キミとボクのファンタジア



<オープニング>


●2019年の世界
 インフィニティマインドが星の世界への旅から帰還して4年が過ぎた。
 世界は相変わらず平和で、冒険者達は変異動物や怪獣と戦ったり、人助けをしたり、旅に出たり、第二の人生を歩み始めたりと、思い思いに暮らしている。
 そんな中、誰かが言った。
 魔石のグリモアとの最終決戦から10年。世界が平和になって10年。
 この節目の年に、久しぶりにみんなで集まるのはどうだろうか。
 互いの近況や思い出話など、話題には事欠かないはずだ。
 さあ、冒険者達の同窓会へ出かけよう!

●十年一昔
「ちぃーっす」
 バーの扉をくぐった舞朱色・ベージュ(a90263)を蓮っ葉な声が出迎えた。
 知り合いの始めた店だ。気心は知れている。聞いた声の持ち主は少し遅れた彼女を待っている程殊勝ではなかったのかすっかりカウンターで出来上がっている。
「全く、変わりませんね」
 十年分の時はお肌に幾らかしわを増やした位。
 辺りの喧騒も一つ一つ聞き分ければ何処か懐かしいそれであり。毎週のように会っていた頃とは距離が全然違うけれど、彼女を十年前に立ち返らせるには十分だった。
「お互い様っすよ」
 漸くカウンターから顔を上げた飲んだくれ――ピーカン霊査士・フィオナ(a90255)は口の端をにっと笑ってそう応えた。
 たかが十年、されど十年。
 積もる話も沢山ある。
(「さて……」)
 ベージュは涼しい顔で自分に声を掛けてくる昔の仲間達に応えた。
(「……気恥ずかしい話は何処まで防御しましょうかね」)

●2109年の世界
 世界が平和になってから、100年の時が過ぎた。
 年老いた者もいれば、かつてと変わらない姿を保っている者もいるし、少しだけ年を取った者もいる。中には寿命を迎えた者も少なくない。
 そんなある日、冒険者達にある知らせが届く。
 100年前に行った、フラウウインド大陸のテラフォーミングが完了したというのだ!
 昔とは全く違う姿に生まれ変わったフラウウインドは、誰も立ち入った事の無い未知の場所。
 そうと聞いて、冒険者が黙っていられるはずがない。
 未知の大陸を冒険し、まだ何も書かれていないフラウウインドの地図を完成させよう!

●アンダーグラウンド!
 フラウウインドの地下に大洞窟が見つかったらしい。
 地下水脈に繋がるその場所は調査が難しく未だ殆ど不明に包まれているという。
 今はもう長きを生きた真の英雄――冒険者の敵になる程の強敵も危険も居ないだろうが、ちょっとした冒険である事には違いない。
 未知のフラウウインドを調査し地図を作る事は在りし日を思い出す材料としては十分なモノと言えるだろう。
 さあ、出発だ。この世界に悪が無くとも、敵が無くとも。
 夢と冒険はいつまでも冒険者の最高の糧と成り得るモノだから――。

●3009年の世界
 世界は1000年の繁栄を極めていた。
 全てのグリモアを搭載した『世界首都インフィニティマインド』には無敵の冒険者が集い、地上の各地には英雄である冒険者によって幾百の国家が建設された。
 王や領主となって善政を敷いている者もいれば、それを支える為に力を尽くす者もいる。相変わらず世界を巡っている者もいたし、身分を隠して暮らしている者もいて、その暮らしは様々だ。
 1000年の長きを生きた英雄達は、民衆から神のように崇拝される事すらある。
 今、彼らはこの時代で、どのような暮らしを送っているのだろうか?

●悠久
「フィオン、貴方はどうして何時もそうなの!」
「ふっふっふ、アタシを止める事等誰にも出来やしねーのですよー!」
 素晴らしい平和の街に今日も騒がしい少女の声が響き渡る。
 トリックスターでトラブルメイカー。考えるより先に手が出て、足が出て。ついでに時には頭突きやグラップルも炸裂する自称美少女。
 名家も名家。伝説的な冒険者の血筋に生まれたお嬢様ながらにその姿。
 慈愛に満ち、誰にも穏やかで楚々とした美人であったと『云う』祖先の霊査士もさぞや草葉の陰で嘆いているだろうと領民は口々に噂している。尤も、無闇やたらに親しまれているという意味では中々このお嬢様は人気者でもあるのだが。
 往来で母親に追い回されるお嬢様を横目に職人の男はぽつりと呟いた。
「伝説、だよな……千年も経てば」
「ああ」
 隣の男が頷いた。
 ランドアースには生ける伝説とも言うべき存命の冒険者も数多い。だが、歴史の中にその名を残しながらも今果てた……或いは歴史からその名を消した冒険者も又数多い。
「一体、何しているんだろうな。英雄達は。英雄の子孫は……」

●数万年後の世界
 永遠に続くかと思われた平和は、唐突に終わりを迎えた。
「あれ、海の向こうが消えた?」
 異変に驚いてインフィニティマインドに集まった冒険者達に、ストライダーの霊査士・ルラルは言った。
「あのね、これは過去で起こった異変のせいなの。過去の世界で……希望のグリモアが破壊されちゃったんだよ!」

 とある冒険者がキマイラになり、同盟諸国への復讐を試みた。
 彼は長い時間をかけて、かつて地獄と呼ばれた場所にある『絶望』の力を取り込むと、宇宙を目指した。
「えっと、これ見てくれる?」
 ルラルは星の世界を旅した時の記録を取り出した。
『2009年12月10日、奇妙な青い光に満ちた空間を発見。後日再訪したその場所で過去の光景を目撃。詳細は不明』
「この記録を利用できるかもって思ったみたいだね。そして、実際にできちゃったの」
 どうやら、この空間は過去に繋がっていたらしい。男はここから過去に向かい、希望のグリモアを破壊してしまったのだ!
「世界が平和になったのは、希望のグリモアがあったからだよね。だから希望のグリモアが無かったら、今の世界は存在しないって事になっちゃう。ルラル達、消えかかってるの!」
 今の世界は、希望のグリモアが存在しなければ有り得なかった。
 だから希望のグリモアが消えた事によって、今の世界も消えて無くなろうとしているのだ。
「これは世界の、ううん、宇宙の危機だよ! だって、みんながいなかったら、宇宙はプラネットブレイカーに破壊されてたはずだもん! だからね、絶対に何とかしなくちゃいけないんだよ!」
 ルラルにも方法は分からないが、事態を解決する鍵は、きっとこの場所にある。
「でも、この空間……えっと、タイムゲートって呼ぼうか。このタイムゲートの周囲には、絶望の影響で出現した敵がいるの。これはね、全部『この宇宙で絶望しながら死んでいった存在』なの」
 彼らが立ちはだかる限り、タイムゲートに近付く事は出来ない。
 彼らを倒し、タイムゲートへの道を切り開くのだ!

●戦慄のバリューセット
「皆にお願いがあるの」
 ストライダーの霊査士・ルラルの言葉は何時に無く真剣味を帯びていた。
 事件の発生は既に冒険者達も聞き及んでいた。タイムゲート周辺に現れ出でた数多の敵。絶望の力を取り込み、司るキマイラの存在。
 まさにこの世界の存亡を掛けた戦いは――突然に幕を開けたのだ。
「この宇宙を、守らなくちゃならないの」
 ルラルの言葉に冒険者は頷いた。
 幾ら愛しんでも足りないこの世界。
 悠久にして最愛のこの世界。
 幾多の傷と、英雄の死と、犠牲をもってして生まれたこの平和。
 守り続ける事が義務であると。神にも等しき存在として世界に残る彼等は知っていた。
「敵は?」
「……古い報告書に似た姿のモノが居たの」
「……似た?」
「元の姿はモンスターみたい。ううん、本当にそうなのかは分からないけど。
 愚直な猛進、魔鏡ナルシス、タナトス、ヒュプノス、ALICEにヨル。黒の少女にアイリアス。残酷ヤミーにConductor、Noelle=Beranger、ファタ・モルガーナ、DDD、悪霧カンピアー、それからリリフレクにスケアクロウ。
 それ以外にもいっぱい!
 ……倒したモンスターが元なのかは分からないけど、纏まって出てきた上に絶望を抱いていたって意味じゃ可能性は高いと思うよ」
 その上、敵の力はかつての比ではないだろう。
 冒険者は遠い日を追憶する。
「……そりゃあ最悪だ」
 問答無用の言葉だが、言葉と口調はまるで違う。
 その邂逅の予感は冒険者の感情を在りし日の戦場に立ち返らせるに十二分。
 敵に不足は無い。倒して、倒して、倒すだけ。
 無限と続くこの世界を守り、育み、この先も永久に愛する為に!


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参加者
蒼の閃剣・シュウ(a00014)
求道者・ギー(a00041)
壊れた弱者・リューディム(a00279)
浄火の紋章術師・グレイ(a04597)
鋼帝・マージュ(a04820)
堕天人形・サブリナ(a06006)
風の・ハンゾー(a08367)
獅天咆哮・デューク(a10704)
蒼睛の・リセンク(a12727)
殲姫・アリシア(a13284)
韓紅の風焔狼・フォン(a14413)
四葉刻印・ノスト(a18011)
聖骸探索者・ルミリア(a18506)
魂砕き・カナード(a19612)
無影・ユーリグ(a20068)
星屑狐・シャル(a23469)
聖剣の王・アラストール(a26295)
野良団長・ナオ(a26636)
ドジ神様・アルシア(a26691)
薄天色の優しき謳声・リュリュナ(a32145)
超絶究極絶対無敵皇帝・ギルガメッシュ(a33171)
白き金剛石のヒト・ミヤクサ(a33619)
開放者・エイト(a34504)
月のラメント・レム(a35189)
濃藍の鷲・キースリンド(a42890)
刻紋史書・ウィンスノゥ(a43983)
赤銅黒焔・グィド(a50200)
金鵄・ギルベルト(a52326)
人形遣い・トラス(a58973)
蒼雷閃・カナト(a65324)
継ぐ者・メノウ(a70535)
模倣者・ユウ(a73551)
黒鱗の闇風・ホラノ(a76901)
風を継ぎし者・バーノン(a79462)
セイレーンの邪竜導士・バロネーシュ(a79746)
白珠・シロ(a79756)
富歩式戦闘術初心者・アユム(a79762)

NPC:舞朱色・ベージュ(a90263)



<リプレイ>

●2019
 雑踏の往来を一人の女が行く。
 その日は良く晴れた気持ちのいい日だった。
 便りの無いのは元気の報せ――そうは言うもののやはりたまには友人の近況も気になる。
 何度も背中を預け、共に何回も死線を越えた戦友ならばそれは尚更だ。
 ランドアースから、この世界からすっかり脅威が消え去り。もう毎日会う必要は無く、毎週のように戦いに赴く事も無かったとしても。『冒険者』と呼ばれた英雄達が大きな戦いを失い、各々が新しい人生を歩み出したとしても――築いた関係は変わるまい。
「……」
 軒からぶら下がる金属の看板には『灰銀の杯亭』の文字が刻まれている。
 女――舞朱色・ベージュ(a90263)は少しだけ目を細めてその店の前に立ち止まった。
 ここに来るのも何年振りか、そう思えば少し感慨深かったからだ。看板が相変わらずピカピカとした光沢を保っているという事はあの几帳面な店主殿は全く無病息災という事なのだろうと嬉しくなる。
 今日は同窓会。
 十年振りの同窓会――。
「ちぃーっす」
 小さな軋み音と共にバーの扉を開けたベージュを蓮っ葉な声が出迎えた。
 気心の知れた『シャテー』の店だからか遠慮も何も無い。カウンターですっかり出来上がっているのはピーカン霊査士・フィオナ(a90255)だ。三十を越えたのだから少しは落ち着くべきだとベージュは思うのだが、本人には余りその気は無いらしい。
「あら、おひさしぶりー。……結構皆変わり無い様で、何よりだねぇ」
「全く、変わりませんね」
 十年分の時はお肌に幾らかしわを増やした位。
「ウン、ゼンゼンカワラナイネー」
 ちょっと老けた……と言いかけた超絶究極絶対無敵皇帝・ギルガメッシュ(a33171)は首筋に当てられた刃物のような殺気を敏感に感じ取りコクコクと首肯する。
「いらっしゃい、ベージュさん」
 そのフィオナの向こう側、カウンターの中には店主が居た。
 久し振りに会っても余り変わらない。落ち着いた雰囲気もそのままの浄火の紋章術師・グレイ(a04597)だった。冒険者を引退した彼がこの街に店を構えてから既に五年程経つ。戦いに身を置いていた頃から酒への造詣が深く、又愛しても居た彼は第二の人生をその穏やかな趣味の探求に費やす事に決めたのだ。
「お久し振りです。いいお酒、入っているのでしょう?」
 淡く微笑み言葉を肯定したグレイに似たような表情を返しながらベージュは店内を見渡した。
「あんたはあんまりかわらんな」
 くっくっと笑い酒瓶を片手に奥の席の赤銅黒焔・グィド(a50200)が言った。
「その節はすまんかった。ま、これでチャラにしてくれや」
 半ば出来上がっているのか早速とばかりにその小瓶をベージュに放り投げる。
 見事にキャッチした彼女は懐かしい冒険の話に口元を僅かに綻ばせた。
「利息がつくものですよ、グィド殿」
 店内には既に出来上がった人間が何人も居た。
 見渡せば次々と見つかる懐かしい顔。
「や、フランコ。久しぶりだね。元気そうでなによりだよ」
「おお、でかくなったなぁ、お前」
 それは韓紅の風焔狼・フォン(a14413)にとって特別な依頼人だった。
 冒険家フランコ、何年振りかに見る彼はすっかり白髪が増えすっかり初老の感がある。
 彼は遠くからノソリン車を飛ばして(?)ここに来たらしい。勿論それは旧知の冒険者達――取り分け、このフォン等に会う為にであった。
「嫌だなぁ。ボクだってそれなりにちゃんと成長してるって」
「どうも、御無沙汰しておりましたの」
 フォンから半歩下がった所で薄天色の優しき謳声・リュリュナ(a32145)がぺこりと頭を下げた。かつてと変わらない可憐さを残したまま、少し落ち着きを増したのはフォンに同じく。
「あまり無茶はなさらないで下さいませね? わたくし達で宜しければまたお手伝い致しますですし」
 幾度も冒険を共にした目の前の男がかなり無鉄砲である事をしっているからリュリュナは少しだけ冗談めかしてそう言った。
「いやー、助かるわ。俺も一発当ててなぁ。最近はちょっとした名士様で通ってんだが。
 今度はやっぱり昔の俺が受けたのと同じように後進を育てにゃあかん。
 お前達なら安心だ。今度紹介するから面倒をみてやってくれよ。
 冒険の無い世界は退屈だからな。そこに危険があろうとなかろうと、財宝が眠っていようと眠っていまいと――だ」
「相変わらずだね」
 フォンはそんなフランコに笑いかける。両手を広げる身振り手振りを交えたオーバーアクションと人懐こい笑顔と日焼けした肌は昔と変わっていない。それがフォンには嬉しい。
 いや、五十を過ぎた彼にとっては十年も――人生の一部にしか過ぎないのだから当然なのかも知れないが。
「お前もな。……いや」
 フランコは二人を上から下まで不躾に眺め回す。
「いや、やっぱり変わったな。遂におめでたか、お前達」
 捨て目が利くと言うか何と言うか。いきなり図星をついたフランコに二人は赤面した。
「御名答、伊達に歳を取っていませんね」
「フ、フランコにもらったぬいぐるみ、今度は子供に渡そうと思うよっ」
「おお。俺も今度はダース単位で送ってやるぜ」
 赤くなったフォンとリュリュナの横をすり抜けベージュはテーブル席に座った。
「御注文は?」
「テキーラ」
 十年振り。
 考える程に――考える程に長い時間だった。
 冒険者が生命の書の永遠を手に入れたとて。十年はヒトの尺度ではやはり長い。悠久の果て、時間に慣れ、或いは飽けばまどろみのような刹那になるのかも知れないが。
「そう、私とミゾレさんが初めて出会ったのは……」
 聞かれても居ないのに馴れ初め話を演説するのは人形遣い・トラス(a58973)。
 十年前と変わらない飄々としたマイペースをベージュは一人懐かしむ。
(「そう言えば何処か性別に曖昧な方でした――」)
 どちらが母になるべきか悩んでいる、そもどうにか出来る問題なのかと熱弁するトラスにベージュは何時かの地獄村での出来事を思い出した。美女に扮するトラスは成る程、ドリアッドの美しい顔立ちが様になっていたし。抵抗も殆どない様子だった。
「……リューディム殿、その子は?」
 十年はヒトが在り様を変えるには十分だ。
「……私の子供じゃないわよ? 見ての通りエンジェルの子供達なんだけど……なんか懐かれちゃって」
 歯切れ悪く壊れた弱者・リューディム(a00279)が答えた。
 かつて『殺戮の女優』として名を馳せたリューディム・ガーフィッツとは思えないその姿。膝の上で抱きつく少女の頭をあやすように撫で、右腕を少年に引かれて「もう少しだから」と言い聞かせる彼女の姿は昔日と余りに見違える。
「安心しました。振られたかと思いましたよ」
「……何よ、それ」
 照れか、惑いか。それとも満更でもないのか――ベージュの軽口にリューディムは軽く笑った。
「出来れば長く飲み交わしたかったけれど。……残念ね、痺れが切れたみたい」
 少年に右手を引かれ席を立ったリューディムが苦笑いする。
「これから街で遊ばせるって約束しちゃったのよ。……何、笑っているのよ」
「いいえ、会えて良かったです」
 ――カップを傾けるベージュにリューディムは頬を掻いて答えた。
「……いいわ。じゃあ、また――」
 また。
 ヒトとエルフの時間は違う。あるか無いか分からない次を口にして、リューディムは店を出た。
「よ〜、久々やな〜! べーやん」
「お久しぶりですね〜、ベージュさんっ♪」
 店の入り口の方から陽気で軽快な声が響いた。
 赤髪と狐尻尾のストライダーを連れた銀髪の青年。人懐こい笑顔と人好きのする明るさは以前と殆ど変わりの無い星屑狐・シャル(a23469)とドジ神様・アルシア(a26691)だった。
 その美貌にニコニコとした笑顔を貼り付けたアルシアは十年前と殆ど変わっていない。
「お久し振りです。まぁ、アルシア殿は……二ヶ月振り位ですが」
「あ、あれ? ……思ったよりお久し振りじゃないですねっ」
 アルシアはベージュが近況をしかと把握している数少ない人物だった。人生の伴侶と街で小料理屋を営み始めた彼女の所には実はベージュ、しょっちゅう顔を出しては邪魔をしている。
「ここの所、少し遠出をしていましたからね」
 多い時は月に二、三度も平和な過程を脅かすベージュだが確かにここ暫くは邪魔をしていない。尺度は違えど『お久し振り』には変わるまい。
「シャル殿……?」
「……あ、コイツ? いや、捨てられた子でな……今、面倒見てるんや」
 ベージュの視線に気付いたシャルは、席に向かいながら自分から傍らに立つ子の説明を始めた。
 捨て子になっていた所を面倒を見ている事、ゆくゆくは自分の後継者にしようと思っている事。
「シャル殿が弟子ですか。……歳を取る訳です、私も」
「あ、魔女には内緒な」
 口元に指を立てジャスチャー交じりにシャル。
「そうや、今日は他にも来るって……残念ながら『アレ』は駄目だったみたいやが」
「彼女等も素直になれば良いのに」
「中々難しいみたいでなぁ……今は旅して絵描きしとるのを追っかけてるって聞いとるが」
 幸せのベルが鳴らない。(何故か)ベージュがそれを待ちに待っているのと、親友の気性両方を良く知るアルシアは「あはは……」と困った笑みを浮かべた。
「……と、言う訳で久し振りに『補充』しましょうか」
「っ、!? あ、え、わわわわわ……!」
 ベージュのいう所の『補充』やらは実に分かりやすい。未だに仲が良い旦那をやきもきさせる事この上ないそれは取り敢えず今日は抱擁であるらしい。
「あー、出来あがってんなー」
 在りし日の朧龍殿を知る者からすれば見慣れた光景である。
「ま、元気でいいんじゃね?」
 飽きる程にこの光景を見てきた開放者・エイト(a34504)はマイペースにつまみにつまむ。
「程々になー」
 合点承知。
「べ、ベージュさん、またいきなりですかっ……」
 また、がポイント。
「……しかし久しいな? この光景も。
 ああ、本当に……ふふ、良縁が出来たか等聞くだけ野暮か」
「うむ、後家になるのにも理由があると言う事。汝に幾千万の試練あれ」
 騒がしさを増した光景に視線をやりながら獅天咆哮・デューク(a10704)が笑い、求道者・ギー(a00041)が合わせるように呟いて印を切った。
「……まぁ、アレは想定の外ではあったが」
 ちらりとギーが視線をやった先にはカウンターのフィオナが居た。
「シュウおにーさんが最近なんだか『らぶらぶモード』なので気になって見に来ました!
 そこの所詳しくお願いします。『ハジメマシテ』のフィオナおねーさん!」
「そうですねぇ。どうしてでしょう。
 初対面の筈ですが……私には断固として聞く権利があるような気がしますね」
 何処か懐かしい白珠・シロ(a79756)、(或いは多少の意趣返しも込めてか)意地悪い風を継ぎし者・バーノン(a79462)の言葉にフィオナは途端にニヤニヤと笑い出す。
「うん――」
 遠い日のシュコウにそっくりの――継ぐ者・メノウ(a70535)も頷いた。
(「私……というか『俺』が気になって、気になって……仕方がなかったの。
 フィオナが、幸せになってるか、どうか。人を見送ってばかりで、幸せまで見送ってるんじゃないかって……だって。泣くのが、下手な人……だったでしょう?」)
 想いは重なる。
(「フィオナは『俺』の、大事な、嫁だから。貴女が幸せになるなら、『俺』も私も、嬉しい」)
 魂の絆が無限に連なる運命そのものだとするならば、このメノウの想いも。穏やかな光景に少しだけ悔しさとやり切れなさを思うバーノンの想いも或いは必然なのだろう。
「ふー。しゃあねぇですね」
 フィオナは何かムカつく顔をしてやれやれといったポーズを取った。
「じゃー、始めますか。公開処刑」
「ぶふっ」
 ナイスミドルになった蒼の閃剣・シュウ(a00014)が外見を裏切って盛大に酒を吹き出した。
「あ〜れは〜そう〜。雪のちら舞ういつかのフォーナー」
「や、や、やややや、待て。フィオナ、それは自爆テロだよ。
 君の為にもならない。いや、ホント。むしろ辞めろおおおおおっ!」
 朗々と歌うように説明し出したフィオナの口を顔面蒼白のシュウが塞ぎかかるが、
「すいませんね、シュウさん。逆らえないのですよ、服従が体に染み付いて!」
 無駄に爽やかに白々しい店主グレイがそんな彼をナイスブロック。素早く羽交い絞めにしている。
「蒼の閃剣、エロシャテー。可憐な美少女誘い出しー。雪の庭園けだものにー」
「してない、してないっ!」
 シュウ・シドー容疑者(42)は依然容疑を否認しており……。
「『人前ではさ、そんな強気でいるけれど。
 知っているんだ、本当は弱い泣き虫で寂しがりやでさ。
 でも、俺は。俺はさ、そんなフィオナが好きなんだ――君の事を愛している。結婚しよう』」
 真っ白になるシュウ。
「へー」
「ほー」
「ふーん」
 最高潮を迎える周囲の視線の生暖かさ。
「……」
「……………」
 言うだけ言ったフィオナはちょっと顔を赤くしてぼりぼりと頬を掻く。視線は既に明後日。
「……………………」
「はい、フィオナおねーさん」

 どぐし!

「ジュツカタ!」
 何故かグレイがシロの渡した変なので吹き飛んでいく。
「……ゴホン。しかし、珍しいな。ハンゾーよ」
 ギーは咳払いをして酷い光景から視線を外す。
「姫君が御呼びとあらば、馳せ参じぬ訳にも参るまい?」
 ふらりとやって来て相席をした風の・ハンゾー(a08367)が軽く笑う。
「それにそれはデューク殿も同じであろう?」
 随分と会う機会も減った。
 ハンゾーの言うデュークは今活動の拠点を楓華の方に移している筈だった。
「いや、何。とある書物を求めてランドアースに戻ってな……その帰りなのだよ」
 デュークは強めの醸造酒を呷りながらそう嘯いた。
 十年振りの同窓会に合わせて書物を求めたのか、それとも本当に運命の用意した偶然だったのか。薄く笑い飄々とした余裕を崩さないデュークの表情からは読み取れない。
「良く言う……」
 ハンゾーは小さく苦笑いを浮かべた。
 その胸に去来するのは『最後』の二文字。彼はこれから当てのない戻らぬ旅に出る。実はそう決めている。思い出すは享楽の日々、血涙塗れた試練の日々。この日は人生で最も濃密な時間を轡を並べて過ごした戦友達との今生の別れだ。そう決めている。
「さ、酒を一献酌み交そう」
 酒を注ぐハンゾーのその何気ない所作には感謝、愛情、惜別、期待その総てが込められていた。
「ふふ……」
 自慢の髭に手をやりデュークは僅かに笑んだ。語れば落ちるこの瞬間を敢えて語ろうとはせず、
「まぁ――期待していなかったと言えば嘘になるがね」
 目を細めて騒がしい店内を見渡した。
「あぁ、懐かしい顔がちらほらといるねぇ」
 カウンター席でウィスキーをちびりちびりと舐めながら四葉刻印・ノスト(a18011)。
「全く。今日ここに立ち寄ったのは偶然だけど――呼ばれた気がしたって言ったら言い過ぎかな」
 その隣で似たような調子の風紋氷華・ウィンスノゥ(a43983)が笑った。
 最近は旅で集めた歴史書を元に年代記の執筆に入っており、決して暇では無かったのだが――。
「そう、出来過ぎな話だよ」
 ノストはカウンターの上に古い装丁の厚い本を置いた。
「……キミの事だから、悪どい条件が付いてきそうですね?」
『ノストは偶然今日ここに立ち寄ったウィンスノゥの捜し求める史書を片手にここへ来た』。引き合う偶然を運命と呼ぶのならば確かにそれはそうなのだろう。何故ならば。
「やはり、この本を持って来たのは正解でしたね。交換という事でどうでしょう」
 ウィンスノゥも又、ノストの求める本を持ってきたからだった。
「相変わらずだねぇ」
「その言葉、そのままお返しするよ」
 言葉はお互いに向けられたもの。そして、フランコにからかわれて焦り始めた『元・お子様カップル』に向けられたものでもあった。
「……随分進行は遅そうですけどね」
 まるで時間が切り取られたかのようだった。
 そんなの錯覚に過ぎないと分かっていても――不可逆の流れに逆らうかのよう。
 今日この一瞬だけは遠い日の冒険者の酒場を思い出すには十分。
 静かに呑む濃藍の鷲・キースリンド(a42890)、
(「こんなのも久し振り、かな……」)
 自らは静かに、それでも喧騒の時間に心地良く身を浸す鋼帝・マージュ(a04820)の姿。
「……? シャテー、何か変わったです?」
「うん。少しね」
 冗談で首を絞めてきたフィオナに軽くタップを入れながら蒼睛の・リセンク(a12727)は曖昧に笑った。彼の旅は、彼の戦いは失われた記憶を取り戻す為のそれだった。
 長く続いた果ての果て――。
(「……そう、俺はそれを取り戻した」)
『リセンク・フォール』ではない時間。目の前で不思議そうにするフィオナの知らない自分。彼がトレードマークだった真紅のマントを身につける事はもう、無い。
 ゆっくりとカップを傾けながらリセンクは根掘り葉堀りと事情を問い質そうとするフィオナをかわした。考えたくはない事、或いは思い出さない方が良かった記憶。
 結婚はしたのかという問いには「あはは」と笑って場を濁しておく。
「……何だかんだで縁のある顔触れだ」
 唯一言だけ意識しない言葉が唇から滑り落ちた。
 長い戦いの中で幾多に繰り返した出会いと別れ。
(「あんな戦いを次の世代に持ち越さなくて済んで本当によかったよね――」)
 リセンクはフィオナの顔を眺めて思い出す――特に凄絶だった対ミュントス特務部隊の事を。
(「――この十年色々あったけど、同盟の冒険者をやっていた頃が一番大変で、でも楽しかった」)
 生まれ持った命を使い尽くす事。それはヒトの刹那を生き抜く事だ。
「変なシャテーっすねぇ……」
 小さく肩を竦めたリセンクは生命の書を使う心算は無い。
「こういう同窓会って何だか良いものですの〜」
 十年等、魔王の生には塵芥という事か。昔のような危険はなくとも遺跡を探索したり何かを調査したり聖骸探索者・ルミリア(a18506)の日常はその可憐な姿形と同じく余り変わっていない。
「父のように――頑張りたいと思っています」
 その一方で父・無影・ユーリグ(a20068)に代わって今日この場所を訪れたフィリックスも居る。両親が経営する孤児院の運営と不幸に見舞われた少年少女の保護の為、旅を続けているらしい。
「ハラ減ったですよ! 満漢全席持ってくるか何か芸しろですよ、シャテー!」
 痛々しい三十路(ピーカン)と無茶振りをされる四十路(グレイ)を見かねた白き金剛石のヒト・ミヤクサ(a33619)が助け舟を出す。
「……まあまあ。満漢全席はともかく、何か美味しいもの作りますから」
「厨房貸して貰えます?」と腕をまくるミヤクサにグレイは両手を合わせて拝んでいる。そう言えば彼女は昔から『おさんどん』担当であった。暴君もここは鷹揚に頷いている。助かった。
(「旦那微塵も役に立たねぇ。手綱、握ってません……!」)
 握れると思ってか。
「あれー、フィオナじゃん。超久しぶり。
 俺? 俺ね、ここに毎月ノソリンのミルク卸しに来てんの。ノソリンの牧場やってっから。なんか評判良くてさ、特に女子からのなんでも美容と健康に効果ありなんだってさー」
「怪獣の肉をサンドバックにして怪獣のタタキじゃー!」
「おおー!」
 厨房の方から顔を出した野良団長・ナオ(a26636)と巨大な包みを肩に担ぎ、どどんと登場した富歩式戦闘術初心者・アユム(a79762)の声に拍手が起きる。
「――まぁ、フィオナさん。貴女はちっとも変わっておられないのですわね」
 続いて背筋を撫でる様な甘い女の声が入り口の方から響いてきた。
 銀糸を思わせる長い銀色の髪に上質のアメジストのような紫色の瞳。
 小柄だが手足はすらりと長く特徴的な黒いドレスは以前のまま――
「た、たたたたたたた……たん様!?」
 傍若無人を繰り広げていたフィオナがびくっと硬直して其方を振り向く。
 漫画でデフォルメされそうな冷や汗が頬の辺りを滑り落ちる。
 彼女が恐々と覗き込んだ酒場の入り口には堕天人形・サブリナ(a06006)が立っていた。
 深淵ならぬサブリナたん様。たん様かわいいよたん様。
「御機嫌よう、お久し振り」
 口元に白い指を当て、薄い唇をほんの少しだけ吊り上げて。美しい毒花か、しなやかな獣か。或いはその両方を思わせる妖艶な仕草でサブリナは僅かに微笑みかけた。
 かつて少女だった堕天の人形は時を経て成熟を増していた。
 少し歳を取った彼女は美しい。もう『可憐』ではなく――唯美しい。
「お、おひ、おひおひお久し振りじゃねーですくぁ、たん様」
「ふふ、良いお年の召され方をされてますわね。
 その可愛らしさ、衰えるどころかますます増しておりますわよ」
 明らかに狼狽するフィオナ、益々嗜虐的に瞳を細めるサブリナ。
「にょおおおおおお!?」とか「にゃー!?」とか響き渡るフィオナの絶叫と「ふふ」とか「あらあら、まあまあ」とか「素敵ですわぁ」とか続くたん様の艶やかな声を聞きながら月のラメント・レム(a35189)は呟いた。
「……何なんでしょうね、あの凄い雰囲気」
「ある意味何時もの事って言うか……ね」
 緩やかに歳を重ね二十代半ばの姿になったレムに三十半ばでその時を止めた殲姫・アリシア(a13284)が相槌を打った。
「……これも、ある意味何時も通り……でしょうか」
 レムは溜息を吐く。
 酷い光景だが奇妙な郷愁と感傷を誘うのはどうしてか。
 いや、レムには分かっている。その理由は分かっている。
 それは戻りたいかと言われれば違っても……失って久しい光景だからなのだろう。
(「冒険者になってからの数年は、数々の戦い無しには語りえない日常でしたね。
 ……そこで得た経験や出会いは生涯忘れる事はありません。
 勝利に喜ぶ感情も、失った事も、苦汁を舐めた記憶も……総て。
 総てが無ければ……今の私は今の私にあたわず、そう絶対にこうは在り得ないのですから」)
 戦いを終えたレムの現在。
 日々、子供達の世話に追われる孤児院での生活。大変で、苦労も多くてそれでも楽しくて――それは昔を焦がれぬ程度には忙しく充実した日々ではあったが。
「べ、ベージュさん……も、もう駄目です〜」
「前まではご一緒できませんでしたけど、今ならご一緒できますよ〜」それは何かのフラグだったのか。酒に酔ったか『それ以外にどうこうされたのか』嗜虐的に笑うベージュの横の席では目をぐるぐるに回したアルシアが突っ伏している。
「……ごくり」
 レムは息を呑む。気付けば赤い悪魔が爛々と視線を此方に向けていた。
 総毛立つような感覚は冒険者が『危険を失って』以来、久しく感じていない種別のプレッシャー。
(「感傷は感傷としても……狙ってます、間違いなく!
 ベージュ様はレム睡眠とか色々とか! あと嫁じゃない!」)
「あら、いいじゃない」
 アリシアは戦々恐々とするレムを軽く笑う。
「ベージュたんに弄られるんなら本望。クールビューティなおねーさま」
 以前より――歳相応に余裕を吹かせてアルシアは冗談めかした。
「私で良ければお酒幾らでもお付き合いしますよん。飲み比べをしても今なら負けない自信があるもの」
 それは柔らかな宣戦布告だった。
 母は強し、か。このアリシアにも今は一歳と三歳の娘が居る。
「妙齢になっても嫁にはあげませぬけど、会ったら可愛がって下さいませ」
「……釘を刺されました」
 不本意そうな『ノーマル』はさて置いて。
 別離の時間は語れば語るだけ新しい発見を呼び起こし――簡単に語り尽くせるモノでもない。
 十年振りの同窓会は誰にも等しく、誰にも優しく。喜ばしい再会の時間はゆっくりと流れていく――。

 ――ばたんっ!

 扉が乱暴に開けられた。
 店内の視線が開かれた入り口に集中する。
「――っ、殿は……っ!」
 白い甲冑を纏った少女。酷く焦った様子で凛としたその美貌には余裕が無い。
「ベージュ殿! ベージュ殿はまだ存命ですか!?」
 廃城を修復し旅団を結成し、近隣を助け暮らす聖剣の王・アラストール(a26295)に文が着いたのは暫く前の出来事だった。

 ――ベージュ、キトク、スグカエレ――。

 誰かの悪戯を真に受け、取るものも取らぬ早駆けで辿り着いたこの酒場には、涙目になりかかったレムを弄り倒す危篤患者の姿がある。
「……あ、ああ……その……」
 悪戯に気付いたアラストールの顔が紅潮する。
 流石に目立ち過ぎた彼女は所在無く視線を宙に彷徨わせるが――。
「げほ、ごほ。じびょうのしゃくが……」
「何、やはり一大事だったのですか! ええい、すぐに医者を! 店主殿!」
 嗚呼、お前が犯人か。小芝居にすぐさま又騙されたアラストールはかつてと何も変わっていない。
「何と言うか、皆根っこは変わらないんですよね」
 グレイがクスと笑った。
「……やれやれ、です」
 潰されたアルシアを介抱しながらトラスは小さく肩を竦めた。
 人が集まる程に運命が交差するのだから、今日は千客万来。
(「同じ戦場にいたというだけの繋がりだけれど、何だか言い様のないこの懐かしさ……」)
 十年前、幾多の戦場を越え活躍していた古く強き冒険者達。今はじゃれるように時間を過ごす彼等を見回して蒼雷閃・カナト(a65324)は知らずに微笑んでいた。
 そしてゆっくりと歩み寄りベージュに声を掛けた。
「こんにちは」
 知らない顔に不思議そうに小首を傾げた彼女にカナトは言った。
「はじめまして。僕も『あの時』の冒険者なんですよ、ベージュさん」
 続いていく時間――穏やかに過ごせる平和、そのワンシーンはきっと期待を裏切らない。
 カナトは微笑みと共に差し出されたベージュの手を取り、一瞬だけ目を閉じた。
 これも始まり――願うなら、それは……。
(「この平和に満ちた笑みがずっと続くといい」)
 願うならば、すべき事は一つ。
 この英雄が、英霊達が朽ち果てようとも。時は果てない、世界も果てない。
 なればこそ――。
(「決めました。僕がやるべき事」)
 ――『遅れてやって来た』カナトの胸を強い決意が静かに打っていた。

●2109
「洞窟探検ってぇのも久しぶりだなぁ。何年ぶりか忘れたけど」
 ギルガメッシュが足元に転がった大きな石をひょいと飛び越えた。
「フラウウィンドは、あの作戦以来ですね」
 テラフォーミングを終えたフラウウィンドの探索行。
 地下洞穴を進みながらマージュは懐かしそうに呟いた。
 武器と盾は変わらないが甲冑を着ていない。五十代後半の姿――髪や尻尾に白いものを混じらせながらも彼は未だにリザードマンの王都キシュディムを中心に精力的な冒険者として活動を続けていた。
 今回の探索行への同行はその筋から経験豊富な彼に隊長としての参加要請があったからだった。
「ははは、たまにはこういう仕事もいいですね」
「大丈夫ですね」
 地図を丁寧に書き込み、灯りを照らすミヤクサのモノと合わせて進む。
「ふーん、ここがフラウウインドかー……」
 目の前を掠めて飛んだ大きな蝙蝠を捕まえた二十歳位のヒトの女性――ルナがしみじみと呟いた。
「地上も凄かったけど地底にこれだけの空間ってのも凄いなー」
 見慣れぬ光景に感嘆の声を上げた彼女はあのユーリグの玄孫に当たる人物である。
 両親と喧嘩して家出の末冒険者になった……その経緯は兎も角、やはり血は争えないという事だろう。
 そして血は争えないと言えば……。
「ククク、俺は誰にも止められんわぁー!」
 トゥエルブの場合、まさにエイト・ヒガの直径といった感がある。
 丁度、エイトの若い頃と同じように微笑ましい悪ふざけをしながら遊んでいる。
「あ、大丈夫ですか?」
 養子だというのに名も姿も殆ど同じ二世君――トラスが転びかかったアネム・ランステッドを受け止めた。
「あ、ありがとうございます。アタシ、これがはじめての冒険なんですよぅ」
 アネムは辺りをきょろきょろと見回して幾度目か知れない感嘆の溜息を吐いた。
「ばあちゃんのじいちゃんもこんな冒険をしたんでしょうか……」
 暗い洞穴、蝙蝠の羽音、何れもアネムにとっては恐ろしく感じられるそれだった。『ばあちゃんのじいちゃん』ことグィド・ランディートが些か残念な冒険しかしていなかった事はさて置いて。そんな彼女にとって手馴れた様子で冒険するマージュ以下探索部隊は別世界の住人のようにも見えていた。
「まぁ、慣れですが……楽しめばいいんじゃないですかね」
 トラスは言う。
「例えば世界の殆どを冒険者が拓いた今、未知の場所を探索できるのは嬉しい事とか」
 トラスは横道に佇む奇妙な形をした岩に手を置き、手にした楔で何か刻み付ける。
「例えばこれ。今私の顔を彫りました。トラス岩と名付けてみる事にしましょう」
「……ぷっ……な、なんですかそれ……」
 アネムの表情が僅かに緩む。何処まで本気か、或いは緊張を解いてやる為の気遣いだったのか。それは本人のみにしか分からねど、トラスはあちこちに『トラス岩2』だの『トラス岩ダッシュ』だの色々と増やしている。
「水滴如きにこの動きを捉える事は出来ぬのじゃァーッ!」
 アユムは天井から滴る水滴をひたすら避けながら歩いている。今日もやっぱり無駄に元気だ。
「……さあ、行きましょう。皆さん」
 ミヤクサの言葉に応えて一行は進む。
 まだ名も無い大洞穴に新しい名前を刻む為に――。

●3009
「にゃはははははははは! アタシ最強ーっ!」
 往来を天下の美少女フィオンたん(本人談)が爆走していた。
「す、すみません! すみません! すみません、ごめんなさい。悪気は無いんです!
 フィオン様が何時も……って、あ! ふぃ、ふいおんさまぁ……ま、待って下さいよぉ……!」
 走っている間にテンションが上がったのか露天の籠をなぎ倒し、通行人をきりきり舞いさせて。それでも尚止まらない台風(フィオン)の後をぺこぺこと全方位に頭を下げまくるプルー・アルベルトが追いかけた。白髪ショートカットの伏目がちの少女は気性こそ違えど、獅天咆哮の愛した『彼女』の面影を何処か感じさせる姿をしていた。
 何の因果かフィオンに仕える事となった彼女は、後に続くもう一人――。
「はっはっー、フィオン様は今日も元気で皆様に愛されて良いことですねぇ!」
 模倣者・ユウ(a73551)に良く似た人物――。
 こちらは全然悪びれた様子の無い楽しそうなバベル・ナイトロードと共に我等がお嬢様の無軌道な暴れぶりに今日も今日とて付き合っているのであった。
 尤も、バベルの髪に咲く朝顔はフィオンが右と言えば右に揺れ、左と言えば左に揺れる。
 執事服を身につけた彼は実に圧倒的な――享楽主義という忠誠心を隠す事は無く今日という日を楽しんでいる風であるのだが。

 ――シドーの家のお姫様、今日も今日とて大暴れ――。

 目前を駆け抜けたお姫様を吟遊詩人が楽しそうに歌った。
 いや、少し意地悪く……それでも温かい視線を向ける彼の歌は『真似事』だった。
「……どうなんですかね、ご先祖様としては」
「……………奥さんを思い出すなぁ」
 傍らに立っていた青いマントの男は吟遊詩人――ノストの言葉に溜息混じりに呟いた。
「フィオン……血筋ながらに恐ろしい子……!」
「にゃははははははは!」
 さもありなん。
「そう言えば、相棒はどうしたのさ?」
「いや、この間リーアが図書館を建てたじゃないか。
 そこを間借りして篭りきり。……で、相変わらず執筆みたいだよ」
 ノストが言うのはウィンスノゥの事である。
 時間が千年も積もれば変わるものは多い。しかし変わらないものもあると言う事か。
 図書館を建てたのはあの懐かしいマージュの子孫だし、フィオンお嬢様に従者の二人も大体素性は知れる連中である。
「あ、久し振りだね!」
 赤みがかった銀髪のエンジェルの子供を真ん中に三人で手を繋いで向こうから歩いてきたのはフォンとリュリュナの夫妻だ。ここ暫くはこの近くに住んでいる。
 ミヤクサの子孫はトロウル王国の方で外交に携わっているというし、ヒガ家の現当主フィフティはフィオンに勝るとも劣らず奇名を轟かせている。
 特筆するべきはアラストールか。彼女は王になった。
 遠い日、彼女が旅団を構えた古城は今では城下町の中心となっているらしい。
「フィオン、今日もトレーニングじゃァー!」
「おっしゃあ、燃えてきたですよ!」
 独特の気迫と共にあっちでフィオンと拳を突き上げているのも見た顔(アユム)だし、
「ボクの名はハンゾー!」
 通りの向こう冒険者の店の前から響いてくる元気な声は旧い知り合いの名前を思い出させた。
 離れているようで近い。それは永いようで短いという事なのだろうか?
「らぶあーんどぴーす! あたし達冒険者が居る限りこの世に悪は栄えない!」
 時は悠久に積もる。
 想いは連綿と継がれて行く。九百年前から続くルナの物語もまだ続く。
「しまった、私カレシ居ない暦4ケタ突入してるのか!?」
 ギルガメッシュの物語は……まぁ、ドンマイ。

●インフィニティ
 世の中に絶対は無い。
 万物を蝕む死と滅びにさえ――抗った冒険者達が居るのだから。
 ルラルの霊査によって齎された驚愕すべき事実。
 それはこの世界の根幹と理に関わる大事。
 そう、数万年も続いた平和が嘘のように。戦いの日は余りに突然に訪れたのだ。
「皆、奮起せよ! 戦わぬ者に希望が微笑む事など決して無いのだから!」
 古い印章(フィオナマーク)を胸に赤いドレスの武人デュチェッサが叫んだ。
 敵はタイムゲートへの道を阻む数十体に及ぶ絶望の群れ。
「あれが偉大な先達達が戦ったという敵、か」
 ジークフリードの目前には旧い、神代の昔の悪鬼共。災厄なる悪夢が澱み揺らめく。
 絶望。それは確かに絶望だった。覚悟無く触れれば途端に身も魂も腐り果てるそんな風情の。
 だが、しかし。
「さて、そいつらは返して貰うで」
 まだ荷が重く震える後継からシャルは武器と指輪を受け取った。
 誰かと問われれば答えは一つ。短く一つ。
「初代や」
「随分久し振りだね」
 アリシアは居並ぶ友軍を眺めて微かに笑った。
 死地に場違いな柔らかい表情だった。
「まったく。こんな時位しか中々こうも揃わない」
 久方振りに剣を向いた蒼の閃剣は頬を掻く。
「愚直な猛進にNoelle=Beranger、悪霧カンピアーにスケアクロウ。
 私に数少ない敗北を与えたモンスター達がこんなにも揃って現れるとは……」
「それもまったく。何だか借りを倍返しで返さなきゃいけない相手ばかりな気がするな」
 表情を引き締めたルミリアの言葉にシュウは頷く。
「本性ってわけでもないが。まぁ……私らしいのは確か」
 華やかに笑うのはリューディム。
「う〜ん、なんか物凄いオールスターですけど、私達なら大丈夫ですよねっ」
「今、この時まで続いてきた平和を終らせる訳にはいかないさ」
 アルシア、ギルガメッシュ。
「再戦と洒落込もうじゃないか」
「これだけ揃うと、壮観ですねぇ」
 ノスト、ウィンスノゥ。
「再来した大規模な戦いですが、気を引き締めて頑張りましょうか」
 セイレーンの邪竜導士・バロネーシュ(a79746)が気合を入れる。
 敵が神代の昔の亡霊ならば、彼等も又神代の昔の英霊だった。
 ヒトならぬ時間、ナガキを過ごした英霊達は文字通りの決戦に、気の遠くなるような時間の果てに訪れたこの瞬間に武者震いする。
(「本当に平穏な日々が流れ、皆さんがゆるやかな生活を送っているのを感じ。
 わたしもそれに気持ちを委ねてきました――でも」)
 畏れは無い。微塵の怖れも無く、バロネーシュは迫る敵に視線を投げた。
 凛とした双眸で敵を射抜き、やがて鳴り響く戦いの歌、一瞬先に思いを馳せる。
 誰も、どれ位想っても足りない位に世界が愛しい。
 長く、余りにも長く生き過ぎたけれど――でも、生き続けてきたから。それは見誤るまい。
 そしてそれは何も旧い英雄達だけの話に留まらない。
「さて姐上。ちょっと派手な料理の時間になりそうだが、どう動くべきかな」
「信頼してるから、大丈夫」
 シュコウと言う名の『男』、そしてシュハクという名の『女』。
「初代の訓え……『絶望を祓い、希望を諭す』を守る。コレ以上の舞台は無い」
 ハンゾーの心は穏やかだった。夢幻を前に明鏡止水。
「うわぁ……随分大昔は凄いのが居たんですね」
「……絶望なんて字、読めねえし書けねえよ」
 何処かあのミヤクサの面影を残す妙齢の女性の言葉に、赤い髪に闇色の瞳、『ナオ』の弟子に連なるナオが嘯いた。
「世界の危機百連発ってか」

 おおおおおおお……!

 重く重なり響く怨嗟の声。絶望の呻き。
「……」
 唇を結んだまま少年は剣を握る。銘は『破軍の剣アンサラー』――その宝剣を握る。
 幼さの残る顔に強い決意を滲ませ、どの英雄の系譜にも連ならぬ『ただのアッシュ』は剣を握る。
 もう数十秒もしない内に決戦は始まるだろう。
 自分に何が出来るのか――何をしなければならないのか。
 アッシュは頭の中を巡る雑多な問いに頭を振る。
(「集中しろ――倒さなければならないんだ……」)
 怖れはなくとも震えが止まらない。
 圧倒的な実戦経験の不足は少年を容赦なく責め立てる。
 だがそんな彼が右手に握るアンサラーは少年よりも正しい答えを知っていた。

 ――汝手に執るは断罪の鋼、汝が言霊も又必殺の福音――。

 恐らくは幻聴。だが、震えが止まる。
 戦いに臨むにはそれで十分だった。
「さあ、来い!」
 タイソン・ウェッジはジャイアントソードを片手に怒鳴った。
「俺の時代が来たって事なんだろ?
 ああ、英雄だかなんだか知らねぇが……腕ぇ錆つかせた奴ぁひっこんでやがれ!」
 誰かに似た――自信たっぷりな笑みを浮かべて。

●最後の死線
「祖が二度に渡り相対したという『愚直な猛進』、我が代で再び相対するとは何たる僥倖」
 巨大な黒い球体に巨漢が挑む。
 力任せに叩きつけられた大上段よりの一撃に猛然たる突進の勢いが緩んだ。
「まさかまた一緒に戦うことになるとはね」
 直接の知り合いではない。知り合いではないが、フォンには『彼』がどういう人物なのかが分かっていた。
「お前が強くなってる分、こっちも成長してるのさっ!」
 真横に薙ぐように蹴りを放ち、風狼斬で迫り来る触手を斬り飛ばす。
「フォン様は――皆様はこれ以上、傷付けさせませんのっ!」
「まさかこんな形で再戦するなどとは夢にも思いませんでしたわね。
 でも、もはや希望は絶望になど負ける事は無いと言うことをしっかりと教えて差し上げますわ〜」
 ルミリア、リュリュナの癒しが仲間達を賦活する。
 どんな強敵だとしても。どれだけの苦難があったとしても。
 敗れる訳にはいかない。いや、敗れない。そう強く信じている。
 なればこそ、彼等は暴虐たる黒球さえ退けられる。

 ――私は生きる。
 その為の術が有る間、死ぬわけにはいかない。
 背負った罪咎の重みの分、私は生き続けなければならない。
 人々を、平和を、そして希望を護る為に。
 私が手に掛けた命の分を、私の代わりに倒れた同胞の為にも。
 何時の日か、『絶望』は必ず現れる。
 それに抗う為に、私は私の力を研ぎ澄ませ続けなければならない。
 そう私は、私は。魂砕き、カナード。カナード・ディフューザーなのだから!

 遠い日の決意がふと胸を去来した。
 魂砕き・カナード(a19612)の周りには絶望の残骸が転がっていた。
「長生きをしてみるものだ。恋い焦がれたぞ、Noelle=Berangerよ」
 ヒトは『絶望』を抱きし異形共を、化け物と呼ぶ。
 ならば『希望』に寄り添う羅刹は、なんと呼ぶべきか?
 遠き日より今、今まで。戦うに不必要な身体の、そして心の贅肉は総て削ぎ落とした。
 年恰好は変わらずとも、カナードは昔のカナードでは無い。
 乾きの手がカナードに伸びる。
 右腕を掴まれた。一瞬で枯渇し干からびた彼の右腕は一瞬の後には根元から引き千切られた。
(「億万劫の時を越えてきたが、可憐な貴様達の姿を忘れた時は無い――」)
 だが肉体の損傷に反比例するように気力は充実。
 気の遠くなるような日々を耐え、忍び、この日を待っていた彼にとっては傷等問題ではない。
 痛み等何の不都合も無い。動くならばそれで良し、動かぬのならばそれも又良し。
 生きている『パーツ』が残っているならば彼には何の問題も無い。重要なのはこの瞬間。間合いに飛び込んだNoelleが無防備な姿を晒しているという事実のみなのだから。
「俺は……」
 カナードは左腕に虚無を纏う。
「俺は、唯の暴力装置だ!」
 Noelleの小さな身体を振り下ろされた手が切り裂く。

 ひいいいいいいいい……!

 魂が震えるような高い悲鳴。
 それでも滅びぬNoelleは続け様に更なる一撃をカナードに叩き込んだ。
 威力のみを身上とする少女の一撃。胸が潰れ呼吸が出来なくなった事をカナードは自覚した。
 だが、それも想定の内。血走った彼の目の捉えるのは弱ったNoelleの細い頸。小さな頭。
 壊すには簡単過ぎる。彼にとっては簡単過ぎる。
「おああああああああああ……!」
 吠えた心算だったが、その実声が出ていたかどうかをカナードは知らなかった。
 ただ一撃。一撃は確かにNoelleのその小さな頭をねじ潰す。
(「ああ……」)
 視界がずるりとずれた。
 光景の明度が下がっていく。段々と暗くなる。
(「俺はやはり……」)
 後悔等無い。恨みさえ無い。全てはそう、かくあれかし、と。
(「今日この日の為に生きて……生まれてきたのだ」)
 崩れ落ちたカナード・ディフューザーはそうして永遠に停止した。

「あら、こんな所でお会いするなんて。
 貴女達と死の舞踏を踊った幼き日が、まるで昨日の事のよう――」
 自らの周囲を高速で飛び回る歪んだ小さな乙女達を見やり、サブリナは小さく呟いた。
 謡うように高らかに。黒炎を従えた彼女は黒い鎖を紡ぐ。
「もう一度、殺して差し上げますわ。貴女達も、もし可能ならば――わたくしを、殺して下さいませ」
 それは切望だった。
 彼女が愛した兄も、少女も。この世界にはもう居ない。
 だからそれは本音だった。
 傷付き、痛みに悦楽し、死さえ願いながらサブリナは笑う。
 意識さえせずに口元を艶やかに歪めていた。

 ――嗚呼、それなのに。

 雁字搦めに鎖に塗れた邪妖精を悲しそうに眺めて女は小さな溜息を吐いた。
「これは生き残った……というより、又死に損なってしまった……ですわね」
 言葉と同時に鎖が締まる。小さな首がくちゅりと落ちる。
(「フィオナさん、そしてお兄様……。わたくしは、いつ、そちらへ往けるのでしょうね?」)

 纏った襤褸を脱ぎ捨てればかつてより微塵も衰えぬ筋骨隆々なその姿。
 紫の瞳は衰えぬ戦への渇望と激しい闘志で金に染まり、主がしかと握れば、その呼びかけに応えるかのように錆付き朽ちかけた戦斧は黄金に輝く一担ぎの槍斧(ハルバード)へと姿を変える。
「さあ、本番だ。期待してるぞ、絶望共!」
 枯れぬ白い百合に優しく口付けて上着のポケットに挿す。
「なかなか豪華な花火になりそうじゃねえか、ええ?」
 金鵄・ギルベルト(a52326)はそう叫んで地面を蹴飛ばす。
 膂力を爆発させた彼は敵を叩く。激しく攻め、殲滅する。
(「燻りに燻ったこの身体。此処で燃さず何時燃やす――?」)
 戦いを望む彼は飢えていた。
 唯、圧倒的に飢餓していた。気の遠くなるような平和の時間。それは確かに多くの人間の望んだ理想の世界、大いなる成就には違いなかったのだろうが。
 ギルベルト・アイスナーはもう一度、もう一度だけでもこの時が来る事を願わざるを得なかった。数万年の無為な時間を耐え、この瞬間。何時か来ると信じた戦いの時の為だけに力を蓄え。そして今ここに立っている。
「はぁ、はぁ、はぁ……がはっ、最高……最高じゃねぇか!」
 傷付き血を吐き、それでもギルベルトは止まらない。
 アイリアスの気取った演奏に唇を歪め、魔性の音色にも負けぬ鮮烈な一声と共に一撃を放つ。
「燃料足りなきゃ魂燃やせ!」
 一閃に青白い幽体が二つに割れた。
「次来い、次ィ――ッ!」
 限界を超えても止まらない。
 やがて――止まらずに戦うギルベルトの全身から針が生えた。

 キキ、キキキキキ……!

 嘲り笑うのはConductor。
 満身相違のギルベルトは耐えかねて思わず膝を突く。
「……は、コソコソ隠れ、る畜生が……!」
 トドメを刺さんと近付いてきた小さな暗闇にギルベルトはにやりと笑う。
「一つ、戦嵐行くぜ。デッカイの――」
 仲間に向けて高らかに宣言し、向かって来た『身の程知らず』を烈風の渦に突き上げた。
 身体の底から熱が沸く。
 渦に突き上げられバラバラになった小さな暗闇を見据えた彼は歓喜に咽ぶ。
(「俺は戦いが好きだ」)
 真実。
(「俺にはこれ以外に何もない……」)
 確信。
 ギルベルトはこみ上げてくる何かに耐え切れず、遂に熱を吐き出した。
 びしゃびしゃと濡れた音が地面を叩く。
(「ああ、最高だ……最高。今この瞬間の内なら、俺は何度死んでも構わな……」)

「惨殺し(いじめ)てあげる。可愛い声で哭きなさい?」
 神速を極めたリューディムの影が躍る。
 黒衣を閃かせる少女と幾度も激しくぶつかり合う。
 繰り出される不可避の運命、黒の黙示録さえ捻じ伏せて。
「爆発の威力をそのまま切れ味に転化するって難しいのよね。
 まぁ、綺麗な顔をそのままこうして愛でる為。私には造作もない技術なんだけど」
 リューディムは胸に小さな頭を抱いた。血濡れた唇をぺろりと舌で舐めながら。

「お前は覚えていないであろうが私は覚えている……今度こそ、逃がさん!」
 放蕩奇術師スケアクロウ――その汚泥を視界におさめて吠えたのは黒鱗の闇風・ホラノ(a76901)だった。目はギラギラと輝いている。『彼』に出会った頃二十歳を数える前だったリザードマンの青年は老いさらばえ、皺を増やし、かつての面影を殆ど残さぬも。その眼光はむしろ鋭さを増していた。
 一敗地に塗れ屈辱を知った遠い日より――ホラノは一時もこの奇術師を忘れた事は無かった。
「知っている、知っているぞ、スケアクロウ……!」
 後背の仲間を狙うその動きはホラノにとっては先刻承知の姿。
 何度も、何度も夢に見た光景。それ程の宿願を抱く彼が易々種の割れた奇術師に戦いのペースを譲りはしない。

 ――今度は勝つ。必ず倒す――。

 数万年に及ぶ時をホラノが生き永らえたのは全てこの時の為だった。
 圧倒的に押す。押し込む。小賢しい敵が余計な手品を見せる前に殲滅、殲滅、殲滅する!
「その攻撃でまた、倒れるわけにはいかぬのでな……!」
 激戦に幾度も傷付いたホラノは辛うじて『オリ』を避けた。
 横っ飛びの回避は紙一重。互いに――己もだ。余力が減じている事を彼は知った。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 呼吸が難しい。重い消耗を重ねた身体は自分の物でないかのように自由には動かない。
 だが、それでも。
(「どうせもうすぐ果てるこの身よ……!」)
 ホラノの中には唯の一つしか選択肢が無い。
 それはスケアクロウの滅び、宿願の成就。
 それはこの手でという強い意志に引かれるようにホラノは決着の為に飛び込んだ。

 ケタケタケタケタ……!

 莫迦め、と悪鬼が笑う。
 格好の的だ、滅びろと汚泥がホラノを包み込む。

 ケタケタケタケタケタケタ!

 黒い渦に巻かれ、ホラノの姿はすぐに消える。

 ケタケタケタケタケタケ……?

 だが――彼はそのまま泥を突き抜けた。
 身体のあちこちを溶かされ五体さえ失いながらもあの日越えられなかった泥を突き抜けた。
「震えて……堕ちろッ!」
 再び泥が噴出したのとホラノが気刃を繰り出したのは同時だった。
 泡を立てる泥が辺り一面を包み込む。二者の居た場所に立つ者はもう誰も無い。
 痕跡さえ、何も残らない。

「ご先祖が不覚を取った敵と合間見えることが出来るなんてね……。
 相手にとって不足なし。やってやるぜ!」
 魔壁とALICEがマルジュ・ロスの眼前に立ち塞がる。
「健康第一! 冒険者がキマイラにもドラゴンにもならんかった理由はなったら(精神的)健康に悪いからじゃァ!」
 裂帛の気合と共にアユムのデンジャラスタイフーンが炸裂した。
「さあ、勝負をつけましょうか」
 先人の残した業績は消えない。ALICEの弱点は分かっている。
 バロネーシュは後方よりつと指をさす。
 リリフレクの反射を避け、狂い暴れるALICEの獣を仕留める為のタイミングを。
 真深い絶望に一筋の光の道を指し示す――。

 ベージュ・クラックが死んだのは冬晴れのいい天気。風の冷たい日の出来事だった。
(「……分かっています」)
 アラストールは荒い自分の呼吸を聞きながら、久し振りに遠い日の事を思い出していた。
「お願いします」彼女らしくない月並みな最後の言葉。自分を何時もからかい、時に導き――趣味と実益を兼ねているんですと嘯いていた彼女の最期を思い出していた。
 看取ったのはアラストールだった。今わの際に最後に言葉を聞いたのも彼女。
「はぁっ……!」
 聖剣が闇を切り裂く。
 迫り来る絶望を、幾重にも彼女を飲み込もうと迫る悪夢を凛とした斬撃が又切り裂いた。

 ――この世界が、好きなんです――。

 長い歴史を誇る古の国。
 そこには遠い日からの言い伝えがある。
 いつか世界に再び災いが芽吹いたならば、王は帰還するだろう。
 旧王城、その円卓より聖剣が引き抜かれたのは今日。
「ええ、あとの事、任せて下さい――そう言ったでしょう?」
 アラストールは敢えてその言葉を口に出した。
 そう、伝説は正しく。王は帰還したのだ――。

●ヤミの向こう側
「……妙だ……初対面と言うのに、矢鱈と連携が巧く決まる。ふふ、面白いッ!」
 ハンゾー、
「絶望なんかに負けはしないさ。
 お前ら如きに私の大切な人達が命懸けで守った世界を壊させはしない!」
 アリシア、
「チェックメイト、だ」
 ノスト、
「老兵は死なず。……ま、でもここら辺が潮時か? 死ぬ気は毛頭無いけど……な!」
 シャル。
「回復は俺にお任せ!」
 ナオ、
「――今の私でも、皆さんを支える位はっ!」
 アルシア、
「ククク、この多元鋼糸で立ち塞がるモノ全て粉々にしてくれるわ!」
 サウザンド、
「カンピアー! お母様からの伝言を伝えるわ」
 レムが叫ぶ。
「『一番嫌い』――さあ、さぁ私の伝説の糧になりなさいっ!」
 過ぎてきた悠久の時からすれば瞬きにもならぬ刹那の時間。
 それは最も濃密であるが故に引き伸ばされた時間とは比較にはならない。
 敵は多く戦いは永劫に続くかのように思われた。
 だが、それも錯覚。始まりがあれば必ず終わる。
 それが存在で存在を購う戦いならば……言うにすら値しまい。
「姐上!」
「分かってる!」
 シュコウ、シュハクの連携。
「さあ、あと少し。勝負です」
 トラスがアユムの背後の黒死蝶を撃ち抜いた。
「奴らを恐れるな!」
 ユウ・ダークロードは怒鳴るように気を吐いた。
「旧き英雄達はこの程度を試練とは言わない! ならば、ならば……!
 私達もこの程度、乗り超えて見せようではないか! この時代の英雄は私達だという事を見せてやろうではないか!」
 凛と叫ぶ。絶叫する。
 冒険者の、英雄達の圧力が圧倒的な敵を激しく押し返す。
 それは絶望のみを糧に現世に在るモノと、希望を胸に戦う者の差なのだろう。
 綻びを見せた絶望は一気に希望の軍に塗り潰されていく。
「喰らえよ、おらっ!」
 タイソンの一撃が長く『タイマン』を張っていた残酷ヤミーを打ち倒す。
「これで……!」
 バロネーシュのデモニックフレイムが遂にリリフレクを撃ち抜いた。
「ここで仕留めちゃるわぃ。爆砕拳っ!」
 踏み込んだアユムの拳が因縁深きタナトスの悪魔の仮面を微塵に割った。
「黙って……黙って見守るがいい。世界は既に、未来へと受け継がれているのだから!」
 ギルガメッシュは地に伏せる絶望に言い放つ。
 それは勇壮なる勝利の宣言。永劫変わる事無き、強い意志の発現であった。
 溢れ出した絶望が再び、静寂へと消えていく。
「ああ……」
 カナトのVajrandaが、永劫連れ添った愛剣の刀身が砕け散る。
「そうか――お疲れさま」
 鋼の星は蒼い煌きとなり零れ落ちる。
 そんな些細な出来事が、冒険者達の戦いの終わりを唯静かに告げていた――。


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白き金剛石のヒト・ミヤクサ(a33619)  2010年01月05日 18時  通報
運命の出会いはきっと強く結ばれていると思います。 少し寄り道をして我侭に付き合わなければ。(微笑みつつ

舞朱色・ベージュ(a90263)  2009年12月25日 15時  通報
寂しいような嬉しいような。
いえ、やはり寂しいのでしょうね、これは。