【エメルダの気まぐれ】ダンスとティアラ



<オープニング>


 エメルダは両腕を軽く挙げ、いかにもうんざりした様子で立っていた。
 その傍らにひざまずく人々が、レースを止めているピンを刺し直し、フリルを寄せ、ドレスの最終確認をしている姿にも、全く目をやらず。
「エメルダ様、これでいかがでしょう」
 意気揚々と持ってこられた鏡を目の前に立てかけられても、エメルダの不機嫌に変化はなかった。
「何だっていいわ。ここから解放してくれるなら」
 感動もなく言い放ち、お針子たちをがっかりさせる。
「大体、どうしてダンスパーティのたびにドレスを作らされるの? パーティに来る人の何人が、私のドレスを憶えているというのかしら。そんなもののために」
 無駄だわ。
 そう言ってエメルダは、豪奢なドレスの肩をすくめた。
 だが、いかにお嬢様の機嫌が悪くとも、お針子も侍女も自分の仕事をしないわけにはいかない。
 むっつりしているエメルダを刺激しないように、ドレスの手直しや、アクセサリーあわせを、無言の素早さでしてゆく。
 が、不意にエメルダの手が乗せられたティアラをひったくった。
「あ‥‥」
 ばつの悪そうな侍女には構わず、エメルダはティアラに目を近づける。
「‥‥偽物? どうして」
 怪訝そうに眉を寄せるエメルダに、侍女はおろおろしながらひた謝る。
「申し訳ありませんっ。ですがこれには理由が‥‥」
 エメルダの機嫌を窺いながら、侍女が説明した話によると。
 最近、この当たりに盗賊団が出没するようになった。多人数で乗り込み、家々の金品を奪ってゆく。好んで人をあやめることはしないが、力押しでの盗みの為、それに巻き込まれた死傷者も出ている。
「パーティに高価なアクセサリーが出るとなれば、盗賊に狙われます。ですから、今回のパーティに出席する人は、すべて偽物を身につけるようにと、旦那様が指示されたのです」
「何か変だと思ったら、そういうことだったのね」
 エメルダは呟き、少しの間口を閉ざし、そして。
「偽物を身につけるなんて真っ平よ。エメラルドのティアラを出してちょうだい。私はそれをつけない限り、ダンスパーティになんか出ないわ」
 はっきりと言い切った。
「エメルダ様、そんなことをしたら盗賊が‥‥」
 泣きそうな侍女に、エメルダはつんと顎をそびやかす。
「だったら冒険者の人に頼めばいいでしょう。せいぜい派手に酒場に貼りだしてちょうだい。ちゃんと、『本物の』ティアラを守る、ってこと書いておくのよ」


 酒場のテーブルで、リゼルは盗賊の落としていった矢を握り、その情報に心を澄ませる。
「盗賊団の人数は50人ですが、1つの仕事に関わるのはその半分位。室内での盗みは、あまり人数が多すぎても動きにくいからでしょうね。おそらく、今度も人数はそれくらいになるでしょう」
 となるとおよそ25人。といっても、今回の依頼の目的は『エメルダのティアラを守ること』なので、盗賊をすべて倒す必要はない。
「これは依頼として、ではなく私からのお願いですけど、できれば、殺すのではなく捕まえてもらえると嬉しいです。更生‥‥してくれるような人なのかは判らないけど、チャンスは与えてあげたいですから」
 リゼルはそう言って、矢から手を放した。
「この矢から判るのは人数だけですね。お役に立てなくてごめんなさい。依頼、気を付けて行ってきてくださいね。きっと相手も、冒険者が守りに来ることは予想しているでしょうから」
 苦笑するリゼルの視線の先に、派手な張り紙。
『本物のエメラルドのティアラを守ってくださる方募集』
 エメルダの指示なのか『本物』の文字はぐるぐると鮮やかな赤で何重にも囲まれていた。

マスターからのコメントを見る

参加者
蒼穹の騎士・ショーン(a00097)
九天玄女・アゼル(a00436)
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
朱弦月の紡師・オラトリオ(a00719)
蒼輝の珠玉・クウォーツ(a00767)
天魁星・シェン(a00974)
空華の現・ジュリアス(a01333)
自然と昼寝愛好家・ファンバス(a01913)


<リプレイ>

●エメラルドのティアラお嬢様添え
 ダンスパーティが始まろうとしている屋敷内には浮き立つような空気が流れている。
 会場付近を見回ってきたエルフの重騎士・アゼル(a00436)は、不意にぎょっとしたように足を止めた。
「……何の真似だ?」
「俺の方が聞きてぇよ」
 武術家・シェン(a00974)は深い茶の膝丈まである上着を引っ張って見せた。
 艶のある上着、しみ1つない白いシャツの襟元には豪奢な飾り、足下は黒ブーツ。そして髪に編み込まれたリボン……。
 いつもの稽古着でパーティに出ると言ったら、いきなり捕まってこんな格好に着替えさせられてしまった。その手際は、さすが、いつもエメルダを宥めつつ素速くドレスを着せる技を磨いている使用人たちだけある、という処だろうか。センスの方もなかなかで、シェンは否定するだろうが、その衣装は彼によく似合っていた。
「ご苦労なことだ」
 では私は会場の見回りに、と離れようとしたアゼルの腕を、シェンがにやりと笑って掴み……それっ、とばかりに更衣室に叩き込み。
「俺ばっか、こんな格好させられててたまるかよ」
 ……しばらくの後、更衣室からは紫紺のドレスを着せられたアゼルがぽいと吐き出され。
「シェン……後で憶えているがいい」
 レディの装いと裏腹な言葉を呟いて、アゼルは会場警備を始めるのだった。

 深い緑のドレスに金のレース。贅を凝らしたドレスを着たエメルダは、いかにもお嬢様然として椅子に座っていた。髪を飾るエメラルドのティアラは、会場内の灯りを宿してきらめいている。
「馬鹿だろお前」
 開口一番、シェンはエメルダに言う。
「手前の親父が客に偽物つけろてぇ言ってんのに、娘のお前が本物つけてることを吹聴して回ってどうすんだよ。親父の立場がねーだろが」
 ぴんっ、と額を弾くシェンの手を、エメルダは払いのけた。
「そう言っていただけて嬉しいですわ。出来れば盗賊もそう思ってくだされば良いのですけれど」
 可愛くない態度で言い返すエメルダに、朱月を導く白銀の楽師・オラトリオ(a00719)は微笑を向ける。
 お嬢様は我侭言えるうちが花。そう言ってしまえるオラトリオにとっては、これくらいの態度は何ほどのものでもない。
「エメルダさん、申し訳ありませんが、護衛中は壁の華でいていただけますか?」
 あまり動き回られると警備の隙が出来るからとオラトリオが説明すると、エメルダは案外素直に頷いた。
「心がけます。ですが、完全に壁の華でいるのは無理ですわ。面倒なことですけれど、この家もしがらみにがんじがらめですもの」
 エメルダはきらびやかに飾られた会場に目をやり、うんざりしたように肩を竦めた。
「出来れば囮になるのはやめて欲しい処だけれど……」
 ヒトの吟遊詩人・ジュリアス(a01333)は何を言っても引きそうにないエメルダの様子を見て苦笑する。
「ティアラごと守るしかなさそうだね」
 今回の依頼で守るのは、エメラルドのティアラお嬢様添え。どちらがより厄介なのかは……言うまでもないことだった。

●パーティの始まり
 パーティが始まる時間になると、次々に客が入ってきた。
 客の中には、ヒトの翔剣士・ショーン(a00097)、六芒星を統べし輝石の御子・クウォーツ(a00767)も紛れ込んでいる。いや、ひっそりと会場に溶け込んだショーンはともかく、クウォーツの方は、紛れ込むはずだったというのが正しいだろうか。
「こんなことになるんじゃないかとは思ってましたけれどね……」
 オラトリオは竪琴を手にクウォーツを眺める。
 豪商の家に育っただけに、クウォーツの正装した姿は少年紳士の人形のようであり……それが奥様方に大受けに受けてしまった結果、紛れ込むどころかもみくちゃにされてやたら目立ってしまっていた。
 入り口近くでは、物々しい装備の竜の呪戒者・リョウ(a00015)が行ったり来たり。盗賊を退治するため、というよりは、手薄な方に盗賊が来るのを防ぐための案山子としての役割だ。
 空色の征蓬・ファンバス(a01913)は、エメルダの給仕をしながら会場に目を配る。料理人の格好はしているが、もちろん見ているのは料理ではなく、会場に集う人々の様子だ。
 会場の人々の視線はちらちらとエメルダのティアラに向けられている。最近の盗賊騒ぎと、本物のティアラの噂がそうさせるのだろう。
 パーティの開始を告げる余興として、薄物を身に纏ったヒトの吟遊詩人・ラジスラヴァ(a00451)が、最近流行の恋歌を口ずさみながら踊りを披露した。抜群のプロポーションと煽情的な踊りは、見る者……特にある一部の人々を引きつけてやまない。
 ラジスラヴァの踊りによって開始されたパーティは、表面上は和やかに進んでいった。
 エメルダは言われた通り目立たぬ壁際にいて、断り切れない相手とだけ踊っている。エメルダが踊っている間は、ジュリアスも他の女性を誘って近くでダンスするようにしていた。
 優雅に踊り終わると、ジュリアスは男性客と歓談しているラジスラヴァの元に行き、そっと今踊ったばかりの女性を示す。
「あのオレンジのドレスの女性の手は、上流階級のものではないよ」
「念のため、眠らせておきましょうか?」
「頼めるかな。客である可能性がないわけじゃないから、穏便にね」
「はい」
 眠らせた客は手荒に扱うと起きてしまうため、そっと部屋に運び、鍵を掛けて閉じこめておく。
 ジュリアスが女性の、ラジスラヴァが男性の客に紛れている盗賊の仲間らしき者を調べ、隔離していった。

●地に落ちしもの
 パーティが中盤に差し掛かっても、まだ盗賊襲撃の気配はない。
 ショーンは会場に神経を張り巡らせ、盗賊が何を合図に襲撃してくるのか考えた。音楽か、騒ぎか、パーティの進行か。きっかけとなるのは何だろう。とりあえずは……。
「一曲お相手願えますか」
 引きつったにこやかな笑顔でショーンはエメルダに手を差し伸べた。エメルダは胡散臭げにその手を見たが、警備の一環だと思ったのだろう。その手に自分の手を重ねる。
 と、そこに。
 ガシャーン。
 窓ガラスを割って石が飛び込んできた。
 そちらに注意が向いた途端、反対側で派手にファンファーレの音が響いた。隙を見て侵入しようとした盗賊に向かって、オラトリオが放った華麗なる一撃だ。
 その音で逸れかけた注意は入り口へと引き戻される。
 ファンバスは混乱する客を誘導しつつ、エメルダを背後に庇う。クウォーツ、ショーンもエメルダの警護に。それ以外の冒険者は侵入してきた盗賊に向かった。
「怖いのか?」
 クウォーツがエンブレムシュートで盗賊を退けるのを身を縮めて眺めているエメルダの頭を、ファンバスが撫でた……途端、エメルダはさっと背筋を伸ばす。
「いいえ、全く」
 虚勢を張るエメルダに、ファンバスは哀しげな視線をあてた。
「親御さんが君の事を思って偽物をつけさせようとしたのに、わざわざ心配させて楽しいのか? 心配してくれる人がいる有り難さが解らないのか?」
「……だからこそ、ですわ」
 エメルダは会場内にいる両親に目をやった。
 と、その隙を狙い、ショーンはエメルダの髪からティアラを奪った。ティアラが止めてあったピンで髪を引かれ、小さく叫ぶエメルダには構わず、ショーンは高々とティアラを掲げる。
「エメラルドは頂いた!」
 そのまま会場から走り出すショーンを、盗賊が追い、そして……ドレスをたくしあげたエメルダまでもが追う。
 その様子を見たラジスラヴァは、ショーンも含めて盗賊を眠らせようと眠りの歌を歌った。
 ショーンは眠りにとらわれ、その場にふらりと倒れた。盗賊の半数ほども眠りについたが、抵抗に成功した盗賊がティアラに手を伸ばす。
 その手を踏みつけ、エメルダはティアラを拾い上げ、廊下を走り出した。
 リョウは走っていく顔ぶれの違いにきょとんとしたが、ショーンに言われた通り、他の冒険者たちに待ち伏せの準備を頼んだ。
 盗賊に踏まれて目を覚ましたショーンは、エメルダに向かって叫ぶ。
「2階のアゼルの処へ!」
 エメルダはお嬢様とは思えない格好で、階段を駆け上がる。エメルダに手をかけようとする盗賊には、少年紳士風のクウォーツと、料理人姿のファンバスが対処する。さまざまな格好をした人々の入り乱れ。
「な……」
 2階で待機していたアゼルは、駆けてくるエメルダを見てぎょっとしたものの、すぐにティアラを受け取り、仲間が待ち伏せている場所へと走り出す。とはいえアゼルもドレスの裾を捲り上げての逃走だ。乙女の恥じらいはどこへやら。
 アゼルに引き継がれたティアラを追ってのどたばたは、冒険者の待ち伏せる会場前へと雪崩れ込んだ。
 走ってきた一団を冒険者たちが囲むのを見計らい、アゼルは振り向きざまに盗賊に蹴りをくらわせる。
「邪魔くせぇ奴らだな」
 シェンは盗賊の顔にマントをかぶせて、豪鬼投げで床にたたきつける。
「冒険者がいてむざむざとティアラを渡す訳にはいきませんからね」
 オラトリオがつま弾く竪琴からの衝撃波が、盗賊に命中する。
「面倒だな。まとめて行くぜ」
 シェンは身を低く伏せると、片足で旋回して盗賊に足払いをかけた。体勢を崩した盗賊に、皆の攻撃が降り注ぐ。
 形勢不利とみて逃げ出す盗賊は、入り口で待ちかまえていたストライダーの吟遊詩人・ハツネ(a00196)が眠りの歌で眠らせ、眠らせきれなかった盗賊は、ジュリアスが引き受け。
 ティアラを追ってきた盗賊たちは、冒険者たちによって一掃された。一部、会場に残っていた盗賊は、騒ぎに乗じ客に紛れて逃げ出したようで、捕らえることの出来た盗賊の数は丁度20。
「あとはよろしくお願いしますね」
 オラトリオはにこにこと、盗賊たちを役人に引き渡した。
 今回の依頼では、ティアラもエメルダの身も無事に守ることが出来……唯一傷ついたものといえば、エメルダの評判ぐらいか。
「それについては任せてください」
 ラジスラヴァはそう言いながら、まだ混乱が収まりきっていない会場へと入っていった。
「驚かせたお詫びに皆様に歌を捧げます」
 会場に響きだすラジスラヴァの歌に、ジュリアスとオラトリオが伴奏をつける。
「僕も手伝うよ♪」
 ハツネが歌にあわせ、いかにも楽しそうに踊り出す。
「もしよろしければ、お相手していただけませんか? お嬢様」
 見事な仕草で一礼するクウォーツだったが、エメルダはダンスどころではなく、顔を真っ赤にしてふるふると身を震わせている。
「なんですの、あの歌は!」
 ラジスラヴァが歌っているのは『ちょっと捻くれているけれど心やさしいお嬢様』の歌。我儘を言うふりをして、困っている人を助けようとするお嬢様の奮闘を歌ったその歌は、名誉回復を図ったものなのに、何故かエメルダをひどく立腹させるものらしい。
「大体、あなたがあんなことをしなければ、私の評判が汚されることもありませんでしたのに」
 エメルダに八つ当たりされたショーンだが、その文句もどこ吹く風。
「何を怒っている? エメラルドは守ってやったぞ? 他に守りたいものがあるのならば、その対象を明確にしておくのだな」
 堂々と答えると、満足げにティアラを守りきった会場を見渡すのだった。


マスター:香月深里 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:8人
作成日:2003/10/02
得票数:ほのぼの5  コメディ4 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。