もこもことげとげ



<オープニング>


 昔々ある所にもこもこ可愛い羊がおりました。
 ところが、その羊はある日を境に変わってしまいました。
 体長は3メートルを超し、愛らしい表情も消えてしまいました。
 なにより、もこもこだった羊の毛は、とげとげのがちがちになってしまったのです。
 ということで、冒険者の皆さんに退治していただけないかと依頼が来たのです。

 完。

「おーけーですかー?」
 おーけーでーすと、素直な返答を空耳に、霊査士は紙芝居を掲げながらニコニコと笑っていた。
「今し方お話しましたとおり、とげとげの羊を退治してください。えー、手段は問いませんが、とげとげは触ると痛いので、なるべく近付かないようにすることをお勧めします」
 酷くマイペースに話を進める霊査士。その話は、まだ続く。
「まぁ、とげとげは痛いですけど、そんな大怪我するほどのものじゃないですし、退治自体は簡単です。最近冒険者になった方の腕慣らしにはピッタリかと思いますよ」
 ばっつん飛ばしたウインクに、顔を見合わせるものもちらほら。
 それはこの依頼を受けてみようかと言う思案ゆえの行動か。
 それともこの霊査士大丈夫なのかという心配ゆえの行動か。
 間違ってもウインクにときめいたゆえの行動では、無かろうが……。

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参加者
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
灰・アル(a02570)
侍魂・トト(a09356)
魔男っ子・チシャ(a09582)
朝焼けを映す白雪・メイリン(a11124)
暁へ向かう黄昏・ライオル(a12876)
藍銀の弦月・ミクリ(a13725)
邊疎の剣士・ジュウジ(a13742)


<リプレイ>

 ひどくのどかで見るからに平和っぽい村。そこに、彼女、想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)はいた。
 霊査士が飛ばしたばっつんウインクににこっと微笑を返したがために。
 全くもって関係なさそうなのはさておいて。とげとげ羊がいるというこの村で、ラジスラヴァは聞き込みをしていたのだ。
 ズバリ、件の羊は何処だよ、と。
「ヤツなら柵を飛び越えようとして断念してたから……いまも柵の中だなぁ」
 ………。この羊、案外マヌケかもしれない。
「そうですか……どうもありがとうございました」
 それもさておき、ラジスラヴァは丁寧に礼を述べると、早速柵の方へ向かった。
 そのころには、他の冒険者らも次第に集まってきていた。
 皆それぞれに、羊を倒すのを躊躇っている様子だったのだが、そんな中で、彼、邊疎の剣士・ジュウジ(a13742)は、ちょっと違った躊躇い方をしているようだ。
(「とげとげ…痛そうだっつーのはわかっちゃいるんだが…触ってみたい衝動に…ついつい駆られちまう……」)
 可哀想は勿論思っていることだが、割合的にはこっちの方が強い気も、する。
 我慢我慢と自らに言い聞かせながら、向かっていた。
 そして。
「………羊さん、何で急に大きくなっちゃったんだろね?」
 灰色の月・アル(a02570)が見上げたそれはもはや羊とは言いがたい生き物にも見えた。
 噂どおり、まるでハリネズミのように鋭くてがちがちな毛をまとい、ぎらぎらといかつい目で冒険者たちを見下ろしている。
 ぽりぽりと頬を掻きながら、最近何故か羊関連依頼ばかり受けている侍魂・トト(a09356)はふむと唸った。
「やっぱり、何か原因があるんだろうな」
 その原因について、依頼人は心当たり無し。道すがら獣達の歌で訪ね歩いた動物達からも、何の情報も得られなかった。
 やはりここは、本人に聞くしかあるまい。
 ヒラリと柵の中に身を躍らせて、羊と正面から向き合うトト。
 倣い、他の冒険者たちが羊を囲むような陣形をとる。それを待ってから、トトは先と同じように、獣達の歌で語りかけた。
 しかし。
「……なんだか、さっきより目つきが悪くなったような気がするよぉ……」
 トトと同じ羊の正面に位置するドリアッドの紋章術士・チシャ(a09582)は、思わずときめいてしまった霊査士のばっつんウインクとは正反対のいかつい瞳を恐る恐る見上げて、呟いた。
 あの時「おーけーだよーっ」などと返してしまわなければ、こんな心苦しい場にいずに済んだかもしれないが……それは、冒険者としては仕方のないことかもしれない。
 ともかく。羊に、大人しく話しに応じる様子が無いのは明白だった。
「どうやら、感動している場合じゃないようですね……」
 見つけた瞬間、羊のその異常な大きさにちょっぴり感動を覚えていた白雲と緑風導く者・ライオル(a12876)だが、今にも襲い掛かってきそうな羊の様子を目の当たりにしては、そんな事を言っている場合でも、無い。
 冒険者らは羊を触発しないようにはしつつ、臨戦体制をとり始めた。
(「ライオル君と一緒だもん……頑張るぞ……」)
 大好きなお友達のライオルに甘えないようにと思い、とげとげでもやっぱり羊は可愛いんだと思い、そして、できるなら戦いたくないと思い。
 朝焼けを映す白雪・メイリン(a11124)は祈るような瞳で、羊を見つめる。
「できれば……ふわふわもこもこのときに、お会いしたかった……」
 伏しがちの瞳で羊を見上げ、弓を構える月夜に浮かぶ銀糸・ミクリ(a13725)。
 直後、どうやっても「めぇー」とは聞き取りがたい奇声をあげて、羊は突進した。
 すかさず影縫いの矢で拘束を図るミクリ。だが、羊は意外に敏捷だ。なかなか影を縫い止めることができない。
「ちっ……任せろ!」
 だが、他の者も各々に拘束の術を用意していたのが良かった。猛き咆哮がジュウジから迸り、羊の動きを止める。
 その脚を狙い、チシャ、ライオルはエンブレムシュートを放った。
 奇声が、なおも上げられる。
「ごめんね。じっとしててね?」
 きゅっと眉を寄せ、念のために気高き銀狼をけしかけつつ、アルもまた、エンブレムシュートで攻撃を加える。
 針山のような羊に飛び掛る銀狼が、ちょっとだけ痛そうかもしれないと思ったのは余談だ。
 とげとげに触れないように注意しつつ、その毛を刈るように太刀を振るうメイリンと、そんな彼らをサポートすべく拘束効果が切れたのを見計らって再び眠りに誘うラジスラヴァと。
 仲間たちを見つめて、トトは僅かに残る躊躇いを振り切るように、斬鉄剣を握った。
「残念だけど……仕方ない…オレは冒険者なんだから…ごめんな…」
 最後にもう一度だけ羊を見上げて。トトは稲妻の闘気纏った刃を、突き立てた。
 羊の断末魔が、小さな村に、響き渡る。
 それが掻き消えた頃には。息絶えたとげとげ羊の亡骸が横たわっているだけだった。

「……なんで、こんな姿になっちゃったんだろ……」
 基本的に脚を狙い、留めも一息でつけたため、羊にたいした傷はついていない。
 多少毛は刈り取られているが……それは、仕方が無い。ともかく。チシャは羊を覗き込むようにして、やはり、思案するのだった。
 それから、しばし経った後。柵の外には、退治の報を聞きつけて集まってきた村人たちの姿があった。ミクリはそんな村人達に視線を配ると、やはり、伏目がちに尋ねた。
「すみません、お手伝いしてくれませんか?」
 この羊を埋葬するために。
 とげとげのない、顔の部分をそっと撫でながら、まだふわふわでもこもこだった頃の羊に、思いを馳せる。
「ゆっくりと、お休みください……」
 少しだけ微笑んだミクリに、ライオルが声をかけた。
「お手伝い、しますよ」
 退治せずに済んだのなら、背中に乗せてもらえたかもしれないのに。それなら、とげとげでもいかつくても村人とも馴染んでいけたかもしれないのに。
 埋葬は、その思いに対する一種の区切りかもしれないけれど。けれど、放っては置けない。
 傍らにいたメイリンも、ふにゃ、と表情を歪ませつつも、ぐっと拳を作りながら、
「僕も……羊さんに、お墓作ってあげたい」
 言うのだ。そんなメイリンの腕にちょっとだけ出来た傷に手当てを施していたラジスラヴァも、微笑んだ。
「私にもお手伝いさせてくださいね」
 思いは同じだと、言うように。
 そんな姿を見て、村人達も手伝いを名乗り上げる。
 やはり彼らも、もとの羊が好きだったのだ。姿が変わったとて、無碍に放っておけるはずも、ないのだ。
 冒険者も村人も。総出でお墓造りも終え、3メートルもあった大きなとげとげ羊は、土に還された。
 村の子供達が集めてきた花が添えられているお墓の前で、アルはそっと、祈りを捧げる。
「……ごめんね…」
 戦闘中にも呟いた言葉だ。昔のようならば、決して退治されることなどなかったのに。
 今度、生まれてくるときは、普通の羊と幸せに暮らして欲しい。
 そんな願いを込めて。アルは静かに、瞳を伏せていた。
 少し、離れた場所では、横目に見える墓に表情を暗くするトトの姿も、あった。
 今回は退治するという結果になってしまったが、ひょっとしたら救うことは出来たのではないか。
 今までの依頼のように、助けることは出来たのではないか。
 その思いは妄想に近い理想かもしれない。それでも、思わずにはいられないのが、彼なのだ。
「オレは甘いのかな? …でも、コレがオレの冒険者としての信念だから 」
 それは自分への問いであり、答えであるかもしれない。
 しかし、傍らに佇んでいたジュウジは、その呟きを聞きとめ、思案を見せた。
「……いいんじゃないか? 時と場合によっては否定されることもあるかもしれないけど……信念なら、曲げる必要ないだろ」
 気紛れかもしれない優しさ。ぽふぽふと頭を撫でてみるジュウジが、ちょっとだけ、背丈のあまりの違いにむっとされたのは、見ない振り……。
 冒険者らは、各々に祈りを、供えを捧げ、村を後にするのだった。


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参加者:8人
作成日:2004/09/18
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