【運人奪人】My Precious Thing 〜運人とブツ〜



<オープニング>


 何物にも代え難い、譲れない物であるらしい。
 簡単には手に入らないそれを。
 隣街までは徒歩で一日。休憩を挟めばもっと。
 そこに行き着くまでに、どれくらいの労力を費やしたのか、
 いつからその魅力に取り憑かれていたのか――もう覚えていない、それぐらいに。

「譲れません。絶対……やっと手に入れたんです。盗られてたまるものですかっ! それも、野盗風情にッ!!」
 熱弁する依頼人の名はスートという。控え目な丸眼鏡を鼻先に乗せた、どこか年齢不詳の青年だ。
 胸に抱えた荷物を霊査士にも触らせようとしない頑固な面もあるが、あまり気性を荒げる事には慣れていない印象で、そのまま卒倒してしまうのではないかという不安を煽られる。決して、本人がひ弱に見える訳ではないのだが。
 黯き虎魄の霊査士・イャトが片手を挙げ、鎖の音を響かせる。
「という事で……お前達には、依頼人と依頼人の荷物を無事、彼の家まで送り届けてもらいたい」
 荷物、という言葉に反応したスートはそれを冒険者達の視線から庇うように抱き締めて、半身の体勢で身構えている。
「……中身は一体何なの?」
 好奇心に駆られた烈斗酔脚の栗鼠・ヤン(a90106)が問うた。霊査士には答えようもない。
 自然、向けられる視線は依頼人の腕の中へ……
 丈夫な紙の包みは手荷物と呼ぶには少し大きいか。何となく、大きめの枕の様にヤンの目には映った。
「お教えできませんッ!!」
「なな、何でよ?」
 即答して詰め寄るスートの得も言えぬ迫力にたじろぎつつ、ヤン。
「誰にでも、中身を知られたくない物ってあるでしょう?」
「えっ、ぅあ……」
「あるでしょう!?」
「そ、そうね!」
 ヤンは依頼人の荷物から慌てて目を逸らし、愛想笑いで誤魔化した。何故か動揺しているように見えるのは気のせいだろうか。
「続けて良いか?」
 イャトの咳払いが話を元の流れに戻す。
「途中の路で、寂しい林道を通る事になる。そこには野盗が出るという噂でな。20名程の徒党を組んで人を襲う……命までは奪らないようだがめぼしい物は身ぐるみ全部剥ぎ取って行く、ふざけた格好の奴らなのだ」
 霊査で何を視たかは不明だが、イャトの口調は限りなく重い。そのまま手を組み額に当てて、向ける視線は依頼人へ。
「そして、奴らには弱点があるそうだな?」
「はい。僕も最初は半信半疑だったんですが……『溶かしバター』をぶつけて、行きはどうにかやり過ごしました」

 ……溶かしバター?

「苦手なのか好物なのかは解りませんが、何とかなりましたよ?」
 目を点にする冒険者達を前に依頼人は飄々と宣い、「どうかよろしくお願いします」と頭を垂れた。

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参加者
聖砂の銀獅子・オーエン(a00660)
狂狼・ゲイル(a01603)
星影・ルシエラ(a03407)
星影ノ猟犬・クロエ(a07271)
吼えろ・バイケン(a07496)

NPC:烈斗酔脚・ヤン(a90106)



<リプレイ>

●依頼人、錯乱
「なな、ななな、何ですかあなた方はっ!」
 鼻先の丸眼鏡を落としそうになりながら依頼人の青年・スートが、にじり寄る影達から荷物を庇う。
「ななな、何をなさるんですかっ!!」
「いや、必要なら空気穴など開けておこうと思ってだな」
 千枚通しなど手にした蒼戦狼・ゲイル(a01603)が片手をわきわき、荷物を手に納める気満々で依頼人に近づくと、依頼人は一層強固に紙袋を抱え込み――
「傷がついたらどうするんですかっ、畜生、刺すなら僕を刺せー!」
 倒錯した叫び声を上げ始める。自分から依頼しておきながら、難しい依頼人である。
「しかし、万が一落としたらもしかして傷どころじゃ済まんのじゃないか? せめて、毛布で包んでおくべきだろう」
 ゲイルの言に頷きながら、星影ノ猟犬・クロエ(a07271)が差し出す毛布と綿。
「とりあえず、その中身が割れ物かどうかだけ、確認させて欲しいな」
「…こ、壊れやすい物です。とても。…デリケートなんだ」
 答えてくれるとは思っていなかった分、独り言のようなスートのそんな言葉でも中身の知れない荷物を護るための判断材料の一つにはなる。
「大丈夫。僕たちが、荷物には傷一つつけずに運びますから」
 自身たっぷりに言うクロエを殊更胡散臭げに見つめるスート。
 さらに、スートの脇を固めるように、右側に聖砂の銀獅子・オーエン(a00660)、左側に燃えよ・バイケン(a07496)が取り付き、背後にゲイル。がっつりと冒険者に囲まれて、スートは片時も気を許せないと言った様子で、毛布に包んだ紙袋をしっかりと抱いている。
 まるで赤ん坊を抱いているかのような絵面だ。
 瞬間、クロエの脳裏に鮮明によぎったものは……
「…女の子の人形とかだったらヤだなぁ」
 ぎくり。――ぎくり?
「「「……」」」
「なな、ななな、何ですかー。なんなんですか〜!!」
 また、スートが錯乱しそうな雰囲気に、冒険者達はそ知らぬふり。
 こうなると、ますます気になる荷物の中身。
 気になる顔を隠さず浮かべて、じ〜っと見つめ、星影・ルシエラ(a03407)は、ぽん、と手を打った。
「お荷物背負うのヤなら、赤ちゃん抱っこの紐がいいかな? 抱えるんなら足元注意、だよ」
「…ありがとうございます…」
 彼女の瞳が荷物から離れず、果ては目元足元にと見つめられては居心地が悪いのかスートは口篭もるように礼を言いつつ、さすがに抱っこ紐というのも抵抗があったのか、自らの手で抱える事を譲ろうとはしなかった。

●道中、錯乱
 依頼人の四方を囲んで冒険者達が歩いているのは件の寂しい峠の道。
 吹き過ぎ行くは生温い風。時折響く、得体の知れない鳥の声。もう、半日は歩いただろうか。
 依頼人が荷物を受け取った隣街と帰る家との、ほぼ半分の距離まで来たということになる。
 順調に進んでいれば、だが。
 空はまだ明るいが、空気が曇っている……この季節特有の汗ばむ熱気と湿気を纏う風。
 そんな空気を吹飛ばすように明るい声が、道中に響いている。

「生もの?」
「……いえ」

「カッコイイ?」
「まあ、そうですね。そういう事もなきにしも、ですか」

「じゃあ、綺麗なの〜?」
「それは、もう!」

「笑う?」
「まあ、それもたまには……」

「奥さんにも秘密なの?」
「い、いませんよ。奥さんなんて」

 ルシエラの畳み掛ける問いに、スートは百面相しながら律儀に答えている。
「あっ、靴紐ー。ほどけてるよ。直してあげるねっ♪」
 かいがいしくルシエラはスートの靴紐の綻びを結び直し「えへへ」と笑う。
 そこだけ見れば微笑ましい、まさにピクニックか何かの集団なのだが。
 辺りには相変わらず人はおろか、小動物が通る気配すらもなく。
 こんな所を通っていれば、確かに野盗の格好の餌食だろう。
 それだけではない、野犬やその他のケモノの類も出ないとも限らない。こんな寂しい道だからこそ。
 注意深く辺りを警戒しながら進むバイケンの尻尾に、驚いたスートが僅かに身を避ける。
「おっ。申し訳ないでござる。……走るとき、この尻尾が安定性を生むのでござる、よ……多分」
 周囲よりもバイケンの尾を警戒する依頼人の視線に、いざ逃げる時の秘訣を口にする。
「なにかの弾みで荷物を落としてはいけないでござるっ!!」
 くわわっ。
 脅かして荷物を仲間に預けさせようとする試みは、しかし、スートを大層ビビらせるのみに留まり、彼が荷物を抱く腕を緩めることはなかった。
「まあ、良いが……もしもの時は『鍵』をかけてやるから寄越せ、な?」
 とは、ゲイルがあくまで荷物を冒険者達に触れさせない依頼人に釘を刺す言葉。
 一方。依頼人の右肩について歩くオーエンは、先頭を歩いている烈斗酔脚の栗鼠・ヤン(a90106)の背に、苦笑しながら言葉をかける。
「中身が何であれ依頼は依頼、所定の報酬が貰えれば其れで良いじゃないか。輸送する物が犯罪に関わらなければ文句はないだろ」
 彼女は依頼を受ける際に不審な反応を見せ、強制的に皆の視界に納まる場所に配置されているらしい。そして、その背は時折ぴくりぴくり、と物言いたげに見えたのだ。
「んー。そうなんだけど……そうじゃなくて」
 苦笑するヤン。はて。やはり少々不審な彼女に、隣を歩いていたクロエは首を傾げて。
「ねえ、なんであんなに焦ってたの?」
「や、いやーねぇ。クロエ君にも中身を知られて困るものってあるでしょ?」
「……ある、かなぁ」
 依頼人の受け売りでかわそうとするヤンに、クロエは考える素振り。
「俺も知りたいね。ヤンが知られて困る中身ってのは? 尻尾の中とか〜?」
 ぎゅむ。と、最後尾についていたはずのゲイルの大きな手がヤンの尻尾を掴まえた。
 全身の毛を逆立たせて悲鳴を上げるヤン。
「きゃー。きゃー!」
 えっちー! などと言われてゲイルは、がつんと仰け反り。しかし尻尾は離さずに、ポケットから対野盗溶かしバターの瓶を取り出す。
「言わないと、尻尾に溶かしバターを塗り込むぞー」
 艶々にさすぞー。
「……あー……」
 何か想像してしまったのだろうか。眉間を押さえて男性陣。ルシエラはきょん、と彼らを見回し。
(「ヤンさんが、お酒隠してるの知ってる人は多いよね?」)
 本人、あれは隠しているつもりなんだろうか。きょとんと、依頼人と2人で取り残されてみる。
「腰の水筒の中身は酒ってみんな知ってるから気にするぁっ」
「だりゃー!!!」
 ヤンの肩に手を置き放つバイケンのツッコミ風ボケは……言い切る前にボケ的ツッコミが炸裂したらしい。大きく横向きに逸れるバイケンの頸。
 その勢いのままゲイルの手を振りほどいた彼女は、宙に跳ね上げていた足を地に下ろして脱兎の如く走って行ってしまった。弾みで彼女の腰から落ちた水筒を拾い上げたオーエンに猛スピードで駆け戻って来たヤンが迫り、水筒を奪い取ってまた駆けて行く。
「……何だ。今のは」
 知られたくない中身は……本当に酒なのだろうか。謎である。
 冒険者達のやり取りを黙って眺めていたスートはぽつりと洩らした。
「あなた方……仲良いですね」

●熊サン、錯乱?――そして。
 うひょっ?!
 ヤンが走って行った方向から聞こえる奇声。
 それが彼女自身の物だと気付いた冒険者達は、急いで駆けつけ、それを見た。
 大柄の、少々現実離れしたファンシーな表情のクマが数頭、硬直するヤンを凝視している。
 内1頭が彼女の頭上のお団子をごつい毛むくじゃら(着ぐるみ)の手で触りながら……
「熊っ娘じゃー。小っこい熊っコじゃいの〜」
「んだべー、んだべ!」
 言葉を交わしている。
「でで、で、出ましたっ! ……ってあれ、皆さんっ?」
 熊達をさっくり無視してその場をやり過ごそうと歩を進めるゲイルに何となく倣う冒険者達を、おろおろと見遣る依頼人。そ知らぬふりで氏を担ぎ上げようとするバイケン。「クマさ〜ん」と小さく手を振りながらルシエラ。気にしながらも様子を伺うように、通り過ぎようとしたクロエを。
 熊達も見つめている。
「……きさーん! コラー! 無視するなっぺー! 熊っ娘、持って帰っど!!」
 熊達に背を向け遠ざかっていた冒険者達は「はーやれやれ」と肩を竦めて振り返る。
 その手には、各々用意してきた溶かしバター。
 瓶入りの液状タイプや適度に溶けて半生固形タイプのそれらが一斉に、熊めがけて投棄された。
 がしゃーん。ぱりーん。べちゃ。どろー。ぐわー。
 熊に捕らわれ、硬直したままでいたヤンをクロエが素早く駆けつけ掠めて救出。
「ダッシュ!!」
 後はもう、振り返らずに峠の道を一気に下る。後方で阿鼻叫喚。
 だがしかし、我らの任務は荷物の輸送! 問答無用逃一手! 断固無視!

 気付けば峠を抜けて、西陽の光輝く街道端。
 クロエ、オーエン、バイケンが追手の無いことを慎重に確認し、肩で息を切る依頼人とその腕の中の荷をゲイルとルシエラが気にかける。
 息を整えて我に帰るなりスートは、冒険者達がそこにいることも忘れて毛布をほどき落とし、紙袋の口を大きく開いて……そして、大きく安堵の息を吐いた。
 開いた口から中を覗き込もうと、軽く伸びをするルシエラを長身のゲイルは軽々と抱き上げ見えやすくしてやる。気付いた他の冒険者達も視線を寄せる。
「は…ッ! 見てはダメですッ!!」

「「「もー、遅ーい!」」」

 既に中身は冒険者達の視界に晒され、スートはがっくり膝をつく。
「おいおい。最後の最後で壊れちまうなんてのはナシだぞ。何のために俺達が身体張ったのか解りゃしない」
 そう言うゲイルは道中を楽しんでいたようにしか見えなかったが、まあ、そこはそれ。
 スートは慌てつつも丁寧に荷物を抱き留め、再び袋の口に封をした。
「当たらずとも遠からず、でござったな」
 ゲテモノ食材だなんてとんでもない。
 その中身を見た今、バイケンは料理を嗜む者として感心するばかり。
「さしずめ、『女の子のための』人形ってところ?」
 そしてクロエが微笑する。
「俺の予想は外れたか」
 ヤンの反応に気を取られすぎたらしい。と肩を竦めるオーエンの視線の先で、ヤンはコートの襟や腕、髪の匂いを気にしている。溶かしバターの巻き添えを食らったのだろうか。
「……今となっちゃ、隠さなきゃいけなかった理由が知りたいが」
 ゲイルのもっともな呟きに、スートは苦笑を浮かべている。中身がバレたら隠す意味もない。
「誰の目にも触れさせたくない。大切な贈り物は……自分と相手にしか、知られたくないものですから」
 すみませんでした、と浅く頭を下げるスートの手を引いて、ルシエラが道の行く手を指し示した。
「行こ。贈り物、待ってる人がいるんでしょ」
 それからねー聞いてもいい? とルシエラは付け足す。
 スートの故郷の事や、今日着てきた自慢の服の話。
 和やかに談笑しながら、最後まで護衛の務めは続く。遠い街影。目的の地まで後少し。
 長い影と共に彼らが行く、その後に微かにふわり、と微かに甘い香りが風と消える。

「にんにん依頼完了〜☆」
 依頼で赴いた先から彼らは、繊細な飴細工を土産に持ち帰って来た。
 上機嫌のルシエラから報告を受けたイャトは目を細め、軽く吐息して言う。
「ふむ。今回の仕事はお前達には、少々簡単すぎたか……?」
 荷物の中身が何であったのかは結局、同行した彼らの胸の内だけにある。
 が、無事に彼の家に辿り着き、そして、それを待つ人の元へと贈り届けられたのだそうだ。

 ――My Precious Thing.
 今回は、『僕と君だけの特別』。あるいは、『フェイク』。


マスター:宇世真 紹介ページ
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星影・ルシエラ(a03407)  2009年12月13日 23時  通報
スートさん、好き♪ このメンバーの道中、楽しかった♪
えーっと☆ たたみかけるルシの問いは、
ー昔からだったんだなぁって、自分ながら振り返って(///)