そして、また明日へ



<オープニング>


●2019年の世界
 インフィニティマインドが星の世界への旅から帰還して4年が過ぎた。
 世界は相変わらず平和で、冒険者達は変異動物や怪獣と戦ったり、人助けをしたり、旅に出たり、第二の人生を歩み始めたりと、思い思いに暮らしている。
 そんな中、誰かが言った。
 魔石のグリモアとの最終決戦から10年。世界が平和になって10年。
 この節目の年に、久しぶりにみんなで集まるのはどうだろうか。
 互いの近況や思い出話など、話題には事欠かないはずだ。
 さあ、冒険者達の同窓会へ出かけよう!
●黒猫さまと素敵な新しい仲間たち
 町も賑わいを見せる冬となれば、双子の羊たちは大忙しにしておりました。双子の作るマフラーも手袋も、コートもとっても人気があるのです。これでは二人とも倒れてしまいそうだと心配するリスに、黒猫は言いました。
 皆で手伝ってみてはどうだろうか? と。

「同窓会、って言うのもなんだか不思議な感じなんだけれどね」
 伸ばした髪を結い、背に作る三つ編みも少し慣れてきた。ずいぶんと、落ち着きを纏うようになった庭園の守護者・ハシュエル(a90154)は一つ笑みを浮かべた。
「花の町ディスを、覚えている人はいるかな? 黒猫さまの物語が伝わっているところでね、町が、まるで絵本の中の世界みたいに作られているんだ」
 冬を迎え冷たい風に吹かれる花の町には淡く白い花だけが咲いているという。この花が咲く頃には、ちょうど雪が降る。
「それでね、実は花の町で、黒猫さまの物語に新しい登場人物を作りたいって話になってね。それを町に来てくれた人達に考えてもらいたいって」
 町には編みぐるみの店も出ているから、と言ってハシュエルは微笑んだ。
「なんか、同窓会って感じじゃないかもしれないけれど。こういうのも悪くはないと思うんだ」
 よかったら一緒にいかない?
●2109年の世界
 世界が平和になってから、100年の時が過ぎた。
 年老いた者もいれば、かつてと変わらない姿を保っている者もいるし、少しだけ年を取った者もいる。中には寿命を迎えた者も少なくない。
 そんなある日、冒険者達にある知らせが届く。
 100年前に行った、フラウウインド大陸のテラフォーミングが完了したというのだ!
 昔とは全く違う姿に生まれ変わったフラウウインドは、誰も立ち入った事の無い未知の場所。
 そうと聞いて、冒険者が黙っていられるはずがない。
 未知の大陸を冒険し、まだ何も書かれていないフラウウインドの地図を完成させよう!

「随分と変わった場所も多いと聞いたのだけれどね」
 蒼月遥夜・リュシスはそう言って、一枚の絵を見せた。絵には、綿のような不思議な花が描かれている。
「生まれ変わったフラウウインド大陸、その高き山の上、少しだけなだらかになった場所にその花は咲いているというの。綿のようにふわふわと、風に舞う甘い花」
 花は実りの季節を迎えた果実たちのように、まあるくなっているのだという。花は幾重に薄い花びらを重ね、甘い香りをさせている。花が開ききることがないのは、山間特有のものか。ただ、花の中心には食べることができるほどに甘い花びらがあるのだという。
「風が吹けば飛んでしまうほどに、薄い花びらが重なり合った花なのだけれどね。今の頃は満開だというから、少し見に行くのもいいんじゃないかと思ってね」
 集まった冒険者たちに紅茶の入ったカップを差し出すと、リュシスは少し楽しそうに笑った。
「散歩がてらに行くのもいいでしょう? 山の上だけれど、疲れる程ではないでしょうし。上では平らな所もあるからちょっとしたお茶会もできるわ」
 そしてよければ、この場所に名前を付けて欲しいの。
 そう言って、リュシスはカップを置いた。いかがかしら? と笑みを浮かべて。
●3009年の世界
 世界は1000年の繁栄を極めていた。
 全てのグリモアを搭載した『世界首都インフィニティマインド』には無敵の冒険者が集い、地上の各地には英雄である冒険者によって幾百の国家が建設された。
 王や領主となって善政を敷いている者もいれば、それを支える為に力を尽くす者もいる。相変わらず世界を巡っている者もいたし、身分を隠して暮らしている者もいて、その暮らしは様々だ。
 1000年の長きを生きた英雄達は、民衆から神のように崇拝される事すらある。
 今、彼らはこの時代で、どのような暮らしを送っているのだろうか?
 長き時を経て、変わるものがあれば変わらぬものも存在した。黒髪を靡かせたエルフは、2つ、3つと歌を残して去り、彼の歌を知る青年が姿を見せるようになったのは、蒼月遙夜・リュシスが久しぶりにランドアースを訪れた時だった。
 1000年の時を経て、この土地を歩く者は変化した。国主としてその地位にある冒険者も少なくはない。あぁ昔のように冒険に出たい、と言っては家臣達に窘められ、時に、嘗ての仲間を誘っては抜け出す。そんな姿も珍しくはない。
 花の町には黒猫さまの新たな仲間が生まれ、流麗なる街には冒険者たちを象ったお菓子を売っているという。さる寒村には弓士の守人がいるという。土地の多くに、様々な場所に冒険者たちの姿が、軌跡が残っていた。

 1000年の時を経て、貴方はどう暮らしているのだろうか。
 もしくはとうに大地を離れ、子孫だけが居るのだろうか。

 宛名の無いそんな手紙を見つけたのは、よく晴れた日の朝のことだった。
●数万年後の世界
 永遠に続くかと思われた平和は、唐突に終わりを迎えた。
「あれ、海の向こうが消えた?」
 異変に驚いてインフィニティマインドに集まった冒険者達に、ストライダーの霊査士・ルラルは言った。
「あのね、これは過去で起こった異変のせいなの。過去の世界で……希望のグリモアが破壊されちゃったんだよ!」

 とある冒険者がキマイラになり、同盟諸国への復讐を試みた。
 彼は長い時間をかけて、かつて地獄と呼ばれた場所にある『絶望』の力を取り込むと、宇宙を目指した。
「えっと、これ見てくれる?」
 ルラルは星の世界を旅した時の記録を取り出した。
『2009年12月10日、奇妙な青い光に満ちた空間を発見。後日再訪したその場所で過去の光景を目撃。詳細は不明』
「この記録を利用できるかもって思ったみたいだね。そして、実際にできちゃったの」
 どうやら、この空間は過去に繋がっていたらしい。男はここから過去に向かい、希望のグリモアを破壊してしまったのだ!
「世界が平和になったのは、希望のグリモアがあったからだよね。だから希望のグリモアが無かったら、今の世界は存在しないって事になっちゃう。ルラル達、消えかかってるの!」
 今の世界は、希望のグリモアが存在しなければ有り得なかった。
 だから希望のグリモアが消えた事によって、今の世界も消えて無くなろうとしているのだ。
「これは世界の、ううん、宇宙の危機だよ! だって、みんながいなかったら、宇宙はプラネットブレイカーに破壊されてたはずだもん! だからね、絶対に何とかしなくちゃいけないんだよ!」
 ルラルにも方法は分からないが、事態を解決する鍵は、きっとこの場所にある。
「でも、この空間……えっと、タイムゲートって呼ぼうか。このタイムゲートの周囲には、絶望の影響で出現した敵がいるの。これはね、全部『この宇宙で絶望しながら死んでいった存在』なの」
 彼らが立ちはだかる限り、タイムゲートに近付く事は出来ない。
 彼らを倒し、タイムゲートへの道を切り開くのだ!
「そもそも、宇宙存続の危機を回避する為に、なんて、同盟に来たばかりの頃は考えられなかったけれど」
 ルラルの話を聞きながら、リュシスは久しぶりに酒場の柱に預けていた背を起こした。
「それでも、実際に起きちゃったの。だから、絶対に何とかしないと」
「それで……? 現れたのはどんなものだったのかしら」
 リュシスの言葉に頷いたルラルは「まず」と一つ指をたてた。
「黒い炎を纏ったドラゴンだよ。けれど翼はどろどろに溶けて、闇を滴らせているの。黒い目に、黒い翼をしたドラゴンは無数の針を吐き出してくるの、2つの頭から」
「……2つ?」
 眉を寄せたリュシスに、ルラルは力強く頷いた。相手となる者達は皆、この宇宙に絶望しながら死んでいった存在。彼らの待とう絶望は、その姿形さえも歪めていったのだろう。
「2つの頭が同時に攻撃してくることは無いよ。片方は針を、片方はダメージのある毒との息を吐き出すの!」
 移動速度は速く、その度に翼から滴る闇が散る。それ自体が何かダメージを与えるような事は無いと言ったルラルに、リュシスは頷きを見せた。
「およそ、視界の邪魔にはなりそうなくらいね。ーー他には?」
「普通の攻撃だね。爪や嘴だよ。しゃべるみたいに口は動くけど、音は聞こえてこないから」
 爪にはアーマーブレイクが付きまとうのだと付け加えて、ルラルはぴん、と立った。
「このドラゴンを倒して、タイムゲートへの道を切り開こう!」
 希望のグリモアが破壊されてしまえば、この世界は消えてしまう。ただの一欠片も残らずに。
 どうにかする、その方法は分からなくとも可能性の一つがあるのならば、賭けるのは悪くはない。
「だいたい、これしかないのだしね」
 小さく笑って、リュシスはルラルを見る。参加させてちょうだいね、と言って長い時を生きる霊査士の少女に一つ礼を送った。
「やりましょう、私たちの明日の為に」


マスターからのコメントを見る

参加者
殲姫・アリシア(a13284)
桜奏・チェリート(a16606)
此岸の・シス(a20449)
華紬の伶・ミンリーシャン(a22811)
茨姫・アルフィレア(a28203)
紅薔薇の翔剣士・ベアリクス(a29524)
砂漠の民〜風砂に煌く蒼星の刃・デューン(a34979)
宵藍・リュー(a36901)
水の戯れ・ティーゼ(a50335)
青雪の狂花・ローザマリア(a60096)
生命の謳い手・ラテル(a61596)
ワンワン尻尾の武道家・シルヴィア(a73331)
獣哭の弦音・シバ(a74900)
イエローテイル・マサラ(a77196)
三元八力の掌・ハイル(a77468)
灰痕・ロウ(a78885)
NPC:庭園の守護者・ハシュエル(a90154)



<リプレイ>

●黒猫さまと素敵な仲間たち
 花の町ディス。通りに咲く白い花々は、ほんのりとした甘い香りをもって季節を伝え、淡雪に似た花びらを散らす。ディスの冬は白い花と共に始まり、黒猫のシルクハットに甘い香りがついた頃、短な雪の期間を迎える。おっちょこちょいの栗鼠は沢山の木の実を抱え、姉妹の蝶は町の灯りにひっそりと姿を隠す。建ち並ぶ工房には、双子の羊たちの洋裁店の看板があった。
『双子の羊の洋裁店。ふっかふかのマフラーにあったかコートはいかがですか?』
 可愛らしい看板には、そう幼い文字が書かれている。下の方には絵が2つ。双子の羊がわたわたと毛糸を運んでいるのが見えた。黒猫さまは、今日は双子の手伝いなのか。ステッキを片手に、毛玉の入った籠を運んでいる像があった。
 昔来たこともあったけれど、と殲姫・アリシア(a13284)は思い出すように目を細めた。変わっていなくて何処か安心する。「ねこさん?」と繋いだ手をぐいぐい、と引っ張った子供が声を上げたのにアリシアは笑みを見せた。そう、黒猫さま。シルクハットに燕尾服の黒猫の彫像を見つけてアリシアは笑みを見せた。3歳の子供と、0歳の子はさすがに腕の中にかかえて獣哭の弦音・シバ(a74900)とアリシアは町を歩いていた。子供たちほどではないが、ぐるりと辺りを見てシバはほう、と息をついた。子供を連れてくるにはうってつけの場所という程度の認識しかなかったが、この童話の世界を再現したような街の雰囲気が夢と優しさに溢れているような気がする。知らず、シバの口元は笑みを作っていた。いい大人の自分まで、と小さく笑う。それでも、あの小さな家や、物語を辿るように毛糸の転がった店先も、妙に暖かい。浮かんだ笑みは、幼子を挟んだ向こう、アリシアの目にも映っていたのか、濡羽色の瞳に笑みを滲ませた彼女は「此処に来たらほっと温かな気分になるのはシバが思う理由と同じかもね」とそっと笑った。
 通りを歩いていけば、白の貴婦人の名を持つ菓子が売られている。子供達の列に混じって、栗鼠や金色狐が姿を見せる。ついつい、と手をひいた我が子の視線を辿れば、黒猫の尻尾が見え隠れしている。今日は羊たちの手伝いをしている所為か、尻尾には毛糸がからまっていた。
「どんな子がいいかな、黒猫さまの新しい仲間は?」
 えっと、と考える子供の横顔を見ながら、アリシアも一緒に考える。黒猫がいて、リスがいて蝶がいてーーそこまで考えた所で、子供と手を繋いだ向こうで笑うような声がした。
「誰かさんみたいな、意地っ張りで引っ込み思案な黒鴉とかどうだろうか?」
「うっ……誰かさんて誰よ……」
 そう返しながら、自分の事だろうか、とちょっとばかし自覚もしてアリシアは凹む。ふ、と笑うようなシバの声が耳に届く。花の町に吹く風は、冬であっても優しく、物語の羊たちのようにマフラーを扱う店主たちが、ひら、ひらりと手を振る。蝶々姉妹が転がった毛玉を追うようにその羽をひらひらとさせている絵が、アリシアたちの目に入る。嬉しそうに笑った子供たちの声がそれに重なった。
 街の像や、絵を眺めながら巡っていれば黒猫さまの新しい仲間は黒噤みの他にも沢山生まれそうだった。子供やアリシアの話を聞きながら、街を楽しんでいたシバはふっとアリシアは物を書くのが好きだったな、と思い出した。紡ぎ、綴るのであれば思う所もあるのだろうかと彼女を見やれば、青の瞳はまっすぐ、この街を見ていた。
「……」
 本当に、この街は変わっていない。様相は違えてもーー今日は毛糸や毛玉がたくさんあるーー変わってはいない。ほっと、胸に宿る思いは安堵に似て、吐いた息が白く染まる。私はもっと色んな所を見てまわりたいと思う。その場所を、美しさをちゃんと後生にに伝え残したい。
(「だから多分私は本を書く」)
 ついつい、と手を引いてくるこの子も、腕の中の子供もいつかは大きくなる。そうしたら、家族旅行もいいかもしれない。そう呟いてシバを見れば、飴色の瞳に穏やかな色を乗せた彼は、少し驚いたような顔をした。小さな変化ではあったが、アリシアにそれが見て取れれば、ややあって、少し先の未来に思いを馳せていたのだシバは言葉を紡いだ。考えていた事は同じだったのかもしれないとアリシアは思う。
「色々な場所に。……シバ、一緒に行こう」
 そうっと紡いだ言葉は賑やかな町中で互いにだけ届く。子供が大きくなったら、もっと様々なところを見て回るのも良いかもしれないな、とそう思っていたシバは愛しい彼女と子供たちを見た。
 思えば、こういうところは変わらないのかもしれない。久しぶりに訪れた街は、懐かしい気持ちをチェリートに抱かせる。石畳をなぞるように歩き、見つけた猫の足跡を辿るように視線を上げれば、見覚えのある背中が目に見えた。
「フォルテぱぱ」
 声を掛けながら、ぱたぱたぱたと駆け寄っていけば、くるりと振り返ったフォルテが笑うのが見えた。飛び付き方はちょっとおとなしく、ぱふん、と抱きつけばくつくつと笑う声が耳元で響く。綺麗になったなぁ、と髪を撫でる感触は変わらず、ここ10年ほどで髪を少し伸ばしたフォルテがぽんぽん、と桜奏・チェリート(a16606)の頭を撫でた。
「元気にしてたか?」
「はいです」
 旅をしたり、小さな仕事をしたり。変わらずのんびりと過ごしていたのだと言えば、フォルテは一つ笑い似たようなものだと告げる。酒場に出ることもあれば、請われて菓子を作ることもあるのだと密やかに笑った。
「この町も久しぶりです」
 通りを抜け、双子の羊の洋裁店を正面に見るところにその喫茶店はあった。アヒル3兄弟のカフェテリアには沢山のお客がいる。その中に混じって席を取ると、チェリートとフォルテは物語の新しい登場人物について考えていた。あわてん坊のリスがいて、蝶々姉妹に、双子の羊。桜のマカロンをつまみながら、チェリートは買ってきた猫の編みぐるみをちょこちょこ、と動かした。カフェ・コレットの横をすり抜け、とん、と立った黒猫。
「わたしたちみたいに同窓会に集まってくる子達、ではどうでしょう? そして毎年一つずつ、マフラーやコートを買って帰るのですよ」

 困ったこまった、とリスが言っていた時のことです。リスさんリスさん、と声がかかります。なんのことかと思ったリスが顔を上げると、そこには久しぶりに現れた白い狐の姿がありました。金色の狐さんも、狸さんも一緒です。

「みんなは同窓会に集まったのです……か。いいな、理由もあって……ってぇ言い方はおかしいか。まぁでも、いいな集まってくる光景は、癒されそうだ」
 ふかふかの服を買って帰るのならば、冬でも心配ないだろう。そう言ってカフェコレットを飲むフォルテに、チェリートは一つ笑みを作ると、編みぐるみの手でフォルテの指と握手をした。
「ぱぱにも何か買っちゃいましょう。5年くらいで全身ぽかぽか装備が揃いますよ♪」
 きゅ、と握った指が笑うように揺れる。空いた指でそっと、握りかえされた握手は「ありがたいな」という声と重なる。笑うようにして、フォルテはだったら。とあの日、初めて会った時よりも随分と大きくなった娘を見た。成長ーー身長が伸びたとか、歳を重ねたという事は確かにあるのだが、こうして会ってみて分かることもある。変わったもの、変わらないもの。変化の中にある成長をふいに感じるのは、自分も歳を重ねた所為か。
「お前さんの分もちゃんと揃えんとな。全身ぽっかぽかだ」
 ひとまずはマフラーにでもしておくか? とフォルテは笑う。猫のマフラーはさすがに可愛すぎるだろうかと思いながら。
 賑やかな町の中を行けば、冒険者の姿も見ることが出来た。会話の端々に聞く『生命の書』。その言葉に灰痕・ロウ(a78885)は静かに瞳を細めた。今を生きられればいいし、長く生きても何かをしたいとは思わないから、使うつもりなど無かった。それだけ生に執着が無いのかもしれない。通りを抜けてゆけば、見覚えのある金髪を見つける。義母の姿を思い浮かべれば、彼には長く生きて欲しいとも思った。義母の指に光る指輪はそういうことなのだろうと、そっと思う。彼にあって、何を言うつもりでもなく、石畳を飛び越える。かこん、と一つした音と一緒に「言えるほどの資格は、僕にはきっと無いから」と呟きを落とした。責任がどうのなんて、と。
 それでも僅かに興味があったのは、同じエルフである庭園の守護者・ハシュエル(a90154)だった。町を歩いていけば、散策でもしていたのか、風に靡くヴェールを抑えたハシュエルの背が見える。声を掛ければ、遊びに来ていたの? と笑みが見えた。興味があるのだと一つ紡げば、赤い瞳は問うような色をする。
「僕と同じ道を選んでいるはずのキミの歌声は、時折街で耳にしてたよ」
 目をぱちくりとさせる様は、年嵩であるようには思えない。首を傾げる様子もないままに、先を促す空気にロウは告げた。
「キミは何がしたいのかな」
「なに?」
 問いかけの答えは険を孕む。細められた瞳は静かに色を変え、ヴェールを抑えていた手がするりと降りる。その様を見ながら、ロウは続けた。
「歌うことが好きだから声が枯れるまで歌い続けるの? 僕にはキミがこの街で、自分を主張しているように聞こえるんだけど」
 次の問いかけに、答えは無い。ただまっすぐ、視線だけが向けられている。
「何かを伝えるために? それは誰かに伝わっているのかな……?」
 最後の問いかけへの答えは、たとえば。という低く紡がれる言葉だった。たとえば、そうだったとして。そう、ハシュエルは紡ぐ。
「自分を主張しているのだとして、そうだとしたら、ロウさんはどう思う?」
 機嫌が悪い、のではない。ただまっすぐ、真剣な眼差しをした後にハシュエルはそっと目を伏せた。昔、冒険者になる前はあったよ。と言って顔を上げた。
「何か……決まった想いを伝えたくて歌っているんじゃないよ。ただ、歌うのが好きで、そうして過ごしてるだけ。歌い手だからね、声が枯れるまで歌うなんてことはしないよ」
 もうそんなに子供じゃないからね、とハシュエルは口元に笑みを浮かべる。選んだ道ーー生命の書の使用を問うならば同じであったのかもしれないのだけれど、少し違うんじゃないのかな。と言った。
「たぶん、選んだ理由なんて人それぞれ違うからそうなのだろうけれど」
 はたはたとヴェールが揺れる。「そんな風に聞こえているものなんだね」と言ったハシュエルは、町を楽しんで。と通りの奥へ消えた。話を聞けてよかったと、小さな声だけを残して。
 ころころころ、と毛玉が転がっていく。それを追いかけるように水の戯れ・ティーゼ(a50335)は通りに視線を向けた。町は新しい仲間を考える旅人たちと、双子の手伝いをする動物たちで溢れていた。今日だけは山の王者の狼も、黒猫さまのライバルの犬も町の手伝いにやってくる。花の町には、白い花で作られた花冠がいくつも飾られていた。
「ビーもこういう可愛いの、好きだったな」
 編みぐるみを片手に、そんな事を呟いた少年の姿が目にとまる。はたはたと靡くターバンは、子供たちには物珍しいらしい。どうせだったら散歩ついでに甘いものでも食べるか、と言うフォルテに此岸の・シス(a20449)は笑みを見せた。今では、黒猫さまのクッキーやーー今日は双子羊の、蒸しパンのあるらしい。甘い香りが漂う中、黒猫さまの像を追いかけては笑う子供達を見れば、ふっと心も和む。町中を抜けていけば、見覚えのある黒髪を見つけた。
「ハシュエルさん」
「あ、ティーゼさん」
 賑やかな町中でも、届いた声は運も良かったのか。ちょうど空いた通りを抜けて、ティーゼはハシュエルの傍まで歩いていった。いつも通りに微笑んで、町を楽しんでいるかという言葉に笑みを返す。少し見てまわったところで、姿を見たのだと。
「少しだけ、聞いてみたい事があるんです。生命の書を使わないって決めたのは……何故かなって。答えられなくても、いいんです。無理に聞こうとは思ってなかった……ですから」
 ただ、それが『知りたい』という意味であったとしたら不老不死を望んだ自分と似ているのかもしれない。そう、ティーゼはそっと口を開いた。ハシュエルは赤い瞳を瞬かせ、知りたい。という言葉をなぞる。
「今だけを知っていればいいと思う事と、長い年月の先にある今を知ってみたいと思う事。それが違うってだけ、で……」
 風が吹く。靡く髪をおさえることなく、まっすぐにハシュエルを見れば、薄く口を開いた彼はゆっくりと言葉を作った。少しだけ、違うかもしれないけれど、と。
「知りたい、とは思ったんだ。年を重ねて、限りある命を生きていく事によって見るーー見定めることができるものを、感じることができるものを。ティーゼさんが、僕の歌を、子供たちに聞かせたいって言ってくれたのも、凄く嬉しかったし。この想いは……今の僕だから、ちゃんと感じる事が出来たように思える」
 この歳になってようやく見ることができたものもある。それが不老不死になったら駄目だ、というわけではないのだろうけれど。あまりその状態の自分に自信はない。ある意味では、今を、自分の手の届く範囲で知りたいと思う範囲を知りたいという意味ではあるのかもしれない。長い年月の先にある今、ではなく。ハシュエルはそう言った。浮かべた笑みだけは穏やかに、町を駆け抜けていく風に、長く伸びた髪を押さえることもないままに。話す声と歌う声は、少しだけ違っていて。ティーゼは彼の話に、頷くことも首を振ることもしないまま口を開く。
「色々な事が知りたいって、ハシュエルさんは思いませんか? 孤児院の子達もハシュエルさんの歌が好きって。わたしの歌声に、貴方を見てるような……」
 ハシュエルが目を見開く。その瞳に映ったのは驚きから嬉しさに変わり、そして安堵を描く。そう、だね。とティーゼの耳に届いたのは、考えるようなハシュエルの声だった。ありがとう、と囁くような声をひとつ置いて。
「いつか、その子達とも会ってみたいな」 
 町は変わらず賑やかで、沢山の黒猫さまに仮装した子供たちもいる。今日だけは、早めに灯をともして、双子の羊たちの為に甘いお菓子も沢山お店が出ていた。くぅっと背を伸ばしたイエローテイル・マサラ(a77196)は、カレー色の耳をぱたぱた、と揺らす。2015年の折、他の人が楽しそうに生命の書を飲んでいるのを見て、つられて飲んで以来成長はさっぱり止まってしまっている。それに、気がついたのも街のとある職人がぽすりと手を打って「お変わり在りませんね」と笑みを見せた時だった。変わってない。変わってない。よくよく考えればそうかもしれない。
「そーいえば成長してないなぁ〜ん?」
 身長はこのあたりのままだった。こてり、と首を傾げて、それでもそれっきり。細かい事は気にせずに「お元気でよかったです」と微笑む店主によかったなぁ〜ん、とマサラは笑みを見せた。細かい事は気にしない。だから成長できないということは、たぶんまだ彼女には内緒の話。
 久しぶりに会ったハシュエルと、黒猫さまの物語に出てくる新しい仲間について考えていると、マサラは新作だというクッキーを受け取りながら思いついたように言った。
「双子の羊さんの手伝いにカレー色のノソリンを加えて欲しいなぁ〜ん」
「カレー色のノソリン、か」
「ランドアースには絶対居ない色だからより、お伽噺っぽくて良いと思うのなぁ〜ん」
 花の町に淡く白い花だけが咲く頃、小柄な黄色いノソリンが荷車を牽いてやってきました。材料の羊毛に負けない純白のふわふわ羽をいっぱい乗せたノソリン車。荷車の御者は黒猫さまです。
 黒猫さまは、雪除けに小粋な傘を差しておりました。冬の夜長を照らす黄薔薇色のランタンが、荷車のヘッドライトです。
 羊の家に着いた黄色ノソは自分が着ているコートを羊に見せて
『あたしは、あったか羽毛のもふもふコートを作るなぁ〜ん』
 と言いました。

「……こんなお話しはどうかなぁ〜ん?」
「素敵だね。うん、ノソリンって黒猫さまの仲間にいなかったし、羽毛のもふもふコートも、なんだかすっごい暖かそう」
 手袋にマフラー、コートも揃えば花の町に訪れる冬もきっと辛くはないだろう。どうせだったら、とマサラは編みぐるみの店を覗く。話を聞いていたらしい店主はにこ、と笑みを浮かべた。
 ふわ、ふわとコートが揺れている。黄色のノソリンが作った純白のもふもふコートを着た黒猫さまの編みぐるみが、マサラの腕の中で上機嫌に揺れていた。
 物語に出てくる仲間たちは、きっとそれを考える人の数だけ増えていくのだろう。仲間が沢山いれば、冬の寒さもきっとなんてことはない。
「黒猫さまの物語……」
 なぞるようにそう言ってティーゼはそっと、カフェの椅子に腰を下ろした。ハシュエルをモチーフにしたような登場人物はどうだろうか? 
「歌を歌う、鳥のように……高く空へ、響くその声で。花の町ディスに、一足早く春の訪れを告げる、幸せの鳥が歌う歌を……」
 いつか大人になる子供達へ、寂しい大人にならないように。沢山の愛や希望や祈りを込めて。彼の鳥は歌う。
 声が聞こえた。相変わらずこうして一度出てきてしまえば歩き回るのも嫌いではないのか、揺れる髪を見つけた時に、知らずベアリクスの口元は笑みを浮かべていた。フォルテ、と背に声をかければ、よう。と変わらない声が聞こえた。
「えぇ」
 見上げる人は、歳を重ねている。今において、生命の書を使用してはいない彼は、ヒトとしての命や義務を果たした後に、その命の在り方を歪めてまで、自然の摂理に反するような行動を望んでいるようには思えなかった。あの、書について2人で話題にするような事は今の所無かった。ただ、迷っているという空気だけは届き、その理由をーー考えてしまう。
 とりとめの無い事を二言、三言と話し、傍らの人を見る。見送るのはーー誰かを送るのは何も初めてではない。それは経験として紅薔薇の翔剣士・ベアリクス(a29524)の中に残り、その残響が握りしめた手の中に残る。
『永遠の生を共にしてほしい』
 その言葉は簡単に口にできることでは無かった。戸惑いだけが残りーーそれでも、奥にある願いは変えられなかった。フォルテにも不老不死を望んで欲しい、と言うその想いは。
「なぁ」
「何? フォルテ」
「変化を、どう思う」
 言葉は唐突だった。話の流れはそんなところに来る予定など無かっただろうに、問いかける声だけは変わらぬ調子だった。それが、例えば食事当番についての話でないことくらい、ベアリクスにもよく分かる。問いかける唇を追えば、さっき知り合いにあってな。とフォルテは煙草も持っていないのに指先で辿るように動かす。指は空を掴み、ふ、と吐いた息がベアリクスの耳に届いた。
「迷うくらいなら、使えと言われてな。生きるに飽きたら、永い時を生きる者を見守る気が失せたら、精神の老いが死を招くだろう、と」
 なぞるように言葉を紡いで、フォルテは口許で笑う。それまではフォルテの大切な人達を見守って欲しい、と言われたのだと彼は言った。
「それでも正直、迷っている。……俺は、そうして死んでいくのだとうと何処かで思っていたからな。こんな日が来るとは、思わなかったからな」
 鳶色の瞳は、迷うより困惑を滲ませていた。生命の書ーーその存在自体、正直びっくりしてしょうがない、と笑う顔は少しだけ霊査士の顔を見せる。ベアリクスは、ふ、と顔を上げた。
「フォルテはフォルテの人生を歩んでほしい、そこに必ず私は居るから……」
「そう、だろうな」
 フォルテは小さく紡ぐ。するりと伸びた手が触れたのは、あの日贈られた指輪。声から滲む迷いに、ベアリクスはそっと告げた。
「貴方は一人で生きているわけではないのよ。私がそうであるように、ね」
 誰かと関わって、関わり合って生きている。ふ、と笑う声が聞こえた。そうだなぁ、とさっきより随分と軽くなった声が耳に届く。気がつけば、ついと手は引かれ、距離が近づいている。
「悩んだのは事実、迷ったのも事実だ。思うところも、正直ある。けどまぁ……、見てみるのも悪くはねぇと思うんだ」
 ベアリクス、とフォルテは言った。繋がれた手に、少しだけ力が入る。
「この先、肩越しに見える未来を、お前と紡ぎたい」
 あの日、ホワイトガーデンで貰った言葉をなぞる。繋いだ手の先、少しの驚きが伝わる中フォルテは笑みを浮かべた。
 楽しげな街の空気は、通りを横に入っても変わらない。黒猫さまの姿や、仲間の鳥たち。ちょこん、と座った小さな女の子の像が見える場所には子供たちの姿もある。
「ハシュエル」
 名を呼ばれて振り返れば、いつもよりその黒い瞳の色を深めた人が立っていた。常ならぬ気配は、纏う空気から僅かに意味が知れる。編みぐるみを手に、子供と話をしていたハシュエルは、ひらと手を振って通りを歩いてきた。
「デューンさん」
 いらっしゃい、とも楽しんでいる? とも聞かなかったのは、彼なりに考える所があったのか。賑やかな町中で、嘗て贈った服がひらひらと揺れる。
「白睡蓮……俺が贈った衣装、いつも着ててくれたな」
「お気に入りだから」
 そう言って笑うハシュエルに、永い年月の中着古しても新しいのを贈るつもりでいた、と砂漠の民〜風砂に煌く蒼星の刃・デューン(a34979)は言った。
「俺は俺自身のまま、ずっと生き続ける」
「……うん」
「俺より先に死んで欲しくない。その歌と声を聞かせて欲しい」
 そう紡げば、頷きは続いては来なかった。それでも瞳は真っ直ぐ、こちらを向いていた。新しい世代は俺の過去を伝え聞いたとしても、その目で見てはいないだろう。そう言って、口を閉じた彼を見る。
「共に戦ったハシュエルの代わりには成りえない」
「デューンさん……」
 動揺するように、赤い瞳が揺れる。泳いだ瞳は街の石畳をなぞり、袖の中で手が握られたのかあの日贈った服が揺れる。待って、と声が揺れた。弱々しい声は先を言わないで欲しい、と子供の我が儘のように揺れる。それでもそのままに、デューンは静かに告げた。
「そう思う俺の存在は、ハシュエルの老死を止める理由には不足か?」
「……っ」
 生命の書。その話を初めて聞いた時、正直な感想は「胡散臭いな」だった。結論としての不老を得る事が出来る。街角にその話題が広まり、真実だと経験者を見るようになれば「へぇ、そんなものがあるんだ」という感想に行き着いた。自分には、まったく関係の無いことだと思ったからだ。エルフとして、重ねてゆく年月以外に生きる生き方など、関係が無いのだ、と。20になってお酒を飲むことができるようになって、30を迎えてようやく「お子様」と言われないようになって、重ねた歳と日を、変化が嬉しかった。
「僕は……、このまま生きていくんだと思っていたんだ」
 だからまさか、自分にその話を向けられるとは思わなかった。
 貴方は1人で生きているのではない、言われた言葉が思い浮かぶ。沢山聞いた話の中、揺れて、悩んで。そして多分、今が一番考えている。揺れて揺れて、選ぶのは怖い。誰かを理由にしてしまうのは嫌いだ。それでも貰った言葉は嬉しいと思う。西方プーか領を目指した時の事も、依頼の事も覚えている。その目で見ていない、という言葉の意味は分かる。
「僕は……」
 みっともない、子供みたいな顔をしているのだろうと思う。いつか遠い未来、戦いになった時は、と紡ぐデューンを見る。どう考えても防御なんて無視したとしか思えない作戦に口を挟めば、何か言うよりも先に「援護してくれる事を、戦いの光景を見て歌を作ってくれる事を信じているから」と言葉が届く。
 冬の風が不意に止めば、風見鶏ならぬ風見猫がくるくると回って止まる。手に持つランタンの影は家の屋根にちょこん、と乗り、そこに森からきた雲雀が姿を見せる。鳥の鳴き声が響き、止む頃にハシュエルは幾分か低い声で言った。瞳はまっすぐに、揺れもせず。
「貴方の、デューンさんより先に死なないっていうのはたぶん、確約できない」
「ハシュエル」
「けど」
 けれど、とハシュエルは言った。きつく拳を握りしめて、ゆっくりとその手を開いて、息を吸う。
「その……防御無視で、がら空きで……どう考えても重傷が見えてる背中は、援護するよ」
 口の端を上げて、少しだけ皮肉っぽく作った笑みは失敗した。ふ、と息を吐くようにしてからハシュエルは笑う。もしも、僕が誰かを理由にするような事があったら、一発殴ってね。そう言った声が耳に届く。遠回しに響いた言葉の意味にデューンはひき結んでいた口を開いた。

 その日、花の町は大忙しでした。黒猫の話を聞いた蝶々姉妹はその綺麗な鱗粉で、沢山の灯を灯しました。困ったこまった、とリスが言っていた時のことです。リスさんリスさん、と声がかかります。なんのことかと思ったリスが顔を上げると、そこには久しぶりに現れた白い狐の姿がありました。金色の狐さんも、狸さんも一緒です。狐たちは同窓会に集まっていたのです。これで沢山の仲間たちが、街に訪れました。ぱたぱたと、羽を大きく広げた黒噤みも街の灯りの上にちょこん、と座ります。黒鶫は歌うように言いました。
「あそこに、黄色い灯が見えるよ」
 よく見れば、それは純白のふわふわ羽をのせた荷車でした。小柄な黄色のノソリンがその荷車をえいしょ、えいしょと引いています。荷車の御者に黒猫の姿を見つけたリスはびっくりしました。
「黒猫さん黒猫さん、いったいどこに行っていたのですか?」
「リス君。それはね、この仕立屋さんを迎えに行っていたのだよ」
 仕立て屋さんって何かしら、と蝶々姉妹は言います。黄色のノソリンはよいしょ、と荷車を引いて双子の羊の家までやってきました。羊はふわふわの羽に驚きました。
「これは何だろう? 兄さん」
「……ふむ」
 驚く双子の羊に、黄色のノソリンは自分の着ているコートを見せて言いました。
「あたしは、あったかい羽毛のもふもふコートを作るなぁ〜ん」
「コートだって兄さん」
「もふもふのコートか……ふむ、これならマフラーと手袋だけでも、雪に耐えられよう」
 双子の羊の兄さんは、かちゃりと眼鏡をあげます。弟はそれなら僕はセーターを作ろうと言いました。これで花の町に雪が降っても大丈夫です。
「みなで力を合わせれば、冬支度もできるものさ」
 黒猫はそう言って、くるん、とステッキを回しました。今日だけは燕尾服にマフラーを巻いて、ころころ転がる毛糸を追いかけないようにしながら。

●風に舞い、踊りしは
 生まれ変わったフラウウインド大陸は、濃い緑に包まれていた。見上げる程に大きなその山には、りりり、と歌う鳥たちがいる。尾羽の長い彼らは木々の間を縫うように飛び、その先を追うように視線を上げれば雲のようにふわふわとしたものが見える。空の雲と違うのは、その背にあるのが常緑の葉で、緑陰に姿を見せる「花」であるということだろう。甘い香りに誘われるように、蝶が姿を見せる。長く続く道を上りきってしまえば、正面になだらかな道を見つけロウは息をついた。重ねた年月は自然と身に降り注ぎ、傷む膝に息をついた。歪んだ視界と、よろけた体にはいっそ何も言うな、とも思う。
「リュシスは若いからいいけど、まったく」
 浮かべた苦笑いは、事実体の痛みと一緒に苦さを伝える。まぁ、とそう言って、手を差し出してきたリュシスは、確かに変わらぬ姿のままロウの手を取った。
「素敵な歳の取り方でもあるわ。……でも、そうね。長い上り坂はよくないわ。お手をどうぞ。女性がエスコートをするのも悪くはないでしょう?」
 それとも、フワリンの方がよろしいかしら? と彼女は笑みを浮かべた。来てくれた事が、嬉しいものなのよ。とグローブを外した手が誘う。
 いち早く、頂上へとたどり着いたワンワン尻尾の武道家・シルヴィア(a73331)はくぅっと背を伸ばした。見渡す限り、白い花が咲いている。
「綺麗なお花だよ♪」
 ふわふわと、白いその花は確かに話に聞いていたように見目は綿に似ている。実りの季節を迎えた果実のようにまあるく形をつくり、時折吹く風に揺れ、細い枝から飛び立っていく。少し立っているだけで、辺り一面、白い花と甘い香りで包まれた。一輪、というには大きすぎる花が、ふわ、と落ちてきたのにシルヴィアは手を伸ばす。柔らかな花びらは、薄い上質な衣に似て手触りのよさがあった。
「おぉ。ホントに絹の様なさわり心地なんだよう」
 指の腹に伝わってくる感触は、花のようで、花ではない。何より菓子のように甘い香りが、シルヴィアの鼻先で踊る。不思議でしょう? と横から声をかけていたリュシスが笑みを見せる。同じように拾い上げた花を、撫でるのが見える。
「このお花の名前だけど。そうだなぁ『シルクシュガーフラワー』とかどうかなぁ?」
 手触りのシルクと、砂糖のように甘い香りがする花。砂糖菓子の花よりも柔らかくて、ふわふわと踊る。見上げる程に大きな木には、まだ沢山の花が咲いていた。この木の下で眠ったら最高だろうなぁ、と思う。
「……ちょっとだけ、ちょっとだけなら良いよね?」
 木の幹に手をついて、誘われるように木を見上げれば足元の柔らかな草が「いいよ」とばかりに揺れる。起きたらきっと、素敵な香りがすると思うわ。と微笑んだリュシスは、あとで感想を教えてね。と言って姿を消す。どきどきとしながら、シルヴィアは木の幹に背を預け、思い切って柔らかな草の上に寝転んだ。
 見えたのは咲き誇る白い花にーー深く生い茂った緑。気ままに放浪する日々の中でも、こんな景色は珍しい。生命の謳い手・ラテル(a61596)は心を奪われたかのように、立ちつくしていた。珍しい花の噂を聞きつけて、此処に来た甲斐はあった。初めて見る花の、風に舞う姿のーーその、美しさ。薄く開いた唇は言葉を作れないままに吐息に代わり、二度、三度と弱く吹いた風に、踊る花がふわりと近くに舞い降りた。その甘い香りに、花より団子、の心が疼いた。
「早速味見を!」
 花の中心には食べる事が出来る、甘い花びらがあるのだという。ふわふわと舞う花びらを捉えるように、伸ばした手が空を切る。左が無理なら右か、あぁもう両手で捕まえればいいのか。とん、と舞い踊る花を追いかけるように地面を蹴れば、濃いグレーの尾が揺れる。先の白は、お目当てのものを探す間はゆらゆらと揺れる。とん、とまた地面を蹴れば、その姿は蝶を追ってはしゃぐわんこのようだった。
 思わずはしゃいでしまうのは、1人ではなかった。ふわふわと舞う花が視界に入ると同時に華紬の伶・ミンリーシャン(a22811)は、最後の上り坂を軽やかに駆け上がっていく。
「わぁ〜っ♪」
 母さん、と後ろから呼ぶ声と、ミンリーと呼ぶ声が重なる。お父さん、お母さんは? そう言って、袖を引いてきた娘に三元八力の掌・ハイル(a77468)は笑みを浮かべた。
「俺たちも追いかけよう!」
 走り出せば、舞う花びらが頬に触れる。ふわふわと、綿のように軽い花は駆ける体の横をすり抜け、子供たちの頭上で踊る。追いついてきた家族に気がついて、ミンリーシャンが振り返ればふわふわと、甘い香りが濃い緑の中にあった。
「ハイル、ルファ、メイ〜、とっても甘くて良い香りがする!」
 指先で追うように手を伸ばせば、ふわっと花が舞い上がる。遠ざかってしまった花に「あ」と声を漏らせば、同じように娘がとん、とジャンプして手を伸ばす。それでもやっぱり届かないまま、逃げ出した花を追うように手を伸ばしたのはルファの方だった。つかまえるよ、と言う声はお兄ちゃんそのものだ。子供たちの成長に笑みを浮かべ、ハイルも花に手を伸ばす。
「あ……」
 どうも、捕まえるのは難しい。
 持ってきたお弁当を広げる為に、柔らかな草の上に腰を下ろせばあちらこちらに降りてきた花を見つけることができた。甘い香りに包まれながら、ミンリーシャンの作ってきたお弁当を家族で食べる。魅了の歌で囁けば、ふわりと瑠璃色の羽を持つ鳥が姿を見せた。りりり、と歌う小鳥に、子供たちが目をきらきら、とさせていた。
 この地にはまだ名前が無いのだという話を思い出して、とても美しい場所でまるで妖精さん達が住んでそうです、とミンリーシャンは思いついた名前を口にする。ふわ、と笑みを零した娘の前で、ハイルはルファをつれて丘の上を駆け回っていた。
「ほら、こっちだ!」
 童心に返ったかのように息子と一緒に花を追いかける。ミンリーと娘にあきられるくらいはしゃぎたいと思った心のままに駆けてゆけば、走り回る息子の髪がぴょんぴょんと揺れる。賑やかな花見に、姿を見せるような動物はいなかったから、舞い降りてくる空中の花をどちらが捕獲できるか、競争することにした。
「息子には絶対まけない!」
 フラウウインドの空は、眩しいほどに晴れ渡っていた。風は濃い緑と花の甘い香りを混ぜ、宵藍・リュー(a36901)はふ、と笑みを零す。舞い踊る花びらの中、奥に潜む小さな花びらが食べるというのも珍しい。お茶会の準備を進めるリュシスの背を見ながら、触れた花弁は柔らかかった。
 テーブルは無く、柔らかな草の上に布を敷いて、紅茶とちょっとしたお菓子。ジャムの瓶がいくつも並んだお茶会は、ささやかだが賑やかなものになる。花を追いかけていたラテルも加わり、吟遊詩人家業を続けているのだという彼は、気ままな放浪と短い定住を繰り返す生活をしているのだと、カップを傾けた。定住する時は、歌や楽器を教えたりしているのだと言えば、リュシスは楽しそうに微笑んだ。紡がれた街の名に覚えがあったのか、ハシュエルが笑みを見せる。フォラーノ、と名を紡いだ彼にラテルも頷く。真新しい衣装に袖を通したハシュエルは、変わらぬ様子でデューンから楽譜を受け取り、紅茶を一口飲んだ所で考えるように眉を寄せる。それも楽しげだからいいのだろう、と霊査士は持ってきたケーキを茶会に添える。随分と沢山になったわ、と微笑んだリュシスは、今はまだ名もない花を置く。ちょっと呼んできたい人がいるの、と席を外した彼女を見送り、リューが視線を巡らせれば、また一組、長い上り坂を終えて、なだらかなこの地にやってきた冒険者の姿があった。
 吹く風に身を任せれば、甘い香りと心地よい温度に眠りに誘われそうだった。子供たちも成長し、孫やひ孫に恵まれて、長く暮らすシバの身は39で止まっている。傍らには、35歳でその歳を止めたアリシアの姿ーー妻の姿があった。柔らかな髪が風に揺れ、舞う花びらを青の瞳が追う。その姿を見ながら、シバは歴史改変で生まれた己というものを思う。ソルレオンという、自らの存在。改変で紛い物の魂と言える自分にも、長い時間を生きている内に何かを残していく喜びを得ることが出来たーー今はそう思う。
「……」
 甘い香りを肺一杯に吸い込んで、アリシアは長い上り坂を越えてきた体をくっと、伸ばした。汗をかくことはなかったが、良い運動ではあったと思う。35で止まった体は、さすがにこれくらいのことで、肩で息をするような事は無かった。
 結婚をして、子供が生まれて。その中で、何となく幸せってこんな感じの事なのかとアリシアは思った。大好きな人達が守った世界はきっとこういう幸せだったのかな、と。胸に強く残る思いは、そうして「ずっとこの世界をみていたい」という想いになった。そしてアリシアが自分の時を止めた。それが35の頃だった。思えばそれからもいろいろな事があった。基本的には、シバと一緒に色んな場所に行き、アリシアは本を書き残し、シバはその手伝いをする。偶に冒険者としての力が必要なら、手を貸したり。通りに変な植物が出たとか、大きな鳥が屋根の枝をもっていって、巣作りしちゃって大変です、とか。
 ふわふわと綿毛のように花が舞う中で、シバとアリシアは見晴らしの良い場所に席を取った。柔らかな白の花が作った影は、ほんのりと温かい。隣り合って座り、眺めるのは生まれ変わったフラウウインド。ただそれだけで胸の中がほんのりと温かい。分かっている。これは、彼女と共に在れる幸せだ。
 傍らの体温が、温かい。舞い踊る花は、話にあったように綿毛のように浮き上がり、ふわふわと手に降りてくれば心地よい肌触りがする。フラウウインド大陸は変わった。生まれ変わった。きっと自分も何処か生まれ変わる事が出来たから、こうして時を止めた侭で居られるのだろう、とアリシアは思った。「私はね」そう、小さく口を開けば、優しい色をした飴色の瞳がアリシアの目に映る。柔らかな髪、金色にも似た瞳。
「シバと出会えてなかったらこの時代迄生きてなかったと思う。ずっと幸せって何か探していたのだと思う」
 肩が触れる。少しだけ見上げるようにして、アリシアは言った。
「傍に居てくれて、有難うね」
 アリシアから紡がれた幸せの言葉が、嬉しい。感慨深い歓びが体に広がり、シバはその思いを噛みしめるように言った。
「……そうか」
 言葉は短く。そうとしか応えられないけれども、彼女にも伝わってくれれば嬉しい。ふわふわと舞う花が、アリシアの膝に一つおりてきた。
「美味しい?」
 物珍しげに花弁を見た後に、口に入れたリューにリュシスはそう言った。小さく首を傾げた彼女に、砂糖菓子に似てるな。と素直に言えばふわりと笑みが返される。よかった、と。別に、味見をさせたわけじゃないのよ、と言う彼女は好き嫌いだってあるでしょう? と小さく紡いだ。花は、素朴な甘さと花の香りが一緒に味となって届く。フラウウインド大陸が新しく生まれ変わり、こうして来る事が出来た。あれからずいぶん月日が経ったものだ、とリューは思った。さすがに100年も経つと見知った顔も少なくなる。
「そうね……」
 ふ、と目を伏せ僅かに思うのはリュシスにもまた見知った者との別れがあったのかもしれない。「一つだけ大きく変わった事もあるな」と紡げば、青い瞳を瞬かせた彼女はなぁに? と幾分柔らかな声で問う。半分くらい、答えの分かった事なのだろう。舞う花びらに手を伸ばし、捕まえ損ねた甘い香りを指先にリューは微笑んだ。
「もっと大きくなったらリュシスとまた3人で訪れてみたいものだな。まだここに連れてくるには少し心もとないから」
「そうね。まだちょっと……歩き回るのもね」
 生まれた子供は、まだ長旅にも山登りにも向きはしないだろう。目をぱちくりとさせたまま、出掛ける父親と母親を見送った。聞き分けが良いのか、それとも久しぶりのよく晴れた日に誘われてお昼寝を選んだのか。リュシスの小さく笑う声がリューの耳に届いた。
「次に来る時は「家族」でだな」
「……えぇ」
 賑やかな子供たちを見れば、思い出すのは幼子の事で。笑みを浮かべたリューに、リュシスもそっと微笑んだ。あの子に沢山のものを見せてあげたいの、と。
 お茶会の話題が、花の名前へとなれば「フラウフラワ」や「薄桃重」「甘重」、そして「シルクシュガーフラワー」と沢山の名前が出てくる。白い花にもほんの少しだけ色合いの違うものがあるから、2つほどあっても良いんじゃないかしら? とリュシスは考えるように眉を寄せる。真新しい地図に、どんな名前が書かれたのか、この地がなんと呼ばれるのか。それをまた見るのに集まるのも悪くないのではないかしら、とエンジェルは静かに微笑んだ。花の舞うこの場所で。

●1日の花を摘む
 流れた時は、重なりそして3009年という時を紡いだ時、長く冒険者たちが戦ってきた世界は物語に語られるようになり、詩人達は冒険譚を好んだ。フラウウインド大陸には妖精の丘という場所があり、シルクシュガーフラワーが咲いているのだという。その中で、一際甘い香りを放つものを薄桃重と呼び、砂糖菓子ほどに甘いと詩人たちは歌う。
 重ねた年月の中、眠りについた者も多くいる中で、出会いと別れは繰り返され、優しい春の日にホワイトガーデンを訪れていたミンリーシャンとハイルは、2人きりの結婚式をあげたあの場所を訪れていた。
 大きくなった子供たちにミンリーシャンは微笑んだ。残っていた大樹に安堵の息をつけば、とてとてと歩いてきた娘が大樹に触れる。ここで?と問う声にミンリーシャンは頷いた。長く伸びた髪がさわさわと風に揺れる。白の細身のリボンはヴェールに似て、懐かしさにハイルは目を細めた。
「朝日がとっても綺麗で……お父さんこの時に私を担いで……」
 思い出すようにそう言うミンリーシャンに、ハイルは「ねぇミンリー」と大樹に手をつく。
「ハイル?」
「登ってみようか」
「え?」
 きょとん、とするミンリーシャンを抱き上げればあの時と同じように驚いた声が耳に届く。お母さん、お父さん? と首を傾げる娘に、息子の方は慣れたものなのか。あとで追いかけよう、と妹宥める声が耳に届く。
「ハ、ハイル」
「と……、このあたりかな」
 頬を染めるミンリーシャンに、あの時と変わらぬ景色だとーー世界が見えるとハイルは囁いた。
 ありがとう、と知っている限りで一番優しく、ハイルは紡いだ。今までの感謝と、これからの永遠の未来への誓いを込めて。あの時と、同じように指輪を見せてと囁いた。
 目をぱちくりさせたミンリーシャンが、は、と思い出して、頬を染めたまま差し出してくれた手をそっと取って、その白い指先に用意していた指輪を嵌めた。美しいエメラルドの飾られた花冠のような指輪をそっと嵌める。重ねづけができるそれは、あの時ーー2人だけの結婚式と同じもの。
 大樹に背を預けて、枝に腰を下ろして。彼女と出会い、ここまで1000余年仲睦まじく子供にも恵まれ、幸せな人生を共に歩んで来れた事に、感謝を紡ぐ。生命の書を使うべきはどうか迷ったけど、とハイルが紡げばミンリーシャンは顔を上げた。心配そうな彼女に緩く首を振って、ハイルは微笑んだ。あの時より短い髪が揺れる。
「今となっては使った事に後悔はないとはっきり言えるよ」
 いままでありがとう、そしてこれからもよろしくね。そう言って、ハイルはミンリーシャンに唇にキスをした。

 季節が夏へと近づけば、流麗なる都・ピッシュブルゲには夏菓子選手権がやってくる。選手権といっても、変わらずテーマが決められ、ゼリーやらプリンやら、街はお菓子で溢れかえる。湖に浮くその街の中央には、かつて街を救ってくれたという冒険者たちを象った菓子がある。街を訪れた詩人たちはこぞってその歌をうたい、当時ーー1000年ほど前にピッシュブルゲの当主についたという女当主の名と共に物語をつむぐ。
 彼らは、街と街の誇りと、大切なお菓子たちを守ってくれたのだ、と。
「やっぱり、今日も忙しいなぁー……」
 くぅっと背を伸ばして、シルヴィアは今日も賑やかなピッシュブルゲの町並みを見る。此処は、大通から少しだけ奥に入った通りだ。大昔、この街に依頼で訪れていた彼女は、今はその街でこっそり、小さなお菓子の店を経営している。嘗て関わったお嬢様の子孫たちは、彼女に似て相変わらずいろんなことを思いつく。
 冒険者という事は、シルヴィアは隠している。大した活躍もしなかったし、偉い立場でも無いから。という彼女に似たクッキーも、このピッシュブルゲには売られている。ほんの少しデフォルメして、かわいく小さな形で売られているクッキーは、なんだかくすぐったい。
 昼を少し前に、シルヴィアは冷たい飲物で喉を潤していた。昼の時間を過ぎれば、まだ忙しくなる。今年は夏にも美味しいケーキ、がテーマのお祭りが行われるのだという。
「どうしようかなぁ……、今度は」
 お菓子作りは新作とかを考えるのは結構大変だ。それでも美味しそうに自分のケーキを食べる人の顔を見ると嬉しくなる。美味しかったです、とかありがとう。とか。二日ほど前には、レイミアの子孫である少女が、幼なじみと一緒にお屋敷を抜け出して遊びにも来た。
『だって、お姉さんのお店で、こうやって買って食べるのが一番美味しいのですから』
 おいしくて、あまくて幸せですもの。と笑う姿に、シルヴィアもなんだか嬉しくなる。
 く、と冷たい飲物を飲み干せば、店先にお客の姿が見えていた。
「いらっしゃいませー」
 何にしますか? とシルヴィアが聞けば、あ、あの。とお客の2人は言葉を詰まらせた。小さく、首を傾げたシルヴィアに、2人は勇気を振り絞るかのようにして言った。
「冒険者の、方ですか? あの、ピッシュブルゲに来たっていう……この!」
 ぴしっと、2人が見せたのは例のクッキーだった。見覚えのある仲間たちのシルエットが、なんかちょっと眩しい。いろんな意味で。はは、と笑ったシルヴィアは2人をひらひらと招いて、内緒だよ、と頷いて言い添えた。正体をばらさないで欲しい、と言えば2人はぱぁっと顔を耀かせた後にぶんぶん、と頷いた。そこにある意味に、気がついてのことだろう。
「あの……ぼ、冒険ってするんですか?」
「ん? 偶に冒険をするよ? 遠出って嘘ついてだけど」
 へぇ、そうなんだ。と2人は目を輝かせる。楽しそうな客人たちを前に、シルヴィアは息をついて笑った。あと、その、ケーキの話も聞いてきたんですという2人の手には「ピッシュブルゲおすすめシリーズ」と大きくかかれたポスターがあった。

 暑い夏から、秋へと向かう頃に夕焼けが綺麗な時間がある。青空っていうのも悪くはないのだと、久しぶりに酒場に姿を見せていたフォルテについてきていたベアリクスは、真っ白なカップを置いた。流れた年月を変わらぬまま、互いに過ごした。
「私のせいで辛い思いを、してはいない……?」
 指を絡めて瞳を見つめれば、フォルテはゆるゆると首を振った。お前の所為なんてことは何ひとつないさ、とそう言って。
「それに、よーく思い出してみろ。俺が選んだことだ。辛い事はねぇってわけじゃねぇが……、まぁ墓参りもできる身だ」
 それより、とフォルテは絡められた指を空いた手で握り返す。
「俺はお前が、その辛い思いをしてないかの方が心配だ」
 ドリアッドだろうが何だろうが、心痛はあるだろう? 体に悪いから吐き出してしまえ、というフォルテにベアリクスはゆるりと首を振った。
「私なら大丈夫だから」
「なら、いいんだがな……」
 微笑んだベアリクスに、フォルテはふ、と息をついて笑った。
 秋の通り道は少し冷える。外に出るなら巻いていけよ、とフォルテから渡されたのは真っ白なマフラーだった。調べ物があるから、と通りへと向かった彼は寒くないのか。悩むように一つ息をつけば「やぁ」と懐かしい声と一緒に、その姿が目に入る。
「アル姉」
「久しいな。……数百年ぶりかね?」
 分厚い本を何冊も抱えた茨姫・アルフィレア(a28203)は、黒髪を靡かせて開いた扉にするり、と入り込んだ。隣は開いているかい? と言い添えて、テーブルに本を置いていく。不老不死となり、世界各地を、書物とうまい酒を求めて放浪しているのだと、唇にのせれば、ベアリクスは一つ息をつくのが見えた。
「相変わらず、元気そうねぇ」
 離れていた年月を数えるのはやや時間をかけて、数百年という言葉に僅かに眉を寄せるのを見たところで、アルフィレアはくすくすと笑った。
「細かい時間は忘れてね。……私も年かな」
「やぁねぇ……」
 僅かに苦笑いを浮かべたベアリクスに、アルフィレアは笑みをたたえた。時間はたっぷり有る、と唇が孤を描き、酒場の固い椅子に背を預けた。
「話は尽きないつもりだが……どうかね? いっぱい」
「あら」
 ふわ、と笑みを浮かべるベアリクスに笑みを一つ紡いで返せば、また1人酒場に現れた人の姿が見える。靡く金色の髪を見つけ、アルフィレアはその瞳がこちらを向くのを待って、グラスを傾けた。
「其処のお嬢さんもどうかね?」
「嗜む程度には……」
 夕日のようなロゼは、歓喜の年のワインだ。飲み口は軽く、この時間にも決して悪くはないのだと、アルフィレアの上機嫌な声が響く。笹尾割れるままに席についたティーゼは、2人の話を聞きながらワイングラスを傾けていた。ふいに、ベアリクスが問う。
「旦那とはどうなの?」
 浮かべられた笑みと言葉の意味に目をぱちくりとさせる。頬が染まり、言葉の意味を知れば紡ぐ言葉も幾分か柔らかくなる。
「……何年経っても仲良しだけど」
 それは良い事だと、アルフィレアが笑う。笑みを浮かべたベアリクスも頷き、ティーゼは赤く染まった頬をそっと抑えた。
 山間の地には、秋よりも足早に冬がやってくる。覚えのある道を抜け、あの頃よりは広くなった通りと村を抜けて、デューンはあの館の前に来ていた。今も深き森にある、白百合の館。さわさわと吹く風に誘われるままに顔を上げれば、矢を番えた青年の姿が目に映る。似ては、いた。番えた矢、黒の長衣。だが、その髪に咲く一輪の花が、彼がエーリヒではないことを示していた。
「……貴方は、冒険者の方ですよね?」
 沈黙の果てに、先に口を開いたのはドリアッドの弓士の青年だった。すみません、と柔らかな調子で告げ、木から飛び降りる。何故そう思ったのかと聞けば、何れ訪れる人もいるだろうから、と師匠が告げたからと彼は笑みを見せた。
「師匠……?」
「僕に、弓と、物語を教えてくれた人です。……物語については、自分で集めて考えろって言ってましたけど。……此処は、師匠が最後の最後まで守ってた場所だから、こうやって偶に見回りしてるんです」
 秋から冬へと、移り変わろうとする寒村に吹く風は冷たい。季節最後の花が咲き、甘い香りは一瞬だけ、風に残って消えていく。
 風は、木々を揺らしては高く響く。季節が冬に近づけば、息も白く染まることだろう。見覚えのある礼拝堂を見上げた、リュシスはそう、とその戸を叩いた。依頼より、訪れるのは久しぶりだった。
「ローザマリア」
 人が訪ねてくるのは、珍しい。嘗て依頼で訪れた湖のほとりにある礼拝堂を修復して定住していた青雪の狂花・ローザマリア(a60096)は、訪れた人を出迎えるように戸を開いた。リュシス、と名を呼べば久しぶりに姿を見せた彼女は焼きたてのクッキーと一緒に姿を見せていた。
 この地に定住してから、随分と経つ。裏庭には、あの時、依頼で討伐したモンスターを偲ぶ簡素な墓碑が3つ。少し離れた所には青みがかった石で作られた墓碑があった。『Justus』と刻まれた文字は苔生すこともなく、そこにある。墓碑の周りを囲むように、色とりどりの薔薇の庭園が、今の礼拝堂にはあった。礼拝堂の中にあった居住スペースで、1人寝起きしては奉ずる神と裏庭に眠る御霊に祈りを捧げて過ごす。修道女の出で立ちは彼女の目には珍しく映ったのか、それでもよく似合うわ、と囁いた。背の羽を服の中に隠して生活しているのは変わらずだった。
「この場所が、時と共に朽ちて行く事に、耐えられなくて、ね。だからこうして、時折手を入れては在りし日の姿を留め様としているの」
 アッサムとマカロンでティータイムにすれば、話も弾む。それとなく紡ぐ言葉は、この地に咲く花に繋がる。ローザマリアの言葉に、そう、とリュシスは言って頷いた。確かに、変わらない。今のこの礼拝堂は、人々が多く訪れていたこの地の姿をしているのだろう。花が咲き、祈りを捧げる人がいる。建物も主を失えば緩やかな死を迎えるという。その意味では彼女もまた、この礼拝堂の主であり、この地の命なのかもしれない。そう思い、リュシスは静かに首を振った。とりとめもない、ただの思いつきだ。今はただ、少しこうして話をしているのがいい。
 お茶会は夕刻を迎える時に終わり、湖面に映る夕焼けと共に2人は別れを告げた。庭園で育てていた薔薇の花束を渡し、ローザマリアは言った。
「また会いましょう。いつかまた、きっとーー」
「えぇ。また」
 会いましょう、とリュシスは言った。微笑みよりも真剣な眼差しで。嘗て共に戦場をかけた彼女へ、今は祈りを捧げる彼女へ。日々の幸いを込めた言葉を、最後に一つ添えて。
 冬も深まれば、再び花の町には白い花の咲く季節がやってくる。黒猫さまの話に、黄色いノソリンが登場するかどうか確かめに、マサラはカレー色のノソリンがいったいどうなっているのか、ちゃんと確かめたかったのだ。
「あ! 黄色ノソなぁ〜ん!」
 花の町ディスの入り口には、新しい仲間たちで出来た可愛い絵が石畳に描かれていた。
 ふっかふかコートを作る黄色いノソリンは、山で風をひいた狐の元にコートを届けにいきます。ふっかふかのコートのおかげで、狐はすぐに元気になりました。けれどその次の日のことです。今度は黄色いノソリンが風邪をひいてしまいました。頑張って森までいって、みんなにコートを届けてくれたからです。狐たちは黒猫に相談して、体に良さそうなものを沢山探しました。
 その時の物語が、石畳に描かれている。
 冬の頃には花の町には沢山の動物たちが、同窓会にやってくる。家々には、街の飾り付けをする黒噤みや、黄色いノソリンと一緒にもふもふコートを運ぶ狐の家族の姿が見える。黄色いノソリンは、その荷車でいろんな人と一緒にいろんなものを運んでいる。街角には、小さな荷車と黄色いノソリン。そしてそのノソリンが作ったコートを着た、黒猫さまの像があった。
 本格的な冬が訪れれば、息も白く染まる。慣れた道を歩き、ラテルは寒さに首を服の中に知縮めながらフォラーノへと辿り着く。
 この地を初めて踏んだのは、依頼の折だった。気高き冬を成功させるために、冒険者の力を借りたい。ーーそれは、ある楽譜を取り返して欲しいという依頼と共に、演奏会で演奏する者に指導をして欲しいとの依頼でもあった。
 この祭りに初めて関わった時のことは、いまだに記憶に新しい。この依頼のお陰で、人に音楽を教える楽しみを見つけた。音楽をやっていたとはいえ、楽士ほどではないのだという彼らと、楽士である事に誇りを持っているある楽団員たち。何度も何度も練習して、時に厳しいことを言ったり、言い返されたりしてーーそして、その日を迎えた。
 ぼろぼろになるまで泣いて、抱き合って喜んだ彼らのことをラテルは覚えている。フォラーノの冬祭り。間に合う限りは、毎回、祭りの準備段階からラテルはこの街に訪れていた。今回も頑張って最前列の席を取った。コンサートの舞台を見上げ、船頭達のうたい文句を耳に聞く。

 さぁさぁ皆様耳を澄まして。
 お聞き下さいフォラーノの気高き冬を。
 このしんと冷えた空気さえ、踊らせる数多の音色を。
 楽器達は雄弁な語り部。
 降り注ぐ雪は可憐な踊り子とかわりましょう!

 わぁ、と声が上がり、気がつけば雪が降ってきていた。降る雪よりも、旋律を追いかけてラテルは舞台を見た。
「歌はね、常に進化し続けながらも永久不変なんだよ」
 小さくそう紡いで、始める演奏へと耳を傾ける。彼の子孫は、彼とよく似た生真面目な表情で、一心不乱に綺麗な音を響かせている。ふいに、1音、ひっかかる。
「ふふっ、間違える箇所も同じなんだもんなぁ……」
 席の脇には、用意しておいた大きな花束がある。これを渡したら、彼の子孫はどんな顔を見せてくれるだろう。ラテルはふ、と笑みを浮かべた。今はただ、懐かしくも美しいこの綺麗な音色に身を任せながら。

●去りし時よりの訪問者ーーもしくは招かれざる客の所行
 久方ぶりの戦場は、それでも体に馴染む。妙なものね、と一つ笑いリュシスは剣を振り抜き刀身に指を添える。両翼をはためかせたドラゴンの姿は近い。ーー双頭のドラゴンは既にその姿を、滴る黒い油の様だった。黒き炎の奥、その瞳を爛々と輝かせる。
 その姿を正面に、アルフィレアは邪竜導士の炎を纏う。鎧聖降臨をベアリクスへと紡ぎ、傍らのティーゼへと向けた。ドラゴンは、今にも襲いかかってきそうだった。早口にかけることができるものでもないか、と息をつき黒い革手袋を纏う手で靡く髪を抑えた。
「やれやれ。復讐とはご大層な事だ」
 双頭のドラゴンの、叫ぶ言葉は言葉として届かない。それでも肌をなぞるこの感覚は、明確な敵意であり、殺意であった。叩きつけられるそれに静かに笑い、アルフィレアは顔を上げた。
「さて、行くとするかね。『明日』のために」
「そうね……『明日』の為に」
 ベアリクスは抜き払った剣で、真っ直ぐに先を見据えた。黒い炎が散るように、ドラゴンがやってくる。迫る風、唸り声を耳に一気に飛び上がった。
「……2人とも、後ろは任せるわ」
 ティーゼは静かに頷き弓を番える。駆け抜けるベアリクスが、舞い上がった翼の一撃を肩口に受けながら、叩き込んだ一撃が闇を散らす。再び振り上げられるよりも先に、番えた矢を放てばライトニングアローがまっすぐにドラゴンを射抜いた。済んだ水の音に似た、旋律を残した弦を、ティーゼは再び引き絞る。
「死して尚、絶望を纏う……復讐の心算でしょうか」
 吐き出された毒の息が、戦場を濁らせる。僅かに眉を寄せ、重くなる体に唇を噛めば、医術士の祈りが届く。解除された毒に気がついたかーーそれとも外敵を悟ったのか、顔を上げるドラゴンを見据え、ティーゼは再び矢を構えた。
「解除したけれど……、あれはあれでやっかいね」
「そうだな」
 リュシスの言葉に、リューは頷いた。傍らの彼女ーー面差しがチェリートに似ている少女は、初めて会った時の彼女より少しばかり大きく、髪を靡かせている。戸惑いを浮かべたのは一瞬、ご先祖かもしれない方の名前で呼んでください、と言った彼女にリューは頷いた。それならば、チェリート、と。
「戦いが終わったら、改めてご挨拶しますね。後でゆっくりお話できますよう」
「そうだな。……それにしても知らないはずなのにどこか懐かしいな。俺の知っているものと面差しがよく似てる気がする。気のせいかもしれんが」
 さて、昔語りは後だ。と紡ぐ人は、知っているはずもないのになぜか親しみを感じていた。呼びだした護りの天使たちが消え、チェリートは再び周りに声をかける。
「纏めて施します」
「頼む」
 まずは毒を持つほうを先に、とリューは言って自分やチェリート、リュシスに鎧聖降臨を施す。
 空を蹴り上げ、気がついたドラゴンが近づいてくれば針が届く距離になる。鎧聖降臨はさすがに全てかけているだけの余裕はないか、指先で紡いだ紋章が光を帯びる。大きく開いたドラゴンの口ーー毒を抱く方を見据えれば、それよりも先に針が吹き出されてきた。突き刺さる針に身を翻し、詰められる距離に防御の構えをとれば、駆け抜けてくる狂戦士の姿があった。
 血の覚醒と共に戦場を駆け抜け、一気に距離を詰めたローザマリアは、二振りの剣をドラゴンへと叩きつける。グランスティードの能力を得た彼女の素早さに、ドラゴンの爪は空を切る。闇雲に、震った体が闇を吹き散らす。ぶんぶん、と振り回した頭が、その嘴がローザマリアの腕を捕らえ、穿つ。
「ーー」
 痛みは届けど、怪我の程度は軽い。吹き出した血さえ切り裂くように、彼女は刃を振るう。駆け抜ける姿を、既に相手とすることを諦めたのか、それとも後衛へと狙いを定めたのか。ドラゴンはその翼を一度大きく羽ばたかせ、滑空した。大きく飛び上がった後、滑空は後衛へと向かう。吐き出された毒の息が戦場を包み、その一瞬の隙を狙うかのように、翼が術者たちを狙う。戦場には、圧倒的に後衛が多かった。
 それでも、何ひとつ希望が無いわけでも、勝機が無いわけでもない。かたかたと、動くだけのドラゴンの嘴が何を紡いでいるのかなど分からず、それでもその瞳が侮蔑を滲ませれば笑いかえしてやるだけの心意気はあった。吐き出される針の雨の間を駆け抜け、まっすぐにデューンは動きを一度止めたドラゴンの懐へと向かった。あの日、告げたように回避もせずに、防御もまるで無視で。
「本当にやるんだから……っ」
 その後ろで、ハシュエルが紋章を紡ぐ。毒の息のお陰で荒い息に舌をうち、上げた毒を吐くドラゴンの頭を狙ってエンブレムノヴァを叩き込む。同時に叩き込まれたデューンのミラージュアタックに、ゆらりと体を揺らしたドラゴンの懐へと、シルヴィアは駆けた。爆砕拳での様子見は終えた、ならば今叩き込むのはーー渾身の、蹴り。
「邪魔するなぁっ!道を明けろォォォォッ!!」
 この世界は沢山の行動で成り立っている。それを、シルヴィアは知っていた。
「その人達の遣ってきた事を無駄にしてたまるかぁっ!」
 行かなければいけない。あの場所へ、タイムゲートへの道を開きに。チェリートの凱歌が響き渡り、毒が消え失せる。互いにかけられる声は、久方ぶりの戦場であっても変わらない。飛び上がる翼を狙い、ベアリクスはその剣を振り下ろす。刃は滑るように何度となくドラゴンの翼を切り裂き、大きく、身を捩った巨大に叩き潰されるよりも先に舞い上がる。さわさわと、靡く髪を押さえることなく、彼女は剣を構え直す。追うようにはためいたドラゴンに降り注いだのは紋章の白き雨。静かに笑うアルフィレアの傍で、ティーゼは引き絞った弓を放った。矢はドラゴンの纏う闇さえ切り裂く光をもって、貫く。
「……不要なモノは消す迄です」
 悲鳴もなく、ドラゴンが身を捩る。大穴を開けた翼は、ドラゴンから素早さを奪い、切り込んでいった前衛たちの刃から逃れなくする。
 刃に身を揺らし、尾を振り回しドラゴンは駆けた。大きく開いた口は無数の針を降り注がせる。その一針さえ身に受ける事もないように、アリシアは武器を構え、駆け上がった。チェリートの凱歌が響く。アリシアの瞳はまっすぐに敵を見据えていた。がちがちと合わさる嘴の音が届く。歌声が届く。煉獄の名を持つ長い銀の杖を振り上げ、描く軌跡と共にアリシアは紋章術士の炎を呼ぶ。
「遠い昔に捨てたと思ったけどこの名をもって力を揮う」
 集まる炎は紋章の結晶。エンブレムノヴァ。滾る獣は唸り、その口を開いた。見つけられた。ーーけれど、降り注ぐ針に肌を切り裂かれるのもそのままに杖を振り上げた。
「絶望を切り裂いてこその殲姫だから」
 叩きつけられたエンブレムノヴァが、双頭の獣を撃つ。戦場に響く怒号は、かのドラゴンのものか。
 リュシスの癒しを紡ぐ声が響き渡った。リューのエンブレムヴァが双頭の一つを、打ち崩した。ごとり、ともげた首が闇を吹き出し、どろどろとした炎が空間を彩る。一瞬、視界の邪魔になっただけだ。腕にかかった闇を払い、ローゼマリアは持てる全ての力を叩き込むかのように、サンダークラッシュを叩き込んだ。
「……永遠に紡がれていく物語は変えさせない……彼方へと去ね……!」
 切り裂くように振り下ろされる爪を避けることなく、デューンは剣を振るう。振り上げられた爪はハシュエルの喚びだした銀狼が捕らえ、一瞬の後に消える。軌道さえずれてしまえば、一撃は掠るだけに終わり、デューンの刃はドラゴンを引き裂く。吐き出される毒の息が無くなれば随分と楽にもなる。回復の必要はなさそうだと、1人頷いた彼女は柔らかな色合いの髪を靡かせ、ドラゴンを見据えて言った。
「わたしの魂は知っています。希望は絶望を打ち倒したその向こうにあると」
 纏う黒炎を敵へ向け、放つ。
「行きましょう、明日に」
 たん、とアリシアは空を蹴り上げる。呼びだした炎は、闇色の炎を焼きつくし、ドラゴンの腹を打つ。体勢を崩した相手に距離を詰め、シルヴィアはその巨体を蹴り上げた。
 気がついたドラゴンが吐き出した針は、かけてもらった護りの天使が、少し貰っていってくれた。間には凱歌も響いている。再び開いたその大口を、制したのはティーゼの弓と、アルフィレアの紋章。ベアリクスは一気に距離を詰め、それにあわせるように、デューン、ローザマリア、シルヴィアが続く。
 癒しを紡ぐ声が満ちれば、傷は痛みの残滓としてだけ残り、この力は道を開く為の鍵となる。
「はぁぁぁぁ!」
 ドラゴンが大きく羽を広げる。誰の声とも分からないーーいや、この戦場にいる多くの冒険者たちの声が、怒号が、重なり合うように響き渡り、ドラゴンに最後の一撃を叩き込んだ。
 紋章の炎は唸り、光の雨は降り注ぎ、吟遊詩人のうたう歌は冒険者たちの体を癒した。ーーそして、刃は引き抜かれる。ドラゴンは、最後の最後、纏う闇も炎も失い黒い肉体となり空間へと落ちていった。
 怪我はあっても、死ぬようなこともなく、重傷になるようなことも無かった。それでも疲労は残り、先に行く路もある。タイムゲートへの道は切り開いた。後はこの先に向かい、見定めなければいけない。明日の為に、未来の為に。冒険者たちは座る事も膝を折ることもないままに、その先を見据えた。


マスター:秋月諒 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:16人
作成日:2009/12/14
得票数:恋愛4  ほのぼの7 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
 
砂漠の民〜風砂に煌く蒼星の刃・デューン(a34979)  2009年12月15日 05時  通報
心情を上手く言葉にできないが、とりあえず

生命の書を使わない、との説明を読んで、頭に血が上った
酒場のテーブルで馬鹿野郎と怒鳴ったのも、今思えばキレていたんだろう
抗って変えられる未来なら、腕づくでも変えたかった

報告書が戻った日、千年後の街角にハシュエルが居た
子孫でも似た別人でもない本人が

生き続ける未来を選んでくれた事に、感謝(深礼)

もしも街角登場が偶然ではないのなら、偉い精霊さんの粋な計らいにも感謝だ