<リプレイ>
白というよりも真っ白。 そんな雲が、内から沸き上がる爆発的な力を込め、頭と腕を天高く突き出している。 夏のとある日のことだった。 すでに陽は高く昇っている。 週末になると西の森からやってくる五人の子どもたち、今日も彼らが持参したハーブは売りきれたようだ。 ということは、彼らが森にあるという秘密の住み家へと戻る時刻である。 子どもたちの身を案じた依頼人のスタックフィールド氏の意を汲んで、今回の依頼に参加した冒険者たちは、それぞれが自分の役割を果たすべく、真夏の日差しの元で吹き出す汗を拭いながら、行動を開始していた。 薄手で軽い素材で作られた物と思われる、見た目にも涼しそうな舞踏服に身を包んだ女性が、赤茶の髪を頭の上で一つに縛った少年に声をかけている。 「あ、トトさん、また一緒ですね。よろしくお願いします」 「おっ! ラジスラヴァ、よろしくなっ」 にこりっと微笑んだ女性は、想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)、彼女に応えた少年は、侍魂・トト(a09356)である。 町の通りでは、森のアンデッドが出没する箇所やその頻度について、紫水晶の翼を持ちし癒し手・ニーナ(a01794)が情報を集めていた。闇雲に捜すより傾向を掴んでおいた方がより効率的でしょうから――というのが彼女の弁である。 行動を共にしているのは、鮮やかな青の前髪が目に入らぬよう、鉢金で額を覆う忍びの者……閃烈の疾風・ワスプ(a08884)だ。 彼らが歩いているのは、少年たちがハーブを売りにやってくる町、依頼人のスタックフィールドがガラス工房を営む地ではない。アンデッドが目撃されたという森を隔てた隣町である。 ニーナは隣町へと赴く前に、年少の冒険者たちから忠告を頼まれ、子どもたちのことは子どもたちに任せておこうと思いながらも、あることを話していた。 「あなた方の思うまま、信じるままにやってごらんなさい。そして言葉ではなく心で語ってください。みんならきっと出来ますよ」 子どもたちにしか見えないことがきっとあるはず。ニーナは、わたしには見えなくなってしまったのかしら、とちょっぴり寂しく思いながらも、小さな仲間と森の五人のことを心から信じているのだった。 ワスプは、森の子どもたちを追跡する仲間に向かって、一言だけ危惧といっては大袈裟となるような言葉をかけていた。 「……どうもハリイって少年は頭が切れそうだぜ」 ニーナとワスプが隣町から森へ入ろうとしている頃、スタックフィールドの町では、ペーペースー・ウルリーカ(a10302)が、これから森の少年たちを追いかける仲間に対して、奇しくも先にワスプが口にしていた言葉とほぼ同じものを口にしていた。 「子どもたちが大人を倦厭する理由……話から推察すると、恐らく鍵を握るのは一番上のハリイという少年だろう」 彼女の言葉に返答したのは、空に浮かぶ雲と同じ、真っ白な衣服に身を包んだ少年の冒険者だった。 翠緑無垢・レジス(a09204)は、少しすりむいてしまった膝を擦りながら言った。 「子供さん達……どうして彼らだけで暮らしているんだろう? 両親や、周りの人達はどうしたんだろう?」 「理由さえ判明すれば、対処出来ない事はないようだが……」 少し曇っていたレジスの笑顔だったが、すぐに澄んだように晴れ上がる。 「なんだか、自分と重なってしまう気がする……でも……彼らの為に、少しでも役に立てたらいいなって、思うんだっ」 向こうから、ウルリーカとレジスを呼ぶ声がする。 町の出入り口、ここから伸びる径を西へ行けば、子どもたちが暮らす森がある。5人は、先ほど町から出た。 分かれ道、行き先を示す二つの相反する方角を向いた木製の矢印にもたれかかって、暁の傭兵・ラギシエル(a01191)がなおざりに片手を上げている。彼の足下には、カンテラやテントなど、野営に備えた品々が手際よく一つにまとめられて置かれてある。 その荷物に腰掛けて、元気いっぱいに両手を振っては、仲間たちに出発を知らせている少年の姿……。 鋼のエトワール・ディオイカ(a00035)は大きくはっきりと言った。 「ウルリーカ〜っ、レジスゥ〜っ、そろそろ出発するのだーー」 ディオイカもレジスも、すでに町での情報収集を終えている。今までに見かけた子どもの数はすべてで5人であること、彼らはハリイをのぞいてとても元気そうであることなどだ。ハリイのことについてディオイカとレジスは、急に痩せ始めていて心配だと言うスタックフィールドから、何か口にするよう優しく言ってやってくれと頼まれている。 森へと帰る五人の子どもたち、彼らの姿を見失うこともできないが、追跡者として勘付かれることも今回の以来の目的からして避けなくてはならない。 相手は足の遅い子どもとはいえ、その気まぐれな行動は予測がつかないともいえる。慎重に尾行する必要があるだろう。 子ども班にレジスが合流すると、ウルリーカは森を徘徊するアンデッドを探しに、一足先に姿を消した。 ディオイカが言った。 「子どもたちだけで生活してるなんてすごいのだ。でも危険な森の中での生活は危険なのだ。気にかけてくれる大人もいるのに、頑なに拒否してるという事は、大人に対して何かあったのかな? ……特に年長さんのハリイ……。きっと彼に何か思うところがあって、それで他の子たちにも大人に近づけさせないようにしてると思うんだ」 うんうんと首肯いてレジスが応じる。 「やっぱり君もハリイが気になるのか。ウルリーカもそんなことを言ってたよ」 少年二人の会話に、ラギシエルがクールな言い様で口を挟んだ。 「おら、おしゃべりはそこらへんにしときな。森へ入るぜ」 ラギシエルはディオイカが腰掛けたままの荷物を、少年をそのまますくい上げるように持ち上げて肩にかけた。傾斜した細長い荷物を滑り降りて、ディオイカは見事に地に立ち、レジスと笑顔を交換した。 追跡者たちが自分たちの後をぴったりと追っていることも知らずに、森の子どもたちは径を賑やかに歩いていた。 夏の草がにおい立つ、そんな色も香りも鮮やかな径である。 小さな川を越える際に、メリッサという少女が水面に麻のハンカチを浸すと、冷たい水を含んだそのままで、いちばん背の高い少年の元へと駆け寄った。そして、その場で水を搾ると、何か一言彼に告げ、腰をかがめた少年の額にハンカチを広げた。 5人の子どもたち、そのリーダーと思われる少年ハリイは、スタックフィールドが気をもんでいたように、確かに痩せていた。元から痩せているのであれば、14の年齢であればおかしくはないシルエットかもしれない。しかし、数カ月前まではもう少し身体に肉が付いていたとガラス職人は言った。 メリッサのハンカチを額に当てながら、弱々しく微笑んだハリイは、小さな子どもたちが小川に入るのを見つめながら、木陰にゆっくりと腰を下ろした。 そこへ、径を西の方角から歩いてくる者の姿が。 誰かが来たという言葉に、ハリイの閉じられていた目がきっと開かれる。 すらりと伸びた長身に、銀の髪を垂らした、華麗な容姿の男性が近寄ってくる。優しく穏やかな声で、命守る者・エルフォン(a01352)は言った。 「こんにちは。冒険者のエルフォンと言う者です。アンデッド退治に来てるんですよ」 立ち上がってハリイが言う。 「この辺りでは見てない。隣町だ、もっと西だよ」 「へぇ、そうなんですか。あなたたちは、ここで何をしてるんですか?」 「小川で遊んでるんだよ、これから町に帰る」 「へぇ、そうなんですか。じゃあ、気をつけて帰ってくださいね」 ふんわりとした風と優しい微笑を残して、エルフォンは去っていった。 最も幼いと思われるヒトの少女と狐ストライダーの少年が手を振って彼を見送っている。 「そろそろ、家へ帰ろうか」 ハリイが言うと、メリッサが彼の腕を取りながら言った。 「疲れた顔をしてるよハリイ……」 「うん、ちょっとね、疲れたんだ……寝不足だね」 再び径を西へと進み始めた子どもたちを、彼らの進行方向にある木陰から見つめる者の姿がある。灰の髪に兎の尾……ラギシエルだ。 5人の足が残すわずかな形跡を頼りに、彼はすでに秘密の家の所在を確認している。今、子どもたちの側にいるのは、彼らを見張っているのではない。アンデッドと鉢合わせるようなことがあってはと心配して道を戻ったのだ。 日が暮れて、森の奥に小さな赤い火が灯る。 子どもたちの家からは、仄かで優しい光が森の闇へと漏れ出し、賑やかな笑い声が静寂にわずかな温かみを添えていた。 その戸口へ、小さな四つの影が並ぶ。 うちの一人、緑の髪にちいさなひまわりをちりばめた少女が、ドアに備えられた木を削りだして作られた二つのノッカーから、より地面に近いものを選び、こんこんこんと控えめな音を立てた。 家の中から話し声が止む。 そして、そっと戸が開かれた。 ハリイの顔がのぞく。 少女は……笑顔の約束・ソレイユ(a06226)は丁寧な口調で言った。 「はじめまして、わたくし、ソレイユと申します。スタックフィールドさんから依頼を受けて来た冒険者です。こちらは、仲間のトトさん、ディオイカさん、レジスさんですわ」 歩み出てレジスが言う。 「依頼でアンデッドを倒しに来たけれど、日暮れ近くになってしまったので泊めて貰えないか」 トトの瞳からの応援を送られながら、ディオイカが続いた。 「僕たち、子どもだけだけど、冒険者なんだ。実は森で道に迷って……もう暗くなったし……泊まる所もないし……もしよければ一晩泊めてください……」 ハリイは迷っていたようだが、昼間に出会ったエルフォンがアンデッドを探していたこと、そして、ディオイカのおねだりするような困ったちゃん顔に父性をくすぐられてしまったのか、生来優しいのか、黙って扉を大きく開いてくれた。 四人が中に入ると、もう四人の子どもたちが、彼らを笑顔で迎えた。 勧められた小さな椅子に腰かけながら、ソレイユが言った。 「こんなところで子供だけで暮らすなんて、寂しくありませんの?」 しかし、返答が帰ってくる前に、可愛らしい『ぐ〜』という音が。 頭をぽりぽりとかきながら、てれを隠すディオイカに、メリッサが言った。 「ごはんをこれから作るのよ。一緒に食べましょう」 ハリイも首肯いている。 食事の用意が始まった。 普段なら腕を振るうというハリイだったが、今日は疲れているからと座っているように言われて、長椅子に腰掛けると、すぅっと眠ってしまっている。 ソレイユは、ハリイが寝静まったことを確認すると、子どもたちに彼のことについて質問した。ハリイは孤児であるらしい、そして、他の子どもたちもおそらくはそうである。 ある日、ハリイは二人の赤ん坊を含む四人の子どもを載せて揺れるノソリン車の上で目を覚ました。彼は酷い傷を負っていた。大人の姿はなく、彼らだけだった。そして、動けずにいるハリイを囲むようにノソリンの進むままに任せた彼らは、今暮らしている森へと辿り着いたのだという。 そして、この『森の囲み』と名づけられている小屋で暮らしている老人と出会った。それが、もう四年も前のことである。 老人はハリイたちに言った。森で暮らせばいい、ここの恵はお前たちをずっと養ってくれる、と。 ソレイユはそれ以上聞かなかった。ハリイが目を覚ましたこともある、だが、老人の姿がないことからある事実を察したからだ。その老人とは……どれだけ望んでも、もう二度と会えないのだろう……。 調理中のレジスはメリッサと仲良く並んでいる。そこで、自分の辛い思い出と子どもたちの境遇とを重ね合わせたのか、レジスは野菜を刻みながら思わず涙をこぼしてしまった。切ってもいないのに玉葱だからと誤魔化そうとしたレジスだったが、メリッサは麻のハンカチを差し出してくれた。 「お前等詳しいなぁ。なあ、もっと色々教えてくれよ! ……身長の伸びるハーブとかないのか?」 ないよっ! と年少の男の子から言われてしまったのは、トトである。彼もすっかり馴染んだようだ。これまでの冒険歴を語ると、男の子の瞳はまあるく開いて輝いた。 「山みたいにデッカイ亀とか、普通の何倍もあるヒマワリとか、あと赤いマスクに赤いパンツを履いた変態なんかも退治して来たんだぜ!」 その夜は、とても楽しい晩餐だった。 それぞれのお皿を洗い始める子どもたちに微笑みを向けながら、ソレイユは思った。 (「ハリイさんは、あまりお召し上がりになりませんでしたね……」) 夜が更けた。 子どもたちは『森の囲み』で穏やかな寝顔を並べているところだろう。 小屋から離れた地点で、野営を行っていたウルリーカが、慣れた手付きで焚いていた火を消した。 すでに昼間、複数の敵を倒している。 残りは、闇夜に乗じて自ずからやって来ることだろう。 ほどなくして、漆黒の闇から、灰色の存在が足を引き摺るようにして歩み出てきた。 生を破壊し尽くすというその破滅的な衝動は、その朽ちた身体のいずれから溢れ出るのを止めないのだろう。 窪んだ眼窩が、冒険者たちを見据える。 逸早く動き出したワスプの攻撃が嚆矢となった。夜の森を駆けながら、木々の間に敵の姿を確認した彼は、円を描くように走り抜けると、その中央にあった敵目がけて、アビリティによって作りだされた白刃を投げつけた。身体の芯に立て続けの刃を受けて、敵はドサリと倒れた。 小杖を構えたラジスラヴァの正面から衝撃波が放たれ、小屋へと近寄ろうとしていたかに見えるアンデッドに直撃する。 さらに、ラギシエルが続いた。 「冒険者として『森の囲み』の住人を守る」 彼の手に握られた『ブラッドファイア』が……彼の胴が、三つに分かれる。残像を伴った凄まじいラギシエルの攻撃に渇いた四肢を砕かれ、敵は動くのを止めた。 『ケイン』を構えたエルフォンの正面に、光り輝く紋章が現れる。そして、煌めく光が充ちて、周囲へ雨のごとく拡散して降り注ぐ。 そこへ、ウルリーカが杖を強く振るった。彼女の周囲から無数の渦巻く針が生じ、螺旋を描くかのように敵へと迫り、突き刺さっていく。 連続する攻撃に、薙ぎ倒されていく死者の群。 小屋の戸口には、ハリイだけではなく、トト、ソレイユ、ディオイカ、レジスの姿も見えたが、死者と生者とのこの勝負は、生者の勝利によってあっさりと幕を閉じたのだった。 夜が明けた。 家のすぐ側でアンデッドとの戦いがあったことは小さな子には伏せられたが、森の危険がなくなったことは伝えられた。 『森の囲み』から去る時間となった冒険者たちは、子どもたちからまた遊びに来てほしいとのお誘いと、満面の笑顔で見送られ、またここに来るのかもしれないという思いと共に、森を後にしたのだった。

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参加者:10人
作成日:2004/08/03
得票数:冒険活劇5
ミステリ3
ほのぼの11
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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