もう一度あの空へ



<オープニング>


●2019年の世界
 インフィニティマインドが星の世界への旅から帰還して4年が過ぎた。
 世界は相変わらず平和で、冒険者達は変異動物や怪獣と戦ったり、人助けをしたり、旅に出たり、第二の人生を歩み始めたりと、思い思いに暮らしている。
 そんな中、誰かが言った。
 魔石のグリモアとの最終決戦から10年。世界が平和になって10年。
 この節目の年に、久しぶりにみんなで集まるのはどうだろうか。
 互いの近況や思い出話など、話題には事欠かないはずだ。
 さあ、冒険者達の同窓会へ出かけよう!
 
「で、此処なわけか」
 そう言って、緑柱石の霊査士・モーディ(a90370)は店内をぐるりと見回した。
 吊された干し肉。棚を彩る酒瓶。フロアにはテーブルが並び、その上に運ばれていく料理や果物。
 ここは冒険者の酒場。冒険の始まりの場所であり、冒険の終わりの場所。いつもここから始まって、いつもここに帰ってきた。
「ボクたちの同窓会にはピッタリの場所じゃない?」
 プーカの忍び・ポルック(a90353)はそう言うと、久しぶりに見る霊査士の顔をまじまじと見つめる。
「ちょっと年取った?」
「……精神的成長を遂げた、と言って貰おう。私は私でこの10年色々あったからな」
 モーディがカウンター席に腰を下ろすと、彼女の前に薄紅色の液体がなみなみと注がれたグラスが置かれる。ふわりと広がるレンゲの香りを楽しんだ後、モーディはポルックの方へと向き直り、
「ふぅむ……、君は何も変わってなさそうだ」
 それを聞いたポルックは、両手を腰に当てて溜息をつく。
「心外だなぁ、もちろんボクだって色々あったさ。おねーさんが聞いたら驚いて腰を抜かしちゃうような大事件がそりゃもう次々と……」
 カラン、カラン――。
 酒場の扉が開き、鳴り響く鈴の音。入ってきた冒険者達を、2人の笑顔が迎える。
 さあ、ここに座って。まずは一杯いこう。ほら、料理も飲み物もたっぷりある。
 落ち着いたら、聞かせて欲しい。君達の話を。
 この10年、誰と出会い、どこに行き、何をして、何を感じたか、心ゆくまで語り合おう。
 そう、それじゃ、まずは、君から――。
 
●2109年の世界
 世界が平和になってから、100年の時が過ぎた。
 年老いた者もいれば、かつてと変わらない姿を保っている者もいるし、少しだけ年を取った者もいる。中には寿命を迎えた者も少なくない。
 そんなある日、冒険者達にある知らせが届く。
 100年前に行った、フラウウインド大陸のテラフォーミングが完了したというのだ!
 昔とは全く違う姿に生まれ変わったフラウウインドは、誰も立ち入った事の無い未知の場所。
 そうと聞いて、冒険者が黙っていられるはずがない。
 未知の大陸を冒険し、まだ何も書かれていないフラウウインドの地図を完成させよう!
 
 ざぶん――。
 冒険者が湖に飛び込むと、水面が弾け、辺りに漣が広がっていく。
 テラフォーミング完了後のフラウウインド大陸を訪れた冒険者達が見つけたのは、巨大な湖と、そのほとりにそびえ立つ岩山であった。岩山には、5メートル、10メートル、30メートルの高さに出っ張りがあり、ちょうど飛び込み台のようになっている。
 ほどなくして、ここは飛び込み好きな冒険者達の格好の遊び場となった。
「わぁー!!」
 飛び込みから一呼吸遅れて、歓声が沸き起こる。
 大きなイルカのような生物が水面から飛び出し、宙返りを決めたのだ。
 この湖の一番の特徴がこれだった。誰かが岩山から湖に飛び込むと、それに反応して先ほどの生物が水面から飛び出してくる。それも、飛び込みながらぐるぐる回転してみたり、捻りを加えてみたりといった『技』を決めると、そのダイナミックさ、美しさに比例するかのように、大きな個体が現れたり、一度に何匹もジャンプしたりと、違った反応を見せてくれるのだ。
 ここはきっと、これからも多くの者が訪れる観光名所になるだろう。とすれば、やはり必要なのは名前だ。そうそう、ついでにあの生物にもつけてやると良いかもしれない。
「わおっ!」
 冒険者達から、また大きな歓声が上がる。
 一際高く飛び上がったその生き物の体から伸びる長いヒレが、太陽の光を受けてきらきらと鮮やかに輝いていた。
 
●3009年の世界
 世界は1000年の繁栄を極めていた。
 全てのグリモアを搭載した『世界首都インフィニティマインド』には無敵の冒険者が集い、地上の各地には英雄である冒険者によって幾百の国家が建設された。
 王や領主となって善政を敷いている者もいれば、それを支える為に力を尽くす者もいる。相変わらず世界を巡っている者もいたし、身分を隠して暮らしている者もいて、その暮らしは様々だ。
 1000年の長きを生きた英雄達は、民衆から神のように崇拝される事すらある。
 今、彼らはこの時代で、どのような暮らしを送っているのだろうか?
 
「おお、来ていただけましたか!」
 集まった冒険者達の前で、男は心底ホッとした顔を見せる。
 男――とある国の大臣の依頼を端的に言えば、『現国王を何とかして欲しい』のだそうだ。
 建国時に定められた法により、その国の王は10年に1度の国民投票で選ばれるという。
 人物によって多少の当たりはずれはあるものの、これまでの歴史は概ね平穏であった。しかし、半年前に選ばれた新国王の仕事ぶりがあまりにも酷く、現在、国が傾きかけているのだとか。
「そんなに酷いなら、やめさせしまえばいいのでは?」
 そう言う冒険者に、男はがっくりと肩を落として答える。
「それが……、毎度毎度わけのわからない事をしでかす割りに人気だけはあるので、国民感情を考えますとなかなか……」
 大臣は更に、その国王選定システムを誇りに思っている国民の為にも、途中で罷免された国王が出たなどという不名誉は何としてでも避けたいと涙ながらに語り始める。そしてそれはいつのまに愚痴へと変わっていった。
「とにかく思いついたことをすぐに実行に移されるのですよ。ええ。この前など、我が国最高の頭脳集団を集めて何をするかと思えば、こともあろうに新しいゲームの開発を命じる始末……! 他にも、めんつゆ事業への過剰な支援や、エブリデイトリックオアトリート法案など、あまりに――」
「あー、いいかな? ところで今の王様は誰なんだ?」
「あ、はい。現国王は……、ポルック・パルック様です」
 酒場の一部に、何とも言えない空気が流れた。
「とにかくですな、我々の声に耳を傾けて頂けない以上、冒険者の皆様方にすがるしかないのです。何とかこう、ビシッと言っちゃったりとか、上手い具合に言いくるめたりとかで、ひとつ、宜しくお願い致します……!」
 深々と頭を下げる大臣。彼の悲痛な願いに、冒険者達は上手く応えられるのだろうか。
 
●数万年後の世界
 永遠に続くかと思われた平和は、唐突に終わりを迎えた。
「あれ、海の向こうが消えた?」
 異変に驚いてインフィニティマインドに集まった冒険者達に、ストライダーの霊査士・ルラルは言った。
「あのね、これは過去で起こった異変のせいなの。過去の世界で……希望のグリモアが破壊されちゃったんだよ!」

 とある冒険者がキマイラになり、同盟諸国への復讐を試みた。
 彼は長い時間をかけて、かつて地獄と呼ばれた場所にある『絶望』の力を取り込むと、宇宙を目指した。
「えっと、これ見てくれる?」
 ルラルは星の世界を旅した時の記録を取り出した。
『2009年12月10日、奇妙な青い光に満ちた空間を発見。後日再訪したその場所で過去の光景を目撃。詳細は不明』
「この記録を利用できるかもって思ったみたいだね。そして、実際にできちゃったの」
 どうやら、この空間は過去に繋がっていたらしい。男はここから過去に向かい、希望のグリモアを破壊してしまったのだ!
「世界が平和になったのは、希望のグリモアがあったからだよね。だから希望のグリモアが無かったら、今の世界は存在しないって事になっちゃう。ルラル達、消えかかってるの!」
 今の世界は、希望のグリモアが存在しなければ有り得なかった。
 だから希望のグリモアが消えた事によって、今の世界も消えて無くなろうとしているのだ。
「これは世界の、ううん、宇宙の危機だよ! だって、みんながいなかったら、宇宙はプラネットブレイカーに破壊されてたはずだもん! だからね、絶対に何とかしなくちゃいけないんだよ!」
 ルラルにも方法は分からないが、事態を解決する鍵は、きっとこの場所にある。
「でも、この空間……えっと、タイムゲートって呼ぼうか。このタイムゲートの周囲には、絶望の影響で出現した敵がいるの。これはね、全部『この宇宙で絶望しながら死んでいった存在』なの」
 彼らが立ちはだかる限り、タイムゲートに近付く事は出来ない。
 彼らを倒し、タイムゲートへの道を切り開くのだ!
 
 ルラルは、彼女にしては珍しい物憂げな声で『敵』の情報を語り始めた。
「あのね、ファルドバール太陽系って知ってる?」
 その言葉を聞いた冒険者の中には、頷く者も居れば、首を傾げる者も居る。
「簡単にいうと、すっごく昔にドラゴンロード・プラネットブレイカーに滅ぼされちゃった世界なの。宇宙を飛び回れるくらいの進んだ文明を持ってたんだけど……」
 古い記録には、星海探索に出ていたごく一部を除いて全滅したとある。
「絶望しながら死んじゃったファルドバールの人たちが、『絶望』の影響でこの世に引き戻されちゃったみたい」
 彼らは巨大な魔導船と半ば同化しながらタイムゲート周辺を飛行している為、他の敵と同様、倒さなければならない。
 強力な魔法結界、主砲『サラマンドラ』を始めとした多種多様な魔導兵器など、強大な武力を備え持つ魔導船だが、ドラゴンウォリアーの力であれば、それらを撃破する事も難しくは無いだろう。
「一ついいですか? そのファルドバール人達には、生前の記憶や自我はあるのですか?」
 冒険者の一人が訊くのへ、ルラルは首を横に振って答えた。
「ファルドバールの人たちにあるのは、絶望だけ。絶望しかないの」
 だから、とルラルは言う。
「しっかり倒して、今度こそ安らかな眠りにつかせてあげないといけないんだよ」
 気丈に振る舞っていたルラルは、肩に乗せていたうーちゃんにそっと頬を寄せる。
 堪えきれずこぼれ落ちた一粒の涙が、ぬいぐるみの生地に吸い込まれて、消えた。
 冒険者達は立ち上がり、武器を手に取った。
 この世界が消えて良い訳がない。そして、このような涙が流されて良い訳がない。
 行こう。数万年前のあの時のように。この手で、もう一度未来を勝ち取るのだ――。


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参加者
殲姫・アリシア(a13284)
幻槍・ラティクス(a14873)
黒焔の執行者・レグルス(a20725)
月夜天炎姫・リア(a46291)
悲しみ知らずの・フェトラ(a51925)
砂の孤城の・リオン(a59027)
バナナん王子・ロア(a59124)
青雪の狂花・ローザマリア(a60096)
ラトルスネーク・ングホール(a61172)
紅風・リヴィール(a64600)
銀翅灯・リゼッテ(a65202)
傷つきし者に救いの御手を・シャンティ(a65270)
蒼鱗の雷光・ヴォルス(a65536)
花葬の廃園・フィリアル(a71089)
火尾の銀狐・キース(a71898)
永遠なる詩の紡ぎ手・ファル(a72198)
焔魂・リミュ(a73017)
力を求める者・グロウスグロウ(a74145)
南の星・エラセド(a74579)
風たる風の少年・カイ(a74705)
海の魔術師・アクアリス(a74908)
糸使いの悪戯小僧・ライ(a74993)
常夏の春一番・スカーレット(a79944)

NPC:トリックオア・ポルック(a90353)



<リプレイ>

●語り部達の宴
 店内に流れる軽快な笛の音。給仕が忙しく動き回り、様々な飲み物が注がれたグラスや、これまた様々な盛りつけの料理を運んでいく。
 テーブルでは冒険者達の会話が弾み、まだ日が高いというのに、酒場はまるで大晦日の晩のニューイヤーパーティーのような盛り上がりを見せていた。
「後退しているよ! キーたん一大事だ! 後退しているよ! 大事な事だから2度言ってみたゼ☆」
 聞こえてきたのは、黒焔の執行者・レグルス(a20725)の盛大な笑い声。
 その直後に響く、肉と骨のぶつかる鈍い音。
「髪はほっとけ!」
 レグルスに鉄拳制裁を加えた火尾の銀狐・キース(a71898)は、最近少しばかり気になり始めた生え際にあまり触れないようにしつつ、乱れたオールバックを整える。
「ってぇ! 本気で殴ったな? 俺はお前と違ってひ弱なんだから少しは加減しろハゲ!」
 跳ね起きるレグルス。『ハゲ!』と同時に拳を叩き込む。
「しつこいんだよお前は! 死ね!!」
 殴られた事よりも、むしろ頭部への言葉責めに対して行われるキースの反撃。
 純白の手袋に包まれた拳が唸りを上げて、レグルスの頬にめり込んだ。
 互いを罵倒しながらどつき合いを始める2人。
 初見の者――まるでそれがこのパーティーの演し物の一つであるかのように囃したてる。
 既知の者――まったくもって相変わらずの光景であると言わんばかりの冷ややかな視線。
 やがて、振り回していた腕を互いの肩に回して笑い出す2人。
「……くくっ」
「ふっ、はは……」
「はははははは! あー、腹いてぇー! でもお前、死ねはないだろ死ねは」
「……はいはい、悪かったよ……。分かった分かったって、ほら飲もう飲もう」
 床に転がっていた椅子を起こして座るキースに倣い、レグルスが丸椅子を拾って腰を下ろした時、フルートを奏でていたエンジェルの少女が、皆から喝采を浴びながら席に戻っていくのが見えた。
「……ハゲのせいで聴き逃した」
 ピシリ。キースが手にしたグラスにヒビが入り、それが第2ラウンド開始のゴングとなった。

 喧噪の中、先ほど見事なフルートの腕前を披露してみせたエンジェルの少女――傷つきし者に救いの御手を・シャンティ(a65270)は、皆から送られる惜しみない拍手に包まれ、少し恥ずかしそうに身を縮こまらせながら仲間達の待つテーブルに辿り着いた。
「すごく良かったよ!」
「お見事です」
 心からの賛辞と共にシャンティを迎えたのは、かつて同じ旅団で過ごした2人。
 10年前と変わらぬ姿、変わらぬ笑顔は、プーカの少年、紅風・リヴィール(a64600)。聞いた話では、思い人と共にドリアッド領の片隅にある森に引き籠もっていたらしい。
 そしてもう1人、銀翅灯・リゼッテ(a65202)。10年前はシャンティより小さかったというのに、今や見上げるほどの長身。かつての少年は見事に成長し、エンジェルの青年へ。
「でも、こんな特技を持ってたなんて初耳だよね」
 リヴィールの言葉に、リゼッテもうんうんと頷く。
「料理がプロ顔負けなのは知ってましたが、フルートもとは……」
 そういえば、とシャンティは思う。ここ数年暮らしていた森ではよく動物たちに聴いてもらっていたが、旅団に居た頃、誰かの前で演奏した記憶は無い。
「人に聴いてもらったのは、これが初めてかもしれません」
 静かな森の中、物言わぬ動物たちを相手にするのとはまた違う皆の反応。いつもより少しだけ速く打つ心臓の鼓動を、シャンティは、自分でも意外なほど心地良く感じていた。
 そこへ――、
「やっ!!」
 突然背後から伸びてきた手が、ポン、と両肩を叩く。
「ひゃっ!?」
 まったりしていたシャンティが、椅子から10センチほど飛び上がった。
「みんなひさしぶりっ!!」
 満面の笑みで登場したのは、プーカボチャ・ポルック(a90353)。そのまた背後には、最早こいつには何を言っても無駄だろうからどうか好きなだけ暴れてくれただし私が気絶するようなこと以外で、といった微妙な表情を浮かべる、緑柱石の霊査士・モーディ(a90370)もやって来ていた。
「やぁ、君たち。久しぶりだな」
 2人が席に着く。テーブルを囲んでの語らいが、10年の空白をどんどん埋めていく。
 聞き役に徹しようとするリヴィールの面白エピソードをどうにか引きだそうとするポルック。
 そのポルックの武勇伝を聞いて、昔のようなあどけない笑顔を浮かべるリゼッテ。
「僕の方は珍しい植物を探す旅に出ておりました。限られた場所でしか育たない木とか、十年に一度だけ咲く花とか……。世界が平和になったおかげで、沢山の美しいものが見れました」
 自分のことを話す時は、少し大人びた青年の顔に戻っていた。
「いくつか診療所に持ち帰って植えておりますので、是非また遊びに来て下さいね」
 くるくる変わる語り手。くるくる変わる話題。
 アルコールが入っているせいか、普段より饒舌なモーディ。
「私は旅をしていたよ」
 冒険者になる以前は人里離れた森で暮らしており、なった後も大して遠出はせず、霊査士になってからはまた行動範囲が狭くなったという彼女は、世界から列強種族同士のグリモア争奪戦が無くなり、モンスターが居なくなり、ドラゴンやキマイラの脅威が無くなったのを契機に、今まで自らの目で見ることが無かった世界の様々な場所を渡り歩いていたのだという。
「霊視で断片的に視るのとはやはり違う。ワイルドファイアもホワイトガーデンも、素晴らしい場所だった。カントーグに寄った時はプーカに会う度にいたずらをされて酷い目にあったりもしたが……、ともあれ、どれも貴重な体験だった」
「カントーグならあたしも行ったよ!」
 元気よく飛び込んできたのは、常夏の春一番・スカーレット(a79944)。
 冒険者としての活動を始めた途端、インフィニティマインドに乗り込んで星の世界に繰り出したという、好奇心の権化。これぞプーカと言うべき無鉄砲さを備え持つ少女。
「いたずら合戦、楽しかったな〜! ……あ、ポルックもいたずら勝負する?」
「へぇ、永世悪戯名人といわれたボクに挑むなんて……、その勝負、受けた!」
 言うが早いか、2人はフロアへと飛び出していく。
「ポルックは変わらないなぁ……」
 その背を目で追いながら、入れ替わりで風たる風の少年・カイ(a74705)が席に着いた。
「やぁ、君か。久しいな」
 挨拶を交わした後、モーディは「おや?」と何かに気付いたようにカイの顔を覗き込む。
 10年前は15歳の少年だった。背も伸び、顔つきにも青年っぽさが現れ始めているが、その変化がヒトのそれよりも緩やかであるのが、はっきりと見て取れる。
 生命の書の使用。そしてその状態での成長は、この10年の間に何かしらの精神的な成熟があった事を示すものだ。
 互いの10年を語り合う内、カイは自然と、自分の想いを告げていた。
「モーディさん、浜辺のお祭り一緒に行ってくれた時から僕は貴女に憧れてたんだ。そして……、その時から貴女の事が好きでした」
 周りの目など、全く気にならなかった。突然の告白に盛り上がる周囲を余所に、カイはただひたすら、モーディの深緑の瞳を見つめていた。
「もし良ければ今年のフォーナ感謝祭、僕と一緒に行きませんか?」
 そのままたっぷり10秒は見つめ合っただろうか。時間が止まったかのように動きを止めていたモーディの唇が、ようやく言葉を紡ぎ始めた。
「この10年、色々な驚きがあったが、今日のはその中でもとびきりだな。……ありがとう、私のことを好きだと言ってくれて、とても嬉しく思う」
 おおっ、と更に盛り上がる野次馬達。
「だが……、すまないな、君の気持ちには応えられない」
 途端に沸き起こるブーイングの嵐。
 酔っ払い共の野次をはねのけつつ、モーディはカイに向き直る。
「こういう時、どう言っていいのか分からないが……」
 フォローしようとするモーディに、カイは「いいんだ」と晴れやかな顔で応えた。
 こうなる事は何となく予想出来ていたし、だからといって、それで自分の想いが消えてなくなるわけではないのも分かっていた。むしろ、ここからだ。ここがスタートライン。今から始まるのだ。
 まずは男を磨く。絶対いい男になって、もう一度アタックだ!
 そう心に誓うカイであった。

「そういやぁ、お互い不老にゃならんかったな」
 レグルスの視線の先――10年という歳月を自然のままに過ごした男の顔。壮年と言われる年になり、執事服が一層似合うようになったキースが、そんなのは当然だとばかりに目を向ける。
「俺の趣味じゃねぇよ。永遠を生きるのは耐えられねぇ」
 つまみに手を伸ばし、頷くレグルス。
「同感だな。まあ俺もお前もそんな玉じゃねーし。予想は出来ていたが、年を取るのもそんなに悪いもんじゃねえ」
 にやりと口端を上げるレグルスに、キースは意地悪そうな笑みを浮かべ、
「その『しわ』にも愛着が沸いてきたか? ほれ、こことか、こことか」
 この10年ですこーし(レグルス談)増えたしわを一つ一つ指差していく。
「大きなお世話だっつーの。ったく……、それより聞いてくれよ。最近楓華にいい女がいてなー、コレがまた気が強いったらありゃしねぇ。この間なんぞ……」
 その女性がいかに魅力的かをつらつら語り上げるレグルス。
 一段落した所で、さて親友はとネタ振り――「お前の方はどうなんだよ?」
「女ねぇ……」
 何となく、歯切れの悪いキース。
「いいよ俺はこのまま独身で……って、そりゃお互い様だろ?」
 いつまで経っても男同士で遊んでいた方が面白い、悪ガキの性分が顔を覗かせる。
「さて、そう思ってるのはどこかの執事服だけかもしれねーぜ、っと」
 空になったグラスになみなみと注がれていく琥珀色。
「……はいはい、それじゃお前の子供の顔を見るのを楽しみにしとくよ」
 チン、と小気味よい音を立てる、本日10度目の乾杯。

「あの追撃戦からもう10年も経ったのか……」
 旅団の皆との平和な暮らし。剣の鍛錬に励む日々。それら過ぎ去る時間の早さに、蒼鱗の雷光・ヴォルス(a65536)は自分でも意外なほどの驚きを感じていた。
 リザードマン王国の同盟参入から魔石のグリモア追撃戦までにかかった時間が約6年。以降、更に長い時間を過ごしてきたというのに、まったく世はなべて事もなし。あの6年の密度の高さは凄まじいものであったと、今更ながら驚嘆の念が湧き上がる。
「あのー、ボクがセイザを始めてもう10分経ってることにも誰か触れてくれないかなっ」
 どこか遠くを見つめていたヴォルスは、その声で現実に引き戻された。
 同窓会の参加者達に片っ端からいたずらを仕掛けた末に取り押さえられ、反省の証として10分間正座を言い渡されたポルックの姿が、そこにあった。
 2人でいたずら勝負をしていたはずのスカーレットが居ないところを見るに、おそらく1人だけ逃げ遅れたのだろう。
「やっぱりきつかった? ランドアースの人にはあんまり馴染みの無い座り方だしね」
 悲しみ知らずの・フェトラ(a51925)が伸ばした手を取り、ポルックは足を振るわせながら立ち上がる。正座とは主に楓華列島に伝わる座り方だが、慣れていない者が長時間続けると足がとても恐ろしいことになるという話だ。
「武士の情けで、足に触るのは無しにしてあげる」
 そう言って笑うフェトラ。最近は各地を放浪して紀行文を書いているという。
「それは興味深いですね」
 この10年、ドラゴンズゲートの転送に頼らず世界を歩いて回ったという幻桜花・リミュ(a73017)。自らの目で見た世界は何物にも代え難い新鮮な輝きを放っていたが、自分以外の者の目に映る世界にも、それはそれで新たな発見があるに違いない。
「今度読ませて頂いても?」
「もちろん。代わりにといっては何だけど、リミュさんの話も聞かせて貰えるかな?」
 かつて世界中を飛び回った冒険者達も、その目的はといえばかなりの割合で戦いに赴く事であった。その反動かどうかは不明だが、ここ数年、観光に精を出す冒険者が相当数に上っているのだとか。
 月夜天炎姫・リア(a46291)もそんな1人であり、旅の話なら参加せずにはいられない。
 彼女の話で面白いのは、各地の食べ歩き情報の豊富さだ。中でも苺に関する情報には目を見張るものがあったが、苺にそっくりな鳥を見たという話だけは皆半信半疑。それでも、
「世界は美味しくて綺麗だよね〜♪」
 並べられた料理を誰よりも美味しそうに食べながら話すリアに、誰もが頷いていた。
 足の痺れと格闘中の約一名以外は。
「ポルックは変わらんなー」
 床で悶えていたポルックが見上げると、昔見た顔が一人、モンブランをつついていた。
 綺麗に手入れされた純白のたてがみ。雪のように白い顔の中心で一際異彩を放つ藍眼。南の星・エラセド(a74579)の印象深い容姿は、一度見ればなかなか忘れられるものではない。
「そう言うエラセドさんも以前のままだね。ってことは……」
「ああ、蟹出汁飲んだんだ」
 あらためて参加者達を見てみると、もともと不老種族だった者達以外で生命の書を使ったと思しき者は、約半数ほど。自然のままに身を任せる者。悠久の時の流れに同調した者。それぞれに、それぞれの理由があるのだろう。
「エラセドさんはなんで飲んだの?」
 遠慮も何もあったものではないポルックの質問に、エラセドは真面目な顔で答える。
「ソルレオンは一度滅んだ存在だからな。本当なら、俺自身もモンスター化して冒険者に殺されてたんだろう」
 歴史上、たしかに一度、ソルレオンという列強種族は滅亡している。彼らにその記憶は無いが、揺るがぬ証拠により、当初からそれは事実として受け入れられた。史上稀に見る大事件であり、当事者である彼らの中には、人生観そのものに影響を受けた者も少なくはないのだろう。
「まぁようするに、折角助かった命、とことん生きてやるって事さ」
 モンブランの最後の一欠片を口に放り込むエラセド。その幸せそうな顔。
 生きていればこんな美味いものにも出会える。それはとても素晴らしいことだ。
 そう言っているようにも見えた。
 なんだか人生達観しそうな雰囲気。もしかして今なら聖獣様にだってなれちゃうかもなどという妄想に囚われ始めたところへ、それをぶち壊す人物が登場した。
「ふふふ、ひさしぶり〜♪ ポルッきゅん☆」
 それはまるで、聖獣化という道のど真ん中に置かれた一枚のバナナの皮。
 人呼んでバナナん王子・ロア(a59124)。
「あ、これお土産」
 そう言うと、カバンから取り出した人間の頭大の木の実をテーブルに並べていき、その中の一つを真っ二つに割ってかぶりつく。
「デカいな。ワイルドファイア産か?」
「いっただっきまーす♪」
 皆が思い思いの木の実を手に取り、何の疑いもなくかぶりついたその時。
「ただし、あたりはずれはあるけどね♪」
 しまった――そう思った時は時既に遅し。
「ブハァッッッ!!」
「なんだこれ苦っ!?」
「〜〜っ! 舌がっ、舌がっ!!」
 一瞬の油断が命取り。阿鼻叫喚を極めるテーブルに、どすんと新たな異物が到来。
「これ、口直しのバナナね」
 さすがに、誰もそれには手を付けなかった。

「にぎやかでしゅねぇ♪」
 所々で起こる騒ぎなど心地良いBGMだと言わんばかりに、にこにこしながらグラスを空けていく海の魔術師・アクアリス(a74908)。飲んでいるのはサワーやカクテルなどの比較的軽いものばかりだが、飲みやすさゆえの早いペースが、酔いと共に彼女のテンションをどんどん上げていく。
「にゃ〜♪」
 昂ぶる気持ちそのままに、力を求める者・グロウスグロウ(a74145)の逞しい腕にしがみつく。
「アリス、大丈夫か?」
「だーいじょうぶ〜♪ グロウしゃんはやさしいでしゅね〜」
 結婚し、子供も授かった2人。この10年の間に巻き起こった様々なドラマを「大したことはしていない」としてあまり触れようとしないグロウスグロウの隣で、アクアリスによってつまびらかに語られていく詳細。
「…………」
「にゃっ!」
 そっと差し出された苺のショートケーキ――黙って食べ始めるアクアリス。
 妻の扱い方を十分心得た夫の真骨頂。
 一方、テーブルの向かいでは別の男女が静かに酒を酌み交わしていた。
「こんな風に会うのって何年ぶりだろ」
 幻槍・ラティクス(a14873)の問いかけに、殲姫・アリシア(a13284)は頭を少し傾ける。
「んん……、かなり久しぶりってことは確かだね」
 10年前の戦いの後、ひとところに落ち着いたアリシアとは違い、ラティクスはその殆どの時間を旅に費やしていた。たまにふらりと帰ってくるものの、前回会ったのはもう随分前の話。
 その間にアリシアは結婚し、今では立派な母親になっていた。
「へぇ、子供が?」
「0歳と3歳の娘がね。ほら、子育て真っ最中って感じ?」
 授かった命を護り、育む日々。過去に戦ったどんな相手よりも強敵だと、幸せそうな笑みを浮かべるアリシアに、ラティクスの顔も思わず綻ぶ。
「それじゃ、オレみたいにあちこち旅して回るわけにもいかないよな」
「旦那に全部任せて好き勝手するのもアレだしね」
 可笑しそうに笑う2人。
「だから、子育てが終わったらね、ふらふら色んな所に出かけてみようと思う。せめて、娘達がもう少し大きくなってから、だけどさ。一年くらいとか一緒に旅に出てみたいなと思う」
「なんだよ、娘にべったりか。甘やかしすぎたりしてないだろうな?」
 茶々を入れるラティクスに、アリシアは心外そうな顔。
「こう見えても子育てはスパルタでやってるのよ。男はみんなけだものだ、とか教え込んで、自分の身は自分で守れるように教育してるの」
「ああ、そりゃ2人とも母親似の強い女性に育つよ、きっと」
 言いながら、押し殺したように笑うラティクスは、ふと、いつか彼女達が直面するであろう問題に触れてみる。
「……冒険者には?」
「なりたいと言われたら困るけどね……。私は嫌だけど、止めはしないかも。まあ道を自分で選べるようには、教育してる心算。私だけじゃ無理だっただろうけど、旦那が頑張ってくれてるからね」
 最後にさらりと惚気てみせるアリシア。
「はいはい、ご馳走様」
 ラティクスは、グラスの酒をぐいと喉に流し込む。アルコールには弱い方だと自分でも分かっているが、それでも今日は、最後まで付き合うと決めていた。
「ラティはどこ行ってたの?」
 ほろ酔い加減の頭に、ここ数年の冒険が走馬燈のように駆け巡る。
「色んなところに行ったよ。それこそ世界中の遺跡とか洞窟とか回って……、まだ見つかってない召喚獣が封印されてないか探してた時もあったなぁ」
「ふぅん、それで?」
「見事に空振り……って、見つかってたら分かるだろ?」
 それは確かに、と頷く真顔のアリシア。すぐに吹き出して、また笑い合う。
「あ、お土産は? 来るたびに土産を持ってくるという約束は?」
「おい。いくら久しぶりだからって、そんな約束してないのは覚えてるぞ」
 ぼやきながらも、ラティクスが鞄から何かを取り出した。
「……何なの、このいかにも呪われそうな仮面は?」
「何てこと言うんだ。これを手に入れるのにオレがどれだけ苦労したか……」
 曰く、一本道で大岩が前から転がってきた。
 曰く、宝箱開けたら後ろから矢が飛んできた。
 恐るべきトラップの数々を間一髪で躱しつつ、どこまで続くとも知れぬ深い洞窟を彷徨いながら、ようやく発見したお宝なんだと熱く語るラティクス。
「うーん、普通?」
「くっ……!」
 ドラゴンズゲートの探索を経験した冒険者であれば、無理もない話であった。
 はぁー、と溜息をつくラティクスは、仕方ないといった顔で懐から長細い箱を取り出し、アリシアの前に置いた。
「そっちが本当の土産」
「へぇ、今度はどんないわく付きの物を――」
 箱を開けて、アリシアは一瞬言葉を失った。中に入っていたのは、それ程までに見事な細工が施された、美しい首飾りであった。
「ワイルドファイアで見つけたんだ。あそこの物なら変な呪いとかも無さそうだろ?」
 そっぽを向きながら言うラティクス。アリシアは首飾りを手に取り、そっと胸に当てた。
「ありがとう……、大事にする」
「ああ」
 空になったグラスの中できらきら光る氷。
 流れる音楽に耳を傾け、しばし流れる心地良い沈黙。
 ラティクスは、思い切って以前から考えていた事を口に出した。
「……自分の幸せは、見つかった?」
 ラティクスが知っているアリシアは、いつでも自分の幸せを度外視して、他の誰かの為に頑張る女性だった。そんな彼女にこそ、他の誰かではなく、自分の幸せを見つけて欲しい。彼女の傍に居た頃も、遠く離れていた時も、ずっとそう願っていた。
 今日久しぶりに彼女と会い、きっともう大丈夫なのだろうと思った。
 彼女の顔が、とても幸せに満ちていたから。
 それでも。
 それでも、聞かずにはいられなかった。彼女の口から、答えを聞きたかった。
 思いの外真剣な様子に面食らっていたアリシアだったが、同時に、自分の事をこれほど気に掛けてくれるラティクスへの感謝の気持ちが、胸いっぱいに広がるのを感じていた。
 自分はもう大丈夫だという事を、しっかりと伝えなければならない。この類い希なる優しさを持った親友が、安心して自分の旅を続けられるように――。
「ちゃんと、今は、幸せを掴めた気はするけれど」
 穏やかな笑みを浮かべるアリシアを見て、ラティクスは胸につっかえていた何かが、跡形もなく消えていくのを感じた。それはまるで、見晴らしの良い山の上から新たな年の日の出を迎えるような、そんな晴れやかな気分だった。
「よし、今日はとことん飲もう!」
 多分、会うのはこれで最後だから――。
「弱いくせに」
 本当、最後の最後まで優しいんだから――。
 思わず零れそうになった涙を堪え、2人はぐいとグラスを空けた。

「はぁ……、やっぱお前とこうしてると落ち着くわ」
 何杯やっただろうか。大分酒が回ってきた。ああ……。
「柄でもねぇけどさ……有難いさ、色々と」
 そう言ってレグルスの肩にポンと置いた手は、すぐに払いのけられた。
「ったく本当にらしくねぇな。年とって涙腺緩んでんじゃねぇの?」
「んだよ、茶化すなよ……」
 まったくこいつと来たら、昔から何も変わっていない。
 レグルス・ノーデント。悪友にして心友。昔から全く気を遣う必要のない、無二の親友。
 最後まで、こいつや他のやつらと馬鹿をやって、一生を太く短く終らせるのも悪くないよな。
「……で、どうだ?」
 おっと、ぼんやりしてて聞いていなかった。
「おい、ちゃんと聞いてろよこの酔っ払いが」
 へいへい、すみませんでした、と。
「だから、そのうち野郎二人でよぉ、むさい旅にでも出てみるかっての。お前となら退屈しねぇ」
 …………。
 本当、こいつときたら。
「ああ、悪くないな」
「だろ? よぉし、それじゃ乾杯だ!」
「何に乾杯だ?」
 少し考え、レグルスが言った。
「男の友情に」
「おうよ、男の友情に」
 乾杯。

「よぉ、飲んでるか?」
 皆の居るテーブルから離れ、カウンターでちびちびとやっていたモーディの隣に、懐かしい顔――ラトルスネーク・ングホール(a61172)が立っていた。
「やぁ、君が持ってきてくれたというビールを戴いていたところだよ」
 モーディが指差した先には、カウンターの奥にデンと鎮座する大きなビヤ樽。
「一樽まるごととは豪気なものだ。しかし、そんなに気を遣わないでも良かったのだぞ」
 まぁ、美味い酒は大歓迎だが、と微笑むモーディ。その姿に微妙な変化を感じ取ったのか、ングホールは顎の無精髭を撫でながら言った。
「ふむ、年を重ねて少しはいい女になったってとこか」
「むぅ……、君ほどの男性ならば、女性の年には触れないよう気を遣うべきではないのか」
「ははは、怒るな、ちょっとした軽口ってやつだ」
 豪快に笑いながらカウンター裏に回り、自分の分のビールをジョッキに注いでいく。綺麗に盛り上がる泡に、モーディから感嘆の声が漏れた。
「上手いものだ。やはり、好きだと注ぎ方にも拘りがあるのだろうな」
 席に戻ってきたングホール。
「いや実はな、今、酒場のオヤジをやってんだよ」
 きっかけは、星の世界からの帰還後に立ち寄った一軒の酒場だという。
「当時やる事が全くなくてな、あんまりにも暇なんで酒場の用心棒になったのはいいが、しばらくして、そこのオヤジが病気で倒れちまってよ。『病気が治るまで代わりに』と頼まれちゃ無下に断るわけにもいかんし、どうにか代理を努めてたところ、なんとオヤジがそのままポックリいっちまった。で、結局、俺が正式に店を引き継いだってわけよ」
 大富豪である事が多い冒険者ではあるが、モーディが知る範囲でも、彼のように商売をして生活している者は少なくない。敵と呼べる存在が居なくなったこの世界で生きていく上で新たな刺激を求めるとすれば、旅をする事、家族を持つ事、そしてやはり、仕事を持つ事が挙げられるのだろう。
 いずれ自分にも、何かを始める時が来るのだろうか。
 モーディは漠然とした思いを胸に、グラスに口をつける。
「しかし、このビールというやつはどうも苦手だな。こんな苦いものを、よくそうも美味そうに飲めるものだ」
 隣で、大ジョッキにたっぷりと注がれたビールを、ごきゅごきゅ喉を鳴らして飲むングホールを見る。ちらりと向けてくる横目は、何だビールも飲めないのか、こいつはとんだお子ちゃまだぜ、いい女というのは取り消しだなガハハ、と言っているように『見えた』。
「くっ、負けるか!」
 涙目になりながら一気に飲み干そうとして盛大にむせるモーディ。
「おいおい無理すんな、ってかお前は何と戦ってるんだよ……」
 呆れた視線が突き刺さる。
「……にしても、今のご時勢、霊査士も暇だろう」
 大人の余裕により、さりげなく変わる話題。
 勿論、行方不明者を捜したりなど、人の世の事件に関わる者達は居るが、戦の時代であった以前ほど必要に迫られることは無くなっている。
「私も、仕事で霊視をしたのは随分前になるな」
「とはいえ、将来その力が必要な時が来ないとも限らん。そんな時はまた冒険者達の力になってやってくれ、頼む」
 そう言って帽子を取り、ぺこりと頭を下げた。
「君がそう言うなら、そうしよう。だが私も冒険者の端くれ。只で依頼を受ける訳にはいかんな」
 意外な返答に、ングホールは困ったように頭を掻く。
「じゃあこういうのはどうだ。今度俺の店に飲みに来ないか? 一杯くらいなら奢るぞ」
「ほう?」
「それに……、ほれ、もしあれなら、そのまま店で働いてくれても構わんし、な」
 そうすりゃ酒なんぞいくらでも、と冗談めかすングホール。
 モーディはしばし固まったように動かなくなり、そして、
「……君が、そう言うなら」
 かつて誰にも見せた事のないほどの、満面の笑みを浮かべた。

 永遠に続くかと思われた宴も終わりを迎え、酒場からは段々と人の姿が消えていく。
 吐くまで飲み続けた挙げ句気を失い、キース共々奥の部屋に運ばれていったレグルス。
 酔い潰れて寝てしまったアクアリスを背に抱えたグロウスグロウは、皆に散々冷やかされ、苦笑しながら店の扉をくぐっていった。
 残ったのは、後片づけを手伝う面々。食器を洗って棚に仕舞い、色んなものが落ちている床を綺麗に掃除し、そして、モーディと共に洗った雑巾を外に干しているうち、ふと「ありがとう」という言葉が、リヴィールの口をついて出ていた。
「突然どうしたんだい?」
 くすぐったそうに笑うモーディに、リヴィールは自分でもよく分からないと言って微笑み返す。
「でも……、ずっと伝えたかったから」
「ふふ、おかしな子だな」
「あはは、そうかも」
 雑巾を干しながら笑い合う2人の声が、いつまでも夜空に響いていた。

●休日はフラウウインドに出かけよう
「いいいいいいぃやっはぁぁぁぁっっーーーーーーー!!!」
 上空から聞こえる派手な掛け声。
 一斉に空を仰ぎ見た冒険者達が、出っ張りから飛び出した赤茶毛の少年の姿を捉えた。
 30メートルの高さから一直線に湖面へ向かい、落下。
「お、こっちか!」
「逃げろ逃げろ!!」
 予想される着地地点付近の冒険者達が、笑いながら逃げ惑う。
 ざっぱーん!!
 水飛沫を盛大に飛び散らせ、少年が着水。
「ぷあっ!!」
 水面から顔を出したのは、糸使いの悪戯小僧・ライ(a74993)。
「気ん持ちいいぃーーー♪」
 声を張り上げるライの背後で水面が盛り上がり――、
「来た!!」
 シュッ! という滑り出すような音と共に、『それ』が姿を現した。
 ライと同じくらいの体長を持つ『それ』は、水面から優に10メートルは飛び上がり、そのまま空中で体を横たえながら落下。着水。パーンという甲高い音が鳴り響き、舞い散る水飛沫。
 逃げる冒険者達の姿を、水面から顔を出した『それ』がキュッ、キュッと鳴いて追いかける。
 『レイクジャンパー』――略して『レジャー』。
 それが、集まったアイデアの中から選ばれた名前だった。
「おーい、こっちこっちー」
 ライに呼ばれたレジャーは、するすると水中を滑るように接近。鼻先をライの顔のすぐ近くに寄せてきた。
(「触っても怒らないかな?」)
 そっと触れてみる。
 レジャーはもっと触って欲しいと言いたげに、ライの手にぐいぐいと鼻先を押しつけてきた。
「ははっ! なぁ、乗せてくれるか?」
 そう言った途端、レジャーはライの股に体を滑り込ませ、持ち上げる。
 そして一声鳴いたかと思うと、そのままものすごいスピードで進み始めた。
「すげぇ、すげぇ!!」
 あっという間に見えなくなるライの姿。
「ジャンプも凄いが、スピードも凄いなー」
 それが、岩山最上段から湖を眺めていたエラセドの所感。
「でも今のレジャーはまだまだ小さい。俺はもっと凄いのを呼んでみせるぜ!」
 全身からゴージャスオーラを迸らせ、エラセドが宙を舞った。
「行くぞおおおおぉおーーーー!!!」
 眼下では、飛び込みに気付いた冒険者達が右へ左へと逃げ回る。
 その中の一人が、エラセドの動きに注目。
「あいつ、何かするつもりだ!!」
 伸身状態で湖面へ向けて落下するエラセド。そこから膝を抱え込み、2回半の捻りを加え、着水。
「お、おお……?」
 ほとんど水飛沫の上がらないフィニッシュは見事だったが、途中の技は何だったのか、その場で冒険者達による議論が開始。同時に水面からシュパッと飛び出したのは、凄まじくスリムな体を持ったレジャー。最高到達点から落下するその様は、まるで矢のように真っ直ぐであった。
 ちなみに、エラセドが見せた技は『ホワイトジャイロ』と名付けられた。
「どいてどいてぇぇぇえぇぇぇえぇえっっぇ〜〜〜♪」
 続いて飛び込んできたのは、スカーレット。
 小さな水柱を立てて着水した彼女の隣で、子供のレジャーが嬉しそうに飛び跳ねた。
「かわいい〜! ね、ね、お願いがあるんだけど♪」
 スカーレットが何やら耳打ちすると、一度潜ったレジャーがスカーレットの両足を押し上げながら戻ってきた。あたかもスカーレットが水面に立っているかのように見えるその体勢で、レジャーはすいすいと泳ぎ始める。
「すごい! ホントに水の上を滑ってるみたい!」
 これまたすごいスピードで遠ざかっていくスカーレットだったが、200メートルほど行った所で足を滑べらせ――、
「あ、落ちた」
「あー……」
「あの辺結構深いけど大丈夫かな?」
「大丈夫だろ。冒険者だし」
 魔法の言葉、『冒険者だから大丈夫!』。
「えっと、多分4番リア行きま〜す♪」
 10メートル地点から元気よく飛び降りたのは、オレンジのビキニに身を包んだリア。生命の書の恩恵を存分に享受し、若々しく弾ける瑞々しい肉体を惜しげもなく晒しながら着水。
 男性陣からの声援に手を振って応えたリアは、ジャンプ後に寄ってきたレジャーに、
「今からキミはケイウンね!」
 と、いきなり個体名をつけ、
「ケイウン一緒に泳ごうよ〜♪」
 あっという間に仲良しになって泳ぎ始めた。
 しばらく並んで泳いでいたケイウンだったが、突然水中に潜行。あとを追うと、5メートルほど下で待っていたケイウンがくるりと背中を向け、こちらに向けてヒレをひらめかせていた。
「ゴポゴポ……(なるほど!)」
 ヒレをしっかりと両手で握った直後、リアの体は急激に上へと引っ張られ、
「キャッホーー♪」
 ケイウンと共に、数瞬の空中遊泳を楽しむこととなった。
 ちなみにその時起きた不幸(?)な事件のあらましをここに記しておこう。
 高所から飛び込む際の衝撃で緩んでいたリアのビキニの結び目が、レジャーとのジャンプにより完全崩壊。その後、湖には一本の看板が立てられたという。
 看板記して曰く――『ビキニ注意!』。
 禁止ではないという事を特に記しておく。

 そして、場面はまた最上段へ。
 そこでは、とあるカップル――特に男性の方が、周囲の注目を一身に集めていた。
 100年経って若干老けたグロウスグロウ。外見年齢は30代半ばまで進み、全盛期より若干の衰えはあるものの、その肉体は未だ鍛え上げられた鋼のように引き締まっている。
 だがしかし、彼が注目されているのはそのようなマッスル的な理由ではない。鍛えた肉体を持つ者などはこの場にいくらでも居る。では一体何なのか。
「もう二度と着ることはないと思っていたのだが……」
 腕組みをして立つグロウスグロウの下半身には、目も眩むほどの白の褌が装着されていた。
「かっ、カッコイィ〜」
 その隣には、今にもハートマークが飛び出てそうなほど全身で喜びを表現するアクアリスの姿。
 ブルーが眩しいスポーツタイプの水着は、これならばどれだけ激しい衝撃でも安心だ。
 ちなみに今の彼女。あまりの歓喜に立っているのもやっとという腰砕け状態。
 はふぅ、と熱い溜息を漏らすその様は、恋する少女そのものといった風情。二十歳越えている事はこの際目を瞑ろう。
 外巻きに彼らを囲む婦女子の皆さんの視線も、申し訳程度に顔を覆った手の指の間から、しっかりとグロウスグロウの褌に注がれている。
「あのー、人が溜まって危険なので次いって下さい。ええ、マッハで」
 嫉妬に燃える男性冒険者からは、さっさと飛び込んでここから消えろという呪詛の声。
「む、そうか」
 ならば仕方あるまいと、グロウスグロウが豪快に飛び込む。
「ああっ、待ってグロウさん! アクアリスも、行っきま〜す☆」
 少し遅れてアクアリスもあとを追った。
 グロウスグロウの、質実剛健という言葉が似合うシンプルな飛び込み。
 逆にアクアリスは、空中3回転を派手に決めてVサイン。
「っひゃ〜☆ 楽し〜♪」
 飛び出してきた2匹のレジャーは、空中で器用に弧を描き、ハートマークを描いてみせた。
 その後、湖から上がってくるグロウスグロウに、先ほどとは少し違う意味で注目する冒険者達。
 岸に上がった彼の姿を見て、多くの者がホッと胸を撫で下ろし、こう叫んだ。
「褌、グッジョブ! よく頑張った!」
 もしアレがアレしていたら、看板をもう1枚立てねばならない所であった。

 気を取り直して、次のジャンパーを見ていこう。
「あの氷の大陸が、こんなに賑やかになるとはね〜」
「いや、それはコルドフリード。ここはフラウウインドだ」
 100年経っても相変わらずどこかぼけているフェトラに、ゼルク・アルヴァーツが突っ込んだ。
 ゼルクは、かつて外洋航海船サンダース号3号に乗り込み、このフラウウインド大陸を発見した一人であるヴォルス・リザーディアンの孫。
「ふっ、俺も爺ちゃんと同じようにこの目で未知の大陸を歩みだすのか。考えてるだけで、楽しみになってくるぜ」
 両手を腰に当てて胸を張り、高らかに笑うゼルク。
「はあっ!!」
 脇目も振らず、湖面へと一直線。出てきたレジャーは彼に負けず劣らずの男前なジャンプを披露。
 続いて、フェトラがするりと飛び降りる。チャレンジしたのは、なんと伸身前方3回宙3回半捻り。
 おそらく今までで最も高難度の技。だが――、
「あっ!」
 着水寸前、バランスを乱したフェトラは不自然な体勢で湖面に叩き付けられた。
「まずい!!」
 まだ近くに居たゼルクが急いで潜る。
(「今の衝撃で気絶でもしていたら厄介……、ん?」)
 だが、そんな心配は無用であった。
 水中を、大きな狸の尻尾をゆらゆらと揺らめかせて浮上していくフェトラ。
(「あれがクッションになったのか」)
 ゼルクは、やれやれと肩をすくめる。
 寄ってきたレジャーの背におぶられながら飲んだ水を吐き出したフェトラは、大丈夫かーと声を掛けてくる岸の冒険者達にも手を振って応えた。
 当然、『冒険者だから大丈夫!』だ。
 だからだろうか?
 直前にあんな事があったにも関わらず、
「折角なのでやっぱり飛び込むですよーわくわくですよー!」
 永遠なる詩の紡ぎ手・ファル(a72198)が非常にノリノリであり、
「うむ、せっかくじゃ! 30メートル地点からどぼんと飛び込もうぞ!」
 花葬の廃園・フィリアル(a71089)も全く動じる様子が無いのは。
 とりあえず、2人並んで出っ張りに立ってみる。
「…………」
「…………」
 一歩下がる2人。
「怖いので手を繋いで飛び込むですよ!」
「うむ、手を繋いでおれば怖さも半減じゃのう」
 やはり怖かったようだ。
「時にファルよ。私は今重大なことを思い出したのじゃが」
「フィリアルさん、どうされたのです?」
「実はのう、私は泳げぬのじゃ」
 今明かされた衝撃の事実。まさかのカナヅチ。これは中止かと思われたその時、
「ファルはちゃんと泳げますよ?」
 何故か手を繋いだまま笑顔を向けるファル。
「うむ、そうか。だが私は泳げぬのじゃ」
 何とか手を離そうとするフィリアルだが、
「ファルはちゃんと泳げますよ?」
「…………」
 GO!
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
 手を繋いだまま落ちていく2人。
 そのままどぼんと湖に着水。
「ぷは」
 ほどなくして水面から顔を出したファルは、『なぜか』フィリアルが浮かんでこないことに、とてもとても驚いた。
「こ、これは大変ですよ?」
 そうですね。
「レジャーさんたち、へるぷみーですよー! あ、みーじゃないですけど!」
 そして3分後。
「うぅ、ひどい目にあったのじゃ……。冒険者なら大丈夫なのではなかったのかの」
 レジャーの背中の乗せられて、ゆらゆらと水面を進むフィリアル。
「レジャーさんたち〜♪ たすけてくれて〜♪ あ〜りが〜と〜お〜ですよ〜♪」
 同じくレジャーの背中に乗って、お礼の歌を歌うファル。
「一瞬、ホワイトガーデンより綺麗な場所が見えた気がするのう……」
「それはもしかして神様の国かもです。ファルも見てみたいですよー」
 脳天気なエンジェル達は、しばらくの間、おしゃべりをしながら湖面を漂っていたそうだ。

 そろそろ夕暮れ。
 あれほど騒がしかったここ――ジャンパーズレイクも、お開きの時間が近づいていた。
「うーん、おっかしいなぁ……。どこ行ったんだろ?」
 辺りをキョロキョロと見回しながら、1人でうろつく英雄的悪戯屋・ポルック(a90353)。
「あれ、ポルックさんお一人ですか?」
 湖でレジャーと泳いでいたリミュが、声を掛ける。
「あ、リミュさん。まだ泳いでたんだ? ええとね、ロアっていう友達のプーカなんだけど、一緒に来てたはずなのに、どこにも居ないんだよ。さっきから捜してるだけど……」
「プーカ?」
 それを聞いたリミュは、何かを思いだした様子で泳ぎの手を止めた。
「1時間くらい前でしょうか……、どなたかが飛び込む時に『そんなバナナ』を仕掛けようとしたプーカさんが怒られてどこかに連れて行かれたとか」
「うわー……」
 さしものポルックも、言葉が続かなかった。
「探しに行きます?」
「ううん、いいや。たぶん自力で何とかすると思うし。リミュさんはまだ泳ぐ?」
「はい。もう少しだけ、この子たちと遊んでいきます」
 そう言うリミュの周りでは、10匹以上のレジャーが嬉しそうな声で鳴いていた。

●めんつゆ王の華麗なる一日
 時は3009年。ランドアースの辺境にひっそりと存在するレイノ王国には、かつてないほどのいたずらとめんつゆの嵐が吹き荒れていた。
 その中心に居たのは、誰あろう、めんつゆ王・ポルック(a90353)である。
 王様になった後も毎日を自堕落に過ごし、今日も今日とて遅めの朝食を終えたポルック。
 残り少なくなった午前中に少しでも仕事をしてもらおうと、大臣達がスケジュール調整にやっきになっていたところへ現れたのは、砂の孤城の・リオン(a59027)。
「王様ー、会いたいって人が来てるヨ☆ なんでも父親が王様と知り合いだったとかで、えーっと、『グロウスグロウの息子ルーツルート』だって。どーする?」
「ちょっ!」
 焦る大臣達。
「そういえば一緒に冒険したこともあったような……。うん、通していいよ」
「ヤー☆」
「こ、こら! 待て! 待てえええええええええ!!」
 ポルックの側近であるリオンは、いつも勝手に王様の仕事を増やすことから、大臣達に厄介者扱いされていた。
「ほい、連れてきたヨ」
 ちなみに仕事は超速い。
「会って頂き光栄です、王さうわぁっ!?」
 謁見の間に入ろうとしたルーツルート、足下に仕掛けてあったロープに引っかかり、落ちてきた黒マントを頭からかぶった上、高そうな絨毯に勢いよく顔面からつっこむというウルトラC。
「さ、さすがポルック王、こんな所にまでトラップを……」
「残念、それはあたしのし・わ・ざ♪」
 起き上がろうとしたルーツルートの前に現れたのは、故グロウスグロウの妻アクアリス。
「か、母さん!? どうしてここに?」
「ありゃりゃ、ルーツルート! そっちこそなんでなんでッ?」
 騒然となる謁見の間。ちなみにアクアリスは、『面白そう』という理由で勝手に押しかけてきて、数ヶ月前からポルックの側近を務めている。
「それなら俺だって同じだよ。なんか面白そうだったから、ちょっと覗いてみて、ついでに手品でも披露しようかなって」
「ではまずその手品とやらをやりたまえ」
 来てしまったものは仕方ないと、可能な限り速やかにこの場を収めようとする大臣ズ。
「よし、じゃあいくよ。さあさ王様、この帽子の中から兎が……って逃げてるー!?」
「もういいよ! 帰れよお前!!」
 大臣がキレた。

 キーンコーンカーンコーン♪

 ランチタイムである。多少の制限はあるものの、この時間レイノ城は一般開放され、入場者はお城の豪華なランチを王様と共にとることが出来る。
 一足先に潜入し、言葉巧みにポルックに取り入った青雪の狂花・ローザマリア(a60096)が提案した王室の一般見学。
「王様人気がすごいなら、もっと身近な存在にすべきよね」
 ランチタイムの一般開放もその一環としての試みであったが、国民にはかなりの好評をもって迎えられていた。
 そして当然、本日の入場者の中には幾人かの冒険者が紛れ込んでいる。
「ヤッホー、ポルッきゅん♪」
「あ、ロアロアひさしぶりだね。フラウウインドでは大丈夫だったのかな?」
「何百年前の話!? じゃ、なくて。今日はポルッきゅんに一言もの申しに来たんだよ」
 なんと、思考回路の大半を悪戯が占めているはずの彼とも思えぬ発言。
 大臣達の期待を込めた視線が熱い。
「言わせてもらうけどね、めんつゆだけじゃなく、バナナにも投資しないとダメだよ!」
 そうか。思考回路の残りはバナナだった。
「連れて行け!」
 大臣が退場を指示。
 兵士達に両腕をしっかりと抱え込まれ、ロアはずるずると引き摺られていく。
「あ、あと、新作ゲームできたら安く譲ってね♪ え、違う? 何が??」
 退場完了。
 だがランチタイムはもう少し続く。
「すごーい、ポルック王様やってるんだ!面白そうだね!」
 次にポルックに接近してきたのは、これまたプーカのスカーレット。
 プーカと聞いて嫌な予感が走る大臣達。既に頭痛を訴える者も居る始末。
「いろいろ教えてよ。で、あたしも一緒にいたずら考えたいな」
 どうやらスカーレットは色仕掛け作戦でポルックを籠絡するつもりらしい。
 方法はともかく、ポルックを何とかしてくれるならそれでいいのだが――、
「狙うは玉の輿! めざせ王妃様! 上手くいったらポルックをお尻に敷いて政権奪取!」
「おぃぃぃ! 不穏な計画が声に出ちゃってるぞ!!」
 兵士達に両腕をしっかりと抱え込まれ、スカーレットはずるずると引き摺られていく。
「あ、一応、いたずら推進事業は経済を圧迫しないように展開するよ? でもスカート奨励事業とかはやりたいなぁ、風プーカとしては」
「黙って歩け!!」
 こうして、2名のプーカによるそれぞれの作戦は失敗に終わった。

 キーンコーンカーンコーン♪

 午後。城内には既に次なる刺客が入り込んでいる。
「ふむ、ダメダメな王様か……、一発びしっといれねばならぬな!」
「お説教とおしおきですよ!」
 フィリアルとファル。例のエンジェルの2人である。
 ちなみにポルックは現在、昼食後のお昼寝タイム。
 こっそりと寝室に侵入した2人は、すやすやと眠っているポルックのベッドに飛び乗った。
「しっかりとした王様でなければお仕置きじゃー! めんつゆの刑に処すぞ!」
「王様はみんなのことを考えなくちゃ駄目なのですよー。真面目な事も考えないと!」
「な、なになにっ!?」
 驚いてベッドから転げ落ちるポルックに、フィリアルはクククと黒い笑みを向ける。
「一日中たっぷりとめんつゆを飲んでくださればよかろうのう」
「ですよねーよねー」
 ガシッとポルックのアゴを掴み、開かせた口にとくとくとめんつゆを注いでいく。
「ちょ、ちょっ! うっ、ごふっ!?」
 訳も分からず目を白黒させるポルック。2人を振り払うと、
「衛兵ー、衛兵ー、ちょっとみんな来て!」
 冒険者のくせに衛兵の皆さんを招集し始めた。
「これはまずいの。撤退じゃ!」
 窓から外へ逃げようとするフィリアル。
 しかし、ファルが動かない。
「ファルは逃げない、媚びない、顧みないのですよ!」
「その立派なポリシーはここ以外の場所で発揮してくれんかの!」
 結局、逃げ遅れた2人は兵士達に両腕をしっかりと抱え込まれ、ずるずると引き摺られていった。
「めんつゆだけじゃなくて、甘い物とかも支援するように!」
「こんなのばっかりか!!」
 連行されながら自分の要求を連呼するファルに、大臣達の胃がきりきりと痛み始める。
 それら一部始終を、城の屋上から見ている者が居た。
「今までの失敗原因ははっきりしてる。みんな派手に動きすぎなんだよなー」
 自分は彼らの二の轍は踏まないとばかりに、エラセドの暗躍が始まった。
 要するに、ポルック自身が進めているもので少々痛い目にあってもらい、何事も過ぎたるは及ばざるが如しという事を学んでもらえば良いのだ。
 現在、ポルックはめんつゆ事業について専門家達との会合中。
 専門家のアピール――「国民は既存のめんつゆにはない、新たな刺激を求めています!」
 天井裏のエラセド――「刺激か、こいつは使えるぜ」
 早速、料理人を抱き込むエラセド。
 3時のおやつタイムを、3時のおそばタイムへと変更。
 極上の蕎麦を用意してもらう傍ら、ポルック用のめんつゆにこっそりわさびを大量投入。
 しかし、完成しためんつゆの異様さは、さすがに誤魔化しきれるレベルのものではなかった。
 どろりとした粘着性の液体に変わり果てためんつゆを前に、立場の危機を感じた料理人があっさり裏切り、しかるべき所へ通報。
 エラセドは、兵士達に両腕をしっかりと抱え込まれ、ずるずると引き摺られていく。
「何事も過ぎたるは及ばざるが如し、っていうんだぜ」
「うん、何となく分かるよ……」
 連れて行かれるエラセドの姿に、何かを学ぶポルックであった。

 もしかして、冒険者に依頼したのは間違いだったのだろうか。
 他の冒険者達の動向に「大変ですね〜」などとコメントしつつ小鳥や小動物達とのんびり戯れているシャンティを見て、大臣達は深い溜息をついた。
 だがその時。彼らにとっては天の使いとも言うべき一団が現れた。
 その中の一人が進み出ると、その顔に見覚えのあった大臣が仰天して腰を抜かす。
「あ、あなたはまさか……、数十年前、世界中に巨大苺農園『苺一会』を設立し、伝説の苺姫と呼ばれたリア・カサナ様では!?」
 ざわめく大臣達。
「農園の経営を後継者に任せて隠居したと聞いていたが……」
「だが彼女なら我が国の窮状をも何とかしてくれるやもしれぬ」
「他の方々にも頼りになりそうなオーラが見える気がするぞ」
 そして結論が出た。
「レイノ大会議を開催する!!」
 30分後、城の会議室にはポルックとその側近達、大臣達、冒険者達が一堂に会していた。
「あれ?」
 中にはポルックがよく知っている者達の顔も並んでいる。
「王様、静粛に!」
 漂う真面目な雰囲気。不満げに口を閉じるポルック。
「ではまず私から……」
 立ち上がったのは、大きなフードをすっぽりとかぶった謎の人物。
 あれは一体何者なのか。どこぞの賢者様では。室内に飛び交う様々な憶測。声から、かろうじて女性だという事だけは分かる。
「王様に進言致します。王様の出す事業はとても素敵なもので、国民にも高く評価されております。ですが、毎日のようにそのような事をしていては、いずれ国民も飽きてしまうと思われます」
 次々に上がる賛同の声。
「エブリデイトリックオアトリート法案だっけ? 毎日じゃ、飽きられるのもすぐだね」
 ――と、カイ。
「そうそう。悪戯ってさ、ずっとし続けるよりここぞって時にした方が面白いと思うんだぜ」
 ――と、ライ。
 手厳しい意見の連続に王様ちょっとふくれっ面。
 いいぞもっと言ってやれという顔の大臣達。
「お肉を食べ続けていたらサラダが欲しくなるように、忘れた頃にバァーンと仕掛けるからこそ、悪戯される側もする側も楽しいものだと思うのです」
「……でも、今だってみんな楽しいって……」
 リゼッテが子供をあやすように優しく諭すも、ごにょごにょと始まる言い訳に業を煮やしたリヴィールが一喝。
「ポルックさん正座!!」
 その声に、飛び上がって椅子の上に正座。よく見るとリヴィールもちゃんと正座している。
「今はまだいいかもしれない。でも国が傾いちゃったら、それこそ遊んでる場合じゃなくなっちゃうよ? いつかのキマイラ砦みたいな所が出来ちゃったらどうするの?」
 耳の痛い言葉が次々に飛来。うんうんと頷く大臣達。
「それにさ、お仕事真面目にやっといて、任期終了直前くらいにどかーんと大掛かりないたずらやっちゃう方がインパクト強くていいと思わない? きっと歴史に残るよ」
 様々な意見を受けて紛糾する大会議。
「普段も真面目にしていたら彼を王様にした意味が無いでのは」
「それはそうだが、このままでは国が崩壊する」
「せめてもう少し無茶な事業やイベントを減らしてみてはどうか」
「今の半分くらいにすれば何とか……」
「え、ちょっと待って」
 手を挙げるポルックに、皆が議論を止めて注目。
「事業やイベントを今の半分にすればいいならさ、すっごく簡単な解決方法があるんだけど」
 そう言って、ポルックは側近であるリオンを指差した。
「そういうのって半分くらいはリオンからの提案だし、要はそれを聞かないことにすれば解決?」
 唖然とする一同。
「あれはたしかボクが王様になる1年くらい前……、そう、3008年だったよ。街を歩いていたら突然リオンが現れたんだ」
 以下回想シーン。

『あーらポルック久しぶりー。噂には聞いていたけど、結構やんちゃしてるんだって?』
『やぁ、リオンひさしぶりっ! 実は最近、レイノ王国って所の王様に選ばれそうなんだよね』
『へー……、そんじゃオレっちを側近として召し抱えてみない?』
『リオンを?』
『超!バナナ投げ祭とかー、王様主催の大宴会(めんつゆもあるヨ)とかー、王様が脚本と監督と主演やっちゃう舞台とかー、色々きそーてんがいな事が出来たらイイヨネー☆』
『なーるほど、王様になったらそういうことが出来ちゃうんだ! オッケー♪ じゃ、本決まりになったら連絡するね』

 回想終わり。
「うん、たしかこんな風だった。で、実際に側近になってもらって色々……あれ? リオンは?」
 いつのまにか、席から姿が消えていた。
「あそこだ! 逃げようとしてるぞ!!」
 既に窓枠に手をかけているリオン。振り返ってウインク。
「今まで楽しかったヨ。それじゃ、またネー☆」
 そのまま飛び降りて、走り去っていった。
 あまりの展開に声も出ない大臣達をしり目に、ポルックが再度確認。
「……解決?」
「どうやらそのようですね」
 謎の人物がフードを脱ぎがら答える。
「あ、リミュさんだったんだ。声色まで変えて……」
「ふふ、驚きました? この方が雰囲気出て良いと思って」
 その時、会議室の扉がバン!と開いた。現れたのはアクアリス。
「小難しい会議の後は晩ご飯! 今日はお城の広い敷地を利用した超ロング流し素麺だよ〜♪」
「ちょうど良かった。貢ぎ物として、特製のめんつゆを持ってきてあるのです」
 大きな筒をを取り出すリゼッテ。
 一同、なし崩し的にディナーへと向かう。

「解決されたって言ってもまだギリギリなんでしょ?」
 流れくる素麺を器用にすくいながら、話はまだ終わっていないとばかりに語り始めるフェトラ。
「こんな美味いめんつゆができるなら名物として国外にも広めればいいし、トリックオアトリート用のお菓子や悪戯グッズの開発にも力を入れるべきだね」
 面白い事、楽しい事は皆で分かち合い、それを国の財政に役立たせればいいのだと言う。
「そう、国民だけじゃなく、世界中の人が楽しめる国を創ろうじゃないか!」
 その話しぶりに、大臣達が感激の涙を流していた。
「今の話を聞きましたか王様! レイノ王国総観光地化計画! これはいけますぞ……って王様?」
 大臣がポルックの姿が見えない事に気付くと同時に、にわかにざわめきたつ城内。
「うおっ!?」
「なんだこりゃ!」
 素麺の流し台に次々と流れてくる、豆腐、ゼリー、かき揚げ、エトセトラエトセトラ……。
「そーれ、次いくよっ!」
「はいこれ、温泉卵☆」
 何となく解決した気になって皆が忘れていた、もう一人の側近。
「連れて行け」
 パチンと指を鳴らして指示する大臣。
 兵士達に両腕をしっかりと抱え込まれ、アクアリスはずるずると引き摺られていった。
 そして、ポルックの背後に迫るリア。
「今日は十分遊んだよね。遊んだらお仕事しよ〜」
「え゛……」
「僕も手伝うから、ね?」
 そうしてついにポルックも腕を掴まれ、執務室へと引き摺られていくのであった。
 ちなみに、レイノ王国はその後もちゃんと存続し、観光名所として末永く栄えたという。

●絶望に惑う船、希望に集う者
 数万年に及ぶ平和の日々は打ち破られ、再び戦いの時が来た。
 タイムゲート周辺に浮かぶ三隻の魔導船。歪なその姿を目の当たりにしたスカーレットの脳裏に、遙か遠く――数万年前の記憶が鮮明に蘇る。
「懐かしいな……、昔、星の世界でキミ達の仲間に会ったよ」
 おてんばで悪戯好きだった彼女も、長い長い時を経て美しい娘へと成長し、今や一児の母となっていた。親から子へ、人から人へ。生きとし生けるものは、そうして未来を紡いでいく。
「今頃はきっと彼らが新たな文明を築いているはず……。だから、ファルドバールの未来は彼らに任せて大人しく眠ってね?」
 ドラゴンウォリアーの力を解放し、インフィニティマインドから飛び立つスカーレット。
『……緊急警報……前方ヨリ未確認飛行物体接近……総員戦闘配備……』
 続々と飛来する者達に反応し、戦闘態勢に入る魔導船。船内で鳴り響くアラームと機械による音声案内をドラゴンウォリアーの超感覚が余すところ無く捉えていく。
『……魔導ミサイル発射5秒前、4秒前、3、2、1……』
「来るぞ!!」
 直後、三隻の魔導船から発射される数百発のミサイル。
 高速で接近するエラセドが躱す、躱す――群れなして襲ってくる恐るべき兵器の間をすり抜けるように飛ぶ。右、左、上、下、縦横無尽に駆け巡る。また来た。左に躱す。そこに飛来するミサイル。測ったようなタイミング――躱せない。直撃を覚悟したその時、目の前のミサイルと、その後ろから迫ってきていた数十本のミサイルが、まるで濁流の如く押し寄せるエネルギーに流され、あっという間に全て撃ち落とされた。
「サンキュー、助かったぜ!」
 味方の援護に感謝。
「いえ、お構いなく」
 一瞬だけエラセドと目を合わせたリミュは、更に距離を詰めるべく速度を増した。
(「何年たっても、争いは尽きないのですね……」)
 戦乱の時代、奉仕種族に生まれた彼女は、捨て駒としていつ死ぬとも知れぬ毎日を送っていた。
 冒険者になってからも続く戦いの日々。ドラグナーや列強種族同士を相手に戦い抜いた。
 ドラゴンロード、ヴァンダル、日々激化していく戦い。
(「それは、誰しもが心に絶望を持つせいなのかもしれません。そして、だからこそ、絶望を破るのも私達の心にある希望なのでしょう」)
 迫り来る第二陣のミサイルを薙ぎ払い、リミュは高らかに宣言する。
「数万年経っても絶望がなくならないというなら、私達の希望の光も同じこと。この先どれだけの時間が経とうとも、決してなくなりません!」
 撃ち落とされたミサイルが、誰も居ない空間で次々に爆発。暗闇に浮かぶ戦場を、まるで太陽のように明るく照らしていた。

「広い広い虚空の、空の海のただ中にあって、ただただ絶望だけを抱えて彷徨い続けるっていうのは……どんなに孤独だろうネ」
 かつて絶望のうちに命を奪われ、今まさに絶望の渦中に存在する者達を思うリオン。発射され続けるミサイルを、それに勝るとも劣らぬ数の黒針で迎撃。
「っと……、リオンじゃないか」
 右手方向から現れたカイがリオンと並び、そのすぐ後方からライが現れた。
「凄く久しぶり……って、変わってねぇ!」
 すっかり青年となったカイとライだったが、リオンは初めて会った時の姿そのままであった。
「あら。カイにライじゃない。久しぶりだネー☆ 数万年ぶり? あンときみたいに共闘しちゃう? しちゃう?」
 相変わらずの笑みに、頷き合う2人。
「ファルドバールの人達は可哀そうだけど、俺達が止めなくちゃな」
 世界を、宇宙を守るんだと叫ぶライ。
「よし、あの時みたいに一緒にやるぞ!!」
 カイの胸に光る印章――表面に『竜を滅する者』を意味する刻印。
 3人が連なり、ひとつとなって魔導船へと飛翔する。
『……多数ノ未確認飛行物体ガ急接近……防御結界ヲ展開シマス……』
 弾幕の雨を潜り抜け、ついに一隻の魔導船に到達。だがそこには、あらゆる攻撃から魔導船本体を守るという、強力な結界が立ちはだかっていた。
「なんだこれは……、近づけない!?」
 動揺する翔剣士の若者。平和な世界で生まれ育ち、これが初の本格戦闘となる彼は、刻一刻と変わる戦いの流れにまだ追いつけていない。
 その時、若者の頭にロアの心の声が響いた。
「落ち着いて。ボク達の力をぶつければこんなのすぐに壊せるはず。ほら、こうだよ!」
 手にした弓を引き絞るロア。
 その手から矢が放たれるや否や、矢と結界がぶつかる凄まじい衝撃音と共に、魔導船全体を包み込むように展開されている楕円形の光がはっきりと見てとれた。
『……防御結界損傷……強度92%ニダウン……』
 無機質な音声が耳に届く。
「案外脆いね。みんなで一発ずつ叩き込んでやればすぐじゃない?」
 そして、ロアはくるりと若者の方に向き直り、言った。
「やっちゃえ♪」
 大きく頷いた若者は、槍を握る手にありったけの力を込め、漲るエネルギーに圧倒されながらも、果敢に魔導船へと穂先を向ける。
 ラティクス・クレスト。それが、彼の遠い先祖の名前だった。数万年もの昔、彼はこの力でこの世界を守ったのだ。
「オレの世代でこの平和を脅かせるわけにはいかない! 本当の平和っていう理想を勝ち取った世代から引き継がれた槍を振るうんだから、尚更だ!!」
 『届かぬと知るも、理想へ進む意志の具現』――それが、この槍に込められた思い。
 それを持つ自分が、このような相手に後れを取るなど許されない。
 穂先から放たれた衝撃波が、防御結界に新たな亀裂を走らせる。
「これだけ強い敵は久々だね。絶望の艦隊ってとこかな」
 ロアの手より続け様に放たれる矢。
 数万年ぶりの絶望を前にしてその陽気さを失うことなく発射。発射。発射。
「さぁ、一隻一隻確実に潰そうか!」
 防御結界の綻びが徐々に広がっていく。
『……魔法結晶体パワー充填完了……魔導レーザー発射……』
 瞬間、発射口から放たれる極太の光。リアを目指し真っ直ぐに。
 ドラゴンウォリアーでなければ一瞬で肉体を消し飛ばされそうな威力。立ち向かうは一対の扇に込められた闘気。2つの強大なエネルギーが真っ向からぶつかる。体中に走る激痛。飛びそうになる意識。フラッシュバックするルラルの涙。踏み留まる。押し返す。
「あんな涙は、この先誰も流しちゃダメなんだ!!」
 弾き飛ばされるリア。光の軌道が逸れる。全然動けるドラゴンウォリアーの頑健さに、感謝。
「これが最後のお仕事になるのかな」
 尽きる事なく飛来するミサイル。回避しながら魔導船に接近するリヴィール。
 勢いよく振り下ろす脚――直接打撃。未だ健在の防御結界と衝突。衝撃。弾き返される。思わず脚が無くなっていないか確認するほど。
「いてて……、ま、正直飽きるくらい生きたけど、ここはおれの大事な人達が守った世界なんだ。消されるなんてごめんだね」
 後方から一条の光。一隻に集中するドラゴンウォリアー達を、別の魔導船が急襲。
「集いし光が、新たな奇跡を照らし出す。皆を守って!」
 シャンティの声。顕現する天使達。光と光の衝突。リヴィールを守った天使が一瞬で掻き消えた。
 傷ついたリヴィールにリゼッテが手を差し伸べる。全身の傷を癒していく柔らかな光。
「安穏と過ごしておりましたが、医術士としての腕が鈍っていないようで安心しました。今度も皆様と共に守ってみせます」
 防御と回復。この上なく頼れる支援に背中を押され、ドラゴンウォリアー達は眼前の魔導船へ攻撃を集中させる。
『……防御結界損傷……32%……19%……危険領域ヲ突破……』
「あらもう?」
 ローザマリアが、手にした二本の大刀を振りかざす。
「それじゃ、一気にいくわよ!!」
 先にこの世を去った戦友から受け継いだ二刀。その青く澄み切った刀身から、直視出来ぬほどの電光が迸り、結界を崩壊へと導いていく。
「もう一息!!」
 叫ぶフェトラ。投げつけたカードは、激しい衝撃と共に弾け飛んだ。
「すっげー! 俺も乗ってみたいぜ!」
 巨大な魔導船を前にして興奮気味のルーツルート。だが、その戦いは堅実そのもの。
 黒炎を纏って力の底上げを図り、敵の防御など無いかの如く突き刺さる虚無の手の一撃。
「親父が言ってたんだよ、確実に戦果をあげてく奴が一番カッコいいってさ!」
 鋭い爪が結界に食い込む。食い破る。
 そしてついに、魔導船を取り巻いていた結界を打ち破った。

『……防御結界消失……警告……船ハ極メテ危険ナ状態ニアリマス……』
 船内に流れるアラート。
「悲しいけれど、これも冒険者の務めなんだよね」
 丸裸同然の魔導船の撃ち込まれるカイの大火球。装甲の一部が歪む凄まじい威力。
 そこへエラセドが追撃。一際大きな音と共に装甲が裂け、船体に大きな穴が空いた。
「よし!!」
 すかさず穴から内部に入り込むエラセド。フェトラ、リオンも後に続く。
「あ……、行っちゃったよ。どうする?」
 リオンが消えていった穴を見つめるライ。
「一緒にやるって言ったんだから、当然行かなきゃ」
 穴に向かって飛翔するカイ。
「はー、全部終わったら一緒に酒でも飲みたいね」
「それは死亡フラグって奴じゃなかろうか?」
 2人は、リオンの後を追って船内へ。
『……警告……船内ニ侵入者アリ……警告……船内ニ侵入者アリ……』
 内部に突入したエラセドは、鳴り響く警報に一旦足を止める。
「さすがに黙って見ててはくれないか……」
 そのまま、追いついてきたフェトラ達4人と合流。
「とにかく奥へ行ってみようヨ」
 リオンの提案。最初に船内侵入を試みた3人の狙いはいずれも船の心臓部である動力系の破壊。あるとすれば奥に違いない。
『……第7デッキに侵入者アリ……乗組員ハ至急第7デッキヘ……』
「多分ここの事だね。早く行こう」
 5人は、激しく揺れる魔導船の奥深くへと向かう。
 その行く手に次々と現れるファルドバール人達。
 壁から、床から、そして天井から。魔導船と半ば同化した彼らは、ありとあらゆる所から姿を現す。
「ピルグリムシップの中ってこんな感じかな!!」
 一人、また一人と打ち倒していくライの叫び。
「あー、多分そうじゃない?!」
 傷を負った仲間を癒しながら走るカイの叫び。
 何かの装置をこちらに向けてきたファルドバール人――エラセドの一撃で絶命。
「くそっ、もうやめてくれ!」
 彼らと戦いたくて来たわけではない。そんなエラセドの思いも空しく、襲い来る乗組員達。
 通路や天井を走るパイプを何本か破壊してみたが、決定的なダメージにはなっていないようだ。
「階段だ!」
 言うが早いか、カンカンと足音を鳴らして降りていくフェトラ。
「動力部に続いてるとイイネー!」
 手すりの上を滑って降りるリオン。突然の揺れに手すりから放り出され、転げ落ちていく。
 揺れの間隔が、段々と狭まっているように感じられた。

 一方、外のドラゴンウォリアー達は、一隻ずつ確実に潰すという作戦の下、内部に入っていった5人の事は、「まぁ大丈夫だろう、ドラゴンウォリアーだし」と結論付け、防御結界の消えた魔導船に向けて攻撃を再開、継続。
 雨あられと降り注ぐ魔導ミサイル、魔導レーザーの合間を縫うように飛び回るロア。
 放たれた闇色の矢が、船の外壁を易々と貫通。
 次々と命中する攻撃に、船体の破損が着実に進んでいく。
 だがその時、想定外の事態が起こった。
『……パワー充填完了……主砲準備完了……ターゲットロックオン……』
『……パワー充填完了……主砲準備完了……ターゲットロックオン……』
 二隻の魔導船から同時に届く音声。
 ついに放たれる魔導船の主砲サラマンドラ。まさかの同時砲撃。
 だが、そこまでは良かった。
 その二つの砲身が、あろうことか、5人が入っていった魔導船へと向けられたのだ。
「そんな……!?」
 常に主砲への注意を怠らなかったスカーレットの驚愕。
 しかし、確かにそれは理に適った戦術だ。防御結界も無く、殆どの装甲が剥がれ落ちた崩壊寸前の魔導船。今、二隻の魔導船による主砲の直撃を受ければ紙の如く消し飛ぶであろうその船体内部には、敵戦力の三分の一が存在し、且つ、この攻撃を回避しようがない。
 すぐに失うであろう三隻のうち一隻と引き替えならば、数の上では完全なる等価交換。実際には、一方にのみ不当極まりない結果が訪れる。
 ドラゴンウォリアー達に走る戦慄。
 リアの脳裏に浮かぶ選択肢。
 今から二隻の魔導船を止める?――どう考えても無理。
 今から内部に入って呼び戻す?――あきらかに不可能。
 二隻の魔導船は既にカウントダウンに入っている。
「信じるしかないよ……」
 退避するドラゴンウォリアーが、彼らの無事を信じて祈った。
 その直後。
 二隻の魔導船から放たれたとてつもなく巨大なエネルギーの奔流が、船体を飴細工のように溶かしながら逆側へと突き抜けていった。それはまるで、体長五十センチにも満たない魚が二本の太い銛に串刺しにされているかのような、絶望的で、破滅的な光景。
 不気味な音を立てて崩れ落ちていく魔導船。しかし、5人の安否を確かめている暇は無い。二隻の魔導船は既に回頭し、船首をこちらに向けている。
「まだこれからだ! 落ち着いていこう!」
 リヴィールが叫ぶ。
 絶望に囚われてはダメだ。絶望を受け入れてはダメだ。どんな絶望的な状況に陥ったとしても、希望を掲げて前に進まきゃダメだ。だってそれが、数万年前の戦いを勝ち抜いた秘訣なんだから。
「希望は永久且つ不変にして絶対の存在よ」
 ローザマリアの不敵な微笑み。
 そんな事は至極当然で今更言うまでもないけれど、もしかしてあんた達が私達の希望の灯を消せるとほんの少しでも思っているといけないから、敢えて言ってあげているのよ。
 誰も彼もが、微塵も戦意を失わず、残る二隻の魔導船に立ち向かっていく。
 その姿に、フェンサーの若者は心底感動していた。
 見ろ。これが冒険者だ。これがあの戦いを生き抜いた英雄達だ。そして、オレの中にも彼らと同じ希望の光が根付いているんだ。ああ、まったく何て最高なんだ!
「お次は右の奴からだ!」
 そう声を張り上げるルーツルート。溜め込んだ邪竜の力を右の魔導船に向けて解き放ち、防御結界に阻まれて、反撃の魔導レーザーに半身を焼かれた。
 それがどうした? そんなやわな結界なんて、親父譲りのこの力と戦い方ですぐにぶち壊してやる。ところでお前の方は俺達を壊せるのか?
「これ以上、誰も壊させはしません!」
 リゼッテが放つ癒しの力で、ルーツルートの傷が何事もなかったかのように消えていく。
 僕は医術士だ。みんなを無事に帰すのが仕事なんだ。その僕の前でよくも仲間を倒してくれたな。
 でもそこまでだよ。そこで終わり。ここからは誰一人として倒れはしない。僕が、させない。
「希望はいつもボクらの心に! 絶望よ、去れ!!」
 ロアの巨大な弓から放たれる矢。何発も何発も叩き込まれ、防御結界を消耗させていく。
 みんな忘れてるかもしれないけど、ボクだって希望のグリモアの冒険者だし、やる時はやるんだよ。ホントホント。だから、偶にはこんなかっこよさそうな台詞もいいよね♪
 次から次へと続く、ドラゴンウォリアー達の凄まじいまでの攻撃。
 二隻目の防御結界があっという間に消失。
 更に集中する攻撃――二隻目の魔導船が火を噴いて轟沈。
 残るは一隻。
「僕達の世界、僕達の未来、絶対に消えさせない!」
 リアが振るう気の刃。二枚の扇が切り裂く三枚目の防御結界。
 こんな邪魔なの早くどっかやっちゃいなよ。全裸って思ったよりいいものなんだから。
 旅団のみんなだってそう言ってる。さぁほら、いくよ!
『……パワー充填完了……主砲準備完了……ターゲットロックオン……』
 どんどん削られていく結界。破られれば、最早魔導船に勝機は無い。
 ミサイルも、レーザーも、一撃で敵を墜とせる威力ではない。
 主砲サラマンドラ――巨大なエネルギーを超々高熱に変えて放射する、一撃必滅の炎の槍。
 カウントダウン。
「来る!!」
 逃げるスカーレットを追って放たれる主砲。幅30メートルはあろうかという業火の渦が、全てを焼き尽くしながら迫ってくる。
 こんな所で倒れるわけにはいかないよ。娘が待ってるんだ。並んで歩くと、みんな妹と間違える。本当に可愛いんだ。あの子に、ただいまを言わないと――。
 全身を焼く灼熱の風。目を開けていられない。呼吸が出来ない。だがそれは、命に届く熱ではなかった。渾身の飛行が主砲の直撃を回避し、周辺に吹き荒れる熱風を受けるに留まっていたのだ。
「集いし絆が、更なる力を呼び起こす。光差す道となれ! 癒しの力よ!」
 シャンティが天高く掲げる宝珠から優しい光が舞い降りる。
 焼け爛れたスカーレットの体を癒し、再び戦う力を取り戻させる。
「助かったよ、可愛いエンジェルさん。ここまで来たら、無事に戻らないとね」
「はい♪」
 皆で護った世界、皆が過ごす世界。如何なる理由があろうと、それを壊すのは許せません。
 でも私には敵を倒す力がないから……、だから、私は皆を護るんです。
 世界を護る皆を、私が護る。それが私の戦いなんです。
 そして、最後の防御結界が破られ、魔導船への直接攻撃が始まった。
 リヴィールの蹴りが、リゼッテの黒炎が、ローザマリアの稲妻が、魔導船の装甲を次々と打ち破り、ずらりと並ぶ砲口を片っ端から破壊していく。
 ロアの矢とフェンサーの若者が放つ衝撃波は、外壁を完膚無きまでに叩き割り、ルーツルートの邪竜の力が船の内部まで浸透し、壊滅的な打撃を与えていく。
『……警告……船体ノ損傷、ガ許容……値ヲ超エテイマス……警告……船体……ノ……』
 最大級のレッドアラートが鳴り響く中、リミュは静かに剣を構えた。
 月下美人の名を冠する黒き剣は、見る間に溢れんばかりの雷を纏い始める。
 その輝きが極限に達した時、リミュは剣を魔導船に向け、高らかに謳った。
 いついかなる時も、私達は絶望に屈する事はない。
 数万年前のあの時のように。そして今この時のように。
 この剣に賭けて誓おう。
「過去も未来も、私達が守ると!!!」
 裂帛の気合いと共に放たれた紫電。それはまさに、絶望を切り裂く一撃であった。

 激しい戦いの果てに、タイムゲートへの道を切り開いた冒険者達。
 ふと見れば、手を振りながら近づいてくる者が居た。
「あれは……、ポルックか?」
 どんどん近づいてくる姿は、たしかにポルックのようだ。
「やっ、みんなお疲れさまっ! これでタイムゲートに突入できるねっ」
 陽気に笑うポルック。当然沸き上がる疑問。
「……居たんだ? 今までどこに居たの?」
 ポルックは、今回は裏方を頑張ったんだと胸を張る。
「負傷者を助けて回ったりね。あ、魔導船の中に居た5人は全員無事だから、安心してよ」
 何か、いきなりすごい情報を喋り始めた。
 本当かと詰め寄る冒険者達。
「なんかね、船体の下の方に居たから直撃を受けずに助かったんだって。ただ、それでもやっぱり相当ダメージを受けてたみたいで、しばらく動けなかったみたい。ま、ボクがインフィニティマインドに運んだから、もう大丈夫さ」
 仲間の無事に安堵すると共に、冒険者達は体から力が抜けていくのを感じた。
 しかし、彼らはすぐに立ち上がる。立ち上がらなければならない。
 今の戦いはあくまで道を開くもの。本当の戦いはこれから始まるのだから――。


マスター:東川岳人 紹介ページ
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作成日:2009/12/20
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バナナん王子・ロア(a59124)  2010年06月18日 22時  通報
こんな時期にこっそりと。 いつも変わらぬ、ロアロアで〜す。 じゃ、おやすみ〜♪(何しにきた)

悲しみ知らずの・フェトラ(a51925)  2009年12月28日 09時  通報
ふふふ、罰正座はまじめにやっちゃいけないんだよ?
コツをつかめば2時間くらいは平気で座ってられるんだから。