「驚きましたわ。まさかあの子達も来ていたなんて」 水上コテージの籐製のベッドで、夫にしなだれ掛かったフェリシスはクスクスと含み笑った。 「ああ、でも、確かに悪くない眺めだ。人気があるというのも頷けるよ」 ファルの故郷は村から国と呼べるまでに発展し、今は政務をこなす日々だ。休暇と言えば、妻の故郷であるホワイトガーデンが常だったから、今回のようなバカンスは随分久しぶりだ。 「フェリシス……久々に2人きりなのは判るんだが」 フェリシスは艶美な肢体が零れんばかりのきわどい水着姿。夫にぴったりとくっついて、その胸に頬をすり寄せる。 いつもに増して、積極的な妻にファルは思わず苦笑い。脳裏に浮かぶのは先程のやり取りだ。 結婚して1000年。その間に子宝にも沢山恵まれた。外見は10代のままのファルとフェリシスを追い越して成長した子供も何人もいる。その何人かと浜辺で偶然出会ったのだ。 「ふふ、また新しい弟や妹ができるのね、ですって」 1000年経って尚の熱々ぶりを散々からかわれたが、ファルは満更でもない表情。 「まあ、いいさ。子供は好きだしな」 お喋りはここまで、と言わんばかりに唇を重ねれば、後は睦み合うだけ……熱い吐息すらも絡み合って溶けた。
「一緒に行こう」 それは、いつかどこかのデジャヴ。笑顔で差し出された手を、セルティアーナは思わず取ってしまった。 放浪のエンジェルとなって幾星霜。辿り着いたアムールプラージュの浜辺で見掛けたのは、片時も忘れた事のない面影だった。 それは彼も同じ。とても愛らしい少女と目が合った時、何故か初めてじゃない気がして……シンイチロウと名乗った時は、酷く驚かれた。 2人で見る渚は今まで以上に鮮やかに映り、些細な事さえも楽しくなる。手を繋いだままはしゃいで、笑って……休憩で借りた水上コテージでは、時間を忘れてお喋りした。 今は2人で、暮れなずむ朱の海を一緒に眺めている。 常夏の1日はあっという間に過ぎていったけれど……きっと今日の出会いは、新しい物語の序章。 (「これからもっと仲良くなれそうな、そんな予感がします」) 黄金に染まる中で交わした口付けは……勿論初めてなのに、何故か懐かしさが2人の胸を充たしていた。
通常の水上コテージは南国の花や果物の名前を冠しているが、その中で『サン』――太陽と呼ばれるコテージは特別だ。 豪奢な調度を収めた美しい佇まいの周辺に一切の建物はない。水平線の日の出から日の入りまでを独占できる贅沢な空間だ。 「デートは久しぶりですね」 可憐なサマードレスに身を包んだ無邪気な笑顔の・エル(a08082)は、はにかんだ笑みを浮かべた。 今は夫のシェードと共に、商人として日々旅の空。商売を始めた当時の店は子孫が引き継いでおり、今も正体を隠して見守っている。 アムールプラージュは2人とも初めて。ここ数百年の間、色々な処を旅して来たけれど、まだまだ知らない所があるのが何だか嬉しい。 恋人同士だった頃のように海で一緒に泳ぎ、水を掛け合い、存分に南国の日差しと海を楽しむ2人。 やがて日が暮れれば、のんびりと星空を見上げて――シェードはラム酒、エルはトロピカルジュースのグラスを片手に、微笑みを交わす。 「シェードさん、一緒に生きる事を選んでくれて本当にありがとう」 エルはドリアッド、シェードはエルフ。本来ならば2人が共にいられる時間は酷く限られていた筈で。 勿論、シェードに生命の書を使った後悔はない。 (「子供達には悪いけれど、一緒に生きる事を選んで本当に良かった」) 幾年月共に過ごそうと、エルと一緒というだけでシェードの胸は初恋の時のように高鳴るのだから。 「エル」 妻の瞳をひたと見詰めて、シェードは改めて誓う。 「いつまでも、愛しているよ」
10年だろうと、100年だろうと……1000年であろうと、愛する者と共に在る時間はきっとあっという間だと、プラチナは思う。 寄り添えば幸せが胸を一杯に充たし、共に見る光景は色鮮やかに輝きを増す。 「サンゴ礁、素晴らしかったのぅ」 「そうだな、朝にまたひと泳ぎに行くとしようか」 興奮冷めやらぬ妻の笑顔に、ユウヤは愛しげに目を細めた。 昼間は星屑の浜を散策し、美しい珊瑚礁に潜って熱帯魚との色鮮やかな競演を満喫した。日が暮れれば星灯りの下で寄り添い、深夜も近くなって漸く離れの水上コテージに戻って来たのだ。 今は遅めの夕食も済ませ、大きく開けた窓から聞こえるさざめく波音に耳を傾けている。 「ユウヤ殿」 「うん?」 屋内の灯りはサイドテーブルのランプのみ。仄かな灯火がプラチナの面に陰影を刻み、エンジェルの乙女を大人びて見せる。 「子供達も手が離れて久しいし、の……?」 その微笑は、艶やかにユウヤを眩ませる。力強く抱き寄せれば、繊手が絡みつくように首に回された。 「ふふ、たっぷり愛して貰わねばのぅ」 「……いいね、悪くない」 ――そこから先は、2人だけが知り得る蜜月の時間。
ここはアムールプラージュ。数多の愛がたゆたう処。寄せては返す、波のように……いつまでも、いつまでも。
●数万年後――ラスト・バトル 〜タイムゲートを目指せ!〜 タイムゲートを目指すドラゴンウォリアー達の前に立ちはだかるのは、整然と並ぶ異形の軍勢。暗黒の空間を埋め尽くさんばかりのその数は、 寡兵のドラゴンウォリアーを押し潰さんばかり。 「これが……ピルグリムトロウル」 顔を顰めたのはエンジェルの武人・ヨゼフ。亡き父、ヨハンの武装を受け継いだその姿は凛々しく、母親のセラはその背を頼もしげに見詰めている。 「何だか……口で表現し難い気味悪さがあるな」 「ヨゼフ、無理だけはするなよ。功に焦るな」 戦闘は楽しむつもりでいるゼロの言葉は、自らに言い聞かせているようでもあった。彼にも帰りを待つ者がいる。この戦、絶対に負けられない。 「ゼロさん、足手纏いにならないようついて行くから、よろしく」 「誰だって最初はひよっこなのよ」 緊張をほぐそうと、セラは強張った息子の背をポンと叩く。 尤も、プレッシャーに怯むドラゴンウォリアーはいない。 「ふん、久々の腕慣らしには丁度よいわっ!」 血気盛んなプラチナの傍らで、ユウヤも又不敵な表情。 「俺が冒険者になる前に打ち倒された強敵に挑めるとは僥倖の至り。世界最後の戦いだ、ひとつ派手にやらかすとしようか!」 「ナイスメガネ!」 「ナイスメガネ! 良い眼鏡ですねー」 ……のっけから、プレッシャーどころか緊張をも粉砕する挨拶が交わされたようだが。 初対面の筈が、何だか相通じるものを感じて顔を見合せたのは、巫女服を纏いボウガンを構えるくすんだ銀髪の少女とドリアッドの文章術士と共に立つ金髪のエルフの武道家。 「アタシはころくり屋の店主にしてヒトの牙狩人、16代目ノゾミ」 「シェードです。彼女は妻のエル。それにしても、懐かしい名前を聞きましたねぇ」 「あ、もしかして……ご先祖様の記録に残ってたグラスランナーさん?」 和やかにお喋りしているようで、既に戦端は切って落とされている。敵中衛の『アーチャー』に降り注ぐジャスティレイン。後衛の『ヒーラー』にはデンジャラスタイフーンが襲い掛かり、エンブレムノヴァがその一角に撃ち込まれる。 ゴオオオォォォァッ! 咆哮と共に千切れ飛ぶピルグリムトロウルの断片。白濁を撒き散らす様は生理的嫌悪を催させる。 「う……」 「同盟は昔にもピルグリムを倒したんだから、今回も大丈夫。頑張っていきましょう」 ピルグリムトロウルとは勿論初めてのノゾミを、笑顔で励ますエル。 (「遥か昔であっても、体験してきた危機は忘れていません」) それは子供に読み聞かせてきた絵本であり、夫が記した歴史書であり……あの戦乱の時代に戻す訳にはいかない。 「今まで築いてきた人生を無に返す訳にも、絶望に負ける訳にもいきません!」 エルの決意に重なるように、鬨の声が戦場に轟く。 (「折角の祭りと聞いて飛んできたら、どうにも見覚えのあるツラばかりときやがる」) 襤褸を脱ぎ棄てた老年は、30代の男盛りに。長髪を後ろで纏めるのは大切な柘榴色の髪紐。金色の瞳に闘志を燈し、愛用の錆付き朽ちかけた戦斧も戦の気配に喜ぶが如く……今は黄金の巨大なハルバードに変貌している。 「こちとら嫌な思い出も蘇ってきやがったが、またケリをつけねえとな!」 気合一閃、金鵄・ギルベルト(a52326)の一撃が眼前に蠢く『ディフェンス』を抉る。 「また過去に戻って歴史を変えるなんざ、面白い事しよるの〜」 ヒョッヒョッヒョ〜と喉を震わせて嗤うヒトの邪竜導士・ウメキチ。黒炎を纏い針の雨を降らせる姿は、典型的な魔法使いとも言えそうな胡散臭い風体だ。 「ほ〜れほれ、避けんと危ないぞ〜。ヒッヒッヒ〜、あまりに愉快で眼鏡がズリ落ちそうじゃ……おっと」 高笑いの余り本当に落ちかけた眼鏡を素早く受け止めたのは、黒狐のストライダーの少女。 「じい様、年なんやから無理したらあかんよ」 「何じゃ、アカリちゃんも来たんか。仕方ないのう。怪我せんようジージの後ろに下がっとき、前に出ちゃいかんよ」 可愛い孫の袖を引くウメキチだが、本人は敵を見据えて大剣をぐっと握り締める。 「うちかて頑張るんよ!」 「あぁ、前に出ちゃいかんというたのにぃ」 黒髪をなびかせ乾坤一擲! デストロイブレードがディフェンスの一点を穿つ。 「めいっぱい想いを乗せた剣やからこそ重たい一撃がつんといくんよ!」 「では、老獪なテクニックで『ディフェンス』達を薙ぎ払って御覧に入れましょうか」 往年の『奇術師スタイルの美青年(自称)』に大変身したソルティークも不敵な笑みを浮かべて、紋章術を連発している。 ディフェンスを前衛が受け止めて一点集中で切り崩そうとする間に、後方から届く限りにアーチャーとヒーラーを狙う。 だが、それは敵とて同じ。ディフェンスラインの硬さに任せて、アーチャーの火力が迸り、ヒーラーの鱗粉がバッドステータス諸共に癒す。 特にヒーラーの放つ癒しの鱗粉は広範囲かつ強力。まずは癒し手を潰さねば勝機はない。 「まずはヒーラーだ! お前を討つ!」 今更コイツらと再戦する事になるとはな――複雑な思いを押し隠し、サンダークラッシュで癒し手の一端を撃破するファル。 勝利して皆で帰還する為に、フェリシスは高らかな凱歌を歌い続ける。 「多分、これが本当の最後の戦い……ファル、必ず勝ってみんなと一緒に築き上げた『今』を守ろうね」 「ああ、フェリシス。守り抜こう……オレ達の手で!」 「あなた方の子孫は今では同盟で平和を享受しているというのに……今度こそあなた方の満足する戦いをお見せしましょう」 「ザウス神の教えも忘れた兇徒達よ……在るべき元に還れ!」 本来ならば、誇り高き神の徒であったトロウルを貶めた絶望には負けない。ルミリアがヒーリングウェーブを広げる間に、シェードのデンジャラスタイフーンが再びヒーラーのど真ん中で撃ち込まれた。 ヒーラーの回復力の高さを察したヨゼフも後方へサンダークラッシュを放ち、セラも回復の合間にニードルスピアを放つ。 「いつまでも絶望に囚われ続けるのは辛いでしょう。今度こそお休みなさい」 (「未来には希望があるわ。今があるからこそ未来は幸せになるの……希望も幸せも沢山の大事な人も、わたしは守りたい!」) 数万年に来て初めてのドラゴンウォリアー戦に戸惑いながらも、ナイトイリアのデンジャラスタイフーンが炸裂する。 「リリサさん、行きますよ!」 「ガンバるなぁ〜ん!!」 ネイネージュのジャスティスレインとリリサのサンダークラッシュの狙いも、ヒーラーの一団。 ヒーラーへの集中攻撃が為される間も、アーチャーからの呵責ない攻撃は続く。癒し手の回復アビリティが保つ間にドラゴンウォリアーが押し勝つか、敵の回復力が勝るか――。 「アタシはノゾミ! 皆の望みなんだ!」 そう、ドラゴンウォリアーは世界の希望。かつて乗り越えた絶望に負ける謂れはない! ゴオオオォォォァッ! 降り注ぐアビリティの闘気の渦が、ヒーラーの蝶の羽を尽くもぎ取りその身を砕く。 最後の1体までその仮初の命を根こそぎ刈り取った時、ドラゴンウォリアーの刃は一気に最前衛のディフェンスへ叩き付けられた。 (「永遠に続くと思った平和が、こんな形で終わりを告げるなんて納得がいきませんわ!」) 「誰にも、消させやしない!」 「これ以上、この世界を壊させません」 ひたすらに癒し続けるルミリアの想いに後押しされるかのように、シンイチロウの拳がディフェンスの甲羅にヒビを入れ、黒炎を纏ったセルティアーナのデモニックフレイムがその表面を炙る。 「長生きしとると色々あるものよ……流石に迎合できぬ再会は切り捨てさせてもらおうか。この平穏、今更主らにくれてやる訳にいかぬからの」 ミルッヒの周辺では、粘り蜘蛛糸に絡め取られたピルグリムトロウルがもがいている。 「さあ、一点を切り崩せ! 突破口を開こうぞ!」 だが、それでも敵のディフェンスラインは厚い。圧倒的な射程と威力を誇るドラゴンウォリアーであっても、敵は軍勢。ともすれば数の暴力で押し潰されそうになる。 「どうすれば……っ!」 「ふん、折角の戦いだ、ここで楽しまずにどうする」 戦が生甲斐の戦闘狂が、生命の書を享受して数万年をひたすらに鍛錬に費やし耐え忍んだのは何の為か。 遥か未来に訪れるかもしれない戦――只それだけに一縷の望みを賭けてきたのだ。 「隙がなけりゃ作ればいいだろうよ!」 ギルベルトは嗤う。その双眸に燃えるのは衰えぬ戦への妄執と熱意。 負傷の回復も待たず、巨大なハルバードを振りかぶり飛び掛かる。デストロイブレード――極限まで凝縮させた闘気が、眼前のピルグリムトロウルを一撃で粉砕する。 「今だ!」 続いて飛び込んだユウヤの疾風斬鉄脚が光の弧を描き、ゼロのナパームアローが周囲諸共に巻き込んで爆ぜた。ミルッヒのスパイラルジェイドが、手負いにトドメを刺していく。 本の一点の決壊、それが加速的にディフェンスラインの壊滅に波及する。のみならず、鉄壁の守りを食い破ったドラゴンウォリアーの刃が、アーチャーに向かって襲い掛かる。 『皆さん! 左翼にアーチャーが集まっています!』 ノゾミによるタスクリーダーの実況と共に、ジャスティレインが降り注いだ。 アーチャーへ突撃したプラチナの氷河衝の連発が、ピルグリムの部位を凍らせ砕いていく。 「リターンマッチは、勝たせてもらう……トロウル相手に劣勢になるのは、過去だけで充分だ!」 ゼパルパのジャスティレインも迸れば、左翼は壊滅の呈。 「絶望なんかに屈してたまるかよ! 俺に見えるのは、昔から培われてきた希望だけだ!」 グレーの燕尾服を艶やかに翻し、ヒトの牙狩人・スイレイは残党をガトリングアローで平らげていく。 (「師匠の敵っぽいのにご対面できるなんて、永い時を経た甲斐があったな」) 愛する者の傍らで自然のままに老い、息を引き取るのが幸せの最終地点とした先代の「虹色の灰瞳」と対照的な生き方をした2代目は、楽しげに唇を歪めている。 「お生憎様。私、今まで絶望なんてした事もないし、これからするつもりもないのッ!」 ユリウスという名と吟遊詩人の生き方を受け継いだ少女は、最後まで凱歌を歌い続ける。 「この戦いで、彼らの絶望が晴れたならいいが」 希望のグリモアを砕かんとするキマイラを追う術、タイムゲートへの道が切り拓かれる。 「全ての謎を解く最後のピース、そろそろ見つかるでしょうか?」 楽しげな言葉を残して青の空間に飛び込んだソルティークに、次々と続くドラゴンウォリアー達。 最後に星海を振り返ったノゾミは、高らかに宣言した。 「嗚呼、世界は光で満ちている……遙かなる希望の光で!」 ――かくして、事態は最終局面を迎える。

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参加者:25人
作成日:2009/12/20
得票数:冒険活劇7
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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