約束の木 〜果てなき空を貴方と〜



<オープニング>


●冬の帳と桃色はーとの木の実
 それはある冬のことでした。3日続いた雨が止んで、ようやくふかふかになってしまっていた尻尾が元に戻った朝のことです。インフィニティマインドというとってもとっても大きなやつが帰ってきて、盛大な凱旋パレードが行われてから少したてば、町は落ち着きを取り戻し、猫たちはせっせと冬毛をたくわえて、鳥たちはあたたかなお家をさがして飛んでゆきます。
 獣哭の弦音・シバ(a74900)はようやく落ち着いた尻尾をぱたぱた、と揺らしながら戸棚の整理を始めようと思いました。なにせ、冒険者の仕事が落ち着いてから、ほとんど使わなくなっていたのですから。戸棚はちょっとした不思議空間です。
「……」
 伺うように、シバの尻尾が揺れます。でも、揺れたのはちょっとだけです。そるれおんの尻尾はぶんぶん猫みたいにはゆれないのです。たぶん。
 じぃっと戸棚を見ていたシバは、決意して戸棚を開きました。きぃ、という音と一緒に、かこん、という音がしました。驚いたシバのヒゲがぴん、と伸びました。
「これは……」
 驚いて見たものは、ハートの形をした桃色の木の実でした。
 それはワイルドファイアで年に、数度、風が零になる日にシバが手に入れたものです。なんとこの木の実は、恋愛成就のお守りと言われるのです。ヒトノソリンの子からの依頼で、山と間違えてしまうほどに大きな大きな怪獣の天辺から、持ち帰ってきた木の実でした。あの日、天辺を望んだ時に「自分もいつか誰かに渡せれば」と思って、シバは木の実を持ち帰っていたのです。……それからずぅっと、木の実は戸棚の中に住んでおりました。
『け、てめぇようやく気がつきやがったか。このまま黴びるんじゃねぇかと思ったぜ』
 木の実はくぅっと背を伸ばします。ハート型の木の実は、放っておくと転がってしまうので、ちょっと肩こり症なのです。
『しゃばの空気はいいな……。は、太陽が眩しいぜ』
 そんな事を思ったかどうかはわかりませんが、木の実の桃色にはちょっとかげりがでておりました。シバは木の実を拾い上げると、きゅ、きゅと拭いて手の中に転がします。そこでシバはあることに気がつきました。大切な黒髪の彼女に、告白をしたことが無かったのです。ゆらゆら揺れていた尻尾がぴしっと止まります。そんな尻尾を見ていた木の実はころり、と転がります。
『さっさとその毛並みを綺麗にして、家を飛び出しなよ』
 桃色ハートの木の実。恋愛成就のお守りである彼女は、シバの手の中で綺麗なハートの形で立ちました。
『そのはねた毛を綺麗にして、迎えに行けよ。ほら、け、さっさとしやがれ。あたいのラッキー、あんたにわけてやるよ』
 そうして、シバは桃色ハートの木の実を握りしめて、黒髪の彼女の待つ所まで行きました。
 
 そうしてシバが殲姫・アリシア(a13284)さんを見つけたのは、お日様がもうちょっとで天辺に来ようかという時でした。アリスさんは綺麗な黒髪を風に靡かせながら通りをあるいておりました。ちょうどお外に出るところだったのでしょうか、シバは伺うように一度だけ尻尾をゆらすと、ぎゅ、と掌の中で木の実を握りしめました。きゅ、と音がします。不思議そうな顔をしたアリスさんよりも先に、シバはお誘いをしました。
「約束の木に行かないか?」
 約束の木は、ホワイトガーデンにあるとても有名な木です。そこに行く途中に、空が一番近くに見える丘があるということを、シバは思い出していました。村から遠く、小さな白い花だけが咲く丘を歩いていけばその場所にたどり着きます。小高い丘は、周りにそれ以上に大きなものはないのですからどこまでも真っ青な空が続くのです。シバは、あの日に見たような見渡す限りの空を、アリスさんと見たいと思っていたのです。このまま、中途半端なままでアリスさんとつきあうわけにはいかない、とシバは思っておりました。
 綺麗なきれいな空を一緒に見て、気持ちを確かめあうことができたら……一緒に約束の木にいこう。
 シバはそう思いながら、アリスさんを見ました。黒髪の彼女の、お返事をそっと待ちながら。


マスターからのコメントを見る

参加者
殲姫・アリシア(a13284)
獣哭の弦音・シバ(a74900)


<リプレイ>

●黒い髪のお嬢さんと、あるソルレオンのお話し
 ランドアースに比べれば、ホワイトガーデンに吹くは暖かい。冬だからかもしれないが、吐息が白く染まる季節に、あたたかな風を感じることができる場所など、そう多くはないだろう。だからこそ、来たのだ、とそう思う。ホワイトガーデンに。
 さわさわと、揺れる髪をそのままに殲姫・アリシア(a13284)はそっと、獣哭の弦音・シバ(a74900)を見た。お昼ご飯のバスケットは彼の手にあった。2人分のお弁当も、その中。水筒も一緒だ。小さな花の咲く道は、なだらかな登り坂になっていた。これから向かう場所ーー約束の木へと辿り着く、そのほんの少し前にある丘は、今は何の名前もついていない場所だという。空が一番、近く見えるというその場所。
 手を引かれるままに歩いていけば、もふもふの、この手の温かさに安心を覚える。心に温かに広がる安堵は、アリシアの気持ちを穏やかなものにした。ふわ、と浮かべてしまった笑みはその所為かもしれない。長く続く上り坂に、息を荒くするような事は無い。けれど、空が近くになるにつれて、何だがドキドキが募ってきた。澄んだ空の青。シバの肩越しに見える景色に、胸が高鳴る。
 一歩、二歩、彼女の進む歩調をあわせてゆけば、ひらひらと揺れる彼女ワンピースが目に入った。バスケットを持つ手はあまり揺らさないように、シバは先へと視線を向けた。不思議そうに、首を傾げた彼女が見せた一瞬の、あの柔らかな表情が瞼に残る。心臓が、早鐘をうつのが分かった。空を近くに感じる場所だからかーーそれとも、彼女の手を握っているからか。意識してしまえば繋いでいる手や、触れている指先が妙に気になった。
 さく、と踏みしめた芝生から若い草の匂いがする。気がつけば、鳥の鳴く声も遠く、フワリン達のご機嫌な声も遠くなっていた。変わりに、空気が冷え、空が近くなってくる。ひゅう、と降りてきた風がシバの頬を撫で、アリシアの髪を揺らしていく。
「そろそろ……」
 頂上だ。
 そう、言いかけた所で一気に視界が開いた。上り坂はぷつり、と切れ、少しだけ大きく踏み出した一歩は、2人を頂上へと招いた。さぁ、と耳に届いていた音は柔らかな芝生と、小さな花たちが触れ合う音。そして、どこまでも広がる美しい、空の青が2人を出迎えていた。

●お弁当と優しい時間
 澄み切った空の下、アリシアはシバに持っていてもらったバスケットを受け取った。ランチマットの代わりに、柔らかな草の上に座る。太陽の光を体一杯に浴びて育った草たちは、2人分の体重を受けてもそのしなやかな体に傷をつけることはない。バスケットを横に置いて、アリシアは持ってきたお弁当を披露した。こんがり焼いたハムにウィンナー、レタスを挟んだサンドイッチに、おかずにはから揚げを。デザートには切り分けておいた苺のタルトを。
「外に持って行くとなると余り種類が作れないのが残念。もう少しレパートリーを増やせたらもっと色々披露出来るのに」
 ほう、と息をついたアリシアを正面に、シバは思わず弁当へと鼻を寄せた。くんくん、と匂いを嗅ぐ。
「……ねぇ」
「!」
 は、と我に返った時は遅い、と言っていたのはどこかのお偉いさんか、それともシバのポケットに陣取っているハートの木の実か。顔を上げたシバは、深い青の瞳は少しばかりムッとした表情でいるのを見つけた。
「怪しいものなんか入ってないんだけど?」
「こ、これは自分の癖なんだっ……!」
 す、とアリシアの手が弁当を取り上げるように伸びる。慌てて、シバは弁当箱をぐ、と引き寄せた。こてり、と箱の中転がった唐揚げを食べて、取り上げられないように急いで弁当を食べる。
「……」
 じっと、アリシアはそんなシバを見ていた。味わって食べてくれたかなぁ、と思う彼女を前に、シバは美味しく食べ終えてしまった弁当箱を見た。
「……」
 もっと味わって食べればよかった。
 残念な気分になるのは、勢いよく食べてしまった所為だ。美味しかったのも、しっかりと完食させてもらったのも事実だけれど、そうできればーーもっと。
「またちゃんと作ってあげるから哀しそうな顔しないで?」
 そんなシバを見ていたアリシアは、自分の分のお弁当を食べる手を休めてそう言った。上がった視線に、また、ともう一度紡ぐ。光の加減で金色に見えたシバの瞳が何かを見つけたように、一瞬、燦めく。
「シバ?」
 弁当箱の隅に、シバが手を伸ばす。小さく残っていたから揚げをそっと口に運んで、シバはその瞳に柔らかな色を乗せた。
 はじめて食べた彼女の手料理は、ほんのり優しい味がしたから。
 そう、シバが思っていた事を口にだしたわけではない。けれど、和ませられた目元は優しい表情と一緒に何よりも雄弁にその事を伝えてくれたような気がした。
「ごちそうさま」
 綺麗に、空になった弁当箱がアリシアの手に返ってきたのは、それからすぐのことだった。

●空の花
 水筒に入った温かな紅茶を飲みながら、時折吹く風に身を任せる。眩しい程に青い空。降り注ぐ優しい光は、体をぽかぽか、と温めてくれる。心地よい時の流れを感じながら、シバとアリシアはまったりと空を見上げていた。
 空。
 ぽつり、とアリシアはそう言ってどこまでも続くような青を見上げた。遠くて、近くて、見上げる事が一時期は辛かった場所。
「いつも雨が降っているようで悲しい事ばかり思いだしてたから」
 頷きを返すわけでなく、ただ傍らに居るシバをそっと見上げ、アリシアは「今は……」と口を開いた。
「シバのお陰かなぁ。ちゃんと晴れた空を見上げる事が出来るようになった気がする」
 気持ちも揺らぐ事が少なくなって……落ち着いた。
 そう言って見れば、きらきらと、日の光に燦めくシバの髪が見える。柔らかくて、優しい手。彼の手に引かれるまま、歩いた道を思い出す。もふもふの、その手の温かさに安心を覚えて、気持ちは穏やかな侭で居られた。
 シバ。
 そう口の中で彼の名前を呼んだ。日の光に、ほんの一瞬、眩しそうに目を細めた彼がふ、と思いだしたようにごそごそ、と何かを探し始めた。
「どうしたの?」
「花を探そうと思ってな」
 空に近いこの場所に咲く、青い花。エンジェル達に空の花と呼ばれるその花は、白い花の咲く丘にひっそりと、咲いているのだという。私も手伝うよ、とそう言ってくれたアリシアに礼を一ついって、2人で探し出す。さくさく、と頂上を歩いていけば、心地よい風が頬を撫でた。上に、下に、辺りを見渡せば一歩、踏み出した足のすぐ傍にひっそりと咲く花を見つけて、シバは膝を折った。
 それは、小さな青い花だった。星のような花弁で、けれどしっかりと咲く。あの日、見渡す限りの空を望んだ時と同じ、とても優しい気持ちがシバの胸に溢れた。
 空の花ーー空と同じ、あお。
 それは彼女の瞳と同じ、いろ。
 さぁっと、風が吹いた。一際強いそれに髪を押さえ、見つかったかと聞く彼女に今だけは曖昧な返事をして、シバは立ち上がった。風は、流れた時間を教えるかのように肌を撫でる。遠からず、夕刻が訪れるだろう。シバはそう思い、アリシアの手をそっと取った。約束の木へと、向かう為に

●果てなき空を貴方と
 冷えないだろうかと、少し思いながらシバは彼女の手を引きながら歩いていく。気がつけば、うっすらと降りた闇が月明かりと共に世界を彩っていた。よく晴れていた空は、夕焼けの灯を残し、ゆっくりと消えていく。空に耀く一番星を目指すように歩いていけば、深い藍色の空にぼう、と光るような白い花が見える。
 約束の木には、季節にかかわらず白い花が咲いている。
 その話を思い出しながらシバはそっと、アリシアを見た。彼女と一緒に、歩調をあわせたままあの木を目指す。ポケットの中、ハートの木の実も今は静かに見守ってくれていた。

 辿り着けたね。そう言って、アリシアは一番星の下、今はひっそりとある大樹を見上げた。さわさわと、夜へと変わる時間の風に揺れ、木に咲いた花びらが揺れる。シバはそんなアリシアを見ながら、懐からこっそりとある物をとりだした。それはあの時摘んで、大切にしまっておいた青い花。きょとんとする彼女を前に、その花で指輪をつくり、シバはアリシアの指に嵌めた。少し驚いたように、アリシアの視線が向く。見上げてくる彼女の視線にーーそのまま何も言わずに、今は言葉を待ってくれる彼女にシバは言った。
「自分は、アリスさんが好きだ。どうか、ずっと一緒にいてくれないか」
 一緒に暮らして、よぼよぼになるまで長生きをして。
 彼女とそんな時を歩んでいけたら、きっと優しく幸せだろうーーそう思った。
 今は、まっすぐに見える飴色の瞳を、じっとアリシアは見た。そしてそぅっと口を開く。言葉を、大切に紡ぐように。
「シバはさ、ほんわり包んでくれてる感じなの。柔らかく包んで大切にされてる気持ちになる」
 例えば握ってくれた手だったり、この青い花の指輪だったり。
「穏やかな気持ちで居られるの」
 そう言って、アリシアはすぅ、と息を吸った。夜の丘に、風は吹かない。木々のざわめき1つ無いその場所で、声はしっかりと響く。
「私もシバの事が好き。私もねシバの傍にいたい」
 ずっと一緒に居て欲しい。ずっと一緒に時を重ねてこれからの道を一緒に歩んで欲しい。
「優しい時間一緒に紡いでいこうね」
 それが、アリシアからの答えであり、応え。ゆっくりと降りてきた闇の帳は、互いの表情だけをしっかりと残して周りの景色を、舞う花びらに染めてゆく。飴色の瞳が浮かべた色も、その奥に映り込んだ深みを孕む海色の瞳が浮かべた色も、互いにだけひっそりと届いた。
 その時、シバのポケットの中、ハートの木の実がよかったじゃねぇか、と言ったかどうかは分からない。けれどただ1つ、祝福をするかのように、舞い降りた花びらがアリシアの頬を撫で、シバの手に触れた。優しい香りと共に、紡いだ告白はこれから先を共に生きる、大切な相手へと。


マスター:秋月諒 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:2人
作成日:2009/12/25
得票数:恋愛2  ほのぼの3 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。