<リプレイ>
● 「きれいきれいにしやしょお! でもってぴっかぴかな新年迎えよーぜぇ!」 とびっきり威勢とノリの良い朱の蛇・アトリ(a29374)の号令下、作戦は開始された。
ちょうど良いエプロンが無く、と。万事控えめな所作の月笛の音色・エィリス(a26682)だが、愛のエプロンの紐を締め白く美しい髪もきっちり纏め、門出の為にと気合充分。 「新しい年、新しい門出。素敵なことがいっぱいありますわね」 エィリスと同じ1階担当の春夏冬娘・ミヤコ(a70348)。晴れやかな気分で暮れの大掃除いざ出陣。まずは居間をと、そんな彼女もリボン揺れる愛のエプロン姿。 「ただ、少し寂しくもありますが……」 こうして皆で揃って過ごす年末はこれが最後かもしれない。別離の予感はたゆたう婀娜花・イシュ(a49714)もひしと感じていた。 「んー。そうね。私は近所だし変わらずに入り浸っちゃいそうだけど、旅立つ人もいるものね」 だが。だからこそ今。この二度とない素敵な時に悔いを残さないように過ごすわと麗人はしなやかに笑ってみせた。 イシュや野良団長・ナオ(a26636)の担当は1階の店舗予定の部屋。目的は掃除ではなくパン屋さん開業の為の改装だ。しかしパン屋かあと金鵄・ギルベルト(a52326)はしみじみ漏らした。 「確かに前からパンの話やパン作りしてたな」 ギルベパンの名前だけは未だにどうかと思うがとも、ぼそり。 「パン屋かー。いいなー。遊びに行ったら焼きたてのパン、食わしてもらえっかなー」 のんきな口調でそう笑いながら少しでも門出を祝う手伝いになればとこの日のナオは特に熱心に働いていた。時折ギルベルトとの謎の密談を挟みつつ。
皆が忙しなく行きかう只中で泡箱・キヤカ(a37593)がふと足を止める。 「ここでパン屋さん……」 キヤカが初めてこの家に遊びに来たのは16になったばかりの頃だった。 (「ずっと遊びに行きたかった。でも側まで来てはなかなか勇気でなくって、うろうろして帰って」) 今となってはきっと笑い話。それでも温かく迎え入れられ嬉しかったこと、ずっと覚えていた。 (「それから毎日、すごく楽しくて、いっぱいいっぱいお話したこの場所」) 幸せそうでよかったと冰綴の蝶・ユズリア(a41644)が彼女に声掛けた。 「アトリ殿の傍らならば、きっともっと幸せになれるだろう」 まだ訪れて日の浅いユズリアだがこの家の温かさは充分に伝わる。 頷いたキヤカの顔は少し誇らしげでユズリアが知る少女のそれよりもぐっと大人びて綺麗だ。 (「愛情いっぱいのここで、また過ごしていけることが……凄く嬉しい」)
扉に手を掛けたまま蒼翠弓・ハジ(a26881)はしばしぐるりと部屋を見廻す。 (「冒険者になったばかりの頃から過ごした場所……」) そこはもうすっかり自分の『匂い』。手紙を書いては破りを繰り返した机。旅立つ人を見送った窓。お守りを飾った壁。本棚……。ハジは順に、丁寧に、宿る思い出を辿る様にして拭いてゆく。 最後に、扉板の裏の片隅に小さく薄く言葉を残し名札を外して退室した。 彼が刻んだのは、感謝と応援。もしかしたらずっと気付かれないままかもしれない。だがその心ならば確かに届いているだろう。
● (「俺の……マドンナ、オアシス、誰にも渡すもんかっ!」) 改装作業はキヤカに任せ、アトリは家中をモップ磨きとお宝退避で駆け廻っていた。何やってんのかしらねとイシュが噂してくしゃみ一つ。 「ふぅん、ほぅほぅ……成程」 2階と屋根裏の掃除と家探しを済ませたギルベルトは発掘した『秘蔵品』を吟味中。途中アトリと何度も遭遇したが見つからねえなあとぼやく小芝居が効いて2階のコレクションは無事ほぼ把握済み。横流し用に1冊だけ抜き取って懐に収めた。ナオとの男の約束故である。
1階はミヤコとユズリアによって窓という窓が開け放たれ、干された布団が物干し台で揺れる。 エィリスは不要品の仕分けに悩み、どんな品であれ懐かしい思い出が籠る物かもしれないとの善意からミヤコらに相談を持ちかけた。 「ミヤコ殿。引きだしの板が二重底の様なのだが」 ミヤコを手伝うユズリアは隠匿工作に長けており次々と細工を見破ってしまう。 かくしてミヤコの元に続々と『秘蔵品』が持ち込まれた。ミヤコはただ微笑し、痕跡を一切残さず元に戻そうと提案し同時に『秘蔵品』分布図の作成を進めた。この後ギルベルト情報を併せた完全版が完成し、瓶に詰め大樹の根元に人知れず封じられたソレは遥か未来へと託される事となる。
階下に降りたハジの前にアトリが飛び込んできた。彼や一部の者による掃除の合間の狂騒はまるで宝探しと鬼ごっこ。ハジは小さく笑いかけた。だがアトリの方にはふと悪戯っ気が燃え上がる。 「おまえの嬉し恥ずかしラブ交換日記、屋根裏に置いといたぜ!」 思いっきり叫ぶと同時アトリはぴゅっと言い逃げした。残されたハジは何かを考え込み……そうは見えないが彼なりに焦っているのだろうか。 窓拭きに精を出すギルベルトはそんな物は見なかったと伝えるべきか様子を見守るのだった。
● 「わお、ほんとにお店になってくねー」 ゴミ回収を一手に引き受ける医術士・サハラ(a22503)はみるみる整ってゆく店舗部分の変化が楽しくて仕方なかった 。 「こう見えてな、日曜大工は得意なんだぜ!」 金槌振り上げてナオが打ちつけるのは釘、釘、指。だが不思議にそつがなく木工はみるみると組み上がってゆく。イシュはキヤカのイメージ通りのお店を再現出来る様にと心を砕きサポートした。 テーブルと椅子はキヤカからの要望ぴったりの物を既にエィリスが街で買い揃えていた。カウンターや陳列棚の製作、棚のリメイクと、キヤカを先頭に改装作業は着々と進む。彼女が片時も離さずに可愛らしく抱えたハンマーの意図だけは謎だったが……。 「サハラのヤツ、打ち上げのメシぐらい食ってきゃいいのに……おー!」 アトリがようやく店舗部に顔を見せるや眼を輝かせた。 「すげーじゃんっ! よし看板も全部キヤカに任……」 「アトリ」 むろん冗談だがいつの間にか真後ろにいたハジ。さて次は、パン屋の顔となる看板作りだ。設計図と詳細を書き連ねたミヤコのメモを覗きこみ確認する一同。 「欄間看板で良かったんだよな?」 ギルベルトは看板用の木板に設計図を転写した。輪郭と、店名。後はこれに沿って彫刻や色塗りを施してゆけば良い。キヤカの指示と照らし合わせイシュは彫刻を施す。ミヤコは全体のバランスを見る一方で慎重に丁寧にと一工程たりと疎かにしない集中力を発揮した。木片を再利用してギルベルトが太陽、月、花、星と細工物を完成させてキヤカを喜ばせる。 そして、エィリスが最後の仕上げである着色は皆で色を乗せてゆきませんかと提案し実行に移された。 一人ひとり。筆に色と想いを乗せて看板は完成に一歩一歩近づいてゆく。 「温かくて素敵な看板……」 イシュがうっとりと呟いた。幸せな笑顔が溢れるようにとユズリアも願いを込めて。ハジは看板を囲む仲間達を見つめた。 最後の筆はアトリに。丹念に捏ねるように筆をかき混ぜながら彼は語り始める。 「雑貨屋もいーなって話してたんだが、6年間パン作りしまくったろ? やっぱここはパンだろって話になってよ」 ちらり、キヤカの顔を見て。次に仲間達。 「ギルベパン、ハジパン、ミヤコパンは商品化すっぜ。みなさんにもぐもぐ食われちゃってくれ、うひひ」 だからギルベパンはどうよと抗議の声が飛ぶのも聞かず。 アトリは筆を握る手に渾身の力をこめて虹の一番上に『赤』を奔らせた。 「おっし、完成ぇ!」
● さっそく看板を店先に掲げたいアトリだったが塗料の乾燥を待つ必要があった。 片付けや打ち上げ準備を済ませておこうと一旦室内へ。 「んーアルデンテ♪」 手際よく茹であげた大皿パスタにイシュは大満足。アンチョビに水菜。パンチェッタとモッツァレラにトマトを絡めたソース。どんな飲み物やメニューにも合う様にとの配慮からだ。一方ユズリアはシンプルさ故にセンスと技の見せ処であるブルスケッタ。彩りよくプロシュットにクリームチーズを盛りバジルを振って皿上へ。 「旨そうだなー。ワインとか合いそ」 遅れて台所に現れたナオは作り置きでも美味しい惣菜類を持ち込んだ。後は出来たてで頂きたいツマミ類をささっと作れば完成である。
「なあ、イシュ……ところで『薔薇』ってなんだ?」 唐突に、真顔のナオから。イシュはパスタ皿を落としそうになるのを何とか堪えた。 「……いいけど聞いて卒倒しないでね」 イシュの長い耳打ちの後の、沈黙。 「?」 単に花の名でないのかと興味津津のユズリアが是非私にもご教授をと食い下がる。 「えーとね。つまり……こう……」 「わーっ!? 説明すんナッ! その手つきもヤメなさいっ!」 教育的指導で妖しい流れをぶったぎりナオはケーキ製作を持ちかけた。着々と生まれるご馳走の山。だが、その裏で不吉に蠢く愛エプの影、三つ。 「私からは『とっておきのカレーパン』です。ただ試食する時は覚悟したほうが……」 気絶もできませんからと憚るようにメモを渡すエィリス。受け取ったキヤカはといえば何かを思案顔。 「このキノコを使って何か出来ないかなって……」 そしてミヤコが普通に作れば美味しい筈ですの。なのに……と呪わしげに差し出した『魅惑の栗きんとんパン』レシピで天啓を導かれるに到る。 「あ、栗きんとんとの合わせ技もいいかもです!」 パンのフロンティアは限りなき可能性と共に拡がり続けていた。主に裏方面にむけて。
● アトリとキヤカが揃ってギルベルトに呼び戻され店舗予定の部屋へと連れられてゆく。そこには手に手に包みや箱を抱えた皆が2人を待ち構えていた。 「パン屋にあったらいいだろうなってモンをそれぞれから……ま、開店祝いって所だな」 ナオが選んだ品は銀製フレームの黒板。密かにギルベルトに依頼して隠しておいた物だ。 「チョークでコレに今日のオススメとか書いて飾ったらかっこよくないか?」 ホントは魔除けにデケエ天狗のお面でもと思ったのに止められたとナオが零すとったりめーだバカッとアトリはすかさず突っ込んだ。 「俺からは、風が吹くと鳴って幸せを呼び込む飾りです。窓辺にでも」 「「え? 天狗面?」」 「違います」 ハモったアトリとナオの言葉を生真面目に訂正してハジが贈ったのは吊り下げ式の小さな銀飾り。この店を凛と見守ってくれる事だろう。 「私からはこれを……」 「喜んでもらえるかしら♪」 エィリスが手渡したのは澄んだ音色で客を迎える真鍮のドアベル。イシュからはカウンターにとチェック柄のコットンクロス。店主2人をイメージしたとの事。 「温かみのあるものをとこれを選んでみましたの」 ミヤコが開けた包みからは、小麦畑の上に鮮やかな虹の架け橋の絵。郷愁がにじむ陶板の小品が額へと収まる。 「俺からはコイツだ……何だよ。何か文句あんのかよ」 ギルベルトが差し出したのは白い招き猫の置物。うさりんご型小判で商売繁盛、ぽっこりまろやかラインはとってもファンシーかつキュート☆ 深ーく追求したい一同だったが可愛さに免じてなまあったかにノーコメントだ。 「いつでも皆がここに居るような気がする……素敵な贈り物をありがとう!」 キヤカと彼女を手伝うエィリス、ハジらの手によって店内に飾られ、最後にこっそりとキヤカがメモを張り付けた頃。上機嫌で品々を手に取り眺めていたアトリは、今度こそ看板を抱え上げた。 「早速掲げよーぜ。背高組、出動よろしくぅ!」 へーへーとナオは既に準備万端だったギルベルトを伴って即座に応じた。
「もうちょっと〜、上……下……ん? 右……?」 冬風に負けないぐらいに明るいキヤカの声が響きわたる。 「ソレどっちから見ての右ー!?」 そんな光景を見守りながら、きっと人気の店になるはずとハジは確信していた。 (「……こんなに素敵な看板が迎えてくれるんだから」) 見上げるいくつもの笑顔たちの前で、虹の看板が、夢に向けてしっかりと架けられてゆく。 『にじいろベーカリー』の誕生だ。
「うわ……出来た……お店になった……!」 両腕を広げ、眼を潤ませて感激にひたるキヤカ。 そうだな、俺たちの店だなとアトリは細い肩をそっと抱き寄せて喜びを分かち合うのだった。
● ナオ、イシュ、ユズリアの調理班が腕を振るって完成させたお祝いケーキは巨大な力作。卓上には他にも軽食や酒の肴が並べられ、眼と嗅覚が空腹をこれでもかと刺激する。 「お飲み物は、行き渡りましたかしら?」 ミヤコが各々の希望を訊ねてはグラスに注いでゆく。アトリはまずミヤコ姫の酌だ〜とご機嫌。
「それじゃ……アトリとキヤカの新しい門出に乾杯ー!」 まずはナオが乾杯の音頭。 「感謝と皆の更なる幸せな前途を祈り、乾杯〜♪」 飲酒できない事が少し残念なハジのジュース杯にイシュが軽く重ねた杯もジュース。艶やかに微笑むセイレーンにハジは小さく会釈で返した。 「労働後の飯は美味いもんだ。酒と面子が揃えば尚最高!」 ギルベルトは高らかに声をあげ、豪快に料理を味わい、仲間らと杯を合わせ飲み干す。そんな彼を眼で追うユズリアがふと気付いた。小さめのピザにクラブハウスサンド、ブルスケッタ。彼が手をつけた料理は全ての自分製のものばかり。だが、何も言わない。ユズリアは彼の前を素通りしアトリの隣へ。 「……約束だからな、酌を」 「おお!?」 予想外のラッキー。アトリはユズリアからの酒を蕩けそうな顔で飲み、誰か頬つねれ頬、酒進み過ぎて俺寝落ちそーと大いに盛り上がった。抓りあげた手はハンマー片手に可憐な笑顔のキヤカ。 ついでユズリアが差し出したのはミヤコが用意した清酒だった。淡く桜色に澄んだ液体はなみなみと、ギルベルトの空杯へと注がれる。 心底意外そうなギルベルトにしてやったりと唇の端を僅かに上げるユズリア。 「……やらないとは言っていない。それに」 そろそろお互いに発つだろうからと。微笑にやがて微笑が応え、杯が交わされる。甘ぇと呟き。 「他の皆もおめでとう! いや、よくわかんないけどとにかくめでたいじゃないか! 」 すっかり宴会部長のナオが酒だ料理だと場を盛り上げてゆく。美酒と美食にミヤコもすっかり料理に舌鼓を打つ側へ。
夜も更け楽しい宴にも終わりが近づいてくる。締めの挨拶はアトリとキヤカから。 「この面子になって日は浅ぇけど、すげいい面子だよな。最高な大掃除あーんど門出になった。ありがとな!」 「皆さん、いつでもパン食べにきてくださいね!」 ほろ酔いと幸せとで感極まって叫ぶアトリとお辞儀後に最高の笑顔を見せたキヤカ。 誰からとなく自然と拍手と笑顔が沸き起こった。 「皆、また会いましょうね♪」 最高の夜だったとイシュは愛エプ姿で仲間達と笑った。ユズリアはこの場にいる者皆の行き先に幸多かれと祈り、傍らのギルベルトを見上げた。 「また顔出しにも来るだろうが、末永く仲良くな」 「てめーこそなっ」 アトリとキヤカ、それぞれと握手を交わすギルベルト。 (「お前たち2人のお陰で俺も安心して旅立てる」) 「……ところで秘蔵品はおいてけよ?」
夜が明ければ、旅立つ者と残る者それぞれの新たな出発が始まるだろう。 その道往きすべてで沢山の幸せと出会えるようにと。そして。 (「今日という日をいつまでも覚えてられる様……」) ハジは願った。皆で掲げたあの虹の煌めきを、いつも胸にと。
乾杯の後エィリスはいつの間にかひとり抜けだして『ぼうけんのしょ』を綴っていた。 何頁にも渡るそれは、あとで皆に読んで貰うためのもの。題名をと悩む段になって彼女は、金木犀髪の少年吟遊詩人の姿を思い浮かべる。彼ならば何と名づけるだろうか。
● 打ち上げも終わり、片付けも済んで、とうとう本当におひらき。 少し寂しそうなアトリの後ろ姿はまるで小さなこどもみたい。 キヤカは背中からそっと彼を抱きしめて、囁いた。 「これからどうぞ宜しくね、旦那様」
ぴかぴかにあたらしい、日常という名の『ぼうけん』がここからまた始まる。

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参加者:9人
作成日:2009/12/27
得票数:恋愛1
ほのぼの14
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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