果てなく紡げ、廻る物語



   


<オープニング>


●2019年の世界
 インフィニティマインドが星の世界への旅から帰還して4年が過ぎた。
 世界は相変わらず平和で、冒険者達は変異動物や怪獣と戦ったり、人助けをしたり、旅に出たり、第二の人生を歩み始めたりと、思い思いに暮らしている。
 そんな中、誰かが言った。
 魔石のグリモアとの最終決戦から10年。世界が平和になって10年。
 この節目の年に、久しぶりにみんなで集まるのはどうだろうか。
 互いの近況や思い出話など、話題には事欠かないはずだ。
 さあ、冒険者達の同窓会へ出かけよう!

●フォーナの夜に
 とある街道を逸れ、ノソリンで2日ほど進んだ場所にひとつ、小さな村がある。
 名物は、小ぶりだけれど甘いオレンジ。花野でとれた香り豊かな百花蜜。冬の澄んだ空を飛ぶ渡り鳥。
 そこはたくさんの花に囲まれた名のない村。
 そして今宵は、特別な日だ。

「いらっしゃい。それとも、おかえりなさい、かな?」
 名もない村に住む飛藍の霊査士・リィは嬉しそうに頬を緩め、村入り口で訪れた者を出迎える。
 今宵はフォーナ感謝祭。
 この村では家族も隣人も恋人も旅人も隔てなく、暖炉の前で暖かな食卓を囲む日だ。
 村の周りは冬しか咲かない花が咲き群れ、雪のような白が一面を柔らかく包んでいる。
 村の小さな広場では、祝祭の為のご馳走を持ち寄った宴が催されている。平和な世になって冒険者と出会う機会は少し減ったから、子供たちなど大喜びで飛びついてくるかもしれない。
「俺は冒険者っぽくないって子供達に不評だからね、あはは。――きみが来てくれて嬉しい。小さな村のささやかな祝いの日だけど、どうぞ楽しんでいって」
 人々に混ざって賑々しく過ごすのも、大切な人と静かに語らうも良い。
 懐かしい顔を、あるいはまだ知らぬ顔を見つけることは喜びだ。
 胸を過ぎるのは優しい懐かしさばかりではないとしても――思い出せるということは、それ自体がひとつの幸福なのだから。

●2109年の世界
 世界が平和になってから、100年の時が過ぎた。
 年老いた者もいれば、かつてと変わらない姿を保っている者もいるし、少しだけ年を取った者もいる。中には寿命を迎えた者も少なくない。
 そんなある日、冒険者達にある知らせが届く。
 100年前に行った、フラウウインド大陸のテラフォーミングが完了したというのだ!
 昔とは全く違う姿に生まれ変わったフラウウインドは、誰も立ち入った事の無い未知の場所。
 そうと聞いて、冒険者が黙っていられるはずがない。
 未知の大陸を冒険し、まだ何も書かれていないフラウウインドの地図を完成させよう!

●花降る谷のつむじ風
「えっとね、ルラルのお勧めはここのだんがいぜっぺき! だよ」
 ストライダーの霊査士・ルラルは愛らしい声でそう言った。
「ここはずーっと風が吹いてて、色とりどりのお花や葉っぱが浮いてるみたいに見えるの。でね、特に風が強い日は傘とか持ってると、ヒトの大人でもぽーんと浮いちゃうんだって!」
 それって危険なのでは。
 物言いたげな冒険者達に、ルラルはにっこり笑顔を浮かべる。
「谷底には大きくて、丸くて、もふもふぽよぽよした……クマさん? に似た優しい生き物が住んでるの。落ちてもその子達が受け止めてくれるから大丈夫!」
 ルラル曰く、もふもふさん(仮)は基本的に温厚で人懐こい。彼らの長く密集した毛並みは、谷から落っこちた生き物を優しくキャッチする役目と、日の当たらない谷底に落ちた植物の種を育む役目を持っているらしい。
「でもね、たまに植物の根が毛並みに潜って痒くなる時があるみたい。体に生えてるふわふわの大きな綿毛や、傘みたいなクローバーを引っこ抜いてあげると喜ばれると思うな。それらの植物を使えば風に乗って飛び上がることも出来るし、一石二鳥だよ!」
 色とりどりの花と共に、風と一つになって空を飛ぶ。風を切り、あるいは雲に乗るように飛ぶドラゴンウォリアーの時とはまた違った空中散歩が楽しめるはずだ。

「あ、それからね、テラフォーミングが終わったばかりで谷にはまだ名前がないの。よかったら皆で素敵な名前を考えてあげてほしいな」
 いってらっしゃーい、と手を振るルラルに見送られ、冒険者達はフラウウインドの地へと向かった。

●3009年の世界
 世界は1000年の繁栄を極めていた。
 全てのグリモアを搭載した『世界首都インフィニティマインド』には無敵の冒険者が集い、地上の各地には英雄である冒険者によって幾百の国家が建設された。
 王や領主となって善政を敷いている者もいれば、それを支える為に力を尽くす者もいる。相変わらず世界を巡っている者もいたし、身分を隠して暮らしている者もいて、その暮らしは様々だ。
 1000年の長きを生きた英雄達は、民衆から神のように崇拝される事すらある。
 今、彼らはこの時代で、どのような暮らしを送っているのだろうか?

●とある鳥の視界
 世界が平和になり、長い長い時が過ぎた。
 しかし、今こうして空を飛ぶ鳥は「世界」について何も知らない。彼はたった今、親兄弟に別れを告げて巣立ったばかりなのだ。

 ――さあ、何処へ行こうか。

 鳥は初めて見るものばかりの地上を見つめながら、旅を始めた。
 視界の隅には時折、人間達の姿が見えた。何処に行っても何度も何度もすれ違うので、鳥はとうとう人間たちが気になり始める。
 彼らは何をしているのだろう。どんな風に暮らしているのだろう。何を喜び、何を悲しみ、何を思って生きているのだろう。
 鳥は羽に力を込めて、興味を持った人間の方へ滑る様に近付いていく。

 ――ここで語られるのは、平和な世界のどこかにいる「誰か」の人生の一幕。
 1000年後を生きるあなたやあなたの子孫を見ているのは、鳥かもしれない。猫かもしれない。あるいは仲間達であるかもしれない。
 どうあれ、ここであなた達の成すべきはひとつ。
 自分らしく、冒険者らしく、日々を生きる事。

●数万年後の世界
 永遠に続くかと思われた平和は、唐突に終わりを迎えた。
「あれ、海の向こうが消えた?」
 異変に驚いてインフィニティマインドに集まった冒険者達に、ストライダーの霊査士・ルラルは言った。
「あのね、これは過去で起こった異変のせいなの。過去の世界で……希望のグリモアが破壊されちゃったんだよ!」

 とある冒険者がキマイラになり、同盟諸国への復讐を試みた。
 彼は長い時間をかけて、かつて地獄と呼ばれた場所にある『絶望』の力を取り込むと、宇宙を目指した。
「えっと、これ見てくれる?」
 ルラルは星の世界を旅した時の記録を取り出した。
『2009年12月10日、奇妙な青い光に満ちた空間を発見。後日再訪したその場所で過去の光景を目撃。詳細は不明』
「この記録を利用できるかもって思ったみたいだね。そして、実際にできちゃったの」
 どうやら、この空間は過去に繋がっていたらしい。男はここから過去に向かい、希望のグリモアを破壊してしまったのだ!
「世界が平和になったのは、希望のグリモアがあったからだよね。だから希望のグリモアが無かったら、今の世界は存在しないって事になっちゃう。ルラル達、消えかかってるの!」
 今の世界は、希望のグリモアが存在しなければ有り得なかった。
 だから希望のグリモアが消えた事によって、今の世界も消えて無くなろうとしているのだ。
「これは世界の、ううん、宇宙の危機だよ! だって、みんながいなかったら、宇宙はプラネットブレイカーに破壊されてたはずだもん! だからね、絶対に何とかしなくちゃいけないんだよ!」
 ルラルにも方法は分からないが、事態を解決する鍵は、きっとこの場所にある。
「でも、この空間……えっと、タイムゲートって呼ぼうか。このタイムゲートの周囲には、絶望の影響で出現した敵がいるの。これはね、全部『この宇宙で絶望しながら死んでいった存在』なの」
 彼らが立ちはだかる限り、タイムゲートに近付く事は出来ない。
 彼らを倒し、タイムゲートへの道を切り開くのだ!

●絶望の幻屍
「皆に行ってもらうエリアの敵は……一言でいうと、バラバラになった人間のパーツ、みたいな姿をしてるの」
 ぶるりと小さく震えた後、ルラルは冒険者達に敵の情報を伝える。

 たとえば、膨れ上がりねじれた無数の腕「だけ」が浮かんでいるだとか。
 毒々しい涎を垂れ流す、乱杭歯の並んだ巨大な口が三つくっついているだとか。
 酷いのになると、臓腑の塊をつぎはぎしたとしか思えないようなものまで居る。
 原型を殆ど留めないそれらの異形が抱える絶望は――推し量るしかないが、恐らく「飢え」だ。
 餓えて渇いて苦しみのうちに死んでいった人達の絶望が、最も浅ましく歪んだ形で結実したもの。

 人体を引き裂いて寄せ集めたような異形達は、目にするもの全てに喰らいつき噛み砕こうとする。中には癒しの術を遣う者まで居るようだ。
 ただ幸いなことに全てのパーツは個として独立しており、全部まとめて潰さねば倒せない、というような事はない。ドラゴンウォリアーとなっての戦闘だから、勝機は充分にあるだろう。
「どれが回復を使ってくるのかは分からないけど、そんなに多くはないみたい。回復の他は単純な打撃や引き裂き、締め上げくらいで、異常を齎す力はなし。でもその分すっごく力が強いから、注意してね。――敵は強いけれど、決して勝てない相手じゃない。皆なら、きっとやれるよ」
 信頼を視線に滲ませ、ルラルは「いってらっしゃい!」と笑顔を見せた。


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参加者
幾穣望・イングリド(a03908)
浄火の紋章術師・グレイ(a04597)
降りそそぐ木漏れ日・スタイン(a04948)
倖涙花・イオ(a09181)
巫女みこのな〜すえんじぇる・リリカ(a16179)
山猫・クレイ(a19535)
月詠み賢女・シリア(a23240)
放浪者・アム(a23582)
白鞘・サヤ(a30151)
咲き初めの・ケイカ(a30416)
姫揚羽・ミソラ(a35915)
黒剣・ジスト(a50743)
倖せ空色・ハーシェル(a52972)
白月・ミネルバ(a73698)
朱華・オーム(a74565)
ヒトノソリンの吟遊詩人・ファルネス(a79216)
NPC:飛藍の霊査士・リィ(a90064)



<リプレイ>

●2019年 名のない村
 名の無い村に、今年も祝祭の季節がやって来た。
 村中が雪色の花を編んだ飾りで彩られ、小さな広場からは楽しげな声が聞こえる。
 飾り立てられた村に入ると、あちこちから陽気な歓迎の声が飛んで来た。賑やかな村の光景に目を細める幾穣望・イングリド(a03908)の姿に気付いて、客人達を出迎えていた飛藍の霊査士・リィ(a90064)が嬉しそうな声をあげた。振り向いたイングリドも笑顔で会釈する。
 歳月は互いの上に相応の変化を齎していたけれど、不思議と知己を見間違える事は無かった。お互い不老ではないのだが、実年齢よりずっと若々しいせいもあるのだろう。
「お久しぶりね、リィ」
「うん、本当に久し振り! 遠いのに有難う、大変じゃなかった?」
「ええ。先日冒険者になる時に辿った道を遡って、里帰りしてきましたの。転送は使わずにあちこち寄り道もして、今はその帰り道」
 近況を語り合いながら、リィの案内で宴席の片隅に混ざる。途端に目を輝かせて「おねえちゃん、冒険者さん?」「おはなし聴いてもいい?」と寄ってくる子供たちに、女は霊査士と顔を見合わせた。そしてにこやかに頷いて、星の世界やホワイトガーデンについて語り始める。
「家族を持つのもいいなぁ、って最近思うようになりましたの」
 話が尽きかけた頃、膝の上によじ登って来る女の子を撫でながらイングリドは呟く。
 冒険をしていた頃は我が事に精一杯だった。守るものがあると強くなれるという人もいるけれど、自分は逆に枷にしてしまうのではないかと思えば不安が湧いて、それ故に避けていた面もあったかもしれない。
 穏やかな声音で紡がれる言葉を、リィは意外そうな顔で受けとめた。
「……ちょっと意外。イングリドって、俺から見ると頼れる優しいお姉さん、って感じだったから」
「あら、ふふ。平和になった今もそう思わないではないのよ? でも、踏み出しもせず不安を抱いたままより、飛び込んで実際の困難にあってこそ、その先の幸せや楽しさに出会えるのかなって。……星の世界への旅も、考えが変わるきっかけになったかもしれないわ」
 見上げれば、今も空の向こうに輝く星達の輝きが見える。旅はいつでも多くの試練と苦難を、喜びと驚きを一緒に運んで来た。それを知っているから、怖くてもまずは進んでみようと思う。今まで見つけた輝かしいもの達が背を押してくれるから。
 視線を霊査士に戻し、イングリドは再びこの村を訪れる日を思って問うた。
「実現がいつになるかは判らないけど、いつかのその時は、また遊びに来てもいい?」
 問いかけに、リィは心底嬉しそうに頷いた。
 続いて変わらぬ姿で訪れた降りそそぐ木漏れ日・スタイン(a04948)とも、久方振りの再会を喜び合う。
「久しぶりにリィさんに会おうとしましたらこちらに。お元気でしたか?」
「うん! ずーっとここで村の開拓をしてたから、昔より体力がついたくらい。スタインは?」
「こちらは相変わらず西に東にフラフラとしています。冒険者としてのお仕事はほとんどないですが、まだ見ていない景色や人を見て回りたくて」
 のんびり語り合う合間にも、ドリアッドらしいたおやかな立ち姿が珍しいのか、子供達の視線がちらちらとスタインにも飛んでくる。
 こっちにどうぞと優しい笑顔で手招きし、集まった子供達の為にスタインも物語を語り始めた。
「では、そうですね。昔のお話をしましょうか。――昔々ある所に古いお城がありまして、そこは人形姫の城と呼ばれてました……」
 懐かしく、悲しく、不思議な物語に子供達はじっと聞き入る。
 大好きな友人である倖せ空色・ハーシェル(a52972)を訪ねてきた咲き初めの・ケイカ(a30416)もまた、子供達に話をせがまれていた。冒険者達と再会出来た嬉しさも手伝って、語られるのは楽しい話ばかりになった。時折周りの冒険者が語る思い出に耳を傾け、懐かしさに目を細める。
 ハーシェルの長く伸びた髪に時間の流れを感じながら、ケイカはそっと小声で尋ねた。
「ハーシェルさま、らぶで幸せな毎日をお過ごしでしょか?」
「はいですなぁ〜んっ。ケイカさんはどうですか、なぁ〜ん?」
「えへへ。ボクは勿論、しあわせですよぅ」
 見た目の年は離れてしまったけれど、二人は少女の頃のままの無邪気さで笑い合う。
 きっとこうしてひとは伝えていくのだ。
 優しい思いも、切ない思いも、輝かしい「物語」という名の舟に載せて。

 素朴な宴の光景は何処か懐かしい。
 川が近い為か、長テーブルに並ぶ料理には魚が多かった。供される酒は名物であるオレンジの香りをつけた蒸留酒、百花蜜のミードなどなど――賑やかな食卓を眺めながら、二人分の酒と料理を手に浄火の紋章術師・グレイ(a04597)は広場の片隅へと歩を進める。シンプルな旅装に身を包み、常ならば丁寧に撫で付けている髪を下ろしているのは、恋人である放浪者・アム(a23582)とのささやかな約束があるからだ。
「どうぞ。川魚の香草焼きと山鳥のパイだそうです」
 グレイが差し出した皿を、アムは微笑んで受け取る。そして片手で杯を掲げ、乾杯、と軽くグレイの杯と触れ合わせた。
「我儘に付き合ってくれてありがとね。何となく、他人事の様に感じない場所なの。ここ」
 二人でのんびり食事と酒を楽しみながら、アムは口の端に柔らかな笑みを浮かべる。
 傷ついて荒れ果て、今再びかつての姿を取り戻した地は、全てを失いながらもいつしか代わるものを手にしていた自分に重なって見えた。そこで感謝祭があると聞いたから、どうしても来てみたかったのだ。
「……得たものの代表であるあんたと一緒にね」
 どんな顔をするかしら、と悪戯心を隠して目線を上げれば、穏やかな笑みがあった。
 逆に照れくさくなって彷徨わせた視線の先、見知った顔を見つけてアムは声を上げる。濃暗紅の髪をした男が振り返り、灰青の瞳が知己の顔を見つけて幾度か瞬いた。
「なんだ、君か。奇遇だな、良いフォーナを」
 グラスを片手に変人金持ちのレード・スピアニー氏は軽く会釈する。そのまま歩き去ろうとする彼を、アムは「あの予約、もうじき実現できそうよ」の一言で呼び止めた。ほぅと口の端を吊り上げる男に、連れを紹介するのも忘れない。
「と、その前に。こっちはグレイ、あたしを選んだ物好きな恋人。こっちはレード、最高の絵描きで悪友……?」
「幾らか縁があるのは確かだが、悪友は言いすぎだろう」
 肩をすくめつつ男は杯を傾ける。前半については否定しないらしい。
 アムから一歩下がった位置で見守っていたグレイも、淡く笑みを浮かべて会釈する。
「噂には聞いてますけどね。変わり者の絵描きがいる、と」
 穏やかな言葉に続く沈黙には、静かな決意が宿る。――貴方の絵も、彼女の思い出も一緒に、私は彼女を受け止める。
 胸中で呟いた言葉の気配をどう感じ取ったのか、レードは皮肉屋の顔を崩して苦笑した。
「そんな顔で見るなよ、色男。心配せずとも俺は妻子持ちだ」
 適当な椅子に腰掛け、話を促すレードに頷いてアムは口を開く。
「あの約束から色々なことがあって――」
 順番に、手に入れた幸福の欠片を数え上げる。居心地のいい場所。仲間と呼べる人達。平和の中での穏やかな時間や繋がり。
 何より己の幸せを願ってくれる人が居て、好きだと言ってくれる人が居たこと。傍らのグレイを見つめて微笑み、アムは絵描きにも感謝を向ける。
「待ち侘びながら死ぬのは御免、って一言が凄く嬉しかった。1番の欠片はあんた達2人よ。あたしの宝物ね」
 大袈裟だとでも言いたげに皮肉に笑う絵描きと恋人とを交互に見て、女はふと言葉を途切れさせた。
「……って、そっか、今気付いたわ。あたしと、グレイと、レードの3人での絵を描いてくれない? きっと、それが完成図。だから、宜しく。ね?」
「……おい。君はいいのか」
 即答せずに絵描きはグレイに目をやる。彼が黙って頷くと、男も頷き返した。
「ではラフは此処で仕上げよう。ホラ、並べ並べ」
 二人を篝火の前に座らせて、男は画材を取り出す。暫しラフ作業に没頭した後、レードは「完成したら送ろう」とだけ告げて早々に去っていった。頭の中は既に、新たな題材をどう描くかでいっぱいなのだろう。
 人波がざわめく。賑々しい笑い声や歌声が折り重なる様は、何処か潮騒の音に似ていた。
「アムさん」
 囁くように名を呼べば、愛しい人が見上げてくる。グレイも彼女も永遠の生ではなく、共に老いていく時間を選んだ。残された幸福の時間は掌から零れる砂のように流れ往き、戻ることは二度と無い。
 ――だからこそ。
「時は過ぎ去る。だからこそ、時は輝く。記憶となって、思い出となって、かけがえのない時間となる」
 そう思いませんかと微笑んで、グレイは恋人の髪を撫でる。
「だから、貴女と過ごした時間が、そしてこれからあなたと過ごす時間が、いとおしい。――アムさん、愛していますよ。これまでも、これからも」
「……ありがと。あたしもよ」
 視界が翳るのに気付いて、アムは目を閉じる。
 下ろされた前髪が触れる感触がくすぐったくて、小さな笑い声が零れた。

「ユニさん、お久しぶりです」
 白鞘・サヤ(a30151)と、彼女に付き添う黒剣・ジスト(a50743)に声をかけられて、波打つ豊かな髪を背に流した女――棕櫚煌火君・ユーフィニアは盛大に破顔した。
「おお、久し振りじゃなぁ〜ん! そなたらも息災のようで何よりなのなぁ〜ん」
 成人して顔立ちも体つきもぐんと大人びたものの、あけっぴろげな笑い方は昔と変わっていない。そのまま暫し、三人は各々の近況や思い出話に花を咲かせる。
「私達は相変わらず……ではなく、一つ大きく変わったことがありまして。私達、結婚したんです」
「えと、実はそうなんですにゃ」
 満面の笑みを浮かべるサヤと、少し照れくさそうなジストの笑顔を交互に見て、目をまん丸にしていたユニの表情が次第に変わり始めた。頬と眉を思い切り緩ませて、珍しく高い声できゃあと笑いもした。
「そうじゃったのかなぁ〜ん! 懐かしい顔に会えただけでなく、めでたい話も聞けて妾は幸運じゃなぁ〜ん。どうか末永くお幸せになぁ〜ん」
 ユニの心からの祝福を受け取った後、互いに「良いフォーナを」挨拶を交わして、サヤとジストは村の広場の方へと向かう。
 小さな村ながら、村人の他に旅の楽師達や踊り手も加わって広場は中々賑やかだった。軽やかな舞曲が流れる中、サヤは緩くジストの袖を掴んだ。
「あの頃を思い出して、今日は一緒に踊って頂けませんか?」
 今宵はフォーナ感謝祭。愛しい人と過ごす夜。
「にゃ、懐かしいですにゃー。もちろん、よろこんでですにゃ」
 嬉しそうに頷き、ジストはサヤの手を引いて輪に加わる。新たな客人の登場に、人々から一斉に楽しげな声が上がった。
 賑やかに輪舞が繰り広げられる傍では、芸人や一芸自慢達のショウタイムも始まっている。
「ねえねえお兄ちゃん、次はこれ! これ割って!」
「ん、いいですよ。危ないから、少し離れて下さい」
 旅の途中、消耗品を補充しに立ち寄った山猫・クレイ(a19535)も、子供達に囲まれて楽しく過ごしていた。アビリティを使うまでもなく、基本の演舞を見せるだけできゃあきゃあと嬉しげな声援が飛ぶ。
 冒険者を引退してから、酒場を訪れる機会は格段に少なくなった。この村に冒険者の酒場はないが、酒と料理と笑い声が満ちる景色を眺めていると、どことなくあの懐かしい喧騒を思い出す。
「僕も大きくなったら冒険者になるんだー」
「私も、私も!」
「そうですか。頑張って下さいね」
 楽しげに夢を語る子供達に、クレイは静かに目を細める。すぐ近くでは倖涙花・イオ(a09181)も子供達に囲まれて冒険の物語を聞かせていた。イオの四歳になる子供も、村の子達と一緒になって楽しげにはしゃいでいる。
 イオは我が子の姿に嬉しそうに目を細めながら、朗らかに自身の目で見た「世界」を語って聞かせた。
「その星は建物や地面ぜーんぶが、キラキラした水晶に覆われていて――」
 時々子供達と一緒に宴の料理をつまみ食いしながら、発見したもの達のことを分かりやすく、丁寧に教える。
 星を滅ぼす恐ろしいピルグリムの話。美しい景色を持った星達の話。
 冒険譚にきらきら輝く子供たちの目は、あの頃見ていた星のように綺麗だ。
 あちらこちらで宴が盛り上がる一方、隅の方で打ち沈んでいる様子なのはヒトノソリンの吟遊詩人・ファルネス(a79216)だ。料理を口にしつつも何処か上の空な理由はただ一つ、調査が空振りだったからだ。
 古代ヒト族文明の生き証人であるスイートメロディアならば何か知らないか、と調べにいったはいいが、10年間ずっと殺され続けて意識の無いスイートメロディアと会話などできよう筈もなかった。また意識があったとしても、怨敵である冒険者に役立つ情報を齎す事はないだろう。相手はあくまで、邪悪なドラゴンロードなのだから。
 彼が求める智の頂は、まだまだ遠そうだった。

 白月・ミネルバ(a73698)が調理場を借りても良いか尋ねると、村の女達は満面の笑みで彼女を受け入れた。
 この新しく、小さな村に客人が訪れることは珍しい。住んでいる者の年も若く、宴の為に設けられた調理場も広場に負けず劣らず賑やかだった。
「手際がいいわね、何かのお店でもやってたりする?」
「ええ。10年ほど前から、知人に譲り受けたバーを経営していて……」
 女同士の会話を弾ませつつも手早く肴を作りあげ、ミネルバは夫である朱華・オーム(a74565)の元へ戻る。広場で楽器演奏に加わっていた筈のオームは、いつのまにやら村でも特に幼い子供達に囲まれていた。原因はどうも、彼のつやつやした金の鬣らしい。がっしり彼の首に抱きついて離れない少女などもいて、傍では母親らしき女が大弱りしていた。
「こら、エリィ! お客さんに迷惑かけちゃだめでしょ!」
「構わないよ。こういう悪戯が出来るのも子供のうちだけだから」
 鬣に顔を埋めて満足げな少女を、オームは自分のもふもふした手で優しく撫でてやる。きゃあと嬉しげに笑って更に抱きつく娘に、若い母親は困り笑いの顔で「もう……」と溜息をついた。
 そんな夫の様子に微笑みつつ、ミネルバは手作りの肴と持参したワイン、梨酒などを次々テーブルに並べる。物珍しそうに見ていた村人達だったが、一口食べた後は「洒落た肴だねぇ」「これはどんなお酒なのかしら?」「有難うな、お客人!」と大絶賛だった。
 ――やがて夜は更け、広場に満ちるざわめきは賑やかな笑い声から、密やかにささやき交わす穏やかなものへと変わる。
 子供たちがあらかた家に戻るのを見届けた後、オームとミネルバは連れ立って村の外に広がる花野を訪れた。
「なんだか、10年前のランララを思い出します」
「ああ、私も同じ事を思ってたよ」
 懐かしげに呟く夫の横顔を見ながら、ミネルバはそっと微笑む。
 正直に言うなら、告白した時は怖かった。
 断られるのが怖くて何度も逃げようと思った。
 でも、今はそんな気持ちも懐かしく思える。怖くて不安でたくさん迷ったけれど、踏み出せた。だから今、こんなに多くの幸せを手に入れることができたのだ。
「だから、ありがとう。時間はとても大切、私にとっては有限だけど。だからこそ、最後まで共に在れる事を願います」
 妻の頬に手を伸ばし、オームも笑って頷く。
「あの日は確か夕月を見ながら、二人だけの時間を過ごしたんだっけ」
 確か丁度いい岩に腰掛けて、二人だけの演奏会をしたのだ。懐かしい記憶をなぞるように花野の岩に腰を下ろし、オームは妻の為だけに優しい歌を奏でる。
 見上げれば天上には白い月。
 世界を淡く照らし出す光は静穏で優しく、けれどやがて朝が来ればはかなく薄れてしまうのだろう。
「最後まで穏やかな時間を過ごせるといいな」
 二人一緒にこれからも、幾度も昇る月を見て、幾度も明ける空を見よう。
 寄り添う二つの影を縁取るように、雪色の花がゆれていた。

 宴の片付けを終えた後、ケイカは黒漣の医術士・セレノに「村を囲むお花、見に行きませんか?」と声をかけた。笑み一つで肯定を示した男の姿は、ここ数年全く変わらない。
 手を引かれて花野に足を踏み入れると、さやさやと優しい葉ずれの音が出迎えてくれた。
「白いお花、夜になると一層きれーです……フォーナの夜に、ご一緒に見られて嬉しいのです」
「ああ。私も、君とこうしてのんびり過ごせて嬉しいよ」
 明るすぎる月光が雪色の花の輪郭を、ふわふわとぼやけさせる。
 じっと見つめていると本物の雪野に立っているような、少し寂しい気分になった。ぎゅ、と繋いだ手に力を込めて、ケイカは傍らに立つ人を見上げる。
「……セレノさま、ボクと結婚しませんか?」
 一瞬の後。
 視線の先で男が絶句するのを見て、ケイカは意外そうに目を瞬いた。
 彼が目を見開く顔はこれまでにも見たが、流石に一言も発さないなんて事態はなかったような気がする。
「恋人とか夫婦とか、ご一緒に居られるのならどちらでも良いと思ってましたが、するのならセレノさましか考えられナイですし」
 独り占め宣言は、きっとすごく幸せ。
 いつか彼が口にした望みをなぞりながら、ケイカは晴れやかに笑ってみせる。
「それに、ボクの婚礼衣装姿。見てみたいとおもいませんか?」
「……君はこの10年で、随分と私の扱いが上手くなったねぇ」
 珍しく、漸うそれだけ言えたといった体でセレノが笑い出す。
 彼がここまで動揺するのも珍しい。なんとなくだが、今回は勝った! という気がした。
「君から先に言われてしまっては、ねぇ。……今回ばかりは私の完敗かな」
 冬の海色の目を細めて、男はゆっくりと頷いた。返答に頬を染めながらもケイカは手招きし、セレノに屈むよう頼む。
 なんだい、と呑気に屈んだ所にそっと唇を重ねれば、微かに冷たい花の香りがする。
 冴え冴えと冷ややかで、どこか寂しい、彼が好きな香りだ。
「見たい事は確かなのだが、困ったな。他人に見せたくないとも思うのだよ」
 低い笑いが耳に届いたと思った瞬間、抱き上げられる。頬に、耳に、瞼に、唇に、首筋に、冷えた唇が触れて離れる。
 答えるように返す拙かった口付けは少しだけ慣れて、それでもケイカの胸に生まれる幸福なときめきはいつまでも新鮮だ。心身の成長は止まっても毎日違う気持ちが生まれて、毎日緩やかな変化を感じている。
 こんな幸せな変化を感じているのが自分だけではないのだとしたら、それはなんて幸せなことだろう。
「私の傍に居てくれるかい、ケイカ。……君が私だけの君でいてくれるのなら、何を差し出すことも厭わない。愛しているよ。君を。君だけを」
 低く掠れた声に同じ言葉で返す。少し触れただけでは冷たい薄い唇が、本当はとても熱いことを彼女だけが知っている。
 恋しいとは、愛しいとは、きっとこういう気持ちを言うのだ。
「これからも隣で、見ていて下さると嬉しいのですよぅ」
 もう一度そっと唇を重ね、囁く娘を男は大切そうに抱きしめた。

「花咲くこの場所、リィさんにぴったりですなぁ〜ん」
 手を繋いで花野を歩きながら、ハーシェルはにこにこ笑う。
 リィは気恥ずかしそうに笑って、そうかな、と首を傾けた。
「フォーナの日にしっかり一緒にいられるのって、もしかして今日が初めてかもですね、なぁ〜んっ」
「うん、そうだね。その……俺、恋人、なのに殆ど何も出来なくて、ごめんね」
 悲しそうに零すリィの顔にハーシェルは少しだけ考えて、繋いだ手にもう片方の手も添えた。凍えないように繋いだ手なのに、片手だとハーシェルの手はリィの手にすっぽり収まってしまう。
「あのね、わたしに1番幸せをくれるのはリィさんって知ってますなぁ〜ん??」
 ぐっと手を握る力を強め、ハーシェルはリィを見上げた。
 真摯な表情と言葉に声を詰まらせ、霊査士はハーシェルを見つめ返す。彼が物凄く照れていることは、月明かりの下でもよくわかった。
「俺も、ハーシェルといる時が一番幸せでほっとする。……おんなじだね」
 ハーシェルを真似て、リィももう片方の手を伸ばす。互いに互いの手を包みあうような形になって、二人は顔を見合わせて笑った。
 笑いながら段々と彼女の顔が赤くなっていくのに、リィはまだ気付かない。
「遊びに来るたびに言おうと思ってましたがっ、なぁ〜ん」
「うん? なあに?」
「この場所でわたしも、いっ、一緒に住んでいいでしょうかなぁ〜んっ」
 次の瞬間、霊査士は声も出ないほどうろたえた。
 ぱくぱく口を開閉させた後、大きく息を吐く。更によろめきながらハーシェルの肩に頭を預け、それでもまだ固まっている。
 彼の呼吸が落ち着くのを待ってから、ハーシェルは再び口を開いた。
「通うの好きだけど、毎日一緒にいられたらもっとうれしいなぁと……もらった分、んん、それ以上のしあわせをお約束しますなぁ〜んっ」
「……ごめん、ちょっと、まって。死にそう」
「ひいっ、わたしはしたないですかなぁ〜んっ!?」
 本気で死にそうなほど赤い顔のリィにつられて、ハーシェルも思わず顔を覆う。暫く無言で照れと戦った後、リィが辛うじて先に口を開いた。
「や、大丈夫……多分俺の方がはしたないっていうか、あああああうわああああ何言ってるんだ俺もう死ぬといいよ!」
「わわわ、大丈夫ですかなぁ〜ん!? い、医術士さん呼びますかなぁ〜ん?」
「いやそれだけは!」
 医術士というフレーズで落ち着いたらしいリィは、息を整えた後で少しだけ迷うように沈黙した。
「ハーシェルは……生命の書、使うの?」
 僅かの間を置いて問いかける声には、真摯な色があった。
 だからハーシェルも真っ直ぐリィを見つめ返して、微笑む。
「わたしの中では大地に還って巡るのが、根付いてるお約束みたいなものなのでっ。後のことは次の時代の子たちにお任せですなぁ〜ん」
「……そっか」
「リィさんとも一緒の時間の流れだったら、とってもうれしいですがここは大事なとこなのでっ、なぁ〜ん。生きたい流れを選択してくださいなぁ〜ん」
 ずっと大好きと言い終わる前に、体が揺れた。一瞬息が詰まるほど強く抱きしめられて、ハーシェルは目を丸くする。
 彼女の白い旋毛に顔を埋めて、リィは微かに笑って呟く。
「ハーシェルと一緒がいい、ずっと一緒がいい。……だから、俺の傍にいて」
 段々抱きしめる腕が緩んで、声が聞こえにくくなる。多分今、彼は泣きそうな顔をしているのだと思った。
 ハーシェルはぎゅっとその背を抱きしめ返す。一緒にいたいと願うのは同じだから。
「今のわたしが終わっても、生まれ変わったらまた会ってくださいなぁ〜ん」
 緩んだ腕の中でそっと、指切りするように小指を差し出す。
 リィは差し出された指をじっと見つめた後、ゆっくりと笑った。
 恥ずかしそうに眉を下げて、照れた笑顔で絡められた指の硬さや、皮膚の温かさを覚えておこう。
 迷いなく髪を払って額に触れた口付けの優しさも、きっと忘れない。
「意地でもまたリィさん探しますなぁ〜んっ。手を繋いで、一緒にいてくださいなぁ〜ん」
 ぐぐっと力強く宣言すれば、リィもつられて笑った。
「うん、俺も約束する。ずっと一緒にいるから、……幸せにするから」
 穏やかな声にもう迷いは無い。
 あるのはただ、いとしさだけ。
「俺のお嫁さんに、なってくれる?」

●2109年 フラウウインド
 銀色に光る風の中で、色とりどりの花が舞う。
 今日はぽかぽかといいお天気で、谷底に転がるもふもふさん(仮)達も気持ちが良さそうだ。
『もふーん』
『ふももー』
 お腹に生えた植物を抜いてやりながら、リザードマンの少年――ミネルバの子孫・アレスが跳ねる度、もふもふさん達は満足そうな声を上げる。マッサージのように感じるのだろうか。
 幾らかまとめて引っこ抜くと、もふもふさん達は『もふふー』と益々気持ち良さそうにする。
「あははっ、本当にふかふかだ!」
 思う様もふもふした毛並みを堪能し、時には引っこ抜いた植物を使って風に乗る。ぐるぐる振り回されたり急に上昇したり、動きが自分でコントロールできない。けれどそれが楽しくて、アレスは目をキラキラさせながら風と戯れていた。
 一方で崖の上、頬を撫でる風に身を任せながら、ファルネスは先日訪れた「七柱の剣」があった場所を思い出す。
 収穫は皆無だった。あくまでもフラウウインドを沈めるのが七柱の剣の設置理由であり、刺さった場所に特に意味はなかったのだろう。一通り探検もしてみたが、特に目新しい物は見当たらなかった。
「この頃なんだか退屈ですなぁ〜ん……」
 しょんぼり項垂れる青年の頭上で、花達がくるくると踊っていた。

●3009年 世界の何処かで
 肩の辺りで切り揃えた青い髪が、水面のようにきらきら光を跳ねている。
 ゆらゆらゆれる色彩に興味を引かれて、小鳥はその女性――姫揚羽・ミソラ(a35915)に近付いた。年のころは22、3歳くらいだろうか。着古された感はあるけれど、大切に扱われてきたのだろうドレスがとてもよく似合っている。
 暫く彼女について回って分かったのは、どうやら彼女は世界を廻って先立ってしまった人達の墓参りをしているらしい、ということだった。
 彼女は古い友人やその子孫達を訪ねては、その辺りで流行りのお菓子を手に墓や古戦場を訪ねる。
「素敵な御子孫に恵まれたんですね。声までそっくりでびっくりしちゃいました」
 眠る人々に平和な世界の事を語りかけ、持ってきたお菓子のひとつを自分で食べて、もうひとつはお供えにする。嬉しそうに語る彼女の顔を見れば、今も褪せない記憶の優しさが見て取れる気がした。
「このお菓子、まだ作られてたんですね。懐かしい……♪」
 そして今日も小鳥が見守る先で、彼女はお菓子を買い求める。
 いつまでだって、最大の愛をみんなに抱いていたいと彼女はよくひとに語った。歌に似た旋律を作って呟くこともあった。
 小鳥に人間の言葉は良くわからない。
 けれども彼女が口にするなら、それらはなんでも素敵な言葉であるように思えるのだった。

 次に小鳥が気になった「人間」は、いつも二人でいた。
 縁側と呼ばれる場所で日向ぼっこをしている男の人と、女の人の二人組。この二人は夫婦なのかしらん、と小鳥は乏しい知識で考える。
 だって懐かしい巣にいた皆のように、いつも身を寄せ合っているもの。
「うにゃう〜♪」
「ふふ、ちょっと待ってて下さい。今、お茶を……ああっ!?」
 甘えるジスト――男の人のほう――に微笑みながら、サヤ――女の人の方が茶碗に手を伸ばそうとして、急須を掴んだ。しかもそのまま傾けてしまって大騒ぎになる。
「はにゃ!? サヤさん大丈夫ですかにゃ!」
 いつもならジストが見事な反射神経でサヤのドジをフォローするのだが、今日のように寝耳に水の突発ドジだと間に合わないこともある。
「相変わらず平和なのは良いですが、こんな所まで相変らずって……」
 しょんぼり落ち込むサヤの手を濡らした布で冷やしてやりながら、ジストがよしよしと妻の髪を撫でる。
 そうするとサヤも元気を取り戻してにっこりと笑う。こんな相変わらずの毎日が愛しいと、二人は肩を寄せ合い笑い合う。
 こんな素敵な夫婦なら、きっと生まれてくるヒナも可愛いに違いない。
 若干ひととはズレたことを考えながら、小鳥はピィと高く鳴いて飛び立った。

 次に小鳥が見つけた人間は、なんだか落ち込んでいるようだった。
 いつもいつも机に向かってなにやら難しい本を読んでいる。
「どうしても分かりませんなぁ〜ん……ドラゴン化……ギア……」
 このファルネスという青年が時々呟く単語は、小鳥には意味が分からないものばかり。
 青年は平和になってから、屋内での調べものが多くなっている事に気づいて酷く残念がっているようだった。自分の冒険心をくすぐるような出来事が無い、と呟く横顔は寂しそうで陰鬱で、なんだか心配になってしまう。
 ――こっちを向いてくれたらいいのになあ。
 そしたら今日は素晴らしく良い天気だと気づくだろうし、わたしが沢山楽しい歌を歌ってあげるのに。
 けれど青年の横顔は厳しくて険しくて、いくら小鳥が歌っても嘴で窓をつついても、とうとう一度も振り返ってはくれなかった。

 とある街道の上を飛んでいた小鳥の元に、ある日とても気持ちのいい音が流れてきた。
 なんだろう、と高度を下げた小鳥は、途中で慌てて引き返す。音を奏でていたのは、ソルレオンの老いた楽師だった。彼の道連れの大きな白い犬が小鳥をじっと見ていたのだ。
 犬は怖いが音が気になるので、暫く上空を旋回しながら様子を見てみる。
 どうも楽師はもめごとの仲裁をしているらしかった。
「どんな問題も満足した状態で音楽を一つ聴いている間に意外と答えは浮かぶもの。……それを実行できるかどうかは知らないけれどね」
 楽師の声は深く柔らかく、じんわりお腹の底にしみこむような不思議な声だった。
 町の子供たちが噂している魔法使いって、このひとみたいな声をしてるんじゃないかしら。彼が歌えば皆、しーんとして聞き入ってしまうに違いないと小鳥は思う。鳥達の澄んだ声とは違う、重たいけれど優しい声だ。
「私に出来るのはその問題に対してふさわしいと思った音楽を奏でること。だから一曲聞いてゆっくり考えてみるといいかもしれないよ」
 それで喧嘩が収まるのならそれほど平和なことはない、と楽師は微笑む。気がつけば揉めていた人達もすっかり落ち着いていた。
 ――いけないいけない。じっと聞いていたら、飛びながら眠ってしまいそう。
 小鳥は名残惜しく思いながらも、翼を伸ばして楽師達の上から飛び去った。

 街道の先にはドリアッドの住む森がある。
 小鳥はドリアッドという種族がどんなものなのか、正直言ってよく知らない。だから髪に花を咲かせたその青年の事も、ただお花が好きなお洒落さんだと思っていたのだ。
「美味しいですか?」
「ぴ!」
 青年に分けてもらった果物をつつきながら、小鳥は山奥にひっそりと住む彼について考える。
 大きな畑を耕し果物を採って、時折は木蔭で本に何か書き込んだり、読み返したりする。それが彼――スタインの暮らしの全てだ。冒険者であった自分を忘れないように、と呟く時の彼は怖いくらい真剣で、彼はかつての自分に正しい誇りをもっているのだと小鳥は思う。
 だって、そうでなければこんな満ち足りた顔をしているはずがない。
 果物をすっかり平らげて羽を広げた小鳥に、もう行くんですね、とスタインは優しく笑った。空を上げて眩しそうに目を細める。
「生命の書で多くの方が今も健在でしょうし、私もいつか皆に会いに旅へ出ましょうか」
「ピィ!」
 小鳥は賛同とお別れの鳴き声をあげて空に羽ばたく。
 もしも彼が旅に出るのなら、また何処かで会えるような気がした。

 巣立ってから、もうどのくらい経つのだろう。随分飛んだ気がするけれど、広い大地はまだまだ果てが見えない。
 どうやら先は長いようだし、ちょっと休憩しよう。
 小鳥は日差しを避けて狭い路地裏に入り込む。樽の上で羽を休めていると、凄い勢いで桃色の髪の男の子が路地に駆け込んできた。
「………っ、……ぅぅ……!」
 男の子は赤い目を更に真っ赤にして、泣いていた。
 声を殺して小さな体を震わせる様がとても痛々しい。思わず小鳥が近付くと、少年は大きな瞳いっぱいに涙をためて小鳥を見た。
「……いいなぁ」
 呟いて、少年はぽつりぽつりと自分の事を語り始めた。鳥に話しかけているというより、口にすることで自分の気持ちを整理しているようだった。
 世界を回れる冒険者になりたいという夢のこと。
 過保護な両親がそれを許してくれないこと。
 とうとう喧嘩して家を飛び出してきたこと。
「ちゃんと説得して、納得して貰いたい。この町だけじゃなくて、僕はもっと色んな世界を見たいんだ――」
 呟く少年の目には強い光がある。
 だから小鳥は少年の肩に飛び乗って、ピィピィと鳴いた。彼が泣き止むまで、ずっとずっと歌っていた。
 ――あなたはきっと大丈夫。泣きながら立ち向かおうとしているあなたは、とてもとても強い子だもの。

 世界を旅する小鳥が生まれて初めて「人間」と会話したのは、豊かな緑に囲まれた、とても古そうな建物に寄った時の事だった。
「……いらっしゃいませ」
 不意に静かな歌声がしたと思ったら、目の前に女性が立っていた。
 先程まで小さな女の子と仲良く戯れていたはずの彼女――月詠み賢女・シリア(a23240)は、小鳥がちょっと目を離した隙に間近に来ていた。彼女もいつか山の中で出会った青年のように、髪に花を散らしている。それが髪から生えていると知らない小鳥は、翠の髪の人達はお洒落さんが多いんだと感心していた。
「貴方は去年来た……いいえ、少し嘴の形や模様が違いますね……では、御子息様でしょうか……」
 彼女の言葉が分かることに、小鳥はびっくりして目を瞬く。驚いたけれど悪意が無いことは分かったから、彼女が差し伸べた手にちょこんと乗った。
 ――わたしに似ただれかを知っているの?
 問いかければシリアは微笑んで、小鳥の翼を撫でた。
「千年、視点を変えて生きれば、貴方達の事も見分ける事が出来るようになるものですよ」
 言葉としては分かるが意味はわからない、と小鳥が首を捻ると、シリアは「では、少し退屈な話になりますが」と話題を変えた。
 昔の知り合いの事や、千年の日々のささやかな出来事だとか。優しく羽を撫でながら、穏やかに語られる話に段々気持ちよくなってくる。
「……次は、貴方の話を聞かせてくれませんか……どの様なものを見て来たのか……?」
 教えてくだされば、御馳走させて頂きますよ。
 微笑むシリアの手の中でうとうとしながら、小鳥はこくりと頷いた。

 広い大地の上を飛んで飛んで飛び続けて、小鳥はすっかり旅に慣れた。
 翼は大きく強くなり、ちょっとくらいの風なら押し切って飛べるようになった。野良猫から逃げるのも野良犬から逃げるのも大の得意だ。
 だからちょっと勇気を出して、小鳥は久々に街中を飛んでみた。建物が多くて飛びづらいし、怖い鴉がいたりもするけれど、やっぱり賑やかで華やかな場所を見て回るのは楽しい。
 小鳥が特に目を引かれたのは、水に似た青い髪を持った凛々しい女性のお店だった。
 主に自家製ハーブを使った日用品――石鹸やポプリ等を扱っている店で、昔は手工芸を楽しむ場としても使われていたらしい。
 店主の年の頃は23歳ほど。お客さんにはウルズラさん、と呼ばれていた。お店からはいつもハーブのいい匂いがして、お腹がすいている時に立ち寄ると頭がくらくらしてしまう。
 小鳥が開け放たれた窓枠から中を覗き込むと、摘んだばかりのハーブをより分けていたウルズラと目があった。
「あら、可愛いお客さん」
 彼女はにっこり笑って、より分けたハーブを何本か窓辺に置いてくれる。彼女が植物に詳しいことはなんとなく理解していたから、小鳥も安心してそれを口にした。
「いらっしゃい。何かご用命、それともご自分で作られます? 」
「ぴ!」
 自分に問われたのかと思って啼いたが、すぐに違うと気づく。
 ウルズラが声をかけたのは、入り口でもじもじしている内気そうな女の子だった。
「えと……ママのお誕生日に、ローズマリーの石鹸を贈りたくて。ここの石鹸、すごく評判がいいから」
「まあ、嬉しいわ。ご用命有難う御座います。型は色々ありますけれど、どんなものがお好み?」
 微笑みながら、ウルズラは棚から色んな石鹸の型を取り出す。色々あって可愛いのだが、女の子から見ると多すぎて逆に選びかねているようだ。
 がんばれ、と励ますつもりで小鳥はぴょんぴょん跳ねる。
 女の子とウルズラは同時に目を瞬いて、それから華やかな声を立てて笑った。

 多くの土地を廻り巡ったある日の事。
 自分はどうして飛んでいたんだっけ、と小鳥は突然そんなことを考えた。
 兄弟と別れ巣を飛び立って、今までずっとずっと旅をしてきた。知らないものを知る為に、見たことの無いものを見る為に、広い世界を飛び回って――でも、じゃあ、最初にわたしを導いた物はなんだったのだろう?
「――」
 怖くなって羽ばたくのをやめそうになった時、小鳥の脳裏に今まで見てきた人々の姿が浮かんだ。
 色んな形の心と色に溢れた美しい世界を思い出せば、萎えそうになる翼に力が戻ってくる。

 そして小鳥は辿り着いた。

 真っ赤な夕焼け空には、小鳥と同じ種の若鳥達が嬉しそうに羽ばたいている。小鳥はようやく、やっと己の運命に気付いた。自分は渡り鳥だったのだ。
 小鳥はもう迷わない。真っ直ぐに仲間達に向かって羽ばたいていく。
 けれど一度だけ振り返り、地上に向かってピィと啼いた。

●ゆがみとの対峙
 青い空間に向かって手向けのワインを投げた瞬間、巫女みこのな〜すえんじぇる・リリカ(a16179)は体に違和感を感じた。
『どうやら最後の最後までワシの終着駅が見つからなかったという訳かのう』
 不意に青い虚空に浮かび上がる自分の姿に首を捻る。
 これは、なんだ?
『最後の敵らしい敵が同盟の傲慢無礼で無能無策なバランス政策によって、無念にも飢え渇いて死んでいった人達ならば、それは相応しい。皆の悲しみと辛みはしっかりと背負い、ワシの糧として後の世に語り継いでやろうお!』
『最後くらい派手に前衛で戦っても問題は無いだろうお。何より、通常の10倍の装甲と攻撃力を持つドラゴンウォーリアであるからには簡単には沈まないお!』
 場面はどんどん変わり、進み、やがて戦いの終わった場で何か呟く自分が映し出される。
『わかった。安寧と停滞した世界には、冒険者という存在は不要。いいだろう……、こうなったら全てを破壊してやる!』
 それはまだ知らない筈の未来。けれど彼にとっては過去のことでもある、未来。
 彼が見た「それ」がなんだったのか、誰にも、彼にさえ分からない。
 分かるのはただ、この瞬間に運命が決したという事だけ。

「……神様、あんまりです」
 昨日グリモアに誓って冒険者になって、今日酒場に来てみたらいきなり世界の危機だなんて、驚きすぎて頭が働かない。イオの子孫であるフロルは、桜の咲く碧髪を揺らして思わず嘆いた。
「冒険者としての仕事はもう無いと思っていたのですが――あれは、キマイラ?」
 数万の時を経て壮年と言える姿になったスタインは、天使たちを呼び寄せながら眉を寄せる。
 青い空間に現れたのは、ルラルが告げたとおりの敵ともう一体、見慣れぬキマイラらしきものだった。
 何処かで見た事があるような、と彼が考える間もなくキマイラは雄たけびを上げ、それに答えるように異形の絶望達がざわめきだす。
『りりかこそが旧世界の破壊者の一人。新たな世界を創造する為、希望のグリモアの破壊が必要なのだ!』
 吼えるキマイラに、冒険者達からああ、と納得の声が上がった。彼がこうなってしまった理屈は分からないが、道理で見た事があるわけだ。つい先程まで、一緒に此処へ向かってきたのだから。
「……成る程。誰も犯人が一人だ、なんて言ってませんでしたよね」
「駆け抜けた数年の日々は、数万年の平穏の対価。分不相応なほどの恩恵ですが……それでも遥か時の果てで、全てを無しにされるのは無粋に過ぎると言うもの……」
 20代後半にまで成長したミソラの声は、重ねた時に相応しい理性と重みをもって響く。続くシリアの静かな言葉と共に、冒険者達は黙って得物を構えた。
 疑問は山ほどあるけれど、今優先すべきはひとつなのだ。
「皆で作った世界ですにゃ、負ける訳にはいかないですにゃ!」
「皆で守ったこの世界……今再び、守って見せます!」
 ジストとサヤの息が合ったコンビネーションが、先陣を切って突撃してきた異形の腕を吹き飛ばした。
 異形の悲鳴を合図にしたかのように、一瞬にして場は狂乱の戦場と化す。
 仲間達が異形とキマイラに一斉に攻撃を仕掛ける中、ただ一人ファルネスだけは違った行動を取っていた。
(「タイムゲートを使えば、ギアの発祥の謎、古代ヒト族の技術、宇宙の中心ワイルドファイアの起源などがいっきに解けるかもしれませんなぁ〜ん!」)
 世界の危機と聞いてファルネスの中に蘇ったのは、盲目的なまで自信と不屈の冒険心、そして探究心だった。
 心は既にタイムゲートの存在に全ての興味を傾けている。できれば味方より先にタイムゲートに辿り着きたい。迂闊に動けば世界を書き換えかねないこの行動を、快く思わない仲間は決して少なくないだろうから。
 実現は困難と知りながら、彼の心は希望に満ちていた――タイムゲートを護る異形達によって、叩き落されるまでは。
 仮にもドラゴンウォリアーとなった冒険者と対等に渡り合う存在に、眠りの歌が容易く効く筈も無い。
(「考えが甘かった……ですかなぁ〜ん……」)
 薄れ行く意識の中、ファルネスは悔しさに拳を握り締めていた。

『あはははは! この呪われた力を纏い、ようやっと本来の姿を発揮できるのならば、こんな茶番も悪くはあるまい!』
 異形達の中心に陣取るリリカを睨みながら、フロルは辛うじて立っていた。毒に侵された体が重たい。凱歌を紡ぐ端から、キマイラの毒攻撃で毒を受けてしまうのだ。自分の手番を回復に回せば、攻撃手は減る。堂々巡りについに体力が尽きかけた時、とん、と誰かに背を押された。
「――行っておいで」
 振り向いた視界には墨色の手袋に包まれた手と、淡く笑む医術士の姿。状況を認識する頃には、体は力を取り戻していた。
 大きく頷いて、フルは上も下も分からない空間を再び翔ける。舞うような剣捌きで敵を切り伏せながら、遠い町で出会った人の言葉を思い出す。遠い遠い祖先によく似た自分が冒険者となり、かつての彼女のように世界の危機と戦う事になったのは、あるいは導かれたからかもしれない。
 仲間の傍らに添うように、凛と背を伸ばしたシリアが肩を並べる。白い指先が紋章を描き、桜色の爪がこつりと宝珠を撫ぜて弾く。
「……では、貴方達、輪廻の輪に戻る時間ですよ……?」
 慈母の囁きに似た澄んだ声音に、しかし躊躇は一切無い。
 紋章から熱が迸り、無慈悲な灼炎が空間を焦がす。蠢く臓腑に似た敵の一部が弾け飛んで、なんとも言い表し難い濁った悲鳴が辺りに響いた。
 エンブレムノヴァが生み出した熱風の余韻が渦巻く空間に、ひらりと蝶――灰紅の髪を揺らし、揚羽蝶の翅を得たミソラが舞い飛ぶ。
(「気を抜かずにやらなくちゃ……」)
 数万の時を経ても尚、戦と対峙する彼女の思考は凪の海より静かだった。
 流れる水より優美に、氷よりも鋭い切っ先が無数に浮かぶ目玉を引き裂く。潰れた肉から噴き出す濁った血でさえ今の彼女には届かない。ひらひらと優雅に、けれど鳥さえ追いつけない速さでミソラは飛び、槍を振るう。
 スタインが静かに得物を振るえば白光の槍が奔り、無数の乱杭歯が突き出た口の塊、としか言い様の無い異形が半ばから消滅する。
 一刻でも「敵」を早く撃破する、その決意だけが冒険者達の眸に浮かんでいた。
 祈れ。
 叫べ。
 歌え。
 猛れ。
 剣を握り槍を構え杖を翳し、我らは――未来を勝ち取る為に此処にいるのだ。

 冒険者達の気魄と連携に押され、異形は次々と数を減らしていく。
 ジストは指天殺で一体ずつ確実に敵を屠り、仲間を助けた。運良く消滅を免れた異形も、彼を補佐すべくサヤの降らせた光の雨で一掃される。更には医術士が二人おり、他の者達も各々回復の業を持っていた為、癒しは充分。医術士の一人がほぼ静謐の祈りに専念している為に、唯一状態異常を齎してくるキマイラの攻撃もすぐに拭い去れる。
 回復と強化のアビリティを用いるリリカは、決して楽な敵ではなかった。けれど彼一体に限ったならば、決して倒せない相手でもないのだ。
「……然様なら」
「これで……最後です!」
 シリアの炎に焼かれて悶える異形に、ミソラの放つ無造作にさえ見える一撃が止めを刺す。
 異形達の姿は全て消え、残るはキマイラと化したリリカだけになった。
「しかし、どうしてなのでしょうか?」
 スタインの呟きに返される言葉も、もはやない。サヤの放った光の雨とシリアの火球に焼き尽くされて、リリカは既にヒトとしての命を終えている。
 今、一同の目の前にあるのは巨大な異形の肉塊だった。
 モンスターと化した敵からはもう、知性も理性も感じない。感じるのは肌を刺す敵意と、あってはならぬものが齎す強い強い違和感ばかり。ならば最早、迷わない。迷えない。
「その絶望を断ち切らせてもらいます」
 厳かに宣言したスタインの放つ聖槍が、モンスターの中心に突き刺さった。リリカだったものの体を内側から引き裂き、膨れ上がり続ける肉塊に次々と刃が、術が、炎が突き刺さる。
 それでもモンスターは激しく抵抗し、毒液や炎を吐いては冒険者達を苦しめた。
 しかし数の差には勝てず、やがて肉塊は自壊しはじめる。
「ごめんにゃ……けど」
「禍根を残すわけには、いきません」
 冒険者達は散じても尚動いている塊を順に撃破し、欠片も逃がさず焼き尽くしていく。モンスターの生命力を侮る事は自殺行為であるし、何よりかつての仲間のこんな姿など見たくなかったのだ。

 やがて最後のひとかけが燃え尽きて。
 その存在の一欠も残さずに、希望に背を向けたリリカと言う名のキマイラは完全に、消失した。

「……終わったか。いや……」
 いいや、と冒険者達は二度、己の呟きを否定する。
 これは未だ前哨戦。戦いは終わっていない。
 顔を見合わせて静かに頷きあい、冒険者達はタイムゲートを見上げる。

 奪わせない。もう、これ以上なにも。


マスター:海月兎砂 紹介ページ
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冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:16人
作成日:2009/12/12
得票数:冒険活劇6  戦闘4  ミステリ2  恋愛10  ダーク6  ほのぼの6  コメディ12  えっち2 
冒険結果:成功!
重傷者:ヒトノソリンの吟遊詩人・ファルネス(a79216) 
死亡者:巫女みこのな〜すえんじぇる・リリカ(a16179) 
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
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   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
 
朱華・オーム(a74565)  2011年06月30日 23時  通報
実を言うと二人で参加した依頼はこれが初めてで最後なんですよね。
他の人よりは少しばかり短い時間だけれども、
共に過ごせた時間は本当に幸せでした。
二人をこんな風に描いて貰えて本当にうれしかったです。

1000年後は初老のソルレオン。
元々どこかの国の王様で、王位を息子に譲って放浪してるんだとか。

この最終依頼に参加できて本当によかったと思います。
本当にありがとうございました。

白月・ミネルバ(a73698)  2011年06月30日 23時  通報
私にとっての最後のお話です。
フォーナ感謝祭をゆっくり楽しめると聞いて参加しました。
少し恥ずかしい気もしますけど、それでも幸せなのであまり気にはなりません。

100年後はクマ……というかふかふか好きのリザ少年。
親戚のソルレオンの鬣とか知り合いのチキンレッグをいつも狙っていたり。

最後に。この依頼に入れて本当によかったです。
海月MS本当に、本当にありがとうございました。

月詠み賢女・シリア(a23240)  2010年02月22日 03時  通報
……人は生きて事を成す、是であれ、否であれ、それもまた選択なのでしょう……。

……ともあれ、千年後の雛鳥達の生涯と子々孫々に至るまで、生命が幸いを謳歌する事を……

白鞘・サヤ(a30151)  2009年12月23日 16時  通報
この展開は予想外、さすがラスト?
まぁ、何とかなったようで何よりです