熱燗も冷めてしまう



<オープニング>


●2019年の世界
 インフィニティマインドが星の世界への旅から帰還して4年が過ぎた。
 世界は相変わらず平和で、冒険者達は変異動物や怪獣と戦ったり、人助けをしたり、旅に出たり、第二の人生を歩み始めたりと、思い思いに暮らしている。
 そんな中、誰かが言った。
 魔石のグリモアとの最終決戦から10年。世界が平和になって10年。
 この節目の年に、久しぶりにみんなで集まるのはどうだろうか。
 互いの近況や思い出話など、話題には事欠かないはずだ。
 さあ、冒険者達の同窓会へ出かけよう!

 雨が降っていた。
 屋外から忍び込んでくる冷たさを忘れようと、リザードマンの年増狂戦士・バーリツ(a90269)は杯を口に運ぶ。湯気たっぷりのビールが入っていた。
「もう亡くなって4年ですか……。あんなに平和な世界を熱望していたくせにあっさりと」
「せっかく星の世界でたくさんの物語を仕入れてきたのに聞かずに逝くなぁんて……」
 隣でお茶を啜るのは、ヒトノソリンのうっかり歌い手・ヴェーネ(a90349)だ。隣のバーリツ同様に、不老不死を選んだようであいかわらずの雰囲気を漂わせている。
 寂れた酒場だ。ヒトの霊査士・エイベアー(a90292)がオフタイムに出没していた店の一つがここだ。
 卓の一つに腕輪が一組置かれている。エイベアーのよく占めていた席だ。よく頼んでいたストレートの蒸留酒が腕輪の間に捧げられている。
「もう数週で星の世界の連中が帰ってくる、というところで階段を踏み外して食べかけの餅を喉に詰まらせて死ぬなんて……、最初は信じられませんでしたよ」
 バーリツが言い放つと同時に酒を呷る。
「最初に聞いたとき、わたしも悪い冗談かと思ったのなぁん。でも、でも……」
 ヴェーネは杯を卓に置く。そして静かに顔を伏せ、肩を激しく振るわせはじめた。
 酒場では、ひっそりとエイベアーを偲ぶ会が行われていた。

●2109年の世界
 世界が平和になってから、100年の時が過ぎた。
 年老いた者もいれば、かつてと変わらない姿を保っている者もいるし、少しだけ年を取った者もいる。中には寿命を迎えた者も少なくない。
 そんなある日、冒険者達にある知らせが届く。
 100年前に行った、フラウウインド大陸のテラフォーミングが完了したというのだ!
 昔とは全く違う姿に生まれ変わったフラウウインドは、誰も立ち入った事の無い未知の場所。
 そうと聞いて、冒険者が黙っていられるはずがない。
 未知の大陸を冒険し、まだ何も書かれていないフラウウインドの地図を完成させよう!

「生まれ変わったフラウウインド大陸にきれいなお花畑がみつかったのなぁ〜ん。いっしょに行ってほしいのなぁ〜ん」
 ヴェーネはこういって頭を下げた。
 冒険者たちの前向きな反応の多さに安堵の表情を浮かべると、脇に置いてあった壺に小さく頷いてみせた。
「なぁん? この壺なぁん?」
 ヴェーネは古酒が入っていそうな壺を傾けてみせると、寂しく笑みを浮かべた。
「これはバーリツさんの壺なのなぁん。私といっしょに不老不死を選んだんだけれど、酒の飲み過ぎで結局体を壊してしまって、先日亡くなったのなぁん。素敵な旦那さんやお子さんにも恵まれてたのに……」
 ヴェーネは涙を拭う。
「フラウウインド大陸が蘇ったらそこで飽くなき冒険に出たいと言ってたのなぁ〜ん。だから、見晴らしのいい丘に埋めてあげたいと思っているのなぁん」

●3009年の世界
 世界は1000年の繁栄を極めていた。
 全てのグリモアを搭載した『世界首都インフィニティマインド』には無敵の冒険者が集い、地上の各地には英雄である冒険者によって幾百の国家が建設された。
 王や領主となって善政を敷いている者もいれば、それを支える為に力を尽くす者もいる。相変わらず世界を巡っている者もいたし、身分を隠して暮らしている者もいて、その暮らしは様々だ。
 1000年の長きを生きた英雄達は、民衆から神のように崇拝される事すらある。
 今、彼らはこの時代で、どのような暮らしを送っているのだろうか?


「ふぉっ、ふぉっ、わしが霊査士のワンベアーじゃ。よろしくのぅ」
 ヒトの老人が酒場に入ってくるとそう告げた。1000年前の霊査士エイベアーそっくりの老人だ。
「なぁ〜ん、どうしたのなぁん?」
 ワンベアーは未来羊皮紙片手に説明をはじめる。ちなみに、未来羊皮紙はちょっとすすんだ皮なめし技術でどことなくパワーアップした、わずかにすごそうな感じがするような気がする羊皮紙だ。
「でのぅ、北の村で行われる儀式を手伝ってほしいそうじゃ。夜道を進む若者たちをこっそり警護してほしいそうじゃ」
 ここから北のほうに村があった。村の裏山に男銅鑼、女銅鑼と呼ばれる銅鑼があり、フォーナ様の時期に合わせて若い男女が同時に叩くとバッチグーという儀式があるそうな。
「儀式に向かうカップルさんが夜道で迷わないようにすればいいのなぁん?」
「そういうことじゃ。まぁ、簡単に登れるシンプルな一本道じゃから、登ること自体には問題はないのじゃ。ただ、村の独身衆がやっかんで悪さするか心配なのじゃ。ぬしらにかかれば問題はないんじゃがのぅ」
「そういうことなら、このヴェーネおねえちゃんに任せるのなぁ〜ん」

●数万年後の世界
 永遠に続くかと思われた平和は、唐突に終わりを迎えた。
「あれ、海の向こうが消えた?」
 異変に驚いてインフィニティマインドに集まった冒険者達に、ストライダーの霊査士・ルラルは言った。
「あのね、これは過去で起こった異変のせいなの。過去の世界で……希望のグリモアが破壊されちゃったんだよ!」

 とある冒険者がキマイラになり、同盟諸国への復讐を試みた。
 彼は長い時間をかけて、かつて地獄と呼ばれた場所にある『絶望』の力を取り込むと、宇宙を目指した。
「えっと、これ見てくれる?」
 ルラルは星の世界を旅した時の記録を取り出した。
『2009年12月10日、奇妙な青い光に満ちた空間を発見。後日再訪したその場所で過去の光景を目撃。詳細は不明』
「この記録を利用できるかもって思ったみたいだね。そして、実際にできちゃったの」
 どうやら、この空間は過去に繋がっていたらしい。男はここから過去に向かい、希望のグリモアを破壊してしまったのだ!
「世界が平和になったのは、希望のグリモアがあったからだよね。だから希望のグリモアが無かったら、今の世界は存在しないって事になっちゃう。ルラル達、消えかかってるの!」
 今の世界は、希望のグリモアが存在しなければ有り得なかった。
 だから希望のグリモアが消えた事によって、今の世界も消えて無くなろうとしているのだ。
「これは世界の、ううん、宇宙の危機だよ! だって、みんながいなかったら、宇宙はプラネットブレイカーに破壊されてたはずだもん! だからね、絶対に何とかしなくちゃいけないんだよ!」
 ルラルにも方法は分からないが、事態を解決する鍵は、きっとこの場所にある。
「でも、この空間……えっと、タイムゲートって呼ぼうか。このタイムゲートの周囲には、絶望の影響で出現した敵がいるの。これはね、全部『この宇宙で絶望しながら死んでいった存在』なの」
 彼らが立ちはだかる限り、タイムゲートに近付く事は出来ない。
 彼らを倒し、タイムゲートへの道を切り開くのだ!

「わしが霊査士のテンベアーじゃ。汝らには死ぬ気で戦ってもらいたい、では、番号っ」
 冒険者の数を点呼した後、テンベアーは敵の説明をはじめた。
「汝らが倒す相手は、巨大な雌豹の姿をしておる。邪竜導士のエゴの鎖のようなものに全身を絡まれた体からは強力な酒気を漂わせており、酒への渇望を叫び続けておるようじゃ」
「そこまで酒に未練があるなんて悲しいですねぇ」
 リザードマン酒造狂戦士バーリッツが溜息を漏らす。
「雌豹は鎖を振り回し戦場のほとんどに叩きつけることができ、強力な酒気は眠気を誘い、近づいてきた相手には飢えきった牙で食らいつくようじゃ」
 テンベアーはお茶を一口啜ると説明を続けた。
「そして、雌豹は3匹おり、眼鏡、リボン、左目の切り傷といった違いを持っているが、戦闘能力に大差はないと視た」
 ここまで語ると、テンベアーは大仰に敬礼をして、冒険者を送り出してくれた。


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参加者
砕喰兼備・オルド(a08197)
力が自慢の・ザラス(a32819)
貧乏貴族・クレヴ(a42695)
逆位置の運命・ブリザック(a60343)
風と共に木霊する旋律・ライナード(a72081)
魚鰭の重銛使い・マグロ(a73202)
紅霧の鋼爪使い・フカ(a75000)
大地を駆け響き渡る鼓動・リンヴィ(a75539)
白鱗女顔の紋章術士・フロウ(a78693)

NPC:ヒトノソリンのうっかり歌い手・ヴェーネ(a90349)



<リプレイ>

●酒場/十年後
 新たな瓶が運ばれてきた。
 赤茶の鱗に覆われた手がその瓶を掴みあげる。瓶が傾けられ、向かいの男の椀に注がれていく。
「とっとっと……」
 ようやっと飲み干した椀が再び満たされる様子に、力が自慢の・ザラス(a32819)は溜息を漏らしてしまう。
「バーリツさん、無理強いはやめるのなぁ〜ん。ザラスさんは飲み慣れてないみたいなぁん」
 リザードマンの年増狂戦士・バーリツ(a90269)の鱗の手を押さえて言うのは、ヒトノソリンのうっかり歌い手・ヴェーネ(a90349)である。
「これは失礼いたしました……。エイベアーにおごり返すことができなかった分を誰かに奢ってやりたかったのです。ザラス、あなた自身の飲むペースを侵してしまい本当に申し訳ございません」
「いえ……気になさらずに。しかし、そういう由縁で注がれてましたか」
 ザラスは椀を傾け、ちびりと啜り、再び口を開く。バーリツからいわせれば唇を湿らせた程度、といったところの啜り方だ。安酒専門のバーリツとしては、そんな飲み方がふさわしい酒なんて希だった。
「……そういえば、エイベアーはそういう飲み方の似合う、稀少な強い酒をたまにやってました」
「冒険者が無事に帰ってきた日の夜、酒場で独り、そんな飲み方してたのなぁ〜ん」
「そうでしたか。ま、私は酒というものを飲み慣れていない、というだけなのですが」
 小さく苦笑気味に、ザラスは再び椀を口にした。
「エイベアーさんからの依頼が私の最初の冒険でした……」
「最初なぁん? ザラスさんにとって大事なのなぁん」
「依頼の説明の際にダジャレが飛び出てましたね」
 一口すすり、唇の乾きを防ぐ。
「あの爺様はダジャレが嫌いじゃありませんでしたから、しょーかないです」
 バーリツの挟んだ一言にヴェーネは首を傾げる。
「そうです、よく憶えておいでですね。おかげで私も思い出しました。バーリツさんが『初夏ですね』といったところに、『しょーかー』とエイベアーさんが返したんでしたね」
 ヴェーネが静かに老霊査士の杯を見やる。
「それだけに、エイベアーさんの訃報を耳にしたときは悲しくなりました。地上に残ったおかげで、ヴェーネさんのように星の海に旅立っていた皆さんよりは早めに知ることができたのは……、ある種、幸いだったと思っていますが」
 そこでバーリツが再びザラスの椀に注ぐ。そこでザラスはヴェーネが酒を飲んでいないことにあらためて気づいた。
「そういえば、ヴェーネさんはお若いままなのですね」
「世界中をたくさん歌にするには何年あっても足りないと思ったからなぁん。年を重ねておけばお酒の楽しみを歌えるじゃろうに、とエイベアーさんに残念がられたこともあったのなぁ……ん」
「ちなみにバーリツは世界中の酒を飲み尽くすために不老を選びました。ところで、ザラスはどうして生命の書を使わなかったのでしょうか。三十路ともなると酔いも早くなってしまうでしょうに」
 瞳をさえも酔いの色に染め上げつつあるバーリツの問いかけに、ザラスは迷いなく穏やかに答えを告げた。ちなみに、そう問うバーリツはすっかり四十代に突入している。
「私は変わり続けたいと考えています。といっても今まであまり成長した気がしないんですけど。生命の書を使うと私では怠けてしまいそうですから」
 バーリツはなんとなく納得いかぬようだが、ヴェーネは力強く頷きを見せる。
「わかるのなぁん。締切がないとなかなか詩を書き上げられないのと似たようなものなぁん、きっと」
 人間は弱いものだ。締切があってもすべての者がそれを守れるというわけではない。締切のような区切りのない無限の人生では、何も成し遂げられず、惰性で生き続けることになりかねないか? そんな迷いはすこぶる正当なものといえよう。
「……エイベアーは生命の書を選ぶ機会がくる前に亡くなってしまいましたが、老いと無限の寿命について似たようなことを言っていたことがありました。きっと書の力を選ばずにそのまま老い続けたのでしょう」
 バーリツは一気に述べると次の瓶を求めて酒場の奥に向かっていった。
「がらじゃないことをいってしまったと照れているのなぁん」
 ザラスの視線がバーリツの背からヴェーネに移る。
「ザラスさんはこれからどうするのなぁん? わたしは歌の題材を求めて各地を巡るのなぁん」
「怪獣や変異動物などを退治していこうと思います。それで剣の腕を鍛えていきます」
「まだまだ変わり続けたいのなぁん? すごいのなぁん」
「あと、結婚は特に考えてないですね」
 話題が変わった途端にヴェーネが慌てて口の前に人差し指を立てる。ザラスは声を潜めて続きを吐き出す。
「お相手がいればその時、という感じでしょう」
 声を抑えてくれたことにヴェーネは頭を下げ、囁く。
「バーリツさん、何気なく結婚の話題を嫌がってるのなぁん。意中の人がいるらしいんだけど、なぁんかなぁんか思いが通じにくいそうなぁのなぁん」

●花畑/百年後
「この大陸に来るのも百年越しだと懐かしい感情を通り過ぎて逆に新鮮な感じねぇ〜」
 砕喰兼備・オルド(a08197)が大きな深呼吸の後、言い放った。
「そうなぁのなぁん。目新しい景色なのなぁん」
 ヴェーネがうなずく。
「あれだけたくさんの人が一緒に来て、のんびり花を観てくれるのだから、日々平穏、世は全て事も無し……ってことよね」
 茶目っ気いっぱいに片目をつぶってみせるオルドに、ヴェーネは微笑み酒壺を高く掲げるのだった。酒壺の中に眠るバーリツにフラウウインド大陸の新たな姿とそこに集まったものたちの楽しそうな姿を見せようというように。

「へぇ、これがあのフラウウインド……。きっと、色々なロマンもあるに違いない」
 蒼い鱗の印象的なレイゼルが見渡す。その脇では兄妹が盛り上がっていた。
「ここが、フラウウインド、ですか? テラフォーミング中って聞きましたけど終わったんですね」
 兄・フレイはこういうと光景に見入ったのか黙り込む。隣では妹・ランビーが花々に負けない黄色の鱗をまとってきょろきょろと辺りを見て回っている。
「昔と違うフラウウインド! マグロさんたちに聞いてた感じと違うね。どんな場所なのかワクワクするなぁっ!」
「あまり騒がしくしちゃだめです」
「でも……」
 興奮する妹を兄が注意する。だが、ランビーが指し示した先を見てフレイは言葉に詰まった。
「うーん、きっもちいい♪ 疲れがとれるわー」
 魚鰭の重銛使い・マグロ(a73202)が花畑の上をごろごろ、ごろごろと転がっていたのだ。兄妹の勤める魚竜荘上司の姿に、フレイはただただ立ちつくすしかなかった。
「あれからもう100年か……、早いものよねぇ。あれがここまで変わっちまうなんてね。若い衆を連れてきただけの甲斐はありそうだね。って、マグロは大人になったんじゃなかったのかい、たまに童心に帰るのも悪くないっていうけどさ」
 紅霧の鋼爪使い・フカ(a75000)があきれて呟いている。その頭に、マグロの編んだ花輪が載せられる。その花輪を魚竜荘店員・エイルが棒でつんつんする。
「どこに、どんな脅威が待ち構えているか分かりませんから!」
 エイルの調べたところ、花輪にも、花畑にも今のところ危険はなさそうだった。
「お婆ちゃんの頃には危険なところだったって言ってたし!」
 花輪の下から叫びがあがった。
「人の頭突っつくなっていうか、って誰がババアだって!?」

「立派な花畑だねぇ……、心が安らぐよね。ボクも、もし眠るとしたらこういうところで……」
 正位置の運命・ヒョウムだ。ヒナドリ村からやってきた行商人で、魚竜荘に出入りしているんだか、なんだか縁が深いようだ。レイゼルがこたえる。
「そうだね、ここで眠れれば、またこうやって、心地よい風に吹かれていられるね……」
 風に揺れる花々に感じ入ったのか、楽器を奏で始める。着想中なのだろう、はっきりとした旋律が奏でられているわけではない。
「きーん」
 その音色に割り込むように元気よい声が響く。ランビーとマグロの追いかけっこ組だ。二人に追いかけられているようで、フレイの悲鳴が時折響き渡っている。花を散らさないようコース取りしているランビーはその分遅れそうなところだが、若さの力でどうにか追いつかれずにすんでいる。

 どしゃ。
 見晴らしのいい丘に穴が掘られる。オルド、ヒョウムらの手により素早く穴ができあがっていく。もともと人一人埋めるような大きな穴ではなく、酒壺一つ埋めるだけでいいのだから、冒険者にとって見ればたいした作業ではない。
「ふぅ……、オルドさん、いい体してますね」
 わずかに漏れだした汗を拭いつつ、ヒョウムがベテラン狂戦士の全身を見ていた。ヒョウム自身、逆位置の運命・ブリザック(a60343)ら先祖から受け継いだいい肉体なのだが、長年鍛えつくりあげてきたオルドの肉体と比べればなかなかどうして、といった案配だ。
「40代に入ってからはこの体を維持するのはなかなか大変なんだからね」
 などとは口では苦労をアピールするのだが、まんざらではない表情だ。このオルドは、不老を選んでいるので肉体は45歳ほどだが、百半ば近い年齢だ。
「っと、できたようだね」
 と、見ればフカたちが思い思いに積み集めた花を手に集まってきていた。
「みなぁさん、バーリツさんのために、今日はありがとうなのなぁ……ん」
 酒壺を胸に抱き、ヴェーネがふかぶかと頭を下げる。その動きにあわせて、壺の中から液体の音が漏れ聞こえる。
「あら、中には骨が入っているのかと思ってたけど、中身はお酒?」
 マグロの問いかけに、ヴェーネはちょっとはにかんだ様子でうなずく。遺言により、行きつけの店で一番高い古酒に、骨を焼いた灰を溶かしたのだそうだ。
 その壺が穴にやさしく置かれた。花がフカの茶鱗の手で静かに添えられる。
 どしゃ、どしゃ。
 壺を底に、穴が埋め戻されていく。その上にビール樽が墓石代わりに据えられる。
「百年越しの銘酒……、次に会ったら一緒に飲もうと思ってたのにね……」
 オルドが樽に持ってきた酒をかける。よほど酒精が強いのか、あっという間に気化して、匂いが周囲の鼻を力強くくすぐっていく。風のいたずらか、若者の鼻には飛び込まなかったようだが。
 その湿り気を帯びた樽脇に、レイゼルの手により花が供えられる。そして、彼だけでなく、エイル、マグロ、ランビー、フレイが静かに黙祷を捧げた。
 フレイが目を開くと、フラウウインドの広大な光景が、白鱗女顔の紋章術士・フロウ(a78693)ら先祖譲りの紫の瞳に飛び込んでくる。

 数日後。
 ヒョウムが持ち帰った花はすっかり疲れ切っていた。祖父たちの墓には、エイルが作った押し花が手向けられることになったという。

●タイムゲート周囲/数万年後
 あふれ出る絶望のなかから、雌豹が3体姿を現していた。普通の豹を一回りも二回り大きくしたような姿なのだが、その身にまとう存在感はワイルドファイアの怪獣というよりはドラゴンズゲートなどで遭うモンスターのそれに近い。
 その豹の一体――眼鏡姿が口を開くと一気に息を吹き出した。前衛の体を包み込んでいく。
「う……、飲みながら朝日を拝んだような感覚じゃねえか。あの感覚も絶望といえば、絶望だな」
 若かりし頃に酔い潰れた記憶をどこか思い出しつつ、オルドが叫ぶ。何人か意識を失いかける。
「……っ、鎖がきます」
 ジリセが呼びかけるのだが、鎖は冒険者たちを連続して傷つけていく。雌豹自身の体にからみついていた鎖は、トリッキーな動きで体捌きが苦手な後衛だけでなく、酔いにとらわれた前衛をも痛めつけるとともに、酔いによる眠気を覚ます。希望のグリモアの集団攻撃への加護がなければ倒れていた者もいたことだろう。
「私達の今と、これからを守ります!」
 唯一、鎖を避けることができたジリセが銀の長剣を振るい、斬りかかる。『ウェポン・オーバードライブ』で強化した、先祖のザラスから受け継いできたものだ。眼鏡姿の雌豹を傷つけ、全身に稲妻をはしらせ、その身を硬直させる。『電刃衝奥義』だ。
 そのお返しにというわけでもないだろうか、リボンで飾った雌豹の牙が、逆位置の刑死者・キリユキを狙う。
「な、なにしやがる! こ、公務執行妨害でしょっぴくぞ!?」
 警棒で雌豹の顔を叩き、どうにか牙の直撃から身を避けることができた。ドラゴンウォリアー化する際に、逆位置の運命・ブリザック(a60343)から受け継いできた籠手を変化させた警棒で、である。
「無理矢理酔わせて、長年かけて築いて来た世界をチャラになんてさせねぇ……絶対に阻止!!」
 オルドは魚の骨でできた巨大剣を大きく構える。全身の闘気を込め、一気に振り下ろす。血走った瞳での『デストロイブレード奥義』が雌豹の眼鏡のレンズを粉々に粉砕した。破片と剣撃が雌豹の顔をずたずたに切り裂き、辺りに体液をまき散らす。
「けっ、なんて臭いだ。酒とドブの臭いが混ざったかのようだぜ」
 白い鱗のロディが思いっきり顔をしかめて言い捨てた。そして、剣が威勢よく振るわれる。
「オレ様の剣術……しっかりと味わってもらおうじゃないの?」
 大地を駆け響き渡る鼓動・リンヴィ(a75539)、ランビーなどに受け継がれてきた力がどこからか吹き出すような衝動に包まれつつ放たれた『流水撃奥義』が、雌豹たちの鎖を切り裂きとばす。
「イャッハー! イイ感じに決まったゼ〜っ!」
 ロディ自身も驚くような勢いに幾組かの瞳が動きを見せる。何とも懐かしいような既視感……。
「みんな……、体は変わってもまた集まってくれたのね……。ありがとう」
 マグロは黒い瞳からわずかに涙を、四肢からは先ほどの鎖による傷で血を零しながらも、『鯨殺し』と名付けられた巨大な銛を叩きつける。『デストロイブレード奥義』で集められた闘気が、眼鏡を失った雌豹の肉体で筆舌に尽くしがたいほどの勢いで大きく爆ぜた。雌豹は肉体を大きく四散させ、命を失う。肉片とともにガラス片が散らばり、ゲートの奥へ徐々に吸い込まれていく。リザードマン酒造狂戦士・バーリッツが破片の一つを掴み取り、臭いを嗅いでみると、酸っぱくなった葡萄酒のようだった。
「あの村で銅鑼を鳴らして愛を誓った無数の恋人たちのためにも、みんなぁん、最後の最後まであきらめないのなぁん」
 ヴェーネが何万年前のこと――3100年代頃に見守った恋の儀式を思い出しつつ、『高らかな凱歌奥義』を歌い上げ、各人の鎖による傷を塞ぐ。
「……うるさいわねぇ。これじゃ、眠れやしないわ」
 フカが雌豹と爪をぶつけ合い、間合いを取り直す。それから戦場の面々に気づいたように呟く。
「ん? みんな、こんなとこに集まっていたのかい……、ライナード、フロウ、リンヴィ、ブリザック。クレヴ、あんたにも見せたかったよ」
 フカの赤茶色の瞳が各人を見つめていく。そして、隠棲先の塔に残してきた夫、貧乏貴族・クレヴ(a42695)に呼びかける。
「姉さん……」
 マグロが姉フカの様子に思わず呟く。姉はすっかり老いた姿だ。
「……アンタら、前にどこかで会わなかったか? ……気のせいだよな。しっかし、マグ姉とそんな昔から縁があったってのはちょっとうれしいな」
「え? 私? フロウでもリンヴィでもないよ? 私はフリュー」
「ライナード……何だか、何処かで聞いたような響き……。きっと、あたしのご先祖様が貴方達の友達だったのね」
「その言い方からすっと、ひょっとしてアンタら、オレの先祖か何かの知り合いだったのか?」
「なるほどね、私の祖先が一緒にいたってこともありえるわねー。そのフロウだかリンヴィだか、見間違えたんでしょ? 祖先の可能性もあるわよ。私は知らないけどね。これも何かの縁、ちゃきちゃきやっちゃいましょ!」
 キリユキの戸惑った様子に、レイナール、ロディが既知感に身を震わせ、フリューが結論づけた。特にレイナールの姿が、風と共に木霊する旋律・ライナード(a72081)を女装化させたようで、マグロが微笑ましく見つめていた。
「さぁて、せっかくかわいい子たちが集まってくれたんだ。俺も久々に鉄拳を披露してやる」
 気づけば、フカは老いを感じさせない動きを見せ始めていた――数万年前の頃のように。
 そんな感動している横でバーリッツがハンマーで大きく空振りしてた。
「そんなことじゃ、ご先祖様の名がすたるな」
 オルドに酷評されたバーリッツの武器は、醸造中の酒樽の様子を確かめる木槌をもとにしたハンマーらしい。
「正直怖ぇけど、でもやらなきゃダメだ!」
 警棒を振るい、衝撃波を放つ。左目の傷が目立つ雌豹の右目を、衝撃波が大きく抉る。雌豹は叫ぶ。その叫びはどこか自分の酒量を把握できずに絶望する酔っぱらいのそれを連想させた。
「安心して……せめていい夢見させてあげるから」
「こんなのどーぉ?!」
 続いてレイナールが刀を振るい、フリューが紋章を描く。雌豹の間で爆発が起こり、光の雨が降り注ぐ。だが、『ナパームアロー奥義』の爆発を彼らは転がって避け――酔っぱらい特有のトリッキーな転び方で転んだだけにも見えなくもなかったが――、光の雨は雌豹の寸前でかき消える。

 両目に傷を負った雌豹が息を吐く。酔いが近くの瞳を重くする。そこに、リボンの雌豹が鎖を走らせ、眠気を覚ましていくかたちになる。
 フカ、レイナール、バーリッツが避ける脇で、マグロの動きがわずかに重かった。
「マグ姉っ!」
 その青い鱗の体に覆い被さった白い鱗がいた。キリユキの鱗が血の色に染まっていく。
「正直、逃げ出したかったさ、でも、逃げられるもんじゃねえだろ?」
 ぼやきとともにあふれ出るのは血。
 鎖がキリユキの胸を貫いていた。鎖が引き抜かれるとともに、血の勢いが増していく。
「ちょっと……、え……」
 マグロが戸惑う中、オルド、ヴェーネが歌い、フリューが光ってその傷口を小さくしていく。血が止まるまではいかなかったものの、即死は免れたようだ。
「ったくよ〜。ほんっとに余計なマネしてくれるヤツだよなぁ〜。さっさと片付けちまおうぜ?」
 ロディの『流水撃奥義』が2体の雌豹を切り裂く。そのうち、目に傷を負ったほうが力尽きた。
「すまねぇな。なんだか、今日のオレって、ラッキーすぎじゃねぇの?」
 フカが最後の一体を力強く睨む。
「お迎えがくるのは、若いもんじゃなくて、俺にだろよ?」
 フカの指が雌豹の眉間に決まった。リボンをまとった雌豹は全身を二度大きく振るわせると……、息を引き取った。
(「――これで、悪い酒から醒めることが」)
 そんな呟きと前後して、雌豹の死体はゲートの中に消えていった。

 キリユキを応急処置し終え、冒険者たちは未だ消えぬゲートをにらみつける。
「さ、行くわよ。私達の平和な世界を維持するために……ね!!」
 オルドの言葉に、頷きが一斉に返る。
 そう、本命はこの先に待つのだから。


マスター:珠沙命蓮 紹介ページ
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冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:9人
作成日:2009/12/19
得票数:冒険活劇5  ダーク1 
冒険結果:成功!
重傷者:逆位置の運命・ブリザック(a60343) 
死亡者:なし
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