Never Ending Story



<オープニング>


●2019年の世界
 インフィニティマインドが星の世界への旅から帰還して4年が過ぎた。
 世界は相変わらず平和で、冒険者達は変異動物や怪獣と戦ったり、人助けをしたり、旅に出たり、第二の人生を歩み始めたりと、思い思いに暮らしている。
 そんな中、誰かが言った。
 魔石のグリモアとの最終決戦から10年。世界が平和になって10年。
 この節目の年に、久しぶりにみんなで集まるのはどうだろうか。
 互いの近況や思い出話など、話題には事欠かないはずだ。
 さあ、冒険者達の同窓会へ出かけよう!
 
 キセルをくゆらせつつ、手紙を読む女性の姿があった。
 手紙の差出人は、二つお下げの戦乙女・シフォン(a90090)。

 前略
 その後お変わりありませんか? シフォンです。
 この度、アリシューザお姉さまを囲む会というのを開くことになりました。提案したのはシリアさんです。アリシューザお姉さまとお酒を呑みつつ、当時の冒険の昔話をしようという話になりました。つきましては、冒険者の酒場を借り切っての宴会をやりますので、必ず参加してくださいとのことです。欠席は認めないとシリアさんが言ってました(はぁと)。では。
 敬具

 妖煙の姐御霊査士・アリシューザ(a90061)は手紙を読み終えると、苦笑した。
「もう少し綺麗な字を書きなシフォン。それと、前略の場合は草々で終わるんだよ」
 呟いたアリシューザの胸元で、霊査士の腕輪のチェーンが鳴った。
「仕方ない、顔出してやるかねぇ」
 そう呟く顔は、嬉しそうだった。
 
●2109年の世界
 世界が平和になってから、100年の時が過ぎた。
 年老いた者もいれば、かつてと変わらない姿を保っている者もいるし、少しだけ年を取った者もいる。中には寿命を迎えた者も少なくない。
 そんなある日、冒険者達にある知らせが届く。
 100年前に行った、フラウウインド大陸のテラフォーミングが完了したというのだ!
 昔とは全く違う姿に生まれ変わったフラウウインドは、誰も立ち入った事の無い未知の場所。
 そうと聞いて、冒険者が黙っていられるはずがない。
 未知の大陸を冒険し、まだ何も書かれていないフラウウインドの地図を完成させよう!
 
「もしかして、アレとか?」
 シリアの言葉に、全員がほぉ〜という声をあげた。褐色の肌に浮かぶ汗を拭うと、双眼鏡を取り出す。
「多分、踏査予定地の湖ってこれだと思うわ。この湖面の色から判断するに、相当深いわねきっと」
 ふと、何かの気配がして、シリアが振り返った。かすかに藪が揺れる。エルフの長い耳がぴくりと揺れる。
「そこにいるのは誰?」
 腰のナイフに手が伸びる。木の陰から覗き込むように姿を見せた「もの」に、シリアは目を見開いた。自分達と同じく二本足で立っていることを除けば、子猫そのものだった。どよめく一同に、それは姿を消した。
「もしかして、湖の近くに集落を作っているかもね」
 あくまでも冷静を装うシリア。だが、内心もふもふしたーい!と叫んでいたのは言うまでもない。
「地図を作るには、彼らの協力が必要よ」
 
●3009年の世界
 世界は1000年の繁栄を極めていた。
 全てのグリモアを搭載した『世界首都インフィニティマインド』には無敵の冒険者が集い、地上の各地には英雄である冒険者によって幾百の国家が建設された。
 王や領主となって善政を敷いている者もいれば、それを支える為に力を尽くす者もいる。相変わらず世界を巡っている者もいたし、身分を隠して暮らしている者もいて、その暮らしは様々だ。
 1000年の長きを生きた英雄達は、民衆から神のように崇拝される事すらある。
 今、彼らはこの時代で、どのような暮らしを送っているのだろうか?
 
「姫、姫はどこにおわす?!」
 城内をどたばたと走るのは、お目付け役の老大臣。
「おや、大臣どうなされましたか?」
「どうなされたかではござらん! 午後から礼儀作法の授業だというのに、どちらに行かれたのやら」
 老大臣に、侍従長はくすくす笑った。
「姫様なら、先ほど旅装束でお出かけになられましたよ?」
「な、な、なんですとぉー!」
「また、病気が再発なされたのでしょう。しばらくしたら戻ってまいりますわ」

「だって! お姫様なんて退屈だよ!」
 シフォンは同行の冒険者に口を尖らせる。王国の初代女王だったシフォンの名を受け継いだ少女は、16歳の美しい少女に成長していた。いささかはねっ返りなところを除いては。
「たまには息抜きしないとね!」
「姫様ー!」
「やばっ。逃げるよ!」
 遠くから聞こえてくる老大臣の声に、笑顔で逃げ出すシフォン。何度目かの、シフォン姫の領内を巡る旅がはじまった。
 
●数万年後の世界
 永遠に続くかと思われた平和は、唐突に終わりを迎えた。
「あれ、海の向こうが消えた?」
 異変に驚いてインフィニティマインドに集まった冒険者達に、ストライダーの霊査士・ルラルは言った。
「あのね、これは過去で起こった異変のせいなの。過去の世界で……希望のグリモアが破壊されちゃったんだよ!」

 とある冒険者がキマイラになり、同盟諸国への復讐を試みた。
 彼は長い時間をかけて、かつて地獄と呼ばれた場所にある『絶望』の力を取り込むと、宇宙を目指した。
「えっと、これ見てくれる?」
 ルラルは星の世界を旅した時の記録を取り出した。
『2009年12月10日、奇妙な青い光に満ちた空間を発見。後日再訪したその場所で過去の光景を目撃。詳細は不明』
「この記録を利用できるかもって思ったみたいだね。そして、実際にできちゃったの」
 どうやら、この空間は過去に繋がっていたらしい。男はここから過去に向かい、希望のグリモアを破壊してしまったのだ!
「世界が平和になったのは、希望のグリモアがあったからだよね。だから希望のグリモアが無かったら、今の世界は存在しないって事になっちゃう。ルラル達、消えかかってるの!」
 今の世界は、希望のグリモアが存在しなければ有り得なかった。
 だから希望のグリモアが消えた事によって、今の世界も消えて無くなろうとしているのだ。
「これは世界の、ううん、宇宙の危機だよ! だって、みんながいなかったら、宇宙はプラネットブレイカーに破壊されてたはずだもん! だからね、絶対に何とかしなくちゃいけないんだよ!」
 ルラルにも方法は分からないが、事態を解決する鍵は、きっとこの場所にある。
「でも、この空間……えっと、タイムゲートって呼ぼうか。このタイムゲートの周囲には、絶望の影響で出現した敵がいるの。これはね、全部『この宇宙で絶望しながら死んでいった存在』なの」
 彼らが立ちはだかる限り、タイムゲートに近付く事は出来ない。
 彼らを倒し、タイムゲートへの道を切り開くのだ!
 
「話は大体分かったよ」
 ルラルの話を無言で聞いていた女性は、古めかしいキセルから口を離した。
「要はそいつを蹴散らせばいいんだろ?」
「アリシューザお姉さま、話はそんな簡単じゃないです。その怪物は、えーっと」
「ドラグナーくずれ、だっけ? 不定形の塊に無数の顔が浮かんでるとか、冗談は顔だけにして欲しいわよ」
 シフォンの言葉に、シリアが口を尖らせる。初めて出会った三人だったが、その「血」は全てを記憶していた。
「うんとね、敵は物凄く強いけど、みんなで力を合わせてドラゴンウォリアーになって戦えば、きっと勝てると思うの」
 ルラルの言葉に無言で頷く、アリシューザとシリア。シフォンだけが首を傾げる。
「ドラゴンウォリアーって??」
「その時になれば、いやでも思い出すさ」
「そうね」
 アリシューザは、手元のキセルに目を落す。古びたキセルの向こうで「しっかり稼ぎな」という声がしたような気がした。


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参加者
求道者・ギー(a00041)
漢・アナボリック(a00210)
剣難女難・シリュウ(a01390)
血に餓えし者・ジェイコブ(a02128)
銀閃の・ウルフェナイト(a04043)
エルフの翔剣士・シェルト(a11554)
半分幻の辻斬り・ジョセフ(a28557)
蒼鴉旋帝・ソロ(a40367)
金鵄・ギルベルト(a52326)
亜麻色の髪の天使・アクラシエル(a53494)
予備役少佐・カールグスタフ(a70382)
風を継ぎし者・バーノン(a79462)
NPC:妖煙の姐御霊査士・アリシューザ(a90061)



<リプレイ>

●第一章〜老兵たちの挽歌
 リザードマン王国、キシュディム砦。
「クーラ、仕事サボっちゃ駄目だよ?」
 砦のバルコニーの影で、手紙を読みふけっていた亜麻色の髪の天使・アクラシエル(a53494)は、不意に背後から声を掛けられて、手の中の手紙を握りつぶしそうになった。
「なんだ、ソロか。驚かさないでよ」
「行かなくて良かったの?」
 蒼鴉旋帝・ソロ(a40367)の問いに、アクラシエルは手紙を丁寧に折りたたんだ。
「レーヴェが世話になったんでしょ?」
「うん。でも、俺には今の仕事の方が大事だから。あいつも分かってくれるよ」
 そういうと、手紙を懐にしまった。
「で、俺を探していたのは?」
 ソロは微笑んだ。
「侍従長が僕らを探しているそうです。行きましょうか」

 山あいの村。
 バーベル上げに忙しい、漢・アナボリック(a00210)に一通の手紙が届いた。
 手紙の差出人を見て、アナボリックはほぅと声をあげた。トレーニングに使っていたバーベルを片付けるのもそこそこに、腰を下ろして封を切る。それを一読してから、アナボリックはスキンヘッドの頭をぴしゃりと叩いた。
「そういうこともある」
 手紙をテーブルの上に置くと、姿見の前に立ってみた。
「もう少し筋トレをしておかないと駄目かな?」
 呟くと、片付けたバーベルを、再び引っ張り出した。

 街の大通り。
「この町並みを見るのも久しぶりだねぇ」
 眼鏡の向こうから、一人の女性が髪をかきあげつつ呟いた。
「あの酒場が、未だに営業しているというのがびっくりだね」
「全くだ」
 声がして、妖煙の姐御霊査士・アリシューザ(a90061)が振り返ると、そこには恰幅のよい男が立っていた。
「久しぶりだな、アリシューザ。息災してたかね?」
「あんたも呼ばれたクチかい?」
「まあそんなところだ」
 求道者・ギー(a00041)が、アリシューザと握手を交わした。仏頂面なところは相変わらずのようだった。
「元気そうでなによりだ」
「お互いにね。十年ぶりなのに、あまり変わらないねぇ」
「そうかね? 日々の鍛錬だけは欠かしておらぬからな」
 ギーの体は、齢50近いというのに、壮年の冒険者としても十分通用する体つきをしていた。
「たとえ世の中が平和になろうとも、またいつそれを乱す者が現れるとも限らん。最近の若い奴らをみてみろ。鍛錬もせずに遊び呆けてるではないか。常々言っていることだが、人生とは日々是戦いなのだよ」
 アリシューザはくすくす笑った。
「歳食ったね、あんた」
「まあ、致し方あるまい。それにこの性格は元々だ」
 眼鏡を指で押し上げると、ギーは初めて、かすかに笑みを浮かべた。
「酒場で一同が待っているのであろう? 急ごうか」
「そうだね」

 街の花屋の店先。
 花屋には似つかわしくない、いかつい長身の男が花の前で思案に暮れていた。
「さて……どうしましょうか」
「何かお悩みですか?」
 剣難女難・シリュウ(a01390)の横合いからのぞきこんだ若い男がいた。
「いや、大したことではないのです。花を……どうしようかと」
「女性に?」
「そうです。十年ぶりに再会するので……私にとっては」
 唯一人愛した女性ですと言いかけて、その言葉を飲み込むと、被っていた帽子のつばを少しだけおろした。
「大事な女性に渡すので」
「それなら、これとこれがいいですね。いや、これでもいいかな?」
 シリュウが何かをいう前に、男は花売りの女性に花束を一つ作らせた。
「もしかして、そこの酒場に行くんですか?」
「え?」
 シリュウの問いに、若い男は答えた。
「私の知り合いと団長が、お世話になった人なんです。団長がオーソンの代わりに一度逢っておけというので、会いにきました」
 風を継ぎし者・バーノン(a79462)は右手を差し出した。
「バーノンと言います。よろしく」

 冒険者の酒場。
 ドアの入り口には「本日貸切中」の札。
「バーノン!」
 シリュウとバーノンが酒場に入ろうとした時、背後から声が飛んだ。
「あ、団長。そちらの美人はどなたですか?」
 振り返った先に、恰幅のいい壮年の男性と、シリュウがよく知る女性が立っていた。バーノンの言葉に、ニヤリとするアリシューザ。
「霊査士のアリシューザだ。オーソンから聞いてるんだろ?」
「ああ、そうでしたか」
 アリシューザの手を取り、キスをするバーノン。
「バーノン・ダーズリーと申します、お見知りおきを。貴女のことは、オーソンからいろいろ聞いてます」
「そうかい。ここにいないのが残念だけど、あいつはいい奴だったよ。女の扱いが巧いのはオーソン譲りかい?」
「まあそんなところですか。今は花街で用心棒やっています」
 バーノンの隣で、シリュウの目が泳いでいる。アリシューザが彼に微笑んだ。
「久しぶりだね、シリュウ」
「ええ……お久しぶりです」
 ギーが無言でアゴをしゃくると、全てを理解したらしいバーノンと二人で酒場の入り口へと入っていった。肩越しにウインクしたのは、シリュウになのかアリシューザになのか。
「あんた、もしかしてアレ使ったのかい?」
「ええ。だから歳を取りません」
 自分より一回り年を取っているはずなのに、アリシューザの姿はほとんど変わったようには見えなかった。
「あたしは……歳取ったねぇ」
「そうでしょうか? まだお美しいですよ」
 シリュウの言葉に、アリシューザは吹き出した。
「あんたが言うと全然似合わないねぇ。それから……女性への花束は、すぐに差し出すもんだよ?」
 あ……とシリュウは、慌てて花束を差し出す。
「よろしければ受け取っていただけますか?」
「ありがとう……意外といい花選ぶね」
 バーノンが選んだと言いかけて、その言葉を飲み込んだ。
「それにしても……もうちょっと格好に気を使いなさいな。十年ぶりの再会だっていうのに」
 そういうと、アリシューザは彼の襟元に腕を伸ばした。一瞬体をこわばらせるシリュウ。
「なんだい……女性アレルギーは直ってないのかい?」
「す、す、す……すいま……せ、ん」
「ほら、動くな」
 アリシューザが、シリュウの襟元のマフラーを直す。
「そのコートもそろそろ新しいのにしないとねぇ。今度、仕立て直してあげるよ」
 コートの裾を取り上げると、目を細めた。
「えーっと、その……あの……」
 上目遣いに見つめられて、みるみる顔を紅潮させるシリュウ。
「あたしも、生命の書使えばよかったかねぇ?」
「え?」
 アリシューザはそういうと、シリュウの左腕の間に自分の右腕を滑り込ませた。
「エスコート、してくれるんだろ? おばあちゃんで悪いけどね」
 耳元に囁くと、ウインクを一つ。
「……わかりました」
 わざとなのか、腕に胸を押し当てるアリシューザ。シリュウは全身の血液が逆流するのが分かったが、かろうじて倒れるのを堪えた。
「では、行きましょうか」
「よろしくね」

「いよぉ、久しぶりだな色男」
 酒場に入ったアリシューザとシリュウを、アナボリックは日焼けした褐色の顔に白い歯を浮かべて出迎えた。
「色男はないでしょう、アナボリックさん」
「何を言うか。アリシューザの姐さんを独り占めとは贅沢な奴だ。この俺は未だに独身だというのに!」
 アリシューザが、ぎゅっとシリュウの腕をつかむと、シリュウはろれつが回らなくなった。
「いや、そ、そこで一緒にな、なりました、ので」
「バカモノ、噛むな」
 アナボリックのツッコミに酒場がどっと湧き、それを合図に乾杯という叫び声があちこちで響き渡り、グラスがぶつかる音がした。
「二人をそっとしておこうという声もあったのだがな」
 ギーは、真顔でジョッキを掲げた。
「変わらぬ戦友に!」
「変わらぬ愛に!」
 バーノンがさらりと言うと、どこかから「愛かよ!」というツッコミが入り、再び笑いが起きた。
「久しぶりだな、アリシューザ」
 半分幻の辻斬り・ジョセフ(a28557)が、アリシューザに挨拶をした。
「ムルマンスクの依頼では世話になった、ジョセフだ」
 一瞬考えてから、アリシューザは頷いた。
「ああ、ジョゼフだね」
「初めて会ったときも、そうやって名前を間違えられたな。俺はジョ『セ』フだ」
 苦笑しつつ、握手をかわす二人。
「悪いね、物覚えが悪いんだよ」
 
「アナボリック、元気にしてたかい?」
「今日は呼んでくれてありがとう、アリシューザ」
 アナボリックは、アリシューザと杯をぶつけて再会を祝った。
「わざわざ山奥から出てきてくれたんだって? シリアとシフォンが無理を言ったと聞いてね。あたしなんかのために悪かったねぇ」
「そんなことは気にするな。俺も家にこもってばかりだと体に悪いからな。しかし……十年も経ったわりには、あまり変わってないなアンタ」
 アナボリックはアリシューザを見た。齢50近いアリシューザは、逆に妖艶さに磨きが掛かったほかは、見た目はほとんど変わった様子がないように見えた。それでも、自慢のポニーテールには白いものが目立ち始めていた。
「そういうアンタだって、そんなに変わってないように見えるけど?」
 そんなことはない、とアナボリックは答えた。
「昔ほどバーベルも上げられなくなった。鍛えているとはいっても、寄る年波には勝てんよ」
「アレは使わなかったのかい?」
 アナボリックの手が止まった。
「生命の書のことか?」
「そのようなもの、我々には使う必要があるのかね?」
 別の声がして、二人が振り返ると、恰幅のよい壮年の男が立っていた。
「ギー、いたのか」
「ああ、招待状をもらったのでは、行かないわけにはいくまい?」
 アナボリックと再会の握手をかわすと、腰を下ろすギー。
「アリシューザこそ使うと思ったがな」
 アナボリックの問いに、アリシューザは眼鏡を外すとレンズを拭いた。
「あたしはもう十分生きたよ。まぁ……あと十年若かったら考えたんだけどね」
 眼鏡を掛けなおす。
「そうだな。幸いにしてこの齢でも体にガタも来ず怪我も病も無く過ごせるは有難い限りがね」
「後の世界は若い連中に任せた方がいいんだよ。そういうこともある」
「老兵は死なず、ただ黙って去るのみってやつかい?」
「戦いのない世界に、長居をする必要はないだろう」
 ギーとアナボリックが、振り返った。アリシューザは振り返りもせずに、キセルを煙草盆の縁に叩き付けた。
「そんなところで、一人で辛気臭く飲んでるんじゃないよ、ジェイコブ」
 アリシューザの後ろで、血に餓えし者・ジェイコブ(a02128)が一人静かにグラスを傾けていた。
「すまない。あいつから招待状をもらったのでな」
 ジェイコブの視線の先に、給仕に忙しい二つお下げの戦乙女・シフォンの姿があった。
「挨拶が遅れて悪いとは思ってる」
「ジェイコブは、生命の書は使わなかったようだね?」
 ジェイコブは、振り返ると一同を見た。
「俺は戦いの中でしか生きられない男だ。それは分かっている。この平和な世の中に、俺のような奴が生きていていいのか」
「そういうこともある」
 アナボリックがグラスをあおる。
「平和な今日の日があるのは、あんた方のお陰だよ」
「我々の、ではないのかね?」
「そうともいえるな」
 ギーが頷く。
「まあ、何かあったら、そこにいるギーが責任を取ってくれると思う」
「フン、散々世話を掛けた汝に言われたくはないな」
 ギーがニヤリとした。
「最後の冒険者に」
 ギーがグラスを掲げると、全員が無言でグラスを掲げた。

「ウルフ、アリに挨拶しなくていいの?」
 紋章と共に踊りし者・シリアの問いに、カウンターでグラスを傾けていた、銀閃の・ウルフェナイト(a04043)は微笑んだ。
「ああ、もうしてきた」
「会話に加わらなくていいの?」
「俺が入る空気じゃないよ。それにシリアがいるからいい」
 ウルフェナイトの言葉に、シリアが笑った。
「そうやって、いろんな女の子口説いてきたのね」
「そういうことにしといてくれ」
 ふーん、とシリアは頷くとにっこりとした。
「で、レナと結婚式には呼んでくれるの?」
「なんだ、知っていたのか?」
「結婚するのに、もう子持ちともね」
 返事に詰まるウルフェナイト。
「あーあ、レナちゃんかわいそう」
 棒読みのせりふに、ウルフェナイトがグラスをあおった。
「養育費を受け取ってくれないんだよ。あいつらが」
「ふーん」
「そういうのは贅沢な悩みっていうんだよ、ウルフ」
 振り返ると、アリシューザが立っていた。
「レナによろしく言っといてくれ」
「ああ、大丈夫だ」
 そう答えたウルフェナイトは、アリシューザの顔がいつにも増して紅潮していることに気が付いた。
「アリシューザ、もしかして酔ってるのか?」
「……多分ね。柄にもないねぇ……っとと」
 よろめくアリシューザ。
 それを受け止めたのはシリュウだった。
「大丈夫ですか、アリシューザさん?」
「んー、ちょっと酔ったかねぇ」
 シフォンがすっ飛んできて、水を差し出す。
「ありがとう、シフォン」
「今日はもうそろそろお開きにした方がいいな」
 ギーの言葉に、頷く一同。
「シリュウ、汝がアリシューザを送っていけ」
「わ、私ですか?」
「当たり前だ。この後に及んで女嫌いとかいう言い訳は、この我が許さぬ」
「本当に大丈夫なのか、アリシューザ?」
 ジョセフの言葉に、大丈夫と答えるアリシューザのろれつはいささかあやしかった。
「こんなに酔うなんて珍しいわね?」
 シリアが呟き、全員がシリュウの背中にアリシューザを強引に乗せた。
「シリュウ、頑張れ。そういうこともある」
 アナボリックが白い歯を浮かべてニヤニヤ笑った。青色吐息のシリュウに、ウルフェナイトが付け加えた。
「落すなよ」
「ど、ど、努力してみま……す」
 酔っ払いの女性を担いだまま、シリュウはよろよろと酒場を出て行った。
「さて……と。独り者は寂しく呑みなおすか」
「同感だな。我も付き合おう」

 外は夜だった。
「すまないねぇ」
 シリュウの背中でアリシューザが呟いた。
「いえ、気にしないで下さい」
「あんたの女嫌いは……まだ直らないのかい?」
「……すいません」
 シリュウの背中のぬくもりは、間違いなく女性のものだった。が、不思議と体から緊張感は消えつつあった。
「あたしが……協力してやろうか?」
「……え?!」
 思わず足が止まる。
「フォーナの約束……覚えてるんだろ?」
「アリシューザさん……私は」
 シリュウの耳に聞こえてきたのは、アリシューザの寝息だった。シリュウは、満点の星空を見上げた。そして、一人かぶりをふると、再び歩き始めた。

●第二章  猫人たちの歌
「ソロ、今の……見た?」
「ええ。明らかに子猫でしたね」
 目を丸くするアクラシエルに、ソロが微笑んだ。
「猫って二本足で立つんだっけ?」
「それは違うと思うけど?」
 顔を見合せて、くすくすと笑った。
「隊長、どうしますか?」
 予備役少佐・カールグスタフ(a70382)の子孫だったヤークトが、そのいかついリザードマンの顔を隊長へと向けた。彼は、調査隊の副長役兼シリアのお目付け役でもある。
「か、可愛い! 見た見た?」
 目を輝かせるシリアに、やれやれと肩をすくめるヤークト。
「すっごい可愛かったわ。もふもふしたい!」
「もふもふは構わんですが、これからどうしますか?」
 あくまで冷静なヤークトの返事に、我に返るシリア。咳ばらいを一つ。
「あの様子から判断するに……」
 シリュウが言った。
「踏査予定地の湖近くに住んでいるなんらかの種族かもしれません。ストライダーのような種族という考え方も出来るかと」
「もしそうなら、いろいろ考えないといけないわね。むやみに彼らの住処を荒らすわけにはいかないもの」
「湖岸まで降りたら、彼らに会えるかもしれんな」
 セイレーンのカイアナイトが、シリアと同じように目を輝かせた。
「ふん、なによみんなして」
 牛ストライダーのジョアンヌが不満げに鼻を鳴らした。
「たかが猫が歩いていたくらいで興奮しちゃってバカみたい。そんなに御大層な湖には見えないけど?」
「行けばわかるわ。とりあえず行きましょう」
 シリアの言葉に全員がうなずいた。

 湖畔が遠目に見える小高い山と林を抜けると、唐突にそれは姿を見せた。 紺碧の水をたたえた湖は、対岸の森の緑と絶妙なコントラストを描いていた。
「うわぁ、きれい!」
 シリアが声をあげると、全員は湖岸へとたどり着いた。
「風が気持ちいいね」
 アクラシエルの言葉に、無言でうなずくソロ。湖の水面で、何かがはねた。
「魚もたくさんいそうですね」
 水際に近づいたシリュウは、小魚の群れがその姿を散らすのを見て驚いた。
「人の手が全く入ってないのではないでしょうか」
「おそらくそうだろう。こんなに綺麗な湖を見るのは、久しぶりだ」
 カイアナイトの言葉に一同は頷いた。
「湖と周辺地形の測量、できれば湖については詳しいデータが欲しいですな……って隊長、聞いてませんね?」
「ああごめん、ヤークト。あんまり綺麗なのでつい」 
「気持ちは分かります」
 その悲鳴のような鳴き声を聞いたのは、ヤークトとジョアンヌだった。
「何よ、今の悲鳴みたいなのは?」
 再び悲鳴。
 猫が喧嘩のときに発するような耳障りな声だった。
「向こうだ!」
 ヤークトの言葉に、全員が湖岸の向こうを見た。だが、湖岸に突き出した岬と林の木が邪魔をしていて様子を見ることができない。 みたび悲鳴がその向こうから響いたときだった。
「まさかさっきの猫の人たちとか?」
 アクラシエルが走り出した。
「そうこないとね!」
「こら、二人とも待たんかッ!」
 ソロがその後に続く。ヤークトは一瞬舌打ちしてから、走り出した。
「カイア、隊長を頼む! シリュウとジョアンヌはついてこい!」
「なんであたしなのよ!」
「嫌なら隊長のお守りしてても構いませんよ?」
「ば、バカ! 行けばいいんでしょ!」
 口調とは裏腹に、嬉々とした表情のジョアンヌ。
「ち、ちょっと待ちなさいよ!」
 あっけに取られるシリアとカイアナイトだけが取り残された。
「隊長はあたしなのに!」
「俺達も行かないと」
 カイアナイトに促されるようにして、シリアたちも走り出した。

 ソロとアクラシエルは、自分達の目の前の光景に我が目を疑った。そこには、数匹の猫人(と後で言ったのはシリアである)たちが、一頭の巨大な犬と戦っている姿だった。犬といっても、人間が飼うようなそれをはるかに巨大化させた、醜悪な姿をしていた。その口には血まみれの猫人が引っかかっていた。
「ソロ!」
「分かってる!」
 左右に散るソロとアクラシエル。猫人たちは、突然の乱入者にびっくりした。犬が、猫人をくわえたまま二人を見る。
「二人とも下がれ!!」
 ヤークトがクロスボウを構えた。
「このクソ犬が!」
 放たれた矢は、犬の鼻先で炸裂した。悲鳴とともに、くわえていた猫人を取り落とすと、後ずさった。ジョアンヌが猫人と犬の間に割って入り、襲い掛かる犬の攻撃を剣で受け止める。
「その子を早くなさい!」
「俺に任せろ!」
 地面に落ちた猫人をアクラシエルが風の如く滑り込むと、犬の足元からかっさらった。
「なんなんですの、この小汚い犬は?! 犬の分際で! 簀巻きにしてさしあげますわ!」」
 しかし、走ってきたシリアとカイアナイトを見ると、犬は形勢不利と見たのか、林の中へと消えた。
「みんな大丈夫なの?!」
 駆け込んできたシリアは、ソロに介抱される血まみれの猫人に息をのんだ。シリュウが剣を収めると、周りにいた猫人たちが後ずさった。無理もない。シリュウの姿は、猫人たちが見上げないとその顔をのぞけないほどの長身だったのだから。
「もしかして怖がられている……とか?」
「致し方あるまい。我々も彼らから見れば立派なよそ者だしな」
 ヤークトの言葉に、顔を曇らせるシリア。猫人たちは、警戒しているのか、手にした剣のようなものを手放さずに、厳しい目でソロたちを遠巻きに見た。
「その子は、大丈夫なんですの?」
 ジョアンヌの言葉に、ソロの手に淡い光が宿り、猫人を包み込んだ。
「にゃあ?」
 ソロの手の中で、血まみれだった猫人が息を吹き返した。怪我をして気を失っていたのだろう。ソロと目が合い、微笑むソロに、猫人は目をぱちくりさせた。
「怪我は軽かったみたいだね?」
「良かったですわね」
 安堵したジョアンヌの様子を見てくすくす笑うアクラシエル。
「べ、別に気にしてなんかいないわよ!」
「体張って助けたくせに」
 カイアナイトに言われて、台詞にならない言葉でムキになって反論するジョアンヌ。仲間の怪我が回復したのを見て、猫人たちが駆け寄ってきた。怪我をした猫人は、ソロたちにうやうやしく一礼した。それに続いて、周りの猫人たちが一同に深々と頭を下げた。助けられた猫人が、ゼスチュアで何かを言おうとしているのが分かった。
「俺たちについてこいと言っているみたいだな」
「そうみたいね」
 カイアナイトの言葉通り、一同が猫人たちに促されて案内されたのは、湖畔に程近い林の中にある村だった。

 猫人たちの言葉は、冒険者たちには分からなかった。ただの猫の鳴き声のようにしか聞こえなかったからである。だが、アクラシエルの身振り手振りと彼が描いたイラスト、ソロの魅了の歌により、大雑把ながら猫人との会話のやりとりが出来るようになった。
「つまり、あの犬がこの辺りの猫人たちの集落を襲っているというわけですか」
 シリュウの問いに頷く猫人の長老。既に二つの村が全滅させられ、いくつか残っている村も、その巨大な犬におびえて暮らしているという。そして、猫人たちの力では、自分達の身を守るのが精一杯だとも言った。
「湖の調査には協力してもいいと言ってる。けど、あの犬がいる限りは無理だって」
 ソロが言い、猫人たちはうつむいた。
「要は、あの犬を簀巻きにすればよろしいのでしょう?」
「まあ、そういうことね」
 ジョアンヌの言葉に頷くシリア。
「隊長、あの犬は自分達が倒すべきではないでしょうか?」
「俺も同感だ。でないと、もふもふさせてもらえない」
 真面目な顔で答えるヤークトの隣では、カイアナイトの腕の中で、もふもふされている猫人の子供の姿があった。アクラシエルがソロを見た。
「昔の冒険を思い出しますね、ソロ?」
「そうだねクーラ。これはある意味冒険依頼のようなものだよね?」
 シリアは、一人立ち上がると宣言した。
「なら、相手するしかなさそうね。調査のためなら立ちふさがるモノは全て倒すまでよ」
「微妙に間違っている気もしますが、今の私達ならあの犬に負けることはないでしょう」
 シリュウの言葉に、猫人たちは顔を見合わせて口々にお礼を言った。
「し、仕方ないわね!」
 ジョアンヌが一人顔を赤らめつつも、胸を張った。
「あたしたちに任せなさい。あんな犬、湖の魚の餌にして差し上げますわ!」

 数日後。
 村の周辺を測量中に、犬は突如その姿を見せた。その巨大な姿にパニック状態になる猫人たち。
「カイアナイトは隊長と村人の避難誘導! シリュウとジョアンヌはあのクソったれな犬を避難が終わるまで食い止めろ! アクラシエルとソロはシリュウたちのパックアップ!」
 ヤークトが次々と指示を飛ばし、カイアナイトが右往左往する猫人たちの方へ、シリュウとジョアンヌが村に入ろうとする犬目掛けて駆け出した。
「アクラシエルはソロと二人でシリュウたちのバックアップを頼む」
「ヤークトさん、俺達も攻撃していいの?」
「遠慮はいらん。簀巻きにしてやれ」
「だって、ソロ」
「簀巻きはジョアンヌさんの仕事だよ?」
 ソロは微笑むと、アクラシエルと共にシリュウたちの後に続く。
「隊長、自分は連中の支援射撃に回りますので、村人を頼みます」
「分かったわ。村人たちは任せて。くれぐれも気をつけるのよ」
 ヤークトは敬礼すると、言った。
「自分らは、あんな犬畜生には遅れは取りませんぜ」

「こんな犬相手とは、やれやれですわ」
「その割には嬉しそうですが?」
 犬と対峙するジョアンヌにシリュウが言うと、ジョアンヌは鼻を鳴らした。
「そういうのを期待していたあたしに、やれやれと言いたいのですわ!」
「その点については、同感です」
 二人目掛けて、犬が突進してきた。
「いい動きだが……」
 帽子の向こうで、シリュウの目が光った。
「これをかわせるか?」
 久しぶりの戦闘に、己の血がたぎるのが手に取るように分かった。時代が移り変わろうとも、自分はやはり冒険者なのだということを再確認すると、長剣の黒い刃が閃いた。すれ違いざまに、剣の一撃が命中する。
「さあいらっしゃい、この犬畜生! このあたしが相手してあげるのを光栄に思いなさい!」
 ジョアンヌの赤い髪が揺れ、刀が走ると、犬に会心の一撃を叩き込んだ……と思った。彼女の足元で、犬がぐらりと地面に倒れこんだ。
「ほほほ、他愛もない。犬畜生があたしに歯向かおうなどと……」
 高笑いするジョアンヌの足元で、倒れたはずの犬の足がかすかに動いた。
「ジョアンヌ、下がれ!」
「え?」
 シリュウが怒鳴るのと、犬の巨体が跳ねあがるのと同時だった。次の瞬間、ジョアンヌは犬に噛み付かれると、そのまま突き飛ばされた。地面に叩きつけられたジョアンヌに飛び掛る犬。
「照準よし!」
 ヤークトが覗き込んだクロスボウの照準一杯に犬の巨体が飛び込んだ。トリガーガードに添えられた指が引き金にかかる。
「この距離で外したら、営倉ものだな」
 
「ソロ、ジョアンヌさんを!」
 ジョアンヌの首筋にまさに食らいつこうとしたその時、アクラシエルの剣が犬の胴体を斬った。間髪入れず、ヤークトの放ったナパームアローが炸裂した。
「ジョアンヌさん、しっかりして」
 ソロに介抱されるジョアンヌ。
「不覚を取りましたわ」
「犬の方が頑丈だったんですよ、きっと」
 ソロが彼女の怪我を回復させた。
「さあ……そろそろ終わりにしようか」
 剣を構えるアクラシエル。犬は咆哮をあげると、アクラシエルに襲い掛かった。それを軽くいなすと、大上段から剣を振り下ろした。犬の巨体が紅に染まり、悲鳴にならない唸り声をあげながらも、倒れようとしなかった。
「今度こそ簀巻きにしますわよ?」
 ジョアンヌは、最後の力を振り絞って飛び掛ってきた犬を、一撃のもとに斬り捨てた。再び地面に崩れ落ちた犬は、今度こそ動かなくなった。

「もふもふもふ〜」
 カイアナイトは、猫人の子供達に囲まれてご満悦だった。
「何よあれ?」
 不思議そうなシリアに、ソロが言った。
「きっとこれが原因だと思います」
「何これ?」
 ソロが小さな小瓶を見せると、アクラシエルが笑った。
「マタタビ酒です」
 そんなカイアウルフの様子をちょっとうらやましそうに見つめるのはジョアンヌ。
「隊長、測量のレポートが完成しました。なんだジョアンヌ、うらやましいのか?」
 シリアにレポートの紙束を手渡しつつ、ヤークトが言った。
「べ、べ、別にうらやましくなんかないわよ! 肉球をもふもふしたいなんて言ってないわよ?」
「しっかり言ってますね」
「これが流行りのツンデレって奴?」
 シリュウとシリアに突っ込まれて、反論しようとしたジョアンヌの裾を引っ張る者がいた。彼女の足元に、猫人の子供が立っていた。
「な、なんですの?」
「父親を助けてくれた恩人に、もふもふして欲しいそうです」
 ソロがニヤニヤすると、アクラシエルが笑いを必死にかみ殺す。一同がジョアンヌを見た。
「し、仕方ないわね!」
 猫人の子供を撫でると、子供は猫のような声を出した。顔に満面の笑みが浮かぶジョアンヌ。
「クーラも人が悪いな」
「人聞きの悪い。でも」
 猫人をもふもふするのに忙しいカイアウルフと、猫人の子供をもふもふしてご満悦な表情のジョアンヌにソロは言った。
「ちょっとうらやましいかも」

 一月後、シリアたちは湖の調査を終えて帰還の途についた。
 カイアナイトが猫人を連れて帰ろうとして、シリアたちに怒られたりとか、みんなが見ていないところで、ジョアンヌがもふもふに忙しかったりとか、猫人と遊びすぎて、仕事をしてくださいとヤークトに怒られるシリアがいたりとか、いろいろあったようではあるが、
「大変実りのある調査だった」
 と、後にヤークトはレポートの末尾に記している。

●第三章 おてんば姫、走る
「ジョルジュ! ジョルジュはおらぬか!」
「はい、大臣。ここに」
 ジョルジュは、大臣の前で頭を下げた。。
「お呼びでしょうかなぁ〜ん?」
「シフォン姫がまた脱走しおった。騎士団長であるお前が責任をもって連れ戻してまいれ。速やかにだぞ、よいな?」
「ははっ、なぁ〜ん」」
 足音荒く立ち去る大臣。ジョルジュは内心ため息をついた。
「で、また私が苦労させられるのですなぁ〜ん。とほほなぁ〜ん」

「シフォン姫……またいつもの病気ですかい?」
「ごめんねマウザー」
 シフォンが舌を出してウインクする。その隣でやれやれという顔をするマウザー。
「ったく……つーかカイアナイト、お前は姫のお付きだろうが。止めないでどうするんだよ」
「姫様にはもっと世界を見てもらわないと」
 カイアナイトが済まして答えた。
「まあ、そんなに怒られなくてもいいでしょう」
「シリュウ! お前が言うな」
 マウザーに突っ込まれたシリュウは、帽子を目深に下げた。
「とかなんとかいって、一番楽しそうなのはマウザー、貴方よね?」
「……ほっとけ」

「九時からは、大臣達との会議。昼食は、隣国の大使との会食。午後からは陳情団体との懇談と執務となっております。それから」
 秘書が読み上げるスケジュールを聞き終えてから、ヴァキアは執務机に置かれた書類の一枚を取り上げると、それに素早く目を走らせた。みるみる顔色が変わる。
「予定は分かったから、今すぐ騎士団長を呼びなさい」
「は?」
「早くしなさい」
 ほどなく、現れた騎士団長にヴァキアは言った。
「お呼びですか、大統領閣下?」
「ああ呼んだ。なんだこの報告書は」
 机の上に放り出される書類。
「なんで、アタシの国にこんな連中を通すことを許した? 騎士団どもは昼寝していたのか?」
「恐れながら申し上げます。その報告書をあげたのは私です」
「なんだと?」
 ヴァキアが団長をにらみつけた。
「なぜならその案件に関しては、閣下の決済が必要だからです」
「なぜだ?」
 騎士団長は言った。
「残念ながら、わが国の人間がこの件に関わっているからです。それも政府の上層部の人間がです」
「ならばなぜつかまえぬ?」
「確たる証拠がありません。仮に捕えても、証拠不十分で裁判では無罪となるでしょう」
「……わかった」
 ヴァキアは立ち上がると騎士団長に言った。
「ならば、この密輸団を速やかに捕えよ。必要ならば関わった上層部のバカ共もだ! よいな?」
 立ち去ろうとする騎士団長に、ヴァキアは付け加えるように言った。
「逮捕者は、無理に出さずともよいからな」
 
「久しぶりだね、クーラ」
「元気してましたか、ソロ?」
 再会を喜び合う二人。アクラシエルが入れたお茶の香りを楽しむソロ。
「伯爵もお元気そうで何よりだね。ところで、クーラは密輸団の話を聞いたことがあるかい?」
「密輸団? ああ、噂程度には。いろいろいかがわしいものを扱っているという話ですね」
「そう、人を狂わせる薬とか、人身売買すらやっているとか」
 アクラシエルの顔が曇る。
「でもソロ、なんでそんな話を俺にするのですか?」
「その密輸団が、伯爵領にいると聞いたら、どうする?」
「え?!」
 身を乗り出すアクラシエルに、ソロは声を潜めた。
「各国で指名手配になっているんだ、その密輸団。どこの国もつかまえようと血眼になっているんだけど……今日ここに来たのは、そのことを伯爵に伝えるためにきたんだ」
「そうなのか……昔の俺達なら、捕まえに行くんだけど、今じゃ宮仕えだからね」
 肩をすくめるアクラシエルに、ソロは耳打ちした。
「実は提案があるんだ、クーラ。実は……」
 話を聞いたアクラシエルの顔に笑みが浮かぶ。
「シフォン姫なら知っていますよ。私も伯爵様もお会いしたことがあります。しかし、姫様は了解してくれるのですか?」
 アクラシエルの問いに、ソロはくすくす笑った。
「大丈夫。実はある人に頼んであるんだ。協力してくれるかい、クーラ?」
「もちろんです!」

「密輸団、ですか?」
 オムライスを食べるのに忙しいシフォンの手が止まった。
「ああ。今どこの国でもお尋ね者になっている、悪党集団らしい」
 エルフの翔剣士・シェルト(a11554)の子孫であるアルテリオは、カウンターに座った一同の反応を見た。
「なぜそんな話を俺達にする?」
 マウザーの目が光った。
「別に。俺はただ、知り合いの移動診療所のセンセイから話を聞いただけだ。山向こうの伯爵領に連中は潜んでいるらしい」
 シリュウがシフォンに言った。
「シフォン姫、覚えていらっしゃいますか? アクラシエルさんのいるところですよ。一度、ジョルジュたちが追っかけてきたときにかくまってもらったあそこです」
「ええ、覚えてるわ」
 アルテリオのところに、コック見習いの少年がやってくると、何事か耳打ちする。マウザーとカイアナイトがそれに反応した。
「シフォン、出たほうがいいな。おたくの騎士団がこっちに向かってる」
 席を立つ一同。
「ごちそうさまでした。美味しかったです、マスター」
 ぺこりと頭を下げるシフォンに、アルテリオは言った。
「おう、姫様に美味いと言ってもらえるなら、料理人冥利に尽きるってもんよ。それとな、シフォン」
「?」
 アルテリオはニヤリとした。
「あんまり周りの人間に心配かけるんじゃねぇぞ? 曲がりなりにも、王国の姫さんなんだからよ」
「わかりました」
 見習いの少年に案内されるようにして、ばたばたと店を出て行くシフォンたち。入れ違いで、数名の騎士がどやどやと店内に入ってきた。
「シフォン姫はどこにいるなあん?」
 ヒトノソリンの騎士が、アルテリオに尋ねた。
「知らんな」
「そんなはずはないだろう? 隠し立てするとただじゃすまさんぞ?」
 いきり立つ騎士の一人を押しとめると、ジョルジュは言った。
「ここならいると思ったのですがなぁ〜ん……さっきまでここでオムライス食べてましたなぁ〜ん?」
 コック見習いの少年がそそくさと片付ける食器類を見やってから、彼女はため息をついた。
「姫様に伝えておいていただけませんかなあん? お遊びも構いませんが、早めに戻ってくるようにと、ジョルジュが申していたなぁ〜んと」
「心配しなさんな、ジョルジュ。ちょっと世直しに行ってくるだけだとよ」
「世直しですってなぁ〜ん?」
 ジョルジュの顔色が変わった。
「貴様ッ、姫に何を吹き込んだなぁ〜ん?」
 それからほどなく、酒場から飛び出したジョルジュたち。
「私は、シフォン姫を追うなぁ〜ん。他の者たちは、情報収集を急ぐなぁ〜ん」
 ジョルジュは少し腹立だしげに呟いた。
「酒場の親父も余計なことを! 姫様も、無茶しすぎなぁ〜ん。あの密輸団は、姫様たちだけでは荷が重過ぎるなぁ〜ん!」

「あれが密輸団のアジトなの?」
 シフォンが首を覗かせると、今は使われていないはずの倉庫の前に、見張りとおぼしき武装した男が二人立っていた。
「アクラシエルさんの情報が確かならそうですね」
 答えるシリュウ。シフォンたちの調べでは、その倉庫が、密輸団の隠れ家らしいという情報を入手した。その情報を教えたのは、アクラシエルだった。
「密輸団は、そこをアジトにしてるらしいのです。本当は俺が自分で連中を蹴散らしたいのですが、立場がそれを許さないのと」
 いいにくそうに、アクラシエルは言った。
「伯爵様の部下の一人が、密輸団とつながっているらしく、俺が動くと、連中に逃げられてしまうのです。聞けばあちこちの国に、密輸団とつながっている大臣や、役人がいるとか」
 アクラシエルの言葉を思い出しつつ、シフォンは尋ねた。
「わたしの国の人間も、密輸団とつながっているんでしょ?」
「……」
 シリュウは答えなかった。そういう話があるとは、彼も聞いていた。
「だったら……悔しい」
 シフォンの肩にカイアナイトがそっと手を置いた。
「だったら、私達がなんとかしませんとね」

 密輸団のアジトの前に、ノソリンが引く荷車が横付けされた。
 密輸団の男達が、それを取り囲むように周囲を固める。荷車とは別に、大きな荷物を囲んだ荷担ぎ人たちが幾人も倉庫へと消えていく。荷車から出てきたものを見て、シフォンは言葉を失った。首輪を付けられて、紐につながれた子供達が、倉庫へ追い立てられるように吸い込まれていく。
「あの子たちは何?」
「おそらくは、誘拐された子供達だ。どこかへ売り飛ばすのだろう」
 マウザーの言葉に、シフォンが拳を握り締めた。
「行くわ」
 立ち上がろうとしたシフォンを、マウザーは押しとどめた。
「姫、俺達が出来るのはここまでですぜ」
「なんですって?」
 マウザーは冷静だった。
「相手がでかすぎる。どうみたって、俺達だけでどうにかできるもんじゃありませんぜ?」
「黙って見過ごせと?」
「姫様が動いたら、場合によっては国際問題にもなりますが、それでもいいんですかい?」
「マウザー、それは大げさだろ」
 カイアナイトの言葉に、マウザーは首を振った。
「マウザー」
 シフォンは言った。
「このときほど、自分が王族であることを呪いたいことはないわ」
「それでも行きますかい?」
 一瞬の沈黙。
「行くわ」
 マウザーがにやりとした。
「我らが姫はそうでないとね」
「ひどい。試したの?」
 マウザーはそれには答えずに、カイアナイトとシリュウを見た。
「俺が先行する。カイアとシリュウは姫が無茶しねえようにしっかり頼む」
 カイアナイトたちが無言で頷いた。

 深夜。
 倉庫の裏口に立つ密輸団の見張りは、おおきなあくびをした。その視界の影から、マウザーが背後から襲い掛かった。崩れ落ちる見張りを音がしないように、物陰に引きずり込むと、無言のハンドサインを送る。シリュウとカイアナイト、そしてシフォンがそれに続く。倉庫の裏口のドアに手をかけると、鈍い音と共にドアが開き、ほのかに灯る廊下の明りが見えた。シリュウとカイアナイトが中に滑り込み、シフォンが息を殺してそれに続く。
「廊下の突き当たりにいるはずです」
 シリュウが廊下の壁際を音を立てないように、素早く移動する。廊下の曲がり角を覗き込んだカイアナイトが慌てて首を引っ込める。かすかに聞こえるすすり泣きの向こうに、鉄のドアの前で見張りが、退屈そうに煙草を吸っていた。
「どうする?」
 カイアナイトの問いに、シフォンが向こうを覗き込もうとして、廊下に転がっていた廃材を蹴飛ばしてしまった。小さな金属音に、見張りが反応した。なんだぁ?とけだるそうに、見張りがこちらに向かってくる。カイアナイトは慌てることなく、見張りを殴りつけるとあっさり崩れ落ちた。
「行くぞ」
 カイアナイトが眠りに落ちた見張りの腰から鍵を奪い取ると、鉄のドアの鍵を開いた。
「?!」
「静かに。助けに来たわ。声を出さないで」
 腰のナイフを抜くと、シフォンは子供達の首の縄を切った。子供達を連れて廊下に出たところで、後ろを見張っていたマウザーが、舌打ちした。
「なんだお前らは?!」
 交代の見張りとおぼしき男が声をあげた。マウザーはためらうことなくクロスボウの引き金を引いた。崩れ落ちる男。だが、男の悲鳴は、静まり返った倉庫中に響き渡ってしまった。
「先に行け! ここは俺が食い止める!」
 カイアウルフが剣を抜いた。
「賊だ! つかまえろ!!」
「どっちが賊でしょうね?」
 シリュウは苦笑いすると、集まってきた密輸団の男達に向き直った。シフォンは子供達を連れて、倉庫の外に飛び出した。が、出たところでまばゆい光を次々と浴びせられた。
「これはこれは……シフォン姫ではありませんか?」
「お、お前は?!」
 シフォン姫は驚愕した。目の前にいたのは、密輸団のボスとおぼしき男の隣に立つ、シフォンの国の大臣の一人だった。
「お知り合いですか、大臣?」
「私の国のおてんば姫ですよ、ボス。世直しとか称して、時々城を飛び出してはこうやっておイタをするのが困り者でしてね」
「なぜあなたがここにいるの?」
「なぜ? その質問への答えを私は持ち合わせておりません」
 取り囲まれる一同。
「どうする、シリュウ?」
「どうしますといわれても、絶対絶命でしょうか」
「ち……ここまでかよ?」
 舌打ちするマウザー。
「強行突破するか?」
「出来るけど……子供たちを置いていけないわ」
 シフォンは肩をすくめた。
「姫様、武器をお捨て下さい。そこのお前らもだ!」
 じりじりと近づいてくる密輸団の男たちに、シフォンが手にしていた武器を捨てようとしたその時だった。
「そこまでだ!」
 密輸団の一同が声をした方を見た。
 シフォンたちも、その声の方を見てびっくりした。
「ぎりぎり間に合いましたなぁん」
 ジュルジュの姿がそこにあった。その後ろには、シフォンの国の騎士団の一同が、ずらりと並んでいた。
「ジョルジュ?! あなたどうしてここに?」
 ジョルジュは大臣の方をちらりと見た。
「元々、騎士団で密輸団の内偵はしていたのですなぁ〜ん。そこの大臣がつながっているのは、既に分かっていたことですなぁ〜ん。でも、一番の理由は」
 ジョルジュはニコリとした。
「姫様を連れ戻すために、やってきましたなぁ〜ん」
「よくここが分かったな?」
 マウザーの問いに、ジョルジュの後ろからソロとアクラシエルが現れたのを見て、全てを理解した。
「伯爵様の許可はいただいていますから、ご安心ください」
 微笑むアクラシエルがじろりと、密輸団のボスを見た。
「安心しろ。伯爵様の部下だった男は、俺達が既に逮捕済みだ」
「ちっ! 構わねぇ、こいつら全員やってしまえ!」
「密輸団を捕えるなぁ〜ん!」
 騎士団とアクラシエルとソロがつれてきた伯爵領の自警団が、密輸団に襲い掛かった。次々と逮捕されていく密輸団。逃げ出そうとしたシフォンの国の大臣は、マウザーによって、その場で取り押さえられた。
「許さない、お前だけは絶対に許さない!」
 シフォンの怒りは、剣の一撃となって密輸団のボスをとらえた。とどめの一撃をくわえようとしたその腕を後ろから押さえた者がいた。
「姫様、そこまでですなぁ〜ん。あとは、この国の自警団の仕事ですなぁ〜ん」
 そういうと、密輸団のボスは自警団たちによって引っ立てられていった。
「どうして止めるのよ!」
「姫様がそういうことしてはいけませんなぁ〜ん」
「でも!」
 ジョルジュは首を振って微笑んだ。
「一国の女王になるべきお方が、一時の感情で人を殺めてはいけません」
 シフォンは黙るしかなかった。
 
「で、密輸団は壊滅した……と?」
 執務室で、ヴァキアは報告書を読み終えると、騎士団長を見た。
「はい、逮捕者が多数出ております。密輸団に通じていた大臣は、先程逮捕いたしました」
「ご苦労だった。それにしても、自分から危ないところに飛び込んで行った挙句に、助けてもらっておきながら英雄気取りとは、姫様とは楽な商売だな?」
「ごもっともなご意見です」
「こんな姫が、次期女王候補とはな。そんなに自分の肩書きが嫌いなら、王族など辞めてしまえばいいのだ」
 ヴァキアは、そういうと騎士団長を下がらせた。

「で、密輸団を一網打尽にするとは、えらいじゃねぇか」
「そうなんだけど……なんかすっきりしなくって」
 酒場のカウンターに、けだるそうに話すシフォン。
「でも、あそこで助けが入らなかったら、俺達はきっとやばかったと思うよ?」
 カイアナイトの言葉に、うーん、と唸るシフォン。
「ご苦労さん。ほい、オムライス大盛りだ。今日は俺のおごりだ」
「うわ、おいしそう!」
 シフォンがスプーンを取り上げたその時、酒場のドアから開いた。
「姫様! またここですか?」
「やばっ。ジョルジュ、これが食べ終わるまで待って!」
 ジョルジュは、苦笑いするとシフォンの隣に腰を下ろした。
「仕方ありませんなぁ〜ん。それを食べたら、城へ戻りますなぁ〜ん」
 この後、ジョルジュが目を離した隙に、シフォンに逃げられるのだが、それはまた別のお話ということで。

●最終章 Never Ending Story
 男は、煙草に火をつけたまま、地平線に沈む太陽を見つめていた。
 世界が平和になり、己の居場所はこの世界にはないことを悟った。それはまるで沈む太陽にように、このまま消え去るしかないかのようだった。
 男は、戦以外生きる標のない戦人。
 平和となった世界で、志無き余生に早い耄碌を悟り、遥か未来あるかもしれない戦へ、望みを賭けた。それは、男にとって、はるか長きに渡る戦いのはじまりでもあった。その決意を胸に、男は最後の煙草をもみ消した。
 そして。
 その機会は再びやってきた。
 決意から、数万年の時が過ぎていた。

「あれが……ラスボスかい?」
 チャイナ服姿の女性が、キセルをくゆらせた。
「もしかして……俺達が相手にする怪物って?」
「そう、あれだよ」
 女の言葉に、シェルトは絶句した。これが初めての冒険という彼の防具には傷一つなく、手にした槍は、おろしたての新品だった。
「怖いかい?」
 シェルトは首を振った。
「怖くないといえば嘘になる。けど、俺は家族やみんなを守るために冒険者になったんだ。今更逃げるわけにも行かないよ。それに……」
「それに?」
「何かとても懐かしい思いがするのは気のせいかな?」
「いや、それは気のせいではありませんよ?」
 黒ずくめの鎧姿の男が、帽子のつばを指で押し上げた。
「それは、きっと貴方も私達と同じ冒険者だからです。それにしても……」
 黒ずくめの男……シリュウは、これから戦うべき相手を見て目を細めた。
「こんなに緊張するのは、本当に久しぶりです」
「ドラグナー崩れとはな。史書に書かれていたことは伝説か神話と思っていたのだが」
 見た目の若さとは裏腹に、その口調が年寄りくさい男は、眼鏡を指で押し上げた。
「こうやって目の当たりにすると、さすがに神話じみた話でも信じたくなるな」
「ギーさん、残念だが史書のそれは、神話じゃないんです。といっても、悠久の時を生きてきた私やアクラシエルさんたちでないと分からないとは思いますが」
「そう。そして俺は、この時を待っていた」
 金鵄・ギルベルト(a52326)が、万感の思いを込めて言った。
「この日の為に……待ったのだ」
「それはいいんだけどよ、じいさん」
 ジョバンニが、ギルベルトを見た。
「じいさんの出番なんかあるのか?」
 ギルベルトは、ジョバンニの問いに不敵に笑った。その笑いを理解したのは、傍らにいたアクラシエルとソロだった。
「懐かしいね、この感覚」
 アクラシエルは、剣を抜いた。身にまとう鎧の重さ、剣の輝き、そして戦いへ向かうあの緊張感。
「戦い方を忘れていないかい、クーラ?」
「まさか。俺は剣の手入れも鍛錬も怠ったことは一日もないよ。冒険者になった誓いの通りさ」
 ソロの問いに、笑顔で答えるアクラシエル。
「ジェバンニ、そういうアンタこそびびってんじゃないのかい?」
 チャイナ服の女に茶化されたジョバンニは、むっとした。
「おい、そこのチャイナねーちゃん。俺の名前はジョバンニだ! ジェバンニじゃねぇ! 覚えとけ……ってあれ?」
 ジェバンニは首を傾げた。
「なんかこの光景どっかで見たことあるような……? ま、いっか」
「まあ、死なない程度に頑張ってくれ。怪我したら、俺が治療してやるよ」
 グレンソンが、ヒゲ面を緩ませて笑った。
「でも……アレと戦って勝てるの?」
 シリマナイトの顔には、若干の怯えが浮かんでいた。
「多分……大丈夫だと思う」
 そう答えたのは二つお下げの少女。
「覚醒できれば、だけどね」
 褐色肌の女性が言う。
「シリアさん、覚醒って……何?」
 お下げの少女シフォンの問いに、苦笑いする冒険者が数名。
「分からないのも無理はないよね?」
 ソロが答えると、ギルベルトが答えた。
「説明するより、もっと簡単な方法があるぜ」
 次の瞬間、まばゆい光に包まれたギルベルトの姿が一変した。
「こういうことだぜ、ジェバンニ坊や。分かったかい?」
「えっ……?」
 名前を間違えられたことに反論することを忘れるほどに、ジョバンニはあっけに取られた。老人だったギルベルトは、昔の冒険者の頃の姿に戻っていた。黄金に輝くハルバートを一振りすると、無意識に上着のポケットに手を伸ばす。そこには両切りの煙草。
「火を持ってないか?」
「あるよ」
 チャイナ服の女が、火打石を投げてよこした。それを片手で受け取ると、慣れた手つきで火をつけた。紫煙をくゆらせると、深々と吸い込んだ。
「戦いの前は、これがないとな!」
 満面に浮かぶ笑顔。
「い、今のなんですか?」
「今のが『覚醒』ですよ」
 言葉を失うシフォンの問いに答えるアクラシエル。
「もしかして、おかえりなさいってところですか、ギルベルト?」
「まあな。久しぶりの煙草は……さすがに効くぜ」
「みんな、分かっていると思うけど」
 チャイナ服の女ことアリシューザは冒険者達を見回した。
「相手は、あたしらが考えるよりも、はるかに強大な敵だからね。決して油断するんじゃないよ? シフォンとシェルトには誰かついとくれ」
「シフォンには私がつくわ」
 シリアが言った。
「シェルトには、私がつきます。よろしく」
 シリュウがシェルトに目配せする。
「それじゃ、しっかり稼ごうじゃないか!」
 アリシューザの言葉に、シリュウがニヤリとした。
「なんだい、シリュウ?」
「いえ……ちょっと懐かしい人を思い出しただけです」
「血は全てを記憶していた……か」
 え? と振り返ったシェルトに、カーンが一人薄ら笑みを浮かべた。

 空間に漂うその怪物は、不規則に形を変えながら、ゆっくりと浮遊していた。どす黒い巨体には、無数の顔が浮かんでいた。
「うう……気持ち悪くて吐きそうです」
 シフォンの言葉に、ギルベルトが笑った。
「心配するな。そのうち、そんなことも言ってられなくなるぜ」
 ギルベルトの顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
「さあ、行くぜ! この鬱憤、晴らさせてもらう!!」
 先陣を切ったのはカーンだった。
 みるみる眼前に迫る怪物の巨体にもためらうことなく、カーンは血よりも剣を振り下ろした。墨のような鮮血がほとばしり、巨体に浮かぶ顔を切り裂いた。全身の血が逆流するような歓喜が、カーンの全身を貫いた。
「フハハハハハハ、帰って来たぞ!」
 返り血を浴びたカーンは、高笑いと共に、攻撃に移った。巨体から、次々と触手のようなものが伸びてきたが、カーンはそれをものともせずに巧みにかわすと、巨体に剣を突き立てた。肉が裂ける音がした。巨体に足をかけると、真一文字に剣を払った。顔が切り裂かれるたびに、カーンの顔が狂喜へと変わっていった。
 怪物の巨体から次々と伸びた触手は、ドラゴンを醜悪にしたような首へと姿を変え、無数の首からは、ブレスのようなものを次々と吐いた。
「フン、とんだ弾幕だな」
 ギーの剣が、唸りを上げてドラゴンの首を吹き飛ばした。だが、吹き飛ばした先から、首が再生するのを見て、彼はこの戦いが一筋縄でいかないことを悟った。
「やはりな。どこかに巨体の『核』があるようだな。それを早く見つけないとこのいくさ……」
 ブレスの攻撃をかわしつつ、ギーは次の手を考えようと、後退した。
「苦戦するは必至」

「きゃあああ!」
 シリマナイトが、触手のドラゴンの体当たりをまともに食らって吹っ飛ばされた。落ちていくシリマナイトの前に、複数のドラゴンが迫ってきた。が、動こうにも体が言うことをきいてくれなかった。
「ち!」
 アリシューザが舌打ちした。シフォンがシリアを助けようと追った。
「シリアさん、しっかりしてください、シリアさん?!」
「シフォン、後ろだ!」
 ギルベルトが怒鳴った。はっと振り返ったシフォンが、ドラゴンブレスをまともに浴びた。動かなくなったシフォンが、そのまま落ちていく。
「いやぁぁああああ!」
 シリマナイトの悲鳴が響き渡ったその時。
 彼女の体が光に包まれた。動かなかった体が不意に軽くなった。全身に力がみなぎり、今までにない何かが宿るような感覚に包まれた。
「え? 何これ?」
「そいつが『覚醒』ってやつだ」
 シリマナイトに襲い掛かったドラゴンの首を立て続けに叩き潰したギルベルトが、ニヤリとした。
「そうだ、シフォンは?」
 彼女の視線の向こうで、ソロがシフォンを拾い上げていた。ソロに飛びかかろうとしたドラゴンを、アクラシエルが次々と潰していく。見事な連携プレイだった。
「くそったれ! キリがねぇッ!」
 ジョバンニは、怪物の巨体に近づけずにいた。巨体から生える無数のドラゴンの首が、彼の行く手をことごとくさえぎったからである。近づいてくる首全てを切り落としていたジョバンニだったが、体力の限界を覚えつつあった。
 ドラゴンの首の一撃が、ジョバンニの足元をかすめた。二撃目をかわそうとしたジョバンニに、別のドラゴンのブレスが浴びせられた。必死にかわすが、弾幕のごとく飛んでくるブレス全てをかわすのは、無理があった。
「ぐあっ!」
 ブレスの一発がついに命中してしまった。ガードするのが精一杯なまま、数発のブレスを立て続けに食らった。意識が遠のきそうになったその時。彼の前に立ちはだかった者がいた。
「ジョバンニ、下がれ! ここは俺が食い止める!」
 ギルベルトだった。ジョバンニは、身を翻すと、追いすがるドラゴンの首を叩き落しつつ、その射程外へとほうほうの体で逃げ出した。
「さあ来やがれ外道どもがぁッ! この俺がまとめて相手してやらぁ!!」
 ギルベルトは、襲い掛かる無数のドラゴンを、次々となぎ払った。潰された先から蘇ろうとする首に、ハルバートを突き立てる。
「この俺に勝てると思うのか?!」

 ドラゴンの頭を、矢が貫いた。
 二の矢を番えるのと、照準を合わせるのはほぼ同時だった。マウザーの矢は、次々とドラゴンの頭を貫いた。
「む?」
 マウザーの矢じりが、不意に向きを変えた。
 ドラゴンに追われるシェルトの後ろに迫るドラゴンの首たちに、立て続けに三連射でその首を次々と貫いた。シェルトが手を振ると、マウザーはニヤリとして親指を立てた。
 それを見つけたのは、シェルトだった。
「これじゃ、みんな敵に近づけないよ?」
 シェルトは、怪物の本体に近づこうと何度も試みたが、どうやっても無数のドラゴンの首の群れに阻まれた。ギルベルトやシリュウたちの超人的な活躍により、首は同じ数だけ切り落とされているはずなのに、同じ数だけ首が復活しては、全く意味がなかった。他の冒険者達には、明らかに疲労の色が浮かび始めており、ギルベルトでさえ、肩で息をつきはじめていた。
「なんとかしなきゃ……でも、どうすればいい?」
 シェルト目掛けて、無数のブレスが飛んできた。それを必死にかわしつつ、なんとかしようと思案したその時だった。
「え?」
 シェルトは、巨体の中に何かを見た。それは、不定期に点滅しては消えた。目を凝らすと、同じようなものがいくつも確認できた。そして、巨体の中心部に、ひときわ大きい光が点滅すると、巨体に生えたドラゴンが一斉にブレスを吐いた。
「まさか……うわっ!」
 シェルトがドラゴンの首の不意打ちを食らった。そのままブレスの弾幕の海に投げ出されそうになった。助からない……目を閉じたシェルトは、不意に腕をつかまれると強引に引張り上げられた。
「危ないところだったな。大丈夫か、シェルト?」
「ギルベルトさん、あいつの弱点がわかったかも」
「何ぃ?!」

「なるほど……おそらくそいつが奴の弱点だな」
 ギーは断言した。
「ああいう形の塊には、必ず核のようなものが存在するはずだろうからな」
「もしかして、時々光っていたのがそうなんですか?」
 シフォンの言葉に、全員がえ? となった。
「見てたのなら、早く言えー!」
「えと、まさかそんな重要なものだとは思いませんでした」
 怒るジョバンニに、首をすくめるシフォン。
「ならば話は早いな。そいつを潰せば、おそらく勝てるだろう」
 グレンソンの言葉に頷くシリマナイト。
「問題が一つある」
 ギーは一同を見た。
「シェルトが見た光のうち、一番大きい光、それがおそらく奴の『核』だろう。だが、そこに近づくには、ドラゴンのブレスの弾幕をかいくぐる必要がある。弾幕を削るには、ドラゴンの首を可能な限り潰さないといけないが……」
「心配は無用だぜ?」
 ギルベルトは煙草に火をつけた。
「それは俺がやる」
 一同は彼を見た。
「この日のために俺は生きてきたようなもんだからな。それは俺に任せてもらおう。マウザー、援護頼んでいいか? あんたの射撃の腕が欲しい」
「イエッサー。狙撃なら任せて欲しいであります!」
「決まりだな」
 煙草の火を消すギルベルト。
「他の部分は、みんなに任せるぜ」
「これで終わりにしたいね」
 アクラシエルの言葉に、ジョバンニが答えた。
「よっしゃ! とっとと片付けようぜ!」
 顔を見合わせた一同は、無言で頷いた。
 
「全員が所定の位置についたであります」
 マウザーの言葉に、ギルベルトはポケットの中の煙草を確認した。
「こいつは、帰って来たときの楽しみだな。期待してるぜ、マウザー?」
「大丈夫であります。狙撃はラインメタルのお家芸ですから」
 そういうと、マウザーは弦を引き、クロスボウに矢を装填した。

 最後の戦いは、カーンとシリュウの突撃で幕を開けた。
 巨体から無数に生まれるドラゴンの首を、シリュウは流水撃でなぎ払った。
「お前たちに、未来を邪魔させるわけにはいかない!」
「俺は……」
 カーンは、ドラゴンの首を次々と刎ねた。
「この剣はかつて、その絶望の地獄に住むモノであったとも聞く」
 誰に聞かせるでもなく、カーンは呟いていた。
「ならばこそ、この地獄にふさわしい」
 背後から襲い掛かったドラゴンの首を一刀の元に斬り捨てた。
 シリュウとカーンが切り開いた血路に、ギーとシリマナイトたちがシフォンたちと共に突っ込んだ。
「ドラゴンの首には目もくれるな!」
 ギーが怒鳴ると、ドラゴンの首を吹き飛ばした。
「怪物の体が光ったら、そこを狙え! ためらうな!」
「どけどけどけぇぇッ」
 ドラゴンの首から放たれる弾幕を次々とかわしつつ、ジョバンニはついに怪物の巨体にたどり着いた。目の前で、ほのかに体が光ったのを見て、彼はためらうことなくその光に剣を振るった。閃いた刃に宿った雷撃は、怪物の体に命中した。と、轟くような悲鳴が響き渡ったかと思うと、周囲のドラゴンの首が、次々と勢いを失って墜落しはじめた。それを必死でかわしつつ、ジョバンニは巨体から素早く離れた。
「苦しみも悲しみも全て終わらせましょう。クーラ!」
「分かってる!」
 アクラシエルの背中にある純白の翼が広がった。大上段に振りかぶった剣の一撃は、迷うことなく怪物の弱点である光に、突き立てられた。きしむような悲鳴が辺りに響き渡り、ドラゴンの首がばたばたと落ち始めた。その向こうでは、ギーがいままさに剣を振り下ろさんとしていた。
「これでお終いとしよう!」
 剣が振り下ろされると、光は急激にその輝きを失い、ギーの周囲でドラゴンの首が落ちていった。
「これで最期だ!」
 シェルトは渾身の力を込めて、スピアを突き立てた。足元が大きく鳴動し、最後の光が輝きを失うと、それを合図に怪物全体のドラゴンの首が、制御を失ったのか墜落しはじめた。
「シェルト、行くわよ!」
 シリマナイトは、自分の足元の光が完全に力を失ったことを確認すると、シェルトと共に離脱した。

 マウザーの照準がぴたりと止まると、引き金を引いた。
 ギルベルト目掛けて襲い掛かるドラゴンの首を、マウザーは冷静かつ正確に撃ち抜いていく。弾幕が少しずつ薄くなっていき、やがてギーたちの攻撃により、ドラゴンの首をよみがえらせていた光を次々と潰されていったことにより、ドラゴンの首の動きが急速に減り、弾幕はその勢いを失っていった。
「見えた!」
 ギルベルトの目に、怪物の心臓部が飛び込んできた。その部分を守ろうと、巨体から次々とドラゴンの首が生えてきたが、マウザーが次々とそれらを叩き落し、半分をギルベルトが斬り伏せた。
 怪物の核とおぼしきそれは、毒々しいまでの紅の光を放ちながら、鼓動を繰り返していた。ギルベルトは、ハルバートを握り直す。その手には、今まで経験したことのないような汗がにじんでいた。
「これまで俺が見送った歳月と、この戦は同じ重さ」
 ハルバートの刃が閃き、光を帯びた。
「この一撃は……重いぜ?」
 ハルバートが空を切った。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
 一瞬の静寂。
 ハルバートの一撃は、怪物の核を深々と貫いた。ギルベルトは、それを引き抜くと渾身の力と……そして万感の思いを込めて……振り下ろした。生暖かい感触と共に、怪物の巨体のあちこちから、鮮血のようなものが噴き出し、悲鳴のような轟音が轟いた。彼は、ハルバートを引き抜くと、怪物から離れた。

 一同の目の前で、怪物の巨体はきしむような、悲鳴とも叫び声ともつかない声をあげながら、その姿がぐずぐずと崩れていき、そして闇の向こうへと姿を消した。
「汝が魂に幾千万の試練あれ、絶望に囚われし魂に幸、訪れんが事を」
 ギーは、印を切ると瞑目した。
「これで……全て終わった、のよね?」
 シリマナイトの言葉に、ジョバンニは「ああ」とだけ答えた。
 ギルベルトは、上着のポケットに手を伸すと、ポケットに残された最後の煙草に火をつけた。

 それは戦いを終えた漢の、最後の勝利の一服であった。


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