<リプレイ>
冷たい風に大気が引き締まる、早朝の草原に銀の露が輝き、前足をのっそりと振り上げて冷たい上澄みを弾き飛ばし、とがった口先を地へと向けるノソリンが若い葉を咀嚼している。 森の中を伸びる街道へと繋がる町外れに、二匹の穏やかな生物は放たれていた。これより、彼らは冒険者と共に旅に出なくてはならない。古びた黒い木の柵が朝露で湿り、色を濃くするこの地では、邂逅と別離、冒険や死線へと赴く旅人たちが、時には暖かいぬくもりから離れがたい想いを抱き、時には自らの影を追うがごとく、その歩みを進めてきた。 未知へ踏み込むために張りつめたようであるが、新たな可能性という光輝に満ちた清冽な朝に、翠玉の雫・シェアラ(a05715)は吐いたばかりの白い息吹を瞳で追い、その先に映った馴染みの姿を認めると歩み寄った。 「ベベウさん、おはようございます」 見送りに来た薄明の霊査士・ベベウがシェアラの挨拶に応える。 「あの……先日はお加減がすぐれないようで、心配していました。お辛そうで……もう大丈夫ですか?」 シェアラが何事かを尋ねられた霊査士が首を横に振る。そこへ、朝の白い光を受けて明るく輝く桃色の着物をまとった少女が、テテッと元気よく駆けてきた。 「おっはよ〜シェアラ、ベベウもっ」 自由探求者・プリノ(a12089)は、立ち篭める薄暗い色の霧ですら、吹き飛ばし晴らしてしまうような笑顔で言った。 「あのね〜わたしぃ〜、ちょっとね〜、聞きたいことがあるの〜」 彼女が霊査士に確かめておきたかった事柄は、依頼人のエルことマリアシエル嬢を襲った悪党ガンツの身体的特徴、ならびに追った手傷の個所である。強盗団の首領は、マリアシエル嬢を護ろうと戦ったエラリイ少年の奮闘によって、左の肩口や肘から手首にかけて、深い裂傷を負っていることがわかった。 黒い柵の前で、三人の話題が事件や依頼人から離れ、今日の素晴らしい天気に移っていると、そこへ、白皙の肌に銀色の頭髪、頭上で光を放つ銀よりも幾分かくすんで暗い鎧で身を包んだ重騎士がやって来た。心に闇を持つ者・エンハンス(a08426)は、薄いため、あるいは固く結ばれていることが多いために冷たいとの印象を持たせてしまう唇をわずかに開いて仲間たちに伝えた。 「……依頼人の二人がやって来た……そろそろ出発しなくてはな」 口の端を寄せてわずかにふくらませると、エンハンスは踵を返し、二人の依頼人を取り囲んで旅の準備に忙しい仲間たちの元へ歩いていった。 嫌がるノソリンの背を優しく撫で、頭を低く下げさせると、縁紡ぎ矢・イツキ(a00311)はノソリン車と緑のなだらかな身体とを繋げる木と鉄で出来た道具を固定した。 「これで、大丈夫よね」 「ああイツキ、問題ない」 短くはっきりと答えた少年の名は業の刻印・ヴァイス(a06493)、彼の手はもう一頭のノソリンへと伸ばされていて、隣の同胞とは少し形状の異なった金具を鳴らしながら、荷車を牽引していけるように段取りを踏んでいる。 黒い革のバンドがしっかりとノソリンの丸い腹を通り、背や脇腹の器具へ巻かれた。二人が用意したこのノソリン車には、先行して強盗団の目を欺くことを目的とする囮班、そして、後続として時を置いて出発し、マリアシエル嬢とエラリイ少年の安全を確保しながら進む依頼人班の面々が、それぞれに乗り込み、目的地の村へと向かうこととなっている。 「……よしよし、頼んだよ……」 ほうき星の尾のように豊かな光を従え、荷車を固定されながらものんびりと草を食む生物に歩み寄ると、月光の魔法騎士・アルム(a12387)は優しく声をかけながら、その長い首の内側を撫でてやった。なぁ〜ん、なぁ〜んというおねだりを、あとでねと笑顔を浮べて聞きつつ、彼はノソリン車に旅に必要な荷物を載せていった。 ふう、とアルムが一息つきながらおねだりに応えていると、高い秋の空を飛去る鳶が残す響きのように、高く透き通っていて聞き間違えることのない個性を持つ笛の音が、しっとりと冷えた風を渡ってきた。 秀でた額に輝くドリアッド特有の宝玉が銀の光を浴びて爛々とするその周囲に、赤い痣を持った巨躯のウロボロスが唇にあてがっていた黒塗りの艶やかな笛を離した。黒より昏い碧・ラト(a14693)は、昨晩のうちに町の店や工房などを巡り、肥えた審美眼と実用の品であるかを見極める合理性とをもって、囮班と依頼人班とを玲瓏な調べによって繋ぐ鳴り物を選びだしていた。 早朝に出発し翌日の夕刻の到着を目指す旅路の準備が済み、冒険者たちはノソリン車に乗り込む、あるいはその前後を歩むための位置に着いた。酷い傷を追い、歩くこともままならないエラリイはマリアシエルに肩を抱かれて、幌の中で苦しそうに胸を上下させている。 憂慮と慈愛が複雑に混ざり合う微妙な光を湛え、少年を気遣うマリアシエルにシェアラが話しかけた。彼女は依頼者と同じフード付きのマントを羽織っている。背丈が似ているために、囮班にてマリアシエルの影として敵の目を欺く役目を買って出ている。 「私にできることをいたします」 そう言いながら白い指先を依頼者の手に重ねたシェアラは、マリアシエルの冷たく冷えきった指先が震えていることに気づいた。彼女は恐怖に戦慄きながらも、それをエラリイに感じさせまいと強く訪れる心の闇を閉ざすために耐えているのだ。 「大丈夫ですよ、私たちが守ります」 そんなシェアラの言葉に、マリアシエルが目を赤くしながら首肯きエラリイに顔を寄せる。自分の頬を伝った暖かい滴に驚いて瞳を開いたエラリイが、姿勢を直そうと動いて呻き声をあげていると、荷車の影からそっと見守っているつもりだったのか、小さな頭を出したり隠したりを繰り返していた少女が、意を決してテクテクと近寄った。 「おねーちゃん、おにーちゃん」 深き森の呪術師・リド(a12847)の口元は、冷たい空気から小さな胸を守るためなのか、それとも尖った唇が伝えてしまう心の機微を照れて隠しているのか、鮮やかな色の取り合わせのマフラーによって半ばまで覆われている。もごもごと動いた少女の口から発せられた言葉から、依頼者たちは勇気を受け取ったようだ。心にも平静が留まりつつあるようである。 ふふん、と鼻息を吹きだしたノソリンの真ん前で、神速の繰り手・エル(a09448)が地図を拡げている。そこには、事前に得られるだけの情報が元気な文字で書かれてあり、安全かつ迅速な経路として選び出された一条が赤くのたうつ波線として浮き上がっている。 「……俺が強盗団の奴だったらどこで狙うかとかそういうことを考えたんだ」 眉間にしわをよせて真面目なアルムがうんうんと首肯き、エルの地図に人差し指を向けながら話している。 「荷車が通れるだけの間隔、水場に立ち寄るのも大丈夫だね、襲撃しやすい地点は……そうそうここも危ないかもしれない。どうかな?」 同意を求められた蒼剣の騎士・ラザナス(a05138)は、飄々とした光りを放つ爽やかな青をした瞳を一瞬だけ強く煌めかせると、片方の眉をややあげて、トントンと地図の一点を突いた。 「あーそうだな」 「そうですね」 エルがぐりぐりと地図に赤い丸を追加した。 地表には穏やかな風が流れているが、空高い白い雲が千切り飛ばされている領域では、そうでもないのだろう。南に入道雲のような白が沸き上がる雲が立ち塞がる一方で、東には細かい菱形となった薄い雲が連なっている。 遠眼鏡のレンズが光り、その輝きに見せられたのか、上空の高みから降り立った美しい茶色の翼の持ち主が、ヴァイスの問に首を傾げている。 「この辺りに人間が潜んでいないか?」 獲物を狙う目の確かさには自信があるのか、鳶は人間などいなかったと断言した。 ヴァイスは安全の確保を終えると、丘の下の蛇行する径をゆっくりと進んでいるノソリン車に向かって走り出した。 エンハンスを先頭に、依頼者を乗せた台車がのろのろと坂道を登っている。もうしばらくもすれば、なだらかながらも長かった丘が終わり、平坦な道となる。ノソリン車の揺れも少なくなるだろう。 「大丈夫か? エラリイ。傷が痛むだろ」 大きな溜息をついた少年を心配したエルが話しかけると、エラリイは申し訳なさそうに言った。 「傷はいいんです、皆さんを歩かせて、ぼくは車に乗せてもらっているのが心苦しくて」 そんな少年にリドが言った。 「おにーちゃんは、けがしてるんだからいいんです。私たちは元気ですから」 マリアシエルは笑顔で年少者たちの優しさに溢れるやり取りを聞いていたが、次に口を開いて、これから自分たちが向かう、母の故郷である村の話をしてくれた。そこには、もう古くなってしまって、住めるかどうかはわからないが、小さな白い家があるという。花と緑に覆われた丘の上に建っていて、白い石が敷き詰められた径を通って扉を開くと、中には小さな暖炉と、大きな窓が広がる。 「素敵です」 リドが瞳を丸くして感想を述べていると、アルムがふいに呟きを漏らした。 「……何か……他人事に思えない。エラリイくん、君たちを見ていると自分と恋人の姿が重なるんだ」 「恋人だなんて……」 珍しくエラリイが表情を崩している。 さらに、マリアシエルの言葉が彼の動揺に拍車をかけた。 「あれ、わたしはそう思ってたよ。恋人だって」 誰かが、ヒューと口笛を鳴らし、または手をぱたぱたとさせ、顔を真っ赤にしている。 そんな、楽しい道行きだった。 高かった陽が傾き、夜の帳が降りるまでの間は驚くほど短く、冒険者たちはノソリンを繋ぎから解放して休ませ、自分たちも薪を集めて火をおこしている。その周囲から長く伸びていた影たちだったが、それらも地に横たわって短くなり、焚火もだんだんとその勢いを失っていった。 月だけが明るい平野の片隅で、ノソリン車がぽつんと佇んでいる。その中には、頭から防寒のためのフードをすっぽりと被り、痛みのためか震える少年の肩を抱く女性の姿が見える。あたりには、彼らの他に何者の姿も見当たらない。 だが、傾いた月が雲の中に隠れるころ、草原を這うよう進む複数の影が現れた。肌を晒さぬ黒衣で身体を覆い尽くした彼らは、ノソリン車の取り囲むようにして接近している。それは、まるで蜘蛛の巣が中央からではなく周囲から形作られているようだった。一人が口で短剣の鞘をくわえ、肉でも噛みちぎるように白刃を引き抜いた。 幌の内側では、女と少年が身を震わせている。目配せした悪党たちが、次々に立ち上がって依頼者たちに向かって駆け出した。 だが、そこへ、高らかな笛の音が鳴り響く。 「やはり襲撃は夜が相場よね」 岩陰から現れたのはイツキだ。ラトの合図で飛び出したヴァイスが、槍で悪党の足下をさらう。荷車から飛び出したのは、シェアラとプリノ、二人が依頼者に化けていたのだ。 蜘蛛の子を散らすように逃げ出した悪党たち、しかし彼らを待受けていたのは囮班の冒険者だけではなかった。笛の音に応じて、月夜に白くシェドサードの刀身を浮かび上がらせたラザナスが、反った刃の短刀をかざしてきた二人の悪党を立て続けに昏倒させる。流水撃といきたかったところだが、柄の一撃だけで十分だった。 「勝機はない、降伏しろ。……逃げたら殺す」 ヴァイスが冷たく言い放つと、悪党たちは武器を捨てて降伏した。 依頼者たちが眠るノソリン車から離れた地点で、悪党供に対して尋問を行っている。 「人数は? 根城はどこ?……喋らなかったらどうしようかしらね」 捕縛された強盗団の周りをゆっくりと歩きながらイツキが、美しいながらも氷のように冷ややかな声を響かせている。彼女に続いて、高い位置からラトが睨みつける。 エルがにっこりと微笑みながら、口をヘの字に結ぶ男へ顔を寄せて言った。 「ちゃっちゃと話してもらえると嬉しいんだがな?」 遅れて現れたラザナスは、いやに嬉しそうだ。 「そう簡単には口を割りませんか、そうですか」 整ったラザナスの面立ちが、青い月光に照らし出されて、瞬秒だけ悪魔的な冷たさを顕したが……すぐに消えた。彼の手にはどこから取りだしたのか白く柔らかそうな羽が握られている。 「あひゃ……あへへ、あはや、あひゃひゃははは、ひえ、ひっ! や、や、やめてくれ〜!」 ラザナスが繰りだした、呼吸もできないほどの甘い刺激に、悪党の中でも強面の髭面が奇声をあげる。 賑やかなその隣で、アルムとヴァイスの行った尋問は苛烈だった。 「……手加減って……知ってる?」 「何のために複数の人間を捕らえたと思っている? 一人くらい殺したところで次の奴に聞けば済むだけだからだ」 隣では腹が痛いほどの爆笑で身悶えしているのに、どうして自分は……脂汗を浮べているのか。泣きそうな顔の悪党が情報を吐露していく。 「たくさんいる、これで全部じゃねえ。アジトは移動するんだ、今の場所は知らねえ」 そこへ、エラリイに化けたままの姿でプリノがやって来た。ラザナスの尋問を手伝おうとしたその矢先のこと、笑い死にも覚悟していた悪党が、彼女に向って汚い言葉を吐きかけてきた。 「ぎゃはははエラリイ、てめえ、この、二重の裏切り者め! いひひゃ!」 はっとイツキが表情を変える。霊査士が口を閉ざしていた理由がわかったのだ。それは、彼女がもっとも恐れていた可能性だった。 (「エラリイは……強盗団の一員だったのね。そのことをマリアシエルに隠してる……」) 途中、大きな町に立ち寄り、強盗団の面々を地元の領主に引き渡した冒険者たちは、無事に目的地へと辿り着いた。 マリアシエルの小屋は、まだ白く可愛らしい姿を小高い丘の上に残していた。彼女はプリノやアルムたちに手伝ってもらい、てきぱきと働いた。おかげで、小屋はすぐに人を胎内に宿すに相応しい清潔さと暖かみを取り戻した。 翌日、洗ったばかりの白いシーツを風にさらわれないように苦戦しているマリアシエルを、エラリイが大きな窓の側に佇んで見守っていると、そこへアルムが別れを告げにやって来た。 「……彼女の心の傷を治すのは君の役目だよ……エラリイ」 少年は首肯いたが、すぐに首を振って、悲しそうに笑った。 「ふふ……そうだったら、よかったなぁ……」 その数日後のことである。マリアシエルが目覚め、熱い茶で満ちた白い陶磁を盆に乗せて、エラリイの寝室をノックすると、怪我を負っているはずの少年は忽然と姿を消していた。 紅い飛沫があがり、白く滑らかな欠けらが無残な姿を晒す。エラリイとの幸せな数日に心の痛みを忘れかけていたマリアシエルにとって、新しい一日のはじまりは、あまりにも悲しく、耐えがたかった。

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参加者:10人
作成日:2004/10/03
得票数:冒険活劇3
ミステリ1
ダーク15
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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