森と動物達のダンスパーティ



<オープニング>


 残暑が過ぎ、ようやく涼しくなり始めた朝。窓から流れ込んでくる風が客の肌をなでる。
「詩人ローラン?新人の冒険者か?」
 聞きなれない名前を耳にして、酒場のマスターは、双面の霊査士・アルフレッドに尋ねた。
「逆だよ。新人じゃなくて昔の人さ。無名だけど、生涯旅を続けて詩を残していった詩人でね」
「で、そのローランがどうしたんだ?」
「そのローランの石碑がある森に残ってるんだ」
 それは、近くの村人と森の動物たちが一緒になって歌い、踊る話。
 狩人は弓矢を置き、狼は牙をしまう。
 羊飼いは杖を捨て、羊を連れて森に入る。
 熊も鹿も猪も。犬も猫も兎も鳥も。
 人間と動物が手を取り合って楽しむ森の一日。
「……作り話だろ?」
 マスターが疑わしげに言う。
「冒険者なら可能だよ?」
 アルフレッドは、軽く笑いながら歌う真似をしてみせる。
 獣達の歌なら、そう難しい事ではない。
「もともと、その森の動物の気性が穏やかって事もあるけどね……まあ、何にしろその村では、毎年この時期に、ローランが残した詩が語る状況そのままの祭をするらしいんだ」
「なるほど。つまり、獣達の歌を使える冒険者に来てほしいと言うことか?」
「そうさ。依頼と言うよりも、祭への誘いみたいなものだよ」
 どこか嬉しさを隠しきれず、楽しそうなアルフレッド。
「……何か楽しそうだな」
「楽しみじゃないか。詩人が詩を残すような祭なんてね。さて、冒険者達を集めないと」
 彼にしては、珍しくはしゃいだような声で言った。

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参加者
NPC:詩追いの霊査士・アルフレッド(a90059)



<リプレイ>

〜ローランの石碑。その冒頭の一節〜
 野生の狼達が、狩人の手から食べ物を食べる光景など、何処にあるだろう
 羊が狼を恐れず、それどころか自ら歩み寄り、共に楽しそうに踊っている。その光景を映す自分の目を疑わずにいられる者がどれだけいるだろう
 子熊を連れた母熊が、子熊の動物達や人と戯れる様を幸せそうに見ているなど、実際に目にすること無く誰が信じるだろう
 警戒心の強いはずの野生の動物達が一様に、数十年来の友人であるかのように戯れる様を、此処以外の何処で見られると言うのだろう

 一度は捨てた筈の音楽が詩が、私の記憶の中から再び囁き出す。私の詩人としての性が、この光景を残さずに此処を去る事を許さない

「これが、私たちの古い先輩の石碑ですか……」
 ローランの石碑を前にして、想いの歌い手・ラジスラヴァが言った。彼女は祭そのものよりもローランに興味を覚えており、その事跡にについて資料を集めてみるつもりだった。
「詩人ローラン……不敏にして知らなかったわ。私もまだまだ勉強不足ね」
「伝承になられるくらいですから、さぞかし立派な方なのでしょうね」
 楽師・アージェシカと、歌わず身魔ならざる末の玉・ヘラルディアも石碑を見ている。
 暫くの間、三人とも思い思いに石碑を眺めて。
「さて……私はお祭の方に行くわね」
 踵を返すアージェシカとそれに続くヘラルディアを、ラジスラヴァは見送った。

「……人間も草食動物も肉食動物も関係なく皆して歌い踊る祭りなんて、酒場のマスターじゃねぇが、ぱっと聞き子供向けの御伽噺と思っちまうわな」
 始まった祭を見ながら、朽澄楔・ティキが呟いて腰を下ろす。
「ほんと、なんともメルヘンチックだね」
 蒼の閃剣・シュウがティキの隣にやってくる。
「げ」
 耳を引っ張ろうと手を伸ばすシュウを、避けるようにティキが立ち上がった。
「照れない照れない……って行っちゃったか」
 苦笑して、シュウは辺りを飛ぶ鳥たちにパン屑をやり始めた。
 餌に惹かれた鳥達がシュウの周りに集まってくる。
 際限なく。
 気がつけば、次から次へと群がってくる鳥たちに、肩や頭の上を占領されていた。餌を食べ終わっても離れず、どうやら懐かれた様だ。
「困った……これだとあまり動けないなぁ」
 そう言って苦笑するシュウだが、困ってはいるものの嫌ではないようだった。

「昔話とか聞かせて欲しいのね♪」
 萌笑の愛し児・ニケーが、獣達の歌で年取った熊に語りかける。熊は優しげに頷いて話し出した。
「爺ちゃん、僕もその話聞きたいー」
 昨年の祭での馴染みなのだろうか。小鳥達も集まって来て、ニケーと一緒に話に聞き入る。

「……」
 凍てついた闇を孕む氷狼・ハティは、無言で目の前の狼を見つめていた。
「……」
 狼も彼を見つめる。
 そうしてどれだけの時間が流れただろうか。
 ハティが手を差し出す。狼が歩み寄る。
 一人と一匹。何かが芽生えたようだった。
 ハティが狼を撫でる。
 無表情で。
「……何かすげぇ」
 隣で見ていた錆び色の魔弾・マックスが呆然と言った。

 刃の紋章術士・ハーティは、動物たちの踊るのに合わせて演奏を始めようとして……手を止める。何となく視線を宙に彷徨わせながら。
「あぁ……えっと……ラク、一緒に演奏しないか?」
「……はい!」
 ハーティの誘いに、舞い遊ぶ純真・ラクは嬉しそうに頷いた。
「べ、別に他意はないのだ。ただ一緒に祭を楽しみたいだけであって……」
 ラクのあまりに嬉しそうな顔を見て、ついぶつぶつと自分にいい訳してしまうハーティ。
 いや、本当に他意は無いからな?
 更にもう一度いい訳をしてから、ハーティはリュートの弦を弾いた。
 最初はただ聞いていたラクも、やがて合わせて歌い始める。澄んだソプラノとキタラの音色が、ハーティの旋律と絡みあい、美しい音楽を作り上げる。
(「……思い切ってお誘いして……お誘い受けてもらえて、本当に良かった……」)
 ラクはとても楽しそうだった。
 そんな彼女の笑顔を見る事が、何よりもハーティを満足させていた。

 紫色の狐火使い・シンリもまた、歌い、舞っていた。その歌声は穏やかで、舞は女性を思わせる軽さと柔らかさをを備えている。
 彼の周りでは狐が飛び跳ね、肩や頭に飛び乗ってくる。
「わ……!」
 狐の重みにバランスを崩し、舞を中断させられるシンリ。
 まわりからくすくすと笑い声が聞こえる。村の女の子だった。その笑い声に嫌味は無い。単純に、長身で見かけは立派な青年が、狐に遊ばれる様が面白かったのだろう。
「狐さんと仲が良いんですね?」
「あ、ええ、その……」
 普段は性別を意識しないが、今は祭の雰囲気に押されている様で。しかし折角のチャンスを中々リードできずに居るシンリ。狐達はその様子が可笑しいのか、更に悪戯を仕掛けてくる。
 そんなこんなで、何の進展も無いまま時間が過ぎて行った。

「いいよね、こういうの……なんかいつもがいつもだけに、こういう時があるとすごく……うん」
 人と動物たちが戯れる光景を見ながら、護風閃刃・ヘリオトロープはしみじみと言った。
「ええ……とても素敵ですよね……」
 癒しの月・ナナイも同意する。
「だな」
 マックスも頷き、
「さて、俺も一曲……」
 そして、おもむろにバイオリンを弾き始める。
「へぇ……マックスさんてそういう演奏するんだ……ちょっと意外だな」
 静かな演奏だった。力強さから来る安定感はあるものの全体の印象は、繊細という言葉が似合う。
「こういうのは嫌いか?」
「……ううん。良いと思うよ」
 二曲目からは、ヘリオトロープのリラとナナイの歌も加わって、多くの観客を呼んだ。

「ほら、ミアさんこうだよ♪」
 多くの演奏や歌の中で、ドレス姿の笑顔の舞娘・ハツネが泪月の紋章・ミアに踊りを教えていた。
「ええっと……こうですか?」
「そうそう、そうやるんだよ♪」
 合格をもらってほっとするミアに、焔抱刃・コテツが歩み寄った。
「上手いものでござるな」
 言いつつ、懐から一冊の童話集を取り出す。
「娘よ、誕生日おめでとうでござる。内容は幼いかも知れぬが、色々考えてこれかなと。心温まるものゆえ和みたいときにでも呼んで欲しいかな?」
「あ……ありがとうございます」
 品そのものだけでなく、義父の気持ちも嬉しく思い、ミアはコテツに礼を言った。

「音楽っていいよね♪僕は、動物さんたちの言葉は分からないけど、音楽なら分かり合えるんだから!」
 ストライダーの紋章術士・キアラはクラリネットを吹きながらご機嫌だった。
 隣で小鳥が一緒に囀ってくれている。
 少し離れた所で、演奏に合わせて清純なる乙女の祈り・メルクゥリオと鹿と兎が楽しそうに踊ってる。また、別方向ではヒトの武道家・アストリアは、熊とダンスを踊っている。
 熊は、アストリアよりも随分と大きい。簡単に振り回されそうなものだが、リードしているのはアストリアの方だった。
 それは鍛えた体の賜物か。楽しそうにくるくると踊っている。
 キアラは我慢できなくなり、踊りの輪に混ざろうと駆け出した。
 自分達と動物達が分かり合えているという実感が、とても嬉しかった。

「後で栗を取って来て、美味しいモンブランを作りますね」
「僕も手伝うよ」
「ありがとう。美味しいものを作りましょうね」
 メルクゥリオとキアラ、アストリアは、動物たちに囲まれて休憩していた。
 二人の言葉を聞いて、先ほどまで一緒に踊っていた数々の動物達が嬉しそうに顔を摺り寄せてくる。
「あ、でも動物さんはお菓子が食べられないかもしれませんね……」
 とは言うものの、動物達を見ていると、食べたいと言っているようで。
「……あまり甘くしなければ大丈夫でしょうか……」
「ちょっとぐらいなら……」
「少しくらいなら良いんじゃないかしら」
 自然に、三人の声が重なった。

 深緑の微笑・リュイシンはコミカルな動きでダンスを踊っていた。因みにアフロ。
 一通り場を盛り上げた後、彼女と時の語り部・ソロンがローランの詩に曲を付けて歌い始めた。

 誰が願った
 誰が望んだ
 私が あなたが 願った
 彼らが 彼女らが 望んだ
 皆が楽しく 幸せに 喜び合える事を

 先ほどとはうって変わって、盛り上げるためのものではなく、心に染み渡るような歌声が、森にいる全てのものに響く。
 それを聞きつけた狼や熊の唸り声が、小鳥の囀りが、歌に重なった。
 思い思いに歌っていた冒険者達もこの歌に、一人、また一人と加わっていき、この場にいる全てのもの達の歌声と演奏が一つになって森を覆っていく。

「美味しい山菜や、食べられる植物を探してるんですの。教えて下さいませんか?」
 ドリアッドの紋章術士・リールが小鳥に尋ねる。もっとも、彼女は獣達の歌を使えないので、彼女を守るように隣に付き添っている漆黒の双牙・コウが通訳していた。
 小鳥に案内され、二人は山道を歩いていく。
 途中で虫に出くわしてしまい、
「え……、虫……、ですの?」
 ふらっと倒れ込みそうになるリールを、慌ててコウが支える。
 大丈夫か、と声をかける前に、リールはがばっと起き上がって、
「急がないと小鳥さんに置いて行かれますわ〜」
 どんどん進んで行く。
 その元気さに些か呆れながらも、コウがその後を追う。
 やがて、二人は広い円形の広場に出た。
「あっ!」
 そこには今まで見たこともない山菜が、沢山生えていた。
「凄い!こんなの見たことありませんわ!」
 リールは山菜を鞄にできる限り詰め込み、案内してくれた小鳥にお礼を言ってるんるん気分で帰りはじめた。
 リールの嬉しそうな様子を見ながら、コウは満足そうだった。

 一方、荒野の黒鷹・グリット達はやや遠出して、食べ歩きを楽しんでいた。
「出来立ての自然の恩恵、凄く美味しいね」
 グリットが胡桃を素手で割って食べる。
「よくこんな硬いの割れるなぁ」
 殻の付いた胡桃を手の中で弄びながら、感心したように言う双面の霊査士・アルフレッドに、
「これが俺の仕事だからね」
 そう言って、グリットは軽く笑い、武道家として鍛え上げられた拳を見せた。
 そして、彼らは踊っているもの達のために、山菜を採り始めた。
 そして、暫し後。
「甘味にさっぱり風味とこれだけ集めれば足りそうかな?」
 グリットが、籠一杯に集めた木の実や山菜を見ながら言う。
「良いんじゃないか?他にも集めてる奴がいるだろうし」
「乱取りはいかんしな」
 一緒に来ていたティキとハティが頷いて、冒険者達は来た道を戻り始めた。

 日が沈み、月明かりが森を照らすようになっても祭は終わらない。
 山菜を皆で美味しく食べ、淡く輝く月明かりの元で踊り続ける。
 幸せをみんなにプレゼントだよ♪と、ハツネが使ったフォーチュンフィールドが地面に淡い光を燈し、森は幻想的な色合いを深めていた。

 コウとリールが、小鳥の伴奏の元で踊る。

 ラジズラヴァが、今年のお祭りの状況を見て回って作った歌を披露する。

「良い気分だなぁ……」
 紅月の雫・ファルアは、漆黒の魔剣士・シュウらと共に、ぼんやりと踊りや歌を鑑賞し、山菜を食べるうちに、寝こけてしまった。

 ニケーが、今日ずっと一緒に歌っていた駒鳥に、ニコニコと話しかける。
「ボク、ずっと前から一緒にお喋りしたり歌ってくれる小鳥さんがいてくれたらなぁっって思ってたんだ。ボクと一緒に色んなお空を見てみない〜?」
 彼女の周りを飛び回っていた駒鳥は、彼女の言葉を聞いて嬉しそうにその肩に止まった。

 これは、アビリティの効果だけでなく、この森の周辺の人たちが永年かけて積み重ねてきた、動物たちとの信頼関係がもたらす光景なのでしょうね。
 アージェシカはひたすらに唄いながら思う。
 言葉にすることは難しいから、わたしも歌うことでこの歓びを表しましょう。
 未熟なわたしの歌は、彼のように永くは残らないかもしれないけれど、この幸せな祭典がいつまでも続きますよう、祈りと願いを込めて。

「こうやっていつまでも、歌い踊れたらよろしいですね」
 ヘラルディアが微笑みながら、森の光景を見つめる。
 その思いは、この祭の絵を描いたグリットやリュイシン、アージェシカも同様だろう。
 絵は、歌と同じく思い出を長く残す方法の一つだから。

 虚空と現実の狭間 陽炎のように揺らめく想い
 愛しさ紡ぐ風が運ぶ温もりにその身を委ね
 勇壮の調べ響かす大地に永遠の祈りを捧げ
 頬を伝う一雫の軌跡 先に映るは遠き誓いの夢
 下弦の月の煌きが 優しく二人を包み込む
 これより始まる幸福の記憶と共に
 終わりなき空の彼方へと

 夜のこの光景に相応しいナナイの澄んだ歌声。
 その中で。
「ありがとうございます……」
 ミアはアルフレッドと踊りながら、礼を言った。
「理由は……色々、たくさんです」
 ハツネに教わったステップを踏んで踊りを終えた後、ミアは他には聞こえないような小さな声で囁いた。
「お願いというか何と言うか……どこか静かな場所で休みたいのですけど、ご一緒してもらえますか? ご迷惑でなければ……少しだけ……」
「……迷惑だなんて、ね」
 アルフレッドはそっとミアの手を取って、少し離れた場所へと歩き出す。
「頑張ってね♪」
 と、いつの間にか近づいてきていたハツネが、アルフレッドに耳打ちした。
「……あー……うん」
 少し照れつつ頷くアルフレッド。
「誕生日の時ぐらい、二人でゆっくりしてな〜」
 同様に、シュウも二人を見送る。
 二人の時間を取れる様こっそり手伝いをするつもりだったらしいが、ハツネを見て早々に諦めたらしい。

 そして。
 二人は、川辺の石に並んで腰を下ろしていた。
「改めて、誕生日おめでとう」
 アルフレッドはミアの手を取って、指輪をはめた。
「……え?」
「誕生日プレゼントだよ。少しばかり遅れてしまったけれど」
「そんな事……気にしないでください。お祝いのお言葉をいただけるだけで嬉しいのに……本当にありがとうございます」
 嬉しそうに、自分の手を抱くミア。
 何となく。頭の中を過ぎるハツネの声。
「――ミア」
 静かな静かな月明かりの元で。二人の影が重なった。

「……ん〜?」
 ファルアが目を覚ましたのは、まだ日が昇らない明け方。真っ暗な森の中に一人取り残されていた。
 それでも彼は、こんな時にもマイペースに、帰り道を歩き始めた。

〜ローランの石碑。その末尾の一節〜
 この夢も
 いつしか時に流され奪い去られるのだろうか
 いつしか御伽噺の一つになってしまうのだろうか
 それとも
 私がこの世界を去った後も、この場所で私と想いを同じくする誰かが伝えていくのだろうか

 願わくば
 この時が永遠となりますように
 例え今日という日が終わりを迎えても
 この平和な夢が、積み重ねられていく年月に色褪せる事無く、人々の目に届きますように

 その日、ローランの石碑の横に、石碑が一つ増えた。
 そこには、今日歌われた冒険者達の歌が記されていた。


マスター:maccus 紹介ページ
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参加者:25人
作成日:2004/10/06
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