絶やざる渇望の焼灼



<オープニング>


●旅団OZ開催、模擬試合規則
「それじゃ、『ルール』確認といこうぜ」
 異様な静けさを湛えた空気を振動させたのは、蒼穹の覇者の名を冠する男。
 担いだ竹刀が空をきった。
 錚々たる英雄達が今、顔を突き合わせているこの山は、ひょっとしたら世界有数の平和で安全な土地かもしれない。何しろあらゆる脅威は冒険者の前に塵と化す運命なのだから。
「勝ったチームがこの山に名前をつける」
 仕切る男、金鵄・ギルベルト(a52326)の声に冗談の色は見えない。
 この地で一体何が始まろうというのか?
 さいはて山脈のひとつ、人も踏み入らぬ名もなき緑山の中腹に位置する、静やかな森の一角。そこに佇立した八人の影から発せられる鬼気だけが、どうしようもなく膨れ上がっていく。――いったい何が?
 平和な山は今、最も危険な地帯へと変貌しようとしているのか。
「こいつを奪い合い、大将の章を獲ったチームが勝ち。自分の章を失えば脱落し、以降試合に関わることはできない」
 ぽん、と体をたたく掌の下から、ゆるく括り付けられた小さなエンブレムが覗いた。
 見れば、そのエンブレムは各人思い思いの部位に括られている。

 ギルベルトと同じく、太陽をモチーフにしたエンブレムを付けたのは、
 野良団長・ナオ(a26636)。
 春夏冬娘・ミヤコ(a70348)。
 泡箱・キヤカ(a37593)。

 対して、月のエンブレムを付けているのは、
 不羈の剣・ドライザム(a67714)。
 朱の蛇・アトリ(a29374)。
 蒼翠弓・ハジ(a26881)。
 月笛の音色・エィリス(a26682)。

 てし、てしと自分の肩を竹刀で叩きつつ、ギルベルトは面子を目で追った。
「大将は最初にお互い開示。ただし一回だけ大将章を他のメンバーと交換可能とする。戦闘開始の合図は――あれだ」
 指す方向は空。
 否、中空に大きく張り出した太い枝がある。
「あそこに風笛をつけた。でかい風が吹かなきゃ鳴らねぇ仕組みだ」
 大将章の開示を終え、散開した瞬間から有効となる開戦の合図。
 今日は風があるからな、そうは待たされねぇさ。と、そう続ける。
 少なくともこの八人に感知される程度には、大きな音が期待できるのだろう。
 そのとき疾風が巻いた。猛禽の唸りのような――風笛の音。
 英雄達の表情に隠し切れぬ高揚が吹き抜ける。
 そう、山なんて本当はどうでもいいのだ。彼らの目的はひとつだけ。

「始めようぜ。真剣・模擬試合よ!!」

 ただ、『戦い尽くしたい』。その渇望のために。


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参加者
野良団長・ナオ(a26636)
月笛の音色・エィリス(a26682)
蒼翠弓・ハジ(a26881)
朱の蛇・アトリ(a29374)
泡箱・キヤカ(a37593)
金鵄・ギルベルト(a52326)
不羈の剣・ドライザム(a67714)
春夏冬娘・ミヤコ(a70348)


<リプレイ>

●思狂の章
 風が静やかに運んでいったのは、ある種の予感であっただろうか。
 ――開示。
 地に立てた巨大剣。その柄を支える無骨な拳の奥から、不羈の剣・ドライザム(a67714)の瞳がまっすぐに金鵄・ギルベルト(a52326)を射た。その澄んだ色に感情の波はなく、ただどこまでも純粋な戦意で満ちている。
「太陽組大将、ギルベルトだ」
「同じく月組大将、ドライザムである」
 無言で嵌めなおされる漆黒の術手袋。蒼穹の向こうを望む翠の瞳に映る大弓。泉の輝きを湛えた魔女の椿宿る黒き手。純白の繊手にそえられた淑やかな微笑み。重い剣柄を握り確かめる無骨な拳。愛を約束した者と交わす、迷いなき二つの視線。気に入りの葉を噛み潰した吊り上げた口角――。
「んじゃま、がっつりいったりやしょお!」
 こみ上げる高揚に我慢ならぬといったふうの朱の蛇・アトリ(a29374)が声を上げ。
 ギルベルトは構えをとった。
「散開ッ」
 びゅん、と竹刀が空に舞った。天高く。高く。
 派手な音を立てて地面に帰ってきたとき、もうそこには誰もいなかった。

 樹上を渡る風は遥か、さいはて山脈を望む。目下に潜む鬼気など知らぬげに。
 息を殺す気配もしない。ただじっと狩りを待つ捕食者のごとき、沈黙。
 自然のそれと同じく時間の感覚を持たず、悠久と刹那の狭間で姿勢を低くしている。
 遠くがざわめいた。遅めの拍を置いて、葉擦れの響きが大挙して押し寄せる。気海のうねりが山肌を蹂躪した。
 風笛の中を通り抜けて、運んだ告げ言は過たず。
「さて、こっからは真剣勝負といきますか」
 野良団長・ナオ(a26636)が目を細めたのは、風か光か。湿気た葉が赤熱した。
 告げ言は過たず――轟く猛禽の開戦合図であった。

●襲歩の章
 小さな遠眼鏡を覗きながら蒼翠弓・ハジ(a26881)は、葉擦れの音を聞く。
 うまく隠れられただろうか。
 鬱蒼と生い茂った森の草木は彼らの姿を隠してくれる。さらに入念な隠匿工作を施して、外部からはただの茂みにしか見えないだろう。
 『戦いは武器を取る前から始まっている』。……自論だけどな。そう言った狂戦士は今、大きな体をかがめて草葉の向こうを見つめている。
 月笛の音色・エィリス(a26682)は来たる時を待ち、アトリも周囲の観察に徹している。
 草の臭いがする。異様に短いリズムで鳥が鳴いていた。

(「贋作を見破るのは贋作持ちってね」)
 慎重に歩を進める泡箱・キヤカ(a37593)と、ナオ。二人の視線の先には背の高い茂みがあった。
 傍目には何の変哲もないただの草叢に過ぎない。鹿であろうが兎であろうが、全く気に留めることなく通り過ぎるであろうこの茂みに彼らは何を見出したのか。
 どうやら追跡・隠匿を得意とするこのペアの目には、隠された月組の足跡も、渾身の隠蔽の工作も『見えている』らしかった。
 タスクリーダーによる連絡で、太陽組のもう二人は挟撃の配置に向かっている。
 あとはタイミングを合わせて――。
 ざ、と音がした。
 禍々しい業火がキヤカの横顔を照らした。正面からではなく、横から――!
 小枝の一本さえ避けて歩むことに神経をとられていたキヤカが反応できたのは、彼女がストライダーであったからか。
「あぅっ!」
 かろうじて直撃は防いだが、ダメージは大きい。苦しげに呻くキヤカに飛来する巨大な光槍。
「キヤカ!」
 癒しの聖女を掲げながら、ナオは歯噛みした。急斜面を駆け下りてくる姿はドライザムか。
 ――ハメられた。あいつら策士かよ!
 キヤカの手をとり後退する。とにかく、合流しなければ。
 その足元へ突き刺さる影縫いの矢。
「そんなっ……」
 横で、キヤカが驚愕に呟く。
 太陽組が見つけ、奇襲をかけようとしたあの茂みは『囮』だったのだ。罠であればいくらかの手抜きもされようものを、それをあえて全力で隠した。完全に騙されてしまった。さらに悪いことに、こちらは月組を挟撃すべく少人数で別行動ときたものだ。
 奇襲を、さらに奇襲された。
 影縫いをかけられたキヤカを連れてどこまで逃げられるか。どこまで庇えるか。明らかにこの白き牙狩人ばかりが集中して攻撃を向けられている。
 切っ先が眼前に迫る。ドライザムが振りかざす大剣を――
 同じ狂戦士が受けた。
「間に合ったか!」
 刃が一合する。弾かれる質量にも耐え、ギルベルトはさらに二人を庇うように前に出る。後ろから春夏冬娘・ミヤコ(a70348)が降りざま、ヘブンズフィールドを展開した。
 仕留め損ねてしまった。攻撃のダメージはそのまま通っているらしい手応えからすれば、『君を守ると誓う』は使われていないようだ。が、別行動でさえもグランスティードと医術士をつけている。やはりキヤカ殿が真の大将なのか?
 ドライザムはいっそう疑いを深くする。
 ――焦ることはない、必ず勝機は来る。
 交わす鋼の火花を散らしながら、二人の狂戦士はエンブレムを目視した。どちらも、大将ではない。既に交換されている。
 やはりか。
 どちらも初めから、開示した大将でやりあう気はないのだ。
(「ナオ、前に出るな。大将は俺じゃねぇ、ってバレたと思って行動した方がよさそうだ」)
 ギルベルトから太陽組へ、タスクリーダーが無音の声を伝達する。
 戦っていれば、エンブレムを隠し続けるのは難しくなる。芝居を打つ意味はない以上、いたずらに前に出るのは危険を増すだけだ。
 了解、と頷き、ミヤコはヴォイドスクラッチの狙いをアトリに定めた。
 その瞬間、視界を覆ったのは夥しい鎖。全てを開放したアトリが膝をつく。鎖にはペインヴァイパーの吐くガスが纏わりつき、捕らえた獲物を逃さない。
 ナオは避け、ギルベルトは弾いた。しかしミヤコ、キヤカは囚われる。狂戦士の刃が向かい――白き牙狩人は、ついに倒れた。
 悪ぃな、キヤカ。赤髪の邪竜導士は、そう呟いたかどうか。
 伏したキヤカのエンブレムを見やる。そこに星がひとつしかないことを確認して、
「短期決戦を狙ったが、外したな」
「まだまだ、早すぎんだろ」
 血の覚醒が齎された膂力から放たれるパワーブレードをかろうじていなし、ギルベルトは天の日輪へと、戦斧を大きく振りかざした。

●焼灼の章
 降ろした戦斧で防いだのはミヤコへ向かった刃であった。冷や汗をかいたような様子のギルベルトに、アトリは疑念を向ける。
 もしかすっと、大将はミヤコ……?
 それを誘導だと気づけぬまま、アトリは再びエゴを開放する。反動で動きが止まるやその躰をヴォイドスクラッチが薙いだ。
「ぐっ……」
 思わず傾いだ。エィリスから届いたヒーリングウェーブがかろうじて意識を拾い上げる。
 ギルベルトとドライザムはほとんど一騎打ちのような形になっているが、ミヤコ、ナオはあからさまにアトリを狙い撃ちにしてきている。
 ペインヴァイパー付きの暗黒縛鎖を先に潰そうというのか、自分に大将の目星をつけているのかまでは、わからないが。
 ミヤコの足元から伸びる影が、禍々しい手に変形してアトリへ迫る。繰り返し彼の体力を削り、瀕死に追い込んできた手が。
 あれ食らったらきっと、立ってらんねーな。と思う。ならばこれが最後の縛鎖か。へへ、と笑った。
 ぶっ倒れるときゃ、誰かひとり道連れにしてやらあ!
 鎖が舞った。
 拘束したのはギルベルトのみ。しかし――。
 ギルベルトが対面している覚醒した狂戦士の大剣を、鎖に巻かれた腕で一方的に受けきることは至難。
「ミヤコ、逃げ……」
 喘鳴のような呻きを最後にグランスティードの上で傾いだギルベルトの肢体はついに地に倒れ、気絶したアトリ共々、エンブレムを奪われることとなった。

「ミヤコ、乗れ!」
 叫び、駆け出そうとするグランスティードに、水潤の髪を靡かせてその邪竜導士は飛び乗った。
 太陽組は残り二人。対する月組は三人。
 一度体勢を立て直さねば、勝ち目はないと踏んだのか。
「突破するぞ!」
 前足を高く掲げたグランスティードを見て月組は押し止める構えをとる。が、そのままグランスティードは転進。
 一気に間合いを離した太陽組を見て、虚を突かれきょとんとしていたエィリスだったが、直後に状況を理解しなるほどと苦笑する。
 肩の力が抜けたか、少し会話する余裕もできた。それほど、冒険者同士の模擬試合は過酷を極めるのだ。
「大将はミヤコさんで間違いなさそう、ですか?」
「……確かに、一番大事に庇われていましたものね」
 ハジに同意するエィリス。
 主と同じ、黒衣に白肌のグランスティードが歩を進めてくる。再び距離が詰まる。
 じわ、と空気が歪んだ気がした。熱嬉の気配がする。狂戦士が前に出た。二人はもはやドライザムを無視できない。
 ハジの神速の弓捌きからガトリングアローが奔る。護身刀が弾いた。
 輝く聖槍が身を貫いてもなおグランスティードを進め、接敵しざま、ドライザムはミヤコにデストロイブレードの刃を振りぬく。苦鳴が上がる。さらにハジのガトリングアローが追い討ちをかけた。
 再び死線が交わる。
 力の限り大切な人たちと、戦う。共にありたい。そう誓い、戦ったミヤコの体は攻撃に晒されては負傷と回復を繰り返し――交戦の末に、伏した。
 ミヤコを地面に降ろし、ナオはついに一人になった。彼のドッグタグにつけられた太陽のエンブレムは星が3つ。最後に残った彼が太陽組の、本当の大将なのだった。
 ごう、と翳された大剣の刃が黒衣の医術士に――たどり着く前に狂戦士は、グランスティードの膝を折った。影の手に切り裂かれた鎧と、むき出しの胸に聖槍が輝いた姿のまま。
 倒れ伏した者達に一瞥をやる。極限の状況に、熱狂を抑えきれない。脳髄が焼かれるような熱狂を!
 エィリスへ駆けるナオ。最後の望みだ、おまえが月組の大将であってくれ。
 白衣の医術士も、もはやこうなっては、と高く掲げた腕に輝く聖槍を作り出す。
 ガトリングアローの矢が黒衣の胸に生えた。聖槍を投げる。交差するがごとく、エィリスの聖槍が襲った。
 体を支える力を手放す刹那、よろめくエィリスのエンブレムが見えた。その星の数は――。

●風切り羽根の章
 ついた膝から大地へ体を落とした。
 どこか遠くで風笛が鳴った。
 数刻前とは違い、猛禽の唸りのよう、には聞こえなかった。
 息をするたび、隙間風のような音が鳴った。
 空の方を見た。終わったんだな、と思い、それから笑った。
「あー、楽しかったぁ」
 土まみれの顔にどこか子供のような笑みをのせ、ナオは心底楽しげにそう言った。
 顔に影がかかる。
 失礼します、と律儀に断ってから大将エンブレムを取り外された。
「月組の大将、俺だったんです。でも、ナオさんも意外でした」
 ハジの利き腕につけられたエンブレムは月のモチーフに星が3つ。
 助けられて周囲を見れば、皆起き上がって、しかしほとんどは座り込んだまま笑っている。
 アトリは真っ先にキヤカを助け起こしに行って、
「みんな泥だらけだね」
 きゃらきゃらと笑う婚約者に、内心胸を撫で下ろしただろうか。
「きっとまた手合わせしたいですわね」
 ミヤコもぼろぼろだったが、笑顔で周りの仲間を起こしている。
「とても厳しい戦いでしたけど、なんだかサッパリしましたわ」
 エィリスも笑って土を払った。
 木を背にもたれて新しい煙草を点けたギルベルトは一息つく前に、
「勝敗より過程が大事ってな」
 全力で戦った、全てやり尽した。彼らにとって、それが何より満足すべき結果なのだ。
 そう、『戦い尽くした』ことが。
「……ありがとな、みんなお疲れ様」
 見守る父のように、過ぎ行く幻のように、優しく笑った。
 蒼かった空は黄昏前の危うさを秘め、少しもしないうちにすとん、と日が落ちてしまいそうだった。だが、それもいいかと思える。
 風が吹いた。土の匂いの代わりに夕暮れの気配が肌に染みる。火照った躰にはたまらなく心地いい。
 体についた土を払いながらナオは、あ、そうだ、と思い出したように提案した。
「この近くに温泉あるんだ。どう?」
「ん? 温泉あんの? へぇ〜……。いよっしゃ、ひとっ風呂浴びて帰ろうぜぇー!」
「温泉いきましょうー♪」
 賛同の手を挙げるアトリ、キヤカに、
「温泉でさっぱりは素敵ですの」
 ミヤコも楽しげに同意した。
「ミヤコ姫、お背中ながしましょか? うへへ」
「……アトリさん、後でちょっとお付き合いくださるかしら」
 拳を固めるのへ、
「裸のお付き合いでしたら喜んで」
「こらこらアトリ殿」
「酒あるんなら行くぜ」
「俺は足湯だけ」
 わいわいと好き勝手喋りながら、みんなで歩いた。

 天然の露天風呂ではしゃぎまわり、疲れが回ってのぼせた頃。
「やべ、山の名前決めんの忘れ……」
 茫とした頭で唐突にアトリが叫ぶ。数瞬の沈黙。
「いや、ギナミキ・ド・アハエム山だったなっ!」
 ぐ、と拳を掲げた。
 ギナミキ・ド・アハエム山。八人の英雄達が己の全てを焼灼せしめた、凄絶なる舞台の名は――。
 英雄達の名前、そのものだ。


マスター:紫蟷螂 紹介ページ
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