【蹴球対決ウェンブリン】赤と白



<オープニング>


 少し汗が浮かんで髪のまとわりついてしまった額に手を伸ばし、薄明の霊査士・ベベウは大きく息を吐くと、冒険者たちの待つテーブルの、いつもの席へと身を預けた。
「ふう……外は暑いですね。
 お馴染の依頼なのですが……まだ、サンシーロさんがいらしてませんね?」
 赤い髪の冒険者が、ベベウの背後から話しかけた。
「あの丸い顔の人でしょー? さっきまでいたんだけどねー」
 背もたれに肘を載せて、振り返ったベベウに手帳を持ったまま小さく手を振るのは、時は滴り落ちる・フィオナであった。
 そこへ、ドカン、ズサァァァ、という音が響く。
 聞こえてきたのは酒場の入り口、音の主は、盛大に転倒したサンシーロ氏である。
 慌てて歩み寄ったフィオナに助け起こされ、サンシーロ氏は真っ赤な顔でベベウの差し出した水を飲み干して一息ついた。
「ヘヤァァァァァァァァ……」
 長い一息だった。
 依頼人がやって来たところで、ベベウが口を開く。
「ご紹介いたします。こちらが今回の依頼人、サンシーロ氏です」
「どうぞよろしく」
 頭を下げる依頼人。
「サンシーロさんは、赤の町と呼ばれる町の町長を務めておられます。そして、この町は伝統的な球技で近隣には名を知られているのですが……」
 何やら手帳から重要な項目を探していたフィオナが、手を上げて言った。
「ウェンブリンよね」
 口元の一端をわずかに歪める微笑を浮かべると、ベベウは少し首を横に向けただけでフィオナに応え、次に正面へ向き直ってテーブルに肘を載せた。指は彼の鼻先で絡められている。
「ええ、そうですフィオナ。また、赤の町へある町の代表と名乗る人物たちから、挑戦状が届いたのです。赤の町には、事がウェンブリンである限り、何物からの挑戦では受けなくてはならないというしきたりがあり……」
 何杯目かの水を飲み干して、次はもっと大きなグラスで欲しいと所作で伝えながら、サンシーロが口を挟んだ。
「まあ、しきたりというよりも、心意気というやつですな」
 ベベウが首肯いた。
「そう、心意気でしたね。ウェンブリンの勝者には、光り輝く金の杯が与えられるということもあって、時折、おかしな連中からの挑戦がなされることがあるのです。
 どうやら、今回もその手の挑戦者らしく、サンシーロさんのご自宅に届いた挑戦状を、先ほど僕が霊視しました」
 大きなグラスを手に、サンシーロが言う。
「相手が普通の町からやって来て、友好的にウェンブリンしたいというなら、我々とて正々堂々と勝負を受けるところですがね、相手が窃盗団やら強盗団となると、とてもじゃあないが相手になりません。私には町長として、住民を守らねばならんという使命があります。ですが、ウェンブリンの伝統に反するような、挑戦を受けずに尻尾を巻いて逃げるなんてことも、許されておらんのです」
 ベベウが続く。
「霊視の結果から、白の町の代表と自称する人間たちが、強盗団の成員たちであることがわかりました。彼らは、試合の直後、球技場内で行われる金杯の授与式で、なんらかの行動を起こすつもりでいるようです。目的はもちろん、金の杯でしょう」
 サンシーロがメモを広げながら言った。
「式典での授与式では、勝者の主将へ私から金の杯が授与されるという段取りになっております。ですから、もしも白の代表が勝つということなってしまえば、私が自らの手でやつらに金杯を授けねばならんという事態に陥ってしまうというわけなのですよ。試合後に、どんな悪事が謀られていようとも、絶対に負けるわけには行きません!」
 言葉を継ぎながら、ベベウはヒートアップしたサンシーロ氏に、自分のグラスをそっと差し出した。それは一気に飲み干され、グラスは硬い音を立ててテーブルに戻された。
「それでは、皆さんにお願いしたい、仕事の詳細についてお話いたしましょう。
 第一に、赤の町の代表となって、ウェンブリンへ参加していただくこと。
 第二に、必ず勝利すること。
 第三に、悪党たちの悪巧みから金杯を守り抜くこと。
 第四に、強盗団の構成員すべてを捕縛すること。
 以上の四点となります。
 強盗団の総数ですが、霊視に映った者だけでも、25名を越えています」
 大きく首肯きながら、サンシーロ氏がテーブルに着いているものや、その周囲に立つ冒険者たちに、メモを配っている。
「ウェンブリンの規則や、対戦相手の情報はこちらに書いてありますからな、一読した上で参加してやってくだされ。お願いいたします、お願いいたしますぞ……」
 メモを配り終えた、サンシーロ氏へ椅子を引くと、ベベウが彼に尋ねた。
「相手の布陣は、これまでに見たことないものですね。これはいったい、どのような特徴を持った布陣です?」
 人差し指を断てて首肯いたサンシーロ氏が答えた。
「ベベウ殿、いい質問ですな。この布陣を敷くチームに総じて言えることは、運動量が非常に多くて、守備的であること。そして、彼らは個々の技術には長けていなくとも、相手の技術を凌駕するだけの組織的な戦術というものを持っているものなのですなー。時には、防壁のラインが5人となって守備を固めることもありますし、時には、ただ中盤で球を回すだけで攻めようとしない、なんてこともありますからな、相手にすると非常に厄介でイライラが募るチームです。あとは……どういうことだか、マント以外にもチームで統一された覆面を着けてもいいか? という打診がありましてな。特に問題なしと見て、認めておるのですが、やっぱり怪しいですかな?」
 サンシーロ氏とベベウの間に、近づいてきたフィオナが半身を入れ、片手をテーブルに、もう片方の手でメモを掴みながら言った。
「この守護の下にある……『切札』っていうのはなんなの? これまでにはなかった役割よね」
「ああ、これですか。これは、説明にもある通り、戦いが終盤に差しかかって、疲労や怪我のためにプレーできなくなった人間と交代して出場し、チームを勝利に導くという役割でですな、とても重要なのですよ」
「ふーん、そうなの。ありがと」
 礼を言うと、フィオナは後退し、ベベウたちがいるテーブルから少し離れたカウンターの席に腰を降ろして、足を組んだ。左の股に載せられた右の爪先には、青緑の履き物がプラプラと揺られている。
 そして、何をどうして、そう決めたのかわからないが、サンシーロに向かって大きな声で言った。
「サンシーロさん、私は右の嚆矢にしますねー!」
「あーあ! がんばってくだされー!」
 室内なんだから、そんな声で話さなくてもと思いつつ、波長が合いつつあるフィオナとサンシーロ氏のやり取りに、ちょっとした危惧を抱くベベウであった。
 
 
 
※サンシーロのメモ
 
 競技場は、赤の町から少し離れたところにある、遺跡を使用する。
 それは、直径120メートルの正円である。
 地面には、芝が植えられている。
 使用する球は一つ。革製で直径25センチほど。
 腕の肩から先を使ってはいけない。
 一つの球を奪い合い、敵陣の『聖域』に到達させれば得点となる。
 競技場の中央から始められる。得点が入った場合も同じ。
 前半45分、後半45分、計90間の戦いとなる。
 90分が経過しても同点の場合は、次の一点が入るまで延々と続けられる。
 周囲は高さ5メートルの壁で囲われている。
 球が外に出たら、観客が投げ込んでくれる。
 『聖域』と呼ばれるのは、幅八8メートル、高さ2.5メートルの囲い。そこだけ、壁が凹んでいる。
 チームは11人まで。
 町の代表であることを示す、鮮やかな赤と黒の縦ライン(もしくは青と黒の縦ライン)のマントを身に着けること。
 そこには、自分の好きな1から99までの番号を入れることができる。
 相手を意図的に傷つけるための行動は禁止とする。
 卑怯な手段に出れば、観客たちから罵声を浴びせられ、退場となる。
 
 
 そして、赤の町は超攻撃的なこの布陣で挑むこととする。
 
    【主戦】
【嚆矢】    【嚆矢】
     
    【幻想】
 
【鶴翼】    【鶴翼】
 
    【舵取】
 
【防壁】【自由】【防壁】
 
    【守護】
 
 
 
 白の町の陣形はこれで間違いない。
 
   【嚆矢】【主戦】   
 
【長矛】 【幻想】 【長矛】 
 
   【舵取】【舵取】

【防壁】 【自由】 【防壁】
      
     【守護】
 
 
 
主戦  前線で孤独に体を張る
嚆矢  スピードある突破、華やかな役割
幻想  アイデアがなくて務まらない
鶴翼  チームのダイナミックな動きを支える重要な役割
舵取  チーム全体を俯瞰する視点が必要
防壁  ここが綻べばチームは勝つことができない
長矛  長い距離を走り、敵を寄せ付けず、逆に突き刺す
自由  機を見て攻め上がり、勝利に貢献する
守護  聖域を護り、後方からチームを支える強い心が必要
 
切札  後半の途中から出場を許される、攻撃的な役割
 
 
 健闘を祈る! サンシーロ
 (と必要以上に大きな文字で書かれてある)

マスター:水原曜 紹介ページ
 水原曜でーございます。
 ウェンブリンの第3回戦は、悪党に金杯を渡さないための戦いとなりました。
 成功の条件は、オープニングの文章中にある通りの四点となります。
 また、試合後のセレモニーで悪党たちが企てている計画についてですが、実際にヨーロッパのサッカーなどで、サポーターたちによって、応援するチームが優勝した瞬間などに行われている、というヒントを出しておきます。想像してみてください。
 
 それから蛇足ですが、このシナリオはあくまでウェンブリンの試合がメインとなっています。試合後の捕物は、おまけ程度としてお考えください。記述も少なくなります。
 
 今回は、『切札』というポジションが追加されています。いわゆる、スーパーサブですね。このポジションを活かすために、フィオナは右の嚆矢を買って出ているわけで……その点は察してやってくださいませ。
 
 サッカーをご存知の方は、華麗なドリブルやパスワーク、例えばマルセイユ・ルーレットや、サイドから組み立てといったプレーを指定していただいても結構です。
 
 例のごとく、味方との暑苦しい友情やら、熱い血潮がたぎっちゃってもう……的な展開を僕としては希望しております。
 怪我を負った天才少女的な悲劇のヒロインも、しつこく募集中です。
「奥さん、今日はスパーのネギが12束で100円よ!」
 的なコメントを叫んでいただいても楽しいかもしれません。
 
 プレイングには、マントに入る背番号も忘れずにお書き添えください。
 それでは、皆さんの参加をお待ちしています。

参加者
聖闘士・シシル(a00478)
蒼の紋章術士・イルイ(a01612)
座敷武道家・リューラン(a03610)
浄火の紋章術師・グレイ(a04597)
闇夜を駆ける蒼き刃・リスティア(a05300)
月翔華・マーク(a05390)
緑薔薇さま・エレナ(a06559)
星影ノ猟犬・クロエ(a07271)
夜闇を斬り裂く連星の騎士・アルビレオ(a08677)
爆炎のカルナバル・ジークリッド(a09974)
ストライカー・サルバトーレ(a10671)

NPC:時は滴り落ちる・フィオナ(a90130)



<リプレイ>

●試合前
 白亜の競技場を目の前に、一人の冒険者が佇んでいる。
 肩には棍棒らしきもの、頭には小さな帽子が乗っかり、全身は細い縦縞の走ったタイトな衣服で包まれている。
「私が見た記録では、たしか相手チームが8人以下になれば勝ちだったな……」
 どこで仕入れたのか、ウェンブリンには相当しない知識を披露しながら、ゲートをくぐったのは、藍の悠久・イルイ(a01612)であった。
 彼の背番号は55、役割は『切札』である。
 
 競技場内で、蒼き孤狼・リューラン(a03610)が練習をしている。豊かすぎることを自分でも気にしている胸が邪魔で、足下が見えにくいのだ。
「何度来ても熱いですね、この競技場は」
 高くなりつつある陽光を右手で遮り、左腕にカピターノの腕章を、背には6のグランデ・ロッソネロを閃かせて、浄火の紋章術師・グレイ(a04597)が言った。
 背番号2のマントを、ゆったりとした服の上からまとった、殺戮季節風・リスティア(a05300)の姿も見える。
 観客席を歩き、強盗団が逃げ出す経路を探索していた、星影ノ猟犬・クロエ(a07271)は大体の把握を終えて、ふと手にしていたグランデ・ロッソネロを見つめた。番号は13である。憧れの数字に思わず笑みがこぼれた。
 
 一方、赤の町では、人山が築かれている。
 中央広場にグランデ・ロッソネロを模したマントを背負う町人たちが集まり、環の中では、赤いポンポンを手にした人々がダンスを踊っているようだ。
 ひときわ目立っているのが、小さなひまわりの花が緑の髪にちりばめられた美しい容姿の持ち主……ドリアッドの舞踏家・エレナ(a06559)であった。
 今回の彼女は、代表としてではなくノリのいい赤の町の有志をまとめてウェンブリンを盛り上げるチアリーダーとしての参加である。
 華やかに伝統の戦いを彩りながらも、白の町の代表を自称する強盗団たちが怪しい行動に出ないか、観客席から監視するつもりなのだ。
 
●ウェンブリン開始!
 観客席が、真っ赤に染まっている。
 白は一角のみだ。
 赤の町から大挙してやってきた町の人たちが、我が町の代表を讚える歌を高らかに歌い上げる。
 
 ピッチでは、長身で細身の代表が、震える手付きで靴ひもを結び直している。
「俺もやっぱ緊張するんだな」
 と一言述べたのは、ヒトの翔剣士・サルバトーレ(a10671)だ。グランデ・ロッソネロには8が記されている。
 肩を組んだ円陣の中で、虚ろを奏でる戯言師・ウィンが何やらぼそぼそと言葉を繰り返している。
「奥さんスパーのネギが12束で100円……しかもタイムサービスだと15束で100円よ……よしっ!」
 ウィンが仲間たちの顔を見回す。
 首肯く仲間たち。
「行きますよ!」
 というグレイの言葉、そしてウィンが大きく口を開いた。
「奥さ……」
 ガコォォォォォン!!!
 そこへ、突然に鳴り響いたのは鐘の音。
 円陣から離れ、シュート練習を繰り返していたリスティアのボールが、ウェンブリンの開始を告げる鐘を直撃してしまったのだ。
 白の町の代表たちが、準備の整っていない赤の町の隙を突いて、攻撃を開始する。
 慌てて環から離れて散開、ポジションへと就く冒険者たち。
 そして……うな垂れている仲間に対して、クロエが伸ばした手を優しく肩に置いて言った。
「ウィンさん、それも人生だよ」
 
 
●前半
 白いマントに奇妙な覆面を着けた一団が、赤の陣地へと切れ込んでくる。
 赤の代表たちが、聖域へと迫る白の代表らを追っているとき、聖闘士・シシル(a00478)は一人、前線に残っていた。彼女の役割『主戦』に課せられた責務は点を獲ることなのだ。
 
 シュートを放とうとした相手の背後から手が伸び、球は地面に押さえつけられた。走力で優る、緋き雷鳴の旋律・マーク(a05390)がなんとか追いついたのだ。
 彼の役割は聖域を護る『守護』である。前回は『嚆矢』を務めていただけに、本人は慣れない役割に不安を抱いているようだ。
 前線へ大きく蹴りだされた球が、白い壁に跳ね返され、再び赤の陣地へと進められる。
 空いていたスペースを、『自由』のクロエが鋭い出足で埋める。しかし、彼の伸ばした足が弾いたボールを拾ったのは敵側だった。
 シュート性の強いボールが、聖域前に蹴り込まれる。敵味方の足が入り乱れる中で、球は転がり『主戦』の前へ……。白い覆面に空いた穴から鼻息が漏れる。いわゆる、ごっちゃんゴールとなるのか。
 しかし、敵の『主戦』は足下へやって来た球を蹴ることができなかった。彼が妙な踊りを見せるその間にリスティアがクリアする。
 赤いポンポンをリズミカルに上下させ、黄色い歓声をあげているチアガールたち……その中にはフールダンスを仕掛けたエレナの姿があったのである。
 
「引いて守る相手をどう崩すか……今回の試合の課題ですね」
 中盤の底で球を受けたグレイが左右へボールを散らしていく。
 『鶴翼』の16番、輝煌弓・ジークリッド(a09974)が左サイドでボールを受けた。金の髪を揺らしながら、細身の身体がするすると敵陣を切り裂いていく。
 しかし、相手はすべてが自陣へと引いて数の上で優位に立ち、赤の代表たちに向かって悪辣なプレーを繰り返すと、ボールを奪ってしまった。
 そして、怒濤のごとき逆襲が始まる。
 45分の前後半、計90分の長い戦いとなるウェンブリンにおいて、白の代表たちが見せる動きは、体力の消耗を度外視するものであった。
 無謀に思える作戦だが……。
 球が赤の聖域に向かって蹴り込まれる。
 密集の中から放たれたシュートを、マークがなんとか弾くと、さらにリスティアが身体を寄せて敵を吹き飛ばした。
 
 ジークリッドが前線へパスを出す。
 足の裏でボールを留める背番号10……。
「さぁ、極上のファンタジーアを見せてやる」
 連星の翼・アルビレオ(a08677)が単騎で中央を駆けていく。
 彼の役割は『幻想』である。
 背後から繰り出された危険なタックルを、まるで背に目がついているかのように交わすと、アルビレオは宙に浮いたまま鋭いパスを左サイドへ送った。
 信じがたいプレーに、観客たちから悲鳴にも似た歓声が上がった。
 スルーパスを受けたのは、左の『嚆矢』、27番のロッソネロをまとったリューランだ。
 小柄ながらも当たり負けせず、逆に相手のバランスを崩させてしまうのは、彼女が船の上で育ち、卓越したバランス感覚を持つからだろう。けっして倒れないのだ。
 右サイドを『鶴翼』サルバトーレが駆け上がる。
 彼のタッチは非常に繊細だった。そして、左右の足がボールの上を旋回して相手を惑わせると、敵陣の奥深くで彼は右足でセンタリングをあげると見せかけ、中央へと切れ込んだ。
「へへっ、俺のがちょっと巧すぎたなっ」
 
 サルバトーレのシュートが惜しくも聖域の枠を捉えたころ、イルイはピンストライプのユニフォームから地味で目立たぬ物へと着替えを済ませ、観客席の最上段から不審な客がいないかチェックしていた。多数の明らかに怪しい者がいる……。
 
 白の代表たちが見せた逆襲はあまりにも鮮やかだった。
 彼らはこの時をじっと待っていたのだ。
 赤の陣営を白い波が駆け上がっていく。
 カウンターアタックだ。
 鋭い反応からマークが飛びだしたが、ボールは相手の乱暴なプレーで作りだされていたギャップに当たり、わずかに軌道を変えた。
 伸ばした指先がわずかに触れたが、球は相手の『嚆矢』が伸ばした爪先に当たり……静かに転がって聖域内へと納まってしまった。
 
 鐘が鳴る。
 前半の終了だ。
 0対1、白がリードしている。
 
 
●後半
「君のために勝つから、勝ったら君の部屋で二人っきりで……」
 観客席で見つけた可愛い子にサルバトーレが声をかけていると、後半の開始を告げる鐘が鳴った。
 アルビレオが、ヒールでボールを左サイドへ流すと、そこへ、長い助走を小刻みのステップでとるリスティアが近寄り……強烈なシュートを放つ。
 無回転の球が相手の聖域を襲うが、ぎりぎりのところで逸れてしまった。
 
 精力的に動き回る白の陣営たち。
 それを見た赤の代表たちは、気づき始めていた。
 相手は疲れていない。覆面を着けて顔を隠し、選手を丸ごと入れ替えているのだ。
 ボールをカットしようと懸命に走り回っていた、時は滴り落ちる・フィオナが二人に挟まれて、その後、うずくまる。
 こぼれたボールを、グレイが観客席へ蹴り込んだ。
「靴を脱いで、足を見せてください」
 フィオナの白い肌に血が滲んでいく。
 眉を顰めるグレイが顔をあげると、白の代表が足の裏を見せた。そこには、鉄の鋲が並んでいた。
 グレイはフィオナの肩を抱きかかえながら言った。
「後は任せて、休んでいてください」
「ごめんねー、よろしく」
 弱々しくイルイと手を合わせると、フィオナは観客席に座り込んだ。
 声援を背に浴び、『切札』は揚々とピッチ内へ駆けていった。
 
 観客席から投げ込まれたボールは、白の陣営が保持した。
 一点のリードを守りきるつもりなのだ。
 そこへ、赤い影が飛び出し、球の奪取した。
 クロエがアルビレオにパスを出す。
「お前たちにオレが止められるか?」
 スピードに乗ったドリブルで、二人、三人と交わしていくアルビレオ。
 そして、絶妙のタイミングから地を這うようなパスが『防壁』の間を抜けていく。
 それほど早いスピードのパスではなかった、しかし、反応できたのはシシルだけだった。
 ボールを受けた彼女は、キシュディムで教わったフェイントを見せる。
 正確なシュートが聖域の右隅に決まった。
 
 赤の聖域前、同点に追いつかれた白の陣営が攻めに転じていた。
 高いボールが入るが、リスティアの身体が躍動する。
 相手の身体を怖れもせずに、彼はヘディングでボールをクリアした。相手へ頭突きを見舞うことも忘れていない。
 シュートコースを塞いたクロエからパスを受けた『舵取』は、白の陣地の奥深く、左のスペースへと球をフィードした。
 胸でボールをトラップしたリューランは、立ち塞がる『防壁』を睨みつける。小柄な少女の気迫にたじろぐ大の男、その隙を彼女は逃さなかった。低い姿勢から真っ直ぐに相手へと突進する。
 相手の視線からボールが消える。再び現れたのはリューランの頭の後ろからだった。踵で球を蹴り上げ、自分と相手の頭上を越えさせたのだ。
 ボールと合流すると、リューランは鋭いシュートを放った。
 それは、あっさりと聖域の左上部へ突き刺さった。
 
 逆転を許した白の町が猛攻を見せる。
 しかし、それをマークが完全に阻んだ。
 完全なフリーで放たれたシュートに、華奢なマークの身体が飛びつく。
「相手のタイミング……俺ならわかるはず!」
 マークの『嚆矢』としてのプレーが生きた瞬間だった。
 伸ばした指先が、球を枠外へと弾く。
 しかし、さらに詰めていた相手がシュートを放つ。
 無人の聖域内へ、球は飛び込む……かのように見えた。
 だが、地に伏せていたマークの身体が跳ね起き、聖域の壁面を両足で蹴ると、背面跳びで拳を突き出す!
 球は枠の角に当たり、運動量を活かして守備に戻っていたジークリッドが前線へクリアした。
 マークのミラクルセーブに、観客たちから感謝の拍手が贈られ、照れ臭そうにマークは逆立っていた狐の尾を撫で付けた。
 
 ボールはグレイに渡った。
「閂をこじ開けるのは一瞬の閃き。それを演出してみせます!」
 相手の誰もが彼の正確なフィードを予想していたところへ、彼の身体がしなやかに回転する。敵を交わしたグレイは、右サイドで手をあげていたイルイにパスを通した。
 ボールを受けたイルイは、相手を吹き飛ばしながら真っ直ぐに白の聖域に向かって突進していく。
 そして、最後の一人を目前にした瞬間、彼はピタリと突破を止めた。そして、球を左右させると……周囲に蝶を漂わせ、まるで時が止った中を一人で歩くようにゆっくりと球を進めた。
 さらに、彼の目前から、光り輝く銀の狼が出現する。それは、凄まじい勢いで白の聖域の右隅へと疾走した。
「ひぃぃぃっ」
 白の『守護』が頭を抱えているところへ、イルイは右足の内側で球を転がした。
 ボールは『守護』の股間を抜けて、聖域内に達した。
 
 赤の陣営は攻めの手を緩めなかった。
 パスを受けた逆サイドのジークリッドが、貫く矢のような鋭さで、相手の守備陣を突き崩していく。
 そして、顔を上げた彼は、前線の仲間と敵の位置を瞬時に確認、鋭く研ぎ澄まされた集中力で、クロスの軌道を想像した。
 鋭く右へ傾斜しながら、ボールが聖域と『守護』のちょうど中間点へとスライドしていく。
 シシルがジャンプするが、打点が低く届かない。着地した彼女は足首を押さえている。
 しかし、シシルの向こう側に飛び込む影がある。
 それは……なんとマークだった。
 空を滑空するように伸ばした右足がボールを捉え、聖域に突き刺さった。
 
 5点目は、まさに豪快と呼ぶに相応しい得点だった。
「このチャンス! モノにしなかったら男じゃなくってよぅぅぅぅ!」
 相手の守備陣が投げやりに回すボールを、なぜか死の物狂いの顔で奪取したサルバトーレが、身体を倒しながらもクロスを入れる。彼の身体は競技場の壁面に激突したが、鼻を抑えながら彼は親指を突き立てた。
 ボールに追いついたのはアルビレオとシシル。
『いっけぇぇぇ!!!』
 声を合わせた二人のシュートは、『守護』の顔面すれすれを通過して聖域に突き刺さった。
 
 
●金杯の授与式
 5−1、歴史的な勝利を収めた赤の代表たちに、観客たちから割れんばかりの歓声が降り注ぐ。
 ピッチの中央には、冒険者たちが並んでいる。
 そこへ、金杯を掲げ、満面の笑みを浮かべるサンシーロが歩み寄った。
 彼の後ろには、踊るチアガールの姿がある。
 歓声が止み、サンシーロから金杯が主将のグレイへ手渡されると、大きな拍手と喜びの声が上がった。
 そこへ、場違いな男が乱入してきた。
 体形に見覚えがある、後半になってから出場した『守護』の男だ。
 彼はにたにたと笑いながら中央へと近寄ってくる、そして、背後の観客席へ向かって、大きく右手を振った。
 さあ来い、と言わんばかりの動きである。
 だが、何も起きなかった。
 ブーイングの中、強盗が振り返ると、観客席には眠りこける人相の悪い男たち、そしてにこやかにポンポンを振るエレナの姿が……。
 授与式の際に乱入するという計画を察知していたエレナによって、強盗団たちは眠らされていたのである。
 慌てて逃げようとする男を、ジークリッドのハイキックが捉えると、怒号は再び歓声へと変わった。
 誇らしげな笑顔を浮かべながら、金杯を代わる代わる掲げていく冒険者たち。
 彼らに向けられた歓声は、なかなか鳴り止むことはなかった。
 
 祝賀会が催されたその夜、町の灯は早朝まで灯り続けていたという。


マスター:水原曜 紹介ページ
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冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
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作成日:2004/08/06
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